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38/ ぼやき日記セレクション
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2008/10/12(Sun) 03:21:03

    こんなコーナー作ってみようかなぁ。
    けっこう面白いの多いぞ。

    解説希望とかあれば受け付けます。あるわけねぇ。



39/  5月14日  ― 普 通 ―
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2008/10/12(Sun) 03:24:13

     5月14日  ― 普 通 ―

        マッハヤッホー



    隠れた名作。


    このコーナー駄目だなきっと。



27/ (削除)
・投稿者/
・投稿日/ 2008/09/09(Tue) 18:57:55



28/ 2ch
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2008/09/09(Tue) 18:58:57

    18 :病弱名無しさん :02/09/04 05:51 ID:hOqjpaZH
    妻が入院してる時、中学生になる姪っ子と一緒にお見舞いに行ったことがあった。
    帰りの電車の中、姪っ子のふとした一言に切れてしまい、「うるせーだまってろ!」っと
    怒鳴って、ひどく叱ってしまった。勿論そんな風に怒鳴ったことも今まで無かったし、姪っ子も悪気があって言ったんじゃないってことはわかっていた。
    姪っ子は妻譲りの気の強い性格で、「そんなに怒んなくてもいいんじゃない」と言って次の駅で降りてしまった。
    最悪の気持ちだった。
    この先妻はどうなってしまうんだろうという不安や心配・ストレスを姪っ子に向けてしまったことをほんとに後悔した。
    なんだか救われない気持ちと辛い気持ちでいっぱいになった。そんな時俺の隣に座っていた全く知らないおばあちゃんが俺に向かって
    「さっきのお嬢さんもあなたのつらい気持ちがわかる日がくると思うわ。」っと言ってくれた。
    なんだかすこしすくわれたような気がした。



2/ 新しいこと古いこと
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/08/31(Fri) 00:36:39

    一般的に、新しいものの方が古いものより面白い。
    でもそうじゃないこともある。
    むしろそうじゃないことの方が大事な気がする。

    頭悪いから頭悪い文章でしか書けないし、頭悪い文章でしか理解できない。
    バカみたいな日本語で、明確な場合分けをしたい。

    脳内ホットトピック、結論が出ないよ〜
    ダラダラ書いてたら結論出るかな?試してみよう!
    という発想



3/ 本題
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/08/31(Fri) 00:39:58

    同じようなボケを2回見ても笑えないのは、古いものに価値はないから。
    いや正確には、「古いもの」ではなく、「知っているもの」だな。
     [知ってるものには価値はない]
    うん。
    親記事の1文目の、
    「新しいもの(というか、知らなかったもの)の方が面白い」というのは、
    もしかしたら消去法かもしれない・・まあこれはどっちでもいいことだけど。
    どっちにしろ今後影響しないだろうし。

    で、そうかと思えば。
     [既に知っているものにしか価値はない]
    (これが先の強調文と対立してるので、この矛盾を解決しようという流れが目標。)
    これは、「言葉や知識を持たないと思考すらできない」っていう意味じゃない、
    それだと本質的には2つの文は、矛盾にならず、ただ後者は前者の前提になるだけ。
    じゃあどういう意味かというと、要するに、ベタな笑いも大事だと言うこと。
    (ちゃんと言葉にできないから具体例に逃げた。)

4/ 続き1
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/08/31(Fri) 01:11:22

    ちゃんと言葉にできないから結論が出ないんだろうけど、とりあえず、まずは具体例を。

    お笑いコンビ「天津」を、ここに出してみる。
    彼らのスタイルは、ボケ役(ボケ役ってすごい言い方だ)が持つオタク知識を振りかざして、
    その気持ち悪さをツッコミ役がおもしろいものとして対象化することによって笑いを取るという形式だ。
    そんな非常にベタな笑いで、広く人気を得ているようだ。

    オタクブームだとかいうもののおかげで、
    いわゆるオタクの持つ気持ち悪さは笑いに変わることができるようになったけど、
    ちょっと前までの、マジメなオタクは、誰からも阻害されていたはず。


    異常がおもしろいのは、異常がおもしろいという認識があってこそ。
    そういう意味において、[既に知っているものにしか価値はない]

    ヘタな具体例いらなかったな。こんなけで十分やんけ。


    でも、知られすぎたら、飽きられる。
    「異常がおもしろい」という状態は、そうそう長続きしない。
    同じことをやっているはずなのに、「同じことをやっているから」という理由で、つまらなくなる。
    そういう意味では確かに、[知ってるものには価値はない]

