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Re(1):『差蔑ではない差別』用スレ
 yuki_19762@管理人転載 WEB  - 07/3/19(月) 21:55 -

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   >芥屋@keya1984さん:
>macskaさんはそれをわかって踏まえたうえで、あのように「社会的な議論を降りてもいいけど、社会的議論の阻害行為にしかならないことは控えていただきたい」

この社会的議論というのは元エントリの人の「娼婦を蔑視するのは「差別」にあたるかどうか」その論拠を示さないとというやつでしょうか。』

*元投稿は※欄(2007/03/19 19:49)より管理人転載
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『差蔑ではない差別』用スレ
 芥屋@keya1984 WEB  - 07/3/19(月) 21:46 -

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   ブログの標題のエントリからです。
*ブログの※欄は使いにくいので、こちらに移します。
*当該エントリは、家マークをクリックしてください。
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Re(2):男と女の脳力
 純子  - 07/1/25(木) 16:54 -

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   >芥屋さん:

よんどころない事情で亀レスになってしまって申しわけないです。

>これについて、私もいろいろ思うんですが、いまひとつまとまらない。
>そこで、もうちょっと純子さんの見方をお聞きしたいのですが…

といっても私もそれほど知っているわけではないのですが

私も学習障害やADHDはかなり入っていると自分でも思うんですね。

アスペルガー障害や自閉症の方ほど深刻ではないのですが、それで結構、苦労もしてし、なんとかそれを克服してみようと思って、いろいろと脳科学とか、認知障害の本を読みあさったんです。

それで自閉症がどういう症状か、多少の知識は持っていたので、「自閉症が超男性脳?、違うやん!」(^^)という話になってしまった。gajiさんがおっしゃっている

>たまたま、娘が自閉症の療育センターでの仕事をしていたので、多少知っているのですが、コレは”論あそび”としか思えない)

というのは当たっていると思います。「思いつきでものを言うな!」というか(^^)


自閉症に関する私の理解が正しいのかどうか、私も専門家じゃないのでわかりかねます。でも、私が理解したところでは、自閉症者というのは、脳のパターン認知の機能がないか、あってもかなり弱いということだと思います。
原因は、まだよく分かっていないようです。

パターン認知というのは、現象学で言う「コギタチオ→コギターツム」構造、「ノエシス→ノエマ」構造のことですね。

わあ、よけい分からなくなってしまった(^^)

いやあ、ドナ・ウィリアムズの「自閉症だった私へ」三部作を読んでいる、ちょうどそのころ、神名龍子さんから、現象学も教えてもらっていたので、頭の中でごっちゃになってしまったというか……ああ、そういうことかと理解できたというか。

なんと現象学を勉強しておくと自閉症という症状がかなり理解しやすいです。以下ちょっと脱線して現象学の説明します。

人間が知覚するときに、まず意識の中に目や耳など五感から知覚した刺激がゴチャゴチャと流れるように入ってきています。これを現象学では「体験流」というのですが、すると人間の意識は体験流の流れを、自動的に図と地に切り分け、さらにその「体験流」から、知覚している物の概念を自動的に作り上げて、それも同時に認識しているとフッサールは言っています。

例えば机の上にサイコロがあるとする。そのサイコロは全ての面が見えているわけではない。同時に見えるサイコロの面は三面が限界です。それなのに私たちは、それが、サイコロであるとわかり、サイコロが机の上にあると瞬時に理解して知覚しているわけです。

別にサイコロの定義なんて教えられたわけではない。いろんなサイコロを観たり、ふれたり、使っているうちに、いつのまにか、自然にサイコロという概念が記憶の中に作られていて、サイコロの三面だけ観れば、それが瞬時にサイコロだとわかるように私たちの脳は出来ているらしいのです。

自然に(無意識に)…というのが「現象学」のミソです。私たちは、それが、サイコロだとわかるくせに、じゃあサイコロを定義して説明してみろと問われると瞬時には答えられない。

そういうときには、まずはその「サイコロだ」という思いこみをいったん「カッコに入れて」(エポケー・判断中止)、「あっサイコロだ」と思っている時の知覚や、今まで「あっサイコロだ」と思った時の体験まで辿って、考え直してみる。(現象学的還元)すると「そうか、私はこういうものをサイコロと呼んでいたのかあ」ということがわかる(本質直感)という(^^)。それが現象学です。

いや概念が「サイコロ」だと、さほど問題はないんですけどね。これが「社会」とか「神」とか「差別」とか、自動的に概念を作ってしまった時のソースが伝聞情報だったり、元になる体験に個人差があるような概念だと、いろいろと問題が……(^^)。

気になる概念があったら、いつも本質直感しておく癖をつけておかないと危ない危ない(^^)。というのが神名さんの現象学のお師匠さまである竹田青嗣先生のおっしゃっていることで……。

現象学の説明が長すぎた。

自閉症というのは、このコギタチオ(体験流を意識する)→コギターツム(意識が作りあげた概念)という、通常の人間なら、自然に行っている機能が、うまく働かない症状のようです。心理学のほうだとこれをパターン認知といいます。

