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1687/ ブラックゴート
・投稿者/ nagu
・投稿日/ 2009/09/15(Tue) 03:11:49

    ―人殺しには人権がない。だから人を殺せるし、人に殺されもする。







    スラム街。
    昼でも薄暗い裏通りは、そこで起こるあらゆる出来事はその薄暗さの前に消えてしまう。
    殺人も、恐喝も、麻薬も、ありとあらゆる犯罪行為が実質的に容認される場所だった。
    クーロンシティの最下層のスラム街。男に最も似合う場所。

    他者を簡単に殺し、金を奪い、その金で飯を喰らい、その金で女を抱く。
    そんな男にレイヴンは全てを手に入れる権利を与える立場だった。
    正直、遊んで暮らせるだけの金は既にあった。ガーランドに戻って安然と暮らす事も出来る。
    それが常人であったならば。

    人間としては満たされながらも、レイヴンとしては飢えていた。
    飢えと乾きを満たしてくれるのは、硝煙と血と目の前に広がる爆炎。
    これほどに自らを歓喜させてくれるものは人生でもう他には無いだろう。
    死の寸前の命の遣り取り。その誘惑に取り付かれた男の名は無い。
    今、彼を示す名前はブラックゴート。人間を捨てて、人殺しになった男の名前だった。



                             ※



    男の生まれはアーカバレルシティ。3大企業の一つガーランド社の保有する都市だ。
    絶対的な実力主義と軍事面に傾倒したそれは、自由とはかけ離れた世界ではあったが、
    同時に最も安全な都市と呼ばれた場所でもあった。
    しかし男にとって、その安全すぎる世界は窮屈極まりなかった。
    そんな男がガーランド社の軍事部隊に所属するのは当然だったのかもしれない。
    軍属として縛られるのは正直、面白くなかったが人殺しが出来るのだから多少は我慢も出来る。
    MTや戦車の潰れる音は聞いていて心地がいい。
    実力至上主義たるガーランド社において、頭角を現し始めた男はその後、精鋭MT部隊への転属要請を受ける。
    それこそがターニングポイントだった。彼をレイヴンにさせる要因となりうる。



                             ※



    『こちらゴート3。間違いありません。イージスの補給基地です』
    『こちらゴートリーダー。確認できた。情報通り手薄だな』
    『しかし上はこんな所を落としてどうするつもりなんですかね?』
    『本格的な侵攻までの準備だろう。ガレルの蜥蜴と潰しあって貰いたいのもあるだろう』
    『賢しいなぁ、お上様は。真正面から潰してやればいいでしょうに』
    『ゴート2、死にたがりは生き残れんぞ』
    『了解。まぁ死ぬなら俺もその程度でしょうよ』
    『ふん、無駄口が過ぎたな、行くぞ』

    そう言うと、ゴートリーダーの合図で戦闘準備を開始する。
    ゴート2とゴート3のフロストがロケットランチャーで補給所を攻撃、同時に敵陣に強襲をかける。
    突然の砲撃に完全に不意を突かれたイージスの防衛部隊は混乱していた。
    敵部隊は鉄騎のみ。本隊は今頃、ガレルの蜥蜴とよろしくやってるのだろう。

    最後の一機を電磁ナックルで潰し、補給所をひとしきり破壊し終える。
    そしてまさに帰還しようと言う時にそいつは現れた。

    『ACだって! こんな辺鄙な補給所にはレイヴンも来ないんじゃなかったのか!?』
    『ゴート3! 落ち着け! 相手はタンクだ。上手く背後に回れば!』
    『AC! こいつはいいね、潰し甲斐がある!』
    『無茶をするな、ゴート2! チームワー……グァァァ!!』

    2連装プラズマ砲がゴートリーダーのフロストの上半身を消し飛ばす。
    現れたのは流線型を帯びた独特のフォルムに背中には大型のリニアキャノン、
    手には大型の連装プラズマ砲とエネルギーマシンガンを装備した重装AC。
    へヴィフォックスのブロッケンXだった。

    「けっ、イージスもだらしねぇなぁ。たかがMT3体に全滅たぁなぁ」

    接近してくるフロストに気付いたのか、ブーストを起動。
    ブロッケンXがゆっくりと空へと浮かんでいく。

    「へっ、MTさんじゃここまで飛べませんってか? ひゃはは!」
    『こいつ、馬鹿にしやがって!』

    ゴート3のフロストが携帯していたマシンガンで攻撃を試みるが、まるで効いていない。

    「はっ、そんな豆鉄砲で立ち向かう気かよ! 雑魚の分際でよぉ!」
    『くそ、なんて装甲だ!』
    「へっ、こいつはお返しだぁ。喰らっとけよ!!」

    そして両肩のリニアキャノンを起動して、連射する。
    相手の射撃精度の低さが幸いしてか、ゴート3は回避する。

    「ちっ、こいつ……いけね、おりねぇとな」

    ENがやや厳しくなり機体をゆっくりと下ろす。
    ゴート2とゴート3が動いた。

    『後ろがお留守だ、ACさんよ!』
    『こっちもだ!』

    前と後ろからやってくる、フロスト。
    装備を電磁ナックルに持ち換え、行動不能に持ち込もうとする。

    「ちぃ、小賢しいんだよ!」

    ブロッケンXのEOが起動し、前方より向かってくるフロストの脚をレーザーが撃ち抜く。
    そしてプラズマ砲を発射し、ゴート3が吹き飛んだ。
    後ろから迫るゴート2に旋回しながらエネルギーマシンガンで迎撃に掛かる。
    エネルギー弾の猛射を浴びつつ、ACの背後に電磁ナックルを叩き込む。

    「ぐげぇ!! たった一発でシステムダウンだと、クソガッ!」

    ゴート2の決死の打撃でACを一時的に機能停止に追い込む。
    しかしフロストのエネルギーを殆ど費やした為、この隙に逃げだした。

    俺は死にたがりじゃないんだ、わざわざ刺し違えてやる義理はない。

    とはいえ、ガーランドに戻るのは難しいだろう。
    では、どうするか。簡単だ。レイヴンになればいい。
    そうすればあのACと対等に戦えるばかりか、ACを破壊する事も容易に出来る。
    ブラックゴートが生まれた瞬間だった。



                             ※





    依頼主:イージス社
    依頼:反対勢力駆除

    クーロンシティ地下B−14エリアにおける反イージス勢力の駆除を依頼します。
    B-14エリアはクーロンシティ内でも老朽化とスラム化の進行が激しく、
    またそれに乗じて、多くの反イージス勢力が存在しているエリアでもあります。
    その中には、ガレル砂漠産業連合に通じる勢力も存在します。
    その勢力がクーロンシティに対し、テロ活動を行う情報を入手した為、
    急遽、これらの一斉掃討を行います。
    こちらから戦力の提供は出来ませんが、代わりに補給車を用意させます。
    なお、施設や反抗してくる敵は全て破壊して頂いて構いません。
    テロリストに情けは無用です。よろしくおねがいします。





                             ※



    全てがゴミに見える。スラムに赤い火が灯る。
    火炎放射器が人を焼いていく。人の悲鳴が心地よい。
    チェーンガンとガトリングガンが建物とMTを粉々にしていく。
    地面に落ちる薬莢の音と発砲音は、爆音に掻き消されていく。
    実質的に街一つを滅ぼす行為に、ブラックゴートは何の疑問も感じない。
    殺される方が悪いのだ、殺せるのに殺さないのはただの阿呆のすることだ。
    スラムの人々が最後に見たのは、自分達の全てを踏み潰し燃やしていくACの姿だった。



1688/ Re[1]: ヴォルテックス
・投稿者/ nagu
・投稿日/ 2009/09/15(Tue) 04:43:03

    ―一人ぼっちは誰でも嫌だ。誰も自分を知らないなんて嫌だ。だから死にたい。
    ―死ねば誰かが一瞬でも覚えてくれるかもしれないから。








    「………!?」
    アリスはもっとも見たくないイメージを見て、目が覚めた。
    孤児院が燃えるイメージ。生まれ故郷が全て焼け野原になるイメージ。
    信じたくはない映像が描写されていき、そこに現れる一体の真っ黒なAC。
    そこで映像は終了した。

    “未来視”で見たものではない。
    殆ど予知夢に近い。それも最悪の、出来れば嘘であって欲しいほどの。
    そう願う彼女の期待を裏切るように、PCの端末の最新ニュースの残酷な一言で彼女の一日は始まった。


    次のニュースです。
    クーロンシティのB-14エリアのスラムが所属不明のACによる襲撃を受けました。
    本区画はスラム化と老朽化の進行によりイージス社による再開発計画が持ち上がっていた地区です。
    今回のACの襲撃でB-14エリアの居住エリアの過半が壊滅、生存者はほぼ絶望的な状態で、
    現在も救助活動が続けられています。
    なお、イージス社は今回の件をガレル砂漠産業連合のテロと断定し、
    彼らへの報復と、B-14エリアの復興に着手すると発表しています。




                             ※



    「アリス…? どうしたんだ、顔が青いぞ?」
    「デュオ……。孤児院が、皆が……」
    「…まさか今日ニュースにあった……」
    「なんで? あの子達は何も悪くないのに……」

    デュオは何の言葉もかけてやれなかった。
    同じだ。これではかつての自分と同じだ。
    こうやって自分の知らないところで、友達や家族が死んでいく。
    人が死ぬ様をその目に焼き付けないだけ、幸せな事もあるかもしれない。
    だが神はいつだって残酷だ。
    死を望む人間に、人殺しの才能を与えて。
    目の見えない少女に、未来が見える目を与えた。
    欲しくもないものばかり手に入って、不幸になっていく。
    アリスにだけは、自分と同じ思いをさせたくはなかったのに。

    「ねぇ、デュオ。どうすればいいのかな……何も見えないよ……」
    「アリス、今はいい。今は何も見なくていいんだ」
    「うう……うぁぁぁぁぁぁ!!」

    デュオは、ただ泣き叫ぶアリスを抱きしめてやる事しか出来ない自分の無力さを呪う事しか出来なかった。



                             ※



    しばらく泣いて、ようやく落ち着いたアリスをソファに座らせる。
    立ったままでは落ち着かず、とりあえず座ることにした。

    「ありがとう、デュオ……」
    「いや、いいよ」
    「ところで、何か用で来たんじゃないの?」
    「ああ、そうなんだが……今はやめておいた方がいい」
    「……依頼?」

    デュオは黙って首を縦に振る。

    「聞かせて、依頼」
    「駄目だ」
    「何で?」
    「今のアリスに人が殺せるのか?」
    「………」
    「今日は休むんだ。今のアリスじゃ死にに行くようなものだ」
    「……わかりました」

    アリスは沈んだ表情のまま、ただぼぅっと窓の空を眺めていた。
    人工の空からは雨が降り注いでいた。
    それはアリスの心の中の涙を表すようでもあった。
    デュオはアリスを落ち着かせると、アリスの部屋を後にした。



                             ※



    「死にに行くようなもの、か……」

    アリスやジョシュアに会うまでは想像すらしなかった事だ。
    死にたいという気持ちとは裏腹に人を殺し続ける本能が邪魔をする。
    そんな二つの感情の間にいる中で、出会ったのがジョシュアとアリスの二人だった。
    最初は依頼遂行中の寮機として、その共闘の最中で自分の中の死にたいという気持ちが和らいでいた。
    その理由を知りたいが為に、二人と共に戦った。
    その内にその理由にたどり着いたような気がした。
    結局、自分は誰かに自分を知ってほしかったのかもしれない。
    目の前で自分が知っている人が居なくなって、
    一人ぼっちになっていく感覚が恐ろしくて死にたいと思っていたのだと。
    今はそう思える気がした。
    だからこそ、アリスやジョシュアを僕が守らなければならないだろう。
    それぐらいしか自分には返せるものがない。
    そんな事を言うと、きっと二人はそんなに気負わなくてもいい、と言ってくれるだろうけど。
    アリスの境遇はかつての自分と同じだ。
    僕と同じようにしちゃいけない。それだけは絶対にしてはいけないことだ。

    (誰かを殺す事になっても、僕は二人を守りたい。その為ならこんな自分でも生きていいって思える)

    そういって、デュオは戦場へと向かう。
    死に急ぐだけの孤独な戦いではなく、誰かと共に生きる為の戦いへ。
    僕が間違えても、二人と間違いを正して進めればきっと明日はあると願って。



1638/ 未完成テキスト募集スレ (自由参加形式)
・投稿者/ LINE
・投稿日/ 2008/01/18(Fri) 11:43:47

    ---はじめに---
     このスレではネタはあれども諸事情あって未完成。または完成の目処が立たない。
     そんな準ボツ案のテキストを投稿の対象としています。

     しかし未完成とはいえネタであることは間違いなし。
     何かの参考になるかもしれません。完成への起爆剤になるかもしれません。
     HDDに眠ったままのテキストを、この際に掘り起こしてみませんか?

     皆様の投稿お待ちしております。


    ---投稿に際して諸注意---

    1 タイトルは一目で何の作品か、何のジャンルか分かるように、前後をタグで挟んでください。

    例:

      タグ      題名(無題も可)        タグ
       ↓          ↓              ↓
     【OVACG】 ハルキヨvsホークウッド小説 【戦闘】
     【OVA-LR】 Virtual Arena 【設定ネタ】

    2 投稿時には編集・削除用のパスワード設定をお忘れなく。



1639/ 【OVACG】 ハルキヨvsホークウッド小説 【戦闘】
・投稿者/ ジョニー(代理投稿)
・投稿日/ 2008/01/18(Fri) 11:46:36


    「遠慮なくかかって来い」

    射抜くような目つきでこちらを見ながら、目前の男――ジョン・ホークウッド――は静かにそう告げてきた。
    ジョンは右半身と顔をこちらに向けるだけで、拳を握りもせず両腕はだらりと下げている。

    (どう見ても隙だらけで無防備もいいところです。本当にありがとうございました……いやいや、そんなこと考えとる場合じゃあらへんな)

    頭を振って、目の前にいる敵に集中する。
    隙だらけのように見えて、実のところ隙など一辺の欠片もない。傍から見ればそうだろうが、これは実際にジョンと対峙した者にしか理解
    出来ない事だろう。下手に攻撃を仕掛けても痛い目を見るだけだ。
    まずは焦る気持ちを抑えるため、深呼吸する。
    額に滲んだ汗が一筋、頬から顎へ伝い、床にポタリと零れ落ちた。
    どうにかして攻撃を仕掛けなければ、と言う焦りだけが先行し、どうやって攻めるのかが一向に纏まらない。



    時間を稼ぐ為に虚勢を張ってはみるが、相手はあのジョン・ホークウッドだ。見透かされているに違いない。
    しかしどう攻撃していいものか分からない今この状態で、下手に攻めれば間違いなく瞬殺されるだろう。
    落ち着け、落ち着け、と呟いて何度も自分に言い聞かせる。そして行動パターンを再構築する。
    真正面から攻めるか、それともフェイントでタックルをかましにいくか……そんな事を考えつつ、同時に会話を行う。

    「……実を言うと、センセと生身で闘り合ってみたかったんや。センセの使う拳法、独特やろ? 一度それを身をもって体感しときたくて
    な。ははっ願いが叶ったわ」

    そんなわけあるかぃと内心舌打ちしつつも、それを出さないよう細心の注意を払いつつ口の端を歪めた。
    些か不自然には見えるだろうが、この場合笑う事それ自体に意味がある。多少なりともこの緊張をほぐさなければまともな動きが出来ない
    からだ。
    相変らず無表情なジョン教師は、瞬き一つせずにこちらを見据えている。
    このままこちらから仕掛けなければ、時間が来るまで何もせずに終わりそうではある。
    だがそれでは自分は負けたようなものだ。いや、戦って負けるよりも余計に悪い。かかってこいと言われたからには立ち向かわなければな
    らない。これは自分のプライドが許さない。

    「俺の観察力舐めたらアカンでセンセ。それに関節技……極東に伝わる骨法にも精通しとるみたいやな……俺でも数回しか見たこと無いド
    マイナーな拳法や。それに加えてテコンドーにコマンドサンボ、果ては通背拳の亜流みたいなんもつこうとるやろ。そういう色んなもんを
    混ぜ合わせた……言わばハイブリッド格闘技っちゅうやっちゃな。俺もそれなりに色んな奴とやり合ってからそれなりに格闘技習いはした
    けど、生憎ながらセンセ程あれもこれも混ぜ合わせてオリジナル格闘術に昇華させられるまで長く生きとらんし強いわけでもない」

    今ハルキヨが口にしたことは全てブラフだ。確かに格闘技は色々習いはしたが、ジョンの使うモノがどんなものか見抜けるほど実力
    は備わっていない。しかしだからといって口を噤んでしまえば、たちまち先程のように何も出来なくなってしまう。

    (せやけど、負ける訳にはいかへんのや……!)

    恐怖は和らいだ。
    そしてシニカルな笑みを浮かべつつ、覚悟を決める。

    (やっぱりごちゃごちゃ考えるのは性にあわへんな……余計な事考えずに突撃あるのみや)

    駆け出すと同時に腹部へとフェイントを織り交ぜつつ突きを放つ。

    「天地旋風撃ぃ!」

    続けて、裏拳と同時に足払いをかける。

    「白猿通背拳か。ずいぶんとマイナーな拳法だな」

    これまたあっさりとかわされるが、それは予想の範疇だ。ハルキヨの本命は他にある。
    ハルキヨの乱打の隙を掻い潜って打ち込まれるジョンの掌底。

    「そこやぁーーーー!!」

    予測していたジョンのその動きに合わせ、ハルキヨは全力を込めて右ストレートを繰り出した。
    が。

    「がっはぁ!?」
                                               ・・・・・
    己の全魂と熱き血潮をこれでもかと言わんばかりに込めて振りかぶった必殺の一撃『絶対魔拳』に合わせて打ち込まれた
    カウンターの掌底をくらい、ハルキヨは動きを止める。
    息を詰らせながらも視線を前へ向けるが、既にジョンの姿はそこに無かった。

    動きを止めたハルキヨは瞬く間にして仰向けに張り倒され、後頭部を強く打ち付ける。
    軽く脳震盪を起こし、視点が定まらない。
    それでも、自分と対峙する男、ジョン・ホークウッドから視線を外すことはなかった。
    目の前の敵から目を逸らせば、確実に自分の負けが決定されてしまう。
    それは玖倉春紀代という不真面目かつ堕落的な駄目人間が、ガーデンという箱庭の中で学んだ数少ない物のうちの一つであった。


    痛みに負けず、それが出来たのは日ごろの訓練の賜物だろうか。とはいえ思考がイマイチハッきりせず、
    脳内にはノイズがちらつく。動揺を抑えきれなくなる前に、先程と同じように心を静めることを優先すべきだと判断した。
    無論、ジョン・ホークウッドからは視線を外さない。そして相手が行動を起こす前に、
    極めて迅速にそれは行わなければならないことを理解する。
    さあ落ち着け玖倉春紀代。まずは――――そうだ、ここは何処なのか。そこから思い出そう。



    * * * * *


    * * * * *

    ここはガーデンにごまんとある、だだっ広いトレーニングルームの一室だ。
    床にはマットのような物が敷き詰められ、ある程度の衝撃ならば吸収してくれる。
    例えば、後頭部を床に叩きつけられようとも軽い脳震盪程度ですむ。そう言い切ったのは、今、身をもって体感したからなのだが。
    他にあるものと言えば、引き戸のドア二つと、天井にあるライトぐらいなものだろうか。
    実に簡素な部屋である。
    そんなだだっ広い部屋を、今は自分とジョンの二人が占領していた。
    スチュ―デンツの自称お笑い担当、他称変態担当、玖倉春紀代(くぐらはるきよ)。
    超クールでナイスガイのハンサムボーイで女生徒からはモテモテで休み時間などは常におっかけに追われゆくゆくはブロマイドを発売し女
    子校生を中心に馬鹿売れ。いずれは大統領とかになれると思うので今の内にサインを強請っておくのが吉だと思う。
    そしてもう一人はガーデン一の鉄面皮、ミスター無愛想ことジョン・ホークウッド。
    今、俺は床に倒れこんでいる。先程足払いをかけられ、見事に転倒したのだ。
    対するジョンは、何もせず、ただじっとこちらに視線を向けていた。

    (ああクソ、気持ち悪ぅなってきた……)

    思わず嘔吐物をぶちまけそうになるが、なんとかそれを押し戻し、苦痛に歪む表情を無理矢理捻じ曲げて不敵に笑みを浮かべる。
    つらい時こそ不敵に笑うものだ――それは何処で聞いた言葉だったか。少なくともガーデンで教わったことでないことだけは
    確かだ。恐らくTVゲームか何かで聞いた言葉だったように思う。
    それを思い出した。
    どんなにつらかろうが、敵にそれを見せてはいけない。相手を精神的有利に立たせてしまえば、イニシアチブをとられる。
    そこに油断が生じればいいのだが、そんな保証はどこにもない。
    むしろ相手は落ち着いてしまうかもしれない。そうなれば益々こちらが不利になるだけだ。
    と。

    「お前は――――――――――――か」
    「へ?」

    意図不明のその発言に、ついつい聞き返してしまう。

    「お前は、愛の対義語を知っているか」

    先ほどあっさりと床に叩き伏せた時と同じように、何の感情も込めず機械的にこちらを見据えながら、
    ジョン・ホークウッド教師は静かに口を開いた。

    (っとに何を考えているのかさっぱり分からへんなぁ、このセンセは……)

    軽く苛立ちを憶えつつも、ゆっくりと立ち上がる。
    問いかけに答えなければこの沈黙はいつまでも続きそうではあった。
    そのまま放っておけばこの訓練終わるのだろうが、重圧を感じて口を開かざるをえなかった。

    「そんなもんわからへんがな……ていうかまず、その愛ってなんやのセンセ」

    ふ、と一瞬だけ鉄面皮の男が笑ったような気がした。

    「愛とは、他の存在に対して関心を寄せることだ」
    「ふんふん?」
    「では、愛の対となる言葉、概念――それは分かるかね?」
    「あー、うー、憎悪……とか?」

    珍しく頭をフル回転させ、脳内の漠然としたイメージを言葉にしてひねり出すことに成功するハルキヨ。

    「憎悪は確かに相手の存在を排斥しようとする、一見愛の正反対のもののように見えるかもしれないが、違う」

    しかしやはりと言うかなんというか、あっさりとそれを否定され、ハルキヨの苛立ちはますます募るばかりであった。

    「先程私は言った。愛とは他の存在に関心を寄せることだと」
    「何が言いたいのかサッパリなんやけど……」

    ふああと大きく欠伸をしそっぽを向くが、構わずジョンは続ける。

    「愛の対義語とは無関心だ。相手に関心をよせず、一切の感情を、興味を持たない。相手という存在を感知すらしない。それが無関心だ」
    「な、なるほど……?」
    「さて、スチューデンツ春紀代。戦場における、敵と味方、両方に共通する目的意識とは何か」
    「えーと……」
    「戦場での目的は、敵を排斥すること。即ち殲滅だ。
     では聞こう。敵に対して関心を……言い換えればそう、愛は必要だろうか」
    「さ、さぁ……一応要るんちゃうかなぁ……いくら敵さんとは言え」
    「答えは否だ。そんなものは必要ない。これから殺す相手に対して、関心を持つことはあまりに不自然だ。
     関心を持てば情が生まれ、情を持てば躊躇いが生まれる。躊躇えば隙が生まれ……」

    こちらの返答を待たずして、一方的に、独り言のように会話を進める。そんな、やけに饒舌なジョンを睨みつけ

    「えーと、その、ジョンセンセ……結局どういうことなんや? わかりやすぅ説明したってくれや」
    「敵に感情を向けるな、と言っている。お前はいつも憎悪を剥き出しにして闘っている。それがお前の弱点だ」
    「じゃあ何や、無関心になれば俺はセンセに勝てると?」
    「……確かに、お前が感情を排除した所で私に勝つことは出来ないだろう。経験も技術も何もかも、私の方が上なのだから。
     しかし最も大きな敗因の一つに、それがある」
    「センセの機械人形みたいなその性格は、そういう考えからきてるんか? 
     流石にセンセのような無愛想なターミネ−ターみたいな人間になりた無いんやけど……」

    ふと、ジョンの表情が険しいものになる。そして、ポツリと呟いた。

    「ふむ、私はいつもそんな風に見られていたのか」
    「へ?」
    「これでも、それなりに愛想を振りまいているつもりなのだが」
    「……………………あーーー……………………………………はは……」

    ガーデンの鐘が鳴り、実技演習の終了を告げる。
    すっとぼけたジョン教師の台詞を聞いて急激に冷めていく自分がそこにいた。
    考え込むジョンを残しその場を去る。とその時唐突に、無関心とはこういうことなのかと悟ったハルキヨであった。

1640/ 【OVACG】 赤と橙 【日常?】
・投稿者/ ジョニー(代理投稿)
・投稿日/ 2008/01/18(Fri) 11:47:59

    「魂や精神というものが肉体に依存しているというのであれば、人の身体を失ったその時その瞬間から、私は私でなくなってしまったのだろうか」


    レッドアイズはいつものようにマシンから伸びている大小様々な無数のコードに雁字搦めにされていた。
    いつもの定期的な検査である。何しろこの身体だ。いつ何があったとしてもおかしくない。
    例えば次の瞬間、レッドアイズの身体機能が急停止してもなんら不思議はない。
    常にそんな危機的状況に置かれている為、この検査はどうしても必要だった。
    最も、今まで一度たりともそんな危機は訪れていないのだが。

    大接合がから幾星霜、時代は瞬く間に進化していったが、レッドアイズの身体の不思議は解明されていない。

    コードに繋がれた状態のまま早一時間は経過したであろうか。完全に体が固定されてしまっている為少しも動く事が許されず、
    シーツも何も無い寝台の上で仰向けになった状態で過ごしていた。
    ともすれば当然、眠気が襲ってくる。半機械化したレッドアイズにも眠気――睡眠欲というものが一応備わっているらしい。
    味覚や痛覚は失われているというのに唯一それだけ残っているというのは怨嗟すべきものなのか、
    はたまた少しでも人間らしいモノが残っている事に感謝すべきなのか。

    「……難儀なものだな」

    胸中で一人ごちる。無口で寡黙な性格は相も変わらずだが、
    長年付き添った研究員には僅かながら無感情になりつつあると指摘されていた。
    そのためレッドアイズは人間であることを忘れないよう、心に思ったどんな小さな事でも口に出すよう心がけていた。
    電子音声ではあるが、スピーカーから漏れるのも以前の自分と変わりない声である。声と、脳と、いくらかの内臓と、
    ほんの少しの肉と皮。たったそれだけが、彼に残された人間のパーツだった。

    更に数時間が立ち、レッドアイズはようやく解放された。施設を出るとあたりは既に薄暗く、
    時刻はとうに10時を過ぎていた。といっても以前のように家に帰っても妻や、或は娘が待っていてくれるというわけでもない。
    家路に急ぐ理由などどこにも無いのだ。この身体で立ち寄れるような場所もそう多くは無い。


    孤独であるというのは、つまりこういうことなのだろう。誰かと共に過ごす事もなく、誰かに思われるわけでもなく、
    ただひっそりと一人生きる事。寂しさは僅かながらあるが、とは言えそれにも慣れてしまった。
    いつも通り何もせず時が過ぎるのを待てばいい。そう、いつも通り。
    しかしながら、レッドアイズとて本当に誰にも必要とされていないわけではない。
    これでもアリーナではそれなりに名の知れたレイヴンだ。
    その見かけの異形さから物好きなファンも多い。まるで動物園で見世物にされている動物のようではあったが、
    本当に誰にも必要とされなくなるよりはマシだった。

    と。道を歩いていると。突然向こう側から来る人と肩…いや、人間で言うふとももの部分と相手の肩がぶつかりあった。
    鋼鉄の身体には、衝撃は走るものの、それでよろけるはずも無い。
    ぶつかった相手は大きくよろけ、然る後転倒した。恐らくは10代半ば頃の少女だろう。

    「いったたた……」
    「すまない…大丈夫か?」

    レッドアイズはそう言って手を差し出そうとしたが、自分の身体のことを思い出し、とっさに手を引っ込めた。
    腰の辺りを摩りながら、少女はしかめっ面になり

    「ひっどいなあ…普通はこういう時って手を差し伸べるもんじゃない?」

    酷く不機嫌そうに言った。

    「……すまない」

    そう謝りはするものの、やはり手を差し伸べるわけにもいかないレッドアイズはただ頭を下げるだけだった。

    「いやいやいや。だからホラ、手を差し伸べてよ」
    「むぅ」
    「むぅじゃなくって」

    そんなやり取りをしていると、いつの間にか周囲に少人数の人だかりが出来ていた。
    どうやら手を差し伸べなかったのは逆効果だったらしい。こうなるのであればさっさと手を差し伸べ、
    何か言われる前にさっさとその場を立ち去ってしまえばよかったのだ。
    覚悟を決め、仕方無しにレッドアイズは身に纏う布から冷たい手を差し出した。

    「そうそう、それでいいの」

    満足そうに手を握り、ゆっくりと立ち上がる少女。

    「っていうかやたら冷たいねーおじさんの手。冷え性?」

    辺りが薄暗い為かよく見えなかったらしい…少女は握った手を顔の前に引っ張りまじまじと見つめた。
    しまった、と思い即座に手を引っ込める。が、どうやら遅かったらしい。

    「あああーーーー!!」

    周囲に、少女の甲高くよく響き渡る声が木霊した。
    当然の結果だ。この腕を、この身体を見れば誰しも同じ反応をするはずなのだ。
    どうして自分はすぐに立ち去らなかったのだろうか。
    今更ながら後悔する。馬鹿者め…。と、胸中で自分を罵倒しながら、逃げるようにその場を立ち去ろうとした。

    「おじさんもしかて…レッドアイズでしょ!」

    周囲がざわめき始める。

    「ね、ね、ね!そうでしょ!」

    瞳をキラキラさせながら、少女はレッドアイズに飛びついてきた、

    「……」

    なんと答えていいものかは分からなかったが、とりあえず一刻も早くこの場を去らなければならないだろう。
    人目につくのは問題がある。レッドアイズは踵を返すと、その場から全速力で走り去った。

    どれほど走っただろうか。先ほどの通りから相当離れている事は理解できた。
    たどり着いたのは治安のあまりよくない、裏通り。

    「ここまでくれば大丈夫だろう……」

    息を切らすことも無く、レッドアイズは呟いた。

    「そうだねー。この辺なら野次馬もいないし」

    いつの間に居たのか。先ほどの少女が、レッドアイズの真後ろで、先ほどと同じくニコニコ屈託の無い笑みを浮かべていた。

    「どうやって…?」
    「おじさんの背中にくっついてたの。すっごいよねー、人一人抱えたまま息も切らさないで走るなんて。まあACSなら当然かぁ」
    「……君は、一体」
    「僕はキッド。オレンジッドって言うの。聞いたこと無い? 一応アリーナでそこそこ活躍してるんだけどなー」

    オレンジキッド。記憶を探る必要すらない。

    「なるほど。君があのオレンジキッドか。噂は聞いている」

    名前を聞いて合点がいった。最近アリーナで人気の出てきたレイヴンの名だ。

    「僕もおじさんの名前はよく耳にするよ。へぇ〜…でも間近でみるとやっぱり…迫力が違うなぁ」

    そう言いつつ、彼女…いや彼は私の袖を捲って手をまじまじと見つめた。

1641/ 【OVACG】 無題(メイド喫茶) 【学園祭ネタ会話文】
・投稿者/ ジョニー(代理投稿)
・投稿日/ 2008/01/18(Fri) 12:11:33

    【時流&エミリア編】

     「……冥土喫茶? ふむ。それはまたなんと言うか、珍妙な喫茶店じゃな。所謂ねがてぃぶな発想と言うか何というか。あまり良くないぞ。物事前向きに考えるべきじゃ」
     「えっと、時流ちゃん絶対勘違いしてるだろうから一応指摘しておくけど、冥土じゃなくてメイドね」
     「めいど?」
     「えっとね、ヤチマ的に言うなら女中……かな?」
     「なるほど、女中か」
     「うん」
     「で、その女中と喫茶店にどういう繋がりがあるのだ」
     「なんて説明したらいいのか……まああんまり普通の喫茶店と変わらないよ。コスチュームがちょっと変わってるってだけで」
     「なるほど」

    【ハルキヨ&パチェ編】

     「メイド喫茶なんて今時珍しい訳でもないし、おもろないやんけ」
     「なにおー! ハルキヨ君はメイドさんの良さをちっとも理解してないと見えるぞー!」
     「あんなゴテゴテしたの好きなれへんもん。それよかアレだ、スク水喫茶とかやったらどないや」
     「すくみず?」
     「スクール水着の略や」
     「こーの変態!」
     「冗談に決まっとるやろ……本気にすんなやパチェ」
     「ハルキヨ君が言うと冗談に聞こえないよー。ほんと中身は中年親父だねぇ」
     「じゃーなんや! お前ら何か他にいい案があるんかいな!」
     「や、メイド喫茶でいいと思うけど」
     「そない我侭言われても困るで、しかし」
     「そりゃこっちの台詞じゃーい!」

     〜〜〜

     「はー。結局出し物はメイド喫茶で決まりかい。おもろないなあ」
     「でもほら、リゼル先生のメイド姿見れるんだしいいんじゃないかな」
     「はっ! そや、リゼルセンセ忘れとった! くぅーますますおしいことしたわ! 折角センセのスク水姿が拝めたかも知れへんのに!」
     「水着姿なら授業でも見れるんだし別にいいんじゃ」
     「バッキャロゥ! 水着とスクール水着は別物なんだよ!!」
     「そ、そうなんだ」
     「……ったく、これだからナットファッカーは」

    【ティグリス&ハルキヨ&ミロスラフ編】

     「なんで……ウェイトレスなんか……俺が……こんな格好で……」
     「うはははははははは! 超似合っとるでティグたん! めっさプリティーやな!」
     「うるさい!!」
     「ティ、ティグリス君、ほら、お客さんだよ」
     「クッ……い、いらっしゃいませ……」
     「おーなかなかいい女揃ってんじゃねェか、ヘヒャヒャ」
     「うひょーたまんねぇー!」
     「ピザは勿論メニューにあるんだろうなぁ!?」
     「ん、テメェどっかで見た顔だな。ヘヒャヒャ」
     「き、気のせいだ……です」
     「おいハゲ、俺のもんに手ぇ出したらただじゃおかへんで」
     「誰がハゲだコラァ!?」
     「いつ俺がお前のものになった!?」
     「はっはっは、ま細かい事は気にするなティグたん」
     「たんをつけるな!」
     「ん、ティグ……つうともしかしてアレか。おめェ留学生のティグリスとかいう…」
     「ちゃうわ! ティグリスやのうてティグたんや!」
     「違うわバカたれ!」
     「女だったか、コイツ?」
     「ミロちゃん、そいつ女装してんだよ」
     「なにィ!?」
     「な、なんだよ……」
     「……か……かわいいじゃねェか……!」
     「頬を染めるなぁっ!?」
     「ティグたんは俺のモンや、わたさへんで」
     「あァん? やんのか針鼠」
     「ジョートーや。表出んかいこのツルピカハゲマル君」

1642/ 【OVA-LR】族の頭【プロローグ的な】
・投稿者/ ツノナシ
・投稿日/ 2008/01/21(Mon) 02:15:16

    pi

    pi pi

    pi pi pi

    荒廃した街の斜めに傾いたビルの天辺で、小さく響く電子音。
    様々な形のブロックを組み合わせ、そして消す、ルールは単純。でも面白い旧世紀から存在するパズルゲーム。
    今、その男はテト○スにハマっていた。
    端の一列だけ開け、器用に器用に、しっかり、隙間なくブロックを積み上げる。
    男が待っているのはただひとつ。棒状のブロック。
    しかし、待ち望むものは落ちてこない。
    落ちてこないから消せない。
    違う形のブロックで一段ずつ消していけばいいと思うかもしれない。
    しかし彼はやらない。
    彼は武装勢力の頭目なのだ。
    ひとつの族を纏めるリーダーたる存在が、チマチマと一段ずつ消すわけにはいかない。
    どうせ消すなら、四段一気にだ。

    そしてブロックの群れが天井に差し掛かろうとしたその時、それは落ちてきた。
    待ち望んだ棒状のブロックだ。
    これを端の隙間にいれ、一気に四段消しを行うのだ!

    消える
    消えるぞ
    そう、もうちょっと
    もうちょっとだ
    いけ
    いけ
    いくんだ

    ブロックが地についた瞬間、それは消えた。

    男の顔に驚愕と怒りがにじみ出る。


    何故か?



    簡単だ。
    消えたのはブロックではない。
    画面である。

    ちょうどいいところ、白熱が最高潮に達したその時、電池が切れたのだ。



    皆さんならミニゲームの電池が切れたらどうする?
    1、ミニゲームをやめる
    2、電池を買いに行く
    3、殺してでも奪い取る


    普通の人が選ぶのは1か2だ。
    しかし彼は3番を選んだ。


    今日このとき、イーヴル・イーゲルス頭目《ガントレット》はミニゲームを手に入れるため、自らの僕たる狂犬たちを野に放ったのだ!

    短絡的と思われるかもしれない。

    しかしそれで結構。

    彼は「悪党」なのだ。

    短絡的で何が悪い。

    --------------

    ただ純粋に続きが思いつかず。

1643/ 【OVA-NB】罠【プロローグ】
・投稿者/ ツノナシ
・投稿日/ 2008/01/21(Mon) 03:03:18

    マーチラビット、エッジ、ヴォルテックスの3人は常にトリオで行動するレイヴン達だ。
    3人揃えばランカーにも匹敵する実力を持つと言われるが、よくよく考えてみればそれは至極当然のことだったりする。
    むしろレイヴン3人集まってランカー1人にすら太刀打ちできないようならレイヴンなんてやめたほうがいい。
    まぁ、そんなことはともかく今回も3人はひとつの依頼を受けた。
    依頼内容は「地上にある研究施設跡地の探索」
    『クーロンシティの南西に老朽化した研究施設跡を発見したからちょっと調べてきてくれないか?』
    簡単に言えばこんな感じだ。
    3人は依頼の通り施設の中を探索していった。
    しかし、行けども行けども敵は現れない。
    「敵がいないんじゃあツマラねぇ。俺に何か刺激をくれ。」とのたまうエッジ。
    「まぁ、楽して金が稼げるんだ。いいじゃないか。」となだめるヴォルテックス。
    2人のやりとりをクスリと笑うマーチラビット。
    そんな感じで進んでく。
    施設の奥へと進んでく。
    あまりに敵が現れないもんだからエッジが「ツマラねぇツマラねぇ」と喚きだした頃、
    それは彼らの目の前に現れた。

    それは三本の別れ道。
    右へ進むもよし、左へ進むもよし、前へ突っ切るもよしの三本の別れ道。
    彼らはこのツマラない探索をさっさと終わらせたかった。
    3人はそれぞれ別の道を進むことにした。
    その方が効率がいい。この探索を終わりにできる時間も早まるってもんだ。

    エッジはまっすぐ、ヴォルテックスは左へ、マーチラビットは右の道へと向かい、
    指揮車に乗ったオペレーターにしてエッジの妹であるユミはこの場に残り、別れた三人をバックアップする事になった。
    三人が別々の道へと向かい30秒ほど経った頃だろうか、彼らそれぞれの背後でガシャンといういやな音がした。
    そしてそれとほぼ同時に施設内に発生した高濃度のECM。
    背後で起きた音の正体は隔壁が締まる音。
    ECMにより通信も不可能。
    彼らは完全に分断されてしまったのだった。


    ウィルブレイズはコクピット内で頭を抱えていた。
    なんで俺がこんなヤツラと共に仕事をしなくてはならないのかと。
    俺はレイヴンを排除する依頼を受けたはずなのにだ。
    それなのに何故、共に仕事をするのがこんなヤツラなのかと。

    今回、彼が一緒に仕事をするのは全部で二人。
    ひとりは『闇夜の死刑執行人』なんて仰々しい名を名乗っておきながら、
    腕は二流で、機体は欠陥品、明るい場所じゃあ役に立たん、ONIBIと名乗る男。
    もうひとりは、ついついこないだレイヴンになったばかりだというロランとかいう女。
    流石にこんなヤツラと一緒にレイヴン倒せと言われて納得するのは厳しい。
    しかも、相手は1人や2人じゃあない。3人のレイヴンだ。
    その上、敵側の3人は常に行動を共にしてるため、コンビネーションもバッチリ。
    一方、こちらは即席な上にコンビネーションもへったくれもなし。
    コンビネーションが無くったって余りある実力があればモウマンタイ。でも、ランク外3人にそんなもの期待できるはずもなし。
    こんなメンバーじゃあ、死にに行くようなもんだ。

    コイツラになんでこの依頼を受けたのかも聞いてみた。
    ONIBI曰く、「夜の依頼だって言うから受けたんだが、まさか室内戦闘だとは思わなんだ。ハハッ」
    ロラン曰く、「ちょっと端末の操作ミスで……」

    ……頭が痛くなってきた。

    ONIBIよ…… 笑い事じゃあねぇだろう。依頼文はちゃんと読め。時間だけ見てミッション決めるな。
    ロランよ…… 新人だという事はよくわかる。慣れていないってことはよぉ〜くわかる。
    俺にだってそんな時期はあったさ。でもな、端末ぐらいちゃんと操作しようや。な?

    死んじゃうよ。死んじまうよ。
    こんなヤツラと一緒だと絶対に死んじまうよ。
    ウィルブレイズは抱えた頭を深く沈めた。
    もうダメだと。

    そんな時、管制室からありがたいありがたい通信が届いた。
    『敵レイヴンの分断に成功した。こちらも三ヶ所に別れて各個敵を撃破してくれ。』

    え、今、”三ヶ所に別れて”って言いました?
    ”各個”とも言ったよね?
    つまりコイツラとは行動しなくていいわけね。

    それならなんとかなる。なんとかなるよ。

    やってやる。やってやるぞぉ。

    −−−−−−−−−−−
    NBの末期も末期に思いついた話。

    「ランカーになるためだったらどんなことだってしてやるぜ!」
    ウィルブレイズはエッジの妹を人質に取って一方的に攻撃する。

    「目が見えない相手には、こうすりゃいいんだよ。ヒハハハッ」
    ONIBIは施設が味方ならこんな闇も作れるんだぜと、大音量を室内に響き渡らせる。
    マーチラビットの聴覚を封じて、じわりじわりと恐怖を植えつける。

    「ごめんなさい! 私、降参します。」
    ヴォルテックスに真っ先に白旗を揚げるロラン、ヴォルテックスと一緒に彼の仲間を探す。しかし、
    「甘いねえ。アタシに後ろを見せるなんてさ。」
    油断大敵、ロランだと思っていた相手の中身はセンディングウルフだった。
    ACの急所を知り尽くした老獪のライフルがヴォルテックスに迫る!

    こんな感じの話にする予定でした。

    書けてない理由
    ・ヴォルテックスの機体、サウザンドシューターの機体構成がマジでわからない。
     コードを入れると、デス・ストロークそっくりの機体が出てくる。
     パフォーマンス欄は防御D、他全てAとなっている。
     リレー小説読むとデス・ストロークとは似ても似つかない機体の模様。
     ホントにどんな機体なんですか。
    ・当時は死亡許可スレというのがあったほど、キャラの生死に皆さんが敏感でした。
     この話、サジ加減を間違えると一人二人殺しちゃいそうだったんです。

1661/ 【OVA-NB】雨【テキスト】
・投稿者/ ツノナシ
・投稿日/ 2008/03/30(Sun) 02:14:53


    ■雨


    この世界は地上であれ、地下であれ、雨が降る。
    しかし、その性質は全く別のものであるといえよう。


    地上の雨には大量の毒素が含まれている。
    それは、遥か昔から幾重にも重ねられた戦闘の結果である。

    地下に住まう者達は雨を極度に恐れる。
    雨に当たったものは体がボロボロになり、のた打ち回って死ぬと言われているからだ。

    『当たれば死に到る』

    今、この世界に住まう者たちにとって、地上の雨とはそういうものなのだ。


    地下都市の歩兵たちは地上へと赴くのを極度に嫌う。
    昼は高熱地獄、夜は極寒地獄といわれる砂漠へ向かうのがイヤだと言う。
    あんな空気の汚い不衛生な場所には行きたくないと言う。
    飯がマズイと言う。
    空調が効いてないと言う。
    テロリストどもの相手はしたくないと言う。

    そして皆、最後に口をそろえてこう言う。

    『雨に当たりたくない』と。


    遥か昔、雨は天の恵みだと言われていた。
    雨は枯れた大地を潤し、河川を潤し、そして人の喉を潤した。
    だが、今の世では雨は天から降る災厄であると言う。
    大地を腐らせ、食物を毒へと変え、人を病に陥れる。


    こんな世界でも雨を天の恵みであると言う者たちもいる。
    俗にノマドと呼ばれる者達の、中でも古くから地上に住み続ける者達だ。
    毒というものは慣れてしまえば毒ではなくなってしまう。

    かの昔、とある毒蛇研究者は言った。
    定期的に薄めた毒を摂取することにより、毒に対する耐性を持つ体を得ることが出来ると。

    古くから地上に住まう者たちもまた然りである。
    毒の雨に当たり続けながら生活し、そして世代を重ねる事によって毒に対する耐性を持つに到ったのだ。

    多少寿命が短くなったが、そんなことは大したことではない。
    彼らは雨水を飲み、雨水で調理し、雨水で体を洗う。
    それでも彼らは死なない。
    なぜなら彼らにとって、それはもはや毒ではなくなったのだから。



    地下の雨には毒がない。
    徹底的に浄化されたそれは、清浄で、そして無害である。
    しかし、地下に生きるものにとってそれは恵みでもなんでもない。
    蛇口を捻れば水は出るのだ。


    地下の雨はシステムである。

    地下都市建設に当たり、問題とされたもののひとつに空気の汚染がある。
    密封された空間の中で数十万を超える人間が生活すると、自然と多種多様の有害物質が空気中に散漫するのだ。

    景観の破壊も重要な問題である。
    時が経つにつれ、建築物は汚れていき、街の景観を破壊していく。
    人間誰しも、汚らしい場所には住みたくないものだ。
    特に地の底から出ることができず、定住を強いられる地下市民達にとって、景観の破壊はストレスである。

    これらの解決策が、浄化システムとしての雨である。
    定期的に雨を降らせ、空気中の汚染物質や建物にこびりついた汚れなどを洗い流し、清浄でクリーンな地下都市を作り上げるのである。

    浄化以外にも都市システムとして雨は利用されている。
    その一例が消火システムである。
    地下都市内部で発生した火災を感知し、火の手が上がった周辺に局所的に雨を降らせるのである。
    降水量や勢い、降る角度をも調節でき、なおかつ思った時間に自在に降らせることができる『制御可能な雨』を。
    早い話が巨大なスプリンクラーだ。


    地下の雨はただのシステムである。
    重要ではあるがただのシステムである。
    地下に住む人間の中には、雨は『うっとおしく、邪魔なもの』と考える者も少なくはない。

    降る時間も解かる。
    場所も解かる。
    雨量も解かる。
    降らせる前に警告音を鳴らしてくれる。
    よくできた親切なシステムだ。

    しかし、地下市民の大半は『何故雨が降るのか』知らないのである。
    知らない故に邪魔臭く感じる。うっとおしく感じる。
    もし知ったとしても、感じ方は変わらないかもしれない。


    地上の雨と地下の雨は名前こそ『雨』であるが、別のものである。
    どちらが勝っている、劣っていると議論するものではない。

    ただどちらの世界でも『雨』は降る。

    それだけは紛れもない事実だ。

    −−−−−−−−−−−−−−−
    以前書いた雨に関するテキストを纏めて手直ししたものです。
    小説とは言い難いものなのでこちらに掲載させていただきます。

1644/ 『OVALR』 ボツ案CM集(中途) 【ラーメン】 
・投稿者/ ケツアゴ熊ちゃん
・投稿日/ 2008/01/21(Mon) 21:38:58

     ■Take1



     世は世紀末。
     一見太平に見えたその時代の裏で、ラーメンとタコスの熾烈な生存競争が繰り広げられていた事を知る者は少ない。
     両雄並び立たず。
     「別においしけりゃいいじゃない」というオーソリティーの有り難いお言葉を完全無視し、そんな古典を信じ込んだ一部の馬鹿共によって両陣営の戦端は開かれた。
     両軍併せて其の数有に三万騎。
     その陣頭の中に、彼等の姿はあった。
     

     両手を義手と化す程の荒行を経てタコスの極意を体得した、タコス道正式継承者《いろは》。
     その唯一無二の戦友であり、幼少から中国四千年の生麺暗殺術を仕込まれた、ラーメン屋経営泉。

     
     彼等は再び戦場に見(まみ)える。
     かつての友としてではなく、両陣営の尖端として。 


     「よぉ…相変わらずのタコスっぷりじゃねぇか」
     「ひっどいなぁ。私があの日から何も変わってないとでもー?」


     約束の地、ラーメン屋。
     そこにメキシカンが踏み込む事を、生麺の掟は許さない。
     
     
     「…動くなよ、親友からの忠告だ。動いた瞬間一一俺の麺が手前を貫く」
     

     友情は、豚骨スープの彼方に消えてしまうのか!? 
     



