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Re(6):洒落になっていない差別の話
 純子  - 06/10/13(金) 19:06 -

引用なし
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   >「男性用がスカートが市場にないのは差別だ」VS「いや、需要がないだけで、市場による自由は確保されている。作りたければ布地を買ってきて作れよ!!」
>「女性だけが化粧を要求されるのは差別だ」VS「いや、女性が化粧を要求されるようなフォーマルな場では、男性もそれに相応する身だしなみが要求されるはずだから、差別ではない。男も眉を整える時代に何を言ってるか」

「大峰山に女人結界があるのは差別だ」VS「いや、尼寺も男子禁制だから差別ではない」

を付け加えるを忘れてた(^^)

歴史的にみれば、女性が買い物したり学校に行ったりしている生活圏を、不当に侵犯して、結界を張ったならともかく、通常、人が入ってこないような、深山幽谷に引きこもって、女人禁制の修行の場を作った行為を、差別と言っていいかというと……悩みませんか?
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Re(5):洒落になっていない差別の話
 純子  - 06/10/13(金) 12:34 -

引用なし
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   >macskaさん:

>その通りです。それらを不均衡に分配するベースとして性別や人種や宗教といったものがよく使われますが、ジェンダー規範への合致というのもその1つであるとわたしは考えているわけです。

性別とか、人種、宗教というのは、その中に人間が生まれ落ちるわけですから、本人の努力で選べないものですね。男が女になることもできなければ、白人が黒人になることもできない。宗教は改宗ということがあり得ますが、これもたいていは、宗教共同体の中に生まれ落ちるわけで、母国語が変更しづらいように、宗教というのは、なかなか変えられるものではない。ムスリムの方は、日本に来ても、「豚肉は気持ち悪くて口にできない」とおっしゃいますし、私も除夜の鐘を聞いてから、初詣に行かないと、なんだか正月が来たような気がしない(^^)

近代社会では、そういう、人が、変更しずらいようなカテゴリをもって他者を理不尽に扱う行為を「差別」と呼んでいるわけですよ。「生まれつきで、努力によって変えられないのに、扱いを変えるな!!」ということです。「障害者」差別も同様ですよね。

じゃ「ジェンダー規範」は??というと、これは時代によって、内容がめまぐるしく変化する。しかもジェンダーは文化的なものですから、ある程度、努力によって学習して修得もできる。何のためにファッション雑誌ってものがあるんだ(^^)

ある文化が慣習的に採用している男性用のジェンダー規範と、女性用のジェンダー規範の内容に「権力や機会や富や資本やケイパビリティ…などの不均衡な分配」があれば、もちろんそれば「差別」ですが、これは性別による差別であって、「ジェンダー規範への合致」差別ではない(^^)。

「ジェンダー規範への合致」差別とは、ちなみに「ジェンダー規範に合致したい人」と「ジェンダー規範に合致したくない人」の間におきる差別ではありません。「合致したくない人は、合致しないと不利なのがわかってやっているんだから勝手にしろ……」ですね。むしろ「生まれつきジェンダー規範に合致できる人」と「生まれつきジェンダー規範に合致できない人」の間に起きる差別のことです……。

考えられるのは「性同一性障害者」と「異性装的フェチシスト」と「同性愛者」と「半陰陽者」あと「容姿が不自由な女性」と「虚弱体質の男性」くらいかな……。
ところで、そういう方たちの中で、はて「一般的に男がスカートをはかないのが差別だ」と主張している人は……??????

>わたしは「カテゴリによって他者を理不尽に扱う行為」のうちどれが差別にあたりどれはそうではないかという定義を主張しているのであって、「差別でなければ、何をやっても良い」と主張していません。当たり前ですね。

「制度化」してるのが「差別」というんでしょ。でも、議論になっているのは、「カテゴリによって他者を扱う行為」自体が、理不尽か、理があるかで揉めているんじゃないですか?

「男性用がスカートが市場にないのは差別だ」VS「いや、需要がないだけで、市場による自由は確保されている。作りたければ布地を買ってきて作れよ!!」
「女性だけが化粧を要求されるのは差別だ」VS「いや、女性が化粧を要求されるようなフォーマルな場では、男性もそれに相応する身だしなみが要求されるはずだから、差別ではない。男も眉を整える時代に何を言ってるか」

理不尽か、理があるかを問わないまま「カテゴリによって他者を扱う行為」が制度化したら差別だと定義してしまうと、「偏差値の低い人でも、東大に入れないのは差別だ」「労働意欲のない労働者が意欲のある労働者と同一賃金でないのは差別だ」「芋洗いをするサルを、サル山のボスが優遇して芋荒いするサルが増えるのは差別だ」となってしまって、人類の文明はサル以下になってしまいまつ(--)


>それを言い出せば、わたしから見ればチベット仏教は仏教本来の教えからかなり離れているように見えます。

すまん、それは私の誤字です。三宝帰依(仏宝僧)→三宝帰依(仏法僧に帰依する)、これが仏教本来の教えです。私の誤字です。

ちなみに三宝帰依(仏法僧)の教義ない仏教というのは考えられません。イエスがメシアであることを認めないキリスト教とか、六信五行の教えのないイスラム教のようなものです。チベット仏教を誤解させるようなカキコをしてしまった、すまんかった。

あれっ、Macskaさんが言ってる
>チベット仏教は仏教本来の教えからかなり離れている
とは、私の誤字のことじゃないのか? ひょっとして

ちなみにチベット仏教の正統な教義は「中観帰謬論証派」です。ばりばりのナーガアルジュナの正統な後継者です。ダライラマ14世猊下が「仏教入門」でお書きになられているくらいだから、間違ありません。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334780059/ref=sr_11_1/503-6361717-0998349?ie=UTF8

ウィキペディアにもほら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E4%BB%8F%E6%95%99

>基本的には龍樹の中観を中心にして、存在・認識に対する論理的思考能力と論争による智恵の獲得を重要視し、

で、誰が「中観派仏教徒」でしたっけ……(^^)


>「〜だと言ってしまうと」そうなる、というのはその通りだけど、わたしは一度もそう言っていない。

>>「男性はスカートをはいてはいけない」という規範があり、その規範が制度化されている証拠として、女物のスカートはどの店でも売っているのに、男物のスカートはほとんどないわけですね。

