newSpeakBBS
  新規投稿 ┃ ツリー表示 ┃ スレッド表示 ┃ 一覧表示 ┃ トピック表示 ┃ 番号順表示 ┃ 検索 ┃ 設定 ┃ ホーム  
85 / 96 ページ ←次へ | 前へ→

Re(5):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 macska E-MAILWEB  - 06/10/8(日) 19:03 -

引用なし
パスワード
   純子さん:
> はて、新宿二丁目「地方」や、新宿三丁目「地方」あたりで、スカート
> をはいている方をみかけたような気がするが……(^^)? あとコミケと
> かワンフェスでも目撃されるというウワサも……(^^)

日本のジェンダー制度においてそれは特殊な例でしょ?
それとも、日本では男がスカートをはく文化と女がスカートをはく文化が対等だと?
話にならない。

> 案外、林先生のいうように、男女で生得的な差異があって、それに対応
> した「ジェンダー規範が形成されているのかもよ。

なんだかいい加減な論理ですが、だったら少なくともジェンダーが規範として形成されているという点には合意していただけるわけですね? …じゃあ、どこが不満でこんなにゴチャゴチャ言ってくるんだろう。
・ツリー全体表示

Re(2):洒落になっていない差別の話
 純子  - 06/10/8(日) 17:39 -

引用なし
パスワード
   >芥屋さん:

>↑この辺から、よもやま話です。服飾史の「まとめ」、面白いですね。

ありがとうございます。頑張って書いたかいがありました(^^)

>【未来世紀スカート(その1)】

未来じゃなくて、現代で、いつもジャージだった奥さんがいきなりスカートをはきはじめて、「不倫してるのか」?と不安になっている旦那さんはいるような気がします。

>【未来世紀スカート(その2)】*上記よりさらに後の時代。

スカートはさすがにまだ早いですが、既に巫女さんの行灯袴はそうなっているような気も……

>macskaさんは「知人にいます」と言ってたけど、実〜は私も「男物のスカートって、あれば良かったのに(あったら履いてみたい)」と思ったことありますよ(笑)。末広がりの衣服で男向け、っていうのもカッコいいはずだよなぁ、と。裾をバフバフさせながらズカズカ歩く…。

昔、友人だった神主の息子さんが、やってました。お払いの時に、さっと体を翻して、神殿に向き直る時に、本袴の裾がふわっと広がって、かなり格好いいんです。ある意味、宗教って、ショービジネスで、格好キメないとありがたみがなくなってしまいますから(^^) いやあ、さすがプロは上手でさまになってるなあというか……(^^)

>あるいはまったく別の話で「男のお洒落として女物を使う」という場合はあるんですけど、

たとえば、ネクタイがそうですね。ルイ14世が、女物のスカーフを首に巻いたのが、他の貴族の間でも流行して、定着した。

また必殺仕置人の中村主水が着ている八丁堀同心の制服の身幅が女仕立てなのもそうですね。当時、町民の間では、細い身幅の女仕立の着物を着るのがイキだと流行っていた。同心は武士なんだけど、役目が警邏なので、町民を威圧しないよう、わざとそれを採用していた。


>【ma】
>>>偶然それがバレたりしたら嫌がらせを受けたり評価を下げられたりすることで、規範がまた強化される。循環しているじゃないですか。
>【純】
>>最近では、趣味のレベルでやってる人で、カムする人も増えてきてますが。女装でコスプレなんて、似合ってれば、人気者だよ。
>【ma】
>>>女装とかコスプレの話をしているつもりはないんですが
>
>…何の話をしているつもりなのだろう(苦笑)

議論してる本人も気が付いていなかった(^^)。確かにおかしい(苦笑)

「ある理論」があって、それに沿って例を持ち出し、その例がなりたたないと指摘されたら、それは元になる理論のほうに欠陥があるのではと疑わなくてはならない。なりたたない例を、例外にして、「ある理論」を守ったら、それはトンデモ科学と言われてもしかたがない。
・ツリー全体表示

Re(1):洒落になっていない差別の話
 純子  - 06/10/8(日) 16:17 -

引用なし
パスワード
   >芥屋さん:

この意見は興味深かったです。

http://www.usfl.com/Daily/News/06/09/0915_017.asp?id=50508

> 規定の大半は理にかなっている限り裁判で支持される確率が高いのは雇用者にとって好ましい。しかし、悪魔は細部に潜んでいる。服装および容姿の規定を導入する際に最も重要な事は、政策に柔軟性を持たせ、代替策のための余分なスペースを設けておく事だ。言い換えれば、管理者または従業員をぎゅうぎゅうに詰め込み過ぎ、身動きがとれなくなる事態を避けた方が賢明だということだ。

なるほど、こういう問題に関しては、アメリカ人も「場の空気」を尊重しているんですね。きっと、日本の場合は、2000年以上もの間、一億もの人間が、狭い国土に、ぎゅうぎゅうに詰め込まれて暮らしていますから、アメリカ以上に「場の空気」を尊重して、規範に余分なスペースを設けておかなくては、身動きがとれなくなってしまって、困ってしまうのかもしれません。


>>今ここで話しているのは、「ジェンダーの規範による差別」というものが(わたしの定義するところの)差別として成り立っているかどうかです。
>
>私が「成り立たないと思うけどどうか」と尋ねたことに対して、「いいえ、自分の中では、このように成り立っている」ということで、一例としてスカートなど服飾の話になったのでした。

>服装や化粧その他の装飾品についても男女で異なる基準があると差別…という世界観には、もはや反論するとかしないとかいう次元じゃないような気がする。信者さんのその世界観には、「反論」は無意味というか。


これはmacskaさんの「差別」の定義がヘンなんでしょう。

>>macskaさん曰く
>>わたしは、感情も不当な扱いも原則OKの立場です。
>>そこまで含めて自由主義者を自称しています。
>>阪神ファンは採用しない」も、「東大出身者は採用しない」もOKです。
>>なぜなら、阪神ファンや東大出身者を差別するような社会システムは存在せず、
>>不当な扱いをしてもそれは個別の行為以上のものではないから。

>>これが、同性愛者差別だとか、部落差別とかになると、個別の行為が差別的な社会制度を強化し、社会制度が差別的な個別の行為を産み出すという具合に、制度と行為の循環が起きています。 それが、「制度化された差別」ということです。
>>わたしが反対するのは、カテゴリによって他者を理不尽に扱う行為全般ではなくて、「制度化された差別に基づく行為」そして「差別の制度化」です。
http://otd3.jbbs.livedoor.jp/372472/bbs_plain?base=2351&range=1より

これでは、オウム真理教の信者が、信者以外の人間は救いがたい存在であるという「感情」に基づいて、信者以外の人間をサリンで殺戮するという「カテゴリによって他者を理不尽に扱う行為」をしても、原則Okで、それにはmacskaさんは反対しないことになる(^^)。なぜなら、オウム真理教信者以外の人間を差別するような社会システムは存在せず、不当な扱いをしても、それは一宗教法人が行った「個別の行為」以上のものではないから……(^^)。

