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>生きている人でも、私が思うに、ほんのちょっとの違いを識別する能力によって増幅されて認識されていること、多いと思う。(アニキ)
そういうことですね。どうしても違いの方に目が行ってしまう。違う部分を全部挙げたとすると、残る部分は同じ。比べれば「同じ」の部分の方が遥かに多い。それが純子さんの「そもそも、『違い』が分かるというのは、『同じ』が分かるということでもある」にも繋がるでしょう。
病気や異常に関しても、ある特定の状態だけに着目すれば極端な男女差が観察されたりするけれど、それは人間のありうる状態の全体からするとほんの一部にすぎない。
違いの方に目が行くのは自然なことだから別にいいんだけど(人の顔が識別できなくなったら不便だし)、そのため「同じ」が見えなっちゃうとマズイこともある。黒人はオレたちとは全然違う生き物だ、とかね。
大体同じ、を踏まえた上で違いの部分を考えるのなら有意義なことも多いと思います。意義なんか無くても面白いし。
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