     「ラーメン屋は俺達の領域…踏み込んだが最後、再び暖簾をくぐったお客様はいねぇ!」 
     



     店内に張り巡らされた麺、襲い来る醤油ベースの罠。
     殺戮犬のカレーライスは、果たしてどちらに微笑むのか?!
     来週月曜、新春アニメスペシャル『【世紀末料理伝・TAKOSHU】〜和風タコスの三重奏〜』。
     異端の和風タコスが今、四千年の歴史を破る…
     
     


     ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



     
     ■Take2

     

     危険な奴等が帰ってきた! 
     中華街の帝王IZUMIの前に、再び欧米食の波が押し寄せる! 伝説のタコスを求めてタンザニアに飛び立ったメキシカンダンサー《いろは》が、戦友の危機に立ち上がった!
     クロイツ・ドーナツの先兵、大手ラーメンチェーン店の刺客。果たして伝説のタコスの隠し味とは? そして中華街の未来は一一

     「いいじゃん泉君。私、ハンバーガー食べたい」
     「助けに来て三秒で裏切るんじゃねぇ!!」

     新感覚ファーストフード・メキシカンドーナツを前に、《いろは》の時差ボケは治るのか?!

     
     「一一さぁ食え! これが夏の新…いや真・メニューだ!!」
     「ゴメン無理。機内食でお腹一杯」
     「よし分かった。今から手前の胃ぃかっ捌いて中身掻き出してやるから大人しくしてろ」
     「…今すぐ消化するからちょっと待ってくれないかなー?」
     
     
     伝説のタコスに引き寄せられたかのように、激化してゆく機内食独立運動。

     
     
     「一一あ! 所で伝説のタコスなんだけど」
     「………何だ」
     「機内に忘れてきた」




     前人未踏の巨大タコスの上で、太ちぢれ麺が舞い踊る!!
     


     
     地上波初登場、ハートフルパニックホラーの決定版!
     『【エックス麺?】〜スープの香りは死の輪舞曲(ロンド)〜』
     来月3日、9時55分より放送。 



     ‐‐‐‐



     あとがき


     LR終了間際にフト思いついたネタですが、テイク3以上が思い浮かばなかった為ボツ案に。
     というか、今読むと恥ずかしい。恥ぁーずかしいぃぃっ!

     

1646/ 【OVACG】 ネタ小説 【一日ナース】
・投稿者/ 怨是
・投稿日/ 2008/02/06(Wed) 16:56:22


    【シーナの】レタスがないからナースやってみた【一日ナース】


    1 名前: 女性音楽教諭(茨城県) 投稿日:2007/09/02(日) 20:31:27 ID:eb9cZk/Z0 ?PLT

    病院の住所晒すから、おまいら来い



    2 名前: 高専(大阪府)[] 投稿日:2007/09/02(日) 20:51:14 ID:FptxfzW20

    まずはナース服姿をうp
    話はそれからだ

1662/ 【OVACG】 夢幻の彼方へ 【サイドストーリー】
・投稿者/ 店長
・投稿日/ 2008/04/11(Fri) 22:33:56

    ヘロデト内 とある山岳地帯の中に存在する基地 通称”飛竜の巣”では最も忙しい時期を迎えていた。
    3本ある滑走路のひとつを占領する巨大な航空機……X型ウィングの大型で、エンジンと思しき推進器が翼にひとつずつ、本体にもひとつ搭載されている……がテスト飛行を終え、格納庫へと牽引されていく。
    中に収められたそれは即座に整備点検が行われていく。飛行データ習得時に算出された機体の負荷箇所を丹念に調査し、螺子の一本まで調べ上げていく。
    つなぎ姿の連中の中に一人、白衣を着た女性がコクピットに当たる部分へとつながる作業台へノートパソコンを脇に抱えながら近づく。そしてパソコンを用意されたテーブルに置き、コクピットハッチを開く。

     しかし、中にいるのは人ではない。

    中に鎮座するのは灰色の半球である。レバーやスロットルは存在せず、あるのはさまざまな計器へとつながれたケーブルであり、それらは灰色の半球から伸びていた。

     「これでよしっと。……お疲れ様。”BB”」
     『Thank you mother』

    そう、この大気間再突入型高巡航機構実験機XXX00-BB”blind boy”は無人の実験機であり、この半球が操作用AIなのである。

     嘗て大気圏と呼ばれた空域は濃密な魔力のジャミングによって閉ざされた場所である。それ故に現在では有視界白兵へ軍事が後退し、気象ですら予測することが困難となってしまった。
    この機体はその失われた領域へのアプローチとして建造された。

     この機体がどのように閉ざされた空域へいくかは、あきれるばかり単純であり無謀な方法がとられた。投じられた石が地面に落下するまで他が干渉しない限りはその軌道を変えないように。操作可能な空域から暴力的な加速でジャミング領域を無操作で進入、その慣性で一気に通過してしまおうというのだ。
     そのために必要となった加速は実にマッハ20.その上この計画は限りなく0に近い成功率であった。果たして本当にジャミング領域へたどり着けるのであろうか?
     白羽の矢が立ったのは無人操作……AIの投入である。
    マート技研の2大部門の片割れであるAI技術を使い、巨大な実験機を飛ばす。
     彼女はマート技研から派遣されたAI技術員であり、彼……BBの生みの親である。

     「機体の調子はどう?」
     『No problem』
     「そっか、じゃあいよいよ明日だね……」
     『Yes』
     「母さん、寂しいなぁ……」
     『───mother』
     「なあに?」
     『I will be back』
     「──まったく、どこでそんな臭い台詞覚えたのよ」
    作業の音の合間に木霊する談笑は、一晩の間続いた。
    その様子は本当の親子のようであり、無骨な空間をしっとりとした雰囲気で満たしていくのであった。

     「いいっすね〜 アットホームって感じで」
     「そりゃなぁ」
     「無駄口叩いてねーでとっとと寝てろ。いつスクランブルかかるかわからんからな」
    その暖かな会話がギリギリ聞こえるぐらいの場所に野郎が幾人か固まっている。彼らはこの飛竜の巣における飛行MT乗りである。

     ヘロデトの中でもある一方の才能の集団をかき集めてこの基地では飛行MTの研究開発を行っている。そもそもACや他のMTでも空を”跳ぶ”。しかし”飛ぶ”ことはそれほど重要視されてこなかった。飛べたとしても精精雲のある3000mほどまでしか現実としては無理なのである。
    ジャミング層とよばれる新たな境界──空を覆う見えざる檻であり超えれぬ嘆きの壁──は人類に第1次世界大戦レベルの空戦域を許さない。弾道ミサイルなどもってのほかで、そのおかげで陸戦・海戦装備ばかりが成長した歪な戦場ばかりが発生した。
    文字通り有視界白兵戦レベルのこの世界で空戦とは人が空へ始めて戦いを持ち込んだ当時にまでさかのぼらせると言うことである。

    だが、そのことに喜びを感じるものも少なくは無い。

    ザッフィー少尉もまたそんな男の一人だ。
    自分のMTの操縦技能、そして自身の五感と経験とを駆使しての一騎打ち。空というもっとも清らかな戦場で駆ける彼を含む空戦MT乗りは現代に生きる騎士だ。

    予定表。
    謎の敵勢力が基地に侵攻、それらをマートの魔術師と基地の飛行MT乗りらが迎撃し、無事にBBを衛星軌道まで登らせることになる。
    BBは衛星軌道を周回の後に降下、貴重なデータを地上に持ち帰ることに成功する。

    気力と時間不足により断念。

1663/ 【OVACG】ヒトデナシの唄【サイドストーリー】
・投稿者/ 店長
・投稿日/ 2008/04/11(Fri) 22:44:15

    ヒトでないヒトが ある、ヒトにききました。
    ──ヒトでないモノに、心は、魂は宿るのでしょうか?




    〜喫茶店フレーダーマオス〜
    ガーデンの中にひっそりと存在するある元レイヴン夫婦が
    経営をおこなっている喫茶店。
    見た目が恐ろしく若い妻は今日もまた店内をふらふらし、
    客に表の顔と裏の顔を使い分けて接するのである。


    そんなお店に一人の客がやってくることで始まる一連の事件がある。

    ガーデンで起こったある猟奇事件。真相は闇の中で終始する、

    ───ヒトデナシ達の宴。


    ヘロデトが過去に計画し、余りにも倫理や道徳に反するとして破棄された”ピグマリオ計画”。だがそれは表向きの話であった。
    マート技研の所長グリューネル女史が述べる”ピグマリオ計画”とはレッドアイズと同じように魔術甲冑と融合させた人を人為的に発生させ、分析の後にそれを戦車を量産するかのように生成するというものであった。この計画が成功すれば、ヘロデトの抱える戦力不足を解消できる……。だが、それは赦されることではない。

    時間不足と気力不足で企画倒れ。ごめんなさい;

1664/ 【OVACG】人生に火酒を その1【サイドストーリー】
・投稿者/ 店長
・投稿日/ 2008/04/11(Fri) 22:52:43

    とあるフリーのMTスーツ使いである”ヘヴィードリンカー”と時流との出会いのお話。長々と書いていたものの時間不足その他により途中までから進まなく…。

    出会いとは実に様々なものがある。
    それは初々しいまでな初恋であれば、愛憎滾る嫉妬であるかもしれない。
    周囲をドロドロに溶かすまでの熱愛であるかもしれないし、底冷えするような憎悪のぶつけ合いかもしれない。

    さて、ここで取り上げるのは一人の女性と男性の出会いである。
    この出会いはどのようになっていくか、それは神のみぞ知る所となるだろう。


    ―――浪人となってから何年が経過したのはとっくに忘れた。少なくとも十年は越えてはなかったとは思う。そう彼は何度目かになる無駄な追憶を暇つぶしがてらにしていた。
    彼は人生を頽廃的に過ごすのが最も最善だと考えていた。総て大いなる流れに任せ、ときには沈み流されながら惰性に生きることが出来ればどんなに良いだろうと思い至ったことは少なくない。世の中は力を持った一部の上の立場の不条理もとい理不尽でまかり通るのである。それは金であり権であれ……ようは力があれば道理を超越することが出来るのだ。
    ないしは馬鹿で在りたかった。少しばかり賢くて真面目だったばっかりに、世界を色つき眼鏡で見るようになってしまった。
    知らぬが仏、ああ……まさにその通りだった。

     彼はごく一般的な家庭で至極平凡な人生を送っていた。このまま成長していれば大半の人民が享受する平均的な幸せを手に入れていたに違いない。だが、落雷に打たれて死ぬ人がそれを予測しえないのと同様に、彼と彼の家族に不幸が訪れた。寝込み強盗らが押し入り、最初に起きた父がまず犯人ととっくみあいの末にナイフで腹部を刺された。母親が悲鳴を上げるのと同時に頭部を鈍器でかち割られ、彼は一欠片の勇気を総動員して犯人の一人につっこんだ。無論鍛えてもいない子供が大人と体力勝負をすればどうなるかは分かりきったことで、無造作に壁へたたき付けられた。
     幸運だったのはこのときに窓硝子が割れた音で近所が不審に気づいた事と、壁にぶつけられたショックで気絶したのが犯人らからは死亡したものと勘違いしたことによって止めが刺されなかった事だ。こうして彼は一命を取り留めた。割れた硝子の破片によって左瞼と頬に消えない傷痕を残して。

     犯人らは結局捕まらず、時効が成立する頃に彼は警察学校の門戸をたたいていた。あの事件以来彼に新たな目標が生まれたのである。
    ―――自分に襲いかかった不運を、これ以上他の人に味わって欲しくない。たとえ微弱だとしても……。
    その思いは純粋だった。 そう、純粋過ぎたのであった。もう少し世間の辛さに挫折していれば、まだ苦しまずに済んだかもしれない。

    それは、自分に起こった災いの時効が成立したことに一種の悲しみを覚えつつ、警察の舎を歩いていたことであった。彼は実に優秀で真面目で努力を惜しまない優等生であった。生来から勤勉さが取り柄だった彼だったが、その尊き夢を叶えるために文字通り血の滲む努力をし、そして物事に正々堂々と真っ正面から立ち向かった。努力は報われるもので、順調な出世街道を歩んでいた。 今頃あのままだったら、一つの所轄を任される程にはなっていただろう。

     ふと、人気の少ない筈の所長室の隣の応接室から話し声が聞こえた。本日はそのような予定が入っている話は聞いたことがなかった。不用心なことに扉は少しだけだが開いており、声が漏れていることに気づいていなかったのだろう、実に明瞭に聞こえるほどの声で。

     「いやぁ、助かったぜ。御陰で時効まで逃げ切れたよ」
     「なに、貴方の父方に宜しくと伝えていただければ……」

     彼は、その会話を聞き逃すことはできなかった。

     「まったくだ。証拠をもみ消してくれた御陰で欠片も疑いはかけられなかった。良い仕事しているよアンタは」
     「では、約束の金額を……」
     応接室の上等な机に乾いた、いくつかの紙の束を纏めて落ちた音が聞こえる。彼の耳をあざ笑っていく。そして……
     「ほらよ、これでアンタはもうじき約束通り甘い汁を吸えるように親父にいってやるよ」
     「………宜しくお願いしますよ?」

     大事なモノが、崩れていく音が聞こえた。

    世の中は弱肉強食、強き者が生きていくことを許される実にシンプルで救いがたい事実。なんてことはない……所長は、自分の懐と立場をより良き状態にするべく、……彼の家族を生け贄に捧げたのだ。
    その後、あっけなく隠蔽された証拠が見つかった。そこから分かった事実は実に……彼を打ちのめした。
     犯人の主犯はここら一帯を治める奴の息子であり、犯人グループは彼の取り巻き連中であったこと。更に調べていけば、未解決事件の一部は所長によってそう”仕組まれていた”のであった。

     その事実をしった彼は所長に事がばれる前に辞表を認め、名誉ある辞職をする事しかできなかった。―――彼に力がなかったからのだから。
    今まで禄に触れていなかった余剰資産……給料の備蓄を持ち出し、借りていたアパートを解約した後にそのまま旅に出た……警察機構で使用していたMTをその地道に貯めていた貯蓄を使って改造し、警察時代に培った技能と経験と直感とで何でも屋の真似事をし始めた。といってもビックネームを追える筈もなく、彼は弁えて可能な仕事のみ請け負っていた。

1665/ 【OVACG】人生に火酒を その2【サイドストーリー】
・投稿者/ 店長
・投稿日/ 2008/04/11(Fri) 22:53:25

     
     そんな彼が、所長とあの犯人と再会したのは旅に出て1年後であった。無論仕事であった。たしか、どっかの法務機関が彼らを捕まえるのを依頼してきたのだったか。そんな細かいことは彼はもう気にしていなかった。
    所長は銃口を構えて睨んだだけで失禁し、ガタガタと体震わせながら命乞いしてきた。無論正当防衛以外は殺傷してはいけないことを契約させられていたので無論撃つつもりはさらさらないのだが、今までの子飼いの部下達を撲殺した返り血を浴びた彼の顔が羅刹にみえたのだろう。あっさりとその降伏に応じた。 
    犯人であり、彼から幸せを奪った奴は在る意味冷静だった。所長がそうであったように、彼も買収すればいいと思ったのだろうか、奴はその憎々しい口を開いた。
    ―――いくらで俺を見逃してくれるか?との問いに。

     「…………くだらねぇ」

    一切の取引を拒絶した。途端に彼は自棄を起こしたのか拳銃を発砲した。無論APフィールドに包まれている彼を傷つけるのはほぼ不可能に近い。その上彼は撃たれる前にその拳銃を払い落とす事も出来た。だが、あえて撃たせた。
     
     「正当防衛、成立っと」

    ぐしゃり、と……辺りに鉄さびの匂いのする石榴が飛び散った。

    途端に胸に隙間が出来たような錯覚をするほどの虚しさが彼につきまとい始めた。長年巣くっていたモノが消えた事は、彼をさらに惰性な生き方を促していった……。だが、一方て小さな、極々小さな火種が灯ったような気がした。その火種は、いつも在る条件を満たしたときに例えようもなく熱く燃えさかる焔となって彼を突き動かさせる。その時だけ彼は最初に戻れた、あの純粋だったあの頃に………。

     さて、と現実に帰還した彼は目の前の状況を速く把握しようと長年の経験と勘とを参考に、頭脳を最大限にフル回転させる。
    遠くから聞こえる銃声の乾いた音、そして破壊音はMTやACの戦闘特有の苛烈さを誇っていた。しかし、妙な闘いでもあった。

     「……片方はブレードのみ、か。今時珍しい……」

    長年眠っていた興味がひょっこりと首を擡げ、彼を動かし始めた……もうすっかり慣れてしまった戦場へと。



     そうして彼は出会った。まさに彼にとっては想定外過ぎた事だらけだった。

     予想通り、片方は今時珍しくブレードのみを使っていた。所々銃弾で削れ、傷だらけだったが、まるで極東の大鎧を模したような装甲は燃えるような鮮やかな赤だ。そしてその下は……極東の民族衣装の一種の袴…だったか、兎角ここらではそうお目にかけないナリだ。そして……頭部の装甲から零れるように流れ出た黒い滝……見事な迄に黒々と艶やかな髪は彼女の小柄な体格に長さで匹敵した。そして凜とした表情には劣勢で関わらずに闘志に燃える瞳が在った。 無論眼を合わせたわけでも、顔の皺まで分かるほど視力や良いわけでも近くにいるわけでもない。しかし、何故かそうだと思ったのだ。そして、その彼女を数の有利さを生かして綿密に正確に追いつめる術は軍人仕込み……おそらくはBGB辺りだろう。
     BGBには狂人が集う、それは経験則ではなく実践でしっている。
    おそらく、彼女が敗北すれば世にも恐ろしい”仕打ち”があるに違いない。
    ―――そう、予感した途端に 彼の燻っていた火種が燃え始めた。

    彼は惰性に生きていた。それは世の中が弱肉強食であるからだ。
    だが、一方ではそれに反逆したかったのかもしれない。こうじゃないといいたかったのかもしれない。そんな難しいことはどうでもいい。今はこの……煩わしいほどに煮え滾る何かを…。
     「胸くそ悪い糞BGB共をブチのめさねぇときがすまねぇ」
    何かひねくれた自分の言いくるめる言い訳を見つけ、ぶちかましてやらねばならない。それだけを考えることにした。

     なんてことはない、彼の根幹は、あの願いは未だに彼のベースロジックのままであったのだ。自分みたいな、他者による災いから―――!


     救って、みせよう。ただ、見えるだけの範囲でも。その腕が届く範囲であるならば。笑ってくれても構わない。自分自身ですら失笑してしまうのだから。 だが―――この思いを貶すことは許さない。偽善?構わない…ただ、自分が始めて警官として頑張った時の、一時期でも護りたいを思った対象が笑ってくれた時の、あの笑顔を―――。
     辞表をたたき付けた後の何でも屋を始めた時に、邪念無しに助けた少年のありがとうを―――。

     忘れられなかった。ただそれだけなのだ。

     「人生に――火酒を」

    何もかも忘れたくて、カスタムした自分のMTスーツ『ラスティ・ネイル』を呼び出す時のコアワードに半分冗談で設定した御言葉を告げる。
    身を焦がすほどの火酒を、己の燻った火種が燃えさかる様に見立てる。
    夢物語のような恥ずかしい”正義の味方”を演じるには、酔ってなければできやしない。その意味が在ったのか……当時の事など彼は忘れていた。どうでも良いことだ。大事なのは今、一度護ると決めた者を護りきる―――この事が大事なのだから。


    彼は出会う。彼女に出会う。

    その出会いは、果たして如何様なドラマとなるかは―――新手のカクテルを創るように飲むまで、分からない。




    ――いいか、赫乃家の赫とは赫(かがや)き、つまり篝火の光という意味だ。施政者の立場の者こそ先頭に立って導くべきなのだ。例えどんなに危険であっても、困難であっても……その事は違えるな。

    彼女こと赫乃時流は広い父親の背中と同時にこの言葉を思い出す。この言葉が彼女の行動原理に深く関わるようになったのはそう考えればごく当たり前なのかも知れない。
     赫乃家は極東の名門として他国にもほんの少しだが伝わるほどであり、本国や隣国に至っては交流のない家は無いといわれるほどである。
    一世紀近く前に起こった大接合を切欠に一躍有名になった赫乃。あの未曾有の混乱の次期にあって初代赫乃家当主となった者はごく普通の平凡な武家の流れを汲むだけでやや裕福なだけだった。あの大接合の混乱期、政府すら崩壊した極東においていち早く周囲の者達に手をさしのべただけだ。
     「先を行く者の務めではないか」
    その者にとってはごく当たり前の思考だったのだろう。無論前途多難だったことは間違いあるまい。だが、その志は貴ぶものだった。途方に暮れる民を囲い、戦乱の混乱の時期に起こる略奪行為を働く賊の討伐を行い、そして公平な政を行う。気づいたときには赫乃の名は極東に響く名門となった。領地が広いとかそういう次元ではない何か……それこそが赫乃家代々の遺産となっていく。

    ――将来、お前が民を導くのだ。世界は広い……この領地なんて世界の広さに比べれば米粒ぐらいなものだ。よく学ぶことだ……理も人の数だけあるのだ。肝要なのは理解し合う事なのだ。 その課程で知りたくない世界の穢れを知ってしまうかも知れないな。だが……それも知らねばいかぬのだ。

    物心付いたときには、文武両道を目指していた。
    ――右の太刀で護るべき者を護るための力を。
    ――左の書物で護るべき者を護るために知を。
    片方だけでは駄目なのだ。両方備えていなければ……。
    いつも背伸びをするように頑張りながらも、見据えた先には広い父の背中が遠くに見える。その距離が果てしなく遠くに見える。これが赫乃家の重みを表しているんだろうか。

    妾は未だその高みに至ってはいない、あの場所に立つためにも……。

    その純粋な願いが彼女をさらなる高みへと至らせる動力だった、それは今でも変わらない。

     海外留学を決めたのは、何が何でも父に追いつきたいという願い……赫乃家を継ぐに値する者になるため。何時までも温室で育っていては強くはなれないのだと肌で感じていた。そんな時流が別世界での生活を決めたのに父はただ暖かい笑みでそうか、と告げただけ。言葉は最早いらないだろうことは互いに理解していたのだから。

     ガーデンに至ってカルチャーショックを受けたり、周囲の目線の痛さに身を縮め込ませたり、新しい友を作ったりとめまぐるしい迄に様々な事が過ぎ去っていく間、二つの勢力があることを知った。初めは不干渉を決め込んでいた時流であった。だが……。

     ヘロデトを挟む二つの超大国……マゼラノとボストージアの影響からか、この地は争いの種が尽きることはない。そうした不安要素に対する手段として”第三科”があるわけだが、無論彼らのみでは対処しきれない事が多い。ガーデンからの戦力派遣……そのことが彼女にとって一つの決断をさせるに至る。

     ――導く者こそ、後ろで平穏を貪ってよいのか?

    答えは即座に出た。考えるまでも無かったといっても差し支えはない。
    既に解答は己の心の中にあるのだから。



     そして今回はその初となる任務であった。
    ヘロデトのボストージア近辺で連続的に集団犯罪が発生しているとのことであった。それだけなら直ぐに解決するはずであったが、相手がMTスーツを装備しているのであった。一般警察では歯が立たない為に教会…そしてstudent'sの派遣が決まったのである。

     そのとき学友と共に出撃した。けっして彼女と仲がよいというわけではないが、同じstudent'sのメンバーの一人でよく本の虫とか図書館の門番と呼ばれているのを時流は覚えていたし、彼女が派遣のことを告げられたときも、
     「図書館の管理をお願いします」
    と宣ったものだ。
    無論時流も書物は読む方なので関心こそすれ、変な奴とかそういった侮蔑は抱かないわけだが。
    確か彼女の名前はミューラ・フィーレシアといったか。といっても時流自身も彼女との直接な交流はないのでそれ以上の詳しいことは知らなかった。
     
     担当区域はスラム街といっても差し支えないような皹だらけの灰ビルや最早根本しか残ってないようなビルだったモノが乱立する治安が悪い場所だ。いかにも犯罪者集団が隠れるには都合が良く、そして治安維持をする側にとって厄介な地形は無いだろう。
     「のぅ、ミューラ」
     「なんですか?」
     「こういった場所ではより索敵範囲が広い方が有理じゃ。妾の”赫皇”より汝の搭載している電探のほうが性能はいいじゃろうて。――たよりにしておるぞ」
     「……っ、わかりました」
     無関心なうえに無愛想な奴とレッテルを貼られて以来こういった言葉をかけられるのに長らく縁が無かったのだろうか。不意打ちを食らって吃驚したものの、
    直ぐにミューラは胸元の赤い卵状のコアストーンの輝くペンダントを握りしめる。彼女のスーツであるユリシーズの展開に必要な動作なのだろうかと時流は察し、自分もまた勾玉状の朱く赫くコアストーンの嵌められた居合い刀を持ち、力を呼ぶ言霊を告げ、刃を引き抜く。
     
     「”力を……!”」
     「”――赫皇!”」

     スーツを展開するとき、各はそれぞれ異なった幻影を魅せる。それはスーツが己の願望や意志に繁栄したものだからであり、魔法という不可思議を用いた技術故にである。
     ミューラの回りには己の大好きな本の頁が桜吹雪のように舞い、彼女を包み込んでいく。それらが彼女を一瞬だけ覆い隠し、再び彼女を現したときには灰色に胴の側面から足先までと腕の真ん中に細く伸びる白いラインが走ったインナーにヘルメット状に頭部と肩と肘から先までと胸部、そしてブーツ状に膝より先とを装甲で覆った比較的軽装な浮遊機動型のスーツだ。武装は肩に搭載されたレーダーにコンテナミサイル そして弾数を重視したマシンガンに緊急用のブレードとを搭載している。

     一方時流の場合は焔だ。
    見るも鮮やかな火炎が彼女を覆い尽くし、私服の上からその炎がそのまま形になったかのような鮮やかな赤の重層な大鎧を模したスーツが現れる。
    太刀は黒く更に一回り大きくなり、振るうたびに空気を焼くのと同時に火花を散らせる。その赤い装甲の合間に映える黒く長い髪は一種の美しさを醸し出していた。

     戦衣を纏った二人はそのままスラム街を進んでいく。
    しかしながら、初めての派遣という緊張感からなのか……廃ビルの屋上から遠くから監視している存在がいたことは気づくことはなったのである。


     数多の鉄の筒からの発砲。
    鉄を安々と穿ちコンクリートを軽々と抉る銃弾が赫皇の赤く大きい肩の装甲を掠って小さな火花を散らす。
    僅か十数分前は何ともなかったのであったが、今では苛烈な銃弾が飛び交う戦場と化していた。所彼処に壁だったものの破片や硝子だった溶解物が転がっており、所々はクレーターが形成されてその中に燻る炎が陽炎を作り出している。

1666/ 【OVACG】人生に火酒を その3【サイドストーリー】
・投稿者/ 店長
・投稿日/ 2008/04/11(Fri) 22:55:47

     「……不味いのぅ」
    技量その者は時流にとっては苦戦はしない。それは時流がまだ人をその太刀で殺めたことが無いということを差し引いても。
    問題はそれらを補う要素があるからである。それが彼女の動きを抑制し、防戦一方にしていた。
     そう、一対一で不利ならば、一対多となるようにすればいい。
    質は量に勝てるというが、実際は圧倒的な数の暴力と高度な組織とが融合した場合勝てなくなる。人には疲労が存在し、例え鋼であってもいずれ摩耗する。相手はその筋のプロだったのである。

    最初の榴弾は丁度こちらの真ん中へと放たれた。本能が咄嗟の回避を促し、ミューラの居ない方へと飛び退いた。思えばその一撃がこちらの分断策だと気づくべきであったか。しかし今では完全に各個撃破するべく半包囲陣を敷いて時流を少しずつじわりとなぶり殺そうと銃弾を放つ。幸いなことは赫皇が平均的なACよりもやや装甲が高い事と時流自身が幼いことから鍛えた見切りとACスーツの恩恵である動体視力強化によって致命傷を避けていることであろうか。 それでも無効化ではないので砂時計を斜めにして立てているようなものだ。ゆっくりとだが確実に敗北へと誘う合奏は、時流に次第に疲労感を持たせていく。
     
     「いいぞ、このままゆっくりと……」

    リーダー格の男だろうか分からないが、一人が笑みを浮かべながら述べる。迂闊なことにここに来て体力の配分ペースを間違えたことに時流は臍を噛む。初めての実戦による緊張によって本来押さえるべき消耗が激しくなってしまった。このままでは……。

     「―――嘗めるで無いわ下郎!」

     数瞬だけの躊躇を切り捨て、こちらに踏み込む。 
    目の前は銃弾の嵐、ただつっこむだけではその身を穴だらけにするだけに終わる。出来るだけ身をかがめ、投影面積を最大限にした上でさらに側面を向けることで肩の巨大な装甲を前へ晒す。これで大半の弾丸は肩の曲面装甲ではじき返される。
    理屈はとても簡単である。だが、常人は弾幕を強行突破するという事象は例えその身が鉄で覆われていようとも行わない。それが自殺行為に他ならないことは必須と本能が告げるのである。
    恐るべきはその本能を初の実戦において切り捨てた胆力――!

     「く、くるなぁぁぁ!」

     迫り来る赤い死に狼狽し、不正確な射撃は益々致命傷とはほど遠く、線香花火のような火花を散らすだけとなる。
    強化された脚力による踏み込みは、数十メートルを一瞬で縮め、彼の者を太刀の射程へと納める事に成功させた。
    初太刀の唐竹は相手の得物である機関砲を臨終させ、返す逆袈裟は腰から右肩口を一撃で斜めへ寸断。まき散らされる死、むせかえる鉄さびの香り、贓物の放つ異臭。
    飛びかかってくる血潮は、彼女のAPフィールドに触れる。
    それらは一瞬で焔と火花となって散る。肌はその白さを保ちつづけ、赤い赫きは一瞬だけ彼女を包んでいた。その死すら貴ぶように。

     これが命の重さか。と声に出さずに胸の内にしまい込む。

    一方ミューラの方も苦戦していた。 
    彼女の場合は機動力が優れている分装甲が薄い為、回避は必須であった。彼女の戦い方は圧倒的な手数を使っての持久戦。
    命中率や瞬間火力よりも総合火力に秀でたマシンガンを主力に相手と距離を保って削り、隙あらばその肩に搭載されたミサイルを撃ち込むのが通常彼女の用いる戦術である。
    ただし今回は敵の数がおおいために無駄撃ちが出来ず、その上に敵の方の弾幕の方が強烈なために逃げの一手からのカウンター狙いしかできない。
     それでも彼女は無表情だ。冷静であるよりはどちらかというと無感情にちかいミューラは顔色を変えずに、
     「合流したほうがいいですね……」
    淡々と呟く。 やはり致命打を与えれるのは赫皇の方が高い。ブレードこそ搭載しているが、彼女は近接戦は時流よりは劣るのであるから。
    しかし、彼女らの距離は大分遠ざかってしまっていた。互いの状況を視覚で把握できないまでに。



     時流の方は仲間を倒してしまった事が仇となった。
    仲間を倒されたことによって時流を”ガーデンのお子様”から”要注意人物”と認識を改めたのか、今まで以上の苛烈さと執拗さで射撃を繰り出し始める。最早先ほどの様な突貫は出来ないまでの濃密な弾幕に赫皇の装甲は削られ始める。そしてフィールドでは緩和できない衝撃による揺さぶりに小柄な時流は押され始める。そしてついに……右肩の装甲が耐えきれずに吹き飛び、着ていた着物を鮮血が朱に染めていく。
    「あぁ…!」
    痛みに、そして今まで蓄積されていた疲労とで脚が震えた。急に身体中に重しを乗っけられたように体が重くなって膝をつき、太刀を支えにその場に蹲る。その大きな隙を、彼らは逃さない。
     敵が構えた武装から、圧搾された気体が勢いよく吹き出す音を伴って、黒く長いものが飛び出してきた。それらは赫皇ごと時流に絡みつき、先端に取り付けられた吸盤のようなものがくっつき、紫電がそれを伝って走る。地上の雷は赫皇の装甲を無視して時流の体に襲いかかった。見えざる刃が内部から体を傷のない痛みを与えて。

    「くぁああああ、あぁ、あぁああ、ああああぁ…!!」

     出力を調整しているのか、電圧を上げて電流を下げた電撃は痛みばかり増強してあった。感電死はしないものの、ショック死しかねるほどの痛撃は、小さな時流の体を痙攣させ、その場に崩れさせるには十分であった。手足は流れる電流で小刻みに震え、胴を水から上げられた魚のようにのたうちさせる。綺麗な顔を歪ませて、堪えきれない痛みに悲鳴を上げ続けること以外できない。
     ようやく電流を止められても、指先一つも動かせないほどに痛めつけられた時流は悲鳴によって吐き出された空気を必死に、それでも弱々しく吸う以外には歩み寄ってくる敵を睨むこと以外できなかった。

     「手こずらせやがって……にしてもこいつ、案外上玉だな」

    足で乱暴に仰向けに転がされる。彼らの口元は不快なほどゆがみ、時流を取り囲みながら嘗めるように見ている。

     「早くヤッちまいましょうよ」
     「にしても発育が悪いな……まあ、お前はこういうのが好きなんだろうが」
     「まあ、とりあえず……連れて行くぞ」
    そのうちの一人が時流の長い髪を荒々しく配慮無しに掴み、引き上げる。その墨を流したようなほどに黒々とした美しい髪を無造作に荒らす。
     「ぐぅぅ……」
    激痛に益々顔を歪ませて呻き声を上げながら、睨む。

     このまま、妾は小奴らに蹂躙されるのじゃろうか…。

    悔しさが一杯であった。しかし、決して泣くまいと決めた。心だけは決しておられまいと恐怖ではなく覇気を称えた目で眼前の敵を射抜く。決して媚びなどうりはしない。この矜持だけは何人も手出しなどさせない、と意志は眼力となって敵を圧倒する。

     「こ、こいつ……生意気なんだよ!」

    気に入らなったのだろうか。それとも気圧されたのか。あるいは両方だったのかも知れない。
    男は手に持った銃火器のグリップを大きく掲げ、そのまま振り下ろそうとしていた。このままでは顎を砕かれるのだろう。思わず目を瞑って迫る痛みに備えた。しかし聞こえたのは彼女のではなく、男の悲鳴であって―――

     「ったく、女囲って何リンチしてんだよ」

    顎を砕かれたのは目の前の男の方であった。

      「……、お主は」

    何やつと言葉が出る前に、目の前に現れた乱入者は告げる。

     「――何、通りすがりの護り屋さ」

    背中越しに語るこの男の背中は、やけに大きいように時流は見えた。

     「貴様ッ! 何が目的だ!」

    顎を砕かれた男を解放しながらも、仲間の一人が乱入者に怒鳴る。それをけだるそうに聞きながら、ため息混じりに告げた。
     
     「るせー。人様が昼寝している目先で女一人に集団暴行しやがって。気分がわるいったらありゃしねぇ」

    それ以外に理由はいるか?と言った様子で逆に問い返す目線。

     「それだけで……俺たちに挑むのか?」
     「挑む? 何を言ってやがる」

    そっと、その場で動けない時流の元へと歩み寄る。

     「誰が馬鹿正直に───挑むかよ!」

    その豪腕と化した筋力サポート付きの鋼鉄の拳でコンクリート製の地面を砕く。破砕された地面だった物質は細かく、あまたの小さな礫とさらに細かい煙となって周囲へと撒き散らされる。周囲の視界が兵士らと二人を寸断する。無論このまま攻めに転じることも

     「なにを───ひぅ!?」
     「しゃべるな。舌噛むぞ」

    倒れて動けないでいる時流を軽々と腰に抱えると、脚部に搭載されたローラーダッシュ機構を一気に回転させ、ロケットスタートを行う。耳障りな摩擦音と飛び散る火花と焦げ後を残し、二人は”撤退した”。


     「ひぅ…は、はなすのじゃ…///!!ひゃ、ふあぁぁ///」
     「じたばたするんじゃね! って、なんて声出しやがる……」
     「あぅ…、それは、汝が妾に…ひぃぁ……ひっつくからじゃ///」

    先が思いやられる、と

     「……はぁ、やれやれ」
     「と、ところで…何処へ……いくのじゃ?」
     「何って……逃げるに決まっておろうが」
     「───すまぬ、降ろしてくれぬかの?」

    助けた女が 降ろせと抜かした。

     「は? なんでだ」
     「妾ともう一人……学友がいる! 見捨てれぬ!」
     「ええい、俺様は一人でいっぱいいっぱいなんだよ!」
     「ならばよい!! ここで降ろせ! 妾が」
     「───どっちだ」
     「いくと──お?」
     「お、じゃねぇ! どっちの方向だ!」
     「……二時の方角じゃ」
    このお人よしめ! と自分をののしりつつ
     「───遠回りしている余裕はねーな」
    今までは広い──それでも乗用車が1台通るのでやっと程だが──道路を走っていたが、その進路を突如立ち並ぶ廃ビルの一つへ突っ込むコースをとる。
     「な、おい汝──」
     「うぉぉぉぉぉりぁぁぁぁ!!」
    空いている腕を大きく振りかぶりながらの突進。壁へ激突する寸前に今までの運動エネルギーに上乗せされたナックルが耐久年数の過ぎてボロボロになったビルの壁を文字通り粉砕し、強引なショートカットを行う。飛んでくる微細な破片はスーツの展開するフィールドに阻まれ、それが被害として出ることは無い。
     「な、なんと無茶なぁ!?」
     「間に合わせるんだろうが! グダグダ文句言ってるんじゃねぇよ」
     「そ、そうであった……」


    ここまで。

    その後、無事にミューラと合流できた一行は戦闘を潜り抜け脱出に成功。
    以後、彼は時流と妙な縁をもつこととなる。
    途中放棄が多すぎるorz

1668/ 【OVACG】 お見合いは危険が一杯です!? 【リレー小説】
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2008/05/27(Tue) 02:10:15

    お見合いは危険が一杯です

    「落ち着きがありませんわね。ケンジ」

    「こうゆうものに慣れてないからな」

    ガーデンでも有数ホテル【鴉の塒】の一室で、【ケンジ・ロック・クロウ】は【桜花・サカザキ】の隣に座っている。
    桜花は少し困惑気味のケンジを見てクスリと笑った後、すまなさそうに顔を曇らせた。

    「それより今日は悪いわね。どうしても断れない縁談でしたの」

    「別に良いが……どうして俺はこんな格好をしなくちゃいけないんだ?」

    ケンジは、無理やり押し付けられて着た、ビジネススーツを見ながらため息をついた。
    桜花はその様子を見て、くすくすと笑いながら言った。

    「あら、とても似合っているわよ。」

    「茶化すな、……っで、どうして俺はこんな服を着ないといけないんだ?」

    「先方に断りを入れるためには、貴方の『協力』がどうしても必要でしたの」

    桜花の『協力』という言葉を聞いて、ケンジは苦りきった顔でポツリと言う。

    「……朝から、人の部屋に入って来て、怖い笑顔で『協力してくれないと悲鳴をあげて泣いてしまいますわ』て言われて誰が断れるかな」

    「そうですね。――もしあの状況で『貴方に泣かされた』って言いふらしてたらどうなっていたでしょうね」

    「……」

    「冗談よ」

    「冗談に聞こえないんだが……まぁ、良い。――ところで俺はどんな協力をさせられるんだ?」

    「秘密――もっとも、わたくしはまだガーデンに居たいですし、両親の勝手で結婚させられるわけにはいきません。そんなものは粉砕してさしあげますわ」

    冗談とも本気ともつかぬ口ぶりで言って、桜花は怖い笑みを浮かべる。
    ケンジは桜花のその顔を見て少し照れくさそうに呟いた。

    「……桜花らしいよ」

    「あら、貴方はご存知のことでしょう?」

    「そうだな」

    ケンジはいつものように苦い顔で桜花はさもたのしげにクスクスと笑っていた。


    一方その頃。

    その二人の光景を覗き見している集団達があった。

    あるところでは隣の部屋から……

    「エルゼ様、お二人とも楽しそうに話していますよ」

    「こら、大きな声を出さない。二人に見つかったらどうするの?」

    「そんなこと言ってエルゼ様も覗き見してるじゃないですか」

    「そうそう、心配なら心配って言えばいいのにね?」

    「べ、別に貴方達が何かしないか心配で……」

    「エルゼ様、ここに盗聴器を置いとけばいいんですか?」

    「……」

    なにやら、今にも飛び出しそうな勢いで聞き耳を立てている者たち。


    はたまたホテルの監視カメラを使い生徒会室から……

    「くくく、そろそろ始まるぞ。……ん? 何を不服そうな顔をしている。風花」

    「……べ、別に、何でもありません」

    「――言っておくが、俺様としても非常に遺憾なのだぞ? 親友である二人が心配で監視しているんだからな」

    「それでは、なぜ録画しているのですか?」

    「これは、後で脅迫材料に使うつもりなんだが……」

    「姉さんにですか?」

    「そうだ、こんなチャンス滅多に無いからな……なんなら抜けてていいぞ?」

    「いえ、大丈夫です。 それより監視を続けましょう」

    復讐の為に天敵の脅迫ネ―――もとい、情報収集に来た者たち。

    それからAC格納庫も……

    「おぉ! いい雰囲気じゃないか、やるなケンジの野郎も」

    「あの……ウォルターさん?」

    「ん、なんだ?」

    「この映像どこから写してるんですか? 見たところ動いているんですけど……」

    「それはもちろん一号機たちの小型バージョンから盗撮している映像だよ」

    「それって、犯罪じゃないですか!?」

    「まあ、おもしろければそれでいいじゃん。ぉ、そろそろ始まるらしいぞ何なら見るか?」

    「……」

    とまあ、面白半分と茶化しで見に来た人たち。


    関係ないけど可愛そうなので最後に薄暗い倉庫では……

    「アイツ、だれ? 桜花先輩とした親しく話やがってっ!」

    「たしか、一ヶ月ぐらいに転入してきた奴だ。 我等を差し置いてぬけぬけと、うらやまし……おほんっ!」

    「おい、この盗撮機、映像が悪いぞ。 もうちょっとマシなのはなかったのか?」

    「しかたないだろう。 今日に限って盗聴機類の品切れが多くてさ」

    「……それよりも皆、ACスーツ持ってきたか?」

    「勿論だ」(全員の声)

    「我等、桜花ファンクラブは桜花さんに近づくものを排除する立場に在るのだ」

    「もしも最悪の展開になったらいつもどうり我々が排除……もとい奴を退場させるぞ」

    「おぉっ――――!」 (隠れているので小声)

    と隠れながら盛り上がりと嫉妬の炎で荒れ狂っているガーデン一般生徒さん達。

    かくして、ケンジとその他(?)が緊張の面持ちであるいは面白おかしく見ている中、見合い相手も来て話が始まった。
    桜花は、彼等の予想の斜め上をいく形であった。

    「この人が私の婚約者ですわ」

    『えぇっ〜〜〜〜〜〜〜っ!?』(桜花と事前に知らされていた婚約者以外の声)

    ケンジの腕を抱き寄せ、桜花はやおら見合い相手にそう言い放つ。
    言った当の桜花と、事前に話を通されていた先方以外の心の声が、見事なハーモニーを奏でる。
    この言葉がのちにガーデンの迷宮入り事件として語られる【鴉の塒倒壊事件】の引き金であったとはこの時点では想像もつかなかった。

    『誤解が誤解を生み、戦火を拡大させ更なる被害を生む』

    ……これはそんな言葉が具現化した仁義なき戦いの物語である。



    あとがき、

    リレー小説が流行っていた時なんとなく自分もやって見ようと思い考え付いたもの。
    今読むと、自分の未熟さを思い知らされるような作品になってしまいました。
    ああ、恥ずかしい……

    紹介

    リレー方式

    説明例(ツリー)

    第一回フェイズ「ガーデン一般生徒達の暴走」(フェイズ説明)
        
    第二回フェイズ「ドンパチパレード開幕」(フェイズ説明)



    第?フェイズ「倒壊そして……」(エンディング)

    ルールは、生徒会、外野、student'sのそれぞれ陣営に居るキャラクター達を使いホテル【鴉の塒】を倒壊かケンジと桜花を捕まえるか逃がすのかの3パターンに分かれます。
    ケンジ、桜花、ホテルは守備でそれぞれ行動開始します。
    皆様方はどう行動するか決めてください。
    なお捕まえたり建物を破壊するなり逃がすなり手段は自由です。
    (過激でも死ななければ構いません)

    注意事項
    ・基本的にキャラ参戦タイミングは自由だが、参戦する理由をリレー内に組み込む事。(参加表明に近いものです)
    ・抜け駆けをしても戦局には影響しません。たった一人のキャラを英雄にしようとは考えたら負けです。
    ・(不可侵キャラクター)と付けられた敵キャラ(ボスキャラ相当)が発生するかも知れませんが、解禁されるまでは手出し禁止です。
    手出し=犠牲者としてなにかされますので注意。

1683/ (削除)
・投稿者/
・投稿日/ 2009/02/09(Mon) 23:11:06

1684/ (削除)
・投稿者/
・投稿日/ 2009/02/09(Mon) 23:14:06

1686/ 【OVANB】花 【メモ】
・投稿者/ ug
・投稿日/ 2009/03/01(Sun) 23:36:00



    花 ‐white‐

     それは純潔なり
     白すぎる無垢は受け入れがたし
     故に白を汚す
     白は汚すことを教える




     床は白い
     壁は白い
     天井は白い
     照明は白い
     廊下は白い
     
     廊下を歩く者が居る
     黒衣をまとった男
     手には白い花を持つ
     花は白い

     床よりも
     壁よりも
     天井よりも
     照明よりも
     廊下よりも

     一つの部屋に入った
     部屋も白い
     中央にベッドがあった
     白いシーツ
     白いベッド
     そして白い人間
     全身に包帯が巻かれている
     顔は見えない
     歳も判らない
     性別も判らない
     ただ動かずに寝ている
     
     入ってきた男は無言
     寝ている者を見続ける
     かつて交わした言葉が蘇る

    ―強くなる。強さを手に入れれば、強さこそが全てだ―
    ―本当にそうなのか?こんな世界だが、本当に強さが全てなのか?―
    ―相違ない。企業を見ろ。テロリストを見ろ。市民を見ろ。ノマドを見ろ。そして、レイヴンを見ろ。力こそ全て。だから、力を求めるのだ。だから、レイヴンになるのだ―
    ―だからといって―
    ―判れ。利口なれ!俺達は力を、絶対的な力を手に入れなければならない!だから、レイヴンとなり、レイヴンの頂点となる―
    ―頂点?―
    ―そうだ!絶対的に強く、自由を持った存在。そこにたどり着かなくてはならない!だから、私と来い!一緒に目指すんだ!力を手に入れるんだ!―

    言葉を交わしたのはいつだったか
     昨日のようだ
     百年前のようだ
     入ってきた男は何も言わない
     無言のまま出て行った
     男は唯一の王者であった存在

     力の存在を疑った者
     力の存在を信じた者
     混沌に染まりし者
     純潔に染まりし者
     果たして王者に上り詰めたのは力を何と思った者か

