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http://macska.org/article/167#comments より
>(…)当たり前だが、「男女の脳には(平均値として)差がある」ことは、「将棋において男性が女性より強いのは脳の差異に由来する」という仮説を立てる理由にはなっても、そうした結論を直接要請しない。
その説はもちろん「仮説」でしょう。
>(…)AERA の記者は、
>>::::::::::
>> もっとも、この能力差は将棋においては男の脳の方が向いているというだけであり、
>> 男女の脳に優劣 があるわけではないという。
>>::::::::::
>と書いているが、「将棋においては男の脳の方が向いている」という結論は、少なくとも bruckner05 氏が引用している部分からは導き出せないはず。せいぜい、「将棋には男の脳の方が(平均的に)向いているのかもしれない」程度が言えるだけだ。それ以上のことを言うより先に、より詳しい研究が必要だろう。
「将棋においては男の脳の方が向いている」というAERAの結論と、macskaさんの、「せいぜい、「将棋には男の脳の方が(平均的に)向いているのかもしれない」」という結論に、さしたる格差を感じないのは私だけなんでしょうかね。「仮説」に基づいた説が「かもしれない」の域を出ないのは当然でしょう。逆に言えば、 宝くじに当たらない確立が0.9999であっても、当たる「かもしれない」と思うから皆買う訳でしょう。
中華、「「かもしれない」程度」ってったって、“もの自体”については誰も解らないことに加え、例外は許さないという観点に立てば、「かもしれない」以外にどんな言い方があると言いたいんでしょうかねぇ。
#なんか田中さんの分身みたい。
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