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Re:『尻に敷かれた雛祭り』
 芥屋  - 06/9/26(火) 22:04 -

引用なし
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   >tpknさん:
>2ちゃんねらーのメインは30代〜50代。

そうなの?ゲーム板見てても、とてもそうとは思えんが・・・

>macskaさんはミクシィ世代。

私はこっちのほうがやや年長者向けかと思ってますた。
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Re:『尻に敷かれた雛祭り』
 tpkn  - 06/9/26(火) 21:30 -

引用なし
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   >このような場合、かえって年若い2ちゃんねらーのほうが大人の対応をするようですね。

2ちゃんねらーのメインは30代〜50代。

macskaさんはミクシィ世代。
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Re:美意識の問題化(名詞と形容詞)
 芥屋  - 06/9/26(火) 21:12 -

引用なし
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   >これより下の部分は、言語と思惟・行動の関わりを述べたもので、名詞中心の欧米語圏での観念論を、形容詞・動詞中心の日本文化の行動様式に当てはめることの齟齬を語ろうとしたけど、アメリカ人には無理なようなので割愛。

と書いたばってん、日本語が苦手なアメリカ人から「バカじゃないの」とアメリカニズム丸出しの放言を放置しとっては、反差別にも取り組んだ玄洋社系博多っ子右翼の末席を名乗る者としては名折ればい。

えぇっとですね。こういうことです。
1.「男らしい女らしい」:形容詞=美意識からくる評価の形容
2.「男らしさ女らしさ」:形容詞の名詞形=美意識内容の観念化
3.「男らしくする女らしくする」:形容詞の動詞化=美意識の実践
4.「男らしくしろ女らしくしろ」:美的な行動を実践するよう求める

↑「1」の段階から問題にするのと「4」の段階から問題にしてくるのとではまるで違ってくるわけです。日本語の通常の受け止め方としては「男らしさ女らしさではなく自分らしくしましょう」と言った場合、これまであった男や女についての、観念化された美意識内容を放棄するよう要望していることになるわけだし、多くのこの言説は実際にそのような内容です。

macskaさんなりに注意をはらって「男らしさ女らしさの規範を問題にする」という表現をされたのは、この美意識が規範化する局面を言いたいのであろうけれども、上記のどの段階をどのように問題にしているのか、やはり日本語としては漫然としていて大変にわかりにくい、非論理的な印象論なんですよ。

【ma】
>さて、ジェンダーの制度だって従うかどうかは自由意志なのだから「問題ない」という意見には、いくつかのレベルでこたえることができます。
>
>まず第一に、逮捕されなくても実際に雇用や住居などにおける差別が存在することが指摘できます。「従来通りのひな祭りを家庭において祝ったために雇用差別を受けた」例はおそらくないでしょうが、「男らしさ」「女らしさ」の規範に従わないために雇用差別を受けた人は現実に存在するわけですから、同列にはならべられない。
>
>第二に、雇用差別のような直接な形でなくても、特定の性役割分担を前提とした社会設計が行なわれていることにより、「男らしさ」「女らしさ」の規範に従わない人が非常に損をするということがあります。具体的には、専業主婦とフルタイムの男性労働者のカップリングを前提とした社会保障制度や税制、雇用慣行などがありますね。それら制度的な理由により、性役割分担に従わない生き方を選択した人は、そうしない人に比べてとても苦労することになります。この点も、あなたがそうした状況に配慮するべきだと考えるかどうかは別として、ひな祭りの祝い方によって実生活上大きな困難を抱えることはないわけですから、少なくともそれと同列には並べられないことは分かるでしょう。

これ↑を、
*ジェンダー→個人の男女観に影響を与える社会通念的な男女観や、それにもとづく諸制度*
*「男らしさ」「女らしさ」の規範に従わない→「男らしくしろよ」「女らしくしなさいよ」と苦言を言われても意に介さない*
として、以下のようにこなれた日本語に直してみます。

【和訳】
>>さて、個人の男女観に影響を与える社会通念的な男女観や、それにもとづく諸制度だって従うかどうかは自由意志なのだから「問題ない」という意見には、いくつかのレベルでこたえることができます。
>>
>>まず第一に、逮捕されなくても実際に雇用や住居などにおける差別が存在することが指摘できます。「従来通りのひな祭りを家庭において祝ったために雇用差別を受けた」例はおそらくないでしょうが、「男らしくしろよ」「女らしくしなさいよ」と苦言を言われても意に介さないために雇用差別を受けた人は現実に存在するわけですから、同列にはならべられない。
>>
>>第二に、雇用差別のような直接な形でなくても、特定の性役割分担を前提とした社会設計が行なわれていることにより、「男らしくしろよ」「女らしくしなさいよ」と苦言を言われても意に介さない人が非常に損をするということがあります。具体的には、専業主婦とフルタイムの男性労働者のカップリングを前提とした社会保障制度や税制、雇用慣行などがありますね。それら制度的な理由により、性役割分担に従わない生き方を選択した人は、そうしない人に比べてとても苦労することになります。この点も、あなたがそうした状況に配慮するべきだと考えるかどうかは別として、ひな祭りの祝い方によって実生活上大きな困難を抱えることはないわけですから、少なくともそれと同列には並べられないことは分かるでしょう。

