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>よーさん:
>「日本」のステータスは結構高いですからね。アメリカのどこに行っても「ジャップ」という蔑称に相応しい扱いを受けるというならともかく、そうじゃないですから。
まぁそうですね。ウリナラ方面は違(ry
>うん、まあ動物としての面はおいといて、「女の浮気がより責められ嫌われる」ところにも「商品」としての面が顔を覗かせていると思います。
そうですか?「商品」なら「流通」させるもんでしょう、仕入れて卸す。そのやりとりの中で利潤をあげようとする。だからやっぱこれは「商品」じゃないですよ、普通は。「女の浮気がより責められ嫌われる」ってのは経済的な感覚じゃなくて生理的な感覚ですよ。そこが道徳化されている。
先述の知り合いの娼婦から聞いたんですが、いろんな動機や事情で売春してる人がいるんだけど、やっぱりあるらしいですよ、旦那が女房を店に連れてきて働かせてるケースも。だから、それこそその場合、その旦那は女房の性に商品価値を感じて商売させているわけです。で、女房もそんな旦那に「貢いで」「支えて」「この人にはアタシしかいないから」って、お決まりのパターンらしいですよ。商品化の極地とは、こういうことではないでしょうか。
>所有者が別の商品に浮気するのはいいが、所有物の方が所有者を裏切っちゃいかんだろうと。
これは、うがった見方では…。それを言うならその「所有感」は「排他的相互所有契約」ですからね、「契約違反」でしょう。もし商感覚にたとえるなら、相互独占契約に違反して他の取引先と闇取引してたという、契約違反・信義違反の感覚であるはずだし、事実、そうでしょう。だけど、そんなら浮気に対する嫌悪感が正対称になるかといえば非対称だったりする、それは何故?と問うならばやはり生理的なことが根にあるだろうと。
>>正妻の社会的地位を揺るがしかねないのは愛人の社会的地位であって、遊女の社会的地位が上がっても正妻の地位は揺るがないように思うんです。
>
>その「正妻」ってのが無くなれば愛人や遊女との区別も五十歩百歩になりませんかね。
や、「婚姻制度がなくなる」ことと、「売春という稼業がなくなる」こととは、別の話じゃないですか。
だって遊女に、いいひとができて相手が未婚で、「この人の奥さんになりたい」って思う、「でも…」みたいなのがあったりして、それをクリアするかスルーするかできたら「正妻」の地位を欲するじゃないですか。昔でいう「身請け」ですよね。まして相手が既婚でも自分に惚れあがってて、自分も相手の奥さんから「奪う!」って心に決める場合もあるわけだし(その辺は愛人も同じ)だけど、「正妻ってのがなくなれば」そういうことがなくなるわけではないでしょう。同じく「売春ってのがなくなれば」そういうことがなくなるわけでもないのと同じではないでしょうか。
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