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Re(1):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 macska E-MAILWEB  - 06/10/4(水) 4:57 -

引用なし
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   > そういった意味で、macskaさんの言われていることは、その職場で
> 差別を訴えるのではないが、広く着衣の自由の概念として押さえて
> おきたい、ということですね。

いや、そうではないんですよ。
というか、広く着衣の自由の概念として押さえることに反対するわけではないのですが、わたしはあくまでそれを「ジェンダーの規範」の一つの例として主張しているわけです。

たとえば、女性の服装で、あまりに派手あるは露出度が高くて、誰が着ていても職場の雰囲気に合わないということがあります。もし女性が職場で着ることも駄目なのであれば、それを男性が着て良いはずがありません。その場合、「着衣の自由」には反していますが、「ジェンダーの規範による差別」は起きていませんね。

女性がスカートをはいてもいいのに男性がスカートを履いては駄目だとか、女性がピアスを付けていてもいいのに男性がピアスを付けては駄目だとか、そういう場合において、わたしは「ジェンダーの規範による差別」であると言っているのです。

これは別に服装だけに注目したわけではなく、例えば口調とかその他のコミュニケーションスタイルでも「男性なら好評価に繋がるのに、女性だから低い評価に繋がる」「女性なら好評価に繋がるのに、男性だから低い評価に繋がる」パターンがありえます。

わたしが「ジェンダーの規範による差別」(ジェンダリズム)と呼んでいるのは、そのように男女で(必ずしも男女どちらに一方的に有利あるいは不利とは言えないまでも)異なる、ジェンダーステレオタイプに沿ったルールが適応されることにより、ジェンダーの規範に合致しない人たちが不利益を受けるようなシステムのことです。

上のジェンダリズムの説明において個々の規範が「必ずしも男女どちらに一方的に有利あるいは不利とは言えない」と言いましたが、もちろん現在の社会においてはそうしたジェンダーステレオタイプは総体としてセクシズムと共軛するようにできています。つまり、「男らしさ」のジェンダーステレオタイプは男性をより社会的成功・社会的権力の側に押しやる効果があるのに対し、「女らしさ」のジェンダーステレオタイプは女性を家庭もしくは社会的従属の側に押しやる傾向があります。

> 「男らしくない女らしくない」などという評価基準は、実際には職場
> で大きなウェイトなど無いのであって雇用差別に結びついたという事
> 例もない、したがってそのような差別ではない、というのが第一。

これが、まったく信じられません。現実逃避ではないでしょうか。
女性求職者が「女らしさに欠ける」として就職において不利になったことが、まったくないと本気で言っているのでしょうか?

> そして服飾や化粧について言えば、場に合わせることを求められるこ
> とがあっても当たり前であって

その「場に合わせる」中に、ジェンダーステレオタイプに合わせること、という不文律が含まれているわけですね。それが差別であるとわたしは言っています。

「場に合わせなければならない」ということが「差別ではない」根拠にならないことは、例えばこれまで男性しか雇ってこなかった企業があって、女性社員を採用したら社内の雰囲気が大きく変わるかもしれませんが、だからといって女性を採用しないことが「差別ではない」ことにはならない。あるいは、イスラム教徒の社員を採用したところ社内で休憩時間にお祈りをするようになったら、激しくその場の雰囲気から外れてしまうわけですが、それをやめろというのは宗教差別でしょう。従って、「場に合わせることを求める」というのは無制限に認められるわけではありません。
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文字通りのヒステリー
 tpkn  - 06/10/4(水) 0:47 -

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   macskaどん:

>> したがって、あなたの《意見とパンフ著者の意見をこのように繋げて
>> 「ほれ見てご覧なさい」と書くということ》が、この場合もっとも自
>> 然な論理展開です。
>
>わたしとパンフ著者では立場が違うので、このように勝手に繋げないでください。

これが「ヒステリック」の例ですね。

私はあなたの書いた言葉がパンフの著者の主張を内包していることを説明した上で、こうつなげるのが自然な論理展開であるとしました。

それに対して「勝手に繋げないでください」が反論になるわけないでしょw

「勝手に」かどうかと言えば、あなたの書いた文章の論理はあなたの手をすでに離れた独立した事象として存在するものですから、誰でも勝手に扱っていいはずです。論理的に間違いでなければね。ですから「勝手に繋げ」ますよ。当たり前でしょう、そんなことは。

>そもそも、パンフ著者はわたしの存在すら知らないわけですし。

全然なんの関係もなし。
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Re(4):文字通りのバックラッシュ!
 tpkn  - 06/10/4(水) 0:32 -

引用なし
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   macskaどん:

>> 「基本のき」が「ヒステリックなサヨク・ジェンフリ派」だと認めるなら、
>> 同じレベルだと認めるにやぶさかではありませんよ。
>
>サヨクやジェンフリ派にヒステリックな連中はいますが、「基本のき」は違うでしょう。行政にありがちな偉そうな物言いが癪ではありますが、ヒステリーとは違った問題です。

いえ、これは没論理で感情的という意味で、やっぱり「ヒステリック」と言っていいかと思いますね。私のほうの「ヒステリック」は「しつこくて声がでかい」ぐらいの意味ですがw

>「基本のき」には有用な情報や呼びかけが一切ないとでも? その方がおかしな読み方では。
>一部には有用な内容もあるけれど、おかしな内容が多い、というなら分からないでもないですが。

だってあなたも私も、それがどのように有用なのか、これだけ話し合ってもひとつも思いつかないんですよ?
そりゃ本筋と違う部分で「有用な内容」もあるかもしれませんが、今はそんなこと話し合ってないでしょう。

>パンフがくだらない点については反対しないけど、ひな祭りを否定していないじゃん。

もう何回もヒステリックに言うけどw、これはひな祭りの否定ですよ。おおまかに言って。
なぜそうなるかは、二つ前の投稿(06/10/3(火) 23:46)の最後部参照。

>いや、おおもとの動きが酷い場合でも、酷くない場合でも、反動が起きることはあります。奴隷解放後に黒人をリンチして回ったKKKは反動と言えますが、奴隷解放が酷かったわけではありませんね。

KKKにとっては「酷」かったのでしょう。

だいたい、反動って言葉は「正しい革新」に対する「間違った揺り戻し」というニュアンスで使われる言葉ですから、私がここで自説を「反動」と位置づけているのは諧謔でもあるし、フェミニズムそれ自体に一定の敬意を払うという意味での、私なりの譲歩なんですよ。そのぐらいわかってくださいな…。
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Re(10):パラノイア
 tpkn  - 06/10/4(水) 0:13 -

引用なし
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   macskaどん:

>tpknさん:

>それは別にわたしが自分の発言を撤回したくないから認めていないのではなく、純粋に学問的良心に照らして事実に反するとわたしは思っているのです。(自己愛的な無意識感情が、わたしの理性的な判断に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定しません。というか、無意識なんだからわたし自身に否定できるわけがない。)

というかですね。あなたがふだん言っていることと、この議論でのあなたの立場は、論理的にすごく矛盾していると思うのですよ。それは自己愛というより、むしろ「他己愛」とでも言うべきものでしょう。ぶっちゃけ、運動の論理(クソウヨ叩き)が前面に出すぎだと感じます。

>しかし、仮にそれらが実例だったとします。それで何が変わるかと言えば、「ただの一つも実例はない」と書いた部分を訂正して「たった2つのショボい例があるだけだ」になるだけです。

いいえ。《「全体の中においてひな祭りの項目がどういう意味を持っているか」を議論》しなければならないのですから、数がひとつだからといってすなわち「ショボい」ということは言えないでしょう。これは、批判する側も「ひな祭りや鯉のぼりまで…」というニュアンスで持ち出してきているわけです。つまり、ここでは数の多寡ではなくて、実際にあったかなかったかだけが問題なんですよ。なぜなら、「ひとつもない」に対する反論だからです。

> それにより、ジェンダーフリーが日本中に蔓延して全国各地で悲鳴があがっているとか、このままでは日本は崩壊するとかいう妄言が正当化されるわけではない。そうでしょう? 