で、どうしたいのmacskaさんは……

>でっちあげというのが言い過ぎならば、かなり極端な解釈によってはじめて成り立つ主張だと思います。もしジェンダーフリーだけでなく全ての思想を同様の基準で解釈するならば、保守革新問わず全ての思想に全く同じ問題が見いだせるでしょう。

やっと、そこに到達したか。
思想の暗黒面に堕ちたら、ジェダイも、保守も、革新も、バックラッシュも、フェミニズムも同じことなんです。
「ブレンダと呼ばれた少年」を政治的アジェンダにした八木秀次を批判するなら、同様な理由で、マネーの双子のケースを「特性論批判」のための政治的アジェンダとして利用した小倉知加子や上野千鶴子ら、フェミニストも同罪ということですよ。

いや、その時は、マネーの双子のケースは成功していたと思われていた。というのはいいわけにすぎません。成功をフェミニストがあまりに喧伝してしまったから、マネーが「失敗でした」と認めづらくなってしまったということもあり得ますからね。

上野千鶴子なんか、かって「双子のケース」を取り上げたところに、今度は「TS臨床」を挿入して理論を補填すらしている。性同一性障害の人の迷惑など、まったく考えてない。懲りない人だ。

ルソーの影響を受けた近代政治思想をすべて「異端の思想」と断罪する中川八洋がキチガイなら、国家がかかわることは、戸籍制度から婚姻制度まで、すべて「国家権力の抑圧」としか考えられない福島瑞穂だってキチガイということですよ(^^)
わかりますか?

だから、キチガイがキチガイを、阿呆が阿呆を呼んでいているんだと最初から言っているじゃん。

「極端な解釈」というより、昔は、わらわらいたんですよ、学校教育の現場に……。たいてい「ヒノキミ闘争」と重複してるジェンフリ教師の群が……。バックラッシュが始まってから、パッと消えたけど……(^^)。その横暴に、いらついていた保護者はかなり多数いたと思いますよ。そういう方たちが、今、安部さんを支持しているわけです。


>学問的な見解を「政治的に都合が悪いから」と捩じ曲げるのはよくないでしょう?

論理的にも破綻していて、政治的戦略にも使えない。使って戦略を立てたら、誤爆が増えて、問題を増やしてくれるだけの、「差別の定義」を「学問的な見解だから」という理由だけで擁護する気にはまったくなれない。

まあmacskaさんの個人的見解だから、macsukaさんが信じるのは勝手だけど、世間的には「電磁波にスカラー波がある」という学説を、二コラ・テスラの「学問的見解だから」と擁護するのと同じだと思う。
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Re(1):【VIP】macska様の「文革なんて言わないで」...
 tpkn  - 06/10/13(金) 4:48 -

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   (前スレから移行)
http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=one;no=1129;id=keya1984 へのレス。


macskaチャソ:

>> 私たちの言動をあなたがわかるか否かは、我々が「醜い政治に
>> 賛同しているか否か」によって変動するわけでしょう? で、
>> あなたが自分の信念が正しいと再確認し、納得するためには、
>> 我々を「醜い政治に賛同している」側に含めるという作業が必
>> 要なわけでしょうが。
>
>はっきり言うと、あなたに悪意があるのか、それともただ単に馬鹿なだけなのか、わたしはどちらとも思っていません。もし前者ならすっきり分かるけれど、もし後者ならそれほどまでに馬鹿であるというのがなかなか納得し難いと思うわけですが、前者だと決めつけた覚えはありません。
>
>いまの議論だけでなく、普段からわたしは「愚かさで説明ができることに悪意を見いだすな」という原則(ハンロンの剃刀)を採用しているので、意図を決めつけたとされることは心外です。

あなたはその「ハンロンの剃刀」とやらをこの部分では採用していません。「醜い政治に加担していないのだとしたら、わけがわからない」と述べているわけですから、「愚かさで説明ができることに悪意を見出して」いるわけでしょう。

しかしあなたは、実際には私が「馬鹿である」ということにも「なかなか納得し難い」と言う。とすれば、可能性はもうひとつあるでしょう。

「馬鹿は自分だ」ということです。

>ひな祭りを一切糾弾していませんね。糾弾しているという、ほとんどありえないような無茶苦茶な解釈をあなたが採用しているのは自由ですが、

「自由に採用しているわけではなく、「これは反語である」という文脈で論証しています。

> それが客観的な事実であるかのように書かないでくださいね。

パンフが「〜してませんか?」という否定疑問文によって啓発を行い、逆説的に「〜してはいけない」という趣旨のことを述べているのは客観的事実です。これが反語であると解釈できる理由はすでに述べたので、「反語ではなく、たんなる疑問文である」という方向で反論するしか道は残されてないですよ。
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Re(4):【VIP】macska様の押し付け論【貴賓席】
 tpkn  - 06/10/13(金) 4:37 -

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   macskaどん:

>> あのですね。「押しつけ」が起こるとしたら「男は男らしく育てる
>> べきだという価値観を強固として持っている親の場合」がもっとも
>> その可能性が高いわけですから、それを除外したらあなたの主張
>> (パンフの解釈)はなりたたないでしょう?
>
>勝手に仮定を増やして議論を進めないように。

増やしてないです。

「押しつけが起こるとしたら」という仮定は、あなたの「パンフの趣旨は押しつけをやめようということだ」という主張を受けたものにすぎませんから。

あなたは「パンフの趣旨は押しつけをやめようということだ」と言い、その後に「何が押しつけにあたるかは各自勝手に判断すればよい」と言ったので、そういう解釈ではあなたから見て「押しつけ」をやっていると予想される人々の行動を肯定することになる、という話をしているわけです。

要するに、あなたが「押しつけ」の内容についてここに至るまでついぞ説明を避けていることから、こういう矛盾が起きているだけの話です。

>> あなたは、それらの例示は価値中立的なもので押しつけにあたると
>> はどこにも書いてないと言っていますが、反語であればそのような
>> 解釈は成り立たないです。書かずに言うのが反語ですから。
>
>ああなるほど。確かに「書かずに言う」ことは文章表現上よくありますが、あそこにひな祭りと書いてあるというだけの事実から「ひな祭りを否定している」という意味を読み取るのは過剰な解釈だと思います。まぁこれは解釈論になってしまいますが。