以前、テレビ番組で、自閉症の方が絵を描いているのを観たことがあるのですが、すごい描き方をしてました。まず赤色の絵の具をチューブから出して、まず延々と赤い色を筆で点点と紙に打っていく。その作業が終わると、今度は、緑色の絵の具を……。「あんたはRGBディスプレイかい」と思わず突っ込みを入れたくなるような描き方です。

これが、私たちが絵を描けと言われたら、まずは輪郭から描き始めますね。
さて輪郭とはなんでしょう? 体験流の中から、ある概念を持つ物を図と地に切り分けて取り出す時の意識が引いた分節線ですね。しかも、その分節線だけ描いておけば、写実的な描写でなくても「ああ、これは○○の絵だな」と、他の人にもわかるわけです。これがパターン認知能力。

パターン認知能力のない自閉症の方がどういう「世界」を体験しているのか。パターン認知能力のある私たちには、想像を絶したものがあります。
そもそも言語の習得がまったく不可能なんじゃないのかとも思えますし、たしかに言語をまったく習得できなくて痴呆状態のようになってしまう自閉症の方もいます。

しかし中にはドナ・ウィリアムズさん(女性です)のように、逆に4カ国語をまったく難なく操れる方もいる。高機能自閉症というんですが、最近、発見されたようです。というか、ドナ・ウィリアムズさんが自伝を書いたおかげで、世界中の専門家がびっくらこいた。

どうやら、高機能自閉症の人はパターン認知に変る、別な能力を修得して、その障害を補って生きているようです。

私も、実感としては、まったく想像もつきません。すべてが現象学的に還元されまくった世界。どんなんや(^^)?

ただどうやら、そういう方たちには超人的なまでの記憶力があって、体験流をまるごと記憶していて、リストみたいな形にして整理しているようです。
サイコロの六つの面を観たときの体験流をそれぞれ記憶しておいて、リストを作り、このうち三つが確認されたらサイコロだ、というふうに……。


さて、次に、男と女ですが、実はこれも「男」と「女」の概念をパターン認知してしまっているんですね、私たちは……。

定義を学校で教えられて認知しているわけではない。いろいろと観たり、聞いたり、デートしたりするうちに、自動的に頭の中に概念が作られてしまっているわけですね。

gajiさんのいう

>てゆーか、見た目がまるで違うヂャン(w

というのは、まったくそのとおりで
自閉症の方でなければ、そういう認識の仕方をするわけです。

高機能自閉症の方だと、膨大な記憶の中から、人に会った体験を想記して、特徴を分析して……共通する知覚が「男」のほうに多いから、きっとこの人は男性であろう……-。

飲み屋で「ニューハーフ」は男か女か…ということで大激論しているオジサマが二人いれば、それは、どっちが正しいというわけではなくて、たぶん、二人が無意識にパターン認知している「男」と「女」の概念がズレているんですね。
まずはいったん二人とも「男」とか「女」の概念をエポケーして、現象学的還元をして、どういう根拠で「ニューハーフ」を「男」と思うのか、「女」と思うのか、本質直感してもらわないと……(^^)

「そうか、オレは、チ○ポがムズムズする相手を女と呼んでいたんだ」ということが分かって愕然とするかもしれませんが……(^^)。

まあ、飲み屋で床屋談義をするなら、それで十分、笑い話になっていいんですが、科学として論文を書くのなら、「理屈っぽいから男性」というのはどうもねえ。思いつきと言われても仕方がないような……。

まして、高機能自閉症の方が理屈っぽくなるのは、別の理由がある可能性のほうが大きいわけだし。「概念は認知できるが現象学的還元しないと定義がわからない」のが普通の人なら、自閉症の人は「定義を発見するか、教えられないと概念が認知できない。」そりゃ理屈ぽくもなるわさ。

参考
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140015764/hatena-22/ref=nosim
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480059938/hatena-22/ref=nosim

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102156119/hatena-22/ref=nosim
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102156127/hatena-22/ref=nosim
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102156135/hatena-22/ref=nosim
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Re(7):男と女の脳力
 Josef  - 07/1/24(水) 17:30 -

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   >生きている人でも、私が思うに、ほんのちょっとの違いを識別する能力によって増幅されて認識されていること、多いと思う。(アニキ)

そういうことですね。どうしても違いの方に目が行ってしまう。違う部分を全部挙げたとすると、残る部分は同じ。比べれば「同じ」の部分の方が遥かに多い。それが純子さんの「そもそも、『違い』が分かるというのは、『同じ』が分かるということでもある」にも繋がるでしょう。

病気や異常に関しても、ある特定の状態だけに着目すれば極端な男女差が観察されたりするけれど、それは人間のありうる状態の全体からするとほんの一部にすぎない。

違いの方に目が行くのは自然なことだから別にいいんだけど(人の顔が識別できなくなったら不便だし)、そのため「同じ」が見えなっちゃうとマズイこともある。黒人はオレたちとは全然違う生き物だ、とかね。