そうだと思いますよ。だから、こういう反論を私や芥屋さんにぶつけるところが、「運動の論理が前面に出すぎ」に見える原因でしょう。

> どれだけの人が実際に読んだか分からない文科省委託のパンフが1つあり、酷いデザインの誰も見なさそうな民間団体のサイトが1つあったというだけなんですから。

ひな祭りまでやり玉に挙げたのは「基本のき」ですが、《「全体の中においてひな祭りの項目がどういう意味を持っているか」を議論》するならば、《文科省委託のパンフが1つあり、酷いデザインの誰も見なさそうな民間団体のサイトが1つあったというだけ》とは言えなくなるでしょうね。それに類するものは、各自治体のパンフ、ウェブサイトに無数にあります。いや、正確に言えば「ありました」。
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Re(6):美意識の問題化(美観と蔑視
 tpkn  - 06/10/3(火) 23:46 -

引用なし
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   macskaどん:

そろそろまとめますよ。

>> 結局のところ、「自省」の内容については、あなたには想像もつかないって
>> 話じゃないの。
>
>そうですねぇ。自分が実際にやったことで自省することはいろいろあるのですが、やってもいないことを「もしやっていたら」どのように自省するかなんて想像するのは難しいです。

ところがこれは赤ちゃん以上の子供に関して述べられた子育て用のパンフですから、そこに挙げられている多くの事例は、これから子供ができる人、またはこれから子供を育てようとしている人にとっては、「やってもいないこと」なんですよ。親の立場からの節句祝い、命名、ランドセル購入、子供服購入、みなそうですね。

だからこのパンフがあなたの言うように「何をどう自省せよとは言ってない」「既存のジェンダー観を否定するものではない」のだとしたら、多くの対象読者にとっては、「やってもいないことをどのように自省するかなんて想像するのは難しい」でしょうね。したがって、「考えを変えることがあれば無効ではない」とも言えない。何がどうなったら自省であり、有効なのか、その読み方ではまったく判然としないからです。

しかし、これを我々が主張するように「既存のジェンダー観を否定する」反語だと読めば、これからここに例示されていることをやろうとしている人、あるいはすでにそのようにしてしまっている人にとっては、十分「自省」のきっかけになるでしょう。「あ、こういう風に育ててはいけないんだ」という形でね。

実際、そういう読解をした人はたくさんいると思いますよ。それは「誤解したほうが悪い」のでもなければ「妄想」でもありません。そのように読まねば、文書としての意味をなさない、そういう文書を意味の通る解釈をしただけで、無教養だの妄想だのと口汚く罵るようなイデオロギーは、右翼であろうがリベラルであろうが、どんな立場からだって認められないですよ。

「雛祭り」なんてのは、その中の一例にすぎない。むしろ雛祭りさえこういう論法で否定する、そういうムチャクチャな思想だという意味で、まったくもってまっとうな批判ですよ。

>証拠が消えたと言われても、見えないものは見えないのでコメントのしようがないです。無視しようというつもりではなかったし、そこにジェンダーチェックがあったということを疑うつもりもないのですが。

実はそのときwebarchive.orgが落ちていて、復元できなかったのです。その後確認してみたら、404になっているものもほとんど記録されていますよ。おぞましいジェンダーチェックや支離滅裂な「啓発」の類です。論点が拡散するのでここでは出しませんが、まあヒマだったら見てみてくださいね。いや、「最近のものだから証拠は残ってるだろう。だから片っぱしから証拠を出せ」と迫ったあなたなのですから、本当は見る義務があるでしょう。論敵に対して誠意を持つのであればね。

>今は、ひな祭りの否定があったかどうかという話ですよ。でも、ひな祭りについてのある記述を解釈するのに、その部分だけ取り出しても仕方がないのです。全体のなかで、ひな祭りについての言及がどういう意味を持っているのか検証しましょうとわたしは言っているのです。何ら矛盾はありません。

こちらは最初からそういう趣旨で論を組み立てています。上に改めて書いたけども、別に雛祭りじゃなくても、ランドセルにしろ子供服の色にしろ、それからトイレの表示色にしろ混合名簿にしろ、全部同じ論理で批判できるわけです。

つまり、むしろあなたが「雛祭りの否定なんかどこにもなかった」と声高に言っても、それは実はなんの反論にもなってないんですよ。「全体のなかで、ひな祭りについての言及がどういう意味を持っているのか検証」しなければいけないんだから。

>撤回します。が、今後は「ひな祭りの項目以外何も考慮しない」か「全体を論じる」の両極端ではなく、「全体の中においてひな祭りの項目がどういう意味を持っているか」を議論してください。

あなた意外のみなさんは、最初からそのようにしていますけど…。またしても天唾ですなw


>> 私たちが押しつけている「自分達の思想」とは何思想ですか?
>
>ジェンフリは全体主義だ思想。
>普通ならありえないような極端な資料解釈を通して、無理矢理その結論に結びつけているように見えます。

普通ならありえないような極端な資料解釈とは、「このパンフは自省のきっかけになる。何をどのように自省するかは各人の勝手。ちなみにそれは私には想像もつきません」というようなもののこと。これもあなたは意図的なのかそうでないのかずっと無視し続けてるけど、このパンフで使われている否定疑問文は、全部反語ですよ。もし違うというなら、「あなたは節句の伝統を大事にしてますか」「女の子らしい服を買ってあげてますか」のように、全部肯定疑問文の形に直しても同じく「自省のきっかけになる」「パンフは何も指図していない」「何をどのように自省するのかは個人の勝手」ということになるはずでしょう。

それこそが「普通ならありえないような極端な資料解釈」ですよ。もはやこれは語学・文法レベルの妥当性の議論になってしまっているわけです。あなたが揚げ足取りと曲解と歪曲を重ねてきた結果が、これです。macskaさんにしては、たいへんみっともない議論だと思います。

>> だって、「自省してみましょう」という呼びかけだ、としながら、たと
>> えばどういう自省をしたら子育てに有効なのか、あなたはまったく説明
>> することができないわけです。
>
>だって、わたしはパンフの著者でもないし、そういう呼びかけに賛成しているわけでもないもの。

あなたがパンフの著者である必要などないでしょう。テクストをあなたがどう解釈するのが妥当かという話なのですから。あなたは書かれた文章の真意や意図は著者の専権事項だと思ってるのですか? いったい何言ってんの?w