最初から解釈論なのですが。

だからこそ、「ありったけの証拠を集めてこい」みたいな議論は無意味だという話を最初にしてあるでしょう? それに、「あそこにひな祭りとい書いてあるというだけの事実」とおっしゃいますが、それは「押しつけてませんか?」という問いかけと組合わさって「反語」をなしているのですから、このような押しつけをやっていませんか?と読みとるのが普通だろうと言っているのです。最初から。

もうひとつ、それが単なる問いかけではなく「反語」だとする根拠は、その問いかけが「啓発パンフ」の中でなされているからです。よりよきことをしましょうという趣旨の出版物において「〜をやってませんか?」と問いかけることは、「〜をやらないようにしましょう」と同義なのですよ。それは、あなたも「押しつけ」については認めているでしょう。

ではその「押しつけ」とは具体的に何を指すか。そのための例示でしょうが。ところが、あなたはなぜかその部分だけは無視するわけです。そして無視するだけでなく、「妄想」だとか「醜い政治に加担」だとか「デマ」だとか、口汚く罵倒するわけ。

あなたはパンフの表現が「誤解」を招きやすいものだったことはすでに認めているわけですが、そういう表現によって、学者でもない人々(パンフの対象読者)が「誤解」してしまったのだとしたら、それはパンフが悪いのであって誤解した側じゃないでしょう。なのに、なぜ罵倒できるのです?

しかもそれは、実際には「誤解」ではないわけ。仮にパンフ製作者の意図がその解釈と違うのであっても、書いてあることはそうとしか解釈できないのだから、読者が「誤解」したのではなく、パンフの作者が「書き間違えた」のだというのが妥当な解釈でしょう。

あのね、Macskaさん。これ、皮肉で言うわけじゃないんだけど、ほんとにわかってないのですか?
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Re(4):洒落になっていない差別の話
 芥屋  - 06/10/13(金) 0:43 -

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   >自発的にジェンダーの規範に合致した行動を取る人は勝手ですよ。

>>でもさ、「ジェンダー」という文法用語の借用概念で社会的な男女観というのは、いわば母語の文法に当たるものでしょう。個人の男女観は「個人的な発話」に当たる部分で。するとさ、日本で育った人が日本語の文法に、自発的に合致して発話するのが「その人の勝手」と言えますか? たとえば日本語の文法の規範をバラバラに細粒化すべきであるような主張をしておいて、「従来どおりの文法で発話したい人は自由だと言ってるじゃないの」みたいなもんでしょ、それは。

>例えになってないよ。

どう違うのかね。文法用語からの借用概念であるからには、そういう主張をしたときと一緒じゃないか。母語の文法の規範の場合と、その文化の男女観の規範の場合と、どこがどう違ってくるのか説明してみなよ。


>しかし、自発的にジェンダーの規範に従いたくない人も、従わなければ雇用や昇進などにおいて低い評価を受けてしまう。それが問題なんだとわたしが言っている、ということが分からないわけがないでしょ?

>>造反有理だ愛国無罪だという論理と一緒じゃん、それは。その時々の評価が正当か不当かは、個別に見なければわからんじゃないの。「自発的にジェンダーの規範に従いたくない人」の言動が、低評価であって当然な場合だってあるじゃん。

>意味不明。全然関係ないように思えますが。個別に見るときに、どういう基準で見るかという話をしているわけですね。

「個別に見るときに、どういう基準で見るか」というときに、「自発的にジェンダーの規範に従いたくないかどうか」が当否の基準になるわけないだろう、と私は言ってるの。「自発的にジェンダーの規範に従いたくない人」の言動が、低評価であって当然な場合はないとでも言うんなら、造反有理だ愛国無罪だという論理と一緒じゃないかということ。どこが無関係なの?これもちゃんと説明するように。

>だから、男性も女性もみな化粧をしろというなら、それは差別にはならないですよ。

(  ゚,_ゝ゚)バカジャネーノ?

>しかし、男性はこれまで通り化粧をしなくても何の不利な扱いも受けないのに、女性だけそういう扱いを受ける。

いいじゃん。男に化粧させなくたって。

>それは単なる偶発的な雇用者の好みではなく、「男性は化粧をしてはいけない、女性は公的な場所では化粧をするべきである」というジェンダーの規範が元となっているわけですよ。

そんな規範はないんじゃないの?だってそのカジノはそれまで、「男性は化粧をしてはいけない、女性は公的な場所では化粧をするべきであるというジェンダーの規範」とやらに反逆していたのかね?

化粧っ気のない落ち着いたカジノだったんじゃねぇの?店の営業不振か何か知らないし、オーナーが変わったのかもしれないけど、イメチェンをはかりました、ってことだろうに。そりゃ店主の裁量じゃんか。しかし、そのイメチェンが古株の従業員の気に入らないことだった…というのならわかるんだけどさ。あなたのいうような「制度に従う」かどうかの話じゃないだろ。

>> で、日本はおろか欧米と比べても厳格な男女別の規範の多いイスラムは、ただそれだけで「差別文化圏」ということになるの?ならないの?あなたから見て。

>「日本や欧米は差別文化圏ではなく、イスラム諸国は差別文化圏である」というようには全然思いません。差別文化圏と言うなら、どの文化圏にも差別はあり、それぞれ違った形式であると思います。個別の問題においてある国がより差別的であったりなかったりすることはあるでしょうが、ある文化が総体として差別的であり他の文化は違うという話は何の意味もないと思います。って、そんな当たり前のこと聞いてどうするのか。

そんな当たり前のことは聞いとらん。クソ一般論で逃げんなやヴォケ。イスラムを文化圏と表現したからそんな姑息な逃げを打つんだろうけど、イスラムとは政治から生活の隅々までを規定してる宗教だろ?

じゃぁ、もっと直接に聞こう。服飾ひとつとっても男女別で規範が違えば差別…というあなたから見て、厳格な男女別の規範の多いイスラム教の教えは、ただそれだけで「差別宗教」ということになるの?ならないの?