大体同じ、を踏まえた上で違いの部分を考えるのなら有意義なことも多いと思います。意義なんか無くても面白いし。
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Re(6):男と女の脳力
 芥屋  - 07/1/24(水) 2:21 -

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   >gajiさん:
>スイマソン。。私が言った「見た目がまるで違うヂャン」は、”身体・肉体の違い”のことです(♂♀に伴うジェンダーのことではなく)。

えへへ、わかってますよ^^
ところがところが、化石人骨など調べるときに、性別判定って、意外に難儀することが多いらしいんですよね。生きている人でも、私が思うに、ほんのちょっとの違いを識別する能力によって増幅されて認識されていること、多いと思う。

>「身障児者」は圧倒的に♂が多いんですyo。。なぜなんでしょうネ。。(精神的な障害者はまた別。)

そうなんですか…。ただ、疾患としての精神障害はどうか知らないのですが、器質性の高い自閉症スペクトラムとADHDとGIDはどれも♂のほうが発生率が高いんですよね。思えば体内での発生時においては、人体のデフォルトは女体ですからねぇ、それと何か関係あるのかな…

「本郷猛のみなならず全ての男は改造人間である!」

…って言いたくなりますです、はいw
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Re(5):男と女の脳力
 gaji  - 07/1/24(水) 0:32 -

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   >芥屋さん:
>>gajiさん:
>>うーーーんコレ↑は?????でした。
>>(たまたま、娘が自閉症の療育センターでの仕事をしていたので、多少知っているのですが、コレは”論あそび”としか思えない)
>
>論あそびとは思わないんですが、その違和感もわかるような気がします。たぶん、個々の項目はともかく、それを全称的に「男性的だ」というと、語感とは違うものが出てくるんじゃないか。つまり、ではその子が男児だとして「うん、そうそう。ほかの男の子より男の子らしいね」みたいな見られ方をしているかというと、そうではないと思うんですよね。その辺も含めて、背伸びしてブログに書いてみますた。上の家マークをクリックすると出ます。
>
>
>>Josefさん:
>>>てゆーか、見た目がまるで違うヂャン(w
>
>>僅かな違いを除いてほとんど同じ。だから却ってその僅かな違いの方に目が行き、そこを手掛かりにこれを大きな違いにしようと試みる(髪型、服装、話し方等々)。このプロジェクトが性に関わる様々な文化に他ならない。…というのはどうでしょう?
>
>そうなのかもしれません。色気とかセックスアピールとかもそうですもんね。
>
>私は、実際のところ、そんなに違うのか違わないのか、わかんないです。何か基準あるのかな…と。ただ、自分の失敗談としては、「男と女に、何の違いがあるんだよ」とか思ってた頃は、ただ単に「女のことわかってない(わかろうともしない)」だけだったりとか…じゃぁ今はそんなにわかったのかと言われたら「昔よりは…」くらいなんでして。


スイマソン。。私が言った「見た目がまるで違うヂャン」は、”身体・肉体の違い”のことです(♂♀に伴うジェンダーのことではなく)。

「身障児者」は圧倒的に♂が多いんですyo。。なぜなんでしょうネ。。(精神的な障害者はまた別。)
少なくとも後天的なこと(ジェンダー)とは、無縁だということ。
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Re(4):男と女の脳力
 芥屋 WEB  - 07/1/23(火) 2:39 -

引用なし
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   >gajiさん:
>うーーーんコレ↑は?????でした。
>(たまたま、娘が自閉症の療育センターでの仕事をしていたので、多少知っているのですが、コレは”論あそび”としか思えない)

論あそびとは思わないんですが、その違和感もわかるような気がします。たぶん、個々の項目はともかく、それを全称的に「男性的だ」というと、語感とは違うものが出てくるんじゃないか。つまり、ではその子が男児だとして「うん、そうそう。ほかの男の子より男の子らしいね」みたいな見られ方をしているかというと、そうではないと思うんですよね。その辺も含めて、背伸びしてブログに書いてみますた。上の家マークをクリックすると出ます。


>Josefさん:
>>てゆーか、見た目がまるで違うヂャン(w

>僅かな違いを除いてほとんど同じ。だから却ってその僅かな違いの方に目が行き、そこを手掛かりにこれを大きな違いにしようと試みる(髪型、服装、話し方等々)。このプロジェクトが性に関わる様々な文化に他ならない。…というのはどうでしょう?