>パンフを読めば、パンフはそういう呼びかけをしていると分かる。でも具体的にどう自省すれば良いのかなんてわたしに聞かれても困る。だって具体的にそれは書かれていないもの。

あなたに「聞かれて困る」ことは、他の人が聞かれても困るんじゃないですかね?常識的に考えて。なんでそんなものが、有用になったり有効になったりすると思えるわけ? いかなる意味でもいっさいそういう例など考えられないでしょうが。

>> 雛祭りの何を問題にしているのか全然「わからん」。
>
>ひな祭り自体を一切問題にしていないと思います。

詭弁にすらなってません。「女の子だから雛祭りを祝う」のが「雛祭り自体」ですよ。男の子だからこそ祝う雛祭りなんてものはないし、男女ともに祝う雛祭りなんてものもないです。そういう祝い方をしたければ各人勝手にやればいいけども、それは「雛祭り自体」ではないですね。そしてパンフの中に例として挙げたのが「問題にする」ということです。文字通り、to put in questionですよ。

つまり、このパンフを見て「ひな祭り自体を一切問題にしていない」と言うのは、それこそありえない解釈ですね。重なっていた×をイコールで表現したどころの騒ぎではない、明々白々たる歪曲でしょうに。

>> ということは、雛祭りや鯉のぼりには、ジェンダーと子育てというトピック
>> でやりだまに挙げて自省しなければならない要素など実は何もないというこ
>> とです。
>
>ひな祭りや鯉のぼりには、やりだまに挙げられなければならない要素はないでしょう。

にもかかわらず、やりだまに挙げて反語で問いかけたわけです。こんなことやってませんか?とね。これは、否定です。

>> 何もないのに、さも何か問題があるように
>
>ひな祭りに問題があるとは書かれていません。

ええ、もちろん。反語を使って「さも何か問題があるかのように」書かれているのです。
私の書いたことを「歪曲」しないでくださいね。

おっと、《ウソつき! あなたの文には「か」が書かれていません》なんてくだらない返しはもうナシにしてくらはいねw


#いまいちまとめにならなかったな…。でもだいたい道筋ははっきりしてきたかと思います。
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Re(1):どうでもいいことですがmacskaさんへ
 芥屋  - 06/10/3(火) 23:00 -

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   というか・・・

>都合が悪いものでも、納得すれば相手に同意していますね。
>
>つまり、わたしが批判しつづけるのは、味方であろうと論敵であろうと、また都合がよかろうと悪かろうと、自分の良心に照らして納得できないものなのです。

批判意見に対して、自分の良心に照らしてちゃダメじゃないか。自分の良心がおかしくなってるとか、考えないのかね。それを独善、と言うんですよ。

自分の良心に照らして納得すれば同意だ?それまで批判をやめない?このファシストが。

照らし合わせるべきは、事実、だろうに。
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どうでもいいことですがmacskaさんへ
 Josef  - 06/10/3(火) 22:00 -

引用なし
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   以下の投稿、名宛人が違っていますよ。

>Josef さん:
>> 細かい点では違うところはあるかもしれませんが、おおすじ合っているでしょうw
>
>そんな大ざっぱな中傷はしないでください。
>反論のしようがないし。
>
>> とくに、自分の都合の悪いものにはいちゃもんを付け続けるパラノイア的な性向とか。
>
>都合が悪いものでも、納得すれば相手に同意していますね。
>
>つまり、わたしが批判しつづけるのは、味方であろうと論敵であろうと、また都合がよかろうと悪かろうと、自分の良心に照らして納得できないものなのです。それをパラノイアと呼ぶならそれで結構。
>
>> 私を含めいろんな人の投稿を削除するまるで思想警察のような姿勢とか。
>
>あなたの投稿を削除した理由は既に述べたのですが納得いきませんでしたか?
>合理的な理由であるようにわたしには覚えたけれどなぁ。
>
>それともあなたは、どんな理由があっても、自分のブログに付けられたコメントを削除してはいけないという意見の持ち主でしょうか?
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Re(4):おっそろしい
 Josef  - 06/10/3(火) 21:56 -

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   macskaさん

>> それは、「女の子だから雛祭り、男の子だから黒いランドセルと
>> 決めつけていませんか、というのがその図の趣旨」という点につ
>> いてはおそらく皆が一致しているということです。
>
>そうでしたか、だったらそれで了解です。「ひな祭り=×」という記述は、それ以外の解釈を読者に強いるものではないかと思ったのですが、それは誤解であり図のそのままの意味を伝えようとして図にはなかったイコールのシンボルを書き入れてしまったということなんですね。それなら、わたしの批判は取り下げます。

ではそれに次のことも付け加えておきます。
上記の一致点から、「女の子だから雛祭り」という「決めつけ」が「×」であるならば、雛祭りを性別と関係づけないで行うか、雛祭りそのものをやめちゃうか、どちらにしてもジェンダーと密接に結びついた従来型の雛祭りは「×」であることになるでしょう。これが「雛祭り否定」の意味です。

それから、出所不明の図から「基本のき」に戻りますが、これもまた解釈は上記と同じです。親をはじめ大人たちは「女の子だから・・・」「男の子だから・・・」というふうに特定ジェンダーと特定の行為とを当然のごとく結びつけて子供を育て、子供に接しがちである。当然と思ってやってしまうので当人(親など)には「押しつけ」という意識すらない。しかしそれらは子供たちを「らしさ」の型にはめこみ、本来持っている多様な可能性を制約することに繋がる。だから「らしさ」ではなく一人一人の個性を伸ばすように子育てをしよう、というのがパンフの推奨する子育てです。
この文脈の中で、無意識に「らしさ」の型を押しつけてしまう例が列挙されています。リストアップされたものはすべて特定ジェンダーと特定の行為とを当然のごとくに結びつけてしまう事例(無意識的な押しつけの事例)です。こうした事例の集積が子供たちを「らしさ」の型にはめ込むことになるというのがパンフの言っていることであり、当然ネガティブなものとして記載されています。いわば全体に「×」が付いているわけです。

macskaさんはリストアップされた個々の項目にはポジティブもネガティブもないと言う。仮にそうなら、「女の子だから副委員長(委員長は男の子)」というふうな「決めつけ」もネガティプに記載されているわけではなく、結局、リストアップされた事例及びこれに類する様々な事例の一つ一つについて、決めつけようが押しつけようが、決めつけまいが押しつけまいが、皆さんどうぞご勝手に、とパンフは言っていることになる。いや、「ふり返ってみましょう」とあるから、どうしようと勝手だがとにかくふり返れ、とムチャクチャなことを言っていることになりますか。

そんな出鱈目な読み方をしなければ「雛祭り否定の証拠」を否定できないほど「雛祭り否定の証拠」は確かなものだと言えるでしょう。
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Re(1):美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 芥屋  - 06/10/3(火) 21:02 -

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   (続きです)

>しかし、ここでわたしが問題としていることを「個人の志向が貫徹できない不利」とまとめているのは不当です。

いいえ、あなたが問題に挙げた内、就業差別については同感であって、それ以外のところをそのようにまとめているんですよ。

>というより、そのように描写したうえで「個人の志向が貫徹できない不利」は差別ではないとするならば、例えばキリスト教徒だけを優遇してその他の宗教を迫害したとしても「差別」ではないということになります。だって、「個人の信仰を貫徹できない不利」ですからね。