どうですか?異様な文章になってしまったでしょう。もう一つのキーワードをこなれた日本語に直してみます。
*    夫婦の性役割分担→「夫の役目・妻の役目」*
そのうえで、こうした論は「個人の価値観ではなく制度を問題にする」「制度と不可分の個人の意識も含まる局面がある場合には、できるだけその価値観の可否に対しては中立とすべき」であるために、以下のように改作します。これが、私の先のレスの意図です。

【改作】
>>さて、個人の男女観に影響を与える社会通念的な男女観や、それにもとづく諸制度だって従うかどうかは自由意志なのだから「問題ない」という意見には、いくつかのレベルでこたえることができます。そこで、もっともよくある「男ならこう」「女ならこう」という規範的な男女観を考えましょう。

>>まず第一に、「男らしくない」「女らしくない」についてですが、これは美的評価ではあっても制度ではありません。やや規範的に共有されている部分も主観的な好みの部分もあり、様々です。もちろん迫害されなくても実際に恋愛や交際などにおける不利益が存在することなら指摘できます。しかし「従来通りのひな祭りを家庭において祝わなかったために雇用差別を受けた」例は現実には存在しないでしょうし、「男らしくしろよ」「女らしくしなさいよ」と苦言を言われても意に介さなかったために雇用差別を受けた人もおそらくいないでしょうから、同列にはならべられない。もし万一こうしたことがあっても、それは個別に発生した不当な事例でこそあれ、それを「差別」とすることはできません。*そう考えるべき理由については、下記URLを参照してください。
http://otd3.jbbs.livedoor.jp/372472/bbs_tree?base=2351&range=1
http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=one;no=739;id=keya1984
>>
>>第二に、「夫の役目」「妻の役目」についてですが、これは雇用差別のような直接な形でなくても、特定の性役割分担を前提とした制度上さまざまな社会設計が行なわれていることにより、「夫の役目」「妻の役目」という固定観念に従わない(従えない)人が非常に損をするということがあります。具体的には、専業主婦とフルタイムの男性労働者のカップリングを前提とした社会保障制度や税制、雇用慣行などがありますね。それら制度的な理由により、夫婦分業制に従わない生き方を選択した(せざるを得なかった)人は、そうしない人に比べてとても苦労することになります。この点も、あなたがそうした状況に配慮するべきだと考えるかどうかは別として、ひな祭りの祝い方によって実生活上大きな困難を抱えることはないわけですから、少なくともそれと同列には並べられないことは分かるでしょう。
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Re:美意識の問題化(美観と蔑視
 tpkn  - 06/9/26(火) 20:52 -

引用なし
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   >>で、いくつか確認のための質問してあるんで、私の投稿にもたまにはレスくださいね。(tpknさん)
>
>個人的にはtpknさんの次の問いに興味があります。macskaさんのお考えをこのパンフに即してお聞きしたいと思います。
>
>>では「男の子だから鯉のぼりを上げよう」と思っていた人は、いったい何を「自省」して、どう行動すれば「押しつけてない」ことになるの? 鯉のぼりや雛祭りの例が、その「決めつけではないか」という「自省」のどんな補助になるわけですか?

わたすはイジワルなので先に答えを書いておきます(笑)。

「押しつけ」「決めつけ」になる場合は、その男の子なり女の子なりが雛祭りや端午の節句のほうがいいのに、とか思っている場合。そして押し付けにならないようにするには、子供のそういう気持ちを明示的に確認し、それを尊重して希望通りにしてやる場合。

でもそれってまだ自我もジェンダー意識も固まってない幼児の育て方としては、どっちかというと間違ってんじゃないの?

ママゴトが好きな男の子って普通にいますよね。私もそうでした。だからといって私のジェンダーが女性に近くなったかといえば別に全然そんなことはないわけで(いや、あるいはそういう部分も大きかったかもしれないけども)、それって周りの慣習やジェンダー規範との差異という形でしか認識できないんじゃないの? で、それこそが「自分らしさ」なんじゃないのかね。

雛祭りや鯉のぼりを押し付けてませんか?とか、男の子らしい名前や女の子らしい名前をつけてしまってませんか?とか、そういう色の服を選んでませんか?とか、そういうナンセンスきわまりない「例示」を、問いかけや自省のための材料だと言うけども、いったい何を問いかけるのか、中身が何もないじゃないですか。

その子供がどんなジェンダーを持っているか(あるいは将来にわたって維持するか)を、子供服着せるような年齢の頃から見極めろということかい。

んなの原理的に不可能、かつまったく不必要な啓発に決まってんじゃん。

で、そういう内心にかかわる無理難題を行政が「やりましょう」と言うのは、それ自体が押し付けに決まってるでしょうが。

macska、いったいどこがリベラルやねんwww
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Re:『尻に敷かれた雛祭り』
 tpkn  - 06/9/26(火) 20:34 -

引用なし
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   >それにしても、「例」と書いてないから「例」ではないのだ、というのはすごいよなあ。ムキになった子供ならなだめようもあるんだけど、相手がいい大人の場合どう対処すればいいんだろう。

こういうのもあったYO!

tp:「鯉のぼり=×」と書いてあります。
ma;ウソつき。イコールサインが描かれていません。
tp:じゃああなたのコンピュータから、鯉のぼりの上に×を重ねて投稿してみてくださいな。
http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=one;no=670;id=keya1984


「ウソつき」とか「妄想」とかの言葉の使い方がお気楽すぎるんですよ。

で、このときの図版の出所が危うくなっていて「怪文書」扱いされているんですが、このときのmacskaさんの反論は「つまり、女の子だから雛祭り、男の子だから黒いランドセルと決めつけていませんか、というのがその図の趣旨です」「文脈から解釈すると、性別を理由にこういった事柄を押し付けるのはやめましょう、という意味なんでしょう?」というように、「基本のき」への疑問に対する反論と全く同じです。