そうなのかもしれません。色気とかセックスアピールとかもそうですもんね。

私は、実際のところ、そんなに違うのか違わないのか、わかんないです。何か基準あるのかな…と。ただ、自分の失敗談としては、「男と女に、何の違いがあるんだよ」とか思ってた頃は、ただ単に「女のことわかってない(わかろうともしない)」だけだったりとか…じゃぁ今はそんなにわかったのかと言われたら「昔よりは…」くらいなんでして。
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Re(3):男と女の脳力
 Josef  - 07/1/22(月) 19:35 -

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   >てゆーか、見た目がまるで違うヂャン(w

僅かな違いを除いてほとんど同じ。だから却ってその僅かな違いの方に目が行き、そこを手掛かりにこれを大きな違いにしようと試みる(髪型、服装、話し方等々)。このプロジェクトが性に関わる様々な文化に他ならない。…というのはどうでしょう?
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Re(2):男と女の脳力
 gaji  - 07/1/21(日) 22:57 -

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   >芥屋さん:

>みんな興味津々なんですよ。
>「男と女って、何でこうも違うのかねぇ…」と思ってるところへ、
>「脳の仕組みがこのように違っておりまして、それで云々」というのを聞くと、
>「へぇ〜っ!!そうなんだぁ。だからかぁ(笑)」と納得する。

てゆーか、見た目がまるで違うヂャン(w

>たとえば杏野先生とこで紹介されてたコレ↓
>http://www.synapse.ne.jp/~shinji/jyajya/ronbun/male-b2.html

うーーーんコレ↑は?????でした。
(たまたま、娘が自閉症の療育センターでの仕事をしていたので、多少知っているのですが、コレは”論あそび”としか思えない)
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Re(1):男と女の脳力
 芥屋  - 07/1/18(木) 18:40 -

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   >純子さん:
>AERAの記事もそうだけど、男と女の脳が違っているの、同じだので
>よくもまあ、あれだけ議論できるものだwwww。

みんな興味津々なんですよ。
「男と女って、何でこうも違うのかねぇ…」と思ってるところへ、
「脳の仕組みがこのように違っておりまして、それで云々」というのを聞くと、
「へぇ〜っ!!そうなんだぁ。だからかぁ(笑)」と納得する。
こないだもバラエティ番組で出てましたが、出演者もみんな、
笑いながらブンブン頷いていました。安心できるんでしょうね。男女ともに。
そこへ色恋ネタが入れば男も女も大好きですわなぁ、その手の話は。

それから言うと、同じ話題でもフェミvsアンチの議論になると、
世の中の人はそんなに関心が無い…興味を持っても遠巻きに見てるだけで。
「んお?何だか両極端なのがバトルしとるぞ」みたいな感じかと(たぶん)。

>そもそも、「違い」が分かるというのは、
>「同じ」が分かるということでもあるんだけどね。

まったくそう思います。

>ここに脳の断層写真があります。
>これが少しづつ、男性脳から女性脳へと変化していきます。
>さあ、よく見てください。どこが変化していっているでしょうか。

そうですね。これについて、私がいつも思い浮かべるのが、
たとえば杏野先生とこで紹介されてたコレ↓
http://www.synapse.ne.jp/~shinji/jyajya/ronbun/male-b2.html
たぶん、集められたデータから推測される医科学的な機序の分析はそうなのだろうけど、ただそれを「超男性脳」というネーミングで呼んでいいのかという違和感もあります。

これも含めた純子さんのご意見↓に同感(コメント欄)。
http://d.hatena.ne.jp/annojo/20050922

これについて、私もいろいろ思うんですが、いまひとつまとまらない。
そこで、もうちょっと純子さんの見方をお聞きしたいのですが…
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男と女の脳力
 純子  - 07/1/18(木) 1:17 -

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   別に、誰を批判したいわけじゃないから。ここに書くね(^^)

AERAの記事もそうだけど、男と女の脳が違っているの、同じだので
よくもまあ、あれだけ議論できるものだwwww。

そもそも、「違い」が分かるというのは、
「同じ」が分かるということでもあるんだけどね。

ここに脳の断層写真があります。
これが少しづつ、男性脳から女性脳へと変化していきます。
さあ、よく見てください。どこが変化していっているでしょうか。

うまく発見できれば、あなたの脳は脳力UP!(^^)
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Re(1):相変わらずで嫌になるというかぁ(II)
 楽俊  - 07/1/17(水) 23:59 -

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   http://macska.org/article/167#comments  より
>(…)当たり前だが、「男女の脳には(平均値として)差がある」ことは、「将棋において男性が女性より強いのは脳の差異に由来する」という仮説を立てる理由にはなっても、そうした結論を直接要請しない。

その説はもちろん「仮説」でしょう。

>(…)AERA の記者は、
>>::::::::::
>> もっとも、この能力差は将棋においては男の脳の方が向いているというだけであり、
>> 男女の脳に優劣 があるわけではないという。
>>::::::::::
>と書いているが、「将棋においては男の脳の方が向いている」という結論は、少なくとも bruckner05 氏が引用している部分からは導き出せないはず。せいぜい、「将棋には男の脳の方が(平均的に)向いているのかもしれない」程度が言えるだけだ。それ以上のことを言うより先に、より詳しい研究が必要だろう。

「将棋においては男の脳の方が向いている」というAERAの結論と、macskaさんの、「せいぜい、「将棋には男の脳の方が(平均的に)向いているのかもしれない」」という結論に、さしたる格差を感じないのは私だけなんでしょうかね。「仮説」に基づいた説が「かもしれない」の域を出ないのは当然でしょう。逆に言えば、 宝くじに当たらない確立が0.9999であっても、当たる「かもしれない」と思うから皆買う訳でしょう。
中華、「「かもしれない」程度」ってったって、“もの自体”については誰も解らないことに加え、例外は許さないという観点に立てば、「かもしれない」以外にどんな言い方があると言いたいんでしょうかねぇ。
#なんか田中さんの分身みたい。
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Re(10):相変わらずで嫌になるというかぁ
 純子  - 07/1/14(日) 9:41 -