こりゃまた雑な史論を…キリスト教徒による異教徒への弾圧や征服や虐殺など、あまりにも凄惨なものは比較にならないとおわかりでしょうから省きます。そこで、英国の例を。かつて英国ではカトリックは公職に就けないなどの差別があった。アイルランドが領有されていた頃は、これは事実上、アイリッシュへの就業差別と同義でした。これが差別ではない、という人はいないでしょう。

しかし、では就業も平等になりました、アイリッシュ系カトリックの英国民も公職に就けるようになりました、そうは言っても、国王の式典その他、アングリカンチャーチの儀式次第で行われる行事の際に、「いや、私はカトリックなので云々」と自己主張して場を乱せば?そりゃ叱られるに決まっております。

日本でも、もし私が知人の結婚式で「え?教会で?賛美歌なんか歌えませんよ」とか「禅宗のお葬式?うちは浄土宗だから宗派が違って唱えるものも違うんだけど、困ったな」とか言ったら顰蹙ものです。賛美歌を唱和したからといって、お念仏ではないお経を唱えたからといって、私が改宗したわけでも改宗を強要されているわけではないのに、ね。

アメリカの大統領就任式で聖書に手を置いて宣誓しても、アメリカ国民が全てキリスト教を信仰するよう強制されているのではない。そういったことと同じでしょう。ある男が職場でスカートを履かないよう求められても、だからと言ってその人に「その趣味はやめろ」とか「もしゲイなら女を愛せるように心を入れ替えるべきだ」とか強要されているわけじゃないんだ。ともかく、ここはそういう自己主張をする場じゃないんだから、場に合わせなさい、そういう指導はあっても当然です。それと同時に、そういう服装ひとつとっても表現の自由のはずだから、もっと広くあってしかるべきではないかという訴えは両立するでしょう。

>また、同性愛差別を正当化する論者たちも、性的指向を単なる「個人の志向」であると決めつけたうえで、それを貫徹できない不利は異性愛を正常とする社会常識に鑑みて「差別」と呼べないと主張しました。

だからあんまり、雑な話をしてもしかたがないですよ。その正当化論者とやらは、よって就業差別があっても当然だと言ってるの?そう言ってるんだったら、私はもちろんそのような正当化は認めないし、そのような形で「個人の志向」を持ち出してくるんだったら、いくらでも反論するでしょう。

>あなたの言うように「ジェンダーの規範による『差別』」は差別ではないとするためには、差別の定義に無数の例外規定を設けなければいけなくなるのです。

逆でしょう。世の中が成り立っていくうえで、ものの見方や考え方が異なる人が集まっていてなんぼなんだという約束事を守る上で、「あなたの内心には立ち入らないが、この場は、この場に合わせなさい」という態度を守ることも必要です。それを拒否するなら、同じものの見方や考え方のひとたちだけが集まって、勝手にやってろということになる。そっちのほうが問題でしょう。マイノリティは見る間に疎外されますよ。

>もちろん、例えば「スカートを履く男性」とあなたが個人的に友達付き合いをしない、というのはあなたの自由です。しかし、もしあなたが採用担当者だったとしても、それを理由に「スカートを履く男性」を雇用しないというのは「差別」にあたります。「社会常識に照らして妥当である」と言うかもしれませんが、仮にそうであってもそれを「差別」と呼ばない理由にはなりません。

ほら、勝手に決め付けて。私の男女観で言えば、スカートを履く男だろうがゲイだろうが、そんなこと自体は交友の基準でも何でもありませんよ。まして私が採用担当者だったとして、プライベートの服装の趣味を採用基準にするわけもありません。また、同僚や後輩の誰某が女装趣味があると知られて、そのことで中傷されているようなら発言者に注意もしますよ。でも、私にできることと言ったらその程度のことでしかないわけです。

で、一体、何で私は議論中にこんなことを申告せにゃいかんのだ?相手の内心を問題にしているわけじゃない…と言いつつ勝手に私の内心の男女観を決め付けられて、すごく心外だから「違う」と言わなくちゃいけないはめになったが、何の尋問なんだこれは。ほんと、フェミナチだな、あんたは。こんな嘘つきに権利だの差別だの言われたくないや。

>しかし、あなた個人の男女観を理由に他者の権利を侵害するなというだけ。

私の見解が、いつ、どこで、誰の何の権利を侵害しているんですか。きちんと引用して「ここが権利侵害」と指摘するように。私が具体的に「そんな権利ありません」としたところは、あなたも「わたしはそんな権利を主張していません」としているんですよ?あなたがたジェンダー教徒は、そうやって合意箇所も反故にして「あなた個人の男女観を理由に他者の権利を侵害するな」と言い出すんだ。いい加減にしろと言いたいですね。
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美意識の問題化(「らしさ」が問題ではなく)
 芥屋  - 06/10/3(火) 20:59 -

引用なし
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   >macskaさん:

話が食い違っているところがわかりました。

>男女で違う制服がある場合はちょっと話が複雑になるので、はじめから「制服や服装規定がない会社において」という前提で話していました。

そうなんですか。そりゃ食い違うわけです。性別の服飾を指定されるという文脈でしたから、私は男女別の制服がある職場を想定しました。でも私は、「制服や服装規定がない会社において」という前提のほうが複雑だと思います。着衣は自由、と言っても、全くどんな格好でもいいわけないので、やはり最終的には雇用者(職場の責任者)の裁量であることには変わりません。しかしそれ以前の問題として、何せ偏見でもって奇抜な格好をするかのような先入観を持つ雇用者(職場の責任者)もいるでしょう。多くの当事者はおそらく異性装をするにしても職場の雰囲気などを損なわないように(業種などにも合った)服装をするでしょうし、職場の指導にも従うものと思いますが、そこんとこで偏見の先立っていることがあると厄介だな、と思います。また、職場には理解があっても、顧客その他にわたって対外的な事務の多い職種だと、さらに厄介ですね。

そういった意味で、macskaさんの言われていることは、その職場で差別を訴えるのではないが、広く着衣の自由の概念として押さえておきたい、ということですね。しかし服装については、固定観念の強さがその障害になっている、と。そういう理解が進むことは私も賛成です。ですから、そういうことに教育や啓発など、行政でもって正確な情報提供として、理解の普及の一助として働きかけるのはいいことだと思います。

ただし、あとは例の定義との兼ね合いですが、やはりあの定義には合わないと思います。なぜなら、これは制度上の差別がどうこうではないからです。したがって、これは差別問題としてではなく、表現の自由の問題として扱うべきではないか、と思います。それを以下に述べます。

>では「不利だけれど、差別ではない」とはどういう場合か。それは、いわゆる「阪神ファン差別」のように制度化されていない単なる個人の趣味志向のレベルで低い評価を受けることです。ある人が「あいつ阪神ファンだってよ」と低い評価を受けたとしても、そんな評価は社会的に共有されておらず、逆に阪神ファンであることで好意的な評価を受けることもあります。そういう場合なら、阪神ファンであることを理由に不当な扱いをしても、それは単なる確率論的な理不尽な扱いであって差別ではない。

だからそれ、セクマイの話にいたって初めて言えることでしょう。それを漫然と「男らしさ女らしさ」の問題として挙げて来るからおかしいんですよ。ゲイだってレズビアンだってトランスだって「男らしい女らしい」にこだわりがあったり、意中の同性や異性からそう言われたら嬉しかったりする人もいるわけじゃん。でも、そういう「男or女らしいかどうか」みたいな評価基準は職場にはほとんどなくて、セクマイへの差別があるなら「らしくない」ではない蔑視ですよ。考えてみたらわかるでしょう、どんなに男らしいゲイor FtMでも、どんなに女らしいレズビアンor MtFでも、やっぱりその人たちが疎外されちゃうことがあるんだから、そしたら問題はどこ?「らしくないなぁ!」じゃなくて「うわ、気色悪い!」「怖っ!!」じゃないのん?その種の偏見でしょ?問題の立て方がおかしいってば。

>> 不満も何もないですよ。ジェンダー教の信者さんが思っているような「男らしさ女らしさの規範」なんて、実存じゃないでしょ?