    男は部屋から出て行った
     花はベッドの横で飾られた
     花は何よりも白く
     何よりも美しく





    ●思いつくままに書いて、結局投稿も、何かの話に使うこともなく終わったもの。
    ちなみに、アンゴルモアたんの話ですた。



1352/ 鳥達の弔歌[更新:9/6](LR
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/03/29(Thu) 00:44:15

    まえがき。

    ダウナー系の小説です。
    というか、未だLRです。
    今作は、投稿時の想像以上に動いてくれたアレクさんに捧げます。
    というか、アレクの御話です。
    多分に自己満足の為の作品なので、スルーでも、まあ。


    更新:
    9/06
    Scene10・11を更新。
    方々に頭を下げる必要がありそうだが、Scene10の彼はどうしても使いたかった。

    にしても、こう。
    大規模なAC戦を書きたいと思ったら、タイマンになってしまった…。
    欲求不満なり。むう。

    8/16
    まだやって(ry
    上手くすれば、あと3・4くらいで終わるかしら。
    閑話的なものが入る可能性はあるけれど。

    3/7
    まだやってたのかと思われる勢いでLR更新です。
    むしろ別方向に気合のベクトルがいった気がする。
    今回更新したScene7と前回までのあいだに、『Glorious Wing's』は入ります。

    ……しかし、いい加減に捏造設定自重しよう私。うん。



1353/ Scene1.≪籠の中の小鳥≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/03/29(Thu) 00:44:38

     暗い夜空の大半を、曙光が支配していた。夜明けを告げる陽光が、加速度的に明度を増していた。彼女をして、自らが日向の住人ではないことを実感させるような、焦燥感すら感じさせる速度で、夜は白み始めていた。
     それでも、未だ街は眠っている。始発電車で帰り着いた駅には、人影はまばらでしかなかった。駅を一歩出れば、もう、そこには寒々とした早朝の空気が広がっているだけだった。もう一時間か二時間もすれば、それぞれの職場や学び舎に向かう人々が、睡魔に霞む眼を擦りながら、大挙して駅に殺到することだろう。
     そんな薄紫色の世界を、私は歩いていた。五時間ほども飲み続けたアルコールが、その歩調に大きく影響を与えていた。顔に差した赤味も、きっと、早朝の厳しい寒気によるものとしては強過ぎる。今頃は、馴染みのバーのマスターも閉店作業を終えて、夢の中だろうか。明かりの消えたパブの看板を視界の隅に捉えて、そんなことを考えた。
     五分と歩かずに、足を止めた。聳え立つ、二十五階建ての高層マンション。その二十二階にある自らの部屋を見上げて、白い息を吐いた。その息は、濃厚にアルコールの匂いを含んでいた。
     市民IDによる認証と六桁の暗証番号の入力を経て、漸く、建物に入る。市民ID。レイヴンに配給される偽造の市民IDは、レイヴンズ=ケイジの消滅と共に失効している筈だった。第一、駅前の一等地という立地条件の高級マンションへの入居など、そこいらの偽造IDでは不可能な話だ。レイヴンも目の飛び出るような報酬を取る偽造業者に依頼して、どうにかといったところだろう。
     ならば、どうして私は、このような建物に住居を構えることが叶ったのか。簡単だ。私が手にしているこの市民IDは、天下のイージス社が発行した"本物"だった。自らの羽根を鎖で縛って、手に入れた対価がそれだった。
     エレベータの赤い内張りは、疲労した眼球には優しくはない。目蓋を瞑って、目的の階へ昇るのを待った。振動の少ない最新の高速エレベータは、到着を報せる電子音がなければ、停止したことにも気付かない。十数秒で、閉じた目蓋を開くことになった。
     自分の部屋に入るにも、暗証番号を打たねばならない。それだけセキュリティには気を使っているということだが、記憶力が悪い人間には門戸の狭いマンションだ。いや、考えようによっては、住むことで記憶力の鍛錬になるのだろうか。どうでもいいことか。黙って、扉を開けた。
     誰もいない部屋に戻るたび、その殺風景な光景に空虚を覚える。少なくとも、時折に呼ばれて訪ねるフィルオーネの部屋や、一度だけ訪れた同業者の自宅と比べると、呆れるほどに物が少ない。それでも、家具を増やす気はなかった。物が増えれば、自分が整頓を出来ないことは判っていたし、増やす必要もない。ましてや、ファンシーなカーテンやクッションなどで部屋を飾り立てる趣味は持ち合わせてはいなかった。
     ゆったりと寝そべることの出来るサイズのベッドと、サイドテーブル。アルコールの瓶が並んだ戸棚に、ビールと酒の肴しか入っていない冷蔵庫。それに、小さな机とラップトップ・パソコン。テレビ。そして、部屋の隅に置かれた水槽。それで、この部屋の全てが形容出来た。
     明かりを付けると、部屋の片隅でかさかさという音が響いた。それを耳にして、私は僅かに肩を上げた。一応は、"これ"が帰宅を迎えてくれたという形になる。とはいえ、飼い主の帰宅を喜ぶ感情など、"これ"は持ち合わせていないだろう。単純に、餌への期待で動き出しただけだ。そう考えると、余計に気が滅入った。 
     水ではなく、土を張った水槽。その中に、小型のミミズをピンセットで三匹ほど放り込む。待ち侘びたように、飢えた八本足の獣は餌へと襲い掛かった。

    「……美味しいのかしらね、ミミズなんて」
     
     飼い主の言葉には応えず、びっしりと剛毛を生やした蜘蛛は、かりかりという生々しい音を立てながら、一匹目のミミズを胴体の半ばまでを飲み込んでいた。その姿を成るべく目にしないように、水槽の傍から離れた。蜘蛛は昆虫ではないが、蟲の類には違いがない。バグによって被害を受けた者の大多数に漏れず、私は蟲が嫌いだった。
     全てを忘れるように、ベッドへと倒れ込んだ。かりかり。かりかり。温度のない部屋に、ただそれだけが響く。目を瞑っても、グロテスクな光景を思い浮かべてしまう。蜘蛛に齧られる、ミミズ。酒精と疲労にまどろむうち、脳裏に浮かんだ光景は、いつか、自分が目にしたことのない光景へと変わった。
     煙を上げ、崩れ落ちる見知った街。悲鳴を上げて、逃げ惑う人々。その間を、跋扈する巨大なバグの群れ。あの、教会のような外観をした孤児院。一塊になって震える子供達を、心配要らないと励ますマザー。扉の前で、外の様子を見ていたシスターが叫ぶ。吹き飛ぶ扉。雪崩れ込む悪魔達と、飛び散る血肉。かりかり。かりかり。静かになった孤児院で、バグの口の端に、厳しかったマザーの胴体がぶら下がっている――。

    「――ッ!!」

     跳ね起きて、洗面台に胃の中身を総てぶち撒けた。アルコールの饐えた臭気が、鼻を刺す。もう一度、込み上げた不快感に従って、喉を焼く胃液を吐き出した。
     荒い呼吸音が、耳に響く。吐瀉物の池に、涙と唾液がぽたぽたと落ちた。その光景が不快で、息が整うのも待たずに蛇口を捻った。胃の内容物などといっても、九割のアルコールと一割の胃液でしかない。水を一通り掛けてやっただけで、それらは跡形もなく流れ去った。
     口を漱いで、冷水で顔を洗う。それも、ただ嘔吐による汚れを落とす以外の役割は果たせなかった。アルコールの霧は未だに晴れず、また、気分を晴らすこともなかった。元より、晴らすつもりなどないのだが。
     ふらついた足取りが、キッチンへと向かった。冷蔵庫の前へと屈み、ビールを掴み出す。扉を開け放ったまま、それを一息に飲み干して、呻いた。よく冷えた、豊潤な味わいを持つ高級ビールを飲んだところで、今は苦痛でしかない。大量の胃液が通過したばかりの喉に、炭酸の刺激は強過ぎる。
     それでも、二本目を手に取って封を切った。あたかも、ビールそれ自体ではなく、それによって生まれる痛みを求めているかのように。それを半分ほど口にしたところで、扉の閉め忘れを警告する電子音が鳴り響いた。
     それを無視するわけでもなく、さりとて、直ぐに反応するわけでもなく。庫内に残った最後の一本を緩慢な動作で手に取って、耳障りな電子音を止める為だけに、扉を閉めた。
     飲み掛けの缶を傾けながら、リビングの机に腰を下ろす。目の前にあったリモコンで、テレビの電源を入れた。静かだった室内は、途端に、今日の天気を報せるキャスターの能天気な声で満たされた。無駄に明るいが、ただ、それだけだ。笑顔を浮かべて、今日は晴れだの雨だの、暑い寒いだのと言っていればいいだけの、頭蓋骨の表側だけが存在価値な女達。そんなものでも、音がないよりはマシだった。
     電源の入っていないラップトップを前に、三本目のビールに手を掛けた。プルタブを引く指が、何度か滑った。それで面倒になって、サイドボードのウィスキーの瓶へと、手を伸ばした。
     ロイヤル・サルート21年。そう記されたラベルには気も留めず、グラスを探す手間も惜しんで、瓶から直接に琥珀色の液体を呷った。それを嚥下した途端、鋭い激痛が咽喉に走って、酷く咳き込んだ。胃酸で焼かれた喉に、ビールとは比較にならない高濃度のアルコールを流し込めば、そうなるのが当たり前だ。
     痛みを紛らわせるようにと咽喉へやった指先に、冷たい金属の鎖が触れた。首から下がるのは、慣れない装飾品。脳裏を掠めたのは、翼を縛られた鴉の幻視。鎖を千切り捨てようとして発作的に動いた指先を、アルコールの靄に沈み切れずに残っていた理性が、辛うじて押し留めた。

    「……っ、あ……」

     頸元の鎖を抱きながら、熱い液体が頬を伝うのを感じた。漏れ出した嗚咽の声は、付け放したテレビの音声に紛れて、誰の耳にも届かない。どのみち、聞く者もいない。
     テレビでは、朝のニュースがワイドショーに変わるところだった。眠りにつけるのは、まだ、先のようだった。

1564/ Scene2.≪翼の向こうに≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/08/07(Tue) 03:26:06

    「……ええ、イージスに就職よ。派遣扱いだけど」
    『コルト姉……遂に定職に就いたんだ?』
    「……何、その言い方は。フリーターみたいに言わないでよ、ちゃんと稼いでるんだから」
    『それが不思議……どんな仕事すれば、そんなに稼げるのさ?』
    「ん……色々とね。それじゃ、忙しいから――」

     携帯電話を閉じて、小さく溜息を吐いた。ガードに就職するときでさえ、反対されたのだ。傭兵として生計を立てているなど、口に出来る筈もない。ましてや、あの娘を守るために自由を失ったなどと。そんな事実は、私だけが知っていればいい。私のように汚れる必要は――日陰を歩く必要はないのだ。私とあの娘では、住む世界が違うのだ。
     C−LAWSの叛乱と九龍都脱出、地上戦艦≪崑崙≫強奪――いま、世界は揺れている。一般の人々は知る由もないが、長きに渡って企業が主導してきた世界が揺らいでいる。その変革者たる鴉達は、縛られることのない空を羽ばたいている。自由の為に、尊厳の為に。
     ――だというのに、私は。信ずる理念も誇れるような理想もなく、ただ流され、安定と引き換えに自由を捨て、企業に飼われている。あの日、次々と鴉達が自由を求めて鳥籠から飛び立っていく中、私は逆方向に羽ばたいて鳥籠の中へと収まった。レイヴン――何物にも縛られぬ、自由なる傭兵。C−LAWSの≪ゼカリア≫の言葉を借りれば、私はレイヴンではなくなってしまったのかもしれない。私には、≪ゼカリア≫のような理想もなければ、彼のように――レイヴンとして死ぬ為に、羽ばたき続けるだけの勇気はなかった。私がレイヴンでないというならば、それでもいい。元々、辞める理由もないからと惰性で続けていただけの職業だ。何の目的もなく飛び続けることに、少し疲れてしまった――。



    「――話は聞いてるぜ、お友達。宜しく頼む」
    「ええ――宜しく、≪オートマティック・ダン≫」

     九龍都と各衛星都市を結ぶ鉄道網の中継地として発展した、地上に点在する小規模な地上都市。どうということのない、何処にでもあるようなターミナル。その一つが、いま、トリニティにとっての重要拠点となっている。大量の軍需物資が続々と九龍都から到着し、貨物駅の周辺に吐き出されていく。倉庫に入り切らぬ物資はコンテナのまま山積みされ、さながら、街区全体が補給基地と化した感があった。実際、それは誇張ではない。貨物駅の周辺街区は戒厳令下にあり、民間人は退去している。警備に当たるのは完全装備の歩兵と戦闘用MT、上空の直掩機。そして、私と≪オートマティック・ダン≫を含める複数のACだ。
     トリニティがここまで大仰な警備体制を取っているのは、無論、それなりの理由がある。C−LAWSに奪取された地上戦艦≪崑崙≫の追撃には、同型艦の≪天山≫が動員されているわけだが、そこに問題があった。即応戦力としてチンハイ北岸部を定期巡回していた≪崑崙≫と違い、≪天山≫は九龍都近郊の専用ドッグでの待機状態にあった。それも当然で、運用に莫大なコストの掛かる崑崙級戦艦を二隻同時に運用することは、あまりに無駄が過ぎる。第一にしてからが、機動力に欠ける崑崙級戦艦を持ち出すよりも、C−LAWSのACを投入する方が有効かつ安上がりであったのだが――そのC−LAWSが離反し、一番艦≪崑崙≫もが奪取された状況では、二番艦≪天山≫に御鉢が回ってくるのは必然であった。
     問題は、緊急出撃した≪天山≫には糧秣・弾薬・航空燃料などの備蓄が殆どない――具体的にいえば、0.5会戦分――ことだった。かくして、九龍都を進発した≪天山≫および搭載部隊を戦力の列に加えんが為、道中のこのターミナルが軍需物資で埋め尽くされることになったわけだ。仮に、この莫大な量の物資を失えば――トリニティの生産力を以ってしても、C−LAWSへの鎮圧部隊派遣は一ヶ月以上は遅れることになるだろう。そんな事態を防ぐ為に、私と≪オートマティック・ダン≫が派遣されたわけだ。
     勿論、小規模とはいえ都市は都市。それをたった二機のACでカヴァー出来る筈などはない。ガーランド・RACからもそれぞれACが派遣され、各方面を担当している。RACからは、ケイジのランキングで十四位であった≪シールド・ファイア≫が。それに対抗する為か否か、ガーランドからは元・十三位ランカー≪プライド≫と≪ノーブルレイ≫の二名が派遣されている。豪華な面子ではあるが――はっきり言って、≪プライド≫の装備は予想される航空攻撃に対しては不向きなように思われる。尤も、ランカーなどという人種はブレードで航空機を斬り堕とすような芸当を朝飯前にやってのけるような化け物揃いの連中であるからして、問題はないのかもしれないが。

    「しかし、まぁ――暇よね、護衛任務ってのは」
    「暇なのが一番いいんだよ、お友達。それとも、街全体が花火大会になるのがお望みかい?」

     確かに、≪オートマティック・ダン≫の言葉は正しい。この任務では、敵を撃ち漏らすことは許されていない。それが、例え航空機一機であっても、武器弾薬と燃料がそこら中に積み上げられた街区は、爆弾一つ――いや、機銃の一連射で吹き飛びかねない。そうなれば、死傷者は千や二千では済むまい。
     ……そういえば、何年か前にもACの襲撃でターミナル一つが復興不能なまでに破壊されるという事件があった。第二次企業紛争中、最悪の被害と大々的に報道されていた覚えがあるが――今では、街一つの滅亡など有り触れた悲劇だろう。バグの大氾濫では、多くのターミナルや地下都市が壊滅したのだ――私の故郷も、その中の一つだ。

    「自分が巻き込まれさえしなければ、さぞかし見物でしょうけどね――ま、何事も起こらないことを精々祈るとするわ」
    「そうしてくれると助かるがね」

     祈りの作法など、もう、記憶の片隅にしか残ってはいないのだが。第一、ロザリオを千切り捨てたような人間の祈りに、主が応えるとも思えない。そもそも、天上の住人は祈れば助けてくれるほど甘くはない。現に、宗教関係の授業やミサは適当に流してきたような私が生き残って、敬虔な信徒であったシスターは――いや、止めよう。最近、あの頃のことを思い出すことが増えた気がする。少し、自暴自棄になっているのかもしれない。イージスの専属になってから――正確には、このネックレスを受け取った晩からか。小さな声で何やら言い訳染みたことを呟き、明後日の方に視線をやりながら、無造作に差し出されたプレゼント。本当に嬉しかったけれど、それ以上にとても痛かった。決めていた覚悟が、揺らぎそうになった。だから、一度だけ確かめたのだけども――やはり、自由な鴉として死ぬことを彼は望んだのだ。それを再確認したとき、やはり受け取るべきではなかったと心底から後悔したものだった。華奢な鎖に指を触れると、胸が痛む。それでも、幾度となく身に着けているのは、我ながら笑う他はない。

    『――北方より未確認機の接近を確認。各機、迎撃態勢に移行しろ』
    「……やっぱりおいでなすったか、くそったれめ」

     舌打ちをする≪オートマティック・ダン≫には悪いが、正直、これは有り難かった。少なくとも、戦っているときはそれ以外のことを考えずに済む。スタンバイ状態にあった機体を、戦闘モードへと移行させる。慣れ親しんだCOMの音声が、私の思考をレイヴンのものへと切り替える。
     上空を見遣れば、幾つもの機影が蒼空を切り裂いて飛び去っていく。勇ましい光景ではあるが、恐らくは阻止しきれまい。例の飛行ユニット――グライフ・クーリエといったか――は、軽量AC程度ならば輸送が可能だという。崑崙に搭載されていたそれを、C−LAWSが利用しないとも思えなかった。
     そして、案の定というべきか否か――。

    『――敵機、巡航ミサイルを発射。市街到達前に撃墜せよ』
    『敵編隊にクーリエを確認。積載機はグライフ・タイプおよびAC――≪Elysian≫!?』
    『東方、敵地上部隊の高速接近を確認――ACらしき反応を含む!』

     C−LAWSがACを投入してくるだろうことは、覚悟していた。それでも、実際に元・ランカーの――それも、十位という高位ランカーの――名を耳にすると額に汗が滲むのを抑えられなかった。街の北方は私達の担当ではないというのに、だ。実際に≪Redemption≫を迎え撃つことになるのは、かの≪シールド・ファイア≫だ。その実力と実績は、疑いを差し挟む余地はないが――しかし、高速・高火力を誇るフロート型ACの≪Elysian≫に対し、タンク型の≪盾龍≫では相性が悪過ぎるというものだ。

    『管制塔より≪グリーヴァ≫――市街北方に急行し、≪盾龍≫と合同して≪Elysian≫阻止に当たれ』

     御偉方も私と同じ懸念を抱いたのか、それとも、単純にランキングの十と十四という差で判断したのか。ともあれ、市街北方の戦闘は凄まじいものになることは間違いない。どうやら、北方を敵の主攻方面と判断したのだろう。分散配備されて警備にあたっているデルタや各企業の部隊も、続々と迎撃へと向かっている。まあ、C−LAWSでも隊長の≪ゼカリア≫と"鴉狩りのクレイモア"と渾名される≪グレイ・グリフィス≫の二人のシングルナンバーに続く実力者の≪Redemption≫が確認されたのだから、妥当な判断にも思えるが――。

    『さて――二人とも聞こえてるか? 接近中の地上部隊の相手を頼む、一機も通すなよ』
    「はいよ」

     ≪プライド≫への指示とは一転した口調。成る程、イージス管轄下のターミナルというだけのことはある。所詮、トリニティなどと気張ってみても、その実情は一枚岩とは程遠い。まあ、それは在野時代に請け負った幾つかの依頼からも判っていたことだが――そういえば、正式に専属となった以上は、他社施設への破壊活動は不可能なわけだ。さて、イージスは完全な協調姿勢に転じたのか、それとも――いや、考えても詮無いことか。

    『――≪アレクサンドライト≫? どうした?』
    「あ……ええ、了解したわ」

     土煙を巻き上げて進みだした≪禅銃≫に続いて、予想会敵地点へと機体を前進させる。指示を受けての行動は、久し振りだ。ケイジ時代は、どんな依頼でもオペレータがいたけれども――ああ、オペレータのクラウディアは元気だろうか。ケイジが消滅して以来、縁がぷっつりと切れてしまった。何年もの間、パートナーとして付き合っていた割には唐突に過ぎる別れだった。生死を賭けた戦場を、あの娘のオペレートの御蔭で切り抜けたことも幾度もあったというのに。声だけの関係であったにせよ、私達の間には確かに信頼関係が存在していた。またいつか、もう一度あの娘の声を聞けるだろうか。

    『ああ……それと、デイヴィス中尉。その、なんだ……"姫"がそっちに合流する、フォローを頼む』
    「なんだと……くそったれめ、今日は厄日だな」
    『――宜しく頼む』

     意味の判らない遣り取りが、≪オートマティック・ダン≫と管制塔との間で交わされる。どうにも、あまり良い話ではないようだが、さて。

    「ねえ……"姫"って?」
    「≪ノーブルレイ≫……アールディ家の御令嬢といえば、判るかい?」

     ――アールディ家。それは、トリニティの役員に名を連ねるディリン・アルフ・アールディの名と同一であるといっても良い。ガーランド系の企業グループの中では五指に入る有力者である。その権勢は、トリニティ直属部隊であるデルタの作戦行動に影響を与えるほどであるというが――そのアールディ家の令嬢、レディナ・エマ・アールディがガーランド専属レイヴンとしてACを駆っているというのは、この業界ではそれなりに有名な話だった。まあ、知名度としてはフォートレイド家の≪フィラメント≫ほどではないが。

    「……つまり、御嬢様が堕ちないように気を配れと。無茶を言ってくれるわね、こんな状況で」
    「全くだ」

     一瞥したレーダー画面には、管制塔から転送されたデータが表示されている。敵部隊の行軍速度を勘案すれば、≪ノーブルレイ≫が戦闘領域に到達する頃には、こちらは既に交戦中だ。敵部隊の数と速度、そしてACを含むことを考えれば、足手纏いのフォローなど出来る状況ではない。
     そもそも、ACの正体が未だ不明であることが気に入らない。C−LAWSに所属し、高機動型ACを操るレイヴンといえば……パッと思いつく限りでは、≪コッペリア≫≪タクマ≫≪カース≫≪キリー≫≪ノルデンフェルト≫……それに、"テンミニッツ"の片割れか。厄介極まりない名前がずらりと並ぶ。特に、≪コッペリア≫は不味すぎる。≪ノーブルレイ≫のフォローどころか、自分が殺されないようにするだけで手一杯だろう。

    「やれやれ……宮仕えも楽じゃないわね」

     口にしてみて、ふいと気が付いた。ケイジ時代は、自由を求めて不満を抱いていた。ケイジ消滅後は、組織の庇護を求めて不満を抱いていた。そして、イージス専属となった今は、命令を受けて動くことに不満を感じている。さて、私の行き着く先は何処にあるのだろうか。

    「おれは二十年以上も我慢してるんだ。音を上げるのがちょっとばかり早いぜ、お友達」

     独り言のつもりだったが、どうやら少し声が大きかったらしい。≪オートマティック・ダン≫の言葉が、思考を途切れさせた。

    「そういえば……お前さん、バレンタイン・デイの包囲戦から参加してたんだったか。こっちとしては有り難い話だが、どういう風の吹き回しだったんだい?」

     動揺が操縦桿に伝わり、機体の進路がブレた。世間話のつもりかもしれないが、全く、迷惑な話だ。あの耳障りな声を、仕事の前に思い出してしまった。まあ……C−LAWS叛乱直後、半狂乱で通信をしてきた様は傑作ではあったが。
     ともあれ、そんな裏事情を口に出来るはずもなし。色々と調べたところ、私とコンタクトを取っていたのはイージス内部でも些か浮いた存在である最強硬派だという。そんなバックの存在を口にして、イージス社内の派閥争いに巻き込まれては叶わない。下手をすれば、消される可能性もある。実際、役立たずのレイヴンを飼うほどの酔狂を、現在の情勢が許すとも思えない。

    「――……上司に聞いてよ。勧誘されたの、私は」
    「勧誘! それはそれは……どうやら、腕っこきのようで何よりだ――女なんで、ちょっと心配してたんだがね」

     全ての事情説明をカットし、要約に要約を重ねた単純極まる回答は、どうやら≪オートマティック・ダン≫のお気に召したらしい。だが、最後の一言は余計だ。彼の言う"腕っこき"の基準がどうかは知らないが、十七歳でガードウォーカーのコクピットに収まって以来、一般的な女性とは程遠い人生を送ってきた自負はある。女だからという理由で腕を疑われるのは、全く不愉快な話だ。これでも、レイヴンとして八年間を生き延びてきたのだ。

    「御挨拶ね。十年も棺桶の中に入ってれば、男も女も関係ないわよ」
    「違いない。さて……お客さんだぜ、お友達。言うだけのことがあるか、見せてくれよ?」

1565/ Scene3.≪二十マイルのデッド・ヒート/前編≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/08/07(Tue) 03:26:48

     後方、応急の防衛陣地で構成される最終防衛線まで、約二十マイル。接敵までにもう少し距離を稼ぎたかったところだが、鈍足の≪禅銃≫にしては上出来か。ガーランドのAWACSが配備されていれば、状況は随分と違ったものになっていただろうが、無い者ねだりをしても仕方がない。
     問題は、最終防衛線に配備される筈のデルタ部隊の全てが街区北方に引き抜かれたということだ。ターミナルのガード部隊が穴を埋めたらしいが、はっきり言って戦力として期待は出来ない。つまるところ、私と≪オートマティック・ダン≫だけでACを含む中隊規模の快速部隊を阻止する必要があるということだが――そんなもの、無理に決まっている。敵が交戦に応じてくれれば兎も角、≪禅銃≫の足では撃ち漏らした敵の追撃は不可能だ。オーバード・ブーストを起動してすら、私の≪シデロス・アラクーネ≫よりも遅いのだから。
     最早、オペレータや≪オートマティック・ダン≫の言うところの"姫"――≪ノーブルレイ≫が、どれだけ戦力になるか。作戦の正否は、そこに掛かっているといっても過言ではないだろう。私に出来ることは、ただ、土煙を巻き上げて迫り来る敵機を、一機でも多く撃墜することだけだ。

    「さて……それじゃ、御手並み拝見といきますか」
    「敵のかい。それとも、おれのかい」

     敵の先頭集団が、一挙に速度を上げる。MTにしては、規格外の速度――鎌風か。一機でも逃すと、厄介なことになるのは間違いないが――先陣を切ってくれて、助かった。

    「――両方よ!」

     私が飛び出すと同時に、≪禅銃≫のアサルトロケットが砲弾を吐き出す。機体構成的には前衛後衛が間逆だが、機動力を考えると仕方のないことだった。彼我の距離は一瞬で縮まってゆく。≪禅銃≫からのロケット弾が、立て続けに敵集団の合間に着弾し、土煙を上げる。直撃弾こそないものの、至近弾の回避で急旋回をした機体が何機か横転している。高速道路で急ハンドルを切れば、同じことが体験出来るだろう。するつもりはないが。

    「散開もしないで……舐められてるのかしら」

     FCSがロックオンを報せると同時。敵の第一波に対し、両肩のチェインガンを薙ぎ払うように浴びせかける。重厚な発射音と振動が、トリガーを引きっ放しの指に伝わってくる。弾幕に飛び込んだ一群の敵機は煙と炎を吐き出して吹き飛び、擱座していった。弾幕を抜けた数機は、ハンド・ミサイルとアサルトライフルで始末する。どうにも、歯応えがないが……ともすると、無人機かもしれない。ガーランドのテンペストが全て無人化されていることを考えれば、あながち有り得ない話でもない。少なくとも、二脚型のテンペストよりは無人化は容易い筈だ。

    「いい仕事だ、お友達。勧誘されるだけのことはある、最近の若い連中とは毛色が――」
    「……若くなくて、悪かったわね」

     称賛されたのは判るが、正直、嬉しくない。言っている側に悪意がないだけに、余計に始末が悪い。こちらが気にしなければ良いだけの話ではあるのだが、しかし、返す言葉に毒が篭もってしまうのは、寂しい私生活を自覚しているが故だろう。

    「ああ、いや……歳の話は禁物ってやつかな。まあ、おれから見れば十分に若いさ」
    「……フォローになってないフォローをありがとう」

     ……全く。皮肉なのか皮肉でないのか、判断に困るところだ。どうにも、ガード時代を思い出す会話だ。まあ、あの頃の私は初々しい少女だったわけだが。

    「次のが来るわ――と、ACのお出ましね」

     敵部隊は速度を落とし、明らかに異質の機体が進み出てきた。白地に森林迷彩を施したフロート型AC。C−LAWSのACを、脳裏から引っ張り出す。≪マーダードッグ≫ではないし、≪グレイフラワー≫でもない。≪Elysian≫は既に北部で確認されているし……あとは"運び屋"がフロートを使用していた筈だが、彼は叛乱に参加したのだったか? どうにも思い出せないが、そもそも戦場に出てくるような人間ではなかったはずだ。
     となれば、C−LAWSに参加するか依頼を受けるかをした在野レイヴンか――さて、どうしたものか。敵の狙いは明白だ。レイヴンを前面に押し出して、こちらを引き付けている間に後方の部隊が擦り抜ける。いやはや。猫の手も借りたいとは、こういった状況のことを指すのだろう。道楽でもなんでも構わないので、さっさと前線に上がって欲しいものだ。それまでは、手持ちでやるしかないのだが。

    「……仕方ない、おれが前に出よう。フォローは頼むぜ、お友達」

     返事を返す暇もなく、≪禅銃≫がオーバード・ブーストを起動して突進を開始した。フォローというのは、援護射撃から突破を図る敵の殲滅までを全てひっくるめてを指していることは明白だった。全く、面倒なことを押し付けてくれる。まあ、機体構成的に仕方のない話ではあるのだが。
     ≪禅銃≫の突進を皮切りに、戦場は一挙に活性化する。敵部隊はACを中心に、鶴翼に展開して急進を開始する。こちらが思惑に乗ってきたのだから、当然ではあるか。しかし、敵部隊にジョージが混じっているように見えるのは……どうにも、目の錯覚ではなさそうだ。企業体制の打倒を目的とする在野勢力にとって、離反したC−LAWSへの同調は選択肢としては有効だろうが……在野勢力掃討の尖兵であったC−LAWSに対しては、遺恨もあるだろうに。大義の為なら手段を選ばず、というやつだろうか。まあ、兎も角。
     機体を≪禅銃≫の左後方に追随させながら、敵部隊に向けて適当にハンド・ミサイルを放つ。大まかな方向さえ合っていれば、勝手に敵を捉えてくれるLOAL(発射後ロックオン)式の優れものだ。重量の割に弾数は少ないしENも喰うが、存外に気に入っている。

    『デイヴィス中尉、奴さんの素性が割れた。レイヴンネーム≪春≫、機体名≪葉≫。一応、懸賞金は三万かかっているが……ジャップの男という以外、詳細は不明だ』
    「くそったれめ、役に立たない情報をありがとうよ」

     ……≪オートマティック・ダン≫が、私の言いたいことを過不足無く完璧に代弁してくれた。相手の人種と性別を知ったところで、何の役に立つというのか。まあ、日系人が嫌いであれば戦闘意欲は増すかもしれないが、私に人種差別のケはない。
     ≪禅銃≫が微かに左旋回を掛けながら放ったアサルトロケットの砲弾が、機体名を知ったばかりの敵AC――≪葉≫を立て続けに掠め、三発目で捉えた。ぐらりと揺れた≪葉≫に、アサルトライフルの連射を叩き込む。綺麗に命中したものの、応えた様子はない。敵のライフルの応射が、≪禅銃≫の装甲を叩いたようだった。

    「フロートにしては、ちょっと遅いわね……随分な重装だし、過積載?」

     遠目での判断なので正確ではないかもしれないが、コアと腕部の双方が重量級パーツであるように見える。フロートにしては珍しいが、まあ、こちらとしては有り難いことだ。

    「そこそこ早くて硬い、鉄砲玉としては及第点だ。腕はどうだか知らんがね」
    『……それなら、教えてあげるよ』

     唐突な若い男の言葉と共に、≪葉≫から複数の白煙が天に昇る。そして、同時に射出される小さな物体――オービットか。ふと見れば、≪オートマティック・ダン≫の通信が開放回線に変わっている事に気が付いた。成る程、そういうことか。情報が足りなければ、集めればいい。トラッシュ・トークへの反応程度でも、無いよりはマシだ。ガード時代は、よく犯罪者に対して投降を呼び掛けたり、罵倒したりしたものだ。まあ、少女時代の私が必死に考えた罵声を浴びせたところで、犯人に大笑いされるのがオチではあったけれども。

    「誰だか知らないけど、このパーティに有象無象の出る幕はないわよ。迷い込んだなら、さっさと帰りなさいな」

     リロードを終えたハンド・ミサイルを敵の方向に放ちながら≪禅銃≫を追い越し、≪葉≫の横合いに滑り込む。着地と同時に両肩のチェインガンを連射し、マガジン一つを空にする。重量腕の装甲こそ貫けなかったものの、エクステンションのミサイルポッドを穴あきチーズへと変えてやった。静止射撃をした御蔭で、ジョージのものと思しきライフル弾を何発か被弾したが、多少の装甲と武装一つが引き換えなら、取引としては悪くはない。
     垂直ミサイルとオービットで牽制して、そこを狙い撃ちにするという戦術なのだろうが、ある程度の被弾は前提として突撃する≪禅銃≫には牽制の意味は薄い。第一、一対一ならば兎も角として、私を忘れてもらっては困るのだ。

    『ちっ、うざったい……僕が無名だって言いたいのか?』
    「それ以外に聞こえたなら、私の言い方が悪かったかもね」
    『……調子に乗らないでくれよ。情勢判断も出来ず、目先の保身の為に企業に与した三流が……!』

     案の定と言うべきか、どうか。旋回を終え、こちらに向き直った≪葉≫から雨霰と猛射が浴びせられる。成る程、言うだけのことはあるのかもしれない。ライフルとハンドガン、どちらも速射タイプの瞬間火力の高い型だ。ここにミサイルとオービットが加われば、軽装のACなら半壊してもおかしくはない。事実、≪葉≫の攻撃と同時に距離を離したにも関わらず、それなりに被弾している。アサルトライフル一本では、どうにも正面火力では分が悪い。装甲自体のダメージも兎も角、熱量の蓄積が厳しい。只でさえ、高出力・高発熱の双発ブースタと旧式の第一世代ラジエータという組み合わせをしているところに、ハンドガンの被弾だ。このまま近距離での殴り合いを続ければ、遠くないうちに熱量は許容量を超え、フル回転したラジエータが機体のエネルギーを食い尽くすだろう。とはいえ、ここで退くわけにはいかないのだが。

    「三流とは御挨拶ね……なら、情勢とやらを御教授願えるかしら?」
    『ふん……いま、時代は変わってる。企業の時代は終わりだ。時代の流れに逆らわないことが、生き残るコツだよ』

     確かに、C−LAWSは三十名を超えるレイヴンを擁し、地上戦艦≪崑崙≫をも擁する一大勢力となっている。補給の問題も、各在野勢力との協力である程度の解決は出来るだろう。戦力的には、トリニティの大軍を打倒することも或いは可能かもしれない。
     それでも――所詮、レイヴンは傭兵だ。それも、一般市民にはその存在すら知られていない。どれだけ力を持とうとも、社会的に存在しないものが社会を変えることなど出来るのだろうか?
     答えは、歴史が語るのだろうが――ともあれ、これだけは言える。その時代を、≪春≫というレイヴンが生きることはないと。

    「……ってことは、お前さんは時代の流れに逆らってることになるのかね?」

     至近距離からのロケット砲弾が、≪葉≫の後頭部を抉った。それも、立て続けに三発。≪葉≫の頭部は傍目にも判るほどに拉げ、機能を喪失したであろうことが明白に見て取れた。

    『なっ、しまっ――!?』

     今更に気付いても、もう遅い。
     鈍い砲声が、二つ。殆ど接射ともいえる距離で放たれたバズーカ砲弾は、本来なら拡散すべき弾子を全て内蔵したまま≪葉≫の背面装甲へと潜り込んでいった。その炸裂と同時に黒煙を吹き上げた≪葉≫は、次の瞬間には炎を噴き上げて、荒れ果てた大地へと擱座した。ジェネレータ辺りが誘爆したのだろうが、あの火勢では中にいる人間は助かるまい。塩釜に包まれた鶏のように、綺麗に焼き上がることだろう。まあ、賞味するのは遠慮したいが。

    「……人を三流呼ばわりする前に、レーダーくらい確認しなさいよね」

1566/ Scene4.≪二十マイルのデッド・ヒート/後編≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/08/07(Tue) 03:27:27

     ≪禅銃≫は、遥か後方にあった。≪禅銃≫がオーバード・ブーストを起動した状態ですら、≪シデロス・アラクーネ≫の方が優速な以上は仕方のないことだったが……ACを沈黙させるまでの間、私達のラインを突破した敵機は十五以上。それを、私一人で追撃しなければならないというのは、不可能ではないにせよ、困難な話であることは間違いなかった。特に、鎌風が相手では追いつけるかどうかは五分五分といったところか。チェインガンをパージしたことで身軽にはなっているものの、それでも最高速は500km/hを僅かに超える程度。ACとしては高速の部類に入るだろうが、一芸に特化したMTとその専門分野で対抗するとなると、持久力の面で心許無い。

    「また一機……と」

     アサルトライフルの軽快な発射音が響くと共に、また一両のジョージが黒煙を上げる。どうやら、ライフル弾は後部車輪を吹き飛ばしたらしく、機体後部を引き摺ったジョージは見事なまでに派手な土煙を上げながら、独楽のようにスピンして視界から消えていった。

    「鴨撃ちもいいところね、これは……」

     鎌風にせよジョージにせよ、その機体構造上、後方への攻撃手段を持ち合わせていない。追撃をする私は、何の反撃も受けずに悠々と攻撃に集中出来るわけだ。全ての敵にタッチすれば勝ち、でなければ私の負け。子供の頃の鬼ごっこ遊びを思い出す。こんなとき、オーバード・ブーストを搭載していれば便利なのだろうが……まあ、無い物ねだりをしても仕方がない。あとは、敵部隊の戦闘が防衛ラインに到達する前に全滅させられるかどうか、単純な速度勝負だ。敵にとっては、追いつかれれば終わりのデス・レースというわけだ。
     いや――私にとっても、それは同様か。C−LAWSの叛乱当日に"雇われ"、そのまま専属化した私とイージスの関係について、ガーランド・RACが何らかの疑惑を抱いているのは間違いない。まあ、それは疑惑ではなく正真正銘の事実ではあるのだが。
     イージスの主流派にしてみれば、私は一部のハネっかえり共が持ち込んだ厄介の種でしかない。ガーランド・RACとの協調との阻害になると判断されれば、たかだかレイヴン一人――まあ、この情勢下ではそれなりに貴重な戦力だろうが、ACに匹敵する新型MTの開発という噂もある――など、落ち度があれば処断されることもあるだろう。任務に失敗し、≪天山≫への補給物資とターミナル一つを吹き飛ばしたとなれば、粛清の理由としては十分だろう。
     全く――何物にも縛られぬ自由など、誰が最初に口にしたのか。その鴉は、余程の夢想家か理想主義者に違いない。現実は――私の翼には、十重二十重に鎖が絡みついている。自由な空など――所詮、見果てぬ夢だ。

    「次は――……?」

     視界に捉えた機影に目を疑ったが、現実は変化しない。戦場のど真ん中で、この姿を見ることになるとは思わなかった。瞬間、撃墜すべき敵機であることを忘れ、昨今ではあまり見ることのなくなった機体をまじまじと眺めてしまう。バグの減少に伴って、何処かのシティ・ガードが放出した中古品かなにかだろうが――全く、懐かしい。機種転換訓練も受けたし、搭乗したことも何度かある。前方をデルタ隊形で驀進する三機の小集団は、対バグ迎撃用浮遊戦闘機シュートメニュー。フロート技術や衝突緩和フレームバーの採用、AC用のジェネレータを装備など無駄に豪華な設計の割に、装甲は紙以下という微妙な代物だ。浮遊戦闘機という名が示すとおり、航空機と同等かそれ以下の外板。とはいえ、バグの大半を占めるワーカー・バグを相手にする限りは、皆無に等しい装甲はさしたる問題にもならなかった。しかし、だ。私は――最強の汎用地上兵器と謳われるACは、バグとは違う。かつて、何処かの都市の市民達を護っただろう機体を撃つことに、躊躇いがないといえば嘘になるが――これが、いまの私の仕事だ。
     仰角を掛けて放ったハンド・ミサイルの白煙が、大きく弧を描く。それが先頭の機を頭上から襲うのと同時に、右翼の一機へとライフルを叩き込む。12.7mm弾ですら防げるかどうか怪しいシュートメニューにとって、AC用のライフル弾は十分過ぎる破壊力を持つ。ただ、それにしても。被弾したシュートメニューの爆発は、予想を超えた出来事だった。

    「なっ……!?」

     木っ端微塵に吹き飛んだシュートメニューの破片が、ぱらぱらと装甲を叩く。爆風にまともに突っ込んでしまい、機体温度が急上昇する。馬鹿な。シュートメニューが、こうまで派手に吹き飛ぶはずはない。脳裏を巡った疑問は、ミサイルが先頭の機体を捉えたところで解決した。斜め後方から喰らい付いたミサイルが炸裂すると同時、残る一機が急激にコントロールを失って蛇行した挙句、転がる岩に激突して静止した。
     ――無人機、それも爆発物を搭載したカミカゼ仕様。幾ら高い効果が期待できるとはいえ、生還の望みの薄い強襲だという割に、随分と敵機の数が多いと感じていたが――成る程、それで合点がいった。敵の大半は無人機ということだ。まあ、≪崑崙≫から発したと思しき市街北方の敵部隊はどうかは知らないが。

    「まあ、判ったところで状況は変わらないけどね……」

     ぼやいて、ライフルのマガジンを交換する。敵無人機の誘導を撹乱する手段など、即座に用意出来るはずもない。ECMを準備している間に、市街が火の海になるのがおちだ。結局のところ、自前で片を付ける以外に方法はないのだ。
     ロックオン圏内に追い着いた敵機に向けて、一連射。撃破した敵機には一瞥をくれる余裕もない。ただ只管に追い、そして撃つだけ。新人にでも出来そうな仕事に思われるやもしれないが、冗談ではない。先刻からずっと、コンデンサの容量ギリギリまでジェネレータを酷使して、ブースタを吹かし続けている。焦ってブースタを吹かすタイミングを誤ってチャージングに陥ればジ・エンドとなる状況なのだ。非常に神経を使う、繊細な作業である。
     まあ、EN消費の大きい四脚型に低出力のジェネレータを組み合わせている私にも問題はあるのだが――その旧式のジェネレータは悲鳴を上げっ放しだが、なんとか頑張ってもらうしかない。製造元のイージスで完璧な整備を受けられるようになったのだから、そのくらいは期待しても良いだろう。

    「……ラスト三機、遠いわね……」

     既に、視界には捉えている。捉えてはいるのだが、距離はなかなか縮まらない。望遠カメラで捉えた敵機の映像は、それが鎌風であることを示していた。最悪の想定は必ず実現するとは、よく云ったものだ。
     既に、ターミナルは間近に迫っている。このままの速度でいけば、ガード部隊の配備されている阻止限界線までは一分かそこらだろう。そして、彼我の速度差を考えると、こちらが敵を射程内に収めるのはデッド・ラインの線状ギリギリだ。防衛ラインの砲火に対する回避行動で足が鈍ってくれれば、多少の余裕は生まれるだろうが――敵の作戦が生還を期しているとは思い難い以上、バンザイ突撃をする可能性も高い。狂信者というのは始末に負えないと、昔から相場が決まっているのだ。まあ、それで撃墜出来れば問題はないのだが。

    「――オペレータ、防衛ラインに連絡を。私を巻き込んでも良いから、全力で阻止砲火を御願い」

     残る三機が有人機と無人機の組み合わせならば、指令を出している有人機を撃墜出来れば何とかなる。機動兵器相手の実戦経験など皆無に等しいだろうシティ・ガードに多くを望めるはずもないが、奇跡だろうがなんだろうが、起こしてもらうしかない。

    『了解、伝達する――誤射があっても、修理費は君の負担だぞ』

     誤射程度で済めば、御の字だ。市街が壊滅すれば、ACの一機や二機を新たに構築して余りあるだけの損害額となるだろう。オペレータの紡ぐ言葉を無視して、モニタ上の敵機へと意識を集中しようとして――そして、目を疑った。

    「ちょ――っ!?」

     防衛ライン上に広がる、砲火の閃光。阻止砲火など、精々がガードウォーカーの機銃弾幕程度だと思っていた予測は、大きく裏切られた。私は、トリニティの戦力を侮っていたかもしれない。対戦車砲、20mm機関砲、KEM、迫撃砲、携帯ロケットランチャー――冗談じゃない、これが応急陣地の防御砲火だというのか?
     先頭を進んでいた鎌風が、唐突な射撃に対応し切れずに炎に包まれる。残る二機のコントロールは――乱れない。どちらも有人機なのだろう。巧みな回避機動によって、致命的な被弾を避けて突進を続けている。
     この弾幕に飛び込んで、敵を捕捉するというのは――正直、ぞっとしない話だ。ACの装甲を以ってしても、KEMの被弾は洒落にならない。尤も、やるしかないのだが。

    「全く……とんだ貧乏籤よね」

     回避機動を取っていては、追いつけない。当たらないことを祈って、味方の阻止砲火の中へと機体を飛び込ませた。多くの流れ弾が殺到し、まるで全ての砲火が自分を狙っているかのような錯覚に包まれる。標的となっている敵を追っているのだから当然だが、心臓に悪いことこの上ない。
     しかし、それだけ重厚な阻止砲火の効果は覿面のようだ。敵との距離は、急激に縮まってゆく。ライフルの射程まで、あと数秒――。

    「くっ……!」

     防衛ラインのど真ん中、機関砲や迫撃砲を積載した車両が集中していたポイントが炎に包まれる。元々、鎌風のナパーム弾は携行弾数を犠牲に大量の焼夷剤を充填しているが――どうやら、市街攻撃の為に拡散率を高めていたらしい。多くの車両が炎上し、無力化された。
     影響はそれだけではない。炸裂したナパーム弾は、周辺の酸素を大量に奪って燃焼する――多くの兵員が、酸欠や一酸化中毒で倒れたのだろう。火線の数は目に見えて減少し、散発的なものになっている。一瞬にして、防衛ラインに大穴が穿たれてしまった。そして、反転する敵機の片割れ――これは、不味い。
     本能が警鐘を鳴らし、半ば反射的にトリガーを引き絞る。立て続けに吐き出されるライフル弾が、彼我の距離をゼロにする直前。旋回を終えた敵機の砲口が、こちらを捉えた。響く砲声と、半瞬遅れて炎上する敵機。発射されたグレネード弾は、直撃コースを辿って迫り来る。装甲を抜かれることはないだろうが、直撃を受ければ炸裂の衝撃で確実に足は止まる。榴弾の断片が、センサー類や武装に影響を与えることもある。これを被弾するわけにはいかない。だが――回避して、残る一機を捉え切れるのか?

