|
ガシっと力強く左手を掴まれる。さすがにここまで我がままを押し通されてはたまらないので言い返そうと思い、振り向くと……
爛々と目を輝かせている友子と目が合った。一見とても可愛らしい女の子の表情に見えるんだけど、付き合いの長い俺は知っている。これは友子が新しい「オモチャ」を見つけたときの眼だ……。
アイツにとっての「オモチャ」は色々なものがあるが、たいていろくなものが無い。というか、物ですらない。
決まってアイツは運よく弱みを握った人を、気が済むまで自分の好きなようにこき使う。
パシリならまだましな方で、俺は一度アイツにとんでもなく恥ずかしい命令を課せられた事がある。小学三年生のあの夏の日を俺は決して忘れないだろう。……イカン、思い出してしまった。うう。
閑話休題。
とにかく今の友子にかまっていたら、何やらされるか分かったもんじゃない。逃げなければ。
「あ、あのー……。 友子、さん?」
後ろに後ずさりながら発した声は、みっともなく震えてしまっていた。
「んー? なーにかなー? ふふふふ……」
うわあ、完全に眼があの時の眼と同じになってる。これはマズイかもしれない。
「ちょっと急用を思い出したので、放してもらって良い、かな……? 」
もちろんでまかせだ。でも今はこれ位しか言い訳できそうにないし。
「……」
しばしの沈黙。友子は俯いたままピクリとも動こうとしない。さっきの暴れようは何処へ行ったのかと思うくらいだ。やけに不気味。
でも、もしかするとこれはチャンス、か?
そうと決まれば、さっさとこんな居心地の悪い空間から脱出しなければ。
そして、友子の腕を無理やり引き剥がそうとして――
俺の考えが甘かったことを思い知らされた。
「そう簡単には逃がさないわよぉーー!!」
「うひゃっ!?」
くっ、腕に気をとられてる隙に体制を崩されてしまうとは。目の前の友子はしてやったりという顔でふんぞり返っている。俗に言うどや顔だ。
……これは、もしかしなくてもピンチか……?
「さってさて……まずはどうしてやろうかしらね……」
そう言って、少しずつ顔を近づけてくる友子。まずい、このままではあの時と同じ恥ずかしい思いを、いや今回はそれ以上かも……。
くそ、もうどうしようもないのか?
すっかり恐怖で頭の中がいっぱいになってしまっていた俺は、無意識に右手を友子に向けて突き出していた。何の意味も無いのは分かっていたけど、少しでも抵抗するにはこうするほかなかった。
だが、そのときの俺はすっかり忘れていたのだ。今の俺は「白川薫子」であるということを。
|
|