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みなさま、あけましておめでとうございます。
>macskaさん:
>> なぜなら「結婚」とは、男女が正式に夫婦になることだから。
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>はい、だからそのように、定義の段階で不平等な扱いを「当たり前」とするような制度が法的にある場合、それは実質的に不平等であると言うわけです。
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>もし「結婚」の定義が「男女が正式に夫婦になること」であってそれ以外に変化しようがないのであれば、そんなものは法的な制度として認めるべきではありません(私的あるいは文化的な儀式として祝うのは、もちろん自由です)。
んー、言いたいことは(理屈としては)わかるんですけど、私の言ってるのはそゆことでなくて…。もう少し具体的に説明します。漢語で「夫婦」といい和語で「めをと」というように、その言葉が男女のことを指してるわけですよ。だからこの言葉を動かしようがないのは、仕方がないんですって。
だから法制度での婚姻制度をいう場合に、いきなり観念でもって「婚姻とは何か」に切り込んで、理屈だけで「ほら、非対称だから不平等でしょう?差別でしょう?」みたいに言っても、神学論争になったり、無用の反発を買ったりするだけじゃないか思うんですよね。
それよりもっと実利的に考えたいんですよ。現行の婚姻制度というとき、実は「婚姻とは何ぞや」みたいな観念論が先にあるわけじゃないでしょう。そうじゃなくって親権とか相続権とか扶養とか保険とか年金とか、いろいろの権利義務関係の集積が、法制度としての実態ですよね。そこで保障されていることがらによる受益というものが婚姻当事者だれにとっても平等であるべきだ…というのが「法の平等」であると思う。
そこでふと考えるに、「所帯を持って生計を営んでいる当事者が男女でなければダメ? 男どうしとか女どうしとかで所帯もって暮らしを営んでいる人たちは、男女の連れ合い用として保障されている法の受益者にはなれないの?」みたいなほうが、説得力を感じるんですけどね。
だから、現行の関連諸法制による法利益にはどのようなものがあって、どのようなものが男女の配偶者関係だけではなく同性の配偶者関係にも適用されるべきだというのか(現行のもろもろの権利義務の中には、同性カップルにとっては「あぁ、その権利義務は同性愛者には関係ないので不要です」という項目もあるだろうし)、具体的な話を聞きたいな、と。事実上の所帯を持ってる同性カップルとしては、どういう法利益の受益が男女のカップル同様に望まれると言ってるのか、そういうゲンナマな話が求められるなぁ、と。
>純子さん:
>歴史的には「同性結婚」というのは、本来、異性愛カップルの結婚制度というのが前提としてまず確立されていき、その後、そのルールを同性愛カップルにも拡張してほしい・してあげるべきだ。という形で主張されていくんですよ。一種の婚姻擬制です。
発展拡大系というか、男女の夫婦にとって「夫婦に関する法律はこうあってほしい(こうあるべき)」といういろんなことがあって、その「現時点での最大公約数的な集積」が現行の関連諸法制ですよね。その中には同性の配偶関係者にとっても「これこれの権利義務の保証は私たちにも当てはまることなので、同じように適用してほしいことがらなんですけど…」というものが出てくると思うんですよ。あるいは同性の配偶関係者にとってのみ固有に発生する案件というものも出てくるかもしれない。「だから、そういう権利義務を明文化した法体系がほしいです」というのは、私も当然のことだと思います。
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