にも関わらず、この出所を「証拠」として求めるのはどういうことだろう? 「証拠がない」「証拠がない」とわめく南京事件否定論者と全く同じ消耗戦に持ち込みたいのでしょうか、と、これもすでに指摘されてますね。「例と書かれてないから例示ではない」「イコールと書かれてないから×と例示は関係ない」そういう論法でのらりくらりと不誠実な議論をやるつもりなら、探してくる気にはなれないんですが。

いったい、この図版の出所が明らかになったら、あなたはそれを「証拠」と認めるのか。それとも、最初からそんなつもりはないのに相手に「証拠」として提出せよと言ってるのか、どっち?(2回目) で、見つけてきたら今度は「たった一個しかない」とか言うつもりなわけ?

わざわざ探してくるモチベーションに大きく影響しますのでぜひお答えください。

というか誠実にやれよ。
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Re:画一的な多様主義(実存と虚妄)
 純子  - 06/9/26(火) 19:36 -

引用なし
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   >macskaさん:

>ジェンフリといってもいろいろありますが、行政主導の啓発運動みたいなのには一貫して批判的ですよ。

じゃあ、「基本のき」にも批判的なんですね。
だったら、石原都知事が「東京女性財団」をリストラしたのは、結果的にはよかったんですね(^^)。それを「女性差別である」と元「東京女性財団」の方たちは裁判を起こしてまで喧伝してますが、その喧伝は不当であると……。 敗訴になってもしかたがないと……。私が主張してるまんまじゃん。

>またジェンフリ教育というものを行なうなら、ジェンフリの価値観を子どもに教えるという形ではなくて、教師自身が子どもたちを性別によって違った扱いをしないというジェンフリの実践でなければならないと思います。

それを粛々と実践していたら、保守系メディアも叩きません。というか叩けません。現行の日本の制度だと……。その枠を超えてしまったから、叩かれているんです。で、保守派は、こういう行き過ぎ教師が出るから、制度をもっと厳しくしようと……。

>これも、保守系メディアによるジェンフリバッシングが始まる数年も前からずっと言っています。

後の祭り。届きませんでしたね。日本のフェミさんには……

>これが「『ジェンダーに中立な制度』を謳い、それを政府と国民の責務だと規定する国法や条例が、その掲げてある理念とは裏腹に『個々人の意識を問題化し、特定の男女観に有利に働きかける制度になっている』」実例だと、あなたはマジメに考えているのですか?

macskaさんこそ、勘違いしてませんか?
雛祭りをどう祝おうと、日本では個人の自由なんですよ。保育園だったら、保護者の良識から考えて、度はずれたことをしてなければ、保育園の独自の判断でいいんですよ。個人の自由にまかされているんです。

いちいち問題化して取り上げる必要すらないのに、ことさらに取り上げていることが問題なんです。だから、証拠は、ひなまつりを禁止した例ではなくて、取り上げて問題化した例があればいいんです。


「雛祭り亭主どっかに行きなさい」
(女だけでさわぐから、アンタはじゃま。どっか行ってってよ)
これは江戸時代の川柳(--)。どこが、女性差別なんだ……?
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Re:画一的な多様主義(実存と虚妄)
 芥屋  - 06/9/26(火) 18:11 -

引用なし
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   >macskaさん:

まず、

>1)基本のき
>2)日本女性学会(細谷)
>3)出所不明の画像

じゃなくて、
3)雛祭りを取りやめた幼稚園が出てきた。
です。

で、それも含めてあなたの見解はすべて論破されているのに、うわごとのように同じことしか言えないあなたのプロパガンダに付き合う必要はないわけね。見ている人が嫌になるだけなので、新しい展開があるほうにサクサク進みますよ。

>ジェンフリといってもいろいろありますが、行政主導の啓発運動みたいなのには一貫して批判的ですよ。

・・・。で、何で同じ内容でも教育行政ならいいのだ?ワケワカンネ
(「教委の指導ハンターイ!組合の先生ガンバロー!」ってことか???)

>またジェンフリ教育というものを行なうなら、ジェンフリの価値観を子どもに教えるという形ではなくて、教師自身が子どもたちを性別によって違った扱いをしないというジェンフリの実践でなければならないと思います。

あのー・・・黙って態度で示すのも教育なのだが。「教師自身が子どもたちを性別によって違った扱いをしない」と行動で示せば、たとえそれを無言で実践しても「ジェンフリの価値観を子どもに教えるという形」ではあるんだけど。ていうか、そゆこと説明も無しに実行すればかえってイクナイと思うが。

で、「子どもたちを性別によって違った扱いをしない」という行動についてだけど、それは「性別によってエコひいきをしない」ということなら従来から大事だとされてきたことだし、子供はそういうの敏感だから気をつけないとね。でもさ、その一方で「子どもたちを性別によって違った扱いをする」のも大事なことでね、子供には男女の違いを教えることも必要なんだから、ジェンフリ教育なんて反対されるに決まってるの。