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   >macskaさん:

>本心では理解しているのに何やらわけのわからない言いがかりをつけてきたり、

議論の流れから観ると

「形式的平等」と「実質的平等」といっても、主観の解釈によって左右されるという主張と、客観的な基準があるから主観によって左右されないという主張の対立でしょう。

macskaさんは、現実的な政策議論ではいろいろあっても「概念としての「形式的平等」と「実質的平等」の区別なら明快」として「形式的平等」と「実質的平等」を定義づけた上で、明快である一つの例として、「同性結婚」を上げている

それに対して、macskaさんが例示している「同性結婚」だって、歴史的には、まさしく「形式的平等」と「実質的平等」の基準点がズレてきた例じゃんと、私が指摘しているわけですね。全体の議論には関係ないわけでも、部分にこだわっているわけでもない。

むしろmacskaさんが意図的にスルーしているのは、こういう意見

芥屋さん
>問題がこじれるというか堂々巡りになる場合は、訴える側が自分の主観を客観と思い込んだり、訴えを斥ける側が自分の主観を客観と思い込んだりするときでしょうね。

純子
>この場合、「差別」と「形式的平等」と「実質的平等」の境界線を決めているのは、その社会に公認されているコンセンサスでしょう。
ただコンセンサスはその社会に属する人々のコンセンス(良心)の総和だから、個人の良心の自由を認める限り、個々の人間で、その境界線はズレるし、だからこそ保守派と革新派の間で、さかんに議論になったりもするわけです。


)ああそうまでしてわたしに反対しなければいけない性質のヒトもいるんだなぁと思っているだけ。

macskaさん、何を「実質的平等」とするかは主観によって左右されるわけだから、「実質的平等」を主張したければ、合意形成のための努力をケチってはいけません。「もっと頑張りましょうね」とみんな激励しているわけですよ(^^)


>歴史的事実としては、こちらは反論を一切していない。同性婚はこういう論理で要求するのが本来のあり方だ、というのは、要求する論理のあり方を指図しており、それが正しい歴史観に基づいていたとしても、それだけが唯一絶対の論理であることにはならないので、妥当だとは言えません。

私の主張は「こういう論理で要求するのが本来のあり方だ」ではなく。「本来、こういう論理で要求されてきた(過去形)」。

まずは異性愛の結婚が「実質的平等」としてめざされ、それが「形式的平等」として実現した段階で、その後を追うように、同性結婚が「実質的平等」としてめざされるようになった。

この私が描いた「歴史的事実」には、まったく反論(反証)はないんですね。

だったら(異性愛者の)結婚が「形式的平等」か「実質的平等」かは、主観的な視点によって変りうるということになりませんか(^^)?


これから、先、同性結婚をめざして活動している方たちが、この「歴史的事実」をどう受け止めて、どんな活動をするかは、そりゃその方たちの自由だ。未来は過去には縛られない。ただ現在を前提にして、歴史に学んだほうが、効率はいいと思うけどね。

自分の説が反論されたからといって、詭弁を弄して「全体主義」呼ばわりするのはよくないよなあ。
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Re(10):相変わらずで嫌になるというかぁ
 Josef  - 07/1/12(金) 23:14 -

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   >その点が説明不足だったというなら認めます。
>しかし、普通それくらい分かるのでは。

はい、普通は分かります。
ところがそれだと矛盾が起こる。そこで「普通」に読んではいけないのかなと思ったわけです。普通の意味とのことなので安心しましたが、矛盾は矛盾のままです。

>> そしてそうであるがゆえに、現行制度を「定義の段階で不平等」と
>> いうのは不適切です。
>
>どうしてですか?

定義が不平等であればその定義を採用した制度は形式的平等の原則をハナから満たさないからです。「結婚とは180cm以上の者がするもの」は定義自体が不平等であるがゆえにそれに基づく婚姻制度は形式的に不平等。対して「結婚=異性同士がするもの」も「結婚=同性同士がするもの」も、定義自体に不平等はない。だからそれを法制化しても形式的平等は保たれる。単純な話です。

macskaさんは「実質」の部分を「定義」に直結させちゃってます。実質的不平等がここにある。原因を遡ると「定義」に行き着く、だから「定義」が「不平等」なのだ、と。鉄道の踏切事故(=悪)が起こるのは鉄道(=悪)があるから、みたいな。

ある定義に基づく法制下で実質的な不平等が起こったなら、その定義と不平等とが何らかの関連を有していることは確かです。しかし関連があることと定義自体が不平等であることとはまったく違う話ですよ。

