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>ラクシュンさん:
>で、「さくら署」に戻りますが、わたしが(チラッと見て)感じる違和感というのはつまり、私にいわせれば、ドラマという枠組み全体が、女のワルは描かれないし女がクズの烙印を押されることがない等の、ある種のジェンダーのコードに支配されているわけですが、「さくら署」ではそのコードに従いながら中身が反ジェンダー(=フェミ)的なんですよ。私の気持ち悪さの根源はそこにあるんだと思います。それが本当の矛盾といえるかどうかなどという問題は、私にとってはどーでもいいことで。
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「表現」は、本来は、人を解放し、自由にするものです。
しかし、TVは、それとは真逆に、根拠のない日常を追認し、縛るものです。
前にJosefさんとの会話でも表された事ですね。
TVの「表現」が何故、そういう性質をもつのかは置いておいてですね。
(例えば、去年の紅白において、DJOZUMAでしたか、ニセおっぱいに抗議されて局側が謝罪したというのには本当に驚きました。
それは、その事が『不謹慎だ』という抗議だったという事に対してです。私は『偽のおっぱいなんか出すな。出すならちゃんと本物を出せ』という意味の抗議だったからですし。
私が抗議するならそうするでしょう。私の周囲でもこういう抗議になんら疑問をもつ人がいない事にも驚きました)
私は番組上のバランスなどどうでもよく、一分先の展開すらまったく読めないもののほうが余程「リアル」だと思うんだけどなあ。
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