あなたがたは、イスラムも仏教も「差別だ!」として将来目標として否定していくつもりかね。ただ単に男女別の規範がありさえすれば、それだけの理由で。経典などを通じた「再生産」とやらは、服飾の比じゃないと思うが?
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Re(3):【VIP】macska様の押し付け論【貴賓席】
 芥屋  - 06/10/13(金) 0:15 -

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   >macskaさん:
>> あなたの例の「差別の定義」の用法が理解できましたよ。「男は男らしく育てるべきだ」みたいな価値観を確固として持っている親を、「制度外(規範の外)」に追放するわけだ。もちろん、制度の外、規範の外で「ご自由にどうぞ」なんだな。

>パンフの主張(だとわたしが解釈しているものであり、わたし自身の主張と必ずしも同じではない)と、わたしの主張を混同されています。「差別の定義」を主張しているのはわたしであり、「男は男らしく」という価値観を確固として持っている親を読者として対象としていない(とわたしが解釈している)のはパンフの著者です。

だから、あなた自身は、「男は男らしく育てるべきだ」みたいな価値観を確固として持っている親を、「制度外(規範の外)」に追放するわけだ。もちろん、制度の外、規範の外で「ご自由にどうぞ」なんだろ?そういうあなたによる解釈だ、ということで間違いあるのかね?

>そんな無茶苦茶な解釈で人を差別主義者と糾弾するとは、腐れサヨクの真似ですか?

独善的な権利亡者の腐れサヨクはあんただろう(苦笑)
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Re(5):洒落になっていない差別の話
 芥屋  - 06/10/12(木) 23:58 -

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   >macskaさん:
>まず、そもそも大きな不都合がない限り全ては自由であるというところからわたしは出発しているわけです。

そりゃ出発点がおかしい。誰かが何を求めようが、それに大きな不都合があろうが、それは自由だというのが真です。ところが「大きな不都合がない限り」を自由であることの初期条件にするなら、自由などというものは成り立たない。大きな不都合がないことをもって初めて自由だというのは、与えられた自由さの中で、のびやかに好きなようにできることだけが自由だというのと同じ。そんな退嬰的な考え方でどうするか、子供じゃあるまいし。

およそ生きていて、自分が求める何かに大きな不都合がることくらい、いくらでもある。たとえば、あなたが求める自由が他人の自由と衝突することもあるだろう、その場合、双方の自由それ自体が相手にとって大きな不都合ではないか。すると、一体、どうやったら双方ともが自由だと言えるのかな?

>個人的な好き嫌いなどをもとに理不尽な扱いをすることがあっても、それは基本的に容認していこうと。だって世の中には偶発的なことで得したり損したりすることがあって当たり前ですからね。

それもおかしい。どういう具合に理不尽なのかにもよるけれど、容認すべきかすべきでないかはケースバイケースですよ。それに「個人的な好き嫌い」が世の中の嗜好一般と関係ないなんてことがあるかね?

事実、あなたの論理は、服装の「個人的な好き嫌い」だって「ジェンダーの規範」とやらで「再生産」されたものだと言うわけだろう。で、「自発的にジェンダーの規範に従った人」の「個人的な好き嫌い」でもって、「自発的にジェンダーの規範に従わなかった人」の「個人的な好き嫌い」が低評価を受けるのは「差別」だと言うんだろ?だったら「個人的な好き嫌いなどをもとに理不尽な扱いをすることがあっても、それは基本的に容認していこう」なんて、空文も極まったりではないか。

>だって世の中には偶発的なことで得したり損したりすることがあって当たり前ですからね。しかし制度化された差別については、放置しておくと特定の集団だけ常に不利になるし、制度自体が循環により自己保存されるので不均衡な分配が固定化してしまう。だから自由社会における例外として、差別は問題とするべきだという議論になるわけです。

そんなことは先に純子さんが書いてます。一般論としてそうだけども、服飾の男女別などは、そんな範疇のものではない、とレス済みですがそこは無視して、さも自分だけがわかっているかのようなアホなレスをしないように。

>それを言い出せば、わたしから見ればチベット仏教は仏教本来の教えからかなり離れているように見えます。

はい、お決まりなカルトの物言いですね。どうせ不落因果と不昧因果の区別もわからなかったんだろ?そんな仏教があるかヴォケw

>> 基本的な戒律に基づいた結界を、ろくすっぽ何も考えずに「女性差別」だと言いきってしまう人間が「仏教徒」であるとは思えられない(^^)

>戒律に基づいていれば差別ではない、とはわたしは思いません。何度も書いた通り、「差別だが、だからといってその宗教的意義を無視して一方的に断罪するのはよくない」というのがわたしの立場です。

じゃぁ、大峰山の戒律のどこが「女性差別」なのか仏教徒として言ってみ?

>> ジェンダーは社会的に構築されたものであり、実体としてのジェンダーというものは存在せず、人の心の中にある幻のようなものだ。しかし、社会的に構築されたもの(縁起によって生じたもの)であるからこそ、それは変転変移しながらも、尽きる(無くなる)こともない。以上。

>そんなことで仏教を持ち出さなくても、考えられる限りの近未来においてジェンダーが尽きることなんてありえないし、なくすべきだとも思っていませんが。

「近未来において」って、誰もそんなことを聞いてないが。あなたのジェンダー仏教か何か知らんけれども、遠い将来はジェンダーが尽きることもありえるし、なくすべきだとも思ってるわけ?

>> ある意匠が女性服に用いられていて、男性服に用いられないのは差別だ、対等であるべきだと、いってしまうと、男性服と女性服の意匠をまったく同じ基準にしろといっているのと同じになる。

>「〜だと言ってしまうと」そうなる、というのはその通りだけど、わたしは一度もそう言っていない。

言ってることになるじゃないか。差別だし対等でないけど、このままでいい…と言ってるわけ?
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奴隷身分あれこれ
 芥屋  - 06/10/12(木) 23:14 -

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   >純子さん:

黒人奴隷の発生には、現地の黒人国家の抗争による捕虜を売りさばくことが大きかったこと、これは日本の戦国時代にも同じ構図があったこと、イエズス会の布教と結びついた信者による寺社への焼き討ちや領土献上や人身売買の横行が切支丹禁圧につながっていったことなど、意外に盲点にされていますね。スペイン・ポルトガル両国の征服活動の常道が行われていたというのに…

何故か切支丹の悲史としてしか教えられていない。そりゃぁ、島原の乱とか悲惨極まりない話ですし、貧しくとも敬虔で慎ましやかな切支丹の人たちまで煽りを食って弾圧の憂き目にあったことを軽んじる気はないのですが、当初はキリスト教に好意的だった為政者サイドをして禁圧を決断させた背景がズッポリ落とされて語られるのはいかがなものか?と思うんですよ。