冗談はやめてほしいと言いたくなりませんか?。


>>macskaさん曰く
>>わたしは行為は「差別的」であっても「差別」そのものではないと考えています。差別そのもの」とは、行為が制度を補強し、制度が行為を招き寄せるという循環全体のことです。

行為が「差別的」だったら、循環してなくてもそれは「差別」です。しかし行為が差別的でなければ、行為が制度を補強し、制度が行為を招きよせるという循環全体があっても、それは差別ではない。

たとえば、あるサルが芋を洗って食べるという行為を行ない、そのサルの属するサル社会のボスが「これはいいや、芋がおいしくなるし」と、制度化し、その結果「芋洗い行為」がその群全体に広がって、それを見た隣の群のサルが……という構造も循環しているけど、これを「芋を洗わないサルへの差別」だとは考えませんね。

>>>macskaさん曰く
>わたしは「ジェンダーの規範」がどのようにインプットされていくかについては、別のメカニズムを主張しています。それは、「制度が個別の行為を助長し、個別の行為が制度を強化する」というシステムの循環がそれ自身を自動的に再生産している、というものです。

この説明に至っては、かなりひどいです。システムの循環で、ある行為が自動的に再生産されて制度として成立していれば、その規範が正当なものか不当なものかという検証は一切なされず。循環しているだけで差別であることになっている。

これでは、サル社会の「芋洗い行為」というサル文化まで、差別ということにされてしまう。人間はけっしてそのような過ちを犯してはならない……って、それじゃ人間はサル以下の文明しか持てないことになってしまいまつ……(--)

macskaさんが、どこで、ごまかしてるかというと、

ある差別があって、その差別が悪循環的に、次の差別を呼ぶような構造になっていると、個人の地道な努力では、その解決は難しい、だからその差別の解消に関しては、政府や社会が強権発動で介入して差別を是正しても、個人の自由に対する侵害にはならない。

という意見なら正しいんです。しかし、それは差別にかかわらず、貧困の問題でも、「ひきこもり」の問題でも、不良債権問題でも、デフレスパイラルにも言えます。スパイラル構造がある問題は、個人の努力ではどうしようもない場合があるからです。ただし、これは他者の自由権に対する侵害になる可能性もあるので、介入の正当性に関しては、十分な検討を必要とされます。

全体主義国家というのは、その正当性の検証を行わないまま、権力による介入を乱発して、強権的な独裁国家へと変貌していくわけですね。

ある行為が制度と循環構造になっていれば「差別」であるというのなら、その大本の行為、たとえば「ひなまつりを祝う」とか、「男性はスカートをはかない」とか、「女性は化粧をする」とか、それがどんな行為であっても、その正当性/不当性を問うことなく、「差別」と定義して糾弾が可能ということになってしまいます。

それは、まったくダメな思想だと私は思います。


>「なぜこの信者さんは、こんな主張をするのだろう」「その主張は、肝心の教義とも異なっているんじゃないかな」と思って尋ねてみると、信者さんは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに嬉々として教義の意味と主張の兼ね合いを語る。そこで、観念的な部分よりは具体的な事柄について語られる部分に注目するんだけど、そのあたりになると、およそ現実社会のこととも思われず、「あぁ、聞いちゃ悪かったかな」と感じ始める…今、そんな感じです。


>>macskaさん曰く
>>すなわち、ある服装を男性が着れば「ふさわしい」のに、女性が着れば「ふさわしくない」とされてしまう。というか、服装は例に過ぎないんであって、わたしは全ての「ジェンダーの規範」を問題としているのに、何故かこう「服装」に固有の話題(プライベートの嗜好、性的趣味、衣服文化など)になってしまうんだよなー。

プライベートの嗜好、性的趣味、衣服文化に、まったく無関係で、宙空に浮き上がって、自尊自立している『全ての「ジェンダーの規範」』というものが、まさか本当に、この世にあると思っているんですかねえ?

そこらへんでMacskaさんの意見は破綻しているんですよ(--)

八木さんや西尾さんなら、こういう思想は「マルクス主義」に見えるんでしょうが、私はグノーシス主義を思いだしちゃいますね。この世は悪の神アブラクサスによって創造され、支配されている。だから、この世のすべてに悪の要素が混ざりこんでいる。誰もそれから逃れることはできない……。「少女革命ウテナ」の劇場板だ(^^)。
・ツリー全体表示

Re(7):どうでもいいことですがmacskaさんへ
 tpkn  - 06/10/8(日) 1:50 -

引用なし
パスワード
   macskaドン:

>> 相手の事実認識が自分とは違うことを、現実には存在しない動機を
>> 想定することで正当化しているわけですね。
>
>存在しない想定を想定しているのはあなたでは。

言いがかりですね。

「現実には存在しない動機を想定」は、あなたの書いた下記の部分です。

「もし tpkn さんがそうした醜い政治に賛同しているのでないのだとすると、どうしてそんな事実を捩じ曲げるような表記に固執するのか、わけが分かりません」

これは、言いかえれば「醜い政治に賛同しているのだとすると、わけが分かる」ということでしょう。《醜い政治に賛同しているのだとすると》の部分が、「現実には存在しない動機」、「正当化」の部分が「わけが分かる」の部分です。これ、いわゆるfallacia accidentisですよ。

>> あなたの「徹底的にやりましょう」という呼びかけに応じてこれだ
>> けきちんと議論につきあっている人々が、なぜ「問答無用でとにか
>> くジェンダーフリーを叩きたい人」と同一視されなければならない
>> のでしょう?
>
>同一視していませんよ。

であれば、芥屋さんや私との議論に於いて「問答無用でとにかくジェンダーフリーを叩きたい人」を引き合いに出す必要ないと思うのですが? 

>わたしは確かに「問答無用でとにかくジェンダーフリーを叩きたい人」と同じ用語によってかれらの政治に加担しないで欲しい、と呼びかけていますが、そう呼びかけるということはあなた方が「問答無用でとにかくジェンダーフリーを叩きたい人」とは別であると認識しているからこそです。もし同一視しているなら、そんな呼びかけは行ないません。

これもただの詭弁です。macskaさんの意見に賛同しない場合は、「別であるという認識」をやめて「問答無用でジェンダーフリーを叩きたい人」の範疇に含めますよと言ってるだけですから。それに、私たちの意見の一部と「問答無用でジェンダーフリーを叩きたい人」の意見の一部が一致したところで、それはmacskaさんの立場からすれば「加担」でしょうけども、私たちの立場からすれば「加担」でもなんでもありません。だから「加担しないでほしい」と言われても、「知るか」と言うしかない。ここが、あなたが運動の論理に拘泥していると言われるゆえんですね。

>> (1)tpknその他対論者は、実は「醜い政治」に賛同している。
>> (2)「醜い政治」の中にも、事実にもとづいた正当な批判がある。
>> (3)macskaの論こそが、実は「醜い政治」である。
>>
>> 我々が主張しているのは(2)ですが、あなたは(1)以外の可能
>> 性を考えることができないようです。
>
>(1)だなんてほとんど思ったことはないのですが、このように書かれて驚きです。
>
># たまに、特に酷い曲解があったときなんかは、一瞬(1)かと思ったりする事もあります。
># でも、「(1)以外の可能性を考えていない」なんてことは絶対ないですよ。

「考えていない」ではなく「考えることができない」です。

それは推測でもなんでもなく、あなたが書いた《もし tpkn さんがそうした醜い政治に賛同しているのでないのだとすると、どうしてそんな事実を捩じ曲げるような表記に固執するのか、わけが分かりません》という文章をそのまま理解すればそのようになるということです。
・ツリー全体表示

Re(1):洒落になっていない差別の話
 芥屋  - 06/10/8(日) 1:27 -

引用なし
パスワード
   >純子さん:

http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=one;no=1031;id=keya1984
↑この辺から、よもやま話です。服飾史の「まとめ」、面白いですね。すると、将来的には「スカート」は女が男と会うときの「勝負服」になっていくのか?