>ご存知の通り、わたしがフェミニストを名乗るのは、単に自分のルーツを示すためのものですから、実際のところフェミニズムはわたしの思想の中心でもなんでもないのです。

たしか、「わたしがフェミニストを名乗っているのは、尊敬する先人がフェミニストだったから」みたいなことを言ってましたね。あれをロムしてて、「あぁ、それは俺も同じだなぁ」と思ったことがあります。たぶん、福岡ってそういう精神文化の土壌があるような気がします。
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Re:画一的な多様主義(実存と虚妄)
 gaji  - 06/9/26(火) 17:55 -

引用なし
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   >芥屋さん:

>macskaさんの反反ジェンフリは、丸山真男の反反共みたいなもんかな、とも思っていますけどね。丸山は積極的に共産主義を支持したつもりではなかったそうですが、彼にとって「共産主義は見えざるファッショを炙り出すものだ。だから、反共というのは炙り出されて出てきた純然たるファッショなので、僕は反共に反対する」とか何とか言ってたらしいです。あくまで容共と反反共とは自分の中では異なるものだったとか。

たまたま丸山真男を読んでいたところです(といっても、氏の著書ではなく、by水谷&苅部。ともに新書。ちくま&岩波)。

(”安保闘争”を導いたのは丸山でもあったのに、←…文化人集会で講演。その後、数万人のデモに)「現実政治の問題に引っ張られるのはもうかなわない、」と「回想談話」で言っているらすいのでした。

<blockquote>本人の自覚では、書斎にこもり専門の思想史研究にうちこみたいのに、知人から請われてやむをえず運動に参加したのが実状だったのである。(苅部直、岩波新書『丸山眞男』p7)</blockquote>

「…みたいなもんかな」と芥屋さんが思われたあたり、どことなく分かるやうな。
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Re:画一的な多様主義(実存と虚妄)
 純子  - 06/9/26(火) 17:46 -

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   >macskaさん:

>1)基本のき
>2)日本女性学会(細谷)
>3)出所不明の画像

4)ジェンダーチェック(^^)
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Re:『尻に敷かれた雛祭り』
 芥屋  - 06/9/26(火) 17:16 -

引用なし
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   >>> ○○していませんか?
>>>  例
>>>  1
>>>  2
>>>  3
>>>  ……
>>>
>>> と書いてあれば、1.2.3.は○○の例であると思うのが普通です。
>>
>>「例」と書いてあればそう解釈するのが普通ですが、「基本のき」にも、今回の例え話にも、「例」と書いてあるわけではありません。結局、あなたの主張はパンフの内容を改竄しなければ成り立たないものなんですね。
>
>それにしても、「例」と書いてないから「例」ではないのだ、というのはすごいよなあ。ムキになった子供ならなだめようもあるんだけど、相手がいい大人の場合どう対処すればいいんだろう。

このような場合、かえって年若い2ちゃんねらーのほうが大人の対応をするようですね。

1.
( ゚д゚)  れ・・・

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚)  「例」と書いてないから?

(つд⊂)ゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚) 例ではない???


2.
( ゚д゚)ポカーン 「例と書いてないのに」

(( ;゚д゚))アワワワワ 「例と書いてあるだなどとは」

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 「改竄だ!」って???

(((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブルガタガタブル  ヒイ〜フェミナチだーーっ


3.
  _, ._
  ( ゚ Д゚)
  ( つ旦O
  と_)_)

    _, ._
  ( ゚ Д゚)   ガシャ
  ( つ O. __
  と_)_) (__()、;.o:。
          ゚*・:.。


4.
.       ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       (;´Д`)< スンマセン、直ぐに片付けます
  -=≡  /    ヽ  \_______
.      /| |   |. |
 -=≡ /. \ヽ/\\_
    /    ヽ⌒)==ヽ_)= ∧_∧
-=   / /⌒\.\ ||  ||  (´・ω・`) <「例と書いてないから・・・」
  / /    > ) ||   || ( つ旦O
 / /     / /_||_ || と_)_) _.
 し'     (_つ ̄(_)) ̄ (.)) ̄ (_)) ̄(.))


5.

    _____________
   /|:: ┌──────┐ ::|
  /.  |:: |  例とは    | ::|
  |.... |:: | 書いて    | ::|
  |.... |:: | ない     | ::|
  |.... |:: └──────┘ ::|
  \_|    ┌────┐   .|     ∧∧
      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     (  _)
             / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄旦 ̄(_,   )
            /             \  `
           | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|、_)
             ̄| ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄| ̄


     |           .( ( | |\
     | )           ) ) | | .|
     |________(__| .\|
    /―   ∧ ∧  ――-\≒
  /      (    )       \
  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |
  |______________|


   ∧∧
  (  ・ω・)
  _| ⊃/(___
/ └-(____/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


  <⌒/ヽ-、___
/<_/____/
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「差別」のでっちあげ
 芥屋  - 06/9/26(火) 16:28 -

引用なし
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   >tpknさん:
>>> 「男らしくしろ・女らしくしろ」と命令形の動詞語尾をつけて初めて「従う・従わない」になるわけね。

>>命令形にしなくても、例えば雇用差別を受ければ

>それが「命令形」ということでしょうが…。というか、雛祭りと雇用差別を同列に語るのは、あなたの意見によれば「不適切」のはずでしょうが。

「おいおい、女なんだから女らしくしろよ」と言われても女らしくしなかったのでクビになったとか、「なんだ君は、男らしくないやっちゃな。男らしくしろよ」と言われて「はい」と答えなかったので雇ってもらえなかったとか、あるんですかねぇ・・・。