    「……」

     逡巡の暇はない。選択肢もない。迫るグレネード弾を、僅かな蛇行で回避する――徐々に縮まっていた距離が、僅かに開いた。この数瞬のロスは、極めて重い。……そう、重いのだ。あの敵機に追いつくには、まだ機体が重い。ならば、どうする。簡単な話だ、軽くすればいい――咄嗟の判断で、ハンド・ミサイルを手放した。射程こそライフルより長いが、高速で逃げる敵を撃つには弾速が早い方がいい。一気に軽くなった機体は、時速にして30km/hほども加速する。縮まる距離。モニタの距離計は直にロックオン距離に達することを報せている。敵機は既に防衛ラインに達し、市街を射程に収める目前だが、タッチの差でこちらの方が早い。敵をロックオンしたことを示す、電子音。引き絞ったトリガーに合わせて、ライフル弾が立て続けに――

    「……なんでっ!?」

     発射音が響いたのは、僅かに一発。トリガーを引けども押せども、新たな弾は出て来ない。その一発は敵機に命中こそしたものの、浅い。装甲を幾分か削って、バランスを崩させただけだ。

    「あ……」

     コンソールを確認して、自らの迂闊さを呪った。弾が出なかったのは、ジャムでもなんでもない。マガジンが空になったのだ。最後にマガジンを交換してから、二機を墜としている――残弾の確認を怠るなど、迂闊に過ぎる。マガジンを交換する時間など、最早、残されているはずもない。
     ゲーム・セット――今後の私の処遇は、どうなるだろうか。諦念と共に、静かに目を瞑った。

    「…………?」

     どれだけ待っても、軍需物資の山が吹き飛ぶ閃光と轟音は届かなかった。まさか、痛みも感じぬままに爆発に巻き込まれて天上に召されたわけでもあるまい。おっかなびっくり、閉じた瞼をゆっくりと開いていく。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
     結論としては、恐らく最善に近い結果だったのだろう。視界に入ったのは、小口径の機銃弾でズタズタになった鎌風と、腕部の特殊手甲型マシンガンから硝煙を立ち昇らせるライトブルーのAC。全身の力が、ふいと抜けた。到着があまりにも遅く、その存在を失念していたが……肝心のところで見せ場を持っていくとは、やってくれる。狙っていたのか、それとも偶然か――いや、偶然に決まっている。ミス一つが大惨事に繋がる見せ場など、そんなものを意図的に作られては堪ったものではない。

    『よし――敵の全滅を確認、中々の手並みだな。初陣の感想はどうだ?』

     他意はないのだろうが、正直、今はオペレータの言葉が皮肉にしか聞こえなかった。あんな初歩的なミスをして、手並みもクソもあったものではない。≪ノーブルレイ≫がいなければ、今頃は街区がブロック単位で吹き飛んでいるところだ。焦りはミスを生むというが……本当に、このところ調子が狂いっ放しだ。

    「……正直、疲れたわ」
    『休ませてやりたいのは山々だが、もう少し頑張ってくれ。北部の戦況が悪いらしい、増援を寄越せとのことだ』

     ……全く。初任務から、酷い過重労働だ。ケイジ時代や在野の頃は、こういう場合は追加依頼として改めて受諾するかどうかの選択肢があったものだが、専属という立場にもなると、そういった自由は与えられないらしい。まあ、それだけの待遇と報酬は貰っているのだし、仕方のないことか。
     しかし、それにしても疑問が浮かぶ。デルタの部隊と、元・十位台ランカーが二人。それだけの部隊で防衛に当たって、戦況が悪いとは。確かに≪Redemption≫は恐るべき強敵には違いないだろうが……敵の数は、そこまで多くはなかった筈だ。こちらの機動戦力を根こそぎ引っ張っていって、それでも足りないというのは、どうにも釈然としない話だ。

    「あれだけの戦力を集めて劣勢なの? デルタは何をしてるのよ……」
    『仕方ないさ。連中の装備は、ガレルの砂ネズミや有象無象のテロ組織とは訳が違う。崑崙級を一隻丸ごと奪われたんだからな』

     ……成る程、そういう訳か。聞くところによれば、崑崙級はデルタの移動司令部として利用されていたらしい。当然、そこに配備されていたのはランドヴァルや鉄騎などといったテロ組織御用達の安価な機種などではないだろう。フロストやグライフ、リヴィエラ・ヴァルテインといった高級機種が≪崑崙≫と共に鹵獲されたことで、装備の面ではトリニティ側とC−LAWSは同等ということだ。確かに、その辺りの在野勢力を相手にするのとは訳が違うだろう。
     しかし、それは……つまり、そういうことだ。皮肉を好む性分が、ついつい顔を覗かせる。悪い癖だとは思うが、直すつもりもない。直そうと思って、直るものでもないし。

    「対等の敵とは戦えないって? 弱いものイジメしか出来ないなんて、精鋭部隊が聞いて呆れるわね」
    『手厳しいな……今の御時世じゃ、ACや上級MTとの実戦なんて、そうそう経験出来るものじゃないのさ。企業紛争の時代なら、話は別だがな』

     それは事実だろうが、正確な理由ではあるまい。第二次企業紛争の終結から、三年と経っていない。紛争終結の主因となったバグの叛乱と鎮圧の損害が甚大とはいえ、当時の激戦を経験した兵は多いはずだが――大方、それをデルタに供出するのを各社とも渋ったとか、そんな理由だろう。実戦経験者は、いつの時代だって重宝されるのだ。

    「……まあ、いいけどね」

     私の立場で、そんなことを追求したって得るものは何もない。私がいま考えるべきことは、他にある。機体状況と残弾の確認、現状で戦闘続行が可能か否かの判断。装甲の疲弊は、大したことはない。ただ、残弾が五割を切ったアサルトライフル一本で上級MTとランカーが乱舞する戦場に殴り込むのは、勇敢を通り越して無謀だ。 脱人夢想主義世代のヒナ鳥でもあるまいし、私は英雄願望を持ち合わせてはいない。

    「残弾が心許無いから、補給を回して。それと……もし可能なら、実弾系の肩武装を手配して欲しいんだけど」

     直ぐに回収出来るハンド・ミサイルとは異なり、連装チェインガンを投棄したのは遥か二十マイルの彼方だ。敵機に追い付く為には仕方がなかったとはいえ、現在の≪シデロス・アラクーネ≫の火力は平均的な軽量二脚と同等かそれ以下だ。可能ならば、火力を補強しておきたかった。

    『済まないが、そのまま戦場に向かってくれ。戦況はかなり悪い』
    「……オーケイ。ただ、補給の準備だけはしておいて。弾が尽きたら、一時撤退するから」
    『判った、手配しておく』

     全く。彼等は何も判っていない。戦力の逐次投入が下策であるように、装備の不完全なACを投入したところで戦局に大きな影響を与えられる筈もない。それこそ、敵は有象無象のテロ組織とは訳が違うのだ。よく訓練されたパイロットと高性能のMT。それを相手に、ライフル一本のACがどれだけやれることか――この残弾では、五機も墜とせれば御の字だろう。
     それでも、このまま戦場に向かわねばならない。それが、今の私の立場なのだ。仮に≪Redemption≫との戦闘に巻き込まれた場合、これでは何の役にも立てまい――まあ、≪Redemption≫が相手では、万全の状態だったとしても私など足手纏いにしかならないだろうが。何度目かも判らぬ溜息を吐きながら、機体を北へと向けた。その瞬間だった。

    「――っ!?」

     北の空に、閃光が煌いた。僅かに遅れて轟音が響き、黒煙が噴き上がる。それが示すのは、作戦の失敗だった。
     集積された物資を喪失したことで、≪天山≫の行動には絶対的な遅延が生じる。それは、C−LAWSにとって最も必要な時間を――反企業勢力が協調する時間を与えてしまうことになる。トリニティにとっては、それは大きな痛手だ。
     それでも――私は、全身の力を抜いて安堵の溜息を吐き出した。被害の程度にもよるが、作戦は少なくとも十日から二週間は遅れることだろう。それは、今の私には何物にも変え難い貴重な時間だ。この幾許かの猶予のあいだに、自分を取り戻す必要があった――レイヴンとしての、自分を。

1595/ Scene5.≪嵐の前の休息≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/11/13(Tue) 01:28:29

     汗と砂埃、立ち込める油の煙。飛び交うダミ声と食器の触れ合う音。落ち着いて食事をする環境としては、最悪に近い環境。せめてもの救いは、喧騒の中で私の周囲だけが空席であることだった。
     新参で、女で、元・在野レイヴン。凡そ考え得る限り、注目される要素は完璧といっても過言ではない。実際、この基地での待機を命じられて着任した当初は、数々の不愉快な思いをしたものだ。絡んできた下衆を叩きのめす度、そういったことは減ってはきたものの、快適な環境とは言い難かった。
     それにしても、この食事はどうにかならないものだろうか。焦げ目の付き過ぎたトーストと、確実に胃を悪くするだろうコールタールのようなコーヒー。油でギトギトになったベーコンに、何の肉か得体の知れない灰色のソーセージ。トドメは、まるで鼻水か何かのようにドロドロとした液状の代用卵――口さがない古参兵達の間では、しばしば下品なジョークの種になる――だ。油脂と炭水化物以外の構成物が存在しているとは思えない、著しくバランスを欠いた食事だった。恐らく、必須の栄養素などは添加されているのだろうが、この十日ほど野菜の類を目にした覚えが無かった。この基地に配備された日、輸送機の中で食べたサンドイッチに申し訳程度に挟まっていた冷凍で変色したレタスが最後だったろう。

    「人はパンのみに生きるにあらず……主よ、我に新鮮なサラダを与え給え」

     先割れスプーンで脂ぎったベーコンを突付きまわしながら、小さく十字を切った。その祈りが、通じたのか否か。少なくとも、代わり映えのない食事に変化は現れた。隣の椅子が引かれ、何者かが腰を下ろす。途端、無秩序だった周囲の喧騒に指向性が現れる。食堂全体の何割かの視線が、こちらへと集中していた。訝しげに思う間こそあれ、テーブルに置かれた鋼の義手が全ての理由を物語っていた。

    「おれは宗教ってもんにゃ、詳しくないんだが……最近じゃ、そういう祈りが流行なのかい?」

     ≪オートマティック・ダン≫――いや、ここではD.B.デイヴィス中尉か。企業専属レイヴンとしては、かの≪フィオ=ニースベル≫に勝るとも劣らない知名度を誇る存在である。ことに、イージスの軍部では彼の名を知らぬ者は皆無といっていいだろう。その≪オートマティック・ダン≫と、新参のレイヴンとのツーショット――それで、注目を浴びぬ筈がない。

    「ええ、この食堂限定でね――で、漸く仕事?」
    「察しがいい御友達を持つと、話が早くて助かるね……とはいえ、ここじゃな。食べ終わるまで、ちょいと待たせてもらうさ」
    「そう。なら、さっさと終えるとするわ」

     そうと決まれば、話は早かった。口にソーセージを放り込み、液状の代用卵とベーコンをトーストの上にぶちまける。せめて目玉焼きかスクランブルエッグなら救いもあるのだが、単純に栄養補給の手段と割り切れば、諦めも付くというものだ。焼き過ぎて硬くなったトーストを二つ折りにして齧りついて、苦味以外の成分が存在しないコーヒーで無理やりに流し込む。その作業を何回か繰り返し、最後に残ったコーヒーを喉に注ぎ込めば、それで終いだ。

    「急かすようなことを言っておいて、なんだがね……もう少し、味わって食べたらどうだい?」

     ゆっくりと味わったならば、とてもではないが食べれたものではない。主は、この食卓を見捨てたもうたのだ。ともすると、この食堂の料理人は悪食を司る悪魔に魂を売り渡しているやもしれない。ほんの僅か、調理に気を遣うだけで味は幾らでも改善の余地はあるだろうに。

    「……生憎と、そんなに育ちがよくないのよ」
    「やれやれ、椅子を温める暇もないのかい」

     トレイを手に席を立てば、周囲の視線が判り易く散ってゆく。ぼやき声の主を横目で見遣れば、呆れ顔の≪オートマティック・ダン≫が腰を浮かせたところだった。椅子を温めたいのならば、屋外に放り出しておけばいい。この陽射しを二時間も浴びせておけば、火傷をしかねないほどに温まることだろう。他愛もないことを考えて、アルマイトの食器とトレイを洗い場に投げ込む。小気味の良い金属音が響くと、≪オートマティック・ダン≫が顔を顰めた。

    「……食器はもう少し大事に扱うもんだぜ、御友達」
    「さっき、育ちが良くないって言わなかったっけ?」

     先に立って歩を進める≪オートマティック・ダン≫の背を追って、食堂を後にする。好奇の視線が注がれるのが判ったが、だからといってどうともならない。彼等、末端の兵にとっては専属レイヴンの一挙手一投足が、次の作戦行動を予測する為の材料なのだ。尤も、その予測は他愛のないギャンブルの賭け率に利用されるのが関の山だろうが。
     建物から足を踏み出した途端、目の前が真っ白になるほどの馬鹿馬鹿しい量の陽光が視野を覆い尽くした。そこは荒野の只中と云っても過言ではない環境だった。焼けたコンクリートからの放射熱を考えれば、荒野の方がマシであるかもしれない。全く、太陽というものは忌々しい存在だ。地下都市で暮らしてきた人間にとって、この熱気は閉口ものだ。十分も戸外にいれば、もれなく人間のローストが出来上がることだろう。

    「どうかしたかい、御友達?」

     光に眩んだ目に、軍用ジープの扉に手を掛けている≪オートマティック・ダン≫のシルエットが映った。

    「……送迎車があるなんて、気が利いてるわね?」
    「生憎、リムジンとはいかないがね……この暑い中、飛行場まで歩くのは、ちょっとした骨だからな」
    「そうね。食後の運動としては、ちょっとヘヴィだわ」

     どうやら、私が受け取ったのは食卓から戦場への直行便のチケットだったようだ。飛行場では、二機のACを載せた輸送機がエンジンを温めているに違いない。任務を選択する権利が存在しないのは、宮仕えの最大の悪夢といっていい。状況も知らされぬままの出撃など、在野時代なら絶対に考えられないことだ。

    「ま、そういうことさ。ちょっとしたドライブといこうじゃないか、御友達」

     言って、≪オートマティック・ダン≫は運転席へと身を沈めた。ジープの周囲には、他の人間の姿は見えない。ステアリングに置かれた旧式義手が、陽光を反射して鈍い輝きを放っていた。ふとした――されど重要な――疑問が、私を包んだ。

    「ドライブはいいけど……運転手は?」
    「おれだよ」

     沈黙。痒くもない頭を掻いて、明後日の方向に視線を巡らせて、戻してみた。やはり、旧式の義手は鈍く輝いたままだった。天を仰ぐと、強烈な太陽の光が目を射抜いた。

    「それで運転するつもり?」
    「……何か、問題でもあるのかい?」

     問題しかない。車の運転は、シティのゲームセンターにあるようなUFOキャッチャーとは違うのだ。九龍都あたりで走っているような、制御用コンピュータや運転補助装置を満載したRAC製の乗用車なら兎も角も、モノが軍用車両である。このまま運転させたら、とんだスリルドライブになることは疑いない。

    「悪いけど、出撃前に交通事故で死にたくないわ。退いて、私が運転するから」
    「……おれは、普段これでACを操縦してるんだけどな」
    「あのね、ACと車を一緒にしないでよ。あんなに乱暴な操縦したら、こんなジープ一発で横転するわ」

     無理やりに≪オートマティック・ダン≫を助手席の方へと追いやって、必要最小限の計器しかない無骨な運転席へと腰を下ろした。少し傷付いたような≪オートマティック・ダン≫の視線は丁重に無視することにして、キーシリンダーに差し込まれたままのキーを捻った。エンジンの振動が、硬いシートを通じてダイレクトに伝わってくる。基地内がコンクリートで舗装されているのが、せめてもの救いだ。これで不整地を三十分も走った日には、もれなく全身が筋肉痛になることだろう。
     アクセルに乗せた右足に僅かに力を加えただけで、軍用ジープはゆるゆると動き出す。流石は軍用というべきか、セカンド発進でも滑らかに動き出す。普段はセカンド発進など滅多にしないが――というより、私の愛車では出来ないが――どうせ、自分の車ではない。助手席の≪オートマティック・ダン≫が渋い顔を浮かべるのを眺めながら、ギアをサードに叩き込んだ。心地よい加速感が、幾分か気を晴らしてくれる。ステアリングを握るのは、二週間ぶりくらいだろうか。九龍都に残してきた愛車には、埃が積もっていることだろう。飛行場までの五分程度のドライブだが、精々、楽しむとしよう。

    「それで――楽しいランチタイムを中断した理由、そろそろ聞かせて貰える?」
    「≪天山≫の搭載機が、ついさっき≪崑崙≫を捕捉してね。急遽、おれたちが呼び出されたってわけさ」
    「――それはそれは」

     助手席の≪オートマティック・ダン≫に気付かれぬよう、そっと息を呑んだ。ついに、来るべきものが来たのだ。C−LAWSとの正面対決。互いに崑崙級戦艦を擁していることを考えれば、戦いの帰趨はAC同士の交戦によって決まるだろう。C−LAWSの精鋭達を相手に、私の実力でどこまでやれるだろうか。
     ……そも、AC戦でトリニティ側に勝ち目はあるのだろうか。各社の元々の専属レイヴンに加え、企業側に残ったC−LAWS隊員や私のような在野レイヴンを引き込んでこそいるが、ACの数ではトリニティ側はC−LAWSには遠く及ばない。叛乱の首謀者たる≪ゼカリア≫の言葉に賛同して、多くの在野レイヴンがC−LAWSに合流しているというし、各在野勢力の協力もあるだろう。なにせ、崑崙級戦艦はトリニティの――正確にはイージスの、だが――巨大な力の象徴であり、在野勢力にとっては脅威そのものである。その≪天山≫を沈めることが叶うならば、喜んで共同戦線を張ることだろう。特に、ガレル系の勢力は。
     在野勢力といっても、レイヴンを擁する組織の戦力は馬鹿にならない。ガレル系の組織だけでも、ガレル会議の≪リード・ガーハイド≫にギルフィルの≪スクデット≫、ボイリングブル師団の≪バイパー・ジョー≫といった綺羅星の如き名が並ぶ。ガレル会議と同盟関係にあり、指導者の≪霧島 狂助≫を始めとするレイヴン三人を抱える日の出帝國も侮れない――それは、自らの経験を以って知っている。
     元・ランカーを数多く抱えるC−LAWSに、それらの組織の戦力と生産力が加われば――そう簡単には、≪崑崙≫は沈むまい。その戦いのなか、私が生き残れるかどうか……正直、あまり分のよくない賭けだろう。

    「ところで、デイヴィス中尉?」
    「同格の専属レイヴンなんだ、階級は抜きでいいさ。名前で呼んでもらえれば、もっと有り難いがね……で、なんだい?」
    「……オーケー、ダン。率直に聞くけど……あなた、C−LAWSを相手に生き残る自信はある?」

     ……私は、そんなことを聞いてどうしようというのか。仮に絶死の戦場が眼前にあったとしても、逃げることなど許されないというのに。

    「それをおれに聞くのかい、ミス……?」
    「……フェーベよ。だけど、レイヴンネームで呼んで貰えると有り難いんだけど?」
    「オーケー、≪アレクサンドライト≫。いいかい……自信があろうとなかろうと、軍人ってのは命令の通りに戦わにゃならんのさ」
    「私は軍人じゃないわ……レイヴンよ」

     そう……私は、レイヴンのはずだ。少なくとも、これまではレイヴンとして生きてきた。そのレイヴンとしての矜持が、自分自身の言葉に疑問を投げ掛ける。果たして、この私はレイヴンであるのかと。報酬こそ依頼難度に見合った額が支払われるものの、依頼の拒否権はない。……そんなレイヴンなぞ、あるものか。

    「一応、おれも形としちゃあ専属レイヴンってことになってるんがね……」
    「あなたの場合は特殊例でしょう、イージス機甲部隊の英雄さん」
    「……止してくれ。おれは、英雄なんかじゃないよ」

     苦々しげに顔を顰めて、≪オートマティック・ダン≫は首を振った。その言葉が、謙遜や照れではないことは明らかだった。生身のほうの手で頭を掻きながら、≪オートマティック・ダン≫は話題を変えた。

    「……しかし、お前さんも十分に特殊だと思うがね。お前さん、ケイジ消滅後もフリーで依頼を受けてたクチだろう。だのに、この御時世で企業側に鞍替えだ……C−LAWSに仇でもいるのかい、御友達?」
    「いないわよ、そんなの……どこが特殊なのよ、私の」
    「今こっちに付くってこた、確実にC−LAWSとやりあうってことだ。暫くは様子を見るのが、賢い選択ってやつじゃあないのかい……さもなければ、さっさと廃業しちまうかだ。違うかい?」

     否定しようと思えば、否定することは出来た。契約条件が良かった、企業を敵にしたくなかった、安定を得たかった――理由は幾らでもある。それを口にしなかったのは、それが真実ではないことを私自身が知っているからだ。

    「見たところ、硝煙の中じゃあないと息が出来ない……ってわけでもなさそうだが」

     そこまで口にしたところで、何かに気付いたように口を閉ざした。≪オートマティック・ダン≫の横顔には、僅かに自嘲の翳りが浮かんでいた。……成る程、彼はそういったタイプだということか。彼は戦場のなかで自分を見つけたのだろう、そんな人間は戦場でしか生きられない。だからこそ、私がそうではないと見抜いたのだろう。その見立ては正しい。私は進んで危険に身を置く趣味はないし、戦闘を楽しんだこともない。まして、戦いそれ自体を目的として戦ったことなど、一度としてない。私は平和を楽しめる側の人間なのだ。

    「……そうね、私は戦争狂じゃない」
    「だろうさ。だから気になるんだよ、御友達。あれこれ詮索するのは趣味じゃあないんだが、ね」

     なら、放っておいて欲しいものだ。口にこそ出さなかったが、恐らく、私の表情はそう語っていたに違いない。運転に集中するふりをして、私は無理やりに会話を終えることにした。≪オートマティック・ダン≫はそれを感じ取ったのか、窮屈そうに折り畳んでいた腕で頭を掻いて、そのまま外へと視線をやった。
     ジープの向かう先の飛行場には、予想通り、巨大なAC用輸送機が駐機場に待機していた。唸り声のようなエンジン音が、ここからでも聞こえてくる。

    「……信じるかどうかは、知らないけど。実際ね……理由なんて、何もないのよ」

     ふいと、こちらを振り向いた≪オートマティック・ダン≫が怪訝な表情を見せる。

    「うん……なんだ? なにか言ったか、お友達?」

     声を荒げて、≪オートマティック・ダン≫が叫ぶ。いつの間にか、輸送機のエンジン音が大きくなっていた。
     巨鳥の息吹のなかで、私は、ゆっくりと首を振った。

1615/ Scene6.≪鋼鉄のベヒーモス≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/11/26(Mon) 21:28:23

    「……呆れるほどの大きさね」

     ≪天山≫に降りたあと、二番目にしたことは、溜息を吐くことだった――ちなみに、最初にしたことはジャケットを脱ぐことだった――現用航空機の中で最大の白鸛すら発着艦可能とは聞いてはいたが、甲板の半分程度でそれが可能であるとは思ってもいなかった。
     甲板が空ならば、オールコートのサッカーを十試合ほども同時に開催出来ることだろう。ことによると、艦上でAC同士の模擬戦闘すらも行えるかもしれない。もっとも、大量のMTや航空機が甲板に並び、各地からの輸送機が忙しなく発着艦を繰り返す現状では、無理な話ではあろうけど。
     過去から現在までを通じて、この地上に崑崙級地上戦艦を上回るサイズの兵器は存在しない。一番艦≪崑崙≫の竣工以前、イージスの軍事力の象徴であった巨大列車砲≪殲轟≫ですら、比較にもならない。先程は、その崑崙級戦艦の二番艦≪天山≫が砂漠を驀進している姿を、眼下に見ることが出来た。
     上空から眺めた崑崙級戦艦の姿は、さながら、航空基地一つが丸ごと動いているかの観があった。実際、崑崙級は戦艦というよりは移動拠点としての性格が強い。広大なガレル砂漠を自在に航行する、百機以上のMTないし航空機を搭載・運用する巨大母艦。それが、崑崙級地上戦艦の真実の姿だ。

    「これと同じものを、相手にするのよね……」

     こんな巨大なものを、どうやって撃破するというのだろうか。正直なところ、想像もつかなかった。
     ただし、正確には≪崑崙≫と≪天山≫は完全に同一ではない。同型艦といえども、細かい兵装は僅かに異なっている。無論、後に建造された≪天山≫のほうが、総合的な性能の上では勝っているといっていい。
     とはいえ、艦自体の性能の微小な優劣が戦闘の趨勢に影響するはずもない。崑崙級の本質がMT・航空機の母艦である以上、戦いは搭載する兵器の数と質で決まるのだ。
     ≪天山≫がこれから戦う敵は百機を超える≪崑崙≫搭載機だけではない。それに加えて、二十を超えるAC――それも、精鋭揃いのC−LAWS隊員が操る――が、敵には存在する。質の面では、どう逆立ちしたところで勝ち目はないだろう。
     唯一の慰めとしては、数のほうには何の心配も要らないことだろうか。格納庫にはMT・航空機がぎっしりと詰め込まれ、広大な甲板上には大量の機体が露天繋止で搭載されている。
     もっとも、それらの機体はガレル砂漠の劣悪な環境――猛烈な陽光による高熱と、精密機械の天敵である微細な砂塵を大量に含んだ空気――のなかに晒され続けるのだから、整備の手間は並大抵のものではない。それを考慮してか、定数を遥かに超えて積み込まれた甲板上の機体は、その殆どが生産・整備性の高いイージス製のMTで占められていた。物量戦を御家芸とするイージス社の、本領発揮というところだろう。……まあ、鉄騎だの殲撃だのがC−LAWSを相手にどれほどの役に立つかは疑問ではあるけれど。
     そのほか、護衛として何隻かの地上艦が随伴しているのを、上空から確認している。ACやMTの機動兵器が主流となった現在では完全に旧式化し、第二次企業紛争では紛争末期のバグ掃討ぐらいしか使い道がなかったというイージスの地上艦隊だ。時代遅れの戦術思想の産物であることは間違いないが、その火力と装甲は馬鹿にはならない。実際問題、ACやMTの携行火器で≪崑崙≫に致命的な損傷を与えられるとは思えないので、そういった意味では必要な戦力ではあるのかもしれない。
     しかし、まあ、≪崑崙≫に砲撃を浴びせることが叶う距離にまで鈍重な地上艦が接近出来るとすれば、それは既に戦闘の大勢が決した後――≪崑崙≫の搭載機を撃滅せしめた後であろうから、さしたる意味はないかもしれない。搭載部隊を失った≪崑崙≫など大した脅威でもないし、C−LAWSのACが全滅すれば、≪崑崙≫を撃破することなく投降させることも不可能ではないだろう。
     そう考えると、やはり、戦力として期待するには難しいかもしれない。まあ、猪か犀を思わせる肉厚の地上艦が砂塵を巻き上げて航行している様は、見ている分には非常に頼もしくはあるから、兵に与える心理的効果を狙ったという線もありだろうか。実際のところは、使えるものを全て繰り出してきたというのが真実だとは思うが。
     まあ、足を引っ張らない限りは、味方は多いに越したことはない。そう結論付けて、舷側に背を向けた。今しがた私をここまで運んできた輸送機からは、≪オートマティック・ダン≫の≪禅銃≫が降ろされているところだった。

    「凄いわね、この艦は」

     作業を見守っていた≪オートマティック・ダン≫に歩み寄って、正直な感想を述べた。しかし、振り返った表情を見る限りでは、≪オートマティック・ダン≫は異なる感想を抱いていたようだった。

    「そうかい? ただ、馬鹿でかいだけだと思うがね……」

     それは果たして、皮肉であるのか本心からの言葉であるのか、どちらなのだろうか。もっとも、どちらにせよ大きさについては認めているわけだから、さして違いはないだろう。これだけの巨大な艦体を陸上で運用するということそれ自体が、崑崙級最大の驚異であり、脅威となる理由なのだから。
     崑崙級のような巨大な地上兵器の存在は、存在それ自体が驚くべきことなのだ。崑崙級が航行するということは、横倒しにした超高層ビルが地上を動いているようなものだ。それだけの莫大な重量を、実用可能なだけの速度で移動させるという偉業は、大破壊以前から綿々と受け継がれ、蓄積されてきた膨大な技術知識を持つイージス以外では実現不可能だっただろう。
     無論、建造に伴う技術的制約が実戦力に比例するわけではないが、しかし、百機以上の機動兵器を運用可能であるということは、大規模な軍事基地に匹敵する戦力が補給・整備の可能な拠点ごと移動しているのと同義である。陸空を問わず、出撃拠点からの距離が部隊の戦闘能力と反比例するというのが軍事学上の常識である以上、移動可能な拠点である崑崙級の存在価値は自ずと知れようというものだ。

    「……まあ、ちょっとした街みたいなものよね。下手な都市区画より、この艦の乗組員のほうが多いんじゃない?」
    「聞いた話じゃあ、七千人だか八千人だかだっていうがね……ま、図体の分だけ設備は良いとは思うがね。心臓外科から産婦人科までの専門医が揃ってるなんて噂もあるくらいさ……嘘か本当かは知らないがね」

     さして面白くもなさそうに、≪オートマティック・ダン≫が肩をすくめる。心臓外科は兎も角、産婦人科は明らかにジョークの域だ。そりゃあ、オペレーターだの整備兵だのと女性は乗艦しているだろうが、幾らなんでも、妊娠した状態で軍務をこなせるわけがない。産婦人科医が必要になる前に、艦から降ろされるのが常識的な対応というものだろう。
     まあ、医者の世話になどならないに越したことはない。このところの悲惨な食生活のお陰でニ・三日前から軽い胃痛を感じてはいるが、基本的には健康そのものの身体だ。というより、不健康なレイヴンなど物の役にも立ちはしないので、当然ではある。体調不良でACに乗ったところで、≪今週のDEAD LIST≫コーナーにネタを提供するだけで終わるのが関の山だ。ああ、いや、≪HUNTERS GOOD LIFE≫はケイジ消滅と同時に消えてしまったんだっけ。……≪HUNTERS GOOD LIFE≫を思い出したら、南瓜が食べたくなってきた。

    「医者はいいけど、食事はどうなの? ……私、あの泥水みたいなコーヒーとぐちゃぐちゃの代用卵だけは、どうにも遠慮したいんだけど」
    「さて、ね。白鸛が降りれるんだ、メルビンドなんかの東岸の基地よりかはマシな補給状態だとは思うがね……あんまり贅沢は言いっこなしだぜ、御友達」
    「一食や二食なら兎も角、毎日続くと厳しいわよ……あんまり酷かったら、出前でも取ろうかしら」

     ≪オートマティック・ダン≫が、私の表情をまじまじと見遣った。いま自分の耳にした言葉が聞き間違いかなにかであったのかどうか、本気で悩んでいる様子だった。正直、ちょっと腹立たしい。幾らなんだって、冗談に決まっているだろうに。私は、そんなに食い意地が張って見えるのだろうか。……≪オートマティック・ダン≫の視線を見る限りでは、不本意ながら、そう見えているらしい。小さく息を吐いて、ペットボトルのミネラル・ウォーターを呷った。別に、その視線を否定する材料が見当たらなかったわけではない。ただ、喉が渇いただけだ。輸送機から持ってきた500ccのミネラル・ウォーターは、不快なほどに生暖かくなっていた。

    「……冗談よ、流石に。ああ、でも……いま九龍都じゃ、砂漠をカブで疾走する出前持ちの都市伝説が――」

     そこまで言葉を紡いだところで、私達に向けて真っ直ぐに歩いてくる姿を視界の端に捉えて、口を噤んだ。基本的に、デルタ所属の兵はエリート意識が強く、レイヴンを嫌っている者が多い。まあ、在野レイヴンは元々が掃討の対象であるし、裏切ったC−LAWSは何をか言わんや、だ。只でさえ不信感を抱かれているところへもって、到着早々に馬鹿話に興じているなどと思われては不味いだろう。背中から撃たれるとか故意に見殺しにされるなどということはなかろうが、艦内生活がやり難くなるのは間違いない。この作戦がどれだけ掛かるかはさておいても、好印象を与えておくにしくはない。手櫛でさっと髪を整えて、姿勢を正す。この程度の打算は、まあ、可愛いものだろう。愛想笑いまでは、浮かべる気はないが。
     近づくにつれ、それがまだ青年といっていい年代の若者であることが見て取れた。二十代の前半……十代でもおかしくはない。恐らくは、配属されたばかりの新兵だろう。ガレルの陽光に焼かれた甲板上だというのに、生真面目にもオリーヴドライの軍服のボタンを全て閉じている。よくもまあ、暑くないものだ。私など、輸送機から降りて十秒でジャケットを脱いで、ブラウスのボタンの大半を外してしまったというのに。やや開放的に過ぎる気もするが、どのみち、この暑さでは汗で透けてしまうのだから同じことだろう。
     青年は、迷いなく私達の前で立ち止まった。軍服と作業着だらけのなかに、私一人だけ私服でいるのだから、さぞかし、判り易かったことだろう。

    「――D.B.デイヴィス中尉と嘱託軍人のC.フェーべ特務士官ですね?」

     それは、質問というより、確定事項をただ再確認したといった風情だった。その言葉を耳にすると同時に、身体が強張るのが自分でも判った。≪アレクサンドライト≫ではなく、C.フェーベ特務士官――嫌な、響きだ。
     青年の視線が、肯定の言葉なり仕草なりを求めていた。ただ、軽く頷いてみせるだけで良い。けれど、私にはそれだけのことが出来なかった。それどころか、自身でも気付かぬうちに殺意を込めた視線を叩き付けていた。
     半歩ほども後じさって、青年は救いを求めるように≪オートマティック・ダン≫に目線を移した。どうしよう、自分はなにか気に障ることをしてしまったのだろうか。青年の顔には、太字のゴシック体でありありとそう書いてあった。……勿論、青年に何の他意もないことは判っている。彼は、いまの私の身分を正確に口にしただけだ。こんなもの、完全に八つ当たりでしかない。

1616/ 同上。容量の関係で切れた分。
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/11/26(Mon) 21:29:13

    「まあ、なんだ……レイヴン相手に、軽々しく本名なんか使っちゃあいかんぜ、御友達」

     凍りついた空気を救ったのは、当然というべきか、第三者の≪オートマティック・ダン≫だった。胸ポケットから取り出した煙草を咥え、旧式の軍用義手で器用に火を点ける。慎重に次の言葉を選んでいるのか、青年が耳にした言葉の意味を理解する余裕を与える為なのか、その動作はゆっくりとしたものだ。億劫そうに頭を掻きながら、ほんの少量の紫煙を吐き出した。

    「レイヴンってのは、敵が多いんだよ……個人情報の秘匿には、みんな血眼になってるっていうからな。そうだろう、御友達?」

     そういうことで収めておけ――同意を求める≪オートマティック・ダン≫の視線が、そう言っている気がした。私は、今度こそ頷くしかなかった。

    「……ま、ね。私を呼ぶときは、≪アレクサンドライト≫で通してちょうだい」
    「はっ……以後、気をつけます」

     まだ、その瞳には怯えの色が残っている。場を収めてくれた≪オートマティック・ダン≫には、感謝しなければなるまい。借りが一つ出来た。取り敢えずは、後で礼を言っておく必要があるだろう。

    「ま、おれは別にいいんだけどさ……一つだけ訂正しておくと、おれは"元"中尉だよ」

     ≪オートマティック・ダン≫は、形式上、イージスの専属レイヴンのままだという。もっとも、ケイジが消滅した今となっては、イージスの≪フィラメント≫やガーランドの≪G207_D−α/WN≫といった企業部隊所属のACパイロットと専属レイヴンの違いなど、あってないようなものだ。それだけに、≪オートマティック・ダン≫が望めば、軍籍を戻すことなど容易だろう。なんといっても、彼はイージス機甲部隊の生ける英雄である。その程度の希望が通らぬ筈はない。
     RAC・ガーランドへ対する政治的配慮があるにせよ、≪オートマティック・ダン≫がイージス社部隊の一員として行動していることは、ケイジが健在であった頃からの周知の事実だ。さしたる障害もないだろうに、≪オートマティック・ダン≫が軍籍を復活させたという話は聞かない。レイヴンから真っ当な軍人に戻ることは、彼にとっては大した意味を持たないのだろうか。戦場で生きる限り、レイヴンであるか軍人であるかなど、無意味な瑣末事でしかない――と。
     判ってはいる。そんなことに拘るのは、私が弱いだけなのだ。戦争をしているのは、レイヴンの≪アレクサンドライト≫であって、"私"ではない――ガードとして初めて凶悪犯を射殺したときも、そうだった。私が殺したのは、"人間"ではなく"犯罪者"だと、自分を誤魔化していった。我ながら度し難い、救いようもなく馬鹿な話だ。鋼鉄の棺桶に揺られて、十年。今更、普通の生き方など望むべくもないというのに、まだ未練がましく血に染まった掌を洗い続けているのだから。
     ……全く、不毛もここに極まれりといったところだ。ある意味では、≪オートマティック・ダン≫が羨ましくもある。それがどのようなものであれ、自分の生きるべき場所を見つけ、そのなかで充足した日々を過ごしているのだ。いや、もう止めよう。このところ、どうにも思考がネガティブな方向へといってしまう。気持ちを切り替えなければ、平穏な生活どころか命それ自体を失いかねない。心が燃えていれば、その煙で頭が鈍るとはよく云ったものだ。一瞬の判断の遅れが、生死を分けることもある。無駄な思考は、極力避けたほうがいいだろう。

    「……それはそうと。あなた、私達を呼びにきたんじゃないの?」
    「あ……はい。御二方を作戦室へ御連れするようにと。艦内地理を把握していないと、迷ってしまいますから。着いてきてください、御案内します」
    「やれやれ、そいつは有難い話だ。到着して早々、仕事の話とはね」

     紫煙とともに溜息を吐いて、≪オートマティック・ダン≫は肩を竦めた。義手の指先で煙草を揉み消して、懐から取り出した携帯灰皿へと吸殻を放り込む。軍人の割に、こういったところはしっかりとしている。義手とはいえ、指で火を消すのはどうかとは思うが。

    「そういえば……あなたは、崑崙級に乗ったことはないの?」
    「生憎と、そういう機会には恵まれなくてね」 

     陽炎揺らめく甲板を、青年の後ろについて歩きながら、ふと浮かんだ疑問を口にした。イージスの英雄と称される≪オートマティック・ダン≫ならば、花形たる崑崙級に配備されたことがあるのではないかと思ったのだが、返答は否定の言葉だった。
     意外にも思ったが、よくよく考えてみれば、この崑崙級はその外観からも判るように、基本的には航空機の運用を第一義におかれた艦だ。機甲部隊からレイヴンに転身した≪オートマティック・ダン≫が、これまで崑崙級に搭乗したことがなくとも不思議ではないだろう。崑崙級が至近距離で敵と直接交戦するような状況でもなければ、鉄騎や神盾といった足の遅いイージス製MTなど、艦の直衛くらいにしか使えまい。彼ほどのパイロットを、そのような任に当てるのは無駄だと判断されたのかもしれない。推測でしかないが、さして外れてはいないだろう。
     しかし、この推測が正しければ、甲板に並ぶ鉄騎や神盾の列は、≪崑崙≫に攻撃を仕掛ける際の戦力としては期待出来そうにはない。輸送機からの降下をするにしても、相手にエア・カヴァーがある以上、鈍重な輸送機では護衛をつけたとしても、降下前に甚大な損害が出るだろう。いや、それ以前にブースタを装備していないイージスのMTが砂地への降下などした日には、柔らかな砂に足をとられ、着地と同時に転倒する機体が続出することだろう。第一、神盾は兎も角として、鉄騎の貧弱な脚部が降下の衝撃に耐え得るとも思えない。
     かといって、地上を進撃したのでは≪崑崙≫に接敵するのは難しいだろう。とすれば、これらの機体は≪天山≫の直衛か……それとも、航空攻撃で≪崑崙≫の足を鈍らせることが前提なのか。どちらにせよ、精々上手い運用をして欲しいものだ。最新の機体でないとはいえ、これだけの数のMTを遊兵とするのは些か勿体無いというものだ。右を見ても左を見ても、視界に入るのはMTの足ばかり。他に見えるものといえば、忙しなく駆け回る整備兵と蒼く高い空くらいのものだ。林立する鋼鉄の脚のあいだを縫って、100メートルも歩いただろうか。唐突に、MT以外の人工物が視界一杯に広がった。ちょっとしたビルを思わせるような、鉄の塔だった。

    「艦橋です――ここから、中へ」

     青年が無骨な鋼鉄製の扉を開くと、外気を押し退けるように吹き出してきた涼気の塊が、私達を包んだ。微かに黴臭い、人工的な死んだ冷気。そんなものであっても、四十度を超える熱気に晒されていた身にしてみれば、楽園への扉が開かれたのと同義だった。

    「中は冷房が効いてるのかい、こいつは助かるね。このままじゃ、そのうち鉄板焼きになっちまうかと思ってたよ」

     小さく口笛を吹いて、≪オートマティック・ダン≫が扉を潜る。その言葉には全く同意であったので、私もまた、艦内へと滑り込んだ。青年の閉じた扉によって暴力的なまでの陽光が遮られると、そこは完全な別世界といってよかった。いや、実際に微妙な違和感さえも感じた。耳の奥が、微かに痛むような感覚。この感覚には、覚えがある。頻繁にではないが、幾度も味わったことのある感覚だ。
     頭を捻っても、違和感の正体は不明なままだった。心地よい感覚ではないにせよ、しかし、不快というほどでもない。これだけの急激な温度変化に晒されれば、どこかしらおかしくもなるだろう。そう納得して、殆ど白湯に近くなったミネラル・ウォーターのボトルを傾けた。違和感が呆気なく消滅したのは、その途端だった。

    「ああ、気圧……」

     シティ内での階層移動や航空機の離発着時に訪れる、あの感覚だ。違和感の正体に思い至って、自然、口を開いていた。

    「あ、お気付きになりましたか。そうです。艦内の気圧は、汚染された空気や砂塵の侵入を防ぐ為、高くなっているんです。精密機器には、そういったものは大敵ですからね」

     そんな呟きを耳聡く聞き付けて、青年が得意げな調子で語った。当然の防護措置だとは思うが、いまの話のどこに彼が得意満面になるだけの要素があるのだろうか。これだけの大艦の乗員であるという誇りが、そうさせるのかもしれない。そんな青年の態度は、どこか気に障った。
     とはいえ、それも、仕方のないことだろうか。崑崙級はイージス社の軍事力の象徴であり、技術力の結晶であるのだ。世界最大企業であるイージス社の具現であるかのような巨大な艦体は、生半可な攻撃では傷一つ付かない防御装甲と、大規模な軍事基地に匹敵するだけの攻撃力を併せ持つことを可能にしている。それだけの艦の乗員に選ばれたという選民意識が、艦のことを口にする際に垣間見える程度は、笑って許容すべきなのだろう。
     しかし、だ。その最強の巨艦は、この地上に二隻存在するのだ。勿論、軍事的に考えれば当たり前のことではある。如何に強力な兵器であっても、一つしかなければ戦略的な運用は難しい。これだけの大艦ならば、尚更だ。整備の最中には何らの影響力も発揮し得ない以上、交替で任務に就ける姉妹艦を用意するのは当然である。だが、如何なる理由によってであれ、並び立つ同格が存在する時点で、それは最強とは称し得ない。最強とは、唯一絶対の存在でなければならないのだ。

     ――崑崙級地上戦艦一番艦≪崑崙≫、二番艦≪天山≫。この地上最大最強を誇る姉妹が敵味方として戦場で出会うことになろうとは、一体、誰が予想しただろうか。そんなもの、誰一人として居ないだろう。そして、その巨艦同士の激突に、どちらに軍配が上がるのかを予想出来る者もまた――。

1623/ SceneEX.≪踊る会議とクレイジー・ダイニング≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2007/12/08(Sat) 00:56:59

     配られたコーヒーは、良く言って、苦いだけの色水といったものだった。補給云々以前の問題として、軍隊組織においてコーヒーと呼ばれているものは、私の知っているコーヒーとは別のものなのかもしれない。事実、作戦室に居並ぶ数名のレイヴンのうち、平然として紙コップを傾けているのは≪オートマティック・ダン≫ただ一人だった。
     もっとも、仮にこのコーヒーが挽き立てのブルーマウンテンを最高の技術で淹れたものであったとしても、味と香りを楽しむ余裕などなかっただろう。それほどに、室内の空気は険悪だった。
     視界の端には、不機嫌と題した彫像さながらに腕を組んで黙している男の姿がある。室内に漂う針が刺すような空気の主因が、この男だ。≪フィラメント≫――名門フォートレイドの嫡男という立場にありながら、イージスの専属レイヴンとして活動しているという、一種の道楽息子である。≪フィラメント≫それ自体は、単なるエリートのお坊ちゃんでしかない。問題は、フォートレイド家の嫡男という立場が、イージス社内においてはそれなりの影響力を持つことだった。
     先だって、作戦に関する説明の最中に≪フィラメント≫は吐き捨てた。曰く、馬鹿げた作戦だな――と。私を含め、他のレイヴンにとっては、肩をすくめる程度のことでしかない。しかし、説明に当たっていたイージスの士官にとって、フォートレイドの嫡男からの批判は、余程の重大事であったようだった。中佐の階級章をつけた士官は無様に慌てふためき、作戦を立案したのは自分ではなくトリニティの合同軍本部であるというようなことを、延々と捲くし立てていた。滑稽極まりない光景ではあったが、しかし、本筋とは無関係の弁解を延々と聞かされるのにも飽きた。
     ――そう思ったのは、私だけではなかったようだ。

    「……≪フィラメント≫」

     退屈そうに紫煙を燻らせていた銀髪の女性が、短くなった煙草を紙コップへと放り込んで、口を開いた。≪カトウ ケイ≫――C−LAWSメンバーのなかでは数少ない、トリニティ残留組の一人。尤も、元々がイージスからの派遣という形であったので、単に元の鞘に収まっただけとも云える――は、非難の視線を向ける≪オートマティック・ダン≫を無視して、次の煙草を口に咥えた。

    「≪崑崙≫に殴り込んで、C−LAWSの連中をブチのめす。シンプルなこと、この上ない。何が不満だってんだ?」

     端麗な容姿に似合わず、蓮っ葉な不良娘のように乱暴な口調ではあったが、その内容は、この場の全員――無論、≪フィラメント≫は別として――の疑問を代弁していた。
     投入し得る最大数の機動戦力を――十を超えるACと、それに数倍するMT――輸送機に満載して、≪崑崙≫に強襲を仕掛ける。それが、作戦の概要である。こちらから打って出るとなれば、確かに、多少は敵に利があることは間違いない。敵は≪崑崙≫の支援砲火を受けられる上、補給・修理も容易。行軍によって疲労することもなく、万全な状態でこちらを迎撃することが出来る。しかし、それらを差し引いたにしても、馬鹿げているというほどではない。少なくとも、私はそう思う。≪フィラメント≫は、何が気に入らないのだろうか。私を含めたほぼ全員が、≪フィラメント≫に視線を向けていた。

    「ACにACをぶつけるほど、無駄なことはない。奴らの補給を断ち、消耗を強いればいいだけのことだ」

     ≪カトウ ケイ≫を一瞥もせず、≪フィラメント≫は断じた。その程度のことも判らんのか、低能め――≪フィラメント≫の表情は、言外にはっきりとそう語っていた。
     三十名を超えるレイヴンを抱え、≪崑崙≫とその搭載機を手にしているとはいえ、所詮、C−LAWSは在野勢力でしかない。如何にガレル会議を筆頭とする在野諸勢力と歩調を揃えたところで、大規模な戦力補充が出来る筈はなく、弾薬や補修部品の補給も困難。一戦に賭けるようなことをせずとも、長期戦に持ち込めば自然とC−LAWSを圧倒出来る――≪フィラメント≫の言いたいことは、そういうことだろう。
     ACのみに限れば、質と数の両面でC−LAWSが勝る。それに正面から当たれば、勝てる保証は確かにない。そういった意味では、≪フィラメント≫の言葉にも一理はある。
     とはいえ、そのプランには大きな問題がある。敵の消耗を狙う以上、どのみち、攻撃を仕掛ける必要があるということだ。そして、こちらのACを温存するとなれば、結果はどうなるか。

    「MTだけじゃあ、≪崑崙≫周辺は大屠殺場になっちまうよ」

     ≪オートマティック・ダン≫が、口を挟む。我が意を得たりとばかりに頷いて、≪カトウ ケイ≫が後を続けた。

    「仮に百機のフロストを降下させたところで、連中は一人頭三機も墜とすだけでいい。この部屋にいる連中だって、その程度のことはやってのける」

     その言い方は気に入らなかったが、言っていることは正しい。フロストBやリヴィエラといった高級MTであっても、たかだか三機や四機であれば、なんとでもなる。私にでも出来ることだ。かのC−LAWSのメンバーならば、鼻歌交じりに片付けるに違いなかった。
     となれば、消耗するのはC−LAWSではなくトリニティの側になってしまう。高級MT百機を全滅させて、幾許かの損傷と弾薬消費しか与えられないとなれば、割に合わないにも程があるというものだ。