ところで「奴隷」というと、あまりにも悪名名高い黒人奴隷のイメージなのですが、世界史ではもう少し広い概念ですね。もう一つ有名な奴隷階級がイスラム社会の「マムルーク」です。トルコ系の男子が奴隷として売買されるんですが、このマムルークとは「武将の家財としての戦士」であるから奴隷身分なのです。ところが、戦功を立てれば出世できるし、軍閥の中で重きをなすこともできる。だから貧しいトルコ系の家庭では息子をマムルークとして売ったり。そして遂には、奴隷身分である彼らが、衰弱して混乱した王家を倒して自分たちの国家を建設したエジプトのような例もあります。いわゆるマムルーク朝。

マムルーク朝、とは言うものの、王朝国家ではないんですね。マムルーク軍団から代々スルタンが推挙される。ちなみに、初代のスルタンはマムルークから一人、宮廷の女奴隷から一人、二人で君臨したようでして。このマムルーク軍閥のエジプトは、何と、あの、モンゴル軍をシリアで撃破してイスラム世界を守ったことが特筆されます。バクダッドが陥落して、怒涛の勢いでカイロを目指していたモンゴルの騎馬戦隊がそのままエジプトまでも占領したら、イスラムはどうなっていたかわかりません…。なお、海戦では弱かったモンゴル軍ですが、陸戦で撃破されたのは、このエジプトだけなのでした。

ところで、古代日本の「奴婢」って、どういう感じの身分だったんでしょうねぇ。もちろん、使用人の家財として売買される身分の人たちだったと思うんですが。古代ギリシャのイソップみたいな人も身分は奴隷だったわけで、ひとくちに奴隷身分と言っても実際にはいろんな暮らし方・扱われ方があったと思うし。
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Re(2):閑話休題 奴隷制度の歴史
 芥屋  - 06/10/12(木) 22:45 -

引用なし
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   >Josefさん:
>>定義に合致しているのに「職場の常識」を振りかざして強引に「差別ではない」と決めつけてしまうという非論理的なふるまいを認めてしまうと、例えば奴隷制があったころの米国南部では黒人は個人として生きることができないから奴隷でいるのがかれら自身にとってもちょうどいいという「常識」によって「奴隷制は差別ではない」ということになってしまいます。

>奴隷制が差別ではない時代もあった、というより他はないでしょう。

ぶっちゃけ、そういうことだと思います。現代人が思うところの「差別」という概念で考えてたわけじゃないから。

>ある行為・事態を「職場の常識」によって「差別ではない」と判断するからといって、奴隷制を認めていた過去の「常識」をも肯定することになってしまうというのは謬論です。ある行為・事態を「差別ではない」とする現代の「常識」は、その同じ「常識」によって、過去の奴隷制を「差別だった」と判断するでしょう。

そうですね。ただし純子さんの挙げたように、では同時代の人たちはみな、それが当たり前だと思っていたかと言うと、「ひどすぎる」「許しがたい」「やめさせるべき」と思う人たちも多くいたということだと思います。スペイン・ポルトガル人の奴隷貿易は、同時代の世界常識からしても「非常識極まりない」ものだったように思いますよ。ましていわんやアメリカ南部の奴隷制度をや。
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【VIP】macska様の「文革なんて言わないで」II【貴...
 芥屋  - 06/10/12(木) 22:33 -

引用なし
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   http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=693;no=710;id=keya1984
↑前々スレで終わってる話を執拗に続けるmacskaさんのためのスレ。

http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=790;no=1006;id=keya1984
↑前スレの、この部分の続きです。

【tp】
>>それに、私たちの意見の一部と「問答無用でジェンダーフリーを叩きたい人」の意見の一部が一致したところで、それはmacskaさんの立場からすれば「加担」でしょうけども、私たちの立場からすれば「加担」でもなんでもありません。
【ma】
>例えば、「ひな祭り否定」とか「全体主義」とか「文化大革命」とか、表現がおおざっぱ過ぎるんですよ。「ひな祭り否定」の「全体主義」で「文化大革命」だ、と読めば、普通なら「ひな祭りを禁止すべきだ」とか「ひな祭りを祝うべきではない」くらいのものすごく強烈な主張があると思うわけですが、現実にはそこまでハードなことは一切ないわけです。だったら、そんな極端な誤解を与えるような表現は避けて欲しいとわたしは思っているのです。
【芥】
>>お断りします。というか、だからそれはあなたの立場からの個人的な希望であって、tpknさんの反論に答えていませんよ。
【ma】
>なるほど、他にいくらでも誤解を呼ばない表現方法があるというのに、あえて極端な方向に誤解を受けやすい言葉を使うというのですね。呆れた。
【Jo】
>>どういう「誤解」を受けるというのでしょう? あのパンフを見て雛祭り否定、命名文化の否定でないと読むのは不可能なんだから「文化大革命」は的を得た評語ですね。
【芥】
macskaさん、呆れても何でもいいからさ、話をズラさないで、ちゃんとtpknさんの問いに答えなよ。私も聞いてみたいね。意見の一部が一致したところで、何で「問答無用でジェンダーフリーを叩きたい人」の「醜い政治」に「加担」することになるわけ?これにきちんと答えるように。これに答えないまま、いたずらに振り出しに戻す無駄なレスばかりするようなら削除しますよ。
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↑この部分も新スレにしました。
 芥屋  - 06/10/12(木) 22:31 -

引用なし
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   >tpknさん:
>(これは旧スレで継続でいいのかな?)

まさかこの部分が続くとは思わなかったので(汗

>macskaさん:

【tp】
>>それに、私たちの意見の一部と「問答無用でジェンダーフリーを叩きたい人」の意見の一部が一致したところで、それはmacskaさんの立場からすれば「加担」でしょうけども、私たちの立場からすれば「加担」でもなんでもありません。
【ma】
>例えば、「ひな祭り否定」とか「全体主義」とか「文化大革命」とか、表現がおおざっぱ過ぎるんですよ。「ひな祭り否定」の「全体主義」で「文化大革命」だ、と読めば、普通なら「ひな祭りを禁止すべきだ」とか「ひな祭りを祝うべきではない」くらいのものすごく強烈な主張があると思うわけですが、現実にはそこまでハードなことは一切ないわけです。だったら、そんな極端な誤解を与えるような表現は避けて欲しいとわたしは思っているのです。
【芥】
>>お断りします。というか、だからそれはあなたの立場からの個人的な希望であって、tpknさんの反論に答えていませんよ。
【ma】
>なるほど、他にいくらでも誤解を呼ばない表現方法があるというのに、あえて極端な方向に誤解を受けやすい言葉を使うというのですね。呆れた。