次の例えもたぶんこの混同と無縁ではないのでしょう。

>3番目の意見が不可解なことは、次の例を考えてもらえばわかります。女性参政権を求める運動が起きた時に、「参政権というのは歴史的に言って男性に属するものだから、女性には別の名目で対等な権利を与えるべきだ」と主張するみたいなものだと。

この例はまさにmacskaさん言うところの「定義の段階で不平等」ですね。「180cm以上婚」と同じ。よって当然「参政権とは男性のもの」という不平等な定義から変えなきゃいけない。「異性婚」や「同性婚」はそれとは違って定義段階で不平等とは言えず、「法の下の平等」が最低限要求する形式的平等は保たれている。だから不都合が出てきたら別の法律で対処するという選択肢も可能なのです。

ついでながら、別姓の夫婦を認めるかどうかについても同じことが言えます。現行同姓制度は形式的に平等。現行法の背後に「夫婦は同姓に決まっている」という歴史的定義づけがあったとしても、その定義自体が不平等なわけではありません。したがって論理上は、「夫婦は同性」という定義を変えて選択制にすることも可能だし、定義を変えないでたとえば「通称」を制度化することも可能なのですね。
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Re(9):相変わらずで嫌になるというかぁ
 macska  - 07/1/12(金) 19:35 -

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   > いいや、おまえたちは私の意見に反対してくるから「実質的平等」と
> 「形式的平等」の違いがわかってないに違いないと決めつけているの
> はmacskaさんだけだよ。

そんなこと今まで思ったこともありませんでした。
決めつけているのはそちらでは。

誰かが「実質的平等」と「形式的平等」を理解していない、とはわたしは思っていなくて、本心では理解しているのに何やらわけのわからない言いがかりをつけてきたり、ただの個別例でしかないケースに特有の問題でしかない(全体の議論には関係ない)部分にこだわってくだらないことを言ったり、ああそうまでしてわたしに反対しなければいけない性質のヒトもいるんだなぁと思っているだけ。

> 議論の方法ではなくて、歴史的事実を指摘している(--)。

歴史的事実としては、こちらは反論を一切していない。同性婚はこういう論理で要求するのが本来のあり方だ、というのは、要求する論理のあり方を指図しており、それが正しい歴史観に基づいていたとしても、それだけが唯一絶対の論理であることにはならないので、妥当だとは言えません。
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Re(6):補足―相変わらずで嫌になるというかぁ
 バジル二世  - 07/1/12(金) 15:16 -

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   >「おっしゃるように」がどこにかかるのかよく分かりません。

その連用修飾語より後の一文全部なのですが、Josefさんの既述の論理だとしたのが違ったとしてもこの程度なら許されるとの信頼感、安心感があって申しました。形式論理上の正誤を言えば違っているかもしれません。しかし、異なる事情があるのに、他と同じ基準でもって扱う必要があるのでしょうか?
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Re(8):相変わらずで嫌になるというかぁ
 純子  - 07/1/12(金) 12:21 -

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   >macskaさん:

>米国の議会でたまにあるフィリバスターというのはそれですね。

日本の政治文化の話をしていて、どうして米国の議会の例が出てくるんだ(^^)
ちなみにウィキで「フィリバスター」を検索してみますた。
なるほど、アメリカではそうやるのか。文化が違うなあ。ちなみにフィリバスターの日本語訳は「牛タン戦術」……なんじゃそりゃ?? 日本では、国会の議事進行のやり方と政治文化が違いすぎて、使われることはほとんどないそうです(^^)

日本で反対派が使うのは、野党なら「牛歩戦術」(賛成か反対か決めかねますといって、投票箱までノロノロ歩く^^)か「審議拒否」(与党とは、議論したくないので、自宅にひきこもります^^)。これに対抗して与党が使うのが「強行採決」(もう野党抜きで勝手に決めちゃうぞ)

ほらほら、日本では「判断しない」「判断できない」が否定の意味に使われるんです。なんで、そうなるのか説明しようとすると、「よくわかる日本政治」みたいな本が一冊できてしまうので、ウイキでも読んで、ご自分で勉強してください。
一ついっておくと、日本では「全員一致」が正しいと思っている人が多くて、「多数決」は、「数の論理」とか「少数意見の抹殺」とかいって非難される傾向があります。
もちろん「全員一致」なんてありえないので、実は裏にいろいろと仕掛けがあるのですが……。よくこれで民主国家やってられるなあと思うでしょうけど、まあ政策の大半は「霞ヶ関」がシナリオを決めて、あとは赤坂の料亭で、いろいろと駆け引きがあって、(与野党なれあいでした)、で、最後にセレモニーとして国会審議という手はずで、戦後、60年間なんとかやっていました。最近は、ちょっと変ってきましたけどね。

荒川区のばあい、「林さんたちとは議論もしたくない」と言って、自分から出ていった人のほうが、つまりこの場合の「反対派」です。最初から議論する気ないんですよ。で後になって、自分抜きで、決めた林はファシストだとマスコミに訴える。

>しかし、神名さんじゃなくて、林道義さんが「慎重に判断せよ」と言う時にきちんと説明して欲しいのですが。

そりゃ、林さんに聞いてくらはい。だいたい神名さんと同じこというんじゃないでしょうか。いや、まてよ「フェ理屈はダメ」とか言うかもしれないな。だから「ジェンダーフリー」なんてフェ理屈使わないで、まずは自分の要求をストレートにぶつけてみればいいんですよ、フェミの人は。

>もしポジティブアクションだけに限って厳しい基準を主張しているなら、それはそれで変だなあ。

全然、変じゃないです。同和利権みたいに、ポジティブアクションで始めたはずの救済策が、逆に利権構造をつくりだして、かえって差別を構造化したり、逆に助長したケースはたくさんあります。だからアメリカでもさんざん議論になるんじゃないですか?