>現実問題として社会的に広く共有されていると何度も指摘しています。

そのほとんどが、実体にそぐわない思い込みだったじゃないですか。今んとこ「うん、その共有意識ならある」としたのは、服飾についてのみです。

>「男がスカートはくなんておかしい」という認識と、「男がスカートをはかないなんておかしい」という認識が、本当にほぼ互角だと思いますか?

いいえ?でもそれは当たり前でしょう。女向けだけに作られて売り買いされてきたのが現代の洋服のスカートというものなんですから。女は(少なくとも私服では)スカートを履くも履かないも好きに選べるけど、男向けの衣装は(私服についても)女と違ってそういうバリエーションに乏しい。でも、それは「差別」ではないでしょう。

>差別であるかという判断において、「それを差別と呼ぶことは社会常識に反するから差別とは呼べない」という主張は成り立たないと指摘するために、わざと極端な例をあげたのです。

差別と呼べるかどうかの基準を、何でもそのときの社会常識に照らすのが第一だという主張があったなら、そういう極端な事例で注意を促すのも理解できないではありません。しかし、話の流れが違うでしょう。

「男らしくない女らしくない」などという評価基準は、実際には職場で大きなウェイトなど無いのであって雇用差別に結びついたという事例もない、したがってそのような差別ではない、というのが第一。そして服飾や化粧について言えば、場に合わせることを求められることがあっても当たり前であって、ことに職場はそうした場であることも多いから、「自己主張としての権利を振りかざすようなものではない、それは社会常識だ」と言ったんです。すると、「そんな権利なんか主張していない」とのことなので同意なのかと思いきや、そこで社会常識を持ち出すなら奴隷制はどうなるという反論が出てきた。だから、話の順序からしても比較対象としても、非常に不適切だと言ってるんですよ。

>なるほど、だったら、「ジェンダーの規範による差別」というわたしの考え方に同意していることになります。

プライベートな服飾の趣味が雇用差別につながるなら、のところでしょ?私もそう言ってるんですが、なぜかしら「じゃぁ奴隷はどうなんだ」とか「あなた個人の男女観を理由に他者の権利を侵害するな」とか、何やのん?

>はい、だから「異なる扱いをすること」一般ではなくて、雇用や昇進における差別など特定の分野に限って議論しています。

私もそうですが?何に反論してるの?

(続く)
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Re(13):美意識の問題化(ホンネとタテマエ)
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 7:54 -

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   芥屋さん:
> 不満も何もないですよ。ジェンダー教の信者さんが思っているような
> 「男らしさ女らしさの規範」なんて、実存じゃないでしょ?

現実問題として社会的に広く共有されていると何度も指摘しています。
「男がスカートはくなんておかしい」という認識と、「男がスカートをはかないなんておかしい」という認識が、本当にほぼ互角だと思いますか?

> なってしまいません。スカートを履きたい男や化粧をしない女が、
> どこで奴隷化されていますか?

差別であるかという判断において、「それを差別と呼ぶことは社会常識に反するから差別とは呼べない」という主張は成り立たないと指摘するために、わざと極端な例をあげたのです。どこの誰が「スカートを履きたい男が奴隷化されている」と言いましたか。

> ジェンダー教徒の反差別論のもっとも良くないのは、およそ比べよう
> もない不幸・不正義と、個人の志向が貫徹できない不利とを同列に語
> ることです。

奴隷制がおよそ比べようも無い不正義であることは確かです。が、それを同列に語った覚えはない。というより、あることを「差別だ」と認定したとしても、その後どういう対策を取るかは個々の事例によって違うと言っているわけですから、「すべての差別的現象を同列には扱えない」とわたしは主張しているのです。

しかし、ここでわたしが問題としていることを「個人の志向が貫徹できない不利」とまとめているのは不当です。というより、そのように描写したうえで「個人の志向が貫徹できない不利」は差別ではないとするならば、例えばキリスト教徒だけを優遇してその他の宗教を迫害したとしても「差別」ではないということになります。だって、「個人の信仰を貫徹できない不利」ですからね。また、同性愛差別を正当化する論者たちも、性的指向を単なる「個人の志向」であると決めつけたうえで、それを貫徹できない不利は異性愛を正常とする社会常識に鑑みて「差別」と呼べないと主張しました。あなたの言うように「ジェンダーの規範による『差別』」は差別ではないとするためには、差別の定義に無数の例外規定を設けなければいけなくなるのです。

> いいじゃん、身だしなみについてアレコレ言う人がいても。

もちろんいいですよ。しかし職場やその他の公的な場面において不利な扱いをされるのはおかしい。

わたしは「規範に沿わないからといってアレコレ言われない権利」なんて主張していません。あくまで、職場による不当な扱いなどを通して「強要されない権利」だけです。

> 人は誰に対してでも異なる扱いをしてはいかんということになれば、およ
> そ非人間的なことを求めることになる。

はい、その通り。だから、人は基本的にさまざまな個人的な趣味に応じて違った扱いをしても良いというのが原則で、職場など限られた場面において、限られた属性については違った扱いをしてはいけないという「反差別」規定の方が例外規定です。わたしはそこに、「ジェンダーの規範による差別」が含まれると言っているのです。

もちろん、例えば「スカートを履く男性」とあなたが個人的に友達付き合いをしない、というのはあなたの自由です。しかし、もしあなたが採用担当者だったとしても、それを理由に「スカートを履く男性」を雇用しないというのは「差別」にあたります。「社会常識に照らして妥当である」と言うかもしれませんが、仮にそうであってもそれを「差別」と呼ばない理由にはなりません。

> あなたの定義による「差別」は、政治権力による強制力を伴う制度改革論
> の対象としうるものを限定させることに意義があります。

はい、だから「異なる扱いをすること」一般ではなくて、雇用や昇進における差別など特定の分野に限って議論しています。

> そこに「ジェンダーの規範に合致しているかどうかでさまざまな異なる扱いを
> 受けること」を持ち込むなら、あなたがたと同じ男女観(ありもしない制度化
> された男女観)を持つ人々しか自由と権利を享受できません。

