一読して書き慣れておられるなと感じると共に、幾らかの「軽さ」を感じて残念にも思いました。誤解を恐れ ずに言うなら、ストーリー自体は「よくある話」だと思います。そのこと自体が悪いとは思いません。「よくあ る話」はある意味では「王道」でもあるからです。 ですが、優れた作品は「よくある話」であってもどこかに「他とは違う」ものを内包しており、それこそが大 きな魅力になっているということが多々あります。ですが、私はこの作品においてそういった部分を感じること が出来ませんでした。読んでいる最中、どこかで読んだストーリー、その表面を手で撫でているような、そんな 感覚を覚えました。 その感覚は父と別離した辺りから加速度的に増しました。私は不思議でならなかったのです。この青年は何 故、まったく迷わずに父の跡を継ぐと言えたのだろう、と。ビニールハウスに入るどころか、父親が作ったトマ トを口にさえしなかったのに!
それは私には八年前の青年の姿と変わりがないように思えました。「本物」を求め、感情にまかせるまま東京 に行った彼と、自らがこれから命をかけるもの、それが本物かどうかさえ確かめることなく、その場の感情で田 舎に残ると口にした彼、その間にどれほどの違いがあるのでしょう? その「軽さ」を母親への義務感と父親への贖罪を元に重いものだと感じている、自負している彼の無自覚さ、 無神経さに些かの嫌悪感を覚えたのも確かです。もし、それが主眼であるなら描かれた方は意地悪だな、とも思 いました。
私は、それはもっと重い問題だと思うのです。私が彼ならきっと悩むはずです。片田舎のビニール栽培にどれ ほどの将来性があるのか。共に歩む女性を捜すことが出来るのか、仮に自分の子供が生まれたとして、その子に 十分な教育を与えるだけの環境が、金銭的余裕が生まれるのか。それらを全て考えた上での決断であれば、彼の 心は「本物」なのでしょう。ですが、作中の彼の心は「本物らしき何か」にしか見えませんでした。それはダイ ヤのように輝いていても、ガラスのようにいつ割れるともしれないものだと、そのように感じました。
瑞々しい田舎の空気が郷愁のようなものを感じさせる素敵な雰囲気の作品だと思いました。そういった描写は 大変優れていると思うのです。だからこそ、その現実的な背景から浮き上がったような人物の描写がとても残念 でなりませんでした。
勝手なことばかり申し上げてすみません。今回拝読して、楽しませていただいたのは確かです。主人公の心 情、父と息子の間の微妙な距離感に共感を覚えもしました。だからこそ、後半にすうっと色褪せていくように、 彼が遠くなっていくのを寂しく覚えました。 その感覚はもしかしたら夏から秋への移り変わりに少し似ていたかもしれません。私の周りを包み込んでいた それは気がつけば消えていて、後に残ったのはそこで過ごした時間の記憶とほんの少しの肌寒さだったからで す。 |