    これが矛盾していないとすれば、程度の問題だろうか?
    知っているからおもしろい、知りすぎたからおもしろくない、というだけ。
    それで解決するのか?
    まだもやもやするぞ。

5/ 続き2
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/08/31(Fri) 02:09:54

    結論に一番近い展開がちょっと見えないので、わき道にそれてみる。
    急がば回れということで。

    異常は異常のまま、慣性の法則で動きはないはず。
    そして異常を異常と認識するなら、なにかしらの嫌悪感しか残らない。
    なんの外力が働いて、異常に対して、「おもしろい」など嫌悪感以外の感情が起こるのか?←命題

    ここから推測。っていうか仮説。

    ものにはすべて人を感動させるエネルギーがある。
    そしてこのエネルギーは、ベクトル量だと思う。
    なんとなくわかるだろうけど、方向というのはつまり、どういう感情を与えるか、ということで、
    大きさはどれだけ感動(あらゆる意味で)させられるか、ということ。

    エネルギーのベクトルは受け取り手の知識や思考次第だと思う。
    だから、人には常識という共通認識があるから、だいたい向きも大きさもいっしょ。

    でも、時々変なやつがいて、
    「これってこういう見方もあるね?」と、新しい価値観を見出す。
    それは突然現れたり、ロジックの組み立ての先にあったりするんだろう。


    そのようにして外力が加わって、方向や大きさに、変化が起きる。
    結果、気持ち悪さで人は笑ったりする。

    わき道の結論は、こういう感じでよさそうだ。


    書いてみたら当たり前のことだったような気がする。
    意味あったかなぁ。

6/ 続き3
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/08/31(Fri) 10:45:07

    話を元に戻す。
    知っているからおもしろい、知りすぎたらおもしろくない。
    これだけだと結論として弱く、心にもやもやとした感じが残る。
    何かもっと大事なことを、全く言い含めていない気がする。

    とは言っても、これは、確実ではある。
    知りはじめはおもしろいのに、知りすぎたらおもしろくない。
    わき道にそれたついでに、これが「なぜなのか」を考えてみる。
    さっきの「何かもっと大事なこと」は、またあとで考えよう。
    こんな行き当たりばったりな文章、なかなかないんじゃないの。

    すべてのものに含まれている感動のエネルギーを、また持ち出す。
    これは、ものの内に含んでいるだけで、人に伝わらない場合があるのは、経験からわかる。
    ネガティブな性格の持ち主だとか、そのときたまたま不機嫌な人だとかには、
    ものが持っているエネルギーより負の方向に強調がなされて伝わる、みたいな具合で。
    この、ものから人へのフィルターを、概念としてきちんと捕らえよう。

    人はそれぞれのフィルターを持ってる。
    このフィルターは、外力(自身の思考の変化も含めるものとする)によっていくらでも変形する。
    トカゲがもつ感動エネルギーは、爬虫類博士のフィルターを通すと、興味方向に大きな感動を与える。
    どこぞの部族のフィルターを通すと、そのエネルギーは食欲方向に向くだろう。
    単純に、それが「好きな人」と「嫌いな人」では、向きが逆だ。

    その人その人のフィルターによって、感動エネルギーは、方向ですら大きくぶれる。
    それなら、フィルターがその人への感動をまったく決定付けるのなら、
    ものが持つ感動エネルギーなんて考える必要がないんじゃないか。

    うーん、よし。そういう方向にしよう。
    このフィルターの変化から、「知っているからおもしろい、知りすぎたらおもしろくない」の理由を考えよう。


    このフィルターは時間がたつごとに興味を削いでいくと考えるのが、まず自然だな。
    なんでもかんでも物理現象に投影するのはアレだけども、
    物体は外力により速度がついても、摩擦で速度は0に向かうのといっしょ。

    それなら人は、時間を無限に飛ばすと、無感情に収束するのか。
    これはちょっとおもしろい考えである気がする。

    今日からこれを、人間の性格として考えてみよう。
    人は、無感情で安定する。



    あー支離滅裂アホ文章自己満足
    ぬぬぬぬぬん ピーナッツレベル

8/ 続き4
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/05(Wed) 01:27:58

    もっかい、話を戻す。
    [続き3]では話を元に戻した瞬間に別の話に移ったからね。

    さて。
    > 知っているからおもしろい、知りすぎたらおもしろくない。
    > これだけだと結論として弱く、心にもやもやとした感じが残る。
    これはむしろ逆だったな。
    心にもやもやとした感じが残るから、結論として弱い(と判断した)んだ。