【未来世紀スカート(その1)】
ある夫が外勤中、ばったりと妻に出会った。妻は、なんとスカートを履いていた。
夫「おい!おまえ何でスカートなんか履いてるんだ?!」
妻「…!」
夫「スカートなんか履いてどこへ行く気だ?男と会うんだな!?」
妻「ち、違うってば!!」
夫「じゃあ何でスカートなんか履いてるんだ?おかしいじゃないか!」

【未来世紀スカート(その2)】*上記よりさらに後の時代。
ここはホテルの一室。男が女に尋ねる。
男「ねぇねぇ、約束どおり持ってきてくれた?スカート…」
女「持ってきたよ(*^^*)」
男「見たい見たい!早く着けて見せて!!」
女「あせらないでよ♪着替えるから待っててね?」

>杏野先生のブログより
>http://d.hatena.ne.jp/annojo/20061002

これ、立ち読みしますた。いい感じの本ですね。特にイラストが(・∀・)イイ!

>性同一性障害と異性装的フェティシズム以外でスカート掃きたがる遺伝子上の男性がどこにいるんだって話ですね、これは……(^^)。

macskaさんは「知人にいます」と言ってたけど、実〜は私も「男物のスカートって、あれば良かったのに(あったら履いてみたい)」と思ったことありますよ(笑)。末広がりの衣服で男向け、っていうのもカッコいいはずだよなぁ、と。裾をバフバフさせながらズカズカ歩く…。すると女房からは「ソフトバレエの人たちがそういうカッコしてたのを見たことあるよ」「確かゴルチェが、そういうの出してなかったっけ。でもアンタには似合わんと思う」と一蹴されますた。しっかし、こういうのが何で「差別」になるんだか…「差別」された覚えはないぞ^^

だから、「女物のスカートはどの店でも売っているのに、男物のスカートはほとんどない」のは「需要がないから」に尽きますよねぇ。どうも「洋服のスカートとは何ぞや」がわかってないとしか思えない。もともと「オンナ」を演出する衣服なのであって。だからこそ、「男」がそれを身にまとうことで「女を装う」というものが成り立つはずなのに。男女で服飾の規範が違うのが「差別だ」ということになって、じゃぁそういう規範を撤廃させますよとか言い出すと…。

そして趣味の女装フェチの人と、GIDのMtFの人では「女物を身にまとう」意味が全く違うと思うのですが、どちらにせよ「スカートがオンナの記号なのはおかしい」という政治的主張は歓迎されないように思うのですね。あるいはまったく別の話で「男のお洒落として女物を使う」という場合はあるんですけど、シャツとかはともかくスカートは違うよなぁ…どう考えても「架空の代弁」かと。

>男性がスカートをはけないのが差別だとmacskaさんはいう。でも、これは男性は掃きたくとも、はけないんじゃなくて、掃かないんじゃないですか。
>理由はただ一つ「動きにくいから……」

ここで、私の「スカート体験」を。ドカチンのバイトをやってて、ペンキを作業服のズボンにブチまけてしまったときのこと。代わりの作業着もなく、仕方なしに白布を腰に巻いたのですが、ほとんど「巻きスカート状態」。パンツも脱いでいたので、下手にしゃがむと股間丸見えになるんですが、女子従業員もいるし、股間が見えないような動きになるわけです。するとそこで大発見。

「あっ!この動きは女の動きだ!」

実際、社員さん(♀)たちから「あはは、女みたいな仕草になってんじゃん」と冷やかされますた。私はそこで、「そっかぁ、女はこういう風に気にしながら動くから、あぁいう仕草になるんだな…」と思いました。着衣と身体感覚と動作は密接だな、と。

*余談ですが、こういう体験が快感?になって癖になる趣味の人(♂)もいるのでは、とかも思った覚えがあります。

【ma】
>>休日の自由時間にスカートをはく趣味のある人だってそれをひたすら隠している、隠さざるをえない現実がある。
【純】
>趣味ではく場合は、(中略)、女性用のものだというのがポイント。これだとエッチな意味合いに取られる場合があるから、恥ずかしいので隠すわけです。電車の中でエロ本をどうどうと広げている人があまりいないのと同じです。

思うに、「女装」と聞くと反射的に「女の服に包まれてる(*´Д`)ハァハァ」を連想する人が多いのかもしれない…という気がしました。そういう固定観念で連想をする人からしたら、人目につくとこで女装している=露出狂みたいに思えるのかな、と。しかし逆に言えば「女の服に包まれてる(*´Д`)ハァハァ」の人は、それこそ隠したいんじゃないかな、とか。「禁断の…」「秘められた…」「ひとに知られるわけにいかない…」だからこそというエロもありますわなぁ、犯罪的なものでなくたって。以下はオマケ(笑いのツボにはまった^^)

【ma】
>>偶然それがバレたりしたら嫌がらせを受けたり評価を下げられたりすることで、規範がまた強化される。循環しているじゃないですか。
【純】
>最近では、趣味のレベルでやってる人で、カムする人も増えてきてますが。女装でコスプレなんて、似合ってれば、人気者だよ。
【ma】
>>女装とかコスプレの話をしているつもりはないんですが

…何の話をしているつもりなのだろう(苦笑)
・ツリー全体表示

Re(8):文字通りのバックラッシュ!
 tpkn  - 06/10/8(日) 1:09 -

引用なし
パスワード
   macskaどん:
>> 黒ランドセルと副委員長の例示とひな祭りの違いは、事象そのものが
>> ジェンダーを内包しているかどうかにあります。ランドセル自体は色
>> も含めて中立です。委員長もそうです。しかし、ひな祭りは、存在そ
>> のものがジェンダー的に中立ではありません。中立にしたらひな祭り
>> ではなくなってしまうからです。多くの人がひな祭りや鯉のぼりに反
>> 応したのは、そういう違いを直観的に読み取ったからでしょう。それ
>> は極めてまっとうな感覚だと思います。
>
>パンフにはひな祭りを「ジェンダー的に中立にするべきだ」と書かれてはいませんし(押し付け・決めつけは子どもの可能性を疎外するから良くない、とは書かれています)、

では「女の子だからひな祭り」の何が問題なのかわからなくなります。ジェンダー的に中立にすべきと言っていないのなら、「女の子だからひな祭り」であっても押しつけや決めつけにはなりませんから。

