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ニコニコと無邪気な笑顔で、もう1mぐらいまで歩み寄ってくる少女。
「オジャ・・マシテマ・・・す♪」
「止めて葉月っ!!人間なのよ、撃たないでっ!!!!」
ひゅんっ
「あぐっ!?」
手に衝撃が走り、銃が弾き飛ばされてソファーの裏に飛んだ。
「結界の外で何かをされたの。人間以外は結界には入れない。ゴメンね朋子ちゃんっ。」
弥生の手刀が少女の首筋に。そのまま崩れ落ちた少女の体を弥生がキッチンの引き出しから出したゴミ紐で縛り上げた。
「皐月!皐月はっ?」
俺は銃を拾おうとして、ソファーの陰の床に白いソックスの足が出ているのに気づく。
「皐月っ!?」
皐月は制服のまま、口の周りを粘液で濡らして気絶している。
右頬の白い肌が殴られたように鬱血し、鼻から血が流れている。
「皐月・・・皐月・・・」
「なっ、何!?まずい・・・結界が。」
弥生のうろたえた声。
窓の外を見ると・・・山が動いている。
そしてジリジリとこの家に向っている。そして無数の怨霊の姿。
「カテゴリーB?何やってるのよ、早く来てよ・・・」
家全体が圧力がかかった様にギシギシと軋んでいる。
「破れる・・・」
弥生は両手に短機関銃を構えた。
スカートに予備の弾倉を差している。
「葉月、皐月の側から離れないでね。」
「は、はい・・・」
H&K MP7を弥生から渡される。ドイツ製の高性能サブマシンガン。まさか実物を触ることになるなんて。
多すぎる。きりがない。綻んだ結界の中に次々と侵入してくる怨霊の群れ。まったく減った気がしない。
皐月を背後に隠しながら最後のマガジンをMP7に指し込み、ぎりぎりで目前まで迫った4〜5体の怨霊を吹き飛ばす。
そして、止まった。弾がもう無い。ゆらゆらと怨霊が俺たちを取り囲み始めた。
どうすればいいんだ?皐月を守れない。
「葉月ちゃ・・・ん。」
「皐月!?」
慌てて振り返ると皐月が目を覚ましていた。殴られた跡のある方の目が内出血で真っ赤に染まっている。そして右手に握られた、俺がさっき落とした小型拳銃
の銃口が俺の額に押し付けられる。
「さ・・・つき?」
あいつ等に乗っ取られたのか?
「ばいばい・・・お姉ちゃん。」
指に力が入る。安全装置がかかっていてそれ以上トリガーは動かない。
「私判るんだよ、だって葉月ちゃんが今日いっぱい練習したから。うふふっ」
皐月が嬉しそうに笑った。
そして正確な動きで皐月の親指が安全装置を外した。
「皐月ッ!!葉月っ!!!!」
全ての弾を撃ち尽くした弥生は、コンバットナイフで至近距離にいた怨霊を切り払って、こちらによろめきながら向ってくる。
「皐月?や・・・止めろっ!!」
初弾が右にそれ、直ぐに修正して撃たれた二発目は弥生の左太腿を貫通して後ろに血が飛び散らせた。そして照準は弥生の頭部を狙う。その小さな体と重なって、背後に影が見えた。こいつが皐月を・・・
「ぐおおおおぉおおぉおおぉんっ!」
突然その影が二つに裂け、消滅する。皐月がぺたん、と尻餅を付き、俺を見る。
「葉月ちゃん・・・」
両目から涙が溢れ出す。なんだ・・・皐月の悲しみが俺の心に流れ込んで・・・
「皐月?」
「葉月ちゃん・・・私が弥生お姉ちゃんを・・・」
駆け寄って皐月を抱く。手の拳銃を奪う。
「くっそおおおぉ!」
残りの6発で2〜30体の怨霊が吹き飛んだ。
絶望的な状況はまだ継続していた。
山のように巨大な何かが、結界のあった場所まで迫っている。そこからどす黒い気の流れが吹き付けてきて吐きそうになる。もう武器がない。
皐月に憑いていた怨霊が裂けた場所から、何かを感じた。
「・・・これは・・・」
地面に突き刺さった日本刀。揺らめくように、白い焔に包まれているように見える。
「葉月っ、ダメよ。それに触らないで。あなたの人格をルートにおいて、下層に関連付けしなきゃ・・・あなたが壊れちゃう。」
弥生の声で俺は手を引っ込めた。
しかし・・・もう助かる道はない。
「弥生さんっ、俺、壊れたら適当に処分してください。」
「は、葉月?やめ・・・」
『こんにちは。』
心に誰かが話しかけてくる。女みたいだ。凄腕の退魔師っていうから、目つきの鋭い男を想像していた。
『でっかいのだけ狙うわよ。カテゴリーBを滅すれば周りのザコなんて問題ないわ。構えて。』
深呼吸をして日本刀を構える。
『集中して。あなた達の力なら必ず出来る。』
あなた達・・・って俺と皐月の事?
「いえあああああああっ!」
地を蹴り、空中から刀に全ての意識を乗せて・・・
着地した俺の後ろで両断された山が、ただの土となって崩れていった。
「葉月ちゃんっ!」
「葉月っ!」
遠くから呼ぶ声。よかった。守れたんだ、俺。
『私のことは内緒にしておいたほうがいいと思う。私はあなたをどうするつもりもないし、この体も奪ったりしないわ。でも私は惑って怨霊化した。人もいっぱい殺しちゃったの。他の退魔師がこの状況を知ればただじゃすまない。』
そんな事いわれて、どう返事しろと・・・
『ただ黙っていればいい。怨霊化した私は他に存在する。私はその残り滓みたいなものかな?それにあなたが守りたい者を守る手伝いがしたいの。私がしたかった事。』
二人が息を切らせて駆け寄ってくる。
「葉月あなた・・・大丈夫なの?」
『じゃあこれからよろしくね、鈴木直利くん♪』
なっ、知っているのか?
『知ってるわよ、私は今やあなたの一部なんだから。女の子歴は私のほうが長いから、色々と教えてあげるわ。あ、お姉ちゃん歴も、ね。』
「弥生さん、俺は平気です。足、大丈夫ですか?」
「幸い綺麗に貫通してくれたから。22口径のマニ弾だったし。あ・・・今頃来たわ。」
家の前に続く道をハマーが登ってくる。
「助けを頼んだ人ですか?」
「そう、公務員の拝み屋さんたち。ちょっと貸しが有るのよ。っていっても遅すぎ。役に立たないわね。」
車が止まり、黒いスーツの男達がバラバラと降りてきて、辺りに残っていた怨霊たちを退治し始めた。一人だけ小さな人影が。俺と同じように日本刀を持っている。
『絶対に内緒よ。特にあの子には。』
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