    なぜもやもやがあるのか。
    それは2文の矛盾の解決には、「知っているから/知りすぎたから」ではもっと大事なことを言い含めていないから。
    つまりそれは、「 もっと別の矛盾がある気がしている 」からだろう。


    「感情」について。
    ここまでどういう感情かについて明示してはいなかったけど、それは感情一般について言いたかったから。
    ここから、「感動させる価値がある」または「感動させる価値がない」を、
    「おもしろい」「おもしろくない」と言う方向だけにベクトルを定める、そう明示する。
    なぜかと言うと、未だ晴れぬこのもやもやの原因は、笑いについて感じたことだと思うから。

    それに、考えた結果はきっと、どの感情にも帰納的に当てはまるだと思う。たぶん、きっとたぶん。


    そもそも、そうだ。
    [知っているから価値がある、知りすぎたら価値がない]
    こんな無限の感情の中にあるもやもやを考えたらキリがないんだ。

    [知っているからおもしろい、知りすぎたらおもしろくない]
    これだけに焦点を狭めても、もやもやに思い当たる節がある。
    そこから何か発展させられそうだ。


    さてここからが大事。思い当たる節とは何か。
    笑うにあたり、期待に沿ってくれたことで笑うのと、裏切ってくれたことで笑うのがある。
    (「笑う」を「泣く」に当てはめても成り立つのが、これから出るだろう結論がすべての感情にきっと当てはまると思う根拠)

     ボケ 「ラッキー味噌煮はサバの味噌煮」
     ツッコミ 「○○○」

     ○○○に何が入るか。

10/ 続き5
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/05(Wed) 01:47:53

    ケース1
     ボケ 「ラッキー味噌煮はサバの味噌煮」
     ツッコミ 「ほかに何の味噌煮があるんだよ」

    ケース2
     ボケ 「ラッキー味噌煮はサバの味噌煮」
     ツッコミ 「今日いいことあるぞ」


    前者は、まさに期待通り。←知っているからこその価値
    後者は、それを外した。←知らないからこその価値
    どちらにより価値がある。
    どちらがおもしろい。

    多くの人に安心して笑ってもらうためには、ケース1を選ぶ。
    既にこういうパターンのボケが蔓延していることがわかっている人たちには、ケース2を選ぶ。
    ネタをぶつける対象に場合分けができる場合の判断は簡単だけど、
    その対象が客観を求められる自分だったら、どうする。
    どちらがおもしろいのか。

    もう「おもしろい」の定義から確認しないと、答えられない。

18/ 続き6
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/13(Thu) 00:38:28

    話が進まない。
    何がおもしろいのかを考えたら、展開に詰まった。
    そういうときは、思考を逆転させよう。
    「何がおもしろいのか」ではなく、「何以外がおもしろくないのか」。

    (1)予想を外すことでの笑いと、(2)期待通りの笑いがある。
    それぞれ何をやるとおもしろくないのか?



    (1)予想を外しすぎる笑い ・・理解できないボケ
    どんなボケでも、理解するまでに間がある。
    ふつうその間は一瞬であるべきだけど、むしろ長ければ長いほどいい場合もある。
    落語にも「考えオチ」というジャンルのサゲがあると言われているけど、「考え」る間が笑いを増しているという事実があってこそだ。
    でも、「考え」た結果に「理解」がなければ、笑えるはずもない。
    たまに本当にオチの意味がわからないまま、次の演者が高座に上がって来ることがある。
    これはよくない。
    特殊な思考をおしつけるヘンな芸術を除いて、これは発信者の意図とも異なるはずだ。

     ボケ 「ラッキー味噌煮はサバの味噌煮」
     ツッコミ 「今日いいことあるぞ」

    「なんでいいことあるの?」「だからなんなの?」と思ったまま解決できない人には、具合がわるい。
    かと言って、考える間を与えないほど説明してしまうと、元も子もない。

    考えさせず考えさせすぎず。
    このサジ加減を、受信者によってのサジの大きさの場合わけを、うまくやることがよりおもしろくする唯一の方法だろうか。



    (2)期待どおりすぎる笑い ・・0点ネタ
    このフリ(お題)にはこうボケる、というパターンは無数にある。
    だから、フリ(お題)を見た瞬間に、無数のボケがリストアップされる。
    一瞬で思いつくボケ。
    一度ならず二度も三度も見たボケ。
    これは実におもしろくない


    のか?

    ここだ。ここで引っかかっているんだ。
    わかってきた。なにでもやもやしてるのか、わかってきた。
    全くおもしろくないはずなのに、おもしろくないはずがない気がする。なんなんだ?