> そもそも挙げられた項目が「ジェンダー的に中立かどうか」は問題にすらされていないのですが、論理的にここがおかしいと考えたというのではなく「直感的に」という言い方をするならばそういう可能性もあるでしょう。

私が書いた「直観的」を誤読されているようです。ひな祭りとランドセルにおける論理の違いを、「直観的に」読みとったと言うことですね。すなわち、その直観にはちゃんと合理的な理由があったわけです。つまり「ランドセル否定といったらおかしいからひな祭り否定もおかしい」というのは、論理的にきちんと説明できる間違いなわけです。


>その場合、黒ランドセルとひな祭りのあいだにそういう「直感的な受け止め方の違い」があることについては、パンフ著者は多分考えてもいなかったのではないでしょうか。だって、パンフ著者は、「これらの項目を全てジェンダー中立にすべきだ」と主張していたわけではなくて、「押し付け・決めつけをやっていないかふりかえってみましょう」と呼びかけていただけですから、そんな理由でひな祭りの項目が反発を浴びるとは思ってもいなかったはず。

もちろん、パンフの著者がそんなこと考えてもいないのは明白です。だからアフォなパンフと言われてるわけです。つまり、ジェンダーというものに対する考察が非常に甘いというか、レベルとしてはxanthippeさん程度の表層的な部分でしかジェンダー規範というものを理解してないのでしょう。

さらに、「これらの項目を全てジェンダー中立にすべきだ」と主張しているかどうかについては、そもそも論点ではないのであんまり言っても意味ないです。「すべて」かどうかは、誰も問題にしてませんから。

>ところで、自分の考えをいつの間にか「多くの人」の考えにしちゃうのはやめましょうね。多くの人というけれど、実際にパンフを手に取って「これはおかしい」と気付いた人がどれだけいるのか。国会で取り上げられたり雑誌で批判されているのを読んで「それは酷い」と思った人でも、実際に入手して読んでみた人なんてごく少数でしょう。

この主張をするのが「多くの人」でないのなら、別にあわてて反論本を出版する必要もないでしょう。それから、多くの人」は、別にパンフを読んでおかしいと感じた人の数ではありません。どちらかというと、批判によって初めて気づいた人、あるいはなんとなくおかしいんじゃないかと思っていたけど批判を見てやはりその思いが正しかったのだと判断した人などがほとんどじゃないかと思います。

また、「多くの人」かどうかについては、googleでジェンダーフリーを検索することによってヒットする項目の内容で、ある程度客観的に推し量ることもできます。少なくとも、ここでは政治的立場を異にするJosefさん、芥屋さん、純子さん、楽俊、私などがこの点については一致しているわけで、そういう意味でも「多くの人」と言っていいかもしれない。「多く」とは誰だ?なんていうクソサヨ的揚げ足取りは、時間を無駄にするだけなので控えていただければありがたいです。


>センスと言えば、伊田さんがよく山口さんらに向かって「政治のセンスがない」と批判してますね。
>よく言えるなーと思ってますが。

どっちにしろ政治のセンスなんて一般人には関係ない運動屋の論理でしかないので、まあどうでもいいです。
・ツリー全体表示

Re(10):美意識の問題化(美観と蔑視
 tpkn  - 06/10/8(日) 0:55 -

引用なし
パスワード
   macskaどん:

>「伝統的保守主義者には無効ではないか」と言われた時に、わたしは「このパンフは、思想的な理由なく、深い考えもなしにジェンダーステレオタイプを子どもに押し付けている(かもしれない)親に向けて書かれたもので、保守主義者を対象としたものではない」という意味のことを先に答えています。つまり、「考えを変える」ことはパンフの目的ではないと言っているのですね。

それはパンフの読み方としてはおかしいです。なぜならパンフは全体として「大人が変わらなければいけない」と主張していますから。


>そのうえで、「無効ではないか」という判断について、「保守主義者の考えを変えることを有効だと言うのだとしたら」、という仮定のうえで、「保守的な思想の持ち主でも、考えを変える可能性はないとはいえない」というわたしの判断を述べました。しかし、ここでわたしは「考えを変えることが目的」だと認めたわけではなく、あくまで「保守主義者に必ずしも全く何の影響も与えないということではないだろう」という意味で言っているわけですよ。

それもおかしいです。もしパンフが伝統的なジェンダー観を見直す目的のものであれば、その対象は伝統保持主義者を除外するものではなく、むしろそちらにこそ働きかける必要があるからです。《深い考えもなしにジェンダーステレオタイプを子どもに押し付けている(かもしれない)親に向けて書かれたもの》というのは、macskaさんの都合のよい結論を導くためにmacskaさんが勝手に付け加えた要素にすぎないでしょう。そのような対象はそれこそどこにも明記されていませんし、伝統的な価値観を持つ親を除外するとも書かれていません。

例と書いてないから例示ではない、イコールと書いてないのにイコールで説明したのは不当というような人が、自分に都合のいい場合だけは書かれてない要素を勝手に判断材料に加えるのはおかしいですね。


>ひな祭りを否定しているという解釈を真剣に考察してみましたが、文面からかけ離れたかなり特殊な解釈であるとしか思えませんでした。そういう解釈が「普通の親の親心」を通してみれば自然だという主張もあるのですが、「普通の親の親心」というブラックボックスが論証不可能なためどこをどう読めばそういう解釈が成り立つのかついに理解することはできませんでした。

「普通の親心」については芥屋さんが主張していることで、私は子供がいませんのでそれは主張していません。代わりに、パンフの呼びかけは反語であるという、純粋に文法的な側面からテクスト解釈を述べていますが、その点についての反論が未だどこにもありません。

パンフに書かれた問いかけは、否定疑問文を肯定疑問文に変更すれば成り立ちません。すなわちそれが、このパンフが反語によって問いかけられたことと反対のことを肯定していると読める理由です。


>> また、「具体的にひな祭りをどうすれば良いのか」については、それが
>> 書かれてないことが問題なのです。なぜなら、意味不明だから。
>
>うーん、わたしはパンフの著者はひな祭りについてどうすれば良いのかという回答を持っているとか、啓蒙したいと思っているというようには思わなかったのですが。まぁ、「だったらどうすればいいんだよ」というところが不親切と言えばそうかもしれませんが、それが書いてあったらさらにウザかっただろうしなぁ。

「意味不明」というのは、反語でないとしたら意味不明ということです。もちろんこれは反語ですから、ひな祭りの伝統を否定しているのは明らかですよ。


>当たり前ですが、「パンフはこう主張している」とわたしが書くとき、それは「わたしが読んでみたところ、このパンフにはこのような主張が込められているように読めた」という意味です。「こう主張している」という時に文字通りパンフを引用するのでない限り、論理的に言ってそれ以外の意味でわたしが「パンフはこう主張している」と言うわけがありません。

であれば、あなたのパンフの解釈について反論している者に対して、「私はそのような主張をしていません」という的はずれな返答をするのはやめるべきでしょう。
・ツリー全体表示