呆れても何でもいいからさ、話をズラさないで、ちゃんとtpknさんの問いに答えなよ。私も聞いてみたいね。意見の一部が一致したところで、何で「問答無用でジェンダーフリーを叩きたい人」の「醜い政治」に「加担」することになるわけ?これにきちんと答えるように。これに答えないまま、いたずらに振り出しに戻す無駄なレスばかりするようなら削除しますよ。

レスは、以下の新スレにしてくださいね。
http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=one;no=1136;id=keya1984
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Re(11):どうでもいいことですがmacskaさんへ
 Josef  - 06/10/12(木) 20:54 -

引用なし
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   >>> だったら、そんな極端な誤解を与えるような表現は避けて欲しい
>>> とわたしは思っているのです。
>>
>> お断りします。
>
>なるほど、他にいくらでも誤解を呼ばない表現方法があるというのに、
>あえて極端な方向に誤解を受けやすい言葉を使うというのですね。呆れた。

どういう「誤解」を受けるというのでしょう?
あのパンフを見て雛祭り否定、命名文化の否定でないと読むのは不可能なんだから「文化大革命」は的を得た評語ですね。
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Re(1):閑話休題 奴隷制度の歴史
 Josef  - 06/10/12(木) 20:48 -

引用なし
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   >閑話休題 奴隷制の歴史

↑これは「閑話休題」の誤用では?「奴隷制の歴史」の方が本題だったかに見えちゃいますよ。

それはさておき(=閑話休題)、

>macskaさんのこの発言が妙に気にかかってしまった。
>
>>定義に合致しているのに「職場の常識」を振りかざして強引に「差別ではない」と決めつけてしまうという非論理的なふるまいを認めてしまうと、例えば奴隷制があったころの米国南部では黒人は個人として生きることができないから奴隷でいるのがかれら自身にとってもちょうどいいという「常識」によって「奴隷制は差別ではない」ということになってしまいます。

奴隷制が差別ではない時代もあった、というより他はないでしょう。「現代から見てどう評価するか」と「当時はどう評価されたか」とは二者択一ではなく、両立する別の視点です。上のmacskaさんの文は両者がごっちゃになってますね。

ある行為・事態を「職場の常識」によって「差別ではない」と判断するからといって、奴隷制を認めていた過去の「常識」をも肯定することになってしまうというのは謬論です。ある行為・事態を「差別ではない」とする現代の「常識」は、その同じ「常識」によって、過去の奴隷制を「差別だった」と判断するでしょう。
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Re(4):洒落になっていない差別の話
 macska E-MAILWEB  - 06/10/12(木) 13:26 -

引用なし
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   > つまり問題は「権力や機会や富や資本やケイパビリティ…などの
> 不均衡な分配」のほうなわけですね。

その通りです。それらを不均衡に分配するベースとして性別や人種や宗教といったものがよく使われますが、ジェンダー規範への合致というのもその1つであるとわたしは考えているわけです。

> これは、まだわかりますよ。「カテゴリによって他者を理不尽に
> 扱う行為」が行われても、それが制度化されていなければ、個人
> で問題を解決することは可能だから、それは問題にしない。

個人で解決可能だから問題にしないというわけじゃないですよ。

まず、そもそも大きな不都合がない限り全ては自由であるというところからわたしは出発しているわけです。個人的な好き嫌いなどをもとに理不尽な扱いをすることがあっても、それは基本的に容認していこうと。だって世の中には偶発的なことで得したり損したりすることがあって当たり前ですからね。しかし制度化された差別については、放置しておくと特定の集団だけ常に不利になるし、制度自体が循環により自己保存されるので不均衡な分配が固定化してしまう。だから自由社会における例外として、差別は問題とするべきだという議論になるわけです。

> (ただ、その理屈だと、オウムの蒔いたサリンは、被害を受けた
> 個人が始末すべきで、自衛隊の化学戦防護部隊が出動するのは、
> 国家権力による信教の自由に対する不当な介入ということになって
> しまう(^^)。だからこの定義はマズいんじゃないですか? と私は
> 反論しているわけだが^^)

オウムがサリンをまくことは「差別」ではなくて、単なる犯罪でしょ。他者を身体的に傷つける犯罪行為を取り締まる権限が国家にあることは当たり前の話であり、それを「差別」の定義にふくめなければいけない理由がありません。というより、わたしは「カテゴリによって他者を理不尽に扱う行為」のうちどれが差別にあたりどれはそうではないかという定義を主張しているのであって、「差別でなければ、何をやっても良い」と主張していません。当たり前ですね。

> チベット文化研究所のペマ・ギャルボさんに「仏教徒だったら、
> 三宝(仏宝僧)に帰依しているはずだろう! 君たちは仏教徒
> じゃない。麻原教徒だ!」と譴責されていたのを思い出しまつ
> (--)。

それを言い出せば、わたしから見ればチベット仏教は仏教本来の教えからかなり離れているように見えます。オウムについては教義を詳しく知らないので何とも言えませんが。

> 基本的な戒律に基づいた結界を、ろくすっぽ何も考えずに「女
> 性差別」だと言いきってしまう人間が「仏教徒」であるとは思
> えられない(^^)

戒律に基づいていれば差別ではない、とはわたしは思いません。何度も書いた通り、「差別だが、だからといってその宗教的意義を無視して一方的に断罪するのはよくない」というのがわたしの立場です。

> ジェンダーは社会的に構築されたものであり、実体としての
> ジェンダーというものは存在せず、人の心の中にある幻のよう
> なものだ。しかし、社会的に構築されたもの(縁起によって生
> じたもの)であるからこそ、それは変転変移しながらも、尽き
> る(無くなる)こともない。以上。

そんなことで仏教を持ち出さなくても、考えられる限りの近未来においてジェンダーが尽きることなんてありえないし、なくすべきだとも思っていませんが。

> ある意匠が女性服に用いられていて、男性服に用いられないの
> は差別だ、対等であるべきだと、いってしまうと、男性服と女
> 性服の意匠をまったく同じ基準にしろといっているのと同じに
> なる。

「〜だと言ってしまうと」そうなる、というのはその通りだけど、わたしは一度もそう言っていない。

> それを、詭弁的な理屈をつけて、強制的に変化させることが男
> 女平等を実現することなんだとするジェンダーフリー思想や
> ジェンダーフリー教育には問題があると主張しているだけなん
> です。

そういう「ジェンダーフリー思想」の実例が存在しないから、でっちあげだとわたしは指摘しているわけですね。でっちあげというのが言い過ぎならば、かなり極端な解釈によってはじめて成り立つ主張だと思います。もしジェンダーフリーだけでなく全ての思想を同様の基準で解釈するならば、保守革新問わず全ての思想に全く同じ問題が見いだせるでしょう。

> もし差別的だと思われるジェンダー規範があって、それを改革
> したいと思うのなら、詭弁的な理屈をこねずに、素直に、「こ
> ういうのは不都合だから、こういうふうにしてもられるとうれ
> しいな」と表現すればいいんです。

それは戦略としてどうするという話ですが、差別の定義についての議論はわたしにとって学術的な見解ですから、政治戦略のために曲げたり隠したりはするべきでないと思うのです。学問的な見解を「政治的に都合が悪いから」と捩じ曲げるのはよくないでしょう? 実際に「この規範を改革したい」と思った時には、もちろんそれなりの戦略を取ります。というより、実際に変革を狙うときはこんな掲示板で主張したりしません。
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Re(3):洒落になっていない差別の話
 macska E-MAILWEB  - 06/10/12(木) 13:00 -

引用なし
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   > たとえば日本語の文法の規範をバラバラに細粒化すべきである
> ような主張をしておいて

例えになってないよ。

> 造反有理だ愛国無罪だという論理と一緒じゃん、それは。

意味不明。全然関係ないように思えますが。

> その時々の評価が正当か不当かは、個別に見なければわからんじゃないの。

個別に見るときに、どういう基準で見るかという話をしているわけですね。

> でも、そのカジノのオーナーが衣装や化粧の新機軸打ち出した
> んだから、従えばいいじゃん。

だから、男性も女性もみな化粧をしろというなら、それは差別にはならないですよ。裁量の範囲かどうかだけが問題になる。しかし、男性はこれまで通り化粧をしなくても何の不利な扱いも受けないのに、女性だけそういう扱いを受ける。それは単なる偶発的な雇用者の好みではなく、「男性は化粧をしてはいけない、女性は公的な場所では化粧をするべきである」というジェンダーの規範が元となっているわけですよ。

> で、日本はおろか欧米と比べても厳格な男女別の規範の多いイ
> スラムは、ただそれだけで「差別文化圏」ということになるの?
> ならないの?あなたから見て。

「日本や欧米は差別文化圏ではなく、イスラム諸国は差別文化圏である」というようには全然思いません。差別文化圏と言うなら、どの文化圏にも差別はあり、それぞれ違った形式であると思います。個別の問題においてある国がより差別的であったりなかったりすることはあるでしょうが、ある文化が総体として差別的であり他の文化は違うという話は何の意味もないと思います。って、そんな当たり前のこと聞いてどうするのか。
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Re(11):どうでもいいことですがmacskaさんへ
 macska E-MAILWEB  - 06/10/12(木) 12:47 -

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   > 私たちの言動をあなたがわかるか否かは、我々が「醜い政治に
> 賛同しているか否か」によって変動するわけでしょう? で、
> あなたが自分の信念が正しいと再確認し、納得するためには、
> 我々を「醜い政治に賛同している」側に含めるという作業が必
> 要なわけでしょうが。

はっきり言うと、あなたに悪意があるのか、それともただ単に馬鹿なだけなのか、わたしはどちらとも思っていません。もし前者ならすっきり分かるけれど、もし後者ならそれほどまでに馬鹿であるというのがなかなか納得し難いと思うわけですが、前者だと決めつけた覚えはありません。

いまの議論だけでなく、普段からわたしは「愚かさで説明ができることに悪意を見いだすな」という原則(ハンロンの剃刀)を採用しているので、意図を決めつけたとされることは心外です。

> ひな祭りを糾弾してジェンダーフリーだなんて、文革級にめちゃ
> めちゃハードなことですよ。

ひな祭りを一切糾弾していませんね。糾弾しているという、ほとんどありえないような無茶苦茶な解釈をあなたが採用しているのは自由ですが、それが客観的な事実であるかのように書かないでくださいね。
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Re(3):【VIP】macska様の押し付け論【貴賓席】
 macska E-MAILWEB  - 06/10/12(木) 12:40 -

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   > あのですね。「押しつけ」が起こるとしたら「男は男らしく育てる
> べきだという価値観を強固として持っている親の場合」がもっとも
> その可能性が高いわけですから、それを除外したらあなたの主張
> (パンフの解釈)はなりたたないでしょう?

勝手に仮定を増やして議論を進めないように。

パンフでは、「男は男らしく育てるべきっだという価値観を確固として持っている親」を説得するような内容に書かれていません。そうではなく、特にそういう価値観を持っているわけではなく、漠然と男の子はそう育てるものだと思っているような人に向けて書いてあるように思います。そもそも、確固とした価値観の持ち主がこんなパンフを読むわけがないですから、パンフの読者として「漠然」派が想定されているのは自然です。そのどこが論理的におかしいのか。

> あなたは、それらの例示は価値中立的なもので押しつけにあたると
> はどこにも書いてないと言っていますが、反語であればそのような
> 解釈は成り立たないです。書かずに言うのが反語ですから。

ああなるほど。確かに「書かずに言う」ことは文章表現上よくありますが、あそこにひな祭りと書いてあるというだけの事実から「ひな祭りを否定している」という意味を読み取るのは過剰な解釈だと思います。まぁこれは解釈論になってしまいますが。
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Re(10):どうでもいいことですがmacskaさんへ
 macska E-MAILWEB  - 06/10/12(木) 11:47 -

引用なし
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   >> だったら、そんな極端な誤解を与えるような表現は避けて欲しい
>> とわたしは思っているのです。
>
> お断りします。

なるほど、他にいくらでも誤解を呼ばない表現方法があるというのに、あえて極端な方向に誤解を受けやすい言葉を使うというのですね。呆れた。
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Re(2):【VIP】macska様の押し付け論【貴賓席】
 macska E-MAILWEB  - 06/10/12(木) 11:44 -

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   > あなたの例の「差別の定義」の用法が理解できましたよ。「男は男らしく
> 育てるべきだ」みたいな価値観を確固として持っている親を、「制度外
> (規範の外)」に追放するわけだ。もちろん、制度の外、規範の外で
> 「ご自由にどうぞ」なんだな。

パンフの主張(だとわたしが解釈しているものであり、わたし自身の主張と必ずしも同じではない)と、わたしの主張を混同されています。「差別の定義」を主張しているのはわたしであり、「男は男らしく」という価値観を確固として持っている親を読者として対象としていない(とわたしが解釈している)のはパンフの著者です。

> あんたこそ差別主義者じゃねぇか、バカバカしい。

そんな無茶苦茶な解釈で人を差別主義者と糾弾するとは、腐れサヨクの真似ですか?
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閑話休題 奴隷制度の歴史
 純子  - 06/10/11(水) 20:36 -

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   macskaさんのこの発言が妙に気にかかってしまった。

>>定義に合致しているのに「職場の常識」を振りかざして強引に「差別ではない」と決めつけてしまうという非論理的なふるまいを認めてしまうと、例えば奴隷制があったころの米国南部では黒人は個人として生きることができないから奴隷でいるのがかれら自身にとってもちょうどいいという「常識」によって「奴隷制は差別ではない」ということになってしまいます。

そこで、奴隷制度の歴史について調べてみた。

奴隷貿易
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B4%E9%9A%B7%E8%B2%BF%E6%98%93

>開始と同時に人道的立場からの批判が起こっていたが、

ほら、最初から、「やっぱり、これは良くないんじゃないの……」と思っていた人はいたわけだよね。アメリカ南部の「常識」は、世界の「非常識」(^^)


>大航海時代のアフリカの黒人諸王国は相互に部族闘争を繰り返しており、奴隷狩りで得た他部族の黒人を売却する形でポルトガルとの通商に対応した。ポルトガル人はこの購入奴隷を西インド諸島に運び、カリブ海全域で展開しつつあった砂糖生産のためのプランテーションに必要な労働力として売却した。

アフリカの奴隷海岸にあったダホメ王国などが有名。ポルトガルから鉄砲を買い。それで周辺の部族に戦争を仕掛け、その戦争捕虜を奴隷として売り飛ばし、また銃器を買う……(--)。


>アフリカが植民地化され世界経済に包摂されていくにつれ、供給元となる地域の人的資源を急激に枯渇させる奴隷貿易は次第に有益とは見なされなくなり縮小に向かった

黒人緒王国が、イギリスやフランスによって侵略され植民地化されると、部族同士の戦争はなくなるので、奴隷の価格が上昇。むしろ、奴隷制度を維持するより、現地に製糖工場を建てて、黒人には労働者として働いてもらって、砂糖を輸出したほうが儲かる(^^)。

>特に18世紀後半以降、宗教的・人道的立場と、奴隷価格の高騰という植民地側の事情がうまくかみ合ったので、19世紀初頭には、まず奴隷貿易(奴隷制度では無く)禁止の機運が高まり、

やっぱり、人道だけじゃなく、経済的にもメリットがないということにならないと改善されないのか。

>イギリスは1808年、世界に先駆けて奴隷禁止を打ち出し、ナポレオン戦争中で海軍力が慢性的に不足しているにもかかわらず、アフリカ沿岸に多数の艦艇を配置して奴隷貿易を取り締まり、ラゴスなどポルトガル人の奴隷貿易港湾を制圧した。

で……最後はやっぱり武力制圧か……。人類って悲しいのう(--)


>こうした動きの中、アメリカ合衆国では南北戦争での連邦軍の勝利によって奴隷制は全廃された

止めの一撃。世界の中で奴隷制度が最後まで残っていたのはアメリカだけ……(^^)。さすが「自由」の国、奴隷制度を維持する「自由」を侵害するなと最後まで抵抗してくれました。(^^)


ちなみに、日本はどうだったかというと……

http://www.daishodai.ac.jp/~shimosan/slavery/japan.html

>日本人を奴隷として輸出する動きは、ポルトガル人がはじめて種子島に漂着した1540年代の終わり頃から早くもはじまったと考えられている。

>「我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、 こんな安い値で小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)手放す我が民族への激しい念に燃え立たざるを得なかった。」「全くだ。実際、我が民族中のあれほど多数の男女やら童男・童女が、世界中のあれほど様々な地域へあんなに安い値でさらっていって売りさばかれ、みじめな賤業に就くのを見て、憐憫の情を催さない者があろうか。」

天正少年使節団一行がすでに16世紀に激怒しております(1582年)

>「バテレンどもは、諸宗を我邪宗に引き入れ、それのみならず日本人を数百男女によらず黒舟へ買い取り、手足に鉄の鎖を付けて舟底へ追い入れ、地獄の呵責にもすくれ(地獄の苦しみ以上に)、生きながらに皮をはぎ、只今世より畜生道有様」

太閤殿下も激怒しております。この一件でスペインと戦争になりかっかたようでございます。

>「大唐、南蛮、高麗え日本仁(日本人)を売遣候事曲事(くせごと = 犯罪)。付(つけたり)、日本におゐて人之売買停止之事。 右之条々、堅く停止せられおはんぬ、若違犯之族之あらば、忽厳科に処せらるべき者也。」

ということで、天正15年(1587年)6月18日、太閤秀吉によって、218年ほどイギリスに先駆け、奴隷貿易と人身売買は禁止されておりますな。

奴隷制度
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B4%E9%9A%B7

>日本の律令制度では、五色の賤のうち、公奴婢と私奴婢が奴隷にあたる。この奴婢は、律令制度の弛緩にともない消滅した。

900年代には既に奴婢制度の廃止令が朝廷から出ているらしい。しかし……

>平安時代以降には、様々な事情で自由を失った人が下人となり、主人に所有され、売買の対象になった。これは江戸時代に消滅した。江戸時代に人身売買は禁止された。

なかなか思いどおりにはいかず、江戸時代になってようやく奴隷制度は廃止された。

>第二次世界大戦後に、連合国軍総司令部は、日本における奴隷階級の解放を宣言していたが、日本政府が日本には奴隷階級はないと反論した。

南北戦争(明治維新の少し前)のころまで、奴隷制度を引きずっていた国が何を言ってるか、偉そうに……って、ことかも(^^)

アメリカの「常識」は世界の「非常識」(^^)
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