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ラクシュンさん
形而上学や弁証法はきっちりした定義のある学術用語ではなくかなり曖昧さを含んだ概念だから、自分なりのスタンスを持ってればいいんじゃないかと思います。
子供の成長を例にとった「弁証法的」と「形而上学的」との区別は、私からみればヘンな感じがしますが、「自分はそういう区別をする」という人がいるならそれはそれでいいのではないかと。
形而上学という言葉が出てきた時に私が気になるのは、それがネガティブな意味で使われているのか、そうではないのか、という点です。数的にはネガティブな意味で使う人が多い気がするんですが、私自身はそうでもないので。
ラクシュンさんの書き込みからは形而上学をネガティブに捉える視線が伝わってきますが、どうなんでしょう?
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