洒落になっていない差別の話
 芥屋  - 06/10/7(土) 23:45 -

引用なし
パスワード
   http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=790;no=979;id=keya1984
↑の続きです。まず、この中でmacskaさんの特に目に付いたレスのうち少しだけ感想を書いときます。ご参考までに。

>会社で毎朝キリスト教のお祈りをするように強要されたら、その会社がキリスト教関連会社でもない限り問題でしょう。ところが現実に、化粧品のモデルとして採用されたわけでもないのに、毎日化粧をするよう強要されている労働者がいるわけです。

キリスト教関連会社でもないのにそんな会社あるわけないじゃん…って、あぁそうか、キリスト教系のカルト教団が表向きは一般の会社のように見せかけて、入社した人をいつしか洗脳したら…ということか。それは別の問題だよな…。ところが、普通はモデルでなくても女は化粧したがるものだろうけど、それもカルトの洗脳と一緒じゃないか(自発的だと思われているが強要されて刷り込まれたもの)ということかな、この文脈だと。

>ジェンダーの規範による差別というレベルでは訴えている人はたくさんいますよ。例えば、化粧するよう上司に言われたが拒否したため解雇されて裁判で争っている人がいますが、彼女は「どうして男性は化粧をしなくても解雇されないのに、女性だけ化粧することが義務とされるのか」と主張しています。

これ見て、まず「これはどこの話?」と思いました。だって日本人の普通の職場感覚で言えば、窓口などの接客部門はともかく純粋な内勤業務の場合、「化粧くらいしろよ」と言われるようなことって、ほとんどないと思うし。そもそもそういった感覚はあまり強くないんじゃないかな。仮にそう思う人がいても、それを実際に本人に向かって口にするような人は、「セクハラよ!」以前に「無神経なやっちゃな」と言われると思う。

それよりどっちかって言うと、「職場なんだから、そのケバい厚化粧はどうにかならんか」と思われるケースのほうが多いと思う。でも、これはこれで言いにくい。逆にいつもスッピンだとして、不快に思われたり文句言わたりすることって、ほとんど思いつかない。だからその話、何だかすんごいアメリカっぽいなぁと感じて検索してみたら…

http://www.usfl.com/Daily/News/06/09/0915_017.asp?id=50508
↑これか…。何だぁ、典型的なジェンダー教徒のヴァカ女じゃんw やっぱりアメリカか、と思うと同時に、敗訴になって当たり前だって。カジノで、この店の方針だろ? もちろん、「バーテンダーだということで就職したのに、実際には性風俗のホステスみたいなことをさせられるとわかった。抗議したら解雇された」とかなら、そりゃぁ不当な話だけど。

こんなもんを「差別」の「実例」に挙げてたのか…。つうかこれ、活動家がワザとやってたりして。そういう服務規定の店だとわかってて、抗議して解雇されることを見込んで裁判闘争をして。そこで自分たちの主張に世間の注目を集めようとする「戦略」だったりして。

しっかし、こうなるともはや誰のための運動なのか。少なくとも普通の働く女のためのものではないな。ジェンダー教徒が宗旨を職場で実践しても良いではないか?という訴えだな。でもその宗旨の実践というのは、そこの職場で規定を変えさせることだから、そんな信者は雇ってもらえなくて当然かと。ムスリムの職員が「定時に、空き部屋でいいからメッカにお祈りさせてもらえんだろうか。業務に支障をきたすようなことはないので」と相談するような話とは、まったく違うし。だから、

>イスラム教徒の社員を採用したところ社内で休憩時間にお祈りをするようになったら、激しくその場の雰囲気から外れてしまうわけですが、それをやめろというのは宗教差別でしょう。従って、「場に合わせることを求める」というのは無制限に認められるわけではありません。

これはちょっと。それこそムスリムへの偏見じゃないかと。私がその手の報道番組で見たのは、異教の地で暮らすムスリムの謙虚で敬虔な態度。「私はムスリムだ!私を雇った以上、社内のどこででも定時にお祈りさせていただく!」なんて横着な態度を取るムスリムなんて見聞きしない。日本で働いているムスリムも少なからずいるわけだけど、「職場の雰囲気を壊すことに無頓着なムスリム」とか「雇ったムスリムにお祈りの時間も場所も与えない職場」とかいったようなものはどちらも不寛容だと思う。だけど実際には双方が、場に合わせ、相手に合わせしていることが多いのでは。万国共通のことだと思うけど。

それに、基本的なこととして「棲み分け」をしていると思う。ムスリムのほうから見て、働きたい業種で同業2社があるとする。イスラムに偏見が多いA社と、イスラムに偏見が少ないB社。そしてB社には、先輩のムスリムもいるわけね。そしたら新参のムスリムはB社を希望するでしょう。わざわざA社に乗り込んでいって「勤務中に職場で礼拝させないのは差別だ!」なんて言うムスリムの話は聞かないな。コミュニティって、そうやって形成されていくものだと思う。

ジェンダー教徒から見れば、日本はおろか欧米と比べても厳格な男女別の規範の多いイスラムは、ただそれだけで「差別文化圏」ということになりそうなんですけどね。

>今ここで話しているのは、「ジェンダーの規範による差別」というものが(わたしの定義するところの)差別として成り立っているかどうかです。

私が「成り立たないと思うけどどうか」と尋ねたことに対して、「いいえ、自分の中では、このように成り立っている」ということで、一例としてスカートなど服飾の話になったのでした。

服装や化粧その他の装飾品についても男女で異なる基準があると差別…という世界観には、もはや反論するとかしないとかいう次元じゃないような気がする。信者さんのその世界観には、「反論」は無意味というか。

「なぜこの信者さんは、こんな主張をするのだろう」「その主張は、肝心の教義とも異なっているんじゃないかな」と思って尋ねてみると、信者さんは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに嬉々として教義の意味と主張の兼ね合いを語る。そこで、観念的な部分よりは具体的な事柄について語られる部分に注目するんだけど、そのあたりになると、およそ現実社会のこととも思われず、「あぁ、聞いちゃ悪かったかな」と感じ始める…今、そんな感じです。
・ツリー全体表示

Re(5):美意識の問題化(jジェンダー教)
 芥屋  - 06/10/7(土) 23:32 -

引用なし
パスワード
   >純子さん:

>だいじょうぶでつか Macskaさん。睡眠時間が足りないんじゃないですか?

