荒野に風が吹いていた。
士季号がどぉっと崩れ落ちる。衝撃で荒野の土が舞い上がった。
今までと違って人に酷く近い姿をしたなりそこないは、倒れた士季号を耽美な表情 で微笑み、見つめる。 酷く優しい顔をして、ゆっくりと近づいていく。
コクピット内に警告音が鳴り響く。が、4人とも起き上がろうとはしない。 否、起き上がろうとする自らの意思に体が反応しないのであった。 (やば…このままだとやられる…回避しないと) レバーを引かないと、スイッチを押さないと、ペダルを踏まないといけないのに。 手も足も指も動こうとはしない。
『・・・正…こがましき…の戦争…厳しさを…パンツァーフォー!』
「げっ!」 4人の叫び声と共に士季号の瞳に光が戻る。 ぶうん、と唸りを上げてなりそこないが振るった拳が突き刺さる。直後、地面が豆 腐のように崩れた。 だがそこにあるべき士季号の姿は無い。土くれだけである 見れば士季号は拳が当たる寸前に飛びのいたと見えて、こちらとの距離を取ってい た。 なりそこないは再び微笑むと、右足を踏み出す。 その足が地面につく『前』に左足が前にあった。それを繰り返すと、消えるように なりそこないは距離を縮めていく。
船橋の頭から血が流れ落ちて、モニターに落ちる。地面に激突した時に切ったので あろう。 こんな状況見たら空歌がまた泣くだろうか、いや倒れるなきっと。 「今の言動といい、ドイツ語といい…」 「どう聞いてもふみこさんだな」 「やけに静かだと思ってたら、やっぱり出てきましたね…」 おかげで助かりましたけど、といいつつ、小宇宙は真っ赤な表示のまま画面が固ま ったコンソールをばんばんと叩く。拳にいくつか赤い筋が走り、画面には細かいヒ ビが入ったが何とか動き出した。 「エンジン出力現在70%、戦闘行為には支障ありませんが最大出力は無理だと思 います」 「相手が相手だしな、無傷とは行かないだろう」 「中身の方にも結構負担かかってる。そう長いことはやれないぜ」 木材はどこからか皮の水筒を取り出すと中身をぐびり、と喉に落としている。か ー、という反応から見てどうも口の中を消毒したようだった。 見れば、こちらが態勢を立て直す間に相手との間合いが見る見る縮まる。一見する と 「こっちは制限時間があるっていうのにテレポートでぴったりくっついてきやが る。そっちはどうだ」 「いいとは言えないが持たせる。ただ、さっきの奴に結構やられたから戦闘中にバ ランサーの微調整をやる羽目になるなこりゃ」 喋りながらも必死に手を動かして士季号の調整を行う4人。喋ることで自分が、仲 間が生きていると思っているかのように。 それをあざ笑うかのように、微笑を崩さぬまま、なりそこないは足を蹴りだした。 何気なくただ蹴りだした足が触れるだけで、数十トンもある士季号が吹き飛ぶ。め き、という嫌な音と共に士季号の腕の装甲に亀裂が走った。
先ほどより激しい警告音がコクピットに鳴り響く。機体の状態を示す画像がどれも これも「危険」と表示されていた。 「うは、後ろに跳んだのに衝撃が全然殺せてないですよ」 「それだけ相手が規格外ってことだな…さてどうする」 「末期の酒も飲んだし、正直さっきからこのビービーなってる警告音がうっとうし くて仕方ないな」 「やれることやるしかないだろこれ。というかな、俺は明後日癒しの旅に出るん だ。そしてとっとと家に帰って家族で平和に過ごしたいんだよ!」 「口を開くとそれしか出てこないなお前」 ゲラゲラと3人が笑う。高原は憮然とした顔で、すれ違いざまに一撃を入れるため のタイミングを取りはじめる。 「どの道次で勝負だ。機体も俺たちも限界が来てる」 「予備の動力も、全部回して一発に賭けますか」 「らしいといっちゃらしい。マンネリといえばマンネリ。ま、いつものことだね」 「言うな言うな、マンネリとは王道よ!」
士季号が構えた。右の拳を前に出し、両足を開く。 顔面は既に半分内部の機械が露出しており、腕は肩より上に上がらず、足の関節は 火花を噴いた。 全身破損がないところはない、満身創痍。敵との間合いは5m、一撃の範囲であ る。 なりそこないが足を動かす。が、それより早く士季号が動いた。 引いていた左の腕を固定するとそのまま貫手として相手に放ったのである。全身の 勢いと士季号の重量が、貫手を槍と化したのだ。 勢いも何も無いなりそこないの拳が触れる。水をかけられた砂糖のように、士季号 の左腕が砕け散っていく。 そのまま拳は倒れてくる士季号の胴体を砕き−
だが、砕けない。最初に現れた時から、決して崩れなかった微笑が困惑に変わる。 「はるよぉ。お前の贈り物、ありがたく使わせてもらうぜぇ!」 高原の懐で何かが輝きだす。それは、友から貰った一つの宝。そして最大の切り札
「そしてこの瞬間を!」
「俺たちは」
「待ってたんだってね!」
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
4人の想いが、命が、一つになっていく。 魂の拳が、唸りを上げた。 #(文字数、スペース除いて1999字)
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