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駅前のドーナツショップで目を輝かせている皐月。
皐月は甘いものに目がない。
「ねえねえ、これいつもだと幾らだっけ?どれでも100円なら・・・これかな?ううん、こっち。あぁもう〜!」
窓際の席で皐月は3つ選んだドーナツのどれから食べ始めようか、真剣に悩んでいる様子。ついに決定したらしく、一番ごてごてしたデコレーションのひとつにかぶり付く。
「んんん〜〜〜っ。おいひぃ〜♪」
一人っ子だった俺には兄弟姉妹と過ごした経験がない。しいて言えば従姉妹の茜ちゃんとは、小さなころから家が近いこともあってよく遊んだけど。その茜ちゃんとも今は親戚ではなく、高校の同級生という関係になった。
本物の俺、鈴木直利は現実に存在している。俺は皐月のクローンのこの体に写し取られただけの存在で・・・
「ねえ、葉月ちゃん?」
「えっ?あ、うん。何?」
「何考えてたの?ぼーっとして。」
「ううん、何でもないよ。あ、ほらちょっと。」
紙ナプキンを引き抜いて皐月の口元の生クリームを拭いてやる。
「ありがとぉ。」
本当に可愛い女の子だ。容姿はもちろんだけど、両親が亡くなったはずなのにいつも明るく、素直で。
「ねえ葉月ちゃん。」
気がつくと皐月は俺の目をじっと見つめている。そしてそっと、俺の手に手を添える。
「ありがとう、私のお姉ちゃんになってくれて。私、ずっと一人だったから・・・本当にありがとう。」
そうか。弥生は一緒に住んでいるけど、本当の肉親ではない。きっと寂しかったんだろうけど、それを出さずにずっと耐えてきたんだ。
「お姉ちゃんって呼んで、迷惑じゃないかな?だって葉月ちゃんは本当は・・・」
ぎゅっと手を握り返す。
「俺は葉月。お前の姉だ。ずっと一緒にいるから安心しろ。」
ぱあ、っと皐月の表情が輝く。そうだ、俺はもう鏡原葉月なんだ。
「どっかに行ったりしないでね、葉月ちゃん。もう一人ぼっちは嫌だから。」
「そう、よく知ってるわね。」
俺は手にした小型拳銃の弾倉を装着し、スライドを引いて初弾をチャンバーに送り込んだ。
「一応男として18年間生きてきましたからね。モデルガンで同じやつも持ってたし。」
ワルサーPPKS。ちょっと古い自動拳銃だ。
「実戦では対魔専用の弾丸を使うんだけど、調達が大変だから練習用の通常弱装弾を使う。体は中学生の女の子だから、両手でしっかりホールドして。」
「はい。」
あれ以来二度と弥生は刀のことを口にしなかった。その代わりという事なんだろう。俺は弥生に連れられて深川の警察の射撃練習場に来ていた。話は通っているらしく、すんなりと中に通された。
「凄いわね。本当に初めてなの?」
最初は感じが掴めなかったが、徐々に標的に空く弾痕は中心の黒丸の中に集まるようになっていた。
「初めてです。あの、そろそろ腕が痛くなってきました。」
「弾も終わり、か。じゃあこれを装填しておいて。それとこれが銃砲所持許可証。一緒に持っていなさい。」
公安委員会の印が押されたその許可証にはセーラー服姿の俺の写真が貼られている。
「あの、18歳になってますけど?」
「細かいことは気にしない。さ、帰るわよ。」
郊外に向かう高速道路を弥生の運転する黒いアウディがゆっくりと加速していく。
弥生が沈黙の中、唐突に口を開いた。
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