(第二日目に入る前に先ず驚かされますのは此れが僅か30分足らずの番組であり 民放の宿命でコマーシャルが何度も入っているにも関わらず 以上文字化した会話よりもっともっと沢山のお話をお二人はなさっておられるんです。 おしゃべりトークが芸術部門にあり世界中で競ったとしたら 金メダルは間違いないと確信するものです。ほんとに信じられません。 神業の域に達しておられます。)
徹子さん「話が終わってないんで何なんだか全然わかんなくなるとつまらないと思って
昨日は昨日で面白かったんですけれども、大ネタの終わりのほうが
入らなかったという事もあり会場の皆様にもずううっと居残って
いただいてですね。笑 私達もそのまま居ました。
(CM提供のテロップも済みオープニング・テーマ曲が終わっちゃったんで)
おたのしみに!
(この説明の間中は身振り手振りで話され 四半世紀近く?この番組をなさった貫禄で どなたに相談されなくても、徹子さんの決断イコール正解なんだとつくづく感心いたした 次第です。こうせつさんの家作り関係とコント赤信号リーダーラサールさんの保険関係の CMの後) ミュージシャンでいらっしゃるんですけど、お話もとっても
面白いさだまさしさん。」
まーくん「ごぶさたしております。」笑
徹子さん「ごぶさたっていうか、笑 昨日お会いしたばかりなんですけれども、
昨日のお話はとにかく
(国際免許の更新のために海外へ行くのは面倒なんで日本の)免許を取ったので
(こうせつさんがなかなか行けない不思議な場所だという)天川弁才天に行こうとして
利かなくなったカーナビで何とかたどり着いたんですが、実は
大きな目的は阪神大震災の時に(浜風の家という)親を亡くした
子供達の為の家を作るお手伝いをなさった時に、そこの十津川村の皆さんが
材木をポケット・マネーで送って下さったからそこに寄って
なぜあんなふうにしてくださったのか、聞きたい という所で
昨日は終わってしまったもんですから そこから師匠お願いします。」
まーくん(年季の入った落語家みたく)「それからね〜、わたしがね〜。(照れて)
何でこんななんだかわからない。坂本竜馬が信頼していた
十津川郷士というお侍の一団がいて、」
徹子さん「わたし何だか十津川って聞いたことがあるなあって思ってたんですよ。」
(坂本竜馬が信頼するくらい義理人情に篤い人々十津川の子孫なので 百年かかって 神戸に恩返しをされたというお話は涙ものです。 是非30周年記念コンサートCDやDVDでどうぞ。) |