    「二百三百と続ければ、その内に音を上げる」
    「どれだけ死ぬと思ってやがる。狂気の沙汰だ」
    「各社が同比率で損耗すれば、地力に勝るイージスが優位となる。問題ない」
    「だから、RACとガーランドはAC投入させたんだろ。連中は、ランカー級を抱えてっからね」

     退屈な話だ――政治的な思惑など、私は興味がない。そも、既に作戦は決定しているのではなかったか。今更、こんな議論をすることに意味があるのか否か。考えるまでもなく、意味などない。それは、恐らく全員が解っている。時折交じる≪オートマティック・ダン≫の合いの手も、殆ど御義理の投げ遣りな口調でしかない。私と同様に沈黙を決め込んでいる≪コード・ジャクリーヌ≫は、心ここに在らずといった調子で虚空を眺めている。この茶番は、いつ終わるのか。

    「そも、貴様が連中の叛乱を事前に察知していれば、憲兵の一個中隊を動かすだけで話は済んだのだ。何のために出向していたんだ、色情狂め」
    「あ、人造ビーチで絡んだこと、まだ根に持ってんの? アーレンクラインの御嬢の機嫌直すのに苦労したってぇのは、っとすると、本当かねぇ?」

     突然、フォートレイドの当主の要請だとかで呼び出されたときの、あれか――というか、既に作戦面の話ですらない。脱線しているのだから、退室してもいいのだろうか。

    「……貴様」
    「怒るなって。ロリコンなんて珍しいもんじゃあないし、照れなくとも――」
    「よし……表に出ろ、下郎」
    「はーい、御手柔らかに」

     いいのだろうか、これで。仲良く作戦室を出ていった二人を見送って、首を捻った。大作戦を目前に控えているというのに、緊張感の欠片もない。何もしていないのに、どっと疲れが溜まった。

    「やれやれ。解散でいいのかい、中佐さんよ」

     返答を待たず、億劫そうに≪オートマティック・ダン≫が腰を上げる。その体重から解放されたパイプ椅子が、溜息を吐くように軋んだ。私は、それに合わせて席を立った。安物の椅子が軋む音が、喜劇の閉幕を告げているように思えたのだ。



     作戦開始までは、時間があった。≪天山≫に乗る機会など、二度はないかもしれない。そう思って、艦内地図を片手に食堂に足を運んだのが間違いだった。
     いや、食堂それ自体に問題はない。広大なスペース。清潔感溢れるとまでは云えないまでも、食べ滓や油染みの跡のないテーブル。そして、大手レストランにも匹敵するほどの豊富なメニュー数。先日まで駐留していた基地と比べれば、同じ軍隊だとは思えない充実ぶりだった。
     それでも、これは――ちょっと、ない。周囲に広がる異様な空間に、今一度、小さく首を振った。どうみてもサラリーマンにしか思えぬ黒スーツ姿の男や、ホスト風の優男などマシな方だ。確かに軍艦には似つかわしくないが、まだ、一般常識の範囲内だ。視線をずらせば、それ以上の光景が並んでいる。RAC製のチャンバラ・ドラマにでも出てきそうな、黒いシノビ・ファッションのカタナを背負った男に、チャイナ・ドレスを着込んだ長髪の麗人。キモノの女に至っては、作戦前だというのに赤ら顔で陶器製のグラスを傾けている。とどめは、食堂の一角に積まれたジャパニーズ・オレンジ――正しくは、ミカンというらしい――を、餓えた獣のように貪っているナニカだ。筋肉達磨のような大男や、骨と皮だけのように痩せた白髪の少年が普通に思えるほどだ。ここは確か、作戦行動中の地上艦の内部ではなかったか。クーロン・シティの繁華街でも御目にかかれないような、バラエティに富んだ服飾センスの持ち主ばかりなのは、どういうことだ。
     当然、彼らが一般の兵員であるはずはない。それなら軍服を着ているはずだし、そも、艦全体が慌ただしく攻撃隊の出撃準備を続けているなかで、のんびりと食堂に腰を下している余裕などあるはずもない。となれば、今ここにいる大半は恐らくレイヴンだろう。他のレイヴンを生で拝む機会などそうそうあるものでもないが、しかし、こんな変人――もとい、ユニークな連中ばかりであるなら、そんな機会はない方がいい。さっさと食べ終えて、ACで待機していよう。そう覚悟を決めて、フォークを握りしめた時だった。

    「景気の悪い顔してるわねぇ、アナタ」

     託宣を下す占い師のように深みのある、それでいて、秋晴れの空のようにからっとした声。いつの間にか、テーブルを挟んで、一人の女が立っていた。夜闇の湖面か、でなければ、濡れた鴉の羽か。長く艶やかな黒髪が、まず、目を惹いた。東洋系なのだろうか、こちらを見下ろす瞳もまた、漆黒だった。

    「ここ、いいかしら」

     問うた女は、妖艶な美を漂わせていた。多くの肌を晒し、豊かな胸を強調した――もう一歩踏み出せば痴女の域に入るだろうという、そんな恰好をしていた。手に持った盆には、鮭の御茶漬けと赤ワインのグラスが並んでいた。ああ、この女も変人の類か。半ば以上の諦念を込めて、私は首を縦に振った。
     彼女が腰を下ろすと、燻製のような煙った香が漂った。僅かに悩んだ後に、煙草の残り香だと知れた。匂いが染みつくほどに、頻繁に吸っているのだろう。この食堂が禁煙で助かった。私は、食事中に煙草を吸われることは大嫌いだ。どんな料理の香りも、総て、押し流されてしまう。この程度なら、我慢出来る範囲だった。

    「……いただきます」

     トマトのリゾットと、ミネストローネ。大量のメニューを相手に頭を悩ました末のセレクトが、これだ。メニューに交じる見知らぬ名の料理に好奇心をくすぐられたのは確かだが、外れをひいた場合、テンションが下がったままで出撃することになる。結局のところ、食べ慣れた味をチョイスした形になる。食堂それ自体のレベルも不明な以上、安全牌を選ぶのは悪いことではない。
     さて、味はどれほどのものか。≪オートマティック・ダン≫は、さしたる期待をしていなかったようだが、史上最大の巨艦に相応しい味――決して、大味という意味ではない――であればいいが。少なくとも、見た目はリゾットの形をしている。フランス系の料理人は、リゾットと称してピラフを出してくることがあるが、まずは第一段階はクリアーというところか。
     問題は、この先だ。リゾットと呼ぶに値するものであるかどうか。サーモン・ピンクに染まったライスの小山を見つめながら、皿の端をとんとんと指先で叩く。崩れるでもなく、流れるでもなく、ゆっくりと沈んで裾野を広げるライスの山。口元が緩むのが、自分でも知覚出来た。ソースとライスが、きちんと一体化している証拠である。きちんとフォークで掬える状態。最悪、スプーンを使うことも覚悟していたが、どうやら、普通のリゾットを味わうことが出来そうだった。
     掬い取ったライスを、ゆっくりと口に運ぶ。オリーブオイルとガーリックの香が鼻腔を抜け、トマトの甘味と酸味、パルメザン・チーズの風味が口中を満たした。噛み締めてみれば、ライスの中心に僅かに残った芯が丁度よい歯応えを与えてくれる。
     悪くはない――が、やはり、手放しで絶賛するという程でもない。全般的に、材料の質が低いようだった。トマトは缶詰のようだし、オリーブオイルは二番絞り以降のものだろう。白ワインも入っていないし、チーズはよくある粉チーズだ。まあ、軍隊の食事にパルミジャーノ・レッジャーノを求めるのは酷というものではあるが。
     ミネストローネのほうは、どうだろうか。パスタはペンネ。他の具は、タマネギにキャベツ。潰し方が足りなかったのか、ホールトマトの欠片も見受けられる。そして、冷凍のミックスベジタブルをそのままブチ込んだに違いない、コーンとグリーンピースと正方形の人参。スプーンを口に運ぶと、今一つ、塩胡椒が薄い感があった。少し、塩と胡椒を足すとしよう。リゾットと比べると幾らかランクは落ちる気はするが、まあ、及第点だろう。野菜が食べられるというだけで、幾らか評価が甘くなっているかもしれないが、あの劣悪な食環境で過ごした後では、多少のことには目を瞑る気になってしまう。

    「随分、真剣に食べるのねえ?」

     ふと気付けば、見世物を眺めるような、興味深げな視線が正面から注がれていた。艶めかしく朱に染まった唇に微笑を横たえて、半ばまで減ったグラスを揺らしている女。憎らしいほどに、絵になる光景だった。湯気を立てる茶碗さえ傍になければ、だが。
     完全に、彼女の存在を失念していた。初対面の同業者を相手に、こうまで隙を見せてしまうとは、失態にも程がある。微かに耳が熱を持つのを知覚しながら、胡椒をミネストローネへと振りかけた。気恥ずかしさのせいか、動作が必要以上に大仰になる。少し、入れ過ぎただろうか。そう思った時だった。

    「はい」
    「え?」

     彼女の差し出したのは、食塩の小瓶。この卓のそれは、たったいま、私が手に取ったばかりだ。いつの間にか、隣卓のものを取ってきていたらしい。何故、わざわざそんなことを。浮かんだ疑問に答えるように、彼女は言った。

    「それ、使えないから」

     手元の小瓶に、目をやった。一見、変わったところはない。それでも、振ってみると異常は直ぐに知れた。小瓶に三分の一ほど残った食塩は、小揺るぎもしなかった。一つの固体となって、瓶の底部に張り付いている。成る程、これでは確かに使えないだろう。全力で振り続ければ幾らかは崩れるのだろうが、そんな無駄な労力を使うよりは、素直に差し出された好意を受けるべきだろう。幾ら相手が同業者とはいえ、この程度のことならば、遠慮する必要はない。軽く会釈して、小瓶を受け取る。傾けてみると、透明な硝子のなかで白い結晶がさらさらと流れた。

    「どうも……けど、よく判りましたね」
    「別に、大したことじゃないわよ」

     肩を竦めて、彼女は首を振った。充分に大したことであるように思えたが、追及しても得るものはない。曖昧に微笑を返して、ミネストローネに塩を振った。私が食事を再開すると同時に、彼女もまた、御茶漬けへと意識を集中したようだった。焼いた鮭と煎茶の香ばしい匂いが、微かに漂ってくる。決して脂っこさを感じさせず、かといって、トリュフのように豊潤な匂いというわけでもないのだけれど、日本食の香は食欲を誘う。地味だとか、質素だとかと評価されることも多いけれども、私は嫌いではない。
     そんなことを考えているうちに、いつの間に食べ終えていたのか、彼女は椀を置いてしまっていた。基本的に、御茶漬けというものは軽食に分類される。米飯に茶をかけているという特性上、スープに近い感覚で流し込むことの出来る料理である。ルーツは日系人であるとかで、米飯と汁物とおかずといった食事をとるだけの時間のないとき、それらを纏めた形となる御茶漬けを食べたという話だ。合理的で時間の無駄を嫌う日系人らしい話だ。ジャンク・フードを食べるよりは栄養バランスが良いだろうし、RACの優秀な製品の数々は、こういった料理によって食事時間を浮かす日系人を多く抱えているからこそ、生み出されたのではなかろうか。そんなことさえ、思ってしまうほどの速さだった。
     そのあと、私が食事を進めている間中ずっと、彼女は軽く頬杖を突きながら、ちびりちびりと舐めるようにワインを飲んでいた。じっと観察されているような気分で、どこか、落ち着かないことこの上ない食事だった。一体、彼女はなんだったのだろうか。レイヴンには、違いないのだろうが――。

1658/ Scene7.≪空のない戦場≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:48:06

     ≪天山≫の艦内に、けたたましいサイレンの音が響き渡っている。何機かの連雀が緊急発艦しているものの、十分な数が上がるよりも早く、敵が到達するだろうことは間違いない。何せ、六基あるカタパルトのうち、半分は発進準備中の輸送機の御蔭で埋まっている。最悪に近いタイミングである。いや、タイミングだけではない。既に数機の連雀が迎撃に上がってこそいるものの、発艦準備を整える機体のなかに、航空MTの傑作機と謳われるヴァルテインの姿はない。優れた戦闘性能を誇り、高い航続能力を持つヴァルテインは、≪崑崙≫周辺の制空権を確実に掌握するため、その全てが第一次攻撃隊に投入されていた。投入する輸送機の大半が、装甲の薄い機種であるためだ。その判断は、間違ってはいない。輸送機の腹のなかで、貴重な戦力を消耗するわけにはいかないのだから。
     それにしても、だ。直掩機がほとんど上がっていなかったところをみると、やはり、ACを中心とした機動兵器と随伴の地上艦に防空を任せるつもりなのだろうか。それは、いささか甘い見通しであるように思える。航空機に対処するには航空機を以ってするのが最善であることは、言うまでもない。ACがどれだけ強力な汎用兵器であるといえど、それは結局、地上兵器のカテゴリーに収まる範囲でしかないのだから。
     その地上兵器であるACが、航空機用の昇降機で次々に甲板へと上がっていく。既に、≪盾龍≫≪八竜一式≫≪アンヴァル≫の三機が防空戦闘の為に甲板に展開している。私のあとには、≪禅銃≫も上がってくるはずだ。私の≪シデロス・アラクーネ≫を含めて、全てが四脚ないし車両型のACである。どのような基準で居残り組となったのかは、聞くまでもなかった。四脚・車両型は機動力に劣る。大方、そういった思い込みによるものだろう。確かに、車両型は鈍重であるし、四脚型はショルダーキャノンの装備によって、低速重装の機体になることが多い。しかし、ACの性能を脚部で決めるなどというのは、ワインの味を赤・白・ロゼで分類するのと同程度、ナンセンスだといっていい。実際、≪シデロス・アラクーネ≫の機動力は下手な二脚型ACより高いのだ。
     とはいえ、居残りに文句があるわけではない。正直、≪崑崙≫への攻撃に参加したとして、C−LAWSのレイヴンと交戦して無事に生き残る自信はあまりない。辛うじて戦闘領域を脱出したとしても、送り狼に喰われるだろう。そういった意味では、有り難い話ではあった。C−LAWSの巣窟に放り込まれるより、味方の近辺で戦うほうが安全に決まっている。≪天山≫は医療設備も整っている。仮に撃破されても、即死しなければ命だけは助かるだろう。まあ、救助されるかどうかは別の話ではあるのだが。

     数分。艦隊前方の空に、無数の黒点が浮かんだ。雲霞の如くとはいかないまでも、数十機の編隊である。≪崑崙≫の航空戦力は、以前のターミナルへの強襲で消耗した筈なのだが。あの強襲で稼いだ時間のあいだに、各方面から補給を受けたということか。企業に反感を持っているものは、思いのほか多い。高価な航空MTは兎も角、連雀などの航空機については数を揃えているとみたほうがいいだろう。
     頭上に響く爆音に上空を仰ぎみれば、緊急発進した連雀が四機。ダイヤモンドを組んで、敵編隊の方角へと突進していくところだった。その果敢な姿に、甲板作業員達が作業の手を止めて帽を振る。たった四機とはいえ、空に味方がいるのは頼もしいものではある。だが、無謀だ。艦隊上空に留まれば、味方の対空砲火に巻き込まれる危険があるとはいえ、十倍以上の敵への突入なぞ、正気の沙汰ではない。せめて、無事に脱出してくれることを祈るばかりだ。
     十数秒ののち、幾筋かの黒煙と炎の帯が中空に流れる。砂塵に霞む空から、味方の姿は消えた。それを待っていたわけでもあるまいが、前衛の地上艦が砲撃を開始する。対機動兵器用の榴弾だろうが、AC相手にも滅多に当たらないような代物が、航空機を相手にどれだけ効果を発揮するものか。もっとも、航空機相手に直撃させる必要もないのだが。
     砲撃に僅かに遅れて、一斉に白煙が吹き上がる。垂直に舞い上がるミサイルの群れは、昇竜の如く。その発射数は、成る程、直掩機など必要ないと云わんばかりである。だが、十年以上前の旧型ミサイルにどれだけ期待出来るというのか。
     連雀を中心とした航空戦力は、その大半が旧式とはいえ、度重なる改修によって戦場の空を舞い続けているものばかり。それが、幾年もの間をドッグのなかで惰眠を貪ってきた大艦巨砲時代の遺物に遅れを取る筈がなかった。
     先行の数機が発射したのは、恐らくデコイだろう。敵編隊に向かっていたミサイルの大半が、あらぬ方向へと誘引される。残ったミサイルも、電子戦による誘導妨害やチャフ、フレアなどによって迷走し、虚空で自爆していく。本来の目標へと到達したのは、ほんの数基だったろう。その数基にしたところで、回避機動によって敵編隊の隊形を僅かばかり崩したに過ぎない。発射数に比較すれば、なんともお粗末な結果だ。
     意外だったのは、主砲による対空射撃の成果だろうか。編隊の付近で炸裂し、周囲に破片を撒き散らす大口径砲弾。各艦にたった連装二基とはいえ、その砲列の生み出す鋼鉄のシャワーは航空機にとっては驚異だろう。横一列に展開した地上艦四隻による一斉砲撃は、運の悪い数機を撃墜し、少なからぬ敵機に被害を与えていた。この損害には敵も意外だったのか、慌てて散開を始めた様子が見てとれた。そこに襲いかかった更なる斉射が、散開の遅れた何機かを叩き落とした。
     だが、これまでだろう。広範囲に散開した敵機が相手では、大口径の溜弾といえども効果は薄い。第一にしてからが、所詮は地上兵器を相手にするための主砲だ。敵編隊が接近すれば、仰角を取れずに砲撃不能になることは目に見えている。まあ、敵の地上部隊が降下すれば、絶大な火力による援護は期待出来るだろうが、今後の対空戦闘には役に立つまい。
     と、そこで疑問が湧いた。何故、敵はACもMTも随伴していないのだろうか。まさか、航空攻撃だけで≪天山≫の足を止めれると考えているわけではあるまい。崑崙級の飛行甲板は、高度一万フィートから投下された千ポンド爆弾にも耐えるように設計されている。シェルター攻撃などに用いられる徹甲爆弾でも用いない限り、航空攻撃で崑崙級に損傷を与えることは困難だろう。その徹甲爆弾にしたところで、連雀などに搭載出来る程度のものでは効果は望めまい。つまるところ、MTないしACによる制圧くらいしか手はないはずだ。先の≪崑崙≫奪取と同様、内部からの破壊工作という手もあるにはあるが、流石に同じ手にしてやられるほどに、トリニティは無能ではあるまい。C−LAWSもまた、二匹目の泥鰌を追うほどに楽天的ではないはずだ。であれば、何故。
     その疑問に答えが出ないままに、事態は予想外の方向へと流れはじめた。一直線に≪天山≫を目指すと思われた敵編隊、その半数以上が、前衛の地上艦に対して攻撃を開始したのだ。幾つかのミサイル砲座と小口径の対空砲が反撃するものの、最大の対空火力であるVLSによる阻止が失敗した以上、それは個艦防衛レベルの防戦に過ぎない。そして、崑崙級に対する航空攻撃は無効であったとしても、他の戦力に対しては十分に効果を発揮するのである。

    『っ――≪終南≫、被弾炎上!』

     レーザー誘導爆弾の直撃を受けた地上艦が、艦の中央部から火柱を噴き上げてがくりと速度を落とす。弾薬にでも引火したのだろう。≪天山≫艦上からでも確認出来るほどの猛火と黒煙は、その地上艦≪終南≫が戦闘能力をほぼ喪失したことを示していた。
     速度の低下した≪終南≫を避けようとしたのか、それとも黒煙によって視界が遮られるのを嫌ったのか。後続の地上艦が進路を変更した直後、その地上艦に数機の攻撃機が射撃を集中した。航空機に搭載出来る程度の機銃など、地上艦に対しては搭載火器を破壊する程度の威力しか持たない。幾ら地上艦が戦車の拡大発展形とはいえ、その装甲は戦車やACなどとは比較にならないのだから。
     だが、そんな認識は間違っていたようだった。通信機からは、オペレータの絶叫が響いていた。

    『≪九功≫、通信途絶!』

     恐らく、ピンポイントに艦橋を直撃したのだろう。操艦機能を喪失したらしい地上艦≪九功≫は、変更した進路そのままに突き進んでいく。その先には、回避運動を続ける僚艦の姿があった。
     ≪天山≫にまで届く轟音を響かせて、丁の字を描くような形で二隻の地上艦は激突した。どちらのダメージが大きいかといえば、横腹に衝突された僚艦だっただろう。横転しなかったのが不思議なほどで、舷側には≪九功≫の艦首が喰い込んですらいる。当然、そのような状況で回避運動を行えるはずもない。行き足の止まった二隻の地上艦に、ハゲワシのように敵機が群がり、我先にと爆弾を落としていく。か細い抵抗を続けていた両艦の対空砲火も、一発二発と爆弾が炸裂するうちに沈黙し、二隻の地上艦が廃墟のようになるまでに然程の時間は要さなかった。

    『――≪九功≫および≪青峯≫、大破しました』

     大破炎上した前衛の地上艦を避けるため、≪天山≫が大きく右に転舵する。それは同時に、接近する敵編隊に向けて舷側を晒すことでもあった。必然、≪天山≫は片舷のみの火力で敵編隊を迎えることになる。航空機の離発着に障害となるため、崑崙級の火器は左右の舷側にしか存在しないためだ。とはいえ、それはさしたる問題ではない。元々、崑崙級の対空火力など高が知れているし、甲板上には多数のMTとACが展開している。問題なのは、崑崙級の舷側装甲は、飛行甲板ほどの防御力を備えてはいないことだ。対機動兵器用のミサイル程度で貫通されるほどのものでもあるまいが、大型の巡航ミサイルなどを喰らってはどうなるか判らない。その点が、僅かに心配ではあった。
     もっとも、それは杞憂で終わるだろう。前衛四隻の地上艦のうち三隻が撃破されるに至っては、最早、敵の攻撃目標が≪天山≫ではないことは明らかだ。≪天山≫を撃破するには、この攻撃隊の全力を投じても難しいはずだ。他の目標に対して、火力を分散する余裕などあるはずもない。第一、随伴の地上艦など航空機にとっては大した驚異ともならないのだ。そんなものをわざわざ狙うくらいなら、≪天山≫艦上の機体を一機でも多く破壊したほうがいい。
     ――いや、待て。成る程、確かに航空機にとっては旧式の地上艦など物の数ではあるまい。だが、地上部隊にとってはどうだろうか? 舷側にずらり火器を並べた地上艦は移動トーチカも同様だ。ACを以ってしても、正面からの撃破は困難を極めるだろう。それが、機動力に劣るMTや各種戦闘車両であれば尚のことだ。
     で、あれば。この航空攻撃は、本命の地上部隊のための露払い。そう考えれば、納得もいく。しかし、追撃を受けているC−LAWSがそこまで攻撃に偏重した作戦を取る余裕があるだろうか。この航空部隊でさえ、恐らくは≪崑崙≫搭載の航空戦力のほぼ全力を投じた攻撃だろう。その上に地上部隊を出すとなれば、≪崑崙≫の防衛は手薄になるはず。どれだけC−LAWSが強力なレイヴンの集まりだとて、整備と補給、そして休息がなければ消耗するばかり。その拠点となる≪崑崙≫を、進んで危険に晒すような真似をするだろうか。
     正直――判らない。C−LAWSが何を考えているのかなど、判る筈がない。企業に反旗を翻すなどという時点で、彼らの行動は私の理解の範疇の外だ。それでも、いま、何をするべきかは判る。この≪天山≫に迫っている敵機を、一機残らず叩き落とすこと。それが、私の仕事だ。

1679/ Scene8.≪投じられた布石≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/08/16(Sat) 00:38:04

     戦況は、御世辞にも良いとはいえなかった。対地ミサイルによって機関を損傷した≪玉泉≫の脱落によって、前衛の地上艦四隻が全滅して以降、戦場は≪天山≫の上空に移っている。≪天山≫の左右と後方を固める三隻の地上艦は既に満身創痍であり、いつ脱落してもおかしくない。≪天山≫艦上に展開するMTおよびACの数を以ってすれば、数十機の航空機の撃退など容易い――その筈だったのだが。
     結果的にいえば、その数が問題だった。幾ら≪天山≫の飛行甲板が広大とはいえ、限られたスペースに数十機の味方が存在するのだ。ましてや、甲板には何機もの輸送機や無人のMTが駐機したままである。どちらを向いても射線上に味方がいる状況で、まともな対空戦闘など出来はしない。
     それでも、爆撃が随伴艦に集中しているあいだはまだよかった。問題は、これからだ。敵が、余った爆弾を砂漠に捨てて帰ってくれるとも思えない。なにせ、目を瞑って爆弾を落としても命中するほどの巨大な目標が直ぐ近くにあるのだから。そうなれば、≪天山≫甲板上に展開されるのは、どう控え目に表現しても地獄でしかない。それを暗示するように、敵の一隊が≪天山≫へと接近しつつあった。
     まあ――それを防ぐのが、私たちレイヴンの役目ではあるのだが。

    「迂闊よね、迂闊……」

     連装チェインガンが吐き出した大口径の機銃弾が、名も知らぬ旧式機の腹を穿つ。≪天山≫と左舷に随伴する地上艦≪蓬莱≫とのあいだ、千五百メートルほどの間隙。私は、そこで敵機を待ち構えていた。≪蓬莱≫を避け、尚且つ≪天山≫艦上のMT群からの攻撃を避けて低空侵入を試みるには、ここで高度を落とすしかない。そして、航空機というものは概して、空気密度の濃い低空では満足な回避行動はとれないものだ。急激な回避機動によって失速し、地面に激突したものを一機含めて、私は既に四機を撃墜していた――もっとも、既に爆弾を投下済の機ばかりではあったが。
     既に爆撃を終えた機までもが、爆撃態勢をとって突入を繰り返しているのだ。それも、一度や二度ではない。こちらの対空砲火を自らに誘引し、未だ爆弾を抱える僚機の攻撃を成功させようというのだ。当然、幾度も突入を繰り返せば、撃墜される確率は高まるのだが――全く、呆れるほどの戦意といえた。
     もっとも、私は、呑気に感心していられる立場ではない。航過のたび、執拗に繰り返される機銃掃射や小型ミサイルによる攻撃も、馬鹿には出来ない。甲板に展開するMT部隊には、確実に被害が積み重なっている。いつ敵機が襲ってくるか判らない状況では、搭載機の発進も望めない。緊急発進しようとした一機の連雀は、飛行甲板の端で無残な姿を晒していた。
     どうにも、面白くない状況だった。この泥沼の防御戦から脱出するための、抜本的な対策が必要だろう。そんなものがあるのならば、だが。

    『≪高雄≫に敵機突入――!!』

     ≪天山≫の右舷艦尾方向から接近した、二機の連雀。護衛艦≪泰山≫の打ち上げる対空砲火が、そのうちの一機を捉えていた。黒煙を噴き、炎に包まれて尚、連雀のパイロットは脱出しなかった。蹌踉めくように揺らいで速度を落としながらも、反転降下して、≪天山≫の後方を固める≪高雄≫へと突入したのだ。
     戦闘機の体当たりなど、本来、さしたる脅威ではない。MT程度ならば道連れにも出来ようが、地上艦に対しては、精々が、アンテナやレーダーなど剥き出しの通信設備に損傷を与える程度でしかない。事実、≪高雄≫は対空砲座を幾つか失った程度で、支障なく航行を続けている。
     問題は、兵の心理にあった。圧倒的有利な立場にある企業側の兵にとって、生還の可能性を放棄した体当たり攻撃などというものは、理解の範疇外にある。あちこちで、驚愕と恐怖と混乱が兵らの口から飛び出していた。経験を積んだ古参兵ならば、苦し紛れの自殺攻撃に惑わされはしなかっただろう。しかし、≪天山≫を護衛する地上艦の乗員の殆どは、緊急招集された新兵と長く戦場から離れていた予備役で占められていた。如何にイージスとはいえ、コストパフォーマンスの低い旧式地上艦のために、常に第一線の乗員を確保し、練度を維持しておく余裕はなかった。機動兵器と異なり、地上艦を動かすには最低でも数百名の人員を必要とするのだ。方々から掻き集められた乗員は、艦内地理に慣れる暇もなかっただろう。そんなものが、本来の戦闘力を発揮出来る筈はないのだ。

    『≪泰山≫、大破炎上――脱落します!!』

     ≪天山≫右舷を護る≪泰山≫が、炎を噴き上げてがくんと静止した。太陽を背に急降下を仕掛けた敵機に気付かず、二千ポンド爆弾の直撃を艦首に受けたのだ。

    『チッ……このままでは埒が明かん。どうにかならんのか、ダン』
    『残念ながら、≪フィラメント≫、どうにもならんよ』

     ――全くだ。内心で、溜息を吐いた。この状況を打破するには、連雀の一個中隊が必要だった。そしてそれは、≪天山≫の格納庫のなかで、出撃のタイミングを失ったままだった。

    『右舷に火力を集中しろ! 敵機の侵入を許すな!』

     だが――それは、遅きに失した。≪泰山≫が脱落した穴を、MT部隊が埋めるよりも早く。疎らな対空砲火を突破して、二機の連雀が≪天山≫への投弾に成功していた。それも、通常弾ではない。投下直後に分散し、広範囲に子弾を撒き散らすクラスター爆弾だ。大量の子弾が一斉に炸裂する様は、中々の見物ではあるが――恐らく、≪天山≫飛行甲板は酷いことになっているだろう。甲板に出ていた人員はほぼ全滅、展開するMTも大きな被害を受けたに違いない。対空兵器や発着艦設備への損害がなければ良いのだが。

    『いやいやいや!! まずいですって、これは――!!』
    『うーん。敵機を見逃した、君が悪いよ?』
    『うえ、僕のせいですか!? あっ、また来ましたよ!?』
    『ああ、もう――五月蠅い五月蠅い五月蠅い! 気が散る!!』

     やけに騒がしい通信は、≪天山≫右舷側の防衛に当たっていた≪イノフィロ≫と≪ルー≫、≪L・ペイン≫のものだ。いや、騒いでいるのは≪イノフィロ≫だけか。RAC専属の≪ルー≫に関しては、特に心配はないだろう。問題は、あとの二人――私と同様、在野から企業側についた≪イノフィロ≫と≪L・ペイン≫だ。
     ≪イノフィロ≫のほうは企業の歩兵部隊出身だというから、その関係だろうか。しかし、正直、役に立つのかどうか。脱人夢想主義世代の見本のようなチャラチャラとした若者だった。外見からレイヴンの実力を判断することは難しいとはいえ、彼に関しては、見たままであるように思える。
     ≪L・ペイン≫は、第二次企業紛争時代から活動していたレイヴンだ。実力は不明だが、あの紛争から現在までを生き残っている。それだけで、ある程度の信頼は置けるというものだ。不安があるとすれば、その精神状態だ。食堂で幾度か顔を合わせたが、彼女は常に、生気のない死人のような顔色で、ビールを呷り続けていた。まあ、レイヴンなどという人種に、非の打ちどころのない真っ当な精神の持ち主がいるとも思えないけれど――私も含めて。

    『敵、防衛ラインを突破――何をやっている、レイヴン!!』

     敵機の大半は連雀のようだったが、その練度は極めて高い。エース級の機も、かなりの比率で混じっている。そして、何より厄介なのが、ずんぐりとして凡そ航空機とは思えない不格好な新型攻撃機だ。冗談のような風貌に反して、ヴァルテインと同等かそれ以上の対地攻撃力と耐弾性を併せ持つ難敵である。連装チェインガンの掃射を浴びせたというのに、平然と飛び去っていったときには、呆れるほかなかった。
     この攻撃機を先頭に押し立て、右舷側が突破口とみて殺到する敵機の大群を、三機のACは阻止出来なかった。連雀が投下するクラスター弾が、≪天山≫の飛行甲板を万遍無く襲う。新型の攻撃機が、ロケット弾と対地機関砲と大口径の主砲とを乱射して、≪天山≫上に展開するMT部隊を蹂躙していく。ACにも立ち向かえるだけの練度と勇気を持つパイロット達が、頭上の敵に成す術もなく逃げ惑い、混乱のうちに撃破されていく。集団パニックの波が戦意を押し流し、反撃の気力を奪っている。
     持ち場を離れて、援護に向かうべきか――あちらに敵機が集中した御蔭で、左舷側から攻撃を仕掛ける敵機は少ない。地上艦≪蓬莱≫も未だ健在である。左舷側に配備されたACのなかでは、最も足が早いのは私の機だ――逡巡する間にも、恐慌状態の怒鳴り声や絶叫が、幾多も耳に飛び込んでくる。ええい、考えている暇はない。

    『――がはは! この程度で騒いでちゃ、生き残れんぞ!!』

     ≪天山≫へと、機を向けようとした刹那だった。豪快な笑い声と共に、二条のレーザーが空へと伸びて、重装甲の攻撃機を吹き飛ばした。≪天山≫居残り組みで唯一のランカー、≪シールド・ファイア≫である。その一喝で、崩壊しつつあったMT部隊は統制を取り戻した。指揮系統は未だ混乱のなかにあったが、問題はなかった。手近な味方と協力し、対空射撃の網を作り上げる。命令がなくとも、どう戦えばいいかを自ら判断出来るだけの能力を、本来、彼らは持っているのだ。

    『トマス、また来るぞ! 対空射撃だ、構えろ!!』
    『あのゴツいのにライフルは効かない! ロケットだ、ロケットを叩き込め!!』
    『フラノ曹長、三機ほど連れて艦橋周辺の援護へ! まだ生きていればグレイスが指揮を取っている、奴に従え!!』
    『弾幕が薄いぞ! ヨハンセン、≪天山≫の対空砲はどうなっている!?』

     どうやら、私が向かう必要はなくなったようだ。展開する部隊は大きくその数を減じていたが、損害は急速に減少していった。大損害で同士討ちの危険が減った分、思い切った対空戦闘を行えるようになったことも、プラスに働いていた。
     数分としない内に、≪天山≫上空から敵機は離脱しつつあった。甲板上の部隊が反撃に転じたことで、損害を嫌ったのだろうか。戦闘は、収束に向かっていた。火力と機動力の増大した現代戦闘は、概して短時間に終わるものだが、呆気ないといえば呆気ない。第一、C−LAWSが攻撃を――自分たちの頭上を護る貴重な航空戦力を割いてまで――仕掛けてくるとなれば、その目標は≪天山≫であるはず。その≪天山≫が健在のまま撤退するというのは、解せない話だった。もっとも、攻撃隊が一派とは限らないわけだが。

     ――そう、この空襲は事前準備に過ぎなかったのだ。そして、C−LAWSの次の手が≪天山≫を襲うまでに、さしたる時間は必要としなかった。

1680/ Scene9.≪天から降り注ぐもの≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/08/16(Sat) 00:38:57

    『いやいやいや!! ACが出てくるなんて、聞いてませんよ!!』

     私だって、聞いていない。しかし、C−LAWSを相手に、ACと戦わずに済むとでも思っていたのだろうか。だとすれば、考えが甘過ぎると言わざるを得ない。
     ≪イノフィロ≫のことはさておくにせよ、状況が予想以上に悪いことは確かだった。先の空襲では、≪天山≫の艦体それ自体に損傷はなかった。問題は、ばら撒かれたクラスターの子弾だった。空襲の終了後、散乱する残骸を飛行甲板から除けるため、何台もの作業用MTが甲板に上がって――新たな残骸となった。敵は、子弾のなかに時限信管付の対MT地雷を大量に混ぜ込んでいたのだ。ただでさえ地雷処理は命懸けの行為だが、処理する地雷がいつ炸裂するか判らないのでは、殆ど自殺するようなものだ。作業員に多くの犠牲者を出した挙句、≪天山≫艦長は甲板のクリアを断念し、離発着能力の喪失を司令部に報告した。
     つまるところ、C−LAWSは一機のACも使わずに、≪天山≫を無力化してみせたのである。帰る場所のなくなった第一次攻撃隊の航空戦力は、撤退を余儀なくされていた。ヴァルテインの航続距離が長いとはいえ、帰投距離が一気に数倍に跳ね上がったのだ。予定どおり戦闘を続行出来る筈はない――如何に物量を誇るトリニティとはいえ、数十機ものヴァルテインとそのパイロットを砂漠に捨てることは出来なかった。空からの援護を失った攻撃隊は、苦しい戦いを強いられることだろう。
     そして、苦しいのはこちらも同様だ。補給も整備も受けられぬまま、敵の第二派を迎撃しなければならない――輸送機と思われる十数機の反応を、≪高雄≫のレーダーが捉えていた――ほぼ確実に、ACが出てくるだろう。それも大量に。
     全く、大した奇術だった。こちらの航空戦力を封じると共に、≪崑崙≫の防御をも兼ねている。C−LAWSの参謀、≪コッペリア≫の仕業だろうか。元・十七位ランカー、≪コッペリア≫――一切の射撃兵装を持たず、武装は両腕の連装ブレードのみという格闘戦特化の機体でランカーにまで上り詰めた奇才である。もし、≪コッペリア≫と一対一で対峙したならば、私など数瞬のうちに切り刻まれてしまうことだろう。勿論、ランカーを相手に一対一で戦うような羽目になる前に、全力で逃げるつもりだが。
     まあ、ともあれ、≪天山≫には私を含めて十機のACが残留している。≪高雄≫と≪蓬莱≫、それに≪天山≫のMT部隊の援護もある。ランカーの一機か二機ならば、なんとかなる――と、思いたいところだ。

    『――敵は、二手に別れて接近中。高度二千フィートで八ないし九機、接触まで百二十五秒。高度二万五千フィートに三機、接触まで二十秒……やけに高いな』

     オペレータの洩らした疑問は、尤もな話だ。状況にもよるが、通常、ACの降下高度は高くとも三千フィートが精々である。少なくとも、私はそれ以上の高度からの降下は経験したことがない。ACそれ自体の性能は例え三万フィートを超える高空からの降下も可能らしいが、操縦者への負担とメリットの薄さから、試みられることは殆どない。姿勢制御を誤って着地に失敗すれば、戦わずして大破炎上する危険もある。第一、それほどの高空からの降下では、風の穏やかな場合ですら、目標付近に降下することは難しいだろう。
     では、一体。その疑問は、しかし、結果を知ることでのみ晴らされることになるだろう。長々と思考を巡らせるだけの時間は、既にない。余分な思考は、死に直結するのだ。さあ、鬼が出るか蛇が出るか。蒼空を見上げ、私はその瞬間を待った。

    『――敵輸送機、航過します』

     張り詰めていた緊張が、僅かに解ける。二万五千フィートもの高度を時速数百km/hで飛行する輸送機からでは、目標の直上を通過してから降下したところで、慣性の法則に従って、地上に降りる頃には数キロの彼方である。逆に云えば、敵部隊が≪天山≫近辺に降着するためには、≪天山≫上空に到達するより三十秒ほど前には、輸送機から降下している必要がある。ACやMTが降下していれば、レーダーにかからぬ筈はない――そう。ACやMTならば、だ。

    「――あれは?」

     点のように小さく見える輸送機が、≪天山≫上空を通過して数秒。地上特有の、どこまでも高い、霞んだ蒼空。その一点に、芥子粒のような異物があった。ぱらぱらと、三機の輸送機の航跡を辿るように。それが一体、何であるか。私は、すぐには理解出来なかった。いや、私だけではない――地下都市で育った者にとって、高高度からの水平爆撃などというものは、理解の範疇の外だったのだ。いや、概念としては知っている。高空から投下された爆弾は、重力の法則に従って運動エネルギーを増し、破壊力が増大する。しかし、高高度から自由落下する無誘導爆弾を目標に命中させることは、極めて難しい。更に、一定の速度を保って水平飛行を行う爆撃機は、対空砲やミサイルの格好の餌食となる。そのような事情から、移動目標に対しては試みられることの少ない――そして、効果の薄い――爆撃法だった。二万五千フィートもの高度からでは、命中率などコンマ一%にも満たないだろう。勿論、誘導爆弾を用いるか、大量の爆弾をバラ撒くかすれば、話は別だ。しかし、仮に命中したところで、崑崙級の装甲甲板を貫くには至るまい。投下高度が高ければ高いほど良い、というわけでもない。投下された爆弾は、高度――位置エネルギーを運動エネルギーに変え、速度を増して落下していくのだが、無限大に加速するわけではない。空気抵抗その他の諸々の事情によって、その速度にも限界はある。この高度は、どちらかといえば、対空砲火を警戒してのことだろう。地上艦の主砲ならば、物にもよるが、二千メートル程度の射程はある。実際は仰角が取れない対地砲ではあるが、改装されている可能性を考慮したのだろう。

    『なるほどね――連中、輸送機を大型爆撃機代わりにしたのかい』

     ≪オートマティック・ダン≫が、感心したように呟く。呆れた神経だ。先のブリーフィングでは、爆撃機の出現など想定されていなかった事態だというのに。

    「敵の戦力はACとMT、戦闘機だけだって言ってたのは何処の誰よ……これ、退避していいわけ?」

     ≪天山≫には効果がないとしても、降り注ぐ大型爆弾の直撃を受ければ、ACなど一溜まりもない。炸薬量の多い大型爆弾ならば、至近弾でも致命傷になりかねない。絨毯爆撃のなか、回避機動で耐えるという選択肢は、叶うならば避けたかった。

    『レイヴン、退避は許可できない。敵の降下に備えろ』

     返ってきたのは、無慈悲な正論だった。確かに、後方の編隊が降下部隊を搭載している可能性は高い。であれば、退避して防衛ラインを崩すわけにはいかない。それは道理だ。しかし、≪天山≫は回避する素振りも見せず、降り注ぐ爆弾のスコールのなかへと、悠然と突き進んでいく――。

    「――……了解、死んだら恨むわよ」
    『それが君の仕事だ、レイヴン。ま、幸運を祈る』

     簡単に、言ってくれる。確かに、千ポンドや二千ポンドの通常爆弾では、≪天山≫の上部甲板は貫けないだろう。精々が、対空兵装や通信設備に損傷を与える程度。だが、ACは別だ。地上最強の汎用兵器とはいえど、反撃の術もない上空からの攻撃には、手も足も出ない。溜息を吐いて、上空を仰ぎ見る。オペレータと非建設的な会話を交わしている内に、芥子粒のようだった黒点は、オリーブからミートボールほどのサイズにまで大きくなっていた。高度は――よく判らない。巡航ミサイル程度の目標ならば兎も角、遥か上空の爆弾を捉えるだけのレーダー性能は、私の愛機は持ち合わせていない。だから、ずっと眼で追っていた最初の一発が落ちてからは、運を天に任せるほかなかった。
     ぱっと砂煙が舞った。通常爆弾なら、着弾と同時に炸裂するはず。不発弾か、それとも――。

    「っ――!?」

     凄まじい轟音と、噴き上がる巨大な砂柱。私は呆然と、砂の噴水を眺めていた。砂柱が崩れたあとには、直径が二十メートルにも達しようかというクレーターが残っていた。

    『おい、なんだあれは!』
    『殲轟の砲撃でも受けてるみたいだな、くそったれめ』
    『――取舵だ、取舵! 進路を変更しろ、回避運動!!』

     途端に、通信回線を動揺と怒声が駆け抜ける。ただの爆弾ではないことは明白だ。あの破壊力。爆発に巻き込まれれば、まず助からない。冗談じゃない。嫌だ、あんなものの降り注ぐ場所には――いや、駄目だ。焦るな、動揺してはいけない。
     あれを撃ち落とすことは、まず無理だろう。爆発音が聞こえた後に、落下音が聞こえていた。音速を超える速度で落ちてくる爆弾を撃ち落とすなど、そんな精密射撃、私に出来るものか。
     こうなれば、回避に努めるしかない。幸い、この爆弾は砂漠に深く潜り込んでから炸裂しているため、危害半径はあまり大きくはない。あの砂柱の範囲にさえ入らなければ、損傷は受けないだろう。ACのような機動兵器にとって、爆撃や砲撃で最も怖いのは、破片と爆風だ。その大半が砂に吸収される以上、そこまで恐れる必要はない。大丈夫。直撃さえ受けなければ、やられはしない――そう、直撃さえ受けなければ。

    『≪Blood Knight≫――反応消失!!』

     一機のACが、林立する巨大な砂柱のなかに消えた。トリニティの雇用したレイヴンの一角、≪ヴァー・ストローク≫の乗機だ。勿論、未確認飛行物体に拉致されたわけではない。鈍重な車両型ACだ、回避し損ねたのだろう。どれだけ重装甲のACといえども、音速に達するまでの運動エネルギーを得た大型爆弾の直撃を受けては、どうにもならない。
     数十メートルも噴き上がる砂柱が崩れるとき、私は、放物線を描いて宙を舞う、ACの残骸を見てしまった。頭部も腕部も脚部もない、ただコアだけの残骸。人間の身体は、爆風を受けると首や腕などの間接、柔らかい腹部などが千切れ飛ぶ――それと同じだ。下手を打てば、私もこうなる。仮に直撃でなかったにせよ、数十メートルもの高さから地面に叩き付けられれば、中の人間がどうなるかなど、想像に難くない。沁みるような恐怖が、下腹に広がっていく。

    「――なにを、今更」

     孤児院を出て、ガードに入隊してから十年。駆る機体はガードウォーカーからACへと変わったけれど、常に、死と隣り合わせの環境だった。こんなもの、いつもと変わらない。いつもと同じの、ただの戦場だ――自分に言い聞かせるように、腹筋に力を込める。大丈夫だ、私は生き残れる。
     だって――生き延びるために、私は自由を捨てたのだから。

1681/ Scene10.≪燃ゆる巨艦≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/09/06(Sat) 23:01:28

    『て……≪天山≫、爆発炎上――!!!!』

     ≪天山≫の装甲も、高空から投下された大型徹甲爆弾の貫通力には、抗し得なかった。立て続けに被弾し、その度に、がくりと速度を落とした≪天山≫。それが、巨大な火柱を噴き上げた。垂直に噴き上がった火柱は、ナパームや焼夷弾では決して生まれない類のものだ。恐らくは、弾薬か燃料の誘爆だろう。汚染された地上や砂埃舞う砂漠で運用する以上は仕方のないことだろうが、完全に密閉された格納庫が被害を拡大していた。火災が発生しても、可燃物や機体を投棄出来ないのだ。唯一の頼みは甲板への昇降機だが、それも、被弾の衝撃や火災の熱で電路がやられれば、動かなくなる。そういったことを考慮して、飛行甲板を分厚い装甲で覆ったのだろうが……盾を上回る矛に貫かれ、内臓を掻き回されたということだ。

    「えらく豪勢な焚き火ね」
    『誰が上手いこと言えっつった、お友達。俺はいま、腕を失くしたときと同じくらいショックを受けてる最中なんだ。あんまり妙なこと言わんでくれ、お前さんを撃ちたくなっちまう』
    「御愁傷様と言っておくわ。でも、そうね、訂正するわ――この場合は、狼煙というべきね」

     それは、壮絶な光景だった。地上最大の巨艦が、燃えていた。その猛火と黒煙を目印とするように――"それ"は、やってきた。轟音を上げて≪天山≫上空をフライパスする輸送機の一群から、次々にACが躍り出る――その数は、恐らく、トリニティ側が≪崑崙≫攻撃に投入したACの数と同等だろう。知らず、握り締めた拳が震えた。武者震いだと断言出来るほど、私の神経は太くはない。勿論、これほど大規模な戦闘の渦中にあることの興奮はある。それでも、この手が震えるのは、やはり、怯えているからだろう。

    『敵一番機より、ACの降下を確認――≪ブラムブラスト≫および≪アリオルムナス≫!!』

     C−LAWS所属機の名を、オペレータが告げる。搭乗者は、≪キリー≫と≪スリートゲイザー≫。主力級でこそないものの、堅実に任務をこなす、C−LAWS内でも中堅クラスのレイヴンである。仮に一対一で戦うことになったとしても、まあ、なんとか五分程度には持ち込めるだろう。負けない戦いに徹すれば、だが。

    『ボイリングブルの≪サイドワインダー≫に、イミネンターの≪シュテームトラスト≫か……ちっ、ここぞとばかりに!』
    『≪ヒ号火力支援機 火虞槌≫を確認。日の出の連中までお出ましか……』