そんなことはないでしょう。どのような男女観を持つのも個人の自由ですし、それに同調するよう他者に呼びかけるのも、私生活においてそれを実践したり、実践しない人との付き合いをしないのも自由です。しかし、あなた個人の男女観を理由に他者の権利を侵害するなというだけ。

> うん。バレたら不利だと思います(いろんな陰口とか噂とかされて面白がられ
> たり)。で、もしそれを理由に解雇などされたら、これは権利の侵害ですね。
> でも、それを訴訟にすること自体、その人にとっては非常に躊躇されることか
> もしれない。そういうことのないよう訴えかけるのは、私は正しいと思いますよ。

なるほど、だったら、「ジェンダーの規範による差別」というわたしの考え方に同意していることになります。

> でもこれはtpknさんが既に言ってるとおり、雇用差別に発展したら、でしょう?
> そこんとこ、ひとくちに「不利」と言っても、覚悟しとかなくちゃいけない「不
> 利」と、生存に関わる不当な権利侵害とは一緒にするべきではないでしょう。誰
> にだって、いろんな「不利」はあるんだから、不利=差別ではないです。

不利=差別ではない、その点には同意です。しかし、生存に関わらなければ差別ではないということにもならない。生存に関わるものの方がより深刻であり、緊急の対処を必要とするのは確かですが、生存に関わるかどうかは定義の一部ではありません。

では「不利だけれど、差別ではない」とはどういう場合か。それは、いわゆる「阪神ファン差別」のように制度化されていない単なる個人の趣味志向のレベルで低い評価を受けることです。ある人が「あいつ阪神ファンだってよ」と低い評価を受けたとしても、そんな評価は社会的に共有されておらず、逆に阪神ファンであることで好意的な評価を受けることもあります。そういう場合なら、阪神ファンであることを理由に不当な扱いをしても、それは単なる確率論的な理不尽な扱いであって差別ではない。

しかし、「男性なのに休日にスカートを履いて出歩いていた」という噂が広がった場合、好意的な評価はほとんどなく否定的な評価が圧倒的でしょう。そういうときに、そうした評価に基づいて不当な扱いをすることを、わたしの定義によれば「差別」と言うのです。

もちろん差別といっても深刻度にはいろいろあります。陰口を言う、噂をして面白がられるということは、気分を害するけれどもそれ以上の被害があるわけではない。しかし例えば「スカートをはいていたのを目撃された」というだけで重要な任務を外されたり、昇進の機会を絶たれたりすると、実害が生じ出すわけですね。さらに解雇されたりしたら生活に支障が出ますし、あるいはヘイトクライムの標的になって暴力をふるわれるということもある。そういうさまざまな段階の問題については、個別に必要な対策を取れば良いはずです。「差別」だからと、何でも同じ対策ということにはなりませんね。

> 自衛隊でゲイであることが発覚してそれを理由に解雇された人の事件があって、
> 某板で話題になってましたが、もちろん不当な解雇です。でもね、私が言って
> るのは、もし仮にこの人がゲイはゲイでもネコで女装趣味があったとして、
> それを理由に男子隊員の制服ではなく女子隊員の制服を所望して拒否されたと
> しても不当ではない、ということです。

男女で違う制服がある場合はちょっと話が複雑になるので、はじめから「制服や服装規定がない会社において」という前提で話していました。ちょっと議論をはしょって結論だけ言ってしまうと、男女別の制服や服装規定があった場合については、その規定そのものの是非が論じられるべきであり、「規定を認めたうえで、別の性の服装をする権利」を要求するのは中途半端であり、少なくとも論理的には成り立ちません。(ただし、性同一性障害を理由として、「自分が自認する性別の服装をする権利」であれば、論理破綻を招かずに要求できます。)
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Re(12):美意識の問題化(ホンネとタテマエ)
 芥屋  - 06/10/3(火) 6:12 -

引用なし
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   >macskaさん:
>「職場の常識」がそうであるというのはその通りです。しかし、わたしの定義する「差別」にそれは間違いなく含まれるんですよ。それが不満であれば、わたしの定義を捨てて別の定義を提案すべきです。

不満も何もないですよ。ジェンダー教の信者さんが思っているような「男らしさ女らしさの規範」なんて、実存じゃないでしょ?あなたが挙げたものについて、私が逐一「でも実際はこうでしょ?」と指摘したことに、答えられていないじゃん。

>定義に合致しているのに「職場の常識」を振りかざして強引に「差別ではない」と決めつけてしまうという非論理的なふるまいを認めてしまうと、

あなたが挙げたものは定義に合致しない旨、実情がどうかということを説明しましたが。

>例えば奴隷制があったころの米国南部では黒人は個人として生きることができないから奴隷でいるのがかれら自身にとってもちょうどいいという「常識」によって「奴隷制は差別ではない」ということになってしまいます。

なってしまいません。スカートを履きたい男や化粧をしない女が、どこで奴隷化されていますか?ジェンダー教徒の反差別論のもっとも良くないのは、およそ比べようもない不幸・不正義と、個人の志向が貫徹できない不利とを同列に語ることです。

>正面から「差別だ!」と指摘することが、差別を取り除くための戦略として有効だとは限らないという点は、あなたの言う通り。しかしわたしは、現場において「差別だ!」と指摘すべきかどうかという議論をしていない。

そこはわかりました。

>わたしは「職場でお洒落したり、お洒落で自己主張する権利」を主張しているわけではないですよ。

そうなんですか。それもわかりました。

>そうではなく、特定のジェンダーの規範に沿ったお洒落を強要されない権利を主張しているわけです。

いいじゃん、身だしなみについてアレコレ言う人がいても。お洒落なんて、口さがない人もいて何ぼのもんでしょ。何言ってるんですか。そんな権利、認められるわけないでしょう。

>それは、これまでの女性運動の訴えとなんら矛盾しませんよ。

いやぁ、それはちょっと女性運動の側の視点で見すぎだと思うけどな。

>ジェンダーの規範に合致しているかどうかでさまざまな異なる扱いを受けることを、わたしの定義するところの「差別」の一緒として考えることができると言っているだけです。

macskaさん、それは全然ダメだ。人は誰に対してでも異なる扱いをしてはいかんということになれば、およそ非人間的なことを求めることになる。確かに、ある規範によって異なる扱いをするということは、これは広義の差別にほからないけど、そのように異なる扱いをしようがしまいが自由だ(それによって制度上の差別を受けない)ということが、政治における限度でしょう。

あなたの定義による「差別」は、政治権力による強制力を伴う制度改革論の対象としうるものを限定させることに意義があります。そこに「ジェンダーの規範に合致しているかどうかでさまざまな異なる扱いを受けること」を持ち込むなら、あなたがたと同じ男女観(ありもしない制度化された男女観)を持つ人々しか自由と権利を享受できません。これは、認められるものではない。

>てゆーか、そもそも職場にスカートをはいて出て来なくたって、休日はいつもスカートで外出していると社内で知られるだけでも会社で不利益を受けるんじゃないですか?