>だから、本来同性婚が本筋で、異性愛者の結婚がその拡大発展系として考えられているような社会があったとして、

では、macskaさんの豊富な想像力とやらで、そういう社会を描写してみてください。「闇の左手」みたいに詳しく(^^)。

>「結婚」という言葉本来の意味が異性婚のことだから不平等ではないというのは、まるで差別用語をなくせば差別がなくなると考えるのと同じくらい「言葉」を過剰に評価しています。後者についてはよく分かっているはずの人が、前者の主張をしてしまうのは珍奇としか言いようがありません。

ぜんぜん、芥屋さんのおっしゃっていること分かってないじゃん。まず男女がつがいで共同生活を営み、子供を育てる関係が、まずは先にあって、それを昔から「夫婦」(男と女)とか「めおと」(女と男)と呼んでいたわけでしょう。

でも、かつては相手をまったく自由に選べたわけではない。奴隷はまず結婚できませんでしたし、身分違いの相手とは結婚できなかったり、宗教や宗派が違っていたら結婚できなかったり、村の掟で特定の村の男とは結婚できなかったり。

そういう時代には、同性愛者でも、しかたなく異性と結婚していたわけですよ。徳川家光みたいに。「お世継ぎを作っていただかないと困ります」とか春日局がうるさいから……。どうしても結婚したくない同性愛者はたぶん坊さんになったんだろうな。

結婚が自由になって、その権利は平等にすべてに人に保証されるべきだと、言われ始めたのは、18世紀後半から19世紀にかけてです。それが先進国では、まあ普通に実現できたのは、20世紀半ばになってからですよ。今でもそうじゃない地域はあるんだから……。で「結婚の自由と平等」という権利が先進国で軌道にのりはじめたころ、同性愛者からも「自分たちの関係も同じように認めてくれ」という要求が出始めたわけでしょうが……。

芥屋さんのいっているのは、まず結婚というのは、男女のつがいの関係を表す言葉として始まっている。そして、まずそっちの「自由と平等」というのが、先に実現される必要性があったということですね。

「「結婚」という言葉本来の意味が異性婚のことだから不平等ではない」
ではなくて……(^^)
「「結婚」というのは、まずは「異性婚」ことで、最初はその自由と平等がめざされた」ということです。

「差別用語をなくせば差別がなくなる」ではなくて……(^^)
「差別用語を別に禁じなくても、差別をなくす手だてはある」でしょう。

>実質的平等とか形式的平等とはどういう意味なのかということを話しています。

だから、みんな、もう分かってるじゃん(^^)。そうですよね?
芥屋さん、楽俊さん、バジル二世さん、Josefさん、Gajiさん
いいや、おまえたちは私の意見に反対してくるから「実質的平等」と「形式的平等」の違いがわかってないに違いないと決めつけているのはmacskaさんだけだよ。

>どれか一つだけが「正しい」議論の方法だというのは、全体主義に繋がるのではないですか?

議論の方法ではなくて、歴史的事実を指摘している(--)。もし反証できる根拠があれば出してくれとも言っている。そのどこが全体主義なんだ。

「アウシュビッツの虐殺があったのか、なかったのか、どれか一つだけが「正しい」議論の方法だというのは、全体主義に繋がるのではないですか?」(^^)
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Re(9):相変わらずで嫌になるというかぁ
 macska  - 07/1/12(金) 0:02 -

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   > これだと「身長180cm以上間の<長身婚>にのみ特権」という婚姻
> 制度もまた「形式的平等」になります。なぜならこのルールは一
> 部の人ではなく「すべての人に適用され」、その結果として180cm
> 未満の人が排除されるだけですから。

あのですね、そういうのは「同じルールがすべてに適用される」には含まれません。
「身長によって違ったルールが適用されることを規定している」んですから。

その点が説明不足だったというなら認めます。
しかし、普通それくらい分かるのでは。

> そしてそうであるがゆえに、現行制度を「定義の段階で不平等」と
> いうのは不適切です。

どうしてですか?
わたしは、「異性とのみ結婚できる制度」が形式的平等だと言いましたが、ここでは文脈から分かる通り「結婚」という言葉の意味を異性婚だけに限っていませんね。

それに対し、結婚という言葉は元から異性だけに限られているのだという反論がありました。確かに厳密にはその通りでしょう。そこで、もしその定義を採用するなら、上記は「結婚制度」は形式的平等(同じルールが誰にも適用される)が、実質的には不平等である、と書き直すことができます。そしてその不平等さは、「結婚」という言葉の定義(異性とのみ)によって生じていることになるでしょう。

「身長180cm以上のみ婚」制度の場合、身長180cmあるかどうかによって違ったルールが適用されています。しかし「結婚制度」(後者の定義による)においては、異性愛者も同性愛者も「合意ある独身の異性と結婚」できるわけですから、ルールの適用時点では全く同じルールが適用されています。

> 法的な定義を変えるという手も論理上はありうる。同時に定義はその
> ままで実質的平等を確保する別個の方策を検討する手もある。そうい
> うことではありませんか?