     ――やはり、C−LAWSは各武装勢力との連携を深めつつある。そう確信するに足るだけの、顔触れだった。ガレル会議の"不可視の壁"がいないのはせめてもの救いだが、油断は出来ない。ともすれば、知らないうちに忍び寄っている可能性もある。

    『二番機より、敵AC降下! ≪ネヴィン≫です!』
    『≪サクリファイス≫、≪アーセナル≫、≪ホワイトアウト≫、≪シュテルントロイメ≫……C−LAWSめ、手当たり次第だな』
    『まだいるぞ、≪シルバーフェザント≫に≪ガンリーゼ≫だ……ガレルの砂ネズミめ、気張りやがる』
    『おい、あれは――≪AGNUS−DEI≫!? まさか、≪ゼカリア≫が!?』

     レイヴンのなかで、その名を知らぬ者などいない。いるとすれば、それはモグリである。C−LAWS隊長にして、元・第六位ランカー≪ゼカリア≫――黒を基調とした中量二脚型AC≪AGNUS−DEI≫が、ゆったりと砂塵の戦場へと降り立った。既に降下した十二機のACを従え、悠然と周囲を睥睨する様は、神託の聖者の如くであった。
     戦慄と動揺が、トリニティの部隊を包み込んだ。敵の首魁が最前線に出てきたことを、討ち取って功を為す機会であると喜ぶ者などいない。それは、レイヴンとて例外ではない。むしろ、シングルナンバーの脅威を知るからこそ、影響はより大きかっただろう。恐らく、≪AGNUS−DEI≫の出現に無感動であったのは、この戦場で唯一人だったろう――それは、私だ。
     動揺はしていた。怯えてもいた。冷たい汗が吹き出し、首筋を伝っていた。ただ、その原因はシングルナンバーではなかった。視界が歪み、喉がひり付くように乾く――駄目だ、しっかりしなくては。覚悟していたはずだ。鴉同士、敵として出会えば、戦うほかはないと。あの日に決めたはずだ。彼が鴉としての死を望むのならば、せめて私がと。――ああ、だけど。

    『……よお、相棒』
    「――……≪スノウマン≫」

     ――声が震えるのは、抑えられなかった。知らぬ間に、指先は胸元へと伸びていた。冷たい鎖。思考はクリアになるどころか、余計に違うモノで満たされてしまう。

    『奇遇だな、こんなところで』

     街で偶然に出くわしたような、気軽な口調。あの日からも、何も変わっていない。少しだけ、安心してしまう自分がいる。本当に、私は馬鹿かもしれない。これから、殺し合うというのに。

    『なあ、相棒。モノは相談だが……そこ、通してくれねぇか?』
    「……そんなこと、出来るわけないのは判るでしょう?」
    『ま……だよな。それなら、仕方ねえ……』

     戦場全体に、緊張が高まる。降下した敵ACは、それぞれが、手近な目標を定めて対峙していた。ただ一機、≪AGNUS−DEI≫を除いて。≪ゼカリア≫が動いたとき、戦場もまた動くだろう。そんな空気だった。全ての者が注目するなか、≪AGNUS−DEI≫が、ゆっくりと一歩を踏み出した。

    『――企業に与する諸君。我々は――ぶァッ!?』

     ――何故か、黒煙を上げて横転している≪AGNUS−DEI≫。地上艦の対地榴弾砲に直撃されたらしい。まさか、シングルナンバーがこうも呆気なく。いや、これはもしかして。

    『≪AGMUS−DEI≫……≪ゼカりア≫……?』

     冷たい風が、心を吹き抜けた。例の偽者だ。いや、C−LAWS側としては大真面目だったのだろう。シングルナンバーの存在がもたらす威圧感は、馬鹿にはならない。もっとも、駄目で元々、上手くすれば儲けもの程度だったろうが。いや、そんなことはどうでもいい。どのみち、開戦の合図になったことは間違いないのだから――。

    『……無理やりにでも、通して貰うぜ!!』

     一斉に響く銃声と砲声、爆発音。唸りを上げるACのブースト音。喧噪に包まれる戦場。
     私もまた、突進してくる≪ホワイトアウト≫へと、牽制の弾幕を張りつつ後退する。完全な近接戦闘型のAC相手に、接近戦に付き合う趣味はない――趣味はない、のだけど。戦わなければならないのならば、せめて――

    「……いいわよ、そっちの土俵で戦ってあげる」
    『……あん?』

     ハンドミサイルを、二連射。回避機動のため、側面を見せた≪ホワイトアウト≫――ここだ。アサルトライフルを連射しながら、フル・ブーストで突進する。≪ホワイトアウト≫の白い塗装に、幾つもの弾痕が刻まれる。≪ホワイトアウト≫が旋回を終える前に、真横へと跳ぶ。僅かに遅れて、散弾が立て続けに虚空を襲った。幾らか掠めたかもしれないが、ダメージはあちらが上だ。

    「時間切れで勝つのも、後味が悪いしね……三分、だっけ。その間に、終わらせてあげるわ」

     息を呑む様子が、手に取るように判る。僅かに動きの鈍ったところへ、アサルトライフルを三連射。≪ホワイトアウト≫を中心に、円を描くように移動し、左側面を確保し続ける。反撃を防ぎ、一方的な攻撃が可能な戦術。機動力に勝っている場合に多用される、オーソドックスな戦術。もっとも、ある程度の実力を持つレイヴンなら、一方的に撃たれ続けるままではない。
     唐突な爆発と、巻き上がる砂煙。反射的に乱射した連装チェインガンは、手応えがない。足元にグレネードを撃ち込んで視界を遮ると同時に、オーバード・ブーストで距離をとったのだ。

    『おい、コラ、相棒……喧嘩売ってんのか? 同情のつもりなら――』
    「――勘違いしないで。早く次にいかないと、こっちは数が足りないのよ」

     中型ロケットの牽制を避けながら、アサルトライフルで応射する。もっとも、この距離で正面から漫然と撃ち合ったところで、どちらの攻撃も当たるわけがない。だからこれは、会話を交わすための暗黙の了解。冷徹になりきれないのは、私だけではないのだろうか。

    『へっ、舐められたもんだな。それ、タイマン用の装備じゃねえだろ?』

     確かに、その通りだ。連装チェインガンに、アサルトライフルとハンドミサイル。僚機の存在が前提の、火力支援を重視した機体構成だ。本来、私はマシンガンとショットガン、小型ロケットとクラスターミサイルを装備した機体を駆っていた。彼と出会ってからだ、こういった兵装を愛用するようになったのは。もっとも、あまり問題はない。対AC戦が出来ない装備でもないし、今ではこちらの方に慣れてしまった。第一、そう。

    「……舐めてるのは、どっちかしら? あなたと私じゃ、腕が違う――普通にやったって、三分以内に終わるわよ」

     正面から戦ったとしても、彼に負ける気はしない。正確には、腕ではなく経験が違うというべきだろうか。例の発作による任務遂行率の低さによって仕事を干され気味の彼とは、戦場にいる時間が異なる。ACの操縦は自転車の乗り方とは違う。操縦から離れていれば、腕は落ちていくのだ。
     ――まあ、もっとも。三分以内というのは、半ば挑発ではあったが。

    『……上等だ、後でワビ入れても知らねえぞ!』

     言うなり、グレネード・ライフルの砲口が火を吹く。と、同時にオーバード・ブーストの発動。直線的な突進。連装チェインガンの掃射で蜂の巣に……としたいところではあるけれど、それでは共倒れだ。グレネード弾を追うように突進してくる以上、正面からの迎撃は出来ない。では、どうするか。やり過ごして後方から狙い撃とうにも、弾速の遅いチェインガンでは、オーバード・ブースト機動中のACには有効弾を与えれない。突進をかわして、向こうの出方を待つべきか。≪ホワイトアウト≫の右側面へ出るように、急進する。ミサイル回避と同じ要領だ。怯えて退けば、勢いをまともに受けることになる――いや、これは。

    「――!」

     オーバード・ブーストを停止し、余剰推力で滑るように前進しながらの旋回。砂煙を上げて横滑りしながら、≪ホワイトアウト≫は強引にこちらへ正面を向けてみせた。回避機動は間に合わなかった。中型ロケットの直撃を受け、左肩のアーマーが大きく吹き飛ぶ。被弾の衝撃で照準が狂い、応射したライフル弾は虚空へ消える。いや、≪ホワイトアウト≫が消えたのだ。微かに残るのは、白い残像。レーダーでの位置は、大きく変わらない。ならば、上。
     逆間接型特有の、高い跳躍力。モニター一杯に広がるのは、立て続けに降り注ぐ散弾。咄嗟の応射は、セカンド・ロックが外れた影響で、命中率が低い――第一、瞬間火力でこちらに分はない。応射を諦めて、≪ホワイトアウト≫の直下を潜るように駆け抜ける。反転しつつ、着地を狙って撃ち込んだハンドミサイルは、迎撃装置に阻まれた。

    『は……はっ。大きなクチ叩いておいて、そんなもんかよ! 何が三分以内だって!?』

     ――ああ、かなり怒ってる。まあ、それもそうか。わざわざ、挑発したのは私だ。相変わらず、火がつけ易いことこの上ない。とはいえ、これだけクレバーな機動が出来るのであれば、怒らせた意味はなかったかもしれない。少し、見くびり過ぎていただろうか。彼とて、十年近くを生き延びてきたレイヴンだ。そう簡単にはいかない、

    「……そうね、ちょっと甘かったわ」
    『おう、よく判ったか? 今更、謝っても遅ぇから――』
    「――ちゃんと、本気を出すことにするわ」

     手を抜いていた、というのではない。どこか、まだ甘い部分があったのだ。出来るなら、自力帰還が可能な程度に損傷を与えて、撤退して貰おう、と。勢い余って死なせてしまわぬように、と――我ながら、なんとも未練がましい。心は通じたと思っていた――幾度か肌を重ねもした。それでも。
     やっぱり、俺は死ぬんならレイヴンとして死にてぇからよ――苦笑と共に目を逸らして、彼は、私の伸ばした手を断ったのだ――ああ、ならば。彼にとって、それが、何よりも優先するものであるのならば。

    『何を――』

     四脚型は、空中戦が不得手という常識は事実だ。だが、あくまで不得手であって、不可能ではない。予備動作なしに跳躍したこちらに、彼は反応出来ていない――これが彼の望みならば、容赦なく。

    『言って――』

     ――容赦なく、撃つ!

    『やがる――!?』

     空中からの、アサルト・ライフルの連射――着地と同時の、連装チェインガンによる掃射。私が、先程のように会話に応じると思っていたのだろうか。反応の遅れた≪ホワイトアウト≫を、大量の弾雨が襲っていた。

    『っ、の……ヤロ!!』

     苦し紛れの、グレネード弾。回避機動こそ強いられたものの、ただそれだけだ。榴弾の炸裂した範囲に、私の機体は既にない。榴弾の発射元、≪ホワイトアウト≫への急速接近。至近でのショットガンは脅威だが、左側面に回り込んでしまえば、射程の外だ。投網のように広がる散弾も、届くことはない。私が放つライフル弾だけが一方的に、≪ホワイトアウト≫の装甲を削っていく位置。彼がどれだけ動こうとも、機動力が違う。私は、側面に張り付いたまま、着実にダメージを重ねていける。

    『だあっ、畜生……!』

     機動力の差から、彼がこの場を抜け出す手段は一つしかない。彼にはあって、私にはないもの。オーバード・ブースト。そんなものは、承知の上だ。
     大きく展開された、コア背部の大型ブースト機構。それは、莫大な推進力を生み出すが――被弾には、極めて脆い。

    「……迂闊よね」

     わざと照準を外した、ハンドミサイル。この探知範囲が極めて広い弾頭は、明後日の方向へ発射することで、視界外から敵を狙う魔弾にもなる。そのミサイルが、≪ホワイトアウト≫を背面から襲った。丁度、オーバード・ブースト発動のために装甲を展開していた背面へと。
     威力それ自体は単なる小型ミサイルとはいえ、非装甲部分で炸裂すれば、只では済まない。ましてや、莫大なエネルギーを使用するオーバード・ブーストの充填中だ――当然のように、誘爆が発生する。
     グレネード弾の炸裂と見紛うほどの爆発が、≪ホワイトアウト≫の背部で生まれた。バランスを崩し、前のめりに膝をつくAC。背部から噴き上がる黒煙と火花。

    「二分五十四秒――三分以内で終わったわよ?」

1682/ Scene11.≪重い引き金≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/09/06(Sat) 23:02:17

    『へっ――まだ、終わっちゃいねぇよ』

     ――確かに、正確には終わっていない。≪ホワイトアウト≫は、まだ機能を停止していない。戦闘能力を失ってはいない。オーバード・ブースト機構の誘爆で頭部は半壊、腕部の挙動にも影響が出ているだろう。それでも、戦闘機動が不可能なほどの損傷ではない。≪ホワイトアウト≫は再び立ち上がろうとした。しかし、もう、終わっているのだ。
     連装チェインガンを、一連射。それは狙い違わず、≪ホワイトアウト≫を逸れて、その眼前の空間を貫いた。

    「動かないで――この距離なら、簡単に装甲を抜くわ。私の引き金は軽いわよ――次は当てるから」

     照準は、≪ホワイトアウト≫の機体中心にロックされている。≪ホワイトアウト≫のコクピットでは、ロックオン警報が鳴り響いているはずだ。頭部の損傷で故障していなければ、だが。

    「ジェネレータの火を落として、投降しなさい」
    『……手を上げて出てきなさい、ってか。出て行ったところで、縛り首にされるのが関の山だろ?』

     苦笑、或いは嘲笑の交じった溜息。それはそうだ。これだけ大規模な戦闘の只中で、投降を呼び掛けるなど、正気の沙汰ではない。いまこの瞬間にも、周囲では多くのACが入り乱れて戦っている。いつ、後ろから撃たれるか判ったものではない。
     けれど、私はそうせざるを得なかった。他の誰のためでもなく、私自身のために。

    「私が口添えするわよ。悪いようにはしないわ」

     自分の言葉に、うんざりする。なんと説得力に欠ける台詞だろう。こんなものを信じて、のこのこと出てくる人間がいるとは思えない。けれど、恐らく、助命嘆願は通るだろう――私に対する、人質として。

    『へっ、御咎めなしで解放にでもなるのか?』
    「そんなこと、あるわけないでしょう。トリニティは、C−LAWSの件から裏切りに敏感になってる。C−LAWSの依頼を受けて動いたレイヴンを、信用はしないわ」

     C−LAWSの抜けた穴を埋めるべく、在野レイヴンの囲い込みに必死になっているとはいえ、一定のラインというものがある。武装勢力の所属者は元より、思想的にガレル寄りと判断されるようなレイヴンなどは、排除対象に指定されている。それと同様だ。C−LAWSの依頼を受けて動いたレイヴンは、C−LAWSとコネクションがあると判断するだろう。いつ裏切るか判らないレイヴンを、戦力として抱えるリスクは冒すまい。

    「そうね……十中八九、ACは没収。市民IDを発行されて、クーロン・シティに住むことになるでしょうね。定期的な近況報告は必要だろうし、監視もつくかもしれない」

     三日に一回の連絡と、月に一度の出頭。シティ外へ出るには、事前の許可が必要となる――私の例から鑑みれば、こんなところだろう。暫くの間は、電話に混じるノイズや遠くからの視線に悩まされるかもしれない。

    『そりゃあ、結構なこったな。飼殺しってわけか』
    「だけど、平和に暮らせるわ――ガヴァナー君と一緒にね」

     これが、切り札のつもりだった。誰よりも彼の身を案じている、女の子のように線が細い、心配症の優しい青年。私などよりも、余程に彼への影響力は強いはずだった。
     それでも、次に彼の発した言葉は、私の期待を大きく裏切っていた――ある意味では、予想の通りではあったけれど。

    『……冗談じゃねえ。はいそうですか、なんて、簡単に愛機を手放せるわけねぇだろうが。俺ぁレイヴンだぜ?』

     ――レイヴン、レイヴン。C−LAWSといい、レイヴンズ=ケイジが崩壊してからというもの、集団幻想が流行ってでもいるのだろうか。
     勿論、自らの職業に誇りを持つことは大事なことだ。誇りを持たずして、良い仕事など出来はしない。それは、レイヴンに限ったことではない。一流レストランのシェフであろうと場末のラーメン屋であろうと、同じことだ。
     しかし、過ぎたるは及ばざるが如しという言葉もあるとおり。大き過ぎる理想は、それを負う者を滅ぼす。誇りに縛られて、本当に大事なものを見失ってはいけない。個人レベルで維持出来る最大級の力を持つとはいえ、所詮、レイヴンも星の数ほどある職業の一つでしかないのだ。
     私は、理想を追ってレイヴンとなったわけではない。力が欲しかったわけでもない――あの日、≪ゼカリア≫が演説したように、世界を変える力が私にあるなどとは思えない。仮にあったとしても、私の小さな掌には大き過ぎる理想だ。私は、私の両の掌に収まる程度の幸福が得られれば、それでいい。人は、各々の身の丈に合った理想を追うべきだと、私は思う――残念なことに、彼の意見は私とは異なるようだったが。

    「――……レイヴン、ね」

     溜息が、自然と口をついた。呆れではなく、諦めの。ほんの少しだけ、鼻の奥がつんとする。きっと、私と彼の道は、交点を過ぎてしまったのだろう。いっそ、寄り添ったまま永久に交わらない平行線であれば良かったのに。であれば、一線を越えさえしなければ、こんなに悩むこともなかったろうに。

    「――もう一度だけ、聞くわ」
    『あん?』

     だから、これは別れの儀式。彼とではない。私が、自分の気持ちを切り捨てるための質問。彼が頷けば、私はトリガーを引く――こうまで重いトリガーは、初めて人を撃ったとき以来だろう。
     全く――笑ってしまう。ガードとして幾人もの凶悪犯を射殺し、レイヴンとして、幾百にも及ぶ命を奪ってきたというのに。ただ一人の命に対して、こうまで躊躇うなんて。

    「貴方は、レイヴンとして――……≪スノウマン≫として死にたいのね? ストゥード=ロウとして、ではなくて」

     数秒の、永遠にも感じる間。心のどこかで、まだ、否定してほしいと思いながら、じっと耳を澄ませた。

    『はっ――生きる死ぬの話は、まだ気が早ぇよ』

     答えは、イエスでもノーでもなかった。肩透かしを喰らったような気分と共に、徐々に怒りが湧きあがってくる。状況を判断出来ないような、ルーキーでもないだろうに。見え透いた時間稼ぎだ。そんなものに耳を貸すのは、映画に出てくる間抜けな敵役くらいのものだ。
     彼が、あくまでレイヴンとして、この場を切り抜けようというのならば――もういい、覚悟を決めよう。ただ、トリガーを握る指に力を込めるだけ。それで、全てが終わる。この胸の痛みも、瞼の奥の熱さも、凍えそうな寒さも、全部消えてなくなる。私は、一人のレイヴンとして、≪スノウマン≫というレイヴンを殺すだけだ――それが、コルティア=デ=フェーベという一人の女をも殺すことになると、心底から判っていても。

    「……そう、残念ね。もう、遅すぎるくらいなのよ――」

1685/ Scene12.≪破局≫
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2009/02/25(Wed) 22:40:49

    Scene12.≪破局≫

     全てが終わる、そのときだった。レーダー上に唐突に現れた、自機に重なる蒼い光点。戦慄に、肌が粟立つ。上空に残っていた敵機の可能性はゼロではないが、不確実な可能性に命を賭ける気はない――ブースタを全開に、≪ホワイトアウト≫へ突進する。僅かに遅れて、自機の軌跡を追って砂に埋もれる銃弾の群れ。≪ホワイトアウト≫を自機と襲撃者との間に挟む位置へ達したのは、その掃射に捉えられる直前だった。
     同士討ちを恐れて、襲撃者の攻撃が僅かに途切れる。それも、本当に僅かな間だ。この機に棒立ちしているほど、≪スノウマン≫は間抜けなレイヴンではない。襲撃者の射線を開きながらも、こちらを側面から捉えるべく移動する筈だ。一転して、私が狩られる側になる。全く。撃つのを躊躇うと、碌なことがない――口許に微かに浮かぶ、自嘲気味の笑い。少しだけ、安堵している自分を発見して、音が鳴るほどに奥歯を噛み締める。

    「く……このっ!!」

     散発的に降り注ぐライフル弾は、時折、装甲を掠める。完全に、頭上に張り付かれている。こちらが≪ホワイトアウト≫を警戒しつつの機動であることを差し引いても、敵は一定以上の腕と、こちらと同等以上の機動力を持ち合わせている。トップアタックという戦術と併せれば、C−LAWSの二機、そのどちらかということになる。火力からして、≪キリー≫ではなく≪スリートゲイザー≫だろうか――≪鬼羅≫よりはマシにせよ、この状況で相手にするには厄介極まりない。

    『――言ったろ? まだ終わっちゃいねぇ、って』

     加えて、中距離から牽制を繰り返す≪ホワイトアウト≫の存在。投網のように広がる散弾は、一撃の威力こそ大きく減衰しているものの、着実にこちらの装甲を疲弊させていく。お得意の近距離戦を挑んでくれば、まだ、乱戦に持ち込んで活路も開けるのだが――全く、以外に賢しい戦い方をする。彼がこんな戦いをするとは、知らなかった。突進するイメージしか持っていなかったけれど、認識を改める必要があるやもしれない――その機会があれば、だが。
     ≪アリオルムナス≫が着地する隙に離脱しようとしても、≪ホワイトアウト≫が抜け目なくその隙を埋める。このままでは、悲鳴を上げっ放しのジェネレータかラジエータが、近いうちに限界に達する。そうなれば、目出度く鴉の死体が一つ出来上がる。それは御免だ。

    「ここには道路はないわよ、≪ストリートゲイザー≫!」
    『……死ねばいいのに……』

     ぼそりと呟く、中性的な女性の声。けれど、挑発に乗っては来ない。トラッシュ・トーク程度で場を切り抜けようというのは、やはり、甘かったか。これが≪キリー≫であれば、結果は違っていただろうが――まあ、IFの話をしても仕方がない。
     敵は、例の偽物を除いて十二機。こちらは、爆撃で一機が撃破されて九機。脱落者が出ていなければ、単純計算で、誰か三人が二機を相手に戦う必要があるが――それが私とは、何とも貧乏籤を引いたものだ。かといって、私が墜ちれば、この二機がフリーとなって、雪崩現象が起きかねない。ここは、何としても踏みとどまらねばならない場面だ。それが可能かどうかは別として、だが。

    「大体っ……MTはどうしたのよ!」

     リヴィエラやフロストなどと、贅沢は言わない。鉄騎や殲撃で構わない。この際、十六式戦車だって文句は言わない。僅か一機でも味方機の援護があれば、態勢を立て直して、もう少しマシな戦いが出来るだろう。

    『≪天山≫と一緒に半分近くが吹っ飛んで、生き残りは敵ACに吹っ飛ばされつつある。余剰戦力はない』
    「なら、地上艦の援護は!?」
    『≪高雄≫は爆撃でグレートウォールあたりまでぶっ飛んだ。≪蓬莱≫は"破壊屋"にスクラップにされたよ』
    「ああ、そう!! ゲヘナで焼かれろ、この"――"野郎!!」

     淡々と事実を述べるオペレータに、込み上げた怒りを叩き付ける。戦力不足なのは、オペレータの所為ではない。とはいえ、何かに悪態でもつかなければ、やっていられやしない。

    『遅かれ早かれ、CDCにも火が回る。御望み通り、じきに焼かれるよ』

     背筋を、氷の塊が滑り落ちていった。そうだ。≪天山≫のオペレータは、あの燃え盛る巨艦の中に在って、今も戦闘管制を続けている。脱出もせず――いや、出来ないのか。艦の中枢たるCDCは、堅固な装甲に護られ、艦の深部にある。安全でこそあるが、脱出は極めて困難だ。

    「――っ、そう。私が生き残れたら、祈ってあげるわ。あなた、名前は?」
    『レイモンドだ。レイモンド=モナガン』
    「オーケー、レイ。じゃあ、私が生き残れるよう祈ってて」
    『……期待しない方が良さそうだな』

     ――憎らしいほどに、その通りだ。貧弱な内装関係のツケか、≪アリオルムナス≫と≪ホワイトアウト≫の連携が慣れてきたのか、被弾量は急激に増加しつつあった。散弾とライフル弾が、断続的に装甲を叩いている。じきに、疲弊した装甲は音を上げ、砕け散るだろう。オーバード・ブーストを持たない≪シデロス・アラクーネ≫では、緊急離脱からの仕切り直しは出来ない。これまでは、500km/h近い通常ブースト機動で、それを補ってきた――そう、これまでは。速度と腕で勝る敵を相手とするのは、初めてだ。まあ、いい。何事にも、初めてはある。料理にも、性交にも、戦闘にもだ。問題は、二度目があるかどうか。ただ、それだけだ。この分では、二度目が訪れる可能性は低そうではあったが。

    「ならっ――!!」

     このままではジリ貧、ならば。こちらから、仕掛けるしかない。賭けにはなるが、受け身のままじわじわと嬲り殺しにされるよりは、まだ可能性がある。
     機体をやや大きめに振って、≪ホワイトアウト≫の方向へとハンドミサイルを撃ち放つ。LOAL能力を持つこのハンドミサイルは、回避機動中に適当に発射しても、敵を捉えてくれる。案の定、定期的に装甲を叩いていた散弾の雨が、僅かに途切れる――ここで、仕掛ける。
     右前脚を砂に突っ込ませ、つんのめるように急制動をかける。急激にGのかかった身体と、ブレーキ代わりにされた愛機の脚部が悲鳴を上げる。

    「っ、のぉっ……!!」

     右前脚を支点に、急制動された速度の慣性が回転モーメントへと変化する。結果、≪シデロス・アラクーネ≫は本来の旋回性能を超えて、常識外の速度で急反転する――脳をシェイカーに放り込まれたような感覚。酷使に耐えかねて、膝関節から捻じ切れる右前脚。だが、それがどうした。こちらの旋回速度に対応し切れなかった≪アリオルムナス≫の姿が、目の前にある。なんとも素晴らしい光景だ。

    「……やっと拝めたわね、C−LAWS……!!」

     反射的に引いたトリガーと、二門のチェインガンから吐き出される重厚な火線。≪アリオルムナス≫はマルチブースタで回避を試みたが、僅かに遅い。上方への掃射は、≪アリオルムナス≫の左側面を、脚部から肩まで、万遍無く舐めるように襲っていた。バランスを崩しながらも、急速に距離を取る≪アリオルムナス≫。致命傷こそ与えれなかったが、少なくとも、左腕のブレードと肩部レーダーは使い物にはならないだろう。

    「あはっ……へへっ」

     ――やってやった。C−LAWS相手に、一矢報いてやった。C−LAWSの全員が化け物なわけではない。そう判ってはいても、頬が緩むのを抑えられない。私でも、C−LAWS相手に戦えるのだ――その油断の、過信の報いは直ぐに訪れた。

    「くっ……!?」

      機体を襲う、猛烈な衝撃。爆風に包まれる機体。状況も判らず、その場を離脱した私は、自らの迂闊さを呪った。急速に距離を詰めつつある≪ホワイトアウト≫の、グレネードライフルの砲口から、僅かに砲煙が漂っていた。
     アサルトライフルで弾幕を張って後退しながら、コンソールを叩いて損傷を確認する。左腕部が半ばから千切れ、消失している。グレネードの直撃を受けて、この程度で済んだのは僥倖だろう。やや距離があったのが幸いした。先の攻防でオーバード・ブースト機構を破壊していなければ、左腕だけでは済まなかったはずだ。

    『へっ、借りはきっちり返したぜ!』

     ――二対一で、ね。心の中だけで、混ぜっ返す。実際のところ、私は善戦しているはずだ。≪ホワイトアウト≫と≪アリオルムナス≫に与えた損傷を合わせれば、こちらのダメージを上回っている。もっとも、それが何の救いになるわけでもない。脚を一本失い、ハンド・ミサイルごと左腕を吹き飛ばされた。装甲の損耗も、そろそろ限界だ。
     正面から迫る、≪ホワイトアウト≫。連装チェインガンで弾幕を張って、後退を試みる――それも、態勢を立て直した≪アリオルムナス≫が左側面に回ったことで、画餅に帰した。同じ事の繰り返し――いや、余計に状況は悪い。三本に減った脚部では、先刻までのような細かな機動は難しい。トリッキーな機動で意表を突こうにも、二度、同じ手が通じるとは思えない。
     状況は最悪に近い。だが……まだ、駄目だ。戦場で戦っている味方には、それなりの義理がある。同じ撃破されるにせよ、一秒でも長く保たせれば、それだけ味方の負担は減る。その程度のことは、やってみせなければなるまい。上手くすれば、手の空いた味方の増援が間に合うという可能性もある。ならば。

    「……ま。時間稼ぎ程度なら、ね」

     ≪アリオルムナス≫は兎も角、オーバード・ブーストの使えない≪ホワイトアウト≫では、≪シデロス・アラクーネ≫の全速には追い付けない。腕と脚が一本づつ減ったことで、幾らか速度とエネルギー効率も上がっている。逃げに徹すれば、多少の時間は稼げるはずだ。≪アリオルムナス≫に回り込まれる心配はないだろう。機動力はあちらが上とはいえ、真直ぐに後退すれば、曲線を描いて側面から回り込む≪アリオルムナス≫よりも、こちらの後退が早い。そうと決まれば、全速後退と洒落込もう。
     後進に転じた直後、≪アリオルムナス≫からの射撃が集中する。回避機動も蛇行も行わぬ、直線的な後退。≪アリオルムナス≫からしてみれば、格好の的に違いない。そんなことは、承知の上だ。ライフル弾が装甲を穿つ音が、立て続けに響く。≪アリオルムナス≫の鼻先を突っ切るまで、保てばいい。

    「……火力低くて助かったわね、本当」

     グレネードの直撃を受けて疲弊した装甲が、連続の被弾に耐え切れるかという懸念は、どうにか杞憂に終わった。ややトップアタック気味の≪アリオルムナス≫からの射撃は、大半が左腕の残骸を穿っていた。半ばで折れた腕が、完全にスクラップになろうが知ったことではない。無事、≪アリオルムナス≫の弾幕を突破し、二機の敵を前方に捉えることに成功したことが、何よりも重要だ。
     ――とはいえ、このままでは直ぐに≪アリオルムナス≫に距離を詰められる。回避機動を強いられれば、≪ホワイトアウト≫にも追い付かれる。ならば、どうするか。≪アリオルムナス≫に、回避機動を取らせればいい。
     コンソールを叩き、連装チェインガンの射撃モードをマニュアルで変更する。トリガーを引くと、右肩の砲門のみが火線を吐く。装填された弾が尽きれば、今度は左肩の砲門が唸りを上げる。兎も角、撃ち続けることが大事なのだ。それに、片側一門づつの交互射撃なら、連戦で心許ない残弾を節約することにもなる。

    「出血大サービス、ってね……」

     残弾カウンターが、一瞬で吹き飛んでいく。連装チェインガンを撃ち尽くせば、仮にこの場を切り抜けたとしても、≪シデロス・アラクーネ≫は余程の贔屓目を以てしても、戦力として勘定するには難しい状態となるだろう。それでも、一瞬でも長く生き延びることが重要だ。事実、相応の効果はあった。≪ホワイトアウト≫との距離はショットガンの有効射程以上に開き、≪アリオルムナス≫は回避行動のため、速度の優位を生かし切れていない。連装チェインガンの大口径弾は、軽装甲の≪アリオルムナス≫には致命傷となりかねない。慎重になるのも、已む無しといったところか。
     これならば、まだ保たせられる。その安堵が、僅かな隙を生んだ――いや、万全の注意を払っていても、同じことだったろう。
     唐突な浮遊感。それに違和感を覚える間もなかった。500km/hもの速度が一瞬にしてゼロとなり、強烈なGが私を襲う。慣性という単純な物理法則は、暴力的なまでの圧力となって肺腑を押し潰し、空気の最後の一滴に至るまでを搾り取っていった。
     一体、何が。遠のく意識を懸命に繋ぎながら、涙で滲む目を凝らす。そして、私は原因を知った。先刻の爆撃で出来た、巨大な爆弾孔――そのなかへと、≪シデロス・アラクーネ≫は堕ちていた。

    「こんなっ……!!」

     反射的にブースタを吹かし、穴底へと沈みかけた機体を地平へと持ち上げた――その時だった。

    「うあっ!?」

     幾度経験しても慣れる事のない、強烈な激震。鋭い痛みが、額に走る。気付けば、視界の半分が紅く濡れていた。被弾の衝撃で割れたコンソールの破片が、右のこめかみから額の中央にかけてをぱっくりと切り裂いていた。
     蟻地獄の如く、すり鉢状になった爆弾孔。即席の塹壕としては悪くはないが、ここから脱出するのは容易なことではない。迂闊に頭を出せば、狙い撃ちになる。穴の縁から敵影が覗くと同時に、トリガーを引くしかない。といって、このままではジリ貧だ。残弾は心許ないし、何より、敵は二機。二方向から同時に迫られれば、どうにもならない。
     僅かに覗いた白い機影を、チェインガンの掃射で追い払う――と、同時に、背面装甲にライフル弾が喰い込んだ。こちらの旋回と同時に、遠ざかる≪アリオルムナス≫――そして、穴縁に舞い戻ってきて、散弾を浴びせ掛ける≪ホワイトアウト≫。二機の連携に、成す術もない。

    「これは……駄目、かな?」

     判っていたことだ。一対一でも持久戦に持ち込むのが精一杯の相手に、諸々の問題があるとはいえ、一定レベルの実力を持つフォローが入っている。勝利を収めるのは不可能ではないとはいえ、それに近い、多くの幸運と離れ業を必要とする難事だった。
     つまるところ――チャンスを逃したのだ、私は。≪アリオルムナス≫が距離をとって、二機の連携が途切れた一瞬。その、二度とは得難い貴重な瞬間に、私は間抜け面で笑みを浮かべていたのだ。度し難いほどに愚か。
     だから、きっと。この結果は必然に違いない。



1614/ ホムンクルスって何?
・投稿者/ トーリス・ガリ
・投稿日/ 2007/11/26(Mon) 20:25:13

     ホムンクルス。
     人の創りし新生命。
     しかし神ならぬ者達は、その全てを知ることは出来ない。
     生命の神秘を知らぬ者に創造された彼らを本当に知る者は、やはり創造の根本たる神唯一人なのか。
     猿真似ごときでは神に近付くことなど出来ぬと、神は人を嘲笑うか。
     人は、それでも神を追い続ける。



     ある日のガーデン、昼休みのことだった。
     食堂「やましたやま」で昼食の「あんかけカレーチャーハン」を完食した春紀代は、
     食器を返すべく、絶え間なく響く水音へと足を向けていた。

    「ごちそっさーん」
    「ありがとうございまぁす」

     皿を洗っていたテルマに食器を渡す。
     瞳の色からして現在はエイムであるようだ。

    「……うーむ」
    「……?」

     突然彼女の顔を凝視する春紀代。
     エイムはせっせと皿を洗いながら、きょとんとした笑顔を向ける。

     いつも何気なく見ている顔だが、初めて見た時は流石に春紀代もその目を疑った。
     某殿様もソニックブームが発生する勢いで逃げ出すようなRGB全て255の純白人型生物を見れば、誰だって普通は驚くというもの。
     同時に面白くもあったわけだが。
     だがしかし、慣れとは恐ろしくも素晴らしきモノ、今では当然のようにそれとタメ口で会話をする。

    「なぁ、自分ってナニモン?」
    「へぁ???」

     きょとんとした笑顔からクエスチョンマークがポコポコと現れる。
     春紀代は相変わらずその表情を凝視している。

     春紀代はよく知っている人物だし、特に疑問も無く今まで接してきている。
     某殿様もソニックブームが発生する勢いで逃げ出すようなRGB全て255の純白人型生物からしても、
     そんな人に突然「何者だ」などと言われれば首も傾げたくなるというもの。
     自分で問いかけたこともあったが。
     だがしかし、生活サイクルとは恐ろしくも素晴らしきモノ、ごはんを食べてぐっすり眠れば次の日には綺麗に掃除されている。

    「あっ、あのー……ハルキヨ君……そのー、後ろぉ……」
    「んあ?」

     はっ、と何かに気付いて申し訳なさそうに言い渋っているテルマ。
     振り返れば、同じく昼食を食べ終わった生徒達が、後ろに列を作って待っていた。
     先頭には『モブ2号・朝比奈 千尋』の無言のプレッシャー。

    「あだだぁ、やっぱ後でええわー」
    「う……うん、わかった……?」

     「どうもどうもー」と苦笑いをしながら愛想を振りまいて足早に去っていく春紀代を眺めながら、更に首を傾けるテルマ。
     しかしそれも束の間、2号さんの無言のプレッシャーの刃先が、今度は彼女に向けられていた。

    「放課後ー、屋上なー」



1634/ 自分でわかんないの?
・投稿者/ トーリス・ガリ
・投稿日/ 2008/01/06(Sun) 21:24:54

    「何も無いようならHR終了、気をつけて帰るのよ」

     授業が終わり、リゼル教員の一声と同時に賑やかになる教室。
     放課後、他の生徒達が帰路へと足を運ぶ中、テルマは一人逆方向へと進んでいく。
     向かうは屋上、春紀代が何を考えているのかよくわからないが、
     というかわからないので、とりあえず行って確かめてみる。

    「……ふーぅ、着いたぁ、でも帰りてー」

     屋上、少しオレンジがかった空の下。
     辺りを見回してみると、隅っこで寝転んでいる春紀代以外は誰もいない。
     先程とは違い、目が赤い。
     テルマは現在、ミアが主導権を持っている。
     エイムは座学を終えて休憩中。

    「おー、来た来た」

     呑気にそんなことを言ってジェスチャーでテルマを呼ぶ。
     「自分から来い」と言おうと思ったが、今はこちらから向かった方が早そうだ。
     テルマはかけ足で春紀代に近づいて行った。

    「……で? ナニモンってなんだよ?」

     意識はしていないだろうが、ピンと背伸びをし、後ろに手を組んで首を傾げる仕草。
     春紀代は人間か否かを抜きにして普通に可愛いと思った。

    「んー、ふと思ったことなんやねんけどな」
    「ふと思ったことを言うためだけにわざわざ屋上まで呼び付けるな」

     が、口を開けばまずツッコミ。
     言動は可愛げ無い。

    「ほら、ホムンクルス言うとるやん?」
    「うん」
    「でもさ、わからんやん、具体的にどんなモンなんかってさ?」

     疑問を率直にぶつける春紀代。
     回りくどい言い回しをあまり好かない彼らしい、定規で引っ張ったような直球。
     だが、それを聞いたミアはいかにも面倒だという顔で溜息をつき、

    「……なこと言われたってなー、ボクだって『人工生物』としか説明できねーんだもん」

     と、残念な回答。
     春紀代に悪気があるわけではないことはわかっているし、黙っている理由も特に無いので口を開いたが、
     開いたところで出てくるのはこの程度。

    「あー、ミアじゃわからんわな、エイムは?」
    「殴るぞコノヤロー! ……エイムは座学で疲れてお休み中だよっ」

     回りくどい言い回しをあまり好かない彼らしい、定規で引っ張ったような直球。
     しかしというかやはりというか、顔をやや赤くしたテルマは見事に図星を射抜かれていた。
     エイムがいないなら壷だ、と思う春紀代であったが、恐らくロクなことにならないので行動には移さなかった。

1635/ コレってもしかしてアレ?
・投稿者/ トーリス・ガリ
・投稿日/ 2008/01/06(Sun) 21:25:30

    (……なんということだ……アレははるきよ君ではないか……!)

     屋上入口裏にてスネークしているのはOVACG裏支配者ピアチェーレ。
     最新式の『One Winged GOD TASHIROS』略して1WGTカメラを携えている。
     フライデーするつもりだ。

    (若い男女が屋上で二人きり……この状況で考えられることなんて他にありますか? いいえ、ありません!)

     白い小さな身体がパタパタと駆け足で春紀代に近付いていく。
     全く息を切らす様子が無いのは流石新生物といったところか、体型と体力がまるで一致しない。
     どっこらせと立ち上がる春紀代に接近し向かい合い、ピンと背伸び、後ろ手に組んで首を傾けるポーズ。
     赤目ということはミア、かなり女の子している。

    (あ、あのポーズ私の前ではやってくれないじゃないですか! これは高く売れるかも?)

     ズームインしてパシャパシャと連続撮影、携帯端末に接続してバックアップも抜かり無い。
     小動物のような丸く愛らしい瞳と、マニアというかヲタの心をくすぐる長い耳、異種を象徴するような白い肌、護ってあげたくなるような小さく細い体つき。
     比較的容姿端麗な女子が多いガーデンにおいて尚、唯一無二のジャンルを確立していると言っても過言ではなかろう。
     そんな彼女の写真ならば欲しがる者も決して少なくない。
     だからこそ、

    (……やややや、これは私と仲間達だけの秘宝にしちゃいましょうか! 行動力の無いクレクレさん達にはあげないのですよ!)

     不入虎穴不得虎子、冒険を知らぬ者には理解できないであろう。
     真の感動、それは宅配便で送られてきたり、回線を通じて画面に表示されたり、金で釣ってバラ撒かれるものではない。
     手に入れるまでの過程もあって、初めてロマンとなるのではないだろうか

    (ま、そういうわけですよ……あ、動いた)

     何やら顔を赤くしているテルマ。
     ミアのことだ、照れ隠しに怒って誤魔化しているのだろう。
     非常にわかりやすいシチュエーションだ。
     春紀代が屋上から、少し夕日に染まった景色を見上げる。
     同じくテルマも屋上の外を見上げ、隣り合う形になった。
     二人とも後姿なので表情などは確認できないが、恐らく満更でもないのだろう。

    (おおー! これは確実にフラグ立ったー!)

     この手のイベントは何度かフライデーしているが、まさかこの二人がとはピアチェーレも思っていなかった。
     それだけに、今日はカメラも一段と忙しい。
     心躍らせながら撮っていると、再び被写体が動き出した。

    (……っととととととマズイ! こっちに来る!?)

     幸いこちらには気付いていない。
     今の内に逃げなければ。
     が、しかし、

    ゴト……

     足元に消火器があったことをすっかり忘れていたピアチェーレは、お約束のようにつまづいていた。

1645/ 今何が起こったの?
・投稿者/ トーリス・ガリ
・投稿日/ 2008/01/23(Wed) 00:07:34

     結局テルマがナニモンなのかわからなかった春紀代。
     わからないのに長居をしてもしょうがないので、とりあえず帰ることにしよう。

    「帰ろか」
    「うん」

     というわけで、空に背を向けて歩き出す。

    ゴト……ゴロゴロガタドタトダゴロタタダドカガブシュゥーーーーーーーーーーーー!!

     直後、入り口で鳴り響く明らかに異常な音。
     当然春紀代もテルマも駆け足になる。
     白い煙が大量に漏れている様子に顔が強張る二人。
     無闇に突っ込まず、まずは様子を見ることにする。

    「クソッタレ……お前目ええんやろ? 見えんか?」
    「無茶言うなよ……!」

     文句を言いつつも目を凝らして中を見ようとするテルマ。
     だが、確認しようにも真っ白で何も見えない。
     目で見えないなら耳で聴けと、二人は神経を聴覚に集中させる。

    「なんか声がする……」

     人の声だ。
     噴射音で聴き取り難いが、声色とトーンからすると女の子が錯乱しているように聴こえる。
     強張っていた二人の顔はいよいよ険しくなる。

    「……こらヤバイで、なんやようわからんけど」
    「おい! 聞こえるか!? 大丈夫か!?」

     反応が無い。
     確かに声は聴こえたはずだが、応答が無い。
     階段から落ちたかとも思ったが、それならもっと音が鳴るはず。
     煙を吸ったか? 咳き込む声は無かったので恐らくはそれも違う。
     では何があった? この煙は一体何なのだ?