季節の変わり目だし…。つうか、やっぱホンモノのカルト信者さんと話している気分になってきました。

いただいていたレスがすごい面白かったので新スレにします。
http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=one;no=1082;id=keya1984
・ツリー全体表示

Re(10):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく...
 芥屋  - 06/10/7(土) 23:19 -

引用なし
パスワード
   >gajiさん:

Macskaさんご紹介の桜井芳生のコレ↓ですが、
http://homepage3.nifty.com/sakuraiyoshio/akuma.htm
トップページへのリンクが切れてるので調べたのですが、今はコッチ↓のようです。
http://homepage3.nifty.com/sakuraiyoshio/

>>これは、もしかすると鹿児島という土地柄なのかもしれませんが、桜井氏はこの作戦にかなり自信を持っているようです。
>
>中高年♂に対する”うけ狙い”作戦ですね(w

きょうびの女子学生の化粧は「仲間受け」がメインであって「おじさん受け」はしないので、面接のときには「おじさん受けを狙ったほうがいいよ!(笑)」ということのようです。

*著書のアマゾンの商品紹介や書評なども合わせて見ると、筆者としてはアレは一種の諧謔も含んでるようですね。題して「悪魔の助言」。
・ツリー全体表示

Re(3):ザッ感れす…結論モード
 Josef  - 06/10/7(土) 21:05 -

引用なし
パスワード
   >>さて、「子育てにおいて『男らしさ・女らしさ』を押し付け、それにより子どもの可能性を狭めていませんか?」というのはどちらに近いかと考えたところ、わたしが思うに後者に近いのではないかと思います。もしこれが前者と似ているとお考えでしたら、そりゃこのパンフを誤読するでしょうよ。(macskaさん)
>
>だからそれは、macskaさんが単にそう「思っている」(or信じたい)だけじゃないですかぁ?(楽俊さん)

macskaさんの言う通りでいいんじゃないですか?パンフの問いかけは「あなたは殺人の経験がないですか?」みたいな馬鹿げた問いかけではなくて、「あなたは自分が気付かないうちに人を傷つけたことがないですか?」といった、振り返ってみればたいていの人が思い当たることがあるであろう問いかけに近い。

そういう、それ自体は問題のない問いかけであるだけに、自省を促すために挙げられる「雛祭り」等の「例」の異様さが際立つのですね。そこをmacskaさんは、

>ただ漠然と「押し付けは良くない」と思って男女で違った扱いをするかもしれない場面をいろいろリストアップしたところ、たまたま「ひな祭り」という項目が入り込んでしまったのではないでしょうか。

というふうに、パンフの全体をいい加減に作られたものとdegradeすることによって相対的に「部分」の奇妙さを非難から救い出そうとしています。きっとテキトーに作られたはず、だから細部にこだわっても仕方ないよ、と。逆にいえば、そういう読み方をしなければ「雛祭り否定だ」という批判をかわし切れないのだと思います。「macskaさんがそう信じたいだけじゃないか」という楽俊さんの批判はこの部分に向けられるべきでしょう。
・ツリー全体表示

「啓発」等の強制性について
 Josef  - 06/10/7(土) 20:27 -

引用なし
パスワード
   文科省委嘱で作られたパンフというものがどの程度の重みを持つか。測定はできないので曖昧な言い方になりますが、一般にはかなりの重みを持つと言えるでしょう。芥屋さんが書いているように日本は啓発等の法律以外の形をとった事実上の「指導」をずっと行ってきました。もちろんベースには法律があるのですが、そこで細かい規定はせず、いわば「空気」によって人々を動かすべく柔らかい強制を行ってきたと言えると思います。これは「お上」に弱く、「世間」で動く日本人の特徴に合致したやり方であると同時に、問題が起こったときに責任が曖昧になりがちな原因の一つでもあるでしょう。

件のパンフのベースになっている法律はもちろん男女共同参画法です。これは国家方針だから、それに基づく予算の申請は極めて通りやすい。この法律を旗印にして様々な事業が各省庁で計画され、予算が消費されることになります。パンフもまたその一環として財団に委嘱されたものと思われます。

このパンフの性格上、個人や私企業に対して直接的影響を与えるものではありません。言い換えれば、無視すれば済むパンフです。では何に対して影響を与えるのか。公的予算に頼るところの大きい教育関連機関・施設です。それらにとってこういうパンフは「天の声」であり、その内容に合わせて業務を「改善」していけば人的配置や予算措置で「おいしい思い」ができる可能性が高くなること経験的に知っています。具体的には「雛祭りをやめる」(幼稚園)とか「さん付けで統一する」とかですね。

が、このパンフは特殊な経過を辿りました。通常この手のパンフは学校等への目に見えない強制として働くだけで一般にはあまり知られることがないのですが、今回はすぐに批判にさらされ、国会でも問題にされることになりました。こうなるとパンフの柔らかい強制力は一挙に弱まります。何しろ文科省という「お上」よりもっと上の「お上=国会」で政権与党によって批判されたのだから。

自民党の一部の圧力によると思われる文科省の「教育ご意見箱」や「男女の扱い等に関する調査」は、パンフと同様に、柔らかな強制です。但し、強制の方向は変わりました。「ジェンフリ万歳」から「ジェンフリはまずいぞ」へ。「ジェンフリを理由に雛祭りをやめた」はパンフの「強制」には合致しますが文科省「調査」が暗に示している「強制」には合致せず、マイナスに評価される可能性が高いことを現場は知っています。文科省の「調査」にはどう回答するのが得策か。調査の集計結果には各々の現場管理・監督者の考えた対応がよく反映されていると言えるでしょう。
・ツリー全体表示

Re(9):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 gaji  - 06/10/7(土) 19:39 -

引用なし
パスワード
   >macskaさん:

>> 面接の心得で検索してみましたが、どこにも男女の違いは見当たりません。
>それは、「どんなに立派なビジネススーツでも、男性はスカートをはいて面接に行かない」とわざわざ書かなくても当たり前の社会常識とされるからじゃないでしょうか(笑)

ですね。
でも、それってジェンダリズムなんですか?

>社会学者の桜井芳生さんが、学生の就職指導をしてきた経験からこんな事を言っています。
>(引用始め)
(略)
>http://homepage3.nifty.com/sakuraiyoshio/akuma.htm
>(引用終わり)

>これは、もしかすると鹿児島という土地柄なのかもしれませんが、桜井氏はこの作戦にかなり自信を持っているようです。

中高年♂に対する”うけ狙い”作戦ですね(w

これって別に”差別”ということではないのでわ?ありませんか?

>なお、書かれていませんが、男性の化粧やミニスカートはもちろんダメということでしょう。

うーーん、、「ダメということ」とかいうよりも何も、男性のバヤイ「お化粧してミニスカで〜」といった、はっそうが実際にあるものなのでしょうか。。。

>当たり前すぎて書いていないだけで、そういう「心得」が存在しないということにはなりません。

それはそうですね、。でも、
そういう「心得」って一部にあるのですか?(あるのであれば取材してみたいデチ。ドキドキ^^)
・ツリー全体表示

Re(2):ザッ感れす…結論モード
 楽俊  - 06/10/7(土) 19:20 -

引用なし
パスワード
   >macskaさん
>いえ、できます。信じていればそれだけで主張できる。というか、実際のところ信じてすらいなくても、主張だけならできるわけです(例:弁護士)。

はい、しかし考えてみればこのケースでは、単なる嘘か業務上の義務として被告の主張を形式的に“信じ”ているだけですよね。だからその意味では、この反例はあまり実質的な意味を持たないと思います。

>ありませんね。わたしはパンフを総体として擁護しておらず、ただある特定の批判がサヨクそっくりの妄想的あるいは狼少年的なデマであると反論しているだけですから。

私の論点においては、macskaさんがこれまで言ってきた意味での「パンフを総体として擁護」していようがいまいが、そのことは殆ど何の意味も持ちえないということです。