まぁ仮にそんな珍妙なことがあっても、そういうのは不当ではあるが差別ではない、はずなんだよな。「阪神ファンだからといって雇用されないようなことがあっても、それは差別ではない」としたmacskaさんの意見は見事だったのだが、おそらく「男らしさ女らしさ」については妄想の域に入っているものと思われ。
http://otd3.jbbs.livedoor.jp/372472/bbs_tree?base=2351&range=1
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Re:美意識の問題化(美観と蔑視
 芥屋  - 06/9/26(火) 16:02 -

引用なし
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   >macskaさん:
>> 「らしさ」を色気とか美意識とかではなく規範だとしてもですよ、あなた、そうしたものが個人の意識を離れたところに存在してると思ってるの?
>
>それを言うなら、高度成長期モデルの家族形態だって個人の意識から離れたところに存在しているわけではないでしょう。

そうですよ。個人のありよう、個人の意識の持ち方と深いかかわりは、どっちにしろあるじゃないですか。しかし論じ方によっては、それを回避もできるわけでしょう。

高度成長期モデルの家族形態のみを基盤にした行財政や産業構造が維持できるのかどうなのか?という政策論議においては、高度成長期モデルの家族形態に性差別があってどのこのいう話は無用なんだから、個人の意識を問題にしていない、と言えるんでしょ?

もちろんその話を「そういった家族観は女性差別になっていてどのこの」と論じたければ論じるのは自由でしょうけど、そういう論じ方をするなら、「個人の意識は問題にしていない」とは言えないじゃないですか。もしそこで個々人の「家族観」の可否ではなく、

>家族や労働の形態というのは個人の意識とは繋がっているけれど、特定の意識のあり方に基づく形態を優遇したり差別したりしない、というのが大原則であるはずです。

このような立場から、「近代以降の経済の流れが高度成長期モデルの家族形態に結実し、それを基盤とした社会制度になっていたが、この制度は、そのような家族形態を営めない人々を社会的に疎外してしまう制度になっていた。それは制度上の差別とは言えないか?」と問い、「この制度上の差別は、個人意識レベルの差別意識の集積ではないので、個人の意識を問うものではない」と説くなら、「個人の意識は問題にしていないんだ」というのは真であると私は思う。(この論じ方から発せられる見解そのものへは、賛否は細部にわたっていろいろあるけれども。)

ところが「らしさ」という、制度ではない美意識あるいは規範意識そのものを問題視するなら、そのような論じ方をしておいて「個人の意識は問題にしていないんだ」は大嘘ということです。大いに問題にしているんじゃないか(苦笑)

これより下の部分は、言語と思惟・行動の関わりを述べたもので、名詞中心の欧米語圏での観念論を、形容詞・動詞中心の日本文化の行動様式に当てはめることの齟齬を語ろうとしたけど、アメリカ人には無理なようなので割愛。
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Re:美意識の問題化(美観と蔑視
 Josef  - 06/9/26(火) 15:40 -

引用なし
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   >で、いくつか確認のための質問してあるんで、私の投稿にもたまにはレスくださいね。(tpknさん)

個人的にはtpknさんの次の問いに興味があります。macskaさんのお考えをこのパンフに即してお聞きしたいと思います。

>では「男の子だから鯉のぼりを上げよう」と思っていた人は、いったい何を「自省」して、どう行動すれば「押しつけてない」ことになるの? 鯉のぼりや雛祭りの例が、その「決めつけではないか」という「自省」のどんな補助になるわけですか?

私が書いた以下の文も同趣旨です。

>「決めつけ・押しつけでないひな祭り」って、どういうものが想定されてるのでしょう?「女の子だからひな祭り」なんだし、「女の子だから"愛子"と命名」なんですよ。これらはジェンダーと密接に結びついた文化・慣習です。
>
>*女児の生まれた家庭。慣習に従い、幸福・成長を願って三月三日に
> ひな人形その他を用意し、飾る。もちろん「女の子だから」です。
> もし男の子だったら端午の節句にお祝いをします。
>*女の子が生まれて「愛子」と名づける。もちろん「女の子だから」です。
> 男の子だったら別の名前を考えていました。
>
>これらは「決めつけ・押しつけ」なんですか?
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Re:『尻に敷かれた雛祭り』
 Josef  - 06/9/26(火) 15:28 -

引用なし
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   >>> ○○していませんか?
>>>  例
>>>  1
>>>  2
>>>  3
>>>  ……
>>>
>>> と書いてあれば、1.2.3.は○○の例であると思うのが普通です。
>>
>>「例」と書いてあればそう解釈するのが普通ですが、「基本のき」にも、今回の例え話にも、「例」と書いてあるわけではありません。
>
>「例」と書いてなくても例示に決まっとるだろうが。(芥屋さん)

それにしても、「例」と書いてないから「例」ではないのだ、というのはすごいよなあ。ムキになった子供ならなだめようもあるんだけど、相手がいい大人の場合どう対処すればいいんだろう。

>わたしはあのパンフが正しい理解を深める内容であるとは一度も言っていない。むしろ誤解を招く酷いパンフレットだと批判しているくらいです。(macskaさん)

啓発を目的としているだけあって、とても分かりやすいパンフです。捻じ曲げて解釈しようとするからいけないんです。こうあってほしいという自分の解釈と実際の文面との間に必然的に齟齬が生じ、齟齬の原因を文面に帰して「誤解を招く(書き方が悪い)」と言うしかなくなってしまう。簡単な文章なんだから素直に読めばいいのですよ。
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Re:美意識の問題化(美観と蔑視
 tpkn  - 06/9/26(火) 10:13 -