    「もうしゃーないわ、”面白れぇモン見せてやる!”」
    「おっ、おいハルキヨ!?」

     次の瞬間春紀代が発した言葉はコアワード。
     何が起こったかは問題ではない。
     事態は恐らく最悪、今は女の子を助けるのが先決だ。
     コアデバイスが光り、魔力と科学力の一つの結晶体ともいえる鋼の衣が現れる。
     ACSを起動したのだ。

    「あっ、ちょっと! 置いてくなよ!」

     コアワードを唱えようとデバイスを手に取るテルマに対し、春紀代は「ちょお待った!」と静止する。
     その春紀代の行動が意外だったのか、テルマは驚いた様子で鎧に包まれた春紀代を見た。
     いや、静止されたからではなく、いつものおちゃらけた表情ではない男の顔に言葉を忘れたのかもしれない。

    「自分はそこにおれ! んで……えーっと、誰でもええから助けを呼ぶんや!」

     いつもはヘラヘラしている春紀代だが、なんだかんだいっても真面目で頼もしいヤツ。
     切り込み隊長玖倉春紀代は煙の中に飛び込んでいった。

1649/ 無事だった? ダメだった?
・投稿者/ トーリス・ガリ
・投稿日/ 2008/03/03(Mon) 00:23:20

    「っだぁ〜クソッ、何なんやコレ……!」

     噴射音だけが不気味に響く。
     春紀代は煙の充満する階段の中にいた。

    「せめてなんかかんか返事してみぃや……!」

     恐らく巻き込まれているであろう女の子に対してかけたつもりのその言葉も、返事が無ければ独り言。
     淡い期待も間も無く撃沈、出てきてくれないなら自力で引っ張り出すしかなかろう。
     まずは噴射音のする方向へ向かう。
     学校の階段とはいっても、ガーデンはスケールが違う。
     バスの一台程度なら軽く納まってしまう広さが、今はじれったかった。

    「この……足元のコレやな?」

     煙を噴射する何かを恐る恐る手に取ってみる。
     それは円筒型の天辺に何かの器具とホースを付けたような形状。

    「あ〜はいはい、見ることはあんねんけどなぁ〜、触ったことなんか殆どあらへんしなぁ〜、てか最近のってば結構持続時間長いわぁ〜、よう出んねんなぁ〜……」

     持ち上げて近くで見てみると一目瞭然。
     春紀代は緊張していた肩を安心させ、感想を述べる。

    「消火器かーい!! ……あ、止まった」

     意外な犯人にノリツッコミも決まったところで、これなら本題の女の子は恐らく大したことは無いだろう。

    「……マジでおらへんか? 「ゴメンネ〜、今考えたらぁ、やっぱり空耳だったよ♪」いうオチやない?」
    「聞こえてるぞバカヤロー!」

     突如聞こえた女の子の声。
     が、噴射音が止んで聞き取りやすくなったテルマの声であった。

    「ボクはそんなぶりっ子みたいな喋り方しないぞ!」
    「ええやん、今からソッチ系のキャラで売り出せば。まぁそれはええんやけど……女の子なんておらへんで?」

     ACSを解除しつつ、周りを確認する。
     気が付けば視界もだんだんとよくなってきている。
     しかし、いるのは自分と屋上から中の様子を伺うテルマのみ。

    「下の方は? 踏み外して落ちたとかなら洒落になんないだろ?」
    「それは無いわ、落っこちるような構造ちゃうやん」

     落ちたとしても、階段を転がって一つ下の階で止まるだろう。
     手すりが無いはずがないので、乗り越えようとしない限りは一直線に落下などありえない。
     一つ下までの階段の長さはそれ程でもないし、角度も急ではない。
     比較的安全な上に見回せばすぐわかる。

    「となると、やっぱ「ゴメンネ〜、今考えたらぁ、やっぱり空耳だったよ♪ えへ♪」やな」
    「クネクネするな! 「エヘ♪」とか言うな! ボクは絶対聞いたからな!」

     テルマが勢い余って(?)「エヘ♪」を真似したあたりは春紀代を評価すべきだろう。
     だが誰もいなかったとすれば一つ疑問が残る。
     「無人の状態で消火器が勝手に暴れ出しました」これは誰が考えてもおかしい。

    「……まぁええか、幸い煙の原因もただの毒ガスやったわけやし、いないとこ見たら多分女の子も大丈夫やろ」
    「毒ガス!?」
    「嘘やて」
    「お前ホントぶん殴るぞ」

     さっきから白い顔が赤くなったり戻ったり、紅白饅頭のようで非常にめでたい。
     ミアをからかうのは本当に楽しいと感じる春紀代であった。

1667/ 今日は何の話?
・投稿者/ トーリス・ガリ
・投稿日/ 2008/05/05(Mon) 22:57:30

     リゼル教員は今自分が直面している状況を把握できないでいた。
     いや、なんとなくわかってはいるが、わからない事にして帰りたかった。

    「……何コレ?」

     辺り一面塗って固めたような白の世界。
     即ち、粉まみれ。
     空っぽで粉まみれの消火器が転がり、足にコンとぶつかる。
     床も壁も天井も全部白いのはこの消火器のせい、それはいい。
     呼びつけた当人がいないということが、リゼル教員には問題だ。
     詳しい話は後ですると聞いたから緊急の用だと思って来たのだが、どういう訳か白の世界はもぬけの殻であった。
     呼びつけた相手が真っ白なので溶け込んでいるのかなどと冗談めいたことが浮かんで目を凝らしてみるが、いるわけもない。
     ただ、あながち冗談というわけでもなく、彼女がガーデンに入った年の冬に一度だけ、白い服を着て雪に紛れて行方不明になったことがあるので油断できなかった。
     しかし今回は冬でもなんでもなく、制服も真っ白ではないのでそれはいくらなんでもありえない……はずだ。

    「……掃除しろっていうの?」

     心底疲れたと訴えかけるようなカメラ目線……いやいや、カメラなど無い。
     故にここにはリゼル教員ただ一人、答えてくれる人はいない。
     深い溜息をついて、

    「やるかぁ、仕方ない……」

     と、屋上入り口のモップに手をかけた。




    「ただい……むエェー!」

     テルマは帰宅早々叫んだ。
     叫んだ理由はいつも通りの悪友ピアチェーレ。
     壷の隣にマイ座布団を持って来て、座ってお茶を飲んでいた。

    「なんでいるんだよ!?」
    「いつものことじゃないですかー」
    「なんでいつもいるんだよ!?」

     だがテルマがぶつけたその質問は、後ろの人に掻き消される。

    「ちょー、ミア、はよー中入ってや」
    「なんでお前もいるんだよ!? 女子寮に!!」
    「なんとなく」

     その辺りについてガーデンは大らかなのだろうか。
     ちなみに春紀代はピアチェーレとテルマよりも一年後輩。
     先輩を呼び捨てにしてタメ口で話しているが、その辺りもいいのだろうか。
     尤も、テルマは体型からして十八歳にはとても見えないので、先輩としての威厳も何も無いのだが。
     テルマもテルマで「なんでいつもいるんだよ!?」と言いつつ、追い出しもせずに普通に部屋に入っていく。

    「あらら〜、はるきよ君来ちゃいました?」

     春紀代の姿に気づいたピアチェーレは、口元に手を当て何やら異様に嬉しそうなソプラノボイスで言う。
     いつも来ているのに何故か今日に限って反応が違うピアチェーレに、テルマと春紀代は頭からクエスチョンマークを出さずにはいられなかった。

    「ハルキヨ、珍しくお前に目がいってるぞ」
    「俺なんかしたん?」
    「うんうん、なんでもないのよ、なんでも♪ うふふ」

     だがピアチェーレの目は春紀代とテルマを交互に映す。
     「なんでもないわけないじゃないですかー♪」とその目とその表情が強く言っている。

    「あれー? なんでボクの顔も目に入るのかなー?」

     そんな目で見られるとテルマは当然不安になる。
     今までが今までだ、隠れるように早足で暗い路地裏を歩いていた時代とは打って変わって、(未だに多少のいじめはあるものの)この女の手によって立派なネタキャラに仕立て上げられてしまった。
     それほどの曲者が自分に熱い視線を送ることの意味は……

    「あ、そうだ、面白いネタ持ってきたんですよー」

     そんな不安を塗り潰して無かった事にするかのように唐突に話題を変えるピアチェーレ。
     それは、どこにでもあるようなスタンダードな話題であった。




    「あぁーもう……明日ミアに会ったら絶対言ってやるんだから……」

     掃除を始めてから何度溜息をついただろうか。
     独りでやるには流石に広いこの階段、現在白い空間は三分の一ほど片付いた。
     空気を相手にブツブツと愚痴を続け、掃除も続け、嫌気が差してきたが、もう暫く終わりそうもない。
     すると下から足音が聞こえてきた。

    「……ん、誰か来る」

     こんな時間に屋上まで来る人間というのも珍しいものだ。
     そんなことを考えつつ、階段から下を覗いてみると、そこには……

1678/ や る の ?
・投稿者/ トーリス・ガリ
・投稿日/ 2008/08/06(Wed) 17:23:14

     面白いネタと聞いてミアが面白いと感じたことは殆ど無い。
     今回も恐らくその例に漏れないだろう。

     1.面白い物を見つけて自慢する。
     2.変な道具を手に入れてミアを実験台にする。
     3.珍しい情報を仕入れて自分達を巻き込む。

     大抵この3つのどれかだ。

    「うん、面白いね。ところで話題を変えようか」
    「ミアちゃんひっどーい、ミアちゃん辛口ー、まだなんにも言ってないのにー」
    「悪いけど言わせないよ? 阻止するよ?」

     テルマは真顔、頬には汗を一筋。
     1はともかく、ネタの内容が2か3なら、その先に修羅場が待っていることは想像に難くない。
     だが切なくも、その修羅場から逃れることが叶わないと、実は薄々勘付いている。

    「えっとねー、ガーデンで最近」
    「あぁーーーーー!!! わぁーーーーーーーーーーーー!!!!」
    「マジで必死やなミア」

     それでも砂漠でビー玉を見つけた自分ならきっとなんとかできるはず。
     そう信じて妨害する。

    「ほい、焼きそばパン」
    「ごムゥ!?」

     だが、必死に叫ぶテルマの口に、春紀代が購買部で買った焼きそばパンが突っ込まれる。

    「ガーデンで最近、壊れてたまま手が付いてなかった設備がシッカリ直ってたり、汚かった美術室とかが鬼姑もビックリなくらいキレイに掃除されてたりしてるっていうのは知ってますよね? 焼きそばパンおいしそー」
    「ああ、それ絡み?」
    「うん」

     ピアチェーレが言うには、その一連の快現象もとい怪現象が、ツナギを来たいい男もとい大男の仕業なのだという噂が流れているらしい。
     噂ではあるが、今回は実際に起こっている現象を否定することが出来ないし、おかしなオバケやUMAが出て来ない分現実的ではある。
     そしてネタとしても良質。

    「いっほっへお、オフはえっはいおああいはああ」

     「言っとくけど、ボクは絶対乗らないからな」と言っているようだ。

    「なになに? 「一緒に行くよ。ボクもすっごいやりたいな」ですね? OKOK」
    「はぁ!?」

     なんだかんだで焼きそばパンをモグモグと食べながら言った言葉は、ピアチェーレにエキサイト翻訳された。
     誰がなんと言おうとピアチェーレにはそう聞こえたのである。
     実に便利な聴覚である。
     ちなみに春紀代はテルマが何を言ったのかさっぱりわからなかった。
     言いたいことがあるなら食べ物を飲み込んでから言いましょう。

    「で、そないな話持ち込んできたーいうことは、やっぱり?」
    「モチロンそういうことでしょー」
    「二人とも出てってくれ」

     ピアチェーレが集めてきた情報では、この広いガーデン内で汚れている場所や設備が壊れている場所は思ったよりも少ないらしい。
     その辺は流石ガーデンといったところだろうか。
     既に作戦内容も考えており、ピアチェーレ特製の量産小型1WGTカメラを設置して放送室でモニタリングするといった、異常に金のかかるやり方でいくという。
     こうしてテルマの願いは遠く及ばず、謎のいい男もとい大男の捜索は決行されることとなった。

    「はい! なのでー、明日の放課後美術室集合ね。カメラ設置するから。すっぽかした人はね……そうねー……次の日目が覚めたらウシュグル・チェルツァの樹海にいるかもよ」

     御機嫌な笑顔はいつものことだが、それだけに本当にやってくれそうで恐い。
     少なくともすっぽかしなどすれば何らかの絶望的ジャッジメントが待っているに違いないので、明日は素直に美術室に向かった方がよさそうだ。

    「じゃー解散!」
    「へーい」
    「……」

     テルマはがっくりとうなだれて軽い放心状態、春紀代はいつもどおりのノリであった。



1530/ Another wor'.L.'d(OVA-LR)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/15(Sun) 17:39:11

    wikiの使い勝手が何かあまりにもアレだったもんだから、やはりこちらに投下。っていうか本文投稿しようとしたらエラーってどういう(ry


    というわけでLR終了から暫く経つもんだから、いい加減ネタばらしをしておこうと思う。
    しっかりと終わる保証は何処にもない。雲隠れ雲隠れ。

    読み方
    このスレッドに返信されているのが本筋になります。主に企業側レイヴンの視点を中心としています。
    ○.2=ドクターストップのお話です。
    ○.4=リンのお話です。
    ○.6=在野レイヴンのお話です。
    ○.8=レイヴン以外のお話です。

    注意事項
    ・作者の過去作(ネタ系小説)のイメージを崩したくない人はご遠慮下さい
    ・完膚無きまでの死亡、極めて身勝手なキャラの扱われ方が嫌な方もご遠慮下さい
    ・一部グロ注意
    ・どこをどう見てもAC小説ではない。分類するならOVA小説
    ・読後に作者を殴りに来ない
    ・エンハウ? HAHAHA、ナンノコトデスカ
    ・じょ、冗談じゃ(ry

    9/30
     読み方修正、幾つか追加。
     まだまだLR。しかも序盤。終わるんですかこれ。というか本筋が進まな(ry

    11/18
     凄くツリーが長くなってきて邪魔臭い件。いや、そういう状態になるのは見えてたんですががが
     ところで本筋進んだのが四ヶ月ぶりってどういうことですか先生!
     そしてまた暫く横道にそれるって、終わらす気があるんですか先生!

     ちなみに、リデンさんはこれでもうもう本筋には一切絡まな(ry

    6/30
     半年経ちました。まだ終わりません。遅筆ですね、わかりま(orz

     キリーさん主人公化。
     一部OVA-LR単品だと全くわけのわからない話がありますが仕様です。
     騎士子(違)追悼。
     以上三本でお送り致します。次回も追悼です。次々回も追悼です。
     やりすぎですね、わかりま(orz



1532/ #1 インビシブル・エネミー(見えざる狂気)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/15(Sun) 17:40:35

     そこが本部なのかどうかという確証を、スカルボーンは持ち合わせていなかった。尤もC−LAWSという組織は、主要な面子さえ揃えばそこが本部になっているという節がある。結局はレイヴン、個人の集まりである以上、組織としての体系などそんなものにしかならないのだろう。明確な本部は必要ない。人員が揃えばそれで十分なのだ。
     実際、ここと同じような基地は各所に幾つか点在し、その全てが似たようなシステムで動いている。上と下、その区分さえ確定しているのならば、それでもさしたる問題もない。
     そしてその分別でいえば下の部類に入る彼は、大した目的もなく本部とすら呼べない基地を歩いていた。厚布の外套で身を包み、無機質な鉄面皮だけを表に出している。
     通路は鉄板の壁、リノリウム張りの床、蛍光灯の並ぶ天井と、飾り気というものとは無縁の殺風景なものだった。軍施設にそういったものを期待するのが、そもそもの間違いなのかもしれないが。壁面が総鉄板張りであったり、通路の幅がスカルボーンの巨躯でもすれ違うのに苦労しないほど広いのも、そういった理由である。
     当然、すれ違う者は何人か――有事でなければ、こんなものだ――いた。誰一人として、こちらに目を合わせようとはしなかったが。
     もう慣れている。さして気にするでもなく、スカルボーンは歩を進めていった。暫く足を動かしたところで、その足をぴたりと止める。
     前方から、走ってくる姿があった。その顔に若さと活気を残した……というより、今がその絶頂期であろう、軍服姿の青年。見覚えはある。というより、同じ穴の狢だ。C−LAWS所属のレイヴン。但しあちらは、スカルボーンとは違い上の人間だが。
     彼は傍目にも、憔悴しているようだった。歩調はしっかりしているからして、精神的なものだろう。ただでさえ細めな双眸を更に半眼にして、その表情は極めて陰険なものになっている。
     彼の心労の原因は、スカルボーンにも容易に想像がついた。そしてそれ故に、呼び止める必要もない。そのまま横を通り過ぎようとして――

    「……ああ、お前か。スカルボーン」

     キリーのほうがこちらに気付いて、声をかけてきた。無視してもよかったのだが、この青年は細かいことに一々突っかかる性質がある。立場が立場な為、真夜中の路上で解体しても事後処理が面倒極まりない。今の時代街の中ともなれば、何処で誰に監視されているか知れたものではない。
     そんな世界でスカルボーンが比較的自由でいられるのは、ひとえに『レイヴン』という立場の、そして今ではC−LAWSメンバーという立場の御陰である。『戦力』として見て貰えているうちは、企業に――つまりはこの世界の法に――見放されることはない。致命的なまでにどうしようもない馬鹿をしでかさなければ、全ての罪は無明の闇へと消えていく。

    「また出たらしいな」

     なんにしろ足を止めて、スカルボーンは相手の顔も見ず囁いた。簡単な確認。交わす言葉は、それだけで十分だった。世間話をするほど仲がよいというわけでもなく、長話を楽しいと感じたりする性格ではない。
     余程疲れているのか。キリーは特に皮肉の一つすら出さず、素直に答えてくる。

    「ああ、出たよ」
    「三人目、だったか?」
    「その通りだ。くそっ、一体なんだってんだ……」

     毒づいて、キリーは壁に裏拳を当てた。但し力が入っていない為、その音はやけに軽く響きもない。
     最近、奇妙なことが立て続けに起こっていた。C−LAWSに所属しているレイヴンが撃破されているのである。
     撃破という、それ自体はさして珍しくもない。週に一回は起こる事象である。だが問題なのは、パイロットが生存していることだった。撃破と断定できるほどまでに機体を破壊されて、にも関わらず搭乗者は五体満足で生き残っている。これは異常だった。
     中破した機体を引き摺って撤退する。大破して身動き取れないところを何とか救出される。その辺りならばまだ納得できるものの、『撃破』、つまりはコクピットの内部にまで被害の及ぶダメージを受けてなお、搭乗者が生存しているという状況は稀だった。それも機体に脱出の跡が無いとなれば、尚更だ。
     一度だけならば、偶然として処理も出来ただろう。しかし二度、そして三度と短期間で連続で起これば、疑わざるを得ない。

    (尤も、そんな警戒を必要とするのは――)

     口に出すまでもない。レイヴン、つまりはC−LAWSの隊員だけだ。企業側から見れば使い捨ての駒の生死に不審な点があったとしても、さして気にはしまい。
     思考がずれた。今考えるべきは、撃破されたにも関わらずパイロットが生存している不可思議の答えだ。
     と言っても、考えられる要因はそう多くない。一つは、本当に奇跡的な偶然。二つ目は、各々が敵対した相手がどうしようもなく詰めの甘い相手だったという可能性。三つ、全員が生死の境を駆け抜ける刹那の戦いにおいて、致命傷を受けながらも相手を下した――これは最初と次の生存者の近くに残骸が無かったことから、確立は薄い。
     他には、誰も知らない内に、ACのコアのパイロット保護性能が格段に向上していた。自作自演。ちゃんとシートベルトをしていた、等等……
     ネタみたいなものばかり思いつくようになってきたところで、スカルボーンは考えるのをやめた。実際に有り得そうなものは、最初の二つしかない。そもそも爆発する機体の内部にいる人間が生きているかどうかなど、外見から判断できる筈がない。それでもし念入りに止めを刺そうとした時、実弾を使わなければならない状況だったならば……
     そこからは、個人の価値観の問題だった。少なくともスカルボーンであれば、攻撃しようとは思うまい。金を稼ぐ為にレイヴンを続けている者ならば、大抵そういう結論に達するだろう。それが詰めが甘いとされる結果へ結び付いていくかどうかは、未来のみぞ知る。
     キリーはこちらの言葉を待っていたのかもしれなかったが、黙考に耽っているこちらに反応は期待できないと見たか。自分の頭の中を整理する為に間を置いたのかもしれない。爪でも噛みそうな顔で、引き攣った声を絞り出す。

    「……ノルデンフェルトだぞ? 俺達の中でも、相当の実力者だ。それがどうして、こんなやられ方をするんだよ」
    (ほう、あいつが……)

     ノルデンフェルト。スカルボーンには直接の面識はなかったが、隊内でもそれなりの実力者として知られている存在である。
     彼のことを一言で表せば、狂人だった。企業の尖兵という立場に『絶対の正義』が在ると信じ込み、その理想を現実のものとすることを至上の命題としている。その姿勢こそは評価されど、やり過ぎるきらいがあるのが問題で、その扱われようはあまり見られたものではない。言うなれば突撃要因、つまりは捨て駒。ただその現状に対し本人は一切苦を感じていないというのだから、ある意味企業側には便利な男だ。
     そしてそんな扱いを受けて尚、未だに生き残っているというのは、そのまま実力の高さを物語っている。単純な技柄ではスカルボーンより幾らか上、キリーとも十分渡り合えるぐらいの能力は持っている筈だ。
     が、その程度である。有能と最強は縁遠いところにある。誰かに狩られたとしても、さして驚きはしない。

    「相手がそれ以上だった。それだけのことだろう。理想持ちは相手の実力すら見抜けんからいかん」

     生き急いだ人間はこうなる。まさしくその証明だった。
     死んでこそいないが、ノルデンフェルトは理想に殉じたのだ。その行為に、全く価値が無かったとしても。夢を見たまま死ねることは、幸いなのかもしれない。
     生き残ってしまえば地獄だろうが。

    「……おい、どこに行くんだ」

     キリーの問いには答えず、後ろ手を振るだけでスカルボーンはその場を後にした。
     機体を撃破させられて、且つ搭乗者が死なない可能性。もう一つだけ、まともに思える発想があった。

     彼らが戦った相手には最初から、殺すつもりがなかったのかもしれない。


1533/ #2 ワイヤードゴースト(実と虚)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/15(Sun) 17:41:51

     深い夜には、黒い闇が押し寄せてくる。
     遠く遠い縁の淵。深淵という名の彼方から、それは全てを見通して。
     暗い空、通りの陰、闇の奥、己の背後。
     何処にでもいる。現れる。闇を纏った、黒い人。



    「いい加減思うわけだが」
    「んー?」

     裏路地街を歩いていく。うんざりしながら歩いていく。

    「貴様はいつになったら、儂に付きまとうのをやめてくれるのだ?」

     欠片も気力の伴わない声で、スカルボーンはぐったりと呟く。
     ここ最近、特に夜間におけるこの小娘の出没率は異常だった。週に最低一度はその童顔を見ているだろうか。何かしようとする度に姿を現し、その都度妨害行為に及んでくる。
     正直、うざったい。殺してしまいたいほどに。
     そんな思惑に回るこちらの胸中が伝わる筈もなく、スクワラルは人の背中にのしかかったままで気楽な声を上げてくる。

    「そーだねぇ。とりあえず趣味で人を殺すのをやめましょう。話はそれからだよ」
    「無理だな」

     即答する。当然の答だった。考えるまでもない。
     だがスクワラルは、それでは納得できないようだった。不満げに口を尖らせると、

    「なんでそうあっさり諦めるかなー。努力と根気、勇気と愛気。そこら辺のものをまぁそれなりにうまく使ってやれば、この世に出来ない事なんてないっぽいんだよ?」
    「諦めるのではない。儂に改善する気が無いのだから、どれほど努力や根気があろうと不可能なのだ。問題があるのは過程ではなく、根本なんだよ」
    「むぅ……んじゃ、その根本から正してみよっか。過程はその後だね。禍根は根こそぎ断てって、お父様とかも言ってた気がするし」
    「だからな……」

     このバカは、何をどう言ってやれば納得するのだろうか。
     方法は幾らでもあるように思えて、実は一つもないのではないかと思えてくる。努力と根気、勇気と愛気。そんなものを使ってもどうにもならない。
     頭を抱えながら半眼を向けるが、スクワラルは既にこちらを見てもいなかった。視線を虚空で彷徨わせながら、顎に指を当てて何かを考え込んでいる。
     深々と溜息をつけば、自然とスカルボーンの肩が落ちた。少女はそれに、気付きもしないようだったが。しかし軽く肩を揺すってみても落ちないのは、一体どういう了見なのか。

    「まぁ720度ぐらい捻り曲がってるというか、全力で絞りきった雑巾みたいというか。そんな根性を叩き直すとなると、やっぱり私個人のお勧めとしては某むっつり詐欺師お勧めの爽快コース……お?」

     四つあるうちの腕の一つで、スカルボーンはスクワラルの襟首を掴んで持ち上げた。少女は宙吊りにされても暫く喋り続けていたが、不意に異変に気付いて言葉を止め、目をぱちくりとさせる。

    「…………何か?」
    「どやかましいわ」

     毒づいて、スカルボーンはスクワラルを放り捨てた。少女は器用に受け身をとって起き上がると、ぱたぱたと駆け足で戻ってくる。

    「えー、爽快コースの何が不満なのさ」
    「そういう次元の問題か。そもそも、一体何が爽快だというのだ」
    「そうだねぇ……貴方は義体だから、間接の幾つかが完全に駄目になるかもしれないけど、得られる清清しさに比べたら些細な問題だよね」
    「断固として断る」
    「え〜」

     その無茶苦茶ぶりに偏頭痛を覚えながら。

    (……目をつけられた時点で、儂の負けなのかもな)

     そんなことすらも思う。理不尽という言葉をその身一つで途方もなく体現しているこの相手は、ともすれば殺しても死にそうにない。何れはそれを、試す機会もあるだろうが。

    (……何時試すのだろうな、儂は)

     スクワラルは既に、再度スカルボーンの背中によじ登っていた。彼女曰く、こちらを制止させるにはその場所が一番適しているのだという。まぁ頭の真後ろなどという致命的すぎる死角に居座られては、こちらとしても動きを止めざるを得ないのだが。それでなくとも、腕の付け根のすぐ近くである。近場にあるそれぞれの腕部を狙って破壊することぐらい、彼女には造作もないことだろう。
     そうやって考えれば、自分は今、途轍もない危険に晒されていることになる。にも関わらず未だそれを即刻排除すべき対象として認識していないのは、単に自分が腑抜けたからか。恐れる相手ではないという余裕か。単なる脅しでしかないという傲慢か。
     情ではないということだけは断言できた。仮に欠片でもこの小娘に対して何か人並みの情を抱いたというなら、数百メートルほどの背後に、人の死体など転がってはいないだろう。無益な殺生は、この女が最も嫌がることだというのは、スカルボーンもとうに知っていた。
     絶対に相容れない相手である。善悪で判断した場合のそれぞれの立ち位置、行いの正当性、その行為の目的。何から何まで、解り合う為に譲歩どころか僅かでも妥協出来る部分すらありそうにない。彼女との言葉のやり取りは、恐らく永遠に平行線が続く。
     或いは。

    「…………?」

     違和感を覚えて、スカルボーンは身体ごと振り返った。
     路地裏などという場所に、まともな照明がある筈もない。スクワラルの持った杖の先端が時折淡い光を発したりはしているが、とても有用性を望めるような光量ではなかった。通路の奥は、完全に闇に覆われている。

    「……どうかした?」

     スクワラルの呟きは無視して、スカルボーンは暗がりの先を見据えた。通常、赤外線、X線、他にも幾つか。義眼の形態を変更して何度も確認するが、やはり何も見つからない。
     軽く息を吐く仕草をして、スカルボーンは緊張を解いた。

    「――レーダーの調子が悪いらしい。気のせいだったようだ」

     投げやりに言って、背を向ける。そして気配の変化――正確には、空気を裂く鋭い音に合わせて、真横に跳んだ。
     路地裏といっても、人が数人横に並んでまだ余裕があるほどに、空間は広く取られていた。左右に立ち並んだ高層建築物による圧迫感が、その場所を『狭い』と認識させているのだ。見上げても建物の天井は見つからず、空が狭いから陸も閉塞しているように錯覚する。
     今は星のない空が全てを埋め尽くし、建築物との境界すら判然としない。明瞭なのは本当に近いものだけ。数メートルも離れれば、通常の視覚では何もかもが闇に飲まれて実体を消す。
     放たれたのが何だったかの確認は出来なかったが、敵の居場所の見当はついた。とりあえず手近な場所にあったゴミ箱を、あたりをつけた所に蹴り飛ばす。中身を撒き散らしながら高速回転する屑入れは、そのまま暗がりの奥に消えた。手応えもない。
     スカルボーンは腕の一本を伸ばし、掌(と言っていいものかどうかは微妙だが)の穴から光を吐き出した。一メートル程度の直線となって停滞したそれを、暗がりの先へ向ける。
     内臓型のレーザーブレードである。サイズ比を考えてもACのものには見劣りするが、そもそも等身大の世界であれと同等の出力が必要になる状態というのはまず有り得ない。相手が人にしろ機械にしろ、ACの半分程度の出力さえあれば事足りる。
     尤もスカルボーンがブレードを展開した最大の理由は、単に照明代わりになるものが欲しかったという理由なのだが。大抵は義眼の暗視装置で十分間に合ってしまう為、スカルボーンの義体には照明に類する機能はついていない。そしてレーザーブレードも、光源としての有用性までは持ち合わせていなかった。刃はぼんやりと闇を照らしているが、必要量には程遠い。

    「おい、小娘」
    「ふぁ、ふぁい?」

     スカルボーンは横目で相手を見やりながら囁くと、急激に頭を揺さぶられてふらふらになっているスクワラルの額を指で弾いた。変わらぬ調子で、続ける。

    「何か明かりを寄越せ。それぐらい朝飯前だろう」
    「えーっと……ちょっと、ちょっとだけ待ってくれないかな……今は目の前がぐーらぐらしてて、入力ミスの危険がデンジャー」
    「却下だ。早急に出せ」
    「ううう、失敗してもしらないぞ〜」

     言うが早いか、スクワラルが杖を一振りした。一瞬後には、ゆらゆらと淡い光を放つ白い球体が虚空に浮かび上がっている。それがゆっくりと、スカルボーンがブレードを向けている先へと進んでいく。
     何故か千鳥足だが。

    「……おい」
    「だからうまくいかないかもしれないって言ったのにー……」

     険悪な声と共に――義眼だけでは意思を伝え辛い――瞳を横に向ける。すぐ近くにスクワラルの顔があるが、彼女は目を伏せて疲れたように肩を落としていた。光源そのものとしての機能にはなんら問題なさそうに見えた為、それ以上は何も言わなかったが。
     光球は安心できない軌跡を描いて、暗闇の先を照らす。だがふらふらと上下左右に揺れることで、通路の全体を満遍なく照らしてくれた。暫くは何も無い。コンクリートで舗装された、しかし整備もされず罅割れてぼろぼろな路面が続いている。そのまま数秒。
     大きく傾いた光球が、地面に触れた。その直後、白昼の空にも勝る白光が周囲の全てを照らす。
     後に続いたのは振動だった。次いで爆音。光が突き抜け、大地が悲鳴をあげて、空気が裂けると、最後には実体の風が砂煙と共に通り過ぎていく。
     全て終わって。咄嗟に取った防御姿勢を解いて、スカルボーンは義眼の暗視装置を起動させた。反射的にブレードは消してしまい、光球は言わずもがなである。
     だが砂埃が酷くまともに見えなかったので、隣できょとんとしているスクワラルの髪を引っ張った。悲鳴と抗議の後に、改めて光球が空に舞う。その明かりは、砂煙の幕の奥にある状況を把握するには、十分な視覚情報を与えてくれた。
     ぼろぼろである。ただでさえ朽ちかけていた路面は、決定的に破壊されていた。爆心地には大穴が開き、その周囲のコンクリートも見事にめくれ上がっている。散乱していたゴミの類は全てが壁際に追いやられたか、消滅してしまったようだ。
     煙が晴れるにしたがって、状況も鮮明さを増していく。爆発の余波は、壁にまで被害を齎していた。範囲が広い。その代わり威力自体は見た目よりも低かったのか、円状に壊された路面は直径こそ長いものの深さはそれほどではない。十数センチ抉ったといった所だ。そして。
     かなり長い沈黙の後、スカルボーンは無言でスクワラルの襟首を掴んで持ち上げた。

    「……………………おい」
    「ああっ! だから失敗するかもしれないって前もって言っておいたのにいっ!」

     スクワラルが非難の声――だろう、多分――をあげる。構わずに、スカルオーンは声を荒らげた。

    「何をどう失敗すれば照明弾が炸裂弾になるっ!?」
    「そんなこと言われてもっ!」

     絶叫じみた声を響かせて、スクワラルは爆心地を指差した。真に迫った顔で得体の知れない熱弁を仕掛けてくる。

    「どうなっても知らないって言ったじゃないの! あの程度の爆発で済んで、むしろよかったと思わなくっちゃ!」
    「なんでそうなる!?」
    「当たり前じゃない! そもそも今のは、本来なら半径五十メートルは焦土と化す大規模破壊用の――」
    「誰がそんな火力を寄越せと言った、誰が!」
    「明かりが欲しいって言ったのはそっちでしょう!?」
    「照明を出せとは言ったが、爆炎で照らせなどとは一言も言っとらんわ!」
    「明るくなるのには変わらないんだから、どっちだっていいじゃない!」
    「いいわけあるか、このド阿呆がっ!」

     掌底でスクワラルの顎を打ち上げた直後に、別の腕で脳天を一撃する。脳髄を上下に揺さぶる痛烈な衝撃に、スクワラルが地面に叩きつけられた後でのた打ち回る。
     そして数十秒後には、何事もなく復活した。

    「さて……何の話だっけ」
    「貴様な……」
    「えっとその……うん、ごめんなさい? いや理由はよくわからないけど首を絞めるっていうのは有機生物に対する殺人表明みたいなものであって、このままだと酸欠に――いや違う、酸欠ってのは酸素欠乏症の略だからこの状況は当て嵌まらなくって、なんだっけ。そうそう窒息だ。いやもうどっちでもいいけどさ、やっぱり兎に角身体の中に酸素と言う大切な気体が入ってこないのはちょっと非常にデンジャラスっていうかそろそろわたし死ぬ」

     早口でまくし立てながら、スクワラルは自分の首を掴むこちらの腕を引き剥がそうとしてくるが――既に手に力が入っていない上に、人間の腕力ではどだい無理だ。変に喋りすぎて酸素が足りていないのだろう、顔を紅潮させてそれでもなお喚く姿勢にはある種の感動すら覚える。
     とりあえずスクワラルを再度地面に叩きつけて、スカルボーンは彼女を解放した。少女は打ち所でも悪かったのか、頭を抱えながら何度もむせ返っている。その辺りのことはどうでもよかったので、スカルボーンはすぐに爆心地へと向き直った。砂煙は殆ど晴れているが、その跡には誰もいない。いた気配すら、見当たらなかった。

    「誰もいないねー……」

     背後からの声には振り向かず、スカルボーンは観察を続けた。背中に突き刺さるような視線を感じながら、辺りを見回す。視界の中には何も奇異なものを見つけることはできなかった。内蔵された小型のレーダーも同じである。X軸。Z軸。そして――

    「っ!?」

     Y軸。空。そこに、踊るものがある。
     一瞬の逡巡すら挟まずに、スカルボーンは背後に跳んだ。空中でスクワラルの身体を引っ掴み、一気に距離を置く。
     その直後には、スカルボーンの立っていた場所に豪雨が降り注いだ。コンクリートを破壊して粉塵を巻き上げるそれが雨粒である筈もないが、そうとしか表現のしようがない。弾丸の雨かとも思ったが、銃声もマズルフラッシュもないのでは余り確証が持てない。
     雨音が途絶え、最後に一際大きい音が響いた。それが着地音だったと理解するのに、数瞬の間を要する。それほどまでに、相手の姿は闇に溶け込んでいた。
     人だろうか。その確証もなく、スカルボーンは慎重に口を開いた。開く口などないが。

    「なんだ貴様は」
    「貴方は」

     声が被さった事に僅かながらの不満を覚え、スカルボーンは未だ掴んだままのスクワラルを睨みやった。相手はすぐにこちらの視線に気付いたらしく、丸い瞳で見返してくると、少しばかり狼狽したような声を漏らした。

    「な……なに?」
    「いや、気にするな」

     告げ、改めて出現したモノを見やる。おそらくは人であろう。だが、確証は持てない。
     現れたのは黒衣だった。そうとしか言い表せない。全身を黒布で覆い、すっぽりとフードを被った頭には髪の一本すら露出していない。そして顔のあるべき部分には、奇妙な形をした仮面が張り付いている。
     その人型から視線を外さぬまま、スカルボーンは自身の機能からレーダーを呼んだ。頭の奥でそれを凝視するが、黒衣の立つ辺りには何の反応もない。

    (幽霊……ではないな。仕掛けでもあるんだろうが……)

     そも、幽霊であればこれほど物理的な手段でコンクリートを破壊したりはしまい。無価値な閃きは早々にゴミ箱へ投棄し、スカルボーンは努めて平静に言葉を放った。

    「……儂に何か用か?」

     黒衣は答えない。ただ布の内側から右腕を出すと、それを眼前に掲げてみせた。見せびらかすように握っていた五指をゆっくりと伸ばすと、次の瞬間にはそれを一気に突き出してくる。

    「――――!?」

     我ながら、よく反応できたと思う。それほどの刹那。スカルボーンは横に跳んで、飛来した何かから逃れた。すぐさま攻撃のあったほうへと目をやるのだが、何も無い。

    (勘違いか?)

     否。判断は瞬間に、スカルボーンは黒衣を睨みやった。敵――と判断していいだろう――は既に次の行動に出ていた。マントの内側に隠していた左腕をこちらに向けている。そこにあるものに、スカルボーンはぎょっとして息を呑んだ。
     重機関銃である。それを丸ごと握って――もいなかった。砲の根元が、腕に接続されている。負荷の緩和のためか、重機関銃本体から梁のような脚が三本生えていたが。
     マントの中に隠せる大きさではない。どういった手品を用いたのか、聞くどころか考える余裕すら与えられず、機関銃の銃口から轟音が奔る。

    「チィッ!」

     真後ろに跳躍して距離を離す。機関銃相手では全く無意味な行為だが、こんな時に限って周囲に隠れられそうな場所がない。強化装甲で覆われたスカルボーンの体でも、重機関銃などというものを浴び続ければ破壊されるのは時間の問題だった。

    「全く。今回は一体何処の誰だ?」

     恨まれるのには慣れている。そういった筋の刺客を差し向けられることとて、珍しくはなかった。名も知れぬ相手を名を知らぬまま散らし、それに連なるやはり名も知れない数多へと高熱の刃を振るう。今までも、そしてこれからも。
     不意に、スクワラルが口を開いた。

    「あれは私が知る限りで、一番真っ黒いやつだよ」
    「ああ、確かに黒ずくめだな」
    「そうそう。アクセントの一つもなけりゃー表情も隠しちゃって、中身がどんなものかも分からないし……って、そういう意味じゃないよ」

     切り返すなり、スクワラルは素早く手の甲でこちらの装甲を叩いてきた。その硬さに手を抱えながら悶絶している相手に片目だけを向けると、スカルボーンは深く深く溜息をついた。銃撃が止む気配はない。

    「貴様って生き物はな……ひょっとして死なないのか?」
    「ふぇ? 何でいきなりそんな、脳がやられたようなことを。ああ、ついに末期?」

     ぐっと拳を握り、反射的に出したのは蹴りだった。綺麗なアーチを描いて飛んでいった馬鹿一名を追いかけるようにして、黒衣から更に距離をとる。くどいようだが、弾丸の嵐は今も尚収まっていない。

    「うぐ……鼻血が」
    「出とらん」
    「持病の癪が……」
    「十七歳の患うべきものではないなぁ?」
    「……シュークリーム分の不足による集中力の低下…………」
    「もう一遍飛びたいか貴様」
    「うう〜」

     最後は唸り声だけになって、スクワラルがふらふらと起き上がった。目でも回しているのか姿勢を安定させないその少女を、頭を鷲掴みにして固定する。しつこいようだが以下略。

    「で。何故に貴様には一発も当たっていないのか、そろそろ証明が欲しいところだが」
    「えー、そこはほら。私の人徳というか、日頃の行いが目一杯形になってるのが現状なんだと思うけどなぁ」

     かんらからと笑うスクワラルをもう何度目かの一撃で轟沈させ、スカルボーンは黒衣に義眼と敵意を向けた。重機関銃の弾丸は、予想以上に威力が低い。どうも弾丸のサイズが
    、本体の巨大さに比べてかなり小さいらしい。その分携行弾数が多いということなのか、轟音と閃光は絶える気配が全く無いが。
     しかし低威力とはいえ、人間の肌程度であれば容易に抉れるだけの威力はある。既にスカルボーンの全身にも、相当数の弾痕が刻まれていた。貫通しない以上はそこまでの危険は無いが、義眼はそうもいかないだろう。やはり突撃は出来ない。
     それを知ってか知らずか、黒衣は詰め寄ってこようともしなかった。ただ只管に、弾丸を垂れ流している。それで十分という意味か、何か罠でもあるのか、ひょっとして単に機関銃の重量で動けないだけなのか。それは判らない。不意に突貫してくる可能性もある。
     なんにせよ、少しは思考に耽る時間がありそうだった。詰問の余裕も。


1535/ #2 ワイヤードゴースト(実と虚)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/15(Sun) 17:44:35

    「さて、改めて聞くが奴はなんだ?」
    「う〜ん、何て言えばいいのかなぁ……ホネホネロック×20超ぐらいの悪役度数? 私の個人的なブラックリストには、随分前から名前が入ってる。けどそれはあんたもだーっ!」
    「もう少し実益のある情報は出せないのか、貴様は」

     やたら軽い調子で急に振り下ろされてきたスクワラルの杖を弾き飛ばして、スカルボーンはそのまま言葉を続ける。少女が慌てて杖を取りに行ったのが視界の端に映ったが、その辺はもう割とどうでもいい。

    (そもそも、このたわけに何かを聞くのがまず大間違いだったか)

     そんなことは、既に身に染みて解っていた筈だったのだが。

    (さて、ならどうする――?)

     どうにかして距離を詰めなければならない。だがそれを実行するには、この弾幕は相当に厄介だ。生憎と、遠距離攻撃の芸は手持ちには無い。一般的な銃器であれば注意を向ける必要も無く使用者を両断することは簡単であるし、市街内で重火器と出会うケースなどまず有り得ない。
     今現在、その有り得ないものと相対しているというのが少しだけ悲しく、今更になってようやっとその事実に気付いたということが余計に気分を鬱屈とさせた。確実に、異常現象に対する慣れが始まっている。肩に重荷が積まれるような感覚に襲われて、スカルボーンは胸中だけで頬を引き攣らせた、その刹那。

    「邪魔だよ」

     涼やかな。そして鋭さを持った言葉一つ。危険は感じなかったが警告だけは真摯に受け取って、スカルボーンは真横に跳躍した。直後に彼のいた空間を、甲高い音を立てながら何かが高速で通り過ぎていく。
     炸裂音は、飛来物を目で追いかけるより先に轟いた。顔を向けた時には黒衣の姿は見当たらず、白煙だけが濛々と立ち込めている。尤も――

    「うふふふふ……いつでもどこでも、無駄に素晴らしきこの威力。まさにヴィクトリー」
    「余り、効いてもいないようだがな」

     煙を突き破って、弾丸が飛び出してくる。否、弾ではなかった。高速であることに変わりはないが、飛び出してきたそれは銃弾と違い長い尾を引いている。
     確実に勘違いではあるが、それは蛇に見えた。無数の蛇が煙を食い破り、次は肉と鋼を食い千切ろうと疾駆してくる。
     上体を逸らし蛇を避ける。軌跡さえ見逃さなければ、それの正体は容易に判別できた。
     鋼線である。しかし以前見た女とは違い(あれは正確にはワイヤーではなく、ジーリーソーというらしいが)、『切る』為に振り回すのではなく、『穿つ』為に射出している。その性質はワイヤーの類というよりは、銃弾のそれに近い。
     暗がりの中ではワイヤーなど判然としない為、先程はその姿を見逃したのだろう。種が分かれば、対処も容易――ではない。ワイヤー弾の威力というのが受け止めても平気なものか否か、全くの未知数である。
     スカルボーンが突撃を躊躇している間に、黒衣は煙の奥から歩み出てきた。足音一つ立てず、片手をこちらにかざして一歩一歩。ぴんと伸ばされた五指の先からは、幾本ものワイヤーが垂れ下がっている。今放たれたものだろう。
     そして耳障りな音を立てながら、鋼線が指の中へと戻っていく。

    (無限の弾丸、とでもいうところか?)

     あの腕は義手だ。それは疑いようもない。重機関銃などというものを持ち出してきたことを、スカルボーンと同じ戦闘用サイボーグという可能性が最も高そうだ。
     そんな相手と相対した経験は、スカルボーンとてそう多いものではない。加えてスカルボーンの義体は超接近戦仕様、あの黒衣はここまでの動きを鑑みて遠距離型か。重機関銃は無くなっていたが、あの指弾もそれに匹敵する嫌らしさを持っているように思えてならない。
     厄介な奴に絡まれた。頭蓋骨を捨てても未だ忘れていない歯軋りの感覚を胸中に、スカルボーンは身構えた。この場合まずは腕一本犠牲にして、鋼線の威力を測る……
     閃光の存在に感づいたのは、爆発音が響いた後のことだった。その現出が余りに唐突で知覚が相当に遅れたのか、義眼の処理が状況の変化に追いつかなかったのか。鏃型の光が黒衣に突き刺さった瞬間が、三度辺りを包んだ粉塵に重なって義眼に映っている。

    「手応え、無し。嫌んなるね」

     そういえば、その存在を完全に失念していた。
     スカルボーンが肩越しに振り返ると、そこには感情の薄い目で杖をかざしているスクワラルの姿があった。それだけであれば、今更珍しくもなんともない――この女は、一度殴ると決めた相手にはやけに冷たい。殴るまでは――のだが、今回は一つ、特別に目を引いたものがあった。あの小娘が、手傷を負っている。頬に一筋の裂傷。恐らくは、先程の鋼線によるものだろうが……

    「……貴様の怪我なぞ、始めて見たな」
    「そ〜お? 私だって人間なんだし、こんなことしてれば怪我ぐらいするさ。ああ、あと、ちゃんと赤い血だからね。青でも緑でも黒でもなくて。ちゃんと普通の血液だね。正真正銘、ごく普通の一般人ですよ」

     当てつけ、厭味、冗談、奇言。それらに気付かなかったわけではないが、スカルボーンはあえて無視した。これの言動の全てに対して、一々反応していてはきりがない。

    「儂の邪魔だけはするなよ」
    「さーてねぇ〜。めんどくさくなったら、ホネも×の字もまとめて吹っ飛ばしちゃっていいだろうな、とか」
    「やってみろ。死にたければな」

     失笑と共に吐き捨てて、スカルボーンは黒衣を見据えた。二度の爆発で、相手の周囲には気流の渦が出来上がっている。それが黒の長衣を、僅かながらにたなびかせていた。そこに立つ闇の使途は何をするでもなく、仮面の奥から気配だけの視線を向けている。

    「あちらさんも義体だ。戦闘用のね」

     不意に、スクワラルが口を開いた。いつもの軽薄な口調ではなく、ただ淡々と。いつもの調子を聞きなれてしまっているせいか、その声は冷淡にも感じた。

    「まともにかちあったら、一体どっちが勝つのかな。いっそのこと、私は一人見学させてもらうってのもいいかもね」
    「勝手にしろ。最初から貴様に期待はしとらん」

     寧ろ警戒が必要だろう。音にはせずに吐き捨てて、スカルボーンは黒衣に集中した。本当に戦闘用の義体であるなら、全力が必要である。
     生体部分の残量にもよるが、全身義体の輩は首を刎ねても活動を停止しないというものも少なくはない。そもそも全身義体などというものは、大半の場合生体部分は脳ぐらいしかない。血液の代わりに潤滑油を全身に巡らせる時点で、人間の身体にある臓器類を残しておく理由がないからだ。
     そしてそれ故に、頭部には自然と脳を生存させる為の機能が集中する。唯一交換の不可能な部位に対して、過保護なほどに数多の防衛機構を埋め込むのだ。頭だけで生き永らえる特性も、その一つである。

    (つまり、縦割りは厳禁か)

     それ以前に、相手に近づく手段が既に手打ち状態という大変芳しくない状況なのだが。
     だがまぁ、何とかするしかないだろう。幸いにして今度は、背後に全く信頼どころか信用もできない砲撃手がいる。黒衣の目標がそちらに向くよう誘導してやれば、そこから敵の隙を探し出すのは容易い。

    「あなた、私を囮にしようとか考えてるでしょ」
    「幾ら儂でも、そこまで薄情ではないよ」

     きっぱりと言い切って、スカルボーンは駆け出した。全速力ではない。黒衣の行動を感知し、即座に反応が可能な速度で、出来得る限り距離を詰める。

    『刮目せよ』

     それを声と認識するには、若干の時間がかかった。メモリーのほぼ全てを警戒に使っていた上に、黒衣もまた行動を見せていたからだ。加えて、発声されたその音が極めて雑音じみていたというのもある。

    『死せるべき者達よ』

     漸く、それが黒衣の声だと悟る。男の声、女の声、電子音声に雑音までが入り混じった、壊れた変声機でも使っているような不可思議の音。にも関わらず、それを声だと認識してしまえば、語られた言葉は一言一句聞き違えもしなかった。明瞭に意味を伝え、それを現実のものと化すべく行動を起こす。
     黒衣のかざした指先が、前触れなく爆裂した。五指全てから相当な量のワイヤーが、一斉に放たれる。
     弾丸の速度に勝るとも劣らないそれは、有線のショットガンと形容するのが一番正しいのかもしれない。黒衣の前方全てを覆うほどの勢いで拡散する鋼線の群に対し、スカルボーンは今度も真横に跳躍した。但し今回は全腕部のレーザーブレードを起動させ、蹴りの力も三割り増しほどにしてある。
     さして広くはない路地裏の道、壁面の向こうはそのまま雑居ビルの内部に通じていたりもする。壁を切り崩し瓦礫と一緒くたになって壁の奥へと雪崩れ込むと、スカルボーンは即座に暗黒に包まれた道を走り出した。黒衣との距離は、既にデータとして記録してある。感覚などに頼らずとも正確に算出される自走距離と照らし合わせれば、姿は見えずとも敵の位置を間違えはしない。

    (だが、ただでは通してくれんよな)

     僅かに逡巡し、スカルボーンは更に脚力を強めた。直後には、壁を幾度も突き破って連射されたワイヤーがすぐ背後を抜けていく。音だけでその情景を垣間見て、尚も疾駆する。
     黒衣の真横に当たる位置まで移動し、即座に壁を切り崩すと、スカルボーンはすぐさまその場所から移動した。壁面が崩れ落ちるのを待っていたと言わんばかりのタイミングで、ワイヤーの束が穴の向こう側から突き入れられてくる。
    (奴が、どこまで儂の動きを予測しているか。問題はそこか)
     一撃が容易に致命打となり得る手管と、ある程度の狙いの正確ささえあれば、後に必要なのは予測であった。敵の動きを計算し、シミュレートされた未来位置へと即死の力を捻じ込む。それが齎す決着は、大抵一瞬だ。
     無論、予測は己だけのものではない。敵もまた思考し、防御を企て、反撃を画策する。その積み重ねの中で最終的に一歩抜きん出た者が、蹴落とした相手に対する生殺与奪の権利を手にすることとなる。
     そして、予測に必要なのは知恵だけではない。瞬間瞬間で求められる判断への決断力、その一瞬に目的の位置へと体を突き動かす為の俊敏さ、或いは動物的な感、その他諸々etcetc……
     まぁ一言にすれば、何もかも必要だということになるのだが。だがその中でも、最上級に位置するのは――
     スカルボーンは一気に地を蹴ると、自分で開けた穴の前まで躍り出た。そこで、左手を突き出し静止している黒衣の姿を確認する。
     左の五指から延びた鋼線は、柱か床にでも突き立ったのか未だぴんと張っている。右手は別の方向――おそらくあの馬鹿への牽制――に固定されていて、顔もそちらに向いていた。仮面越しでは瞳の位置など分かる筈もなく、こちらを見ているのかも定かではない。そして眼前にいるにも関わらず、やはりレーダーに反応はない。

    (斬れば分かるな)

     即断し、光を伸ばした腕を一本振り上げる。その直前に。
     軽い音が、スカルボーンの脳に響き渡った。固定されていたワイヤーが、張りを失い地面へ向かう。切られた糸のように、断ち切られた線の如く。
     思案に費やす時間は零。元より危険は考慮の上だった。黒衣の指が動くよりも早く、懐へと潜り込んで相手の腕を二本の白骨腕で押さえ込む。
     個別で動かしていけば問題はない。別の腕二本で黒衣の頭にレーザーブレードを突き入れようと肩を引いた次の瞬間、スカルボーンは目を疑った。黒衣が消滅したのだ。

    (――光学迷彩!?)