24/ 続かない/主観的感動の数値化
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2008/08/27(Wed) 13:56:37

    ホットトピックじゃなくなったので続かない。

    かわりに「主観的感動の数値化」について書き残します。
    これまでの流れと全く関係ないんだけど、感動ベクトルという概念が我ながら面白かったので、発展させた形です。
    ボーカロイドにゃっぽんの日記で書いてたことの収まりがつかなくなったので、中途転載。

    1)感動
    『感動ベクトル』。
    全ての事象に感動を与える要素があると考え、それをベクトル的に扱います。たとえば、

    ・事象「知らない人がすぐ隣で死んだ」は、驚きやら恐怖やらの数値が大きい
    ・事象「知らない人がどこかで死んだ」は、ゼロベクトル
    ・事象「宝くじで1万円が当たった」は、事象「宝くじで500円が当たった」より、喜びの数値が大きい(必ずしも20倍大きいわけではない)

    感動ベクトルの方向は単純に喜怒哀楽の4次元でなく、心がmoveすればどんな形であれ感動であると見なせば、おそらく無限次元。
    なお、感動ベクトルのノルムは、その事象がいかに魅力があるかを示す指標になるでしょう。(「怪談話」と「ケーキ」、事象としてどちらがより大きな魅力を持つかを比べられる、なんてことも。)

    2)感動の数値化
    ある事象を人を感動させる要素にわけて考え、感動させるn番目の要素の感動ベクトルを[S(n)]とすると、その事象の感動ベクトルの和[M1]は、
           ∞
     [M1] = Σ [S(i)]
            i
    ここに、[ ]はベクトルであることを表します。
    なお、[S(n)]はnについての関数というわけでなくむしろ数列(配列)のn番目という扱いであり、だから本来は
     S と下付文字で書きたいところのものです。以下i,j,n,mは正の整数です。
      n

    具体例を。競馬が人を感動させる要素は様々あります。
     感動ベクトル[S(1)] : 的中時の興奮
     感動ベクトル[S(2)] : 競馬場の臨場感
     感動ベクトル[S(3)] : 競争馬への愛着
    以下略。人により際限なく要素があることを根拠に、要素数は∞。[M1]は、これらの無限和。
    ここに||[S(i)]||≧||[S(i+1)]||は必ずしも成り立ちません。つまり要素の順番に意味はないです。

    次に、要素同士の組み合わせを生む場合を考えると、
           ∞ ∞ 
     [M2] = Σ Σ [S(i,j)]
           i j≧i
    と書けます。
    ここで、[S(n,n)]は人を感動させるn番目の要素、つまり上述の[S(n)]とし、また[S(n,m)]は[S(n)]と[S(m)]の組み合わせとします。
    単なる組み合わせなので、
     [S(n,m)]=[S(n)]+[S(m)] (n≠m)
    と、単なる和です。組み合わせて何が嬉しいかは後述。
    3つ以上の組み合わせは、2つの組み合わせの和で書けるものと考え、2つより多い組み合わせの記述は必要なしとします。
    このあたりは特に、論理性より雰囲気重視です。

    3)主観的感動の数値化
    ある事象がいくら魅力を持とうが、つまり||[M2]||が大きかろうが、「自分にとってどれほど魅力を感じるか」が最重要です。
    ここで、主観係数ベクトル[K(n,m)]というものを用いて、
       ∞ ∞ 
    I = Σ Σ [K(i,j)]・[S(i,j)]
        i j≧i
    と、「主観係数ベクトル」と「感動させる要素の感動ベクトル」の内積の無限和で表される実数 I は、主観的にどれだけ魅力を感じるかを定量的に表す値となります。この I を「好み値」とでも呼びます。
    ここで主観係数ベクトルにおいて、感動要素[S]と同様、
     [K(n,n)]=[K(n)]
    と定義しますが、しかし、
     [K(n,m)]=[K(n)]+[K(m)] (n≠m)
    と記述でき『ない』ことこそが、要素組み合わせの本質です。
    例えば競馬においては、人により競馬場の臨場感が的中時の興奮を異様なものにするため、主観的には単なる和として扱う以上の効果がある、と書くとわかりやすいと思います。
    主観的に、要素同士の組み合わせが、新しい感動を生む。「組み合わせ」は、これが記述できるから嬉しいのです。

    具体例をもってここまでを確認します。
    競馬は確かにいろいろな感動要素を持っていますが、僕は大して競馬は好きではありません。魅力を感じません。
    「競馬場の臨場感」([S(3)])も知りませんし、「競争馬への愛着」([S(2)])もありません。[S(4)]以降の様々な要素についても同様であり、しかもこれらを何と組み合わせても新たな感動は生まれません。(※)
    ただし、「的中時の興奮」([S(1)])はわかります。博打一般に言えることですからね。
    この感動ベクトル[S(1)]には「喜び」「熱さ」「背徳感」の3つ次元のみが0以外の数値を持つものとします。つまり、「怒り」「かっこよさ」「おいしさ」など他の感動を張る次元の絶対値は0と見なします。
    ここで[S(1)]を上記の3次元ベクトルと置きなおし、仮に、お金がもらえる「喜び」の大きさを定数a(>0)、興奮による「熱さ」の大きさを定数b(>0)、働かずに金を得る「背徳感」の大きさを定数c(>0)と置きます。[S(1)]=(a,b,c)ですね。
    つまり、ここで主観感動係数を
     [K(1,1)]=[K(1)]=(r,s,t)
    とすると、※の一文より
     [K(i,j])]=[0] (ただし(i,j)≠(1,1), [0]はゼロベクトルの意)
    であるから、
     I = ar+bs+ct
    ここで、僕は博打においてお金をもらえることの嬉しさは何よりも好きですが、興奮して熱くなる瞬間は好きと言えば好きといった程度であり、働かずに金を得る背徳感は好きではありませんので、
     r>s>0 , t<0
    であることがわかります。
    これが今の僕の競馬に対して感じている魅力、ということになります。
    これらの定数に具体的な値を代入できることがあるとしたら、ゲームのキャラかロボットを作るときくらいのものでしょうね。
    今後働かずに金を得る「背徳感」が快感に変わり魅力的に思うかもしれませんし、競走馬に愛着がわくかもしれませんから、主観係数ベクトルは時間に依存することは自明です。



7/ 企画案
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/05(Wed) 00:52:44

    1)任意n人を参加者を募る(募った結果がn人でよい)
    2)全員ボケる
    3)自分以外のボケに全員10点満点で採点する・その点にした理由も書く
    4)自分以外のそれぞれの理由に全員10点満点で採点する
    5)ボケに与えられた点と理由に与えられた平均点の3倍との合計点で競う

    参加者がn人の場合nボケ並んで、それぞれに(n-1)採点・(n-1)理由が入る
    その合計点は満点だと10(n-1)+10(n-1)×3 = 40(n-1)

    全得点に対するボケに占められる点の割合は10(n-1)/40(n-1) = 1/4

    3人だと80点満点
    5人だと160点満点
    11人だと400点満点


    参加者への手間
    ・1ボケ 一瞬
    ・(n-1)ボケの採点 秒殺
    ・(n-1)ボケの理由を明記 かなり苦労する(してほしい)
    ・(n-1)^2 ボケの理由を採点 やや苦労する



9/ Re[1]: 企画案
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/05(Wed) 01:30:35

    5)ボケに与えられた点と理由に与えられた平均点の3倍との合計点で競う
    ここを3倍ではなくて、K倍にすると

    全得点に対するボケに占められる点の割合は 1/(K+1)

    このあたりは、好みだな
    こんな企画をするくらいだから、理由説明に4分の3くらいの重みがかかってもいいんじゃないかな


11/ Re[2]: 企画案
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/05(Wed) 02:06:32

    ポイントは、解説に求められる主観性と客観性。

    ちょっとおもしろそうだけど、誰かやらないかな。


16/ Re[3]: 企画案
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/06(Thu) 01:46:00

    アンケートに3つの選択肢を用意する。
    ただし結果がそれぞれ1/3に分かれることを目標とする。
    3つのうちmaxからminを引いたポイントの少ない人が勝ち。

    っていうのもおもしろそう。


17/ (削除)
・投稿者/
・投稿日/ 2007/09/13(Thu) 00:08:34



14/ 忍者システムズ
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/05(Wed) 23:36:43

    忍者システムズが怖い


    そうじゃなくても、アクセス解析も怖い。
    「なんでこんな見てんねん」って思われるんじゃないかと思うと、
    ちょくちょく行く気がなくなる。
    自分だけだろうか。

    ブログの利点に、そういう装備が既にあるという点にもあるんだろうな。
    でもそれが怖い人もいるんじゃないかとヘンな憂慮で、こうやって掲示板を使ってます。
    ブログより書くの簡単だし、親記事に対等に返事をもらえるし。


    ネットの世界なのに、一世代前の機能しか使えてない。



15/ Re[1]: 忍者システムズ
・投稿者/ Kagem(管理人)
・投稿日/ 2007/09/05(Wed) 23:39:30



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掲示板管理者:Kagem
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