引用なし
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   macskaさん:

>> 「男らしくしろ・女らしくしろ」と命令形の動詞語尾をつけて初め
>> て「従う・従わない」になるわけね。
>
>命令形にしなくても、例えば雇用差別を受ければ

それが「命令形」ということでしょうが…。
というか、雛祭りと雇用差別を同列に語るのは、あなたの意見によれば「不適切」のはずでしょうが。

で、いくつか確認のための質問してあるんで、私の投稿にもたまにはレスくださいね。
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Re:画一的な多様主義(実存と虚妄)
 macska E-MAILWEB  - 06/9/26(火) 10:10 -

引用なし
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   >> それには完全に同意します。
>
> そこには同意してても反ジェンフリには同意できない、あたりですか。

ジェンフリといってもいろいろありますが、行政主導の啓発運動みたいなのには一貫して批判的ですよ。

またジェンフリ教育というものを行なうなら、ジェンフリの価値観を子どもに教えるという形ではなくて、教師自身が子どもたちを性別によって違った扱いをしないというジェンフリの実践でなければならないと思います。これも、保守系メディアによるジェンフリバッシングが始まる数年も前からずっと言っています。

> いいですか?「証拠が出ていない」と「私はそれを証拠とは認めない」
> とは違うんです。

1)基本のき
2)日本女性学会(細谷)
3)出所不明の画像

ですね。

1)については、はっきりと書かれている文面を無視して意図を曲解しなければ成り立たない。

2)は、一民間団体が「ひな祭りはこう祝うべきではないか」と呼びかけているものですが、かれらは自分たちの価値観を訴えているだけであって、その価値観を共有しない人が不利益を受けるような制度は提唱していませんし、そんな制度ができつつあるという事実もありません。

3)はまさに出所不明なので検証不可能。怪文書と言っていいでしょう。

これが「『ジェンダーに中立な制度』を謳い、それを政府と国民の責務だと規定する国法や条例が、その掲げてある理念とは裏腹に『個々人の意識を問題化し、特定の男女観に有利に働きかける制度になっている』」実例だと、あなたはマジメに考えているのですか? もしそうだとすると、話になりません。てゆーか、せめて3くらいは撤回するだけの誠意はないのかなぁ…

> 「社会のジェンダーが実存だと言うなら、わたしはフェミニズムの虚
> 妄に賭ける」とmacskaさんは言うかな?言わんだろうな(笑)

ご存知の通り、わたしがフェミニストを名乗るのは、単に自分のルーツを示すためのものですから、実際のところフェミニズムはわたしの思想の中心でもなんでもないのです。どっちかというと、フェミニズムよりもポストロールジアンのリベラリズムの虚妄に賭けていたりします(笑)
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Re:美意識の問題化(美観と蔑視
 macska E-MAILWEB  - 06/9/26(火) 9:54 -

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   > 「らしさ」を色気とか美意識とかではなく規範だとしてもですよ、
> あなた、そうしたものが個人の意識を離れたところに存在してる
> と思ってるの?

それを言うなら、高度成長期モデルの家族形態だって個人の意識から離れたところに存在しているわけではないでしょう。家族や労働の形態というのは個人の意識とは繋がっているけれど、特定の意識のあり方に基づく形態を優遇したり差別したりしない、というのが大原則であるはずです。

それも認めないというならそれは一つの立場ですよ。しかし、そこまで認めておいて、「家族形態」以外の面においては「男らしさ・女らしさ」の規範による差別や優遇を容認するというのは筋が通らない。「そうしたものが個人の意識を離れたところに存在しないから」という理由をあげるのは、さらにもっと筋が通らない。

> というか、「男らしい・女らしい」というのは形容詞。その人の、
> ある場面での様子が形容されているんですよ。それは一種の美的
> 評価なんだから、それ自体が規範ではないのです。

だから、わたしは一貫して「男らしさ・女らしさ」ではなく「らしさの規範」を問題としているでしょーが。それ自体が規範であると一度でもわたしが言いましたか?

> 「男らしくしろ・女らしくしろ」と命令形の動詞語尾をつけて初め
> て「従う・従わない」になるわけね。

命令形にしなくても、例えば雇用差別を受ければ経済的な圧迫になりますね。

> だから形容詞の段階から問題にあげるなら、そりゃ美意識を問題に
> することでしかないわけですよ。

いつ誰が「形容詞の段階から問題にあげ」ましたか? バカじゃないの。
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Re:『尻に敷かれた雛祭り』
 macska E-MAILWEB  - 06/9/26(火) 9:37 -

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   > ロクに理解もできてない人間が訳知りで書くことくらいあるだろうが。

ありますね。
あなたの批判もそうですが。

> そういう未熟な内容があれば誤まった理解を広めるに決まってるだろう。

あのパンフが未熟な内容であり、間違った理解を広めるおそれがあるというならその通り。だからわたしもくだらないパンフだと何度も言っています。しかし、パンフに問題があるからといって、どのような批判をしても正当だということにはならない。わたしはパンフを全体として擁護あるいは支持しているわけではなく、ある特定の批判が不当であると指摘しているのです。

> 「いや、執筆者も同じ認識で書いていないわけがない」と立証できるのか?