うん。バレたら不利だと思います(いろんな陰口とか噂とかされて面白がられたり)。で、もしそれを理由に解雇などされたら、これは権利の侵害ですね。でも、それを訴訟にすること自体、その人にとっては非常に躊躇されることかもしれない。そういうことのないよう訴えかけるのは、私は正しいと思いますよ。

でもこれはtpknさんが既に言ってるとおり、雇用差別に発展したら、でしょう?そこんとこ、ひとくちに「不利」と言っても、覚悟しとかなくちゃいけない「不利」と、生存に関わる不当な権利侵害とは一緒にするべきではないでしょう。誰にだって、いろんな「不利」はあるんだから、不利=差別ではないです。

自衛隊でゲイであることが発覚してそれを理由に解雇された人の事件があって、某板で話題になってましたが、もちろん不当な解雇です。でもね、私が言ってるのは、もし仮にこの人がゲイはゲイでもネコで女装趣味があったとして、それを理由に男子隊員の制服ではなく女子隊員の制服を所望して拒否されたとしても不当ではない、ということです。わかりますか?男子には男子の制服を、というのは自衛隊の規律なんだから。勤務時間外も隊員の制服を四六時中着衣すべし、でもないんだから。もしそれがどうしても嫌で女子隊員の制服でなきゃ嫌だというなら、隊を辞めたまえ(どこぞの自衛隊グッズショップで女子制服でも買いたまえ)、で正しいです。でも、この人がそんな無茶なことを要求していたとは聞かないし、ただ性志向が同性愛であったというだけで解雇されるのは不当でしょう。私の言ってるのは、そういうことです。

>> こういった方面になると、おそらく日本では伝統主義者(?)のほうが、理解も共感も早いと思う。何たって、男装して勇み立ち雄叫びをあげる天照大神に、女装して舞い敵将と寝所をともにするヤマトタケルの国ですもん。

>そうあって欲しいのですけれど、伝統主義者というのは伝統から自分が気に入った部分を恣意的に選んで来る人のことですから、そういった部分を選んでくれるかどうかは分からないのです。

まぁ、それは何の主義者でもありがちですね。ただ、とりあえず伝統じゃ伝統じゃという人で、もし「トランスなど日本の伝統にもとる。ジェンフリの害毒だ」という御仁がいたなら、「あんた古事記でも日本書紀でも読みなはれ。こりゃジェンフリの害毒ですか?」と聞いてみたらいいです(笑)
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Re(3):文字通りのバックラッシュ!
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 5:45 -

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   tpknさん:
> 「基本のき」が「ヒステリックなサヨク・ジェンフリ派」だと認めるなら、
> 同じレベルだと認めるにやぶさかではありませんよ。

サヨクやジェンフリ派にヒステリックな連中はいますが、「基本のき」は違うでしょう。行政にありがちな偉そうな物言いが癪ではありますが、ヒステリーとは違った問題です。

> そういう観点を抜きに、批判勢力だけを「ヒステリック」と言おうとして
> も、そううまく行くわけないじゃないですかw

だから、サヨクやジェンフリがヒステリックである場合が多いことは最初から認めていますって。

> 「基本のき」が有用とか言い出すにいたって

「基本のき」には有用な情報や呼びかけが一切ないとでも? その方がおかしな読み方では。
一部には有用な内容もあるけれど、おかしな内容が多い、というなら分からないでもないですが。

> 「ヒステリックにジェンダーフリーを叫んだ」というのは、行政を通じて
> こういう下らないパンフをつくって雛祭りさえ否定しようとした、ことを
> 指します。

パンフがくだらない点については反対しないけど、ひな祭りを否定していないじゃん。

> 「反動」なんだから、おおもとの動きがよほどひどかったと考えるのが妥
> 当でしょう。

いや、おおもとの動きが酷い場合でも、酷くない場合でも、反動が起きることはあります。奴隷解放後に黒人をリンチして回ったKKKは反動と言えますが、奴隷解放が酷かったわけではありませんね。
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Re(7):文字通りのバックラッシュ!
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 5:38 -

引用なし
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   > したがって、あなたの《意見とパンフ著者の意見をこのように繋げて
> 「ほれ見てご覧なさい」と書くということ》が、この場合もっとも自
> 然な論理展開です。

わたしとパンフ著者では立場が違うので、このように勝手に繋げないでください。
そもそも、パンフ著者はわたしの存在すら知らないわけですし。
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Re(9):パラノイア
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 5:36 -

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   tpknさん:
> 合計二つあったのなら、あなたは「ただの一つも実例はない」なんて
> 言葉を撤回しなければいけないわけです。

そうですね、それが実例であったとしたら、わたしの発言は撤回せねばらないでしょう。もちろん、わたしはそれらが言われているような実例であると納得はしていません。それは別にわたしが自分の発言を撤回したくないから認めていないのではなく、純粋に学問的良心に照らして事実に反するとわたしは思っているのです。(自己愛的な無意識感情が、わたしの理性的な判断に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定しません。というか、無意識なんだからわたし自身に否定できるわけがない。)

しかし、仮にそれらが実例だったとします。それで何が変わるかと言えば、「ただの一つも実例はない」と書いた部分を訂正して「たった2つのショボい例があるだけだ」になるだけです。それにより、ジェンダーフリーが日本中に蔓延して全国各地で悲鳴があがっているとか、このままでは日本は崩壊するとかいう妄言が正当化されるわけではない。そうでしょう? どれだけの人が実際に読んだか分からない文科省委託のパンフが1つあり、酷いデザインの誰も見なさそうな民間団体のサイトが1つあったというだけなんですから。
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Re(5):美意識の問題化(美観と蔑視
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 5:28 -

引用なし
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   tpknさん:
> 結局のところ、「自省」の内容については、あなたには想像もつかないって
> 話じゃないの。

そうですねぇ。自分が実際にやったことで自省することはいろいろあるのですが、やってもいないことを「もしやっていたら」どのように自省するかなんて想像するのは難しいです。

> あなたは2回ほど無視したけど、いろんな自治体がやってたジェンダー
> チェックと、それが404になって証拠が消えてる例を示しているでしょ。

証拠が消えたと言われても、見えないものは見えないのでコメントのしようがないです。無視しようというつもりではなかったし、そこにジェンダーチェックがあったということを疑うつもりもないのですが。

> ところがそのおかしさについて全体的に論じようとすると、あなたは
> 「今は雛祭りの否定があったかどうかという話だ」といい、ならばと
> 雛祭りを焦点に論じようとすると「雛祭りだけをとりあげてどうこう
> 言うな」と言う(カギカッコ内は発言の引用じゃないですよ、大意ね)。

今は、ひな祭りの否定があったかどうかという話ですよ。でも、ひな祭りについてのある記述を解釈するのに、その部分だけ取り出しても仕方がないのです。全体のなかで、ひな祭りについての言及がどういう意味を持っているのか検証しましょうとわたしは言っているのです。何ら矛盾はありません。

> したがって、「極端にそればかりにこだわっておられる」というのは
> macska風に言えば《単純な誤読ではないかと思うので、すみやかに撤
> 回してください》。

撤回します。が、今後は「ひな祭りの項目以外何も考慮しない」か「全体を論じる」の両極端ではなく、「全体の中においてひな祭りの項目がどういう意味を持っているか」を議論してください。

> 私たちが押しつけている「自分達の思想」とは何思想ですか?

