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「葉月、ちょっと来て。」
「えっ?まだ洗い物が。ああっ。」
ぐいぐいと手を引き、弥生は俺を引っ張って古い一軒家の庭にある離れに連れ込んだ。
「うわ・・・凄い、ここ、あ・・・仕事場か。」
葉月の記憶にはここが弥生の仕事場だという認識。壁一面の金属ラックにパソコン数台と測定機器のようなものがびっしりと詰まっている。
「そこに座って。」
弥生の研究、そうだ。超自然科学の国際的な研究機関。そしてこの古びた離れが日本の拠点なのだ。
弥生は葉月の記憶にない事を、俺に説明してくれた。皐月は実の妹ではなく、怪異現象によって取り殺された家族の唯一の生存者で、霊力の高さから常に怪異、物の怪、亡霊の類に狙われている為弥生が引き取って一緒に暮らしていること。
両親の死後弱まっていた皐月の霊力が、葉月と暮らし始めて急速に増大していて、霊力を隠す為の真言を刻んだネックレスでは間もなく隠し切れなくなること。
俺のこの体は皐月本人と同等クラスの霊力を持っていること。
「身の回りの世話、だけじゃこの先済まなくなる。皐月と、そして葉月自身を守ってほしい。」
俺は返事が出来ず、何度も唾を飲み込んだ。
「そんなの・・・無理・・・ですよ・・・」
「そう、貴女には霊力はあっても、それで魔を退ける術がない。」
弥生は立ち上がり、キーボードを両手でそれぞれひとつずつ高速で叩き始めた。
「そこのケースの中、見て。」
昔の郵便ポストぐらいあるガラスの筒。中にあるのは日本刀?
「若くて有能な退魔師だった。剣術、体術、法術・・・特に剣術は神童と呼ばれるほど。」
「だった・・・って、その人は・・・」
「戦いで傷付き、身動きの出来ない状態だった時に、ある者によって無理やり怨霊にされたの。数十人の命を奪い、そして最愛の人を傷つけそうになった時・・・その最愛の人の為に自分を滅ぼそうとした。僅かに残っていた自分の意思で。」
「・・・最愛の人・・・」
「この刀はその退魔師の物よ。研究の為に正式に引き取った物。霊的処理は終わっているから、穢れや怨念は除去出来ているはず。それでもこの刀には膨大な念が残っている。恐らく人を守る意思、そして魔を退ける気。これを葉月の時みたいに、君にインストールしてみたいの。」
「えええっ?怨霊になった人の!?」
刀自体が記憶媒体となって膨大な情報を持っているのだという。ガラスのケースから伸びたケーブルはパソコンに繋がっている。
「そんなの・・・イヤですよ。申し訳ないけど・・・」
「そう。そうね。御免。戻ろうか。」
居間からテレビの音がする。
「はっづきちゃああん♪」
皐月が抱きついてくる。
「や、やめ・・・ああんっ、ど、どこ触って・・・っ!このド変態娘っ!」
姉、とはいっても元は同じ肉体。中学三年の皐月と同じ。俺はベッドの中で寝返りを打った。
弥生さんの話は本当なんだろう。でも、俺に何が出来るんだ?
死んだ人の記憶を、なんて・・・想像も出来ない。
いつの間にか俺は眠りに落ちたみたいだった。
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