意図は分からないですが、あの文面だとそう解釈するのが普通だと思います。
だって、わたしの解釈は文面をそのまま受け入れるというものだもの。

もちろん、文面に直接書かれていない意図があるという解釈だって可能です。が、そうした解釈が一般的だと主張するのであれば、それなりの論証がなければならない。それをすっ飛ばして、自分がこう解釈したから文面とは無関係に意図はこうなのだと決めつけているのがあなたの論法です。

意図が文面通りであると解釈するには、特別な論証は必要ありません。論証が必要なのは、文面通りではない解釈を主張する側であるはずです。

> その当然さは啓発のあり方として重要な疑問であるのに、そのような
> 疑問は妄想だ曲解だなどと、なにを阿呆なことを言っているんだ。
> というか、おまえは「正しく理解してもらうためには」ということな
> んか考えていないんだろ?

だから、わたしはあのパンフが正しい理解を深める内容であるとは一度も言っていない。むしろ誤解を招く酷いパンフレットだと批判しているくらいです。しかし、誤解は誤解なのであって、いくら「素人に誤解されるおそれの高い」文章だったからといって、素人が誤解した通りの意味であったという事にはなりません。

そもそも、わたしは政府でもパンフの発行者でもありません。パンフにいくら問題があったとしても、どうしてわたしが「正しく理解してもらうためには」と考えていない、ということになるんでしょう。
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画一的な多様主義(実存と虚妄)
 芥屋  - 06/9/25(月) 22:04 -

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   >macskaさん:

続きです。

>> しかし、男女共同参画社会と銘打たれた教育や啓発で、特定の男女観「男らしさ女らしさではなく」を生きる人たちが称揚されたり、「男らしさ女らしさに縛られないように」とか「男らしさ女らしさを押し付けないように」と指導されたりするのはおかしい。
>
>それには完全に同意します。

そこには同意してても反ジェンフリには同意できない、あたりですか。

>ていうか、わたしがそんな啓発を支持するとでも思いましたか? そんなバカな。

macskaさんの反反ジェンフリは、丸山真男の反反共みたいなもんかな、とも思っていますけどね。丸山は積極的に共産主義を支持したつもりではなかったそうですが、彼にとって「共産主義は見えざるファッショを炙り出すものだ。だから、反共というのは炙り出されて出てきた純然たるファッショなので、僕は反共に反対する」とか何とか言ってたらしいです。あくまで容共と反反共とは自分の中では異なるものだったとか。

ただし丸山自身の中では、自分自身の思想信条と共産主義とに明確な線が引かれていたにしても、外に表われる言動としては限りなく容共になっていった、と『丸山真男』(水谷 三公)で読みました(このあたり、記憶で書いてるんで必ずしも正確な引用ではありませんが)。

私が思うに、ファッショか共産主義かと言ったって、どっちにしろ全体主義なんですよね。そりゃ共産主義運動の基点が反ファッショにあったのなら、丸山の分析は正しかったろうけれど、共産主義が炙り出すのはそもそも既存の社会そのものなんだから、順番が逆なんだよね。炙り出されてきた中にファッショが混じることはあっても、炙り出されて出てくるものがみなファッショであるはずがなかったんですよ。

>> まったく「ジェンダーに中立な制度」になっていません。
>
>これは文字通り同意できません。なぜなら、現に特定の「男らしさ・女らしさ」が優遇されているときに「中立」の立場に立つことは、結局現在優遇されている層がそのまま優遇され続けるということになるからです。「中立な制度」を実現するための施策が一時的に「中立」よりも「これまで不利だった側を優遇」する形になることはありえます。

まぁ理屈としてはわかりますよ。過渡的措置としてなんだということですよね。目指すは完成形の「ジェンダーに中立な制度」。でもそれを日本でやっても、ジェンダーの中身が様変わりするだけのことなんですよ。バイブルやコーランのある社会の、男女の規範意識とはわけが違うんです。もっとつかみどころのない融通無碍な、それでいてしっかりと目には浮かぶような、鵺のようなものです。

「男らしさ女らしさ」という(この言葉が公的に称揚された、おそらく近代以来の)旧来の男女の美意識がですね、ある部分ではそっくり名を変えて残ったり、ある部分では名を失って隠微な感じになったりしながら、多くの部分では新しい美意識が公私ともに支配的になって主流となるだけです。

もし教育行政などの公的な機関が、どのような男女観をも権威化することなく「ジェンダーに中立な制度」を目指すなら、過渡的にせよ「公的に支配的な男女観」の権威化を行ってはならなかったんです。ところがところがやっちまった。そのように行って見せるということで、日本人にとって「あぁ、それはお上が決めることなのか」という新たな認識が生まれる。一度その行いが定着すれば、今度はその「お上の立場」の奪い合いが始まるだけのこと。

で、それはもう、はじまっちゃいましたね。日本文化に無理解な西洋かぶれの馬鹿どもが、しかも生噛りのジェンダー論でもってしでかしたことなのです。むしろすべきは逆の方向である教育の自由化だったのです。画一的な教育行政の中に観念だけの多様主義を持ち込んでも、多様主義を標榜する言動それ自体が画一的になってしまうことに、何で気付かなかったのか。

それは結局「同じ穴の狢」ということなんですよ、純子さんの言うように。
http://principle.jp/bbs5/c-board.cgi?cmd=one;no=761;id=keya1984

>わたしは必ずしもジェンダーの規範の問題においてそうするべきだと主張するわけではありませんが、論理の問題として「中立」を実現するための施策が「中立」ではなくても容認されることもあるという点は指摘しておきます。具体的にどういう施策なら容認されるべきかというのは難しいところであり、個別に議論すべきでしょうが、必ず「中立」でなければならないという事には同意しません。

