枕草子に「落蹲は二人して膝踏みて舞ひたる」とあるのは有名ですが、 清少納言の見たのが「二人舞=落蹲」だったのですよね。。。 私が見た春日大社若宮おん祭では枕草子のとおり落蹲が二人舞でした。 たしか、南都楽所の右方舞である大神流(おおがりゅう)独特のもの… との事でした。。 おん祭は1136年に関白藤原忠通が施行したのがはじまりだそうで すが、清少納言が枕草子を書いた頃にはすでに、春日社行幸がさか んにおこなわれていたことを思うと、彼女がみたのも大神流のそれで あったのかもしれません。 ぢゃあどうして今日落蹲は一人舞といわているのでしょうか〜? またいつからそうなったのでしょうか〜? わたしにも教えて下さい〜。 でもやはり二人舞がいいですよね。だって双竜舞ですもの。
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