結婚という言葉の法的な意味を変えるというのは、ひとつの解決法です。

次に、結婚制度を法律から捨て去って、必要ならシビルユニオンみたいな制度を作ってこれまでの結婚制度と置き換えることもできます。

最後に、これまでの結婚制度は定義も仕組みもそのままで、それと全く対等なシビルユニオンのような制度を別に作るということも可能です。

あなたの言うのは、この3番目のオプションのことでしょうか?

そうだとすると、それは政治的妥協として全く受け入れられない案ではないですが、現実にそういう不可解な区別を残しておくと「全く対等」という条件がずっと保証されるかどうか不安なので、基本的にあまり望ましい解決方法ではないと思います。最初の2つのどちらかの方が、はるかに望ましい。

3番目の意見が不可解なことは、次の例を考えてもらえばわかります。女性参政権を求める運動が起きた時に、「参政権というのは歴史的に言って男性に属するものだから、女性には別の名目で対等な権利を与えるべきだ」と主張するみたいなものだと。たしかにそれでも男女の政治的平等権は確保できるでしょうが、男性には参政権、女性にはそれとは違ったなんとか権みたいな権利を付与するのは、どう考えても不可解でしょう。
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Re(8):相変わらずで嫌になるというかぁ
 Josef  - 07/1/11(木) 22:31 -

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   形式と実質で混乱しているのはmacskaさんではありませんか?

>> なぜなら「結婚」とは、男女が正式に夫婦になることだから。(芥屋さん)
>
>はい、だからそのように、定義の段階で不平等な扱いを「当たり前」とするような制度が法的にある場合、それは実質的に不平等であると言うわけです。(macskaさん)

ここでmacskaさんは「定義の段階で不平等」と言っています。が、定義レベルの不平等なら「形式的不平等」でしょう。しかしmacskaさんはもともと「結婚=異性婚」を「形式的」には「平等」の例として出してきた。定義段階での不平等がどうして「形式的平等」なんですか?

macskaさんの最初の説明に問題があるように思います。

>「形式的平等」というのは、同じルールがすべての人に適用されることをいいます。それだけ。

これだと「身長180cm以上間の<長身婚>にのみ特権」という婚姻制度もまた「形式的平等」になります。なぜならこのルールは一部の人ではなく「すべての人に適用され」、その結果として180cm未満の人が排除されるだけですから。

しかし「形式的平等」とはそういうことではありませんね。「結婚=身長180cm以上のみ」という定義は180cm未満の人を最初から排除している。それゆえこれは「形式的」に「不平等」です。そうでしょ?

「形式的平等」とは、ルール内容が「個々の人間の相違に関係なく」すべての人に適用しうることであるはずです。身長という一人一人違うものを条件とした法は、その文言のレベルで「形式的不平等」、すなわち明々白々たる憲法違反です。

それゆえ、macskaさんが「形式的平等」を満たすものとして現行の「結婚=異性婚」を出したのは正しい。なぜならそれは異性愛者も同性愛者も性愛に無関心な者も、つまり誰も排除することなく遍く適用しうる内容を備えているからです(macskaさんが例示した「結婚=同性婚のみ」も同様)。そしてそうであるがゆえに、現行制度を「定義の段階で不平等」というのは不適切です。ましてや定義が変えられなければ「そんなものは法的な制度として認めるべきではありません」(macskaさん)とまで言うなら、ほとんどトンデモの領域です。

法的な定義を変えるという手も論理上はありうる。同時に定義はそのままで実質的平等を確保する別個の方策を検討する手もある。そういうことではありませんか?
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Re(6):相変わらずで嫌になるというかぁ
 バジル二世  - 07/1/11(木) 14:49 -

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   >>そしておっしゃるように「変える」ことを自己目的にするのは
>>本末転倒になるということじゃないでしょうか。
>
>「おっしゃるように」がどこにかかるのかよく分かりません。
>「『変える』ことを自己目的化するのは本末転倒」はその通りだけど、今の議論にどのように関係するのか不明ですし。

ふむふむ。しかしある制度が形式的平等か実質的平等かの判断が主観の問題かどうか、あるいは現在の結婚制度が実質的な平等ではないかどうかの議論には立ち入りませんが、それらの議論に出てきた「制度改革」についてどのように考えるかについて述べたのであり、関係があるように思えますが。
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