うん、ここはね、同意見ですよ。ひとまずこのお題をはなれて、差別是正の一般論として。

>> 「ジェンダーに中立な制度」を謳い、それを政府と国民の責務だと規定する国法や条例が、その掲げてある理念とは裏腹に「個々人の意識を問題化し、特定の男女観に有利に働きかける制度になっている」という指摘が、まさに雛祭り騒動に象徴される問題に直結するんだ。それが根拠ですよ。
>
>直結しているというくらいだから、そういう「働きかけ」の実例を提示してくださいと何度も言っているのですが、ひな祭りに関しては一度も証拠が出て来ない。それはやっぱり、直結「していない」のではないかと考えざるを得ないです。

雛祭りそのものについてはこれまで三例出てましたね。いいですか?「証拠が出ていない」と「私はそれを証拠とは認めない」とは違うんです。あなたが認めようが認めまいが、あるものはあるんだ。あなたがそれを認めなかった(存在するものを存在しないと強弁した)という事績も残るんだ。その事績の評価も他人の中にあるのであって、あなたの中にその評価はないんですよ。いい大人なんだから、自他の区別はつけましょうね。

「大日本帝国が実存だと言うなら、僕は戦後民主主義の虚妄に賭ける」とは丸山真男の弁。先年、左翼学者だった父にこの言葉を伝えると、父は「えっ!?丸山先生が??」と絶句して、ややあって「そうか。丸山先生は、虚妄、と仰ったか・・・」と感慨深げにつぶやいていました。

「社会のジェンダーが実存だと言うなら、わたしはフェミニズムの虚妄に賭ける」とmacskaさんは言うかな?言わんだろうな(笑)
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美意識の問題化(美観と蔑視
 芥屋  - 06/9/25(月) 20:36 -

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   >macskaさん:
>> しかし、「個々人の美意識とか内的な信条を問題にしているのではなくて、個々人の人生設計を大規模に規定している社会制度を問題にしているのだ」という主張が真であるならば、「男らしさ女らしさ」を問題に挙げるはずがありません。なぜなら、個々人の意識を離れた「らしさ」がありえるのかどうか、それを考えたらわかるはずです。
>
>問題としているのは「らしさ」ではなく、「らしさの規範」ですよ。それはすなわち、個人のあり方ではなく制度を問題としているという意味にはなりませんか?

なりません。「らしさ」を色気とか美意識とかではなく規範だとしてもですよ、あなた、そうしたものが個人の意識を離れたところに存在してると思ってるの?

「酒らしい酒」というときの「これは、お酒!って感じの酒だな」というその「酒らしい」は、酒と呼ばれる液体の中にあるとでも思ってんの?しかもそういう「らしさ」ってのは制度じゃないですよ。男らしさ女らしさだって、いつ、制度になったのかね。

>「男女別の固定的な人生設計」といった言葉にした場合、人生設計上の大きな選択(主婦や主夫になるかどうか、子どもを作るかどうか、育児をどうするか、など)しか対象とならない点が問題だと思います。

それでいいでしょう。近代以降の経済の流れが、いわゆる「高度成長期モデル」と呼ばれる家族形態に結実した。それが、もはや昔日のものになろうとしていくなかで、さぁどうするんだという話でしょう。

「お父さんお母さんがそうしてきたように自分もそういう家族を作りたい」と思う人もいれば、「お父さんのように毎日毎日、会社と家の往復だけの人生は嫌だ」「お母さんのように毎日ただ家のことだけに負われる生き方は嫌だ」と思う人もいる。だけど、どっちがいいとかなんていう内心に踏み込むようなことは触れなくていいんですよ。

だけど「専業主婦はアンペイドワークによって差別されきたんだ!」あたりの政治思想によって、人々の従来の家族観を差別じゃの何じゃの言えば、そりゃ個人の内心のありようを土足で踏みつけるようなもんだわいね。

>それより小さな日常生活上のことでも「男らしさ・女らしさ」の規範に従わないといろいろと不利な扱いを受けることがあり得るわけで、「人生設計」だけに限って差別的な制度の是正を訴える理由がないと思います。

だから「不利な扱いを受けること」を「差別だ!」と訴えるのは自由ですけど、それを訴えるということは「個々人の美意識とか内的な信条を問題にしているのではない」とは言えない、それが言いたいのであれば「個人の意識の中の差別意識があることを訴える」ということ。

というか、「男らしい・女らしい」というのは形容詞。その人の、ある場面での様子が形容されているんですよ。それは一種の美的評価なんだから、それ自体が規範ではないのです。「男らしくしろ・女らしくしろ」と命令形の動詞語尾をつけて初めて「従う・従わない」になるわけね。だから形容詞の段階から問題にあげるなら、そりゃ美意識を問題にすることでしかないわけですよ。

まぁ、でもこの辺は差別意識(蔑視などね)との関連で言えば、すごく難しいとは思っていますよ。人々の美意識ゆえに大規模な差別が起ったことは、あるんですもん。中世の「清目(きよめ)」が近世の「穢多(えた)」に転落していく経緯は、まさに人々の美意識の変化と深い関わりがある(でも美意識の変化が原因、ということではないですよ)。

だから私は、教条的に「個人の意識を問題にするな!」と言ってるんじゃないんだ、そこは誤解しないでね。でも「看板に偽りあり、ではいかんよ」ということです。

(続く)
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