     消えた直後には、まだ腕を抑えている感覚が残っていた。恐らくは姿を眩ましただけで、実体は普通に存在している。だが等身大で実用に耐え得るものは、未だ完成してはいなかったように記憶していたが。

    (それを今考えても仕方がない――)

     レーダーを誤魔化しているのも、迷彩の恩恵によるものだろう。つまりはこの至近距離で、相手を完全に見失ったということだ。
     最悪である。予測を上回られた。

    「だから――邪魔だってのに!」

     甲高い声に触発され、自分の開けた穴に舞い戻る。見慣れた光熱波が路面を満遍なく破壊していくのを見送ってから、スカルボーンはゆっくりと顔を出した。やはりいつも通り、周囲の状況は一変している。あちらこちらに散った破壊跡も相当だが、ごっそりと融解された地面のコンクリートが一番酷い。
     かなりの広範囲を焼き払われて、黒衣の姿は何処にも見当たらなかった。これだけの威力と範囲ならば、まず無事では済まなさそうだが……

    「……逃げたよ。手応えがないもの」

     声は聞こえど、立ち昇る蒸気に紛れて少女の姿は見つけられない。
     彼女の言葉を信じたからではないが、スカルボーンは全身を穴の外へと出した。数歩進んで煙の中から這い出すと、すぐにスクワラルの姿を見つける。杖を小脇に挟んで、手にした小さなメモを一心に見やっている少女の姿を。

    「倒せなかったんじゃー、決め台詞も何もあったもんじゃないよねぇ……」
     やたら不穏当な発言を聞いた気がして、スカルボーンは素早く少女に近づいた。彼女が手にしているそれを引っ手繰って、ざっと目を通す。
    「あっ」

     小さな悲鳴を気にも留めず、とりあえず開いた部分だけを黙読して。
     そして無言でメモを閉じると、すぐにスクワラルへと返してやった。そのまま踵を返し、頭を抱えてうずくまる。

    「ちょっと、その反応なにさ」
    「いや気にするな。儂は何も見なかった。そういう形に歴史を改変しておいてくれ」
    「……言っておくけど、別にこの超必殺三回転半捻りダイナミック」
    「シャァラップ! 儂の前で二度とそのメモのことを語るな! 喋るな! 触れるなぁっ!」
    「なんだよーそんな怒ることないじゃないか〜何書いたって私のメモなんだから私の自由じゃんかよ〜」
    「丁寧に仕舞って金庫に入れて核シェルターにでも封印しておけ……」

     うんざりとしながら、スカルボーンは詰め寄ってくるスクワラルを振り払った。然程力を入れたつもりはなかったが、突き飛ばされた力に少女が数歩後ずさる。

    「駄目だなぁ、女の子には優しくしなきゃ」
    「黙れ。それともう帰れ貴様。消えろ」

     もう相手にすることにも疲れ、自然と応答も適当なものになる。気楽な笑みのスクワラルには罵言だけを返し、スカルボーンはせわしなく辺りを見回した。煙も晴れ、もはや原型を欠片も留めていない路地が顕になっても、やはり黒衣の姿は何処にも無い。
     これだけ騒げば、いくら人通りの少ない場所だとしてもそれなりの騒ぎにはなっているかもしれなかった。敵が逃げてしまったのであれば、こちらも長居するのは得策とは言い難い。そしてだからということもないだろうが、スクワラルが憮然と口を開いた。嘆息交じりに。

    「まったく。そんな人には、何にも教えてあげないんだから」
    「……なに?」

     その言葉の意味を図りかねて。スカルボーンは変わりようのない能面を顰めると、スクワラルのほうへと向き直った。
     彼女は笑っている。意味ありげに口端を歪め、面白がるような声音で言葉を置いていく。

    「もう遅いよ。それじゃあ次に遭う時まで、×の字には気をつけとくんだね」

     スカルボーンが何か言うよりも早く。少女は軽く後ろに飛んで、そのまま掻き消える。小さく、別れの合図にも見える仕草をしながら。

    「×の字……?」

     辺りに誰もいなくなって、スカルボーンは何処へ向けてでもなく独りごちた。それは普通に考えれば、黒衣を指した単語なのだろうが……

    (結局、あれはなんなんだ?)

     怨恨ならば腐るほど買っている為、そこから予測するのは不可能に近い。そして恨み以外の理由となれば、はて思い当たる理由も無い。少なくとも、すぐに正体の予測を立てるのは難しいだろう。

     だがこのスカル・スカルボーンに喧嘩を売ってきた以上、相応の覚悟はして貰わなければならない。

1561/ #2.2 イリュージョンズ・サイクロプス(黒衣)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/08/04(Sat) 18:54:15

    『あそこに倒れているのが、ジェームス・アレン。レイヴンネーム「ドクターストップ。その名の通り、そして見ての通り、窮めて病弱だ。虚弱体質と呼ぶほうが適切かもしれない。レイヴンとして活動を始めてから、まだ余り日は経っていない。その肉体的性質も相俟って実力は下の下。懸賞金の額も最低クラス。つまりは、世間の評価もその程度ということだ。彼の体質は一応生来のものだが、それに決定打を与えたのがレイヴン同士による闇アリーナでのバトルだったらしい。そもそも――』

     つらつらと語られていく経歴に、話半分で耳を傾けながら。
     今は使われていない雑居ビルの一つ。その屋上から、彼女は語られていた男を見下ろした。路地裏の片隅に倒れ、頭から流血している。実際は吐血だろうが、頭上からはそんな風に目に映った。線が細い、というよりは細すぎる印象を受ける。顔は見えないが、見たところでそう印象が変わることはないだろう。
     一通り観察を終えて、彼女はドクターストップから目を逸らした。その代わりに、背後の存在へと顔を向ける。既に聞いてはいなかったが、解説は未だに続いていたらしい。彼女の視線に気付くように、それは言葉を紡ぐのをやめた。
     叩きつけるようにして、告げる。

    「それで。あんなものを私に見せて、一体どういうもり?」
    『さてな』

     素知らぬ風を装い、それは気のない返事を返してきた。自分で考えろということか。
     違う。自分の予想を即座に否定して、彼女はかぶりを振った。状況から、相手の訴えは容易に想像できる。眼下には重量の男が一人。手を差し伸べてやりそうな通行人も辺りには見当たらない。このまま放っておけば、命の危険にまで到達する可能性も否めないだろう。

    (冗談じゃない)

     声には出さず毒づいて、彼女は軽く唇を噛んだ。相手は見ず知らずの鴉だ。このまま野垂れ死ねばいい。そう念じて、そのままの心を舌に乗せる。

    「私は鴉が嫌いだ。あんな奴、どうなったって構わない」
    『結構。だが、本当にその決断を形にすることが出来るかな?』
    「…………」
    『お前にそれだけの胆力があるなら、それも構わない。なに、今更鴉の一羽が野垂れ死んだところで、誰も気に留めはしないだろう。見捨てたとしても、咎めるものなどいるまい』
    「――私は」
    『問われるのはお前の本質だ。問うまでもないかもしれないが。自分の心に素直になってはどうだ?』

     返事はせず。彼女は、勢いよく腕を突き出した。眼前の相手に、それを全力で叩き付ける
     相手は動かなかった。動くまでもないのだろう。実際、拳が当たったところでそれはびくともしなかった。ただ骨に皹でも入ったように思える激痛が、自分の指から伝わってくるだけで。
     それ以上のものは何もなかった。拳に明確な殺意を乗せて相手に突きつけても、その意思に物理的な力は無い。在るのはただ、女の細腕が放つか弱い拳撃の力だけで。
     痛みは肘の辺りまで浸透し、拳は震えが走っている。だが痛覚を更に刺激するのもかまわずに、彼女は拳を押し当てた。

    「私はまだ折れていない」
    『その意気や良し。だが、それだけではな』

     喉の奥に焼けるようなものを感じて、彼女はそれを吐き出すべく口を開いた。だが言葉の形をした怨嗟の焔を世に導き出すよりも先に、相手のほうが動きを見せた。何かを感じ取ったのか、虚空を見上げてぽつりと呟く。

    『……鼠が舞い込んだようだ』
    「ちょっと、まだ話は――」
    『話ならついている。決着もとうの昔に。残っているものは、わかるだろう?』

     闇に紛れるようにして、相手の姿が消えていく。輪郭をぼやけさせ、色彩を失って尚、声だけは明瞭に響いていた。
    わかっていた。それは虚像。それは幻覚。にも関わらず実体を持って、人というものを潰していく。

    『罪は償わねばならない。だが、償う方法など無い。お前達が壊したものは、元に戻す術などないからだ。故にお前達は、同じだけのものを失わなければならない』
     それは悪霊。
     それは呪い。
     誰もが抱き続けた怨嗟の形。

    『死だ。残っているのは、それだけだ』

     誰もが抱いていたのなら。その災いは、誰に向けられていたのだろう。誰に降りかかるというのだろう。
     その答えは知っているようで、実際何も解らない。ただ、その恨みは自分にも向けられていると。理解したくもないその事実だけははっきりしていて。
     腕の痛みは、涙を流すには十分なものだった筈なのに。
     泣きたくとも泣けず。彼女は声にならない叫びを上げた。


1562/ #2.2 イリュージョンズ・サイクロプス(黒衣)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/08/04(Sat) 18:55:53

    「あら、気付いた?」

     声に驚いて、また噎せ返りそうになる。腹の底からせり上がってくるものをなんとか飲み下して、アレンは辺りを見回した。飾り気のない、というよりは使われた形跡のない小さな部屋。家具の中身はどれも空で、埃が山と積もっている。
     そんな家財道具からは少し離れた場所、窓際の所に声の主はいた。黒い長衣を纏った、少しばかり小柄な女性。
     椅子に座り窓の縁に頬杖ついていたその人物は、あまり気のない視線を彼に向けている。その周りだけは、簡単な掃除が為されているらしい。
     ふと気になって自分の横たわるベッドを見下ろすが、これも古いだけで埃は払われていた。やったのは彼女だろう。

    「……あなたは?」
    「礼も言えないのかしら。最近の若い人は」

     その態度は明らかに冷たい。だが道理ではある。しかし目を開けて意識を失った瞬間と全く違うものが目に映れば、誰だって状況確認の一つぐらいしたくなるものではないだろうか。
     それでも、アレンに抗弁の機会は与えられなかった。先に女が口を開く。

    「ただの通りすがりよ。路面に何だか人と一緒に血の塊が転がってたから、とりあえず適当な空き家に寝かせてみたけど。大丈夫だったかしら?」
    「血……」

     聞き慣れた単語ではあったが、それが示す状況を思い出すには幾許かの時間を要した。軽く唸って首を捻り、更に数秒の間を置いて断線前の記憶が呼び起こされる。
     珍しく長い時間血を吐かずに、街でそれなりの時間潰しができた。だが病院の門限を過ぎてしまいそうになり、急ごうとしたらいつものように吐血した。その先の記憶は完全に途絶え、そしてここで目が覚めた瞬間に繋がってくる。

    「そんなに流して大丈夫なのかしら。三割程度の血液を体から失うだけで、人なんて簡単に逝ってしまうのよ? さっきの有様だと、紙パック一本ぐらい満たせそうな量を吐いてた気がしたわ」
    「それぐらいなら……慣れてますので」
    「慣れれるものなんだ。吐血って」

     女の瞳が、珍しいものでも見るような目つきに形を変える。その視線は記憶にあったし、思い出したいものでもなかった。それでも、頭の底から呼び起こされる。

    (ああ、やだやだ……)

     昔から、自分は変人の目で見られていた。限度を超えた虚弱体質による病院暮らしは、看護婦だけならず医者にまでも嫌なよそよそしさを与えていたのは知っている。
     何時倒れるのか。自分の前で血は吐かないでくれ。解体現場並にぶちまけられた血の掃除などしたくない。いっその事死んでしまえばいいのに。
     そういった侮蔑、嘲笑、怯えにその他諸々、色々な感情の混じった奇異の眼差し。誰からもそんなものを受けるのは苦痛だったし、にも関わらずそんな場所にいなければ己の命すらままならない自身に嫌気も差していた。
     レイヴン。憎むべき対象。そいつらを殺す為に自身もまたレイヴンとなったのは、本当はそうすれば、あの場所から長く離れていられるからなのかもしれない。

    「しまった、時間……」

     不意に思い出し、慌てて辺りを見回すも、時計の類は見当たらない。だがそれでもやはり、病院には行かなければならないのだ。己の内に巣食う病魔がいなくならない限り。つまりは、永遠にだ。
     困り果てて顔をしかめていると、助け舟を出してくれたのはやはり女だった。他に誰もいないのだから当然だが。
    「朝の五時半、早朝もいいところね。病院っていうのは、こんな時間でも入れるのかしら?」

    「多分……入れてくれると思いますよ、病棟のほうならね」

     答えながらベッドから降りようとするが、まだ身体がだるい。ここがどの辺りなのかも判っていない以上、無理は禁物だった。おそらくは倒れた場所の近くなのだろうが、それでも病院までは相当の距離がある。
     仕方無しにもう一度横になろうとして……アレンは女が見たのは、腕時計などではなかったのに気がついた。彼女の小さな手の中にすら収まる、小さな懐中時計。

    「……それは?」

     懐中時計自体は珍しくない。だがその時計が彼女には不釣合いに思えて、アレンは疑問をそのまま口にした。というのも、女の身には装飾品がやたらと多い。飾り気のあるものが多いというわけでもないが、耳のピアスや指輪を幾つも、ビーズを連ねた腕輪や、足首にも似たようなものをつけている。
     そういったものを好む女は、物を大事にしない人種だとアレンは思っていた。だからこそ、何故そんな古めかしいものを使っているのか気になった。
     だがその質問の意味を、彼女は少し履き違えたらしい。顔を向けると、円型の飾りを見えるように掲げながら言ってくる。

    「本来の持ち主は死んでしまったから、私が使ってる。いい人だったんだけどね。……ACばかりは現れてしまうと、生き残れるかどうかは運だから」

     女が時計を持つ手を揺らすと、それに合わせて繋がった鎖が掠れた音を立てる。

    「AC……」
    「そう、鴉の方々。色んな理由でACを手にして、色んな理由で戦っている人達。仕事と割り切ってたり、意地だの信念だの言ってみたり、或いはなんとなくや、命令だからとか、為す術もなくそうなったって人もいる。でも結局、そんな十人十色も外から見れば、皆同じでしかないのよね」
    「……よく、知ってるんですね」

     まるで、見てきたようにものを言う。
     出かかった言葉を何とか飲み下して、

    「だって、あなたも鴉なんでしょう?」

     かけられた言葉に息が止まる。
     それも初対面の相手に自分の正体を看破され、文字通り息が詰まった。咽に空気が引っ掛かり、実体を持ったように人の呼吸を阻害する。

    「…………なんで」
    「奴に教えて貰った――教えられたわ。知らないものなんてない奴だから。本当に……」
    「奴?」
    「そう。鼠を取りに行ったわ。返り討ちにでもされてしまえばいいのに」

     言って、彼女は窓の向こうを覗く。長い間磨かれていないらしいガラスは曇っていたが、それでも外をある程度見渡すには十分な透明さを残していた。光は殆ど入ってこない。雨が降っているらしかった。

    「……私は鴉が嫌い」

     背を向けたままそう呟いた彼女に、アレンは目をぱちくりさせた。そんな彼に女は薄ら笑いを浮かべながら口元に手を当てて後を続けてくる。

    「自分の我を通す為だけに、この世界から全部奪っていくあの存在が大嫌い。願う事なら、一人残らず死んでしまえばいいと思う」
    「凄いな……同感だ」

     相手の言葉に、アレンは無駄に大仰に頷いた。よく解る。奴らの死を希う心は、自分も全く――といっていいのかどうか知らないが――同じものを持ち合わせている。

    「あんな奴ら、全員死んでしまえばいいんだ。どいつもこいつも……うまく言えないけど、兎に角、ムカつくんだ。殺してやりたいんだ、あんな最悪の――」
    「そうね。でもそれ以上に、私は後悔させてやりたいと思うってた」
    「後悔……ですか」
    「そうよ。泣きたくなる程に、自分を壊されるほどの痛みを抱えて、そのまま死んで欲しかった。だって、そうじゃないと……酷いじゃない」
    「酷い?」
    「そう。沢山の人が、鴉の我侭の犠牲になる。色んなものを薙ぎ払って、どんな心も踏み躙って。そんな奴らなのに死ぬ時は、爆発に呑まれて一瞬で終わり。……卑怯じゃない、そんなの。数え切れない恨みを作っておきながら、彼ら彼女らは背負った業には目を背けたまま死んで行くの」

     小さく吐息して、彼女は言葉を止めた。手にした懐中時計に軽い口付けをして、それを頬に寄せて瞳を閉じる。

    「自分のした事が自分に返って来るなんて嘘。本当だったとしても、彼らは帰って来る前に逃げてしまう。楽になってしまう。許したくないわよ、そんなのは」
    「そんな細かい事、気にしていられるか!」

     投げれるものがあれば、床かどこかに叩きつけていた。実際は彼の手の届く範囲には枕しかなく、その枕も形が悪いわ平べったいわで、とても投げれるものには見えなかった。叫んでから暫く経った頃に、仕方なくベッドの上へと自分の拳を叩き付ける。

    「こっちは、いつ死ぬかだって判らない……そんな悠長な事言ってる暇なんて、これっぽっちも」
    『それは唯の自棄だな。私のそれとは違う』

     こちらの言葉を遮り、ぬっと現れた人影に、アレンは思わず息を呑んだ。
     眼前の女性と同じような黒衣。だが違うのは、現れた誰かは頭から足の先まで黒一色であるという部分だった。頭の前面を全て覆うような仮面をつけていて、全身の漆黒の中でそれだけが異彩といえる。目に当たる部位に穴が開いているようだったが、それで瞳の色が見えるという事もなかった。
    重々しい足音を響かせながら、それは部屋の中に入ってくる。

    「なんだ……?」

     それを、人間と認識できていなかったのは間違いなかった。漏れたうめきは、ともすれば言葉にすらなっていなかったのかもしれない。実際、こちらの呟きなど聞こえていなかったように、女が黒衣へと問いかける。

    「――鼠は捕まえた?」
    『一応は』

     そう答えて、黒衣は腕をかざしてみせた。顕になったその手を見て、再び絶句する。
     アレンが目にしたのは帷子と、鉄輪を重ねたような腕だった。黒衣は傍目からでも重量のあるその腕を極めて自然に動かし、掌をこちらに向ける形で五指を広げる。
     リングを幾つも並べたような指の先は当然穴が開いていたが、そこから紐のようなものが何本も伸びていることにはその時気付いた。それはそのまま、黒衣の背後へと連なっている。
     目で追って。改めてアレンは息を詰まらせた。悲鳴になっていた気もする。黒衣の背後に転がっていたのは人間の身体だった。瞳孔の開ききった双眸は限界まで見開かれ、零れ出た舌の先からは唾液と血と胃液の混じった混沌とした液体が雫となって垂れている。
     何処から現れたのか。
     どうやって音も無く、こんなものを連れてきたのか。
     この死体は一体誰なのか。
     そもそもこの黒衣は何者なのか。
     それらの疑問は灯る度に次の疑問へと道を譲り、一瞬の内に全て通り過ぎていった。後に残ったのは――

    「……お前は」

     掠れた声が耳に届いて、アレンは不意に我に帰った。慌てて顔を横に向ければ、そこに立つ女の形相が目に見えて変化している。
     詳しく観察するまでもない。そこに表れているのは、間違いなく怒りだ。その瞳がこちらに向けられていれば、間違いなく竦みあがっていただろうほどの。

    『人の身体というのは脆いな。少し加減を間違えたようだ』
    「何が加減だ。そんなもの、最初から考えていなかったことぐらい見れば判る。悪ふざけも大概にしろ」

     女の吶喊にも、黒衣は全く動じなかった。涼やかに聞き流していたように見えたのは表情からではない。元より黒布と仮面に覆われた頭は、顔色の変化などかけらも見ることは出来そうになかったが。

    「……見れば判る、とは?」

     質問という行動が雰囲気にそぐわないよう思えて、控えめにアレンは口を動かした。女が、こちらを見もせずに答えてくる。

    「肋骨を粉砕して内臓が完全に破壊されてる。多分即死だ。これだけの威力を出しておいて、加減を間違えた? 冗談じゃない」
    『失礼な。即死などさせていない』
    「一瞬か、数秒か、数分の違い? 治療も出来ず死が約束された傷を眺める時間なんて、長ければ長いほど絶望感に苛まれるだけだ。余計に性質が悪い」

     語気を更に強めて、女が詰め寄る――そう見えた。
     実際には、女は一歩分だけ足を動かしただけだった。身体はもっと先に進もうとしていが、そこから急に立ち止まったようにも見える。
     何にしろ、黒衣は女の恫喝にに取り合おうとはしなかった。前に進み出て――死体につながる糸を引き摺って――女の横を通り過ぎ、アレンが横になっているベッドの隣まで寄ってくる。
     自然、発せられる声は険悪なものとなった。奥に潜んだおびえを隠す為かもしれなかったが。胸中では陰鬱に毒づき、半眼になって問い質す。

    「……なんですか」
    『何れまた、お前を殺しに伺おう』

     淀みなく、それは言い放った。男女の判別すらつけられない中性的な機械音声には抑揚すらない。
     頭を傾けたりもしていない為、それがこちらを見下ろしているのかいないのか、そんな事すらも判らなかった。そして絶句している間に、相手は言葉を続けてくる。

    『驚く事はあるまい。お前が私を忌み嫌っているように、私もお前を憎んでいる』
    「……僕があんたに、何をしたっていうんだ」
    『お前は鴉だ――それで十分だ。忌み人が個人ではなく集団なのだから、これで正当な理由となろう。一括りの存在へ向けられた怨嗟とは、そういうものだ』
    「そんなの……っ!」

     勢いだけで、黒衣へと掴みかかる。相手の腕は簡単に獲得できた。後は必殺の通信空手を試すだけでいい。目標とした腹の辺りを、掌底で一撃する。
     見事なものだった。それこそ自分史に今の一瞬をアニメーションつきで事細かに記録しておきたくなるくらいの鮮やかな直撃がそこにあった。だが同時に、それだけでしかなかったという話でもある。
     黒衣は微動だにしなかった。胸への一撃に対し、僅かに身体が傾いだりしたならまだしも、頭の位置すら先刻と全く変わらない。自分の掌だけが、じんじんと波のある痛みを訴えてきている。

    「無理だよ……そいつににそんな攻撃が通じるわけない。化物じみた力でもない限りね」

     溜息混じりに頭を抱える女の姿に、アレンは渋々手を引いた。黒衣はその間、一歩も動かないだけでなく一言すらも発さなかった。気持ちの悪い相手である。
    「私の知る限りで、こいつに勝てる『人間』はまだいない。無茶はしないほうがいいよ」
    「くそっ……」

     痛みの残る腕を抱えながら、アレンは黒衣を睨みつけた。その相手の向こうでは女が腰に手を当てて斜に構えこちらを眺めているが、その拳が強く握られていることに気付けたのは幸運なのかどうか。
     二人分の怒気を一身に受けて、あくまで黒衣は冷静だった。いや、冷静に見えた。ただそこに立っているだけだというのに、それは落ち着き払い、全てを見透かすほどに超然とした態度を取っているように見える。
     怖い。
     心の底から湧き上がったその感情に、アレンは隠しようもなく身震いした。

    『そう。その感情だ』

     唐突にそれだけを呟き、黒衣はアレンに背を向けた。

    「……え?」
    『恐怖は刻まれた。今はそれでいい。これでお前は、もう私の事を忘れられない。記憶が呼び覚まされる度に、お前はその恐れを抱く。それは時と共により大きく肥大し、闇を深くする』
    「…………下衆が」

     吐き捨てたのは女だったが、黒衣はそれを聞いた素振りすら見せなかった。聞こえていないわけがないが。
     黒衣は既に、アレンから遠ざかっていた。女の呟きは黒衣がすぐ隣を横切った時に発せられたものである。その言葉を全く意に介することすらせず、黒衣は歩を止めぬまま言葉を残していく。

    『またいつか、お前の前に現れる。そしてその時がお前の人生の執着、鴉に相応しい惨めな死を約束された瞬間となる』
    「幾ら僕でも、そう簡単に」

     反駁の言葉は、途中で途切れた。すぐ近くにはまだ、誰のものとも知れぬ死体が残っている。自分が今すぐにそれと同じものにならないという保障など、何処にもない。
     なんにせよ、黒衣はが足を止めることはなかった。扉を押し開けて、その向こうに消える。死体を引き連れて。
     思いつく言葉などない。何もないが。

    「殺されたくないなら、あいつを滅ぼすしかない」

     聞こえてきた声にはっとして、アレンはそちらを見やった。女は力のない眼差しで、扉の向こうを見つめている。黒衣の消えた、その先を。
     自然と浮かぶのは疑問だった。

    「どうやって」
    「さあね。けど無敵の存在なんていない。必ず、何かある筈」

     本気でそう思っているのか。
     そんな疑問を感じたのは、女の声に覇気が感じられなかったからだった。それは殆ど恨み言のようで、負け惜しみにも聞こえる。
     そんなこちらの心境に気付いたりはしていないだろうが、女は笑ってみせた。皮肉げに口端を吊り上げて。
     その顔に、アレンは身震いした。別に彼女がこちらを見ていたわけではなかったが。そこに現れたのは覇気ではない。狂気だ。

    「私は、せめて一矢を報いる。あなたはどうする?」

     瞳だけをこちらに寄せて。今度の言葉には力がある。気圧されて、アレンはそのまま口篭ってしまった。女は暫くは待っていてくれたが、やがて軽く嘆息すると扉のほうへ歩き出した。
     適当に、後ろ手を振ってくる。

    「選択が許されているうちに、決めておいたほうが言い。そうでないと私らみたいに、選ぶことすら許されなくなる。逃げてもいい。刃向かってもいい。諦めても構わない。決めるのはあなただ」
    「そんな選択をしろと言われても……」

     漸く言葉を口にして、やはりそれは途中で止まった。女は既にそこにいない。出て行ってしまったのだろう。
     唇を噛んで、アレンは壁を殴った。どいつもこいつも、いきなり現れて勝手なことを言う。一体なんだというのか。腕の痛みはそのまま怒りへと化けた。

    「なんで、こんなことに巻き込まれるんだ……?」

     ついていない。それだけを思い浮かべて、アレンはベッドの上に倒れ伏した。
     戻るは休んで殻でいい。戻るのが遅れた理由を聞かれるだろう。先生につく嘘を考える時間が必要だ。

1563/ #2.4 ブラッド・ヴァーミリオン・インディゴブルー(刎ね回る刃)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/08/04(Sat) 18:56:34

     少なくとも、自分がそれほど特別な人間であるという思いはリンにはなかった。レイヴンであるということは確かに特別なのだろうが、それは結局ACを降りてしまえば普通の人とさしたる違いはないということでもある。
     武芸を身につけているわけでもなければ、銃器の扱いに長けてもいない。そんなただの人間が命を狙われれば、逃げるより他にない。

    「何だよ……なんなのよ……っ!」

     人が全力で走れる時間など、せいぜいが十数秒程度だ。恐怖による全力疾走はあっという間に息がつき、それでも必死に足を動かしていく。

    「なんで私なの。わかんない。全然わかんないよ……」

     罵声すらも、最後のほうは掠れていた。とうに尽きていた最後の息を言葉と一緒に吐き出して、リンは何個目かの角を曲がり息をついた。辺りを見回してから壁に手をかける。
     レイヴンという職業柄、確かにいつかはこういうこともあるのではないかと思ってはいた。誰かに命を狙われる。そんな状況に陥る日が来るのではないかと思ってはいた。だがそんなものはずっと先の話だとも思っていた。さして有名でもなく、それほど目立った行動もしていない自分の存在など、誰にも見向きもされないだろう。少なくとも今は。そんな安堵を抱いていた。
     甘かったのか。何もかもが。壁についた右手に違和感を覚えると共に、そう感じた。
     見やる。手の甲の中央に黒い丸がついていた。数呼吸置いてその点から一筋の滴が垂れたことで、彼女は理解した。手に穴が開いている。
     悲鳴をあげて壁から離れる。まだ掌に痛みはなかったが、時間の問題だろう。激痛に耐えながら逃げ回るのは不可能だ。今の内にせめて隠れる場所を見つけなければならない。
     殆ど一瞬の間にそれだけの思考が出来たのは、奇跡みたいなものだった。自分はそこまで優れた人間ではない。命の危機が眼前に迫っているからなのか。頭が信じられないほど冴えている。
     素晴らしく無意味だ。すぐにリンは、自らの奇跡に嘲笑を投げた。反転し駆け出そうとしたその先に、何かがいる。

    『用があったのは別の相手。だが他にも鴉がいるのなら、手を出しておいて損はない』

     その声が余りにも近くから聞こえた事実に、彼女は戦慄した。目を離した覚えはない。だが視線の先には誰もいない。

    (もう、意味がわからない……!)

     相手の言葉など欠片も耳に入っておらず、リンは喉を引き攣らせた。慄きに息が詰まって、そのまま呼吸というものを忘れていた。大きく息を吐いて、自然、全身の力が僅かに緩む。
     鋭いものを左手に感じて。痛み出したのは右手だった。せめて悲鳴はあげないよう下唇を噛んで、激痛に勝手に動き出した腕を押さえようと左手を伸ばし――
     唇を噛み切りそうになる。甲から掌を貫いて、短剣が左手に突き刺さっていた。貫通し血も染み出してきているその有様をはっきりと目にしたことで、痛みもまた形となって襲ってくる。

    『確か――リン、だったか。両手が塞がればACには乗れない。お前は自分の力を失った』

     誰とも知れない襲撃者の言葉。老若男女全てが入り混じったような異質な声。それを理解するだけの余力はリンにはなかった。両手を中心として全身を蝕む痛撃に涙が流れている。叫んでいたかもしれないが声は自分の耳には届いていない。聞こえていないのか、それとも己の声を認識する余力すらも、この頭には残っていないのか。
     頬に触れたものがあった。人の手のようで、だがその感触はもっと硬質でひんやりとしている。涙で滲んだ視界の向こう、ぼやけた輪郭に顔は見えない。だが色だけははっきりとしていた。黒。黒衣。

    『お前の力は私が貰い受ける。お前は何も出来ないまま、ただそれを眺めていればいい』

     恐怖を感じて身を引いた為に、黒衣の手はすぐに顔から離れた。だがそれ以上逃げようもない。背中を壁にぶつけて、息だけが荒くなる。

    『……眺めるだけなら、足も必要ないか』

     殺される。そんな直感に反射的に、リンは自分の両目をきつく閉じた。抵抗にもならない。が、それでも身体がそれ以上動かなかったのだ。それ以前に、両手の激痛で気も遠くなってきている。走れる状態ではない。
     そのまま数秒。風切り音が聞こえたが、自分の身体に変化は訪れなかった。何もなかったのか。或いは訪れた何かに気付けもしないまま死んでしまったのか。どちらとも判別のつかないまま、リンはゆっくりと目を開けた。そして尚更に言葉を失う。光景が一変していた。
     一度目を閉じたおかげで、ある程度視界も回復している。眼前にいた筈の黒衣が消えていた。黒い何かが立っていた場所に、今は別の人がいる。先端に曲刀のようなものがついた棒を両手で構えた、赤い髪の女性。

    『お前に用はないよ』

     ゆらりと。そんな気配を漂わせた声が、何処からか響いてくる。壁を背にしていては――いつのまにかへたり込んでいた――見渡せるものなどそれほどないが、黒衣はすぐに見つけられた。現れた女の目線の向こう、右手の側の通路の先。
     改めてその姿を観察すれば、黒衣という表現は最も適当だったように思えた。全身をくまなく漆黒の外套で包んだ黒の塊。顔に張り付いた人型ですらない仮面まで闇色に染まっている。

    「黙れ、通り魔。いきなり人の雇い主を襲ってくれたと思ったら、こんなところで子供にまで同じことを」
    「こ――っ!?」

     一瞬だけ痛みを忘れ、リンは言葉を詰まらせた。これでも成人した身である。確かに発育がいいとは言えないが、それでも子供扱いは酷すぎるのではないか。
     尤も誰も取り合う気配すら見せなかった上に、痛みでこちらもまともに喋れそうにない。嗚咽に走らないだけで精一杯という状態だ。左手に突き刺さった短剣を抜こうにも、右手に力が入らないのでどうしようもない。そしてそんなこちらの葛藤など蚊帳の外に、眼前の二人は二人で話を進めている。

    「気に入らないわね。貴方みたいなのは」
    『私が手を伸ばしているのはリデンプションだ。お前の名は聞いていない。素直に消えろ』

     赤髪の恫喝を悠然と流して、黒衣は要領の得ない返答をしてきた。それが気に障ったのか、赤い髪の人は槍のようなものを一度だけ大きく振った。その切っ先を相手に突きつけて、吼える。

    「私の主に生身で喧嘩を売りたいのなら、まずは私が相手をする。それが従者としての筋ってものでしょう?」
    『お前に興味はない。数が違いすぎる』
    「数? 何の話よ」
    『殺した数が違いすぎる。お前はその後ろにいる子供の半分、否、十分の一も手にかけていないではないか』

     女の顔から、不意に敵意が消えた。浮かんだのは疑問か、それとももっと別の何かか。それは分からないが、何れにせよ女がこちらに顔を向ける。

    「……レイヴン?」

     頷くべきなのか。躊躇した時間は数秒もなかったが、赤髪の女はすぐに顔を背けてしまった。また黒衣のほうを睨みやって――
     その視線が彷徨ったことに、リンは訝った。だが理由もすぐに知れる。黒衣の姿が無い。

    『興が削がれた。お前の主のところへは、違う形で私がまた改めて顔を出す』

     声だけが聞こえてくる。何処かから語りかけてきているのだろうが、その響きは暗闇そのものが語りかけてきているようにも感じられた。不定形な声が、一層その感覚を強くしている。
     女が急に動きを見せた。どういう仕掛けなのかは判らなかったが、長物の刃が外れている。尖った先端だけを手にした片手を振り上げて、何処かへと投擲する。
     また相手の視線を追うが、今度は何も見つけられなかった。僅かの間を置いて、女の舌打ちが聞こえてくる。はずしたということなのか。女はなおも辺りを探っていたようだったが、暫くするとうんざりと頭を抱えて、小さな嘆息を漏らす。

    「……こりゃ逃がしたわね。怒られるかしら」
    「誰に」

     無意識のうちに、リンの口が動いていた。はっとして、慌てて口を押さえようとするが……肝心の両手が動いてくれない。
     意識が手にまで広がった所為か、尚更に傷みが増した。苦痛に歯を食い縛って耐えるが、それでも顔が歪む。
     女はこちらの様子を、ただ黙って眺めていた。いや、気にかけているだけで、まだその瞳だけはせわしなく周囲を見回している。
     その様子がこちらの質問に答えるつもりなどないように見えて、リンはそのまま別の問いを投げた。

    「あなたは、なんなの」
    「私はただの使い走りよ」
    「使い走り?」
    「そう。分かっていたことだけど恨みを買いすぎね、あの人は。少しは護衛に回る側のことも考えて欲しいわ。身勝手な上に無自覚で、何を考えてるかもわからない。頭がおかしいのよ――」
    「誰のことですか?」
    「うひあっ!?」

     武士とでもいうのか。そういった剣呑な気配を纏っていたその女が跳ね上がりそうなほどに身体を震えさせたのは、傍目からでも滑稽に見えた。彼女は手から離れた長物を咄嗟に拾い上げながら、引き攣った笑顔で上擦った声を口にする。

    「……あ、あら〜。いつからお越しで?」
    「さて、いつからだったろうね」

     リンも気付いていなかったが、何時の間にやら女の背後に男が一人立っている。切れ長の瞳に無機質な光を宿した、二十歳は間違いなく過ぎているであろう男。三十まではいかないか。黒……いや、闇の中だからそう見えただけだった。藍色の短髪は綺麗に切りそろえられているとは言えず、長い部分と短い部分が乱雑に入り混じっている。視界だけは確保しているようだが、端正な顔立ちが台無しなようにも思える。
     そんな男が囁いた言葉は、酷く簡素なものだった。

    「敵は?」
    「……消えました。改めて顔を出すと口にしていましたから、もうこの辺りにはいないかと。油断させる為の口上かもしれませんので、まぁそれなりに素早くこの場を離れるのがよろしいかと」
    「ふむ」

     男は少しだけ考えるような素振りを見せると、徐にこちらに顔を向けた。
     それだけでしかなかったのだが、リンは確かに背筋が凍るのを意識した。相手の目……穏やかな光を湛えたその瞳に射竦められたように、身動きが取れなくなる。
     痛みを忘れるほどの寒気に、リンは小さく喉を鳴らした。男が呟いた言葉に悪意はない。敵意もだ。にも関わらず、身体が恐怖を感じている。

    「彼女は?」
    「黒衣の辻斬りに遭った……ただの一般人です」
    「ほぅ」

     頷いて、男は無造作に近づいてきた。その動きが余りに自然すぎた為に、リンは何の反応も出来なかった。その首元に短剣が突きつけられた時も同様に。
     何が起きたかを理解するよりも先に、男が口を開いてくる。
    「もし君がここで死ぬとしたら。どうする?」

    「冗談じゃない」

     反発の言葉を形にするのに苦労はなかった。だが弱弱しい。叫んだつもりであったが、音の大半が口の中で引っかかって出ていなかった。
     それでも男には届いたのだろう。疑問を呈してくる。

    「どうして」
    「そんなの、当たり前じゃない……っ!」

     何故そんなことを聞くのか。死への拒絶は誰もが当然の如く持っている筈の感情だった。その理由など答えられるものでもない。突き出された理不尽な問いに対する苛立ちを力にして、今度の声は先程のものより一回り大きくなった。腹の底から全力で吐き出して、だが急激に全身が脱力する。
     男の問いは、更に続いた。

    「理屈のない生存本能だけで生きていたいと思えるほど、この世界が美しいとは思えないが。君のそれは本心か? この酷く見窄らしい無価値な場所に存在を続け、その対価となり得るほどの幸福が本当に得られると思うのか」
    「それは――」

     幸福。その言葉を受けて感じたのは、明確な拒絶反応だった。それはそうだろう。自分は不要だと只管に謳っていた人間が、そんなものを素直に享受できるわけがない。いや、何処かで欲してはいるのだろう。故に受入れられない。
     口を噤んだ理由は一つだけではない。だがそれを説明するのも愚かだろう。その為には無駄に多くのことを話さねばならない。悠長な話が出来るような状況でもない。そして、相手も余り間をおいてはくれなかった。短剣を引いて肩を竦める。

    「――まぁ、子供に語ったところで詮無いことか」
    「だから、なんで子供――」
    「茜、この子の手当てはできますか?」
    「とっくにやっています」

     声はすぐ近く、本当に近い場所から響いてきた。リンは床にへたり込んでいて、立ち上がった男を見上げているという姿勢だった。女は先程まで少し離れた場所、今ならば男の背後辺りにいるのが正しい。
     にも関わらず至近距離で聞こえた囁きにぎょっとして、リンは慌ててそちらを向いた。女はやはり何時の間にやらしゃがみこんでいて、リンの手に包帯を巻いている。地面には何やら色のついた液体の入ったビンのも散乱していた。消毒液だろうか。

    「とりあえず応急処置で済ませて、残りは場所を移してからに。いつまでもここにいるべきじゃない」

     口早にそう言って、彼女はリンの腕を軽く叩いた。そこで初めて、自分の腕の感覚がなくなっていることに気付く。しかも掌だけではない。二の腕の辺りまで、腕そのものが消え失せてしまった様な得も知れぬ不快感が広がっていた。
     よく見れば、女のほう――茜というのは名前だろうか――が指の間に、小さな注射器を挟んでいる。きっと麻酔か何かだろう。痺れにも似た感覚はそれ以上広がらなかったが、代わりに気だるさが全身を襲った。知っている。睡眠薬を服用した時に襲われる感覚に近いものだった。精神安定剤を用いても落ち着かない時には寝てしまえと、何度も使っている。だからすぐに判った。
     意識が霧散する前。最後に気付いたのは、短剣のことだった。左腕に刺さっていたもの。いつの間にか抜かれていたもの。
     男の手にあった短剣。刀身の根元から先端へ、赤い液体が垂れている。それを見て脳裏に浮かんだのは別の刃物だった。もっと細く頼りない、だがそれでも、ずっと自分の手の中にあったもの。

    (幸福――私は――血を――)

     頭の中に現れた単語に、意味など何もないのだろう。
     流したのが体液だけだったのかすら判別できぬまま、リンの意識は混濁し闇に堕ちた。



1537/ #3 ハーフムーン・アライアンス(鴉の本質)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/15(Sun) 17:46:28

     意識を取り戻してから、既に数時間が経つ。
     その時間を、彼は瞳を閉じたまま過ごしていた。
     部屋に音は無いが、視界を閉じ意識を混濁させていけば周囲は殊更に音を拒絶する。黒と闇の境界、意識と無意識の狭間。夢にも現実にも、何者にも侵されない漠々とした領域の中で、投げかけられた混沌からの声を聴く。
     その一言一言を反芻し、一つ一つを問い詰めながら。パズルのピースを崩し組み立て、幾つもの変遷を辿りその形を明確なものへと変えていく。

     全てのピースを使い終えて。
     自然と開いた両目は、まだ何も映してはいない。数度瞬いた後に、ようやっと世界が輪郭を取り戻していく。壁は壁として、柱は柱として。その存在を明瞭に己へと伝えてくる。
     彼は起き上がった。そして枕元にあった小型端末を手に取ると、手短に必要な情報だけを送信する。五分と待たず、返事はすぐに返ってきた。
     息をつき、また倒れる。ベッドの硬いスプリングを軋ませながら、彼は再び瞳を閉じた。今度は声も聞こえない。思考すらも放棄して、ただ全てを休ませるべく意識を閉じる。

     声にならぬ声で、誰にも届かない言葉を残す。
     捨てるべきものを見つけた男が、取るべき道は決まっていた。



     結局そこは、いつだって人通りは少ないのだ。
     なんとなしにそんなことを思いながら、スカルボーンは相変わらずの通路を歩いていた。時折係員とすれ違うものの、それぐらいしかない。
     人員が必要なのはトリニティ側のMT部隊を総統括しているデルタであって、レイヴン、つまりは少数精鋭で構成されるC−LAWSという部隊を運営するのに必要な人材というのは、やはり少数なのだ。輸送、搬入などを受け持つ外部スタッフは相当数を揃えているのだろうが、そもそもそういった輩が基地内にたむろしていることが稀である。
     かといって肝心のレイヴンが常にこの場所にいるかといえば、答えは否だった。仕事に関する束縛は受けれど、鴉らがあえてここに出向く必要というのは現状では余りない。C−LAWSへの所属というのは結局のところレイヴンにとって、依頼の発送元がケイジからトリニティへと変化しただけに過ぎないのだ。仕事に拒否権が無いなどの些細な違いはあれど、そういう状況にある故に生活環境までをこちらに映す必要は無いというわけだ。
     結果として、この名ばかりの本部に一度として顔を出したことのない鴉も少なくない。一度しか顔を見せていないようなレイヴンは更に多いだろう。そんな場所で何度も見かける面子となれば、自ずと固定されてくるわけだが――

    「お前、それは本気か!?」

     幾度となく聞いた記憶のあるその声に、スカルボーンは足を止めた。純粋に感情を曝け出している若さの目立つ声、間違いなくキリーである。

    (あの男は何かと面倒だからな……)

     スカルボーン自身の風貌が目立つというのもあるが、あの青年の近くを通って声すらもかけられなかった記憶というのは余り無い。尤も交わす言葉の大半は、キリーがC−LAWSの面子として自覚があるのかどうかをスカルボーンに問うものだが。そんなものがこちらに欠片でもあろう筈がなく、毎回血気盛んな青年を軽くあしらって会話は終わる。
     彼にそれなりの地位というものがなければ、あしらうだけでは終わるまい。しかし同じことを繰り返すのも、いい加減面倒になってきたところなのだが――

    「本気も本気だ。第一、こんな嘘をついてどうする? 自分がオマエらの敵であるなどという虚言に、一体どういった含みを持てるというんだ」
    「それが真実なら、尚更悪いっ!」

     声を荒らげているのはキリーである。だがもう一方には覚えが無い。果たしてこれは誰か。
     単純な好奇心に敗北を喫し、スカルボーンは歩みを再開した。少し進んだ先の角を曲がれば、すぐに男二人が問答している場面に出くわす。先にこちらに気付いたのは、もう一人のほうだった。それにつられる様にして、背中を向けていたキリーもこちらを見つける。

    「お前……っ」
    「よお、お邪魔だったかね?」

     一本だけ腕を上げ、軽い挨拶をしてみる。キリーは答える余裕すらないのか顔を顰めるだけだったが、もう一人が余裕を持って答えてきた。

    「別に、構わないさ。聞かれて困るようなことでもない」
    「っ……ノルデンフェルト!」
    「おや、それとも、離反者が出たのを公にされるのはやはり不味いのかな? そちらとしては。まあワタシには、もうどうでもいいことだ。巣立った鴉は戻ってこない。それまでの己が家にどういう顛末が訪れようが、興味もないな」
    「お前、どうして……っ!」
    「離反者。貴様、ここを出て行くのか?」

     言葉端から何も読み取れそうにないキリーの喚声はとりあえず無視して、スカルボーンはノルデンフェルトに瞳を向けた。
     狂人。以前彼をそう言い表したが、傍から見ただけではそれを読み取るのは難しい男のようだった。歳はキリーと同程度、或いはもう少し上か。冷淡でもなく、かといって陽気でもない。至って平俗的な、剣呑さを感じさせぬ男である。少なくとも今の段階では。
     そんな相手が、世間話のように答えてくる。

    「ああ、そのつもりだ。ここにいる目的を見失ってしまったからね。アナタも気をつけるといい……そんな必要などないか。天下のスカルボーンなら恐らくは、生身の誰かに後れを取ることもない」

     口端を吊り上げた気味の悪い笑みを浮かべ、ノルデンフェルトはスカルボーンの横を通り過ぎた。視界から消え、警戒も消えれば彼が遠ざかっていくという確証もなくなる。そこに居た事実さえ消え失せる。
     呼び戻す声があった。追いかける足音も。

    「……おい、待てよノルデンフェルト! こっちの話は終わってないぞ!」

     罵声にも似たキリーの声に振り向けば、彼はノルデンフェルトの肩を後ろから掴んで凄まじい形相をしていた。子供が見たら踵を返して百メートルを十秒台という陸上選手も真っ青になる速度で逃げ出すような、そんな顔だ。
     当のノルデンフェルトは、至って涼しげにその顔面を見返しているが。
     先ほどまで見せていた異様な凶笑はなりを顰め、端整な口元には微笑を貼り付けている。その唇を小さく動かして、彼は告げた。平静に。

    「これ以上何を話すというんだ? C−LAWSは最早ワタシの主ではない。その価値を失った以上、ワタシがここに残る理由など何も無いのだ。出て行くのは当然だろう」
    「在野に戻るのか」

     ノルデンフェルトは答えず、無言のままキリーの腕を振り払った。襟を直し、歩みを再開する。

    「待て」

     それを再びキリーが制した。
     激昂はある程度収まったらしいが、完全ではないようだった。怒気、或いは殺気。そういったものを第三者の目から判るほどに放出しながら、それでも口調だけは冷静を保とうとしている。

    「