>はっきり言って、「押し付けは子どもの可能性を狭める」と書いた著者が、何か具体的な被害を想定していたとは考えられません。ただ漠然と「押し付けは良くない」と思って男女で違った扱いをするかもしれない場面をいろいろリストアップしたところ、たまたま「ひな祭り」という項目が入り込んでしまったのではないでしょうか。他の方も指摘していましたが、時代背景に合っているかどうかということを考えると、あのリストがそれほど丁寧に作られている様子もないですし。

パンフを読んで、その内容の詐術論理的な強制力に胡散臭さを感じた人の何処に、パンフの執筆者の意識内容や時代感覚までをも勘案するべきだという義務が見出せるというのですか? 明らかに甘えすぎです。
(論理的強制力については、例の式とは別にいろいろ考えられそうですね。人によってはパンフの文面に「山のパラドクス(*」を導いてしまう“滑りやすい坂の論法”を読み込んでいるかも知れません。「破壊」の積りはなくても「破壊」を意味する、みたいな。)
*) 前提1:高さ6000mの峰起は山である。
   前提2:山が1mm低くなっても山でなくなりはしない。
   結論 :6000mマイナス1mmの峰起は山である。(←『論理学がわかる事典』より)
   …で結局、5mmの山も山である。(笑)

>何も問題ないとは言っていません。が、常に問題があるとも思いません。
>例えば、(…)

私も全てのケースにおいて、「常に問題がある」とは言っていませんが、macskaさんの例では、既に経験済みの記憶の呼び出しの話に摩り替っている上に、問いの妥当性については受け手の意識に依存しています。しかし今回の問題はその受け手の意識がそれに拒否反応を示しているということですよ。だとすれば、その反応にmacskaさんすら特定不能な執筆者の意図(?)が優先されなきゃならない理由なんてないでしょう? レスを読んでるだけで私も疲れ果てた国民さん状態(笑)です。

>さて、「子育てにおいて『男らしさ・女らしさ』を押し付け、それにより子どもの可能性を狭めていませんか?」というのはどちらに近いかと考えたところ、わたしが思うに後者に近いのではないかと思います。もしこれが前者と似ているとお考えでしたら、そりゃこのパンフを誤読するでしょうよ。

だからそれは、macskaさんが単にそう「思っている」(or信じたい)だけじゃないですかぁ?
つまりそう“信じている”だけということであって、“信じる”だけで全てが正当化されるならオカルト教団の殺人事件だって“信じ”ていたという理由で正当化されてしまうんですよ。
・ツリー全体表示

Re(8):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 gaji  - 06/10/7(土) 19:09 -

引用なし
パスワード
   >macskaさん:

>> あの、、「違う話」に飛んではいません。
>> (「子育て支援パンフ」にあった、「〜らしさ」を育むとさ
>> れるスタイルのことです)
>
>ですから、それはパンフの話でしょ?
>ジェンダリズム云々については、パンフの話ではなくわたしの意見なんですから、関係ないんですよ。
>
>> で、その「ジェンダーの規範」は、どのようにしてつくられ
>> ているか(インプットされていくか)というと、赤ちゃんの
>> 頃から《育児の全体において「男らしさ・女らしさ」の押し
>> 付け》が、、、以下(ry
>> 子育て支援パンフは《「男らしさ・女らしさ」の押し付けを
>> やっていませんか、考えてみましょう》と呼びかけているの
>> でしたね。

>パンフの著者ならそう言うでしょうが、わたしの意見ではありません。

了解でつ。

>というより、わたしは「ジェンダーの規範」がどのようにインプットされていくかについては、別のメカニズムを主張しています。それは、「制度が個別の行為を助長し、個別の行為が制度を強化する」というシステムの循環がそれ自身を自動的に再生産している、というものです。わたしの議論はあくまでシステム主体であり、親や学校の責任だとか子育てがどうだという話は全然していません。

で、その「別のメカニズム」「システムの循環」というのは、具体的にどのようなメカニズムでありシステムのことなのですか?

>「制度が個別の行為を助長し、個別の行為が制度を強化する」というシステムの循環がそれ自身を自動的に再生産している、というもの

に関して、分かりやすく(具体例等を例示して)ご説明いただけたら、と思います。

「机上のこと」(脳内でのこと)ということなのであれば、納得できますし、けっこうデチ。
・ツリー全体表示

Re(4):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 純子  - 06/10/7(土) 17:07 -

引用なし
パスワード
   >macskaさん:

だいじょうぶでつか Macskaさん。睡眠時間が足りないんじゃないですか?


日本社会の場合、規範は「場」によって変わる。
だから日本社会における「規範」は、その場に参加している「場」の構成メンバーによって変化する。
ただし、「場の空気になるべく合わせろ!」という規範は強固にあって、それが、価値相対主義的な日本社会の秩序を維持している。
だから、場の空気を読めない人や、ことさらに場の空気にさからう人間は、シカトされる。

という私の意見への反論が、何で?

>ジェンダーの規範と無関係な人なんて、今の社会にいるんでしょうか?

になるんでしょうか?

>ほとんどどの会社でも学校でも、「ジェンダーの規範」がその場と無関係であるということは想定しにくいのですが… 

場を形成している個々のメンバーの誰もが、なにがしかのジェンダー観を持っている。それが場にも反映して共通了解になったものが、ジェンダー規範として形成される。そうして、ほとんどの会社でも学校でも、その場に即した、ジェンダーの規範を持つことになるわけですが……。それが何か(^^)


>例えばある地方では「男性はスカートをはいてはいけない、

はて、新宿二丁目「地方」や、新宿三丁目「地方」あたりで、スカートをはいている方をみかけたような気がするが……(^^)? あとコミケとかワンフェスでも目撃されるというウワサも……(^^)


>女性はスカートをはいているのが『女らしい』」とされていて、

最近のファッション雑誌でも見ればいいんですよ。ヘソ出しの股上の浅いジーンズに、ひらひら付きのキャミとか……(^^)


>ある程度幅があるといってもある程度共有された規範があると思うのですが。

同じ人間のすることですから、それほど極端な開きはなくてあたりまえ。
案外、林先生のいうように、男女で生得的な差異があって、それに対応した「ジェンダー規範が形成されているのかもよ。
・ツリー全体表示

Re(9):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 tpkn  - 06/10/7(土) 14:26 -

引用なし
パスワード
   >
>                   (`・ω・´)  tpkn様は不滅であられます!!