ジェンフリは全体主義だ思想。
普通ならありえないような極端な資料解釈を通して、無理矢理その結論に結びつけているように見えます。

> だって、「自省してみましょう」という呼びかけだ、としながら、たと
> えばどういう自省をしたら子育てに有効なのか、あなたはまったく説明
> することができないわけです。

だって、わたしはパンフの著者でもないし、そういう呼びかけに賛成しているわけでもないもの。

パンフを読めば、パンフはそういう呼びかけをしていると分かる。でも具体的にどう自省すれば良いのかなんてわたしに聞かれても困る。だって具体的にそれは書かれていないもの。

> 雛祭りの何を問題にしているのか全然「わからん」。

ひな祭り自体を一切問題にしていないと思います。

> ということは、雛祭りや鯉のぼりには、ジェンダーと子育てというトピック
> でやりだまに挙げて自省しなければならない要素など実は何もないというこ
> とです。

ひな祭りや鯉のぼりには、やりだまに挙げられなければならない要素はないでしょう。

> 何もないのに、さも何か問題があるように

ひな祭りに問題があるとは書かれていません。
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Re(2):「再生産」について(社会学習説と社会構築...
 芥屋  - 06/10/3(火) 5:17 -

引用なし
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   >macskaさん:
>> でもまぁ、ハッキリ言って、社会学習説と社会構築説とを混同したジェンフリ教育論ばっかりじゃないのかな、日本の現状は。

>いや日本に限らず、米国でも混同されていますね。

本来レイヤーが違うんだということとは別に、現実には見分けがつかないものが多かったということは理由に考えられませんかね。社会学習説に対する距離の取り方とも関係してくるとは思うんですが、仮に両極端な二つの見解で言うと、

1.タブラ・ラサ説を信じている。
2.脳の性差は決定的だと思う。

社会構築説そのものは、どちらが正しいかというレイヤーではない。というか、どちらの見解が真であるにせよ、そのことをもとにどのような男女観が社会的に構築されていくかを見ている立場ですね。

本来的にはそうなんだけど、1の論者が社会構築説を併用することが多かったのでは。これも極端に書くと、

『人の脳は生まれながらに何も書いていない石版である。男女の違いというものも、性器・生殖器の違いしかなく、ものの見方や考え方や感じ方に生まれながらの違いはない。すべて生後の学習なんだ。その学習することは、社会的に作り上げられたものを刷り込まれ、覚えていくに過ぎないんだ。』

これだと、頭の良し悪しというより、素人にも玄人にも、社会学習説と社会構築説の見分けがつかない。マネーの説も、これに近いのでは? 2の論者でも社会構築説でこう言えますよ、というものを見せられて、「あ、この二つは違う次元の説なのか」と理解できる。

で、現状では『』内で書いたことをめぐって

A:そのとおりである。その社会的に作り上げられたものはほとんど女性差別につながる偏見なのである。だからして男女の違いについて、従来の男女観を教えてはいけない。
B:いや、そうではない。学び教わるものであるからこそ、偏見であれば正すのは当然だが、多くは人として大事なことなので、覚えて身に着けさせるべきものなのだ。
C:というか、先天的に違うんだってば。学ばせなくても違うんだけど、学ばせないと先天的なものと食い違ってきたりして、やばいってば。

という論争ですかね。アメリカの教育学でも、タブラ・ラサ説の信奉者が多かったのでは…?(それがかえって、子育てにおいて何を学ばせるかでその子の人格が決定的に異なってくるという強迫観念を親に与えてしまったという側面がある、という話を聞きましたが。)

思うに社会構築説は、まず史学の素養があって、そこに社会学的なアプローチを併用しながら見るものであることの意味がわかってないと、いきなりは使えないんじゃないかな…。

>> だから学校の先生は、社会構築説を知らずに社会学習説によって「ジェンダーに敏感であろう」と解釈してしまうのではないか。

>それは、ありそうな話です。

今の教育論争は、これが大きな問題かな。
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Re(11):美意識の問題化(ホンネとタテマエ)
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 5:16 -

引用なし
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   芥屋さん:
> すると、「職場はお洒落を競い、お洒落で自己主張するところじゃない
> だろ」という規範意識は強化されているわけですよ。

えーと、なんだか誤解があると思うんですが、わたしは「職場でお洒落したり、お洒落で自己主張する権利」を主張しているわけではないですよ。そうではなく、特定のジェンダーの規範に沿ったお洒落を強要されない権利を主張しているわけです。それは、これまでの女性運動の訴えとなんら矛盾しませんよ。
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Re(10):美意識の問題化(社会常識)
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 5:11 -

引用なし
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   芥屋さん:
> 言って当然だ、認められて当然だ、認められなかったら差別だ、など
> というのでは叱られて当然です。職場は、何をするところですか。

「職場の常識」がそうであるというのはその通りです。しかし、わたしの定義する「差別」にそれは間違いなく含まれるんですよ。それが不満であれば、わたしの定義を捨てて別の定義を提案すべきです。

定義に合致しているのに「職場の常識」を振りかざして強引に「差別ではない」と決めつけてしまうという非論理的なふるまいを認めてしまうと、例えば奴隷制があったころの米国南部では黒人は個人として生きることができないから奴隷でいるのがかれら自身にとってもちょうどいいという「常識」によって「奴隷制は差別ではない」ということになってしまいます。

正面から「差別だ!」と指摘することが、差別を取り除くための戦略として有効だとは限らないという点は、あなたの言う通り。しかしわたしは、現場において「差別だ!」と指摘すべきかどうかという議論をしていない。ジェンダーの規範に合致しているかどうかでさまざまな異なる扱いを受けることを、わたしの定義するところの「差別」の一緒として考えることができると言っているだけです。

てゆーか、そもそも職場にスカートをはいて出て来なくたって、休日はいつもスカートで外出していると社内で知られるだけでも会社で不利益を受けるんじゃないですか?

> こういった方面になると、おそらく日本では伝統主義者(?)のほうが、
> 理解も共感も早いと思う。何たって、男装して勇み立ち雄叫びをあげる
> 天照大神に、女装して舞い敵将と寝所をともにするヤマトタケルの国で
> すもん。

そうあって欲しいのですけれど、伝統主義者というのは伝統から自分が気に入った部分を恣意的に選んで来る人のことですから、そういった部分を選んでくれるかどうかは分からないのです。
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Re(3):おっそろしい
 macska E-MAILWEB  - 06/10/3(火) 4:55 -

引用なし
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   Josef さん:
> 細かい点では違うところはあるかもしれませんが、おおすじ合っているでしょうw

そんな大ざっぱな中傷はしないでください。
反論のしようがないし。

> とくに、自分の都合の悪いものにはいちゃもんを付け続けるパラノイア的な性向とか。

都合が悪いものでも、納得すれば相手に同意していますね。

つまり、わたしが批判しつづけるのは、味方であろうと論敵であろうと、また都合がよかろうと悪かろうと、自分の良心に照らして納得できないものなのです。それをパラノイアと呼ぶならそれで結構。

> 私を含めいろんな人の投稿を削除するまるで思想警察のような姿勢とか。

あなたの投稿を削除した理由は既に述べたのですが納得いきませんでしたか?
合理的な理由であるようにわたしには覚えたけれどなぁ。

それともあなたは、どんな理由があっても、自分のブログに付けられたコメントを削除してはいけないという意見の持ち主でしょうか?
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