何とも感想を述べるのが難しい作品だと思います。内容のほとんどが登場人物の独白で構成されている訳です から、一種のエッセィという風に読むことも出来ますし、「作者≠登場人物」である以上、純然たる小説と読む ことも出来るような気がします。ただ、そうなると評論分にカギ括弧をつけて、それを作中人物の独白として描 くのは小説と呼べるのだろうか、などと作品から離れたところまで思考が飛んでいってしまい、収拾がつかなく なってしまいました。
そういった諸々を脇に置いて、純粋に文章についての感想を述べますと、いくらかチグハグな印象を受けまし た。旧仮名遣いを用いて鹿爪らしい思考を繰り広げているのですが、所々、「緩んだかな」という印象を受けた りします。 また、「七月も末になったというに、なぜ前線が停滞していなければならぬのだ。」といったように怒り方 (?)が不自然な部分も見受けられ、それらが相まって登場人物は「背伸びして難しい言葉を使いたがる中年以 降の男性or若い女性」という印象を受けました。
「背伸びをしている」という人物像が頭にあったためか、後半の同じ文章が続く部分、カタカナの部分でもそ れほど強い印象あるいは恐怖感を覚えず、最後はどこか低調なまま読み終わったというのが正直なところでし た。 この作品が最後に狂気を演出することを企図した作品だとしたら、最初は読者も共感できるような穏やかな語 り口で徐々に読み手の意識と乖離していくような構成にした方が効果的であったかもしれないと思います。
斬新な構成で、他の作品が汗が滴るような暑さを感じさせる中、その暑さが過ぎて逆に暑さを感じなくなって しまうような、白いシーツとカーテンに囲まれ、耳に聞こえる虫の声がずっと遠くに行ったように小さくなっ て、窓の向こう見える景色は蜃気楼のように揺れていて――そんな寒さのようなものを感じさせる暑さを演出し たという意味でこの競作の中でも独自の地位を築かれているなと感じました。 |