ワンパターン。

バカはすっこんでろと言ってるの。
・ツリー全体表示

Re(8):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 macska E-MAILWEB  - 06/10/7(土) 3:25 -

引用なし
パスワード
   > 面接の心得で検索してみましたが、どこにも男女の違いは見当たりません。

それは、「どんなに立派なビジネススーツでも、男性はスカートをはいて面接に行かない」とわざわざ書かなくても当たり前の社会常識とされるからじゃないでしょうか(笑)

社会学者の桜井芳生さんが、学生の就職指導をしてきた経験からこんな事を言っています。

(引用はじめ)
【男性への、第二の助言。身体をビルド・アップせよ】

男性への第二の助言は、【見た目がたくましい男になれ】、というものです。
実社会は「からだが資本」です。面接の当日での見た目のたくましさこそ、あなたの商品価値を高めるものはないでしょう。
ぜひ何らかの、身体のビルド・アップのエクササイズを今から初めてください。
見た目が変わるだけではなくて、生きていく姿勢自体が「前向き」になって行くでしょう。

【船木誠勝の「ハイブリッド肉体改造法」をおすすめ】

具体的には、ベースボールマガジン社刊の船木誠勝の「ハイブリッド肉体改造法」をおすすめします。
格闘技集団パンクラスを率いる船木誠勝が自分の肉体改造法を公開した本です。

【女性への、第二の助言。「あか抜けた女」になれ。今から、毎日「濃いめ」の化粧をし、「ミニスカート」をはき、「髪」をいたわれ!】

女性への第二の助言は、あか抜けた、艶(つや)っぽい女になれ、ということです。
現在においても就職の面接官の多くは(中年)男性でしょう。
その中年男性面接官が、「ついつい採ってしまいたくなるような」女性になってください。

【口紅はもっと赤く、ファンデーションはもっと白く】

まずは、【化粧】です。私にいわせれば、世の中に美人・不美人といったものは存在しません。【化粧映えのする女と、しない女】がいるだけです。
ぜひみなさんは、「化粧映えのする女」になってください。
化粧についての細かいノウハウは私はわかりませんが、まずは「慣れる」ことでしょう。そのためにも、三年生の今から、毎日化粧をすることをおすすめします。
いうまでもありませんが、就職するためには、「男受けする化粧」をしなければ意味がありません。
どうも全般的にいって、女の人は化粧が「薄すぎる」ように思います。女の感覚よりも「もうふたまわり」ほど、【ヨリ赤い口紅】と【ヨリ白いファンデーション】をつけましょう。
「男は薄化粧好き」という考えもあるでしょうが、私にいわせれば、これは「神話」です。キャバレーのホステスさんの化粧をみてください。あれこそが男に受ける化粧です。

【いまからミニスカートをはく。キュロット・パンツルックは不可】

顔はいまいちでも、足はきれいな女性は多いと思います。ところが、鹿児島はあつくて日差しが強いせいか、「足の立ち居振る舞いのきれいな学生さんが少ない」ように思います。(蒸し暑いので、つい、膝をそろえずに座ってしまう。日に焼けやすいので、短いスカートを避けて、ジーンズなどをはいてしまう)。
ぜひ今から短めのスカートをはいて、「足の立ち居振る舞い」のきれいな女になってください。注意点は、キュロットは避けた方がいい、ということです。どうもキュロットは「足に緊張感がなくなる」ような気がします。
なお、面接当日も、心持ち短めのスカートをおすすめします。

http://homepage3.nifty.com/sakuraiyoshio/akuma.htm
(引用終わり)

これは、もしかすると鹿児島という土地柄なのかもしれませんが、桜井氏はこの作戦にかなり自信を持っているようです。

なお、書かれていませんが、男性の化粧やミニスカートはもちろんダメということでしょう。当たり前すぎて書いていないだけで、そういう「心得」が存在しないということにはなりません。
・ツリー全体表示

Re(1):ザッ感れす…結論モード
 macska E-MAILWEB  - 06/10/7(土) 3:16 -

引用なし
パスワード
   > “知らない”ことは主張できないということを考えれば、

いえ、できます。信じていればそれだけで主張できる。というか、実際のところ信じてすらいなくても、主張だけならできるわけです(例:弁護士)。

前提がいきなり間違いなので、以下の論理は成立しません。

> で、今回の論争の発端は、ひな祭りを代表例とする「押し
> つけ」行為の「ふり返り」ようのなさの問題だと思うから、
> パンフの擁護者であるmacskaさんには、該当行為の具体例
> を提示する義務があるはずです。

ありませんね。わたしはパンフを総体として擁護しておらず、ただある特定の批判がサヨクそっくりの妄想的あるいは狼少年的なデマであると反論しているだけですから。

はっきり言って、「押し付けは子どもの可能性を狭める」と書いた著者が、何か具体的な被害を想定していたとは考えられません。ただ漠然と「押し付けは良くない」と思って男女で違った扱いをするかもしれない場面をいろいろリストアップしたところ、たまたま「ひな祭り」という項目が入り込んでしまったのではないでしょうか。他の方も指摘していましたが、時代背景に合っているかどうかということを考えると、あのリストがそれほど丁寧に作られている様子もないですし。

> …ちなみに、“知り”もせず“信じて”もいない事柄を
> 「ふり返ってみましょう」モードで記述すれば何も問題な
> いという常識があるというなら

何も問題ないとは言っていません。が、常に問題があるとも思いません。

例えば、あなたが例としているような「あなたは殺人の経験がないですか?」などという問いが唐突にあれば、それは不当な言いがかりだと思うでしょうが、「あなたは自分が気付かないうちに人を傷つけたことがないですか?」みたいなことを言われたら、それはあるかもしれない、あるだろうな、と自分をふりかえるきっかけになるでしょう。それは、その質問が誰にでもありがちなことを振り返るよう呼びかけるものだからですね。

さて、「子育てにおいて『男らしさ・女らしさ』を押し付け、それにより子どもの可能性を狭めていませんか?」というのはどちらに近いかと考えたところ、わたしが思うに後者に近いのではないかと思います。もしこれが前者と似ているとお考えでしたら、そりゃこのパンフを誤読するでしょうよ。
・ツリー全体表示

Re(7):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 macska E-MAILWEB  - 06/10/7(土) 3:04 -

引用なし
パスワード
   > あの、、「違う話」に飛んではいません。
> (「子育て支援パンフ」にあった、「〜らしさ」を育むとさ
> れるスタイルのことです)

ですから、それはパンフの話でしょ?
ジェンダリズム云々については、パンフの話ではなくわたしの意見なんですから、関係ないんですよ。

> で、その「ジェンダーの規範」は、どのようにしてつくられ
> ているか(インプットされていくか)というと、赤ちゃんの
> 頃から《育児の全体において「男らしさ・女らしさ」の押し
> 付け》が、、、以下(ry
> 子育て支援パンフは《「男らしさ・女らしさ」の押し付けを
> やっていませんか、考えてみましょう》と呼びかけているの
> でしたね。

パンフの著者ならそう言うでしょうが、わたしの意見ではありません。

というより、わたしは「ジェンダーの規範」がどのようにインプットされていくかについては、別のメカニズムを主張しています。それは、「制度が個別の行為を助長し、個別の行為が制度を強化する」というシステムの循環がそれ自身を自動的に再生産している、というものです。わたしの議論はあくまでシステム主体であり、親や学校の責任だとか子育てがどうだという話は全然していません。
・ツリー全体表示

  新規投稿 ┃ ツリー表示 ┃ スレッド表示 ┃ 一覧表示 ┃ トピック表示 ┃ 番号順表示 ┃ 検索 ┃ 設定 ┃ ホーム  
85 / 96 ページ ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:
83100
(SS)C-BOARD v3.3.10 is Free.