|
俺は席を立って『俺』の席に向かおうとした。
「はるか様ぁ♪」
あっという間に5,6人の女子に取り囲まれる。
「えっ?あっ・・・あの・・・」
そうだった・・・昼休みの高井戸さんはいつもこうだ。
男女を問わない取り巻きに囲まれ、弁当の後はそのまま音楽室に連行されていつものミニコンサート。
ピアノから流れる調べは音楽室から校内に流れ出して、いつもの学園の雰囲気を作っている。俺なんだけどな、弾いてるの。
「ふう・・・お粗末さまでした。」
立ち上がって頭を下げると割れんばかりの大拍手。いつの間にか音楽室は満員で、先生たちの姿も見える。
「あ、あの・・・ごめんなさい。私ちょっと!」
俺はスカートを翻して音楽室を出た。
『俺』はどこだ?
教室
購買
グラウンド
校門付近
屋上・・・いた!
柵に腕を乗せ、校庭を眺めている後姿。間違いなく『俺』だ。
「何を見ているの?」
横に並んで顔を覗き込む。
今は俺のほうが身長が10cm以上低いので見上げる格好になる。
「あっ・・・高井戸さん。」
びっくりしたような表情で見返す『俺』。
「あっ・・・」
あわてて離れる。俺自身の顔を至近距離で覗き込んじまった・・・
なんで・・・こんなドキドキするんだろう。
おい・・・なんでそっちもそんな真っ赤な顔を・・・
「えっと・・・、あ・・・あのさ、高井戸さん。その・・・どう?高井戸はるかになった感じ。」
とってつけたような質問。
「えっ?あ、うん。そうね、楽しいよ。女の子の生活を体験できるなんてなかなかできない経験だし。でもいいの?自分の・・・その・・・から・・・だ・・を・・」
「気にしなくていいよ。いまは君が高井戸はるか。本人なんだから。好きなように・・・はっ。」
ボッっと『俺』の顔がさらに真っ赤に・・・
「ででででで・・・でも、その、できれば・・・その・・・経験がないから・・・」
経験?って・・・・うわ。
「ななななな・・・何言ってるの、そそそ、そんなことする訳ないじゃない。」
予鈴が鳴った。
何も聞けないまま授業が始まり、俺たちはまたお互いの役に戻った。
普段の俺たちはまったくといっていいほど接点がない。
放課後になっても、取り巻きに囲まれて『俺』には話しかけることもできない。
代々続く商社の家柄で正真正銘の深窓の令嬢。
平凡なサラリーマンの息子で成績も中の中。スポーツも人並み。
接点などあるはずもない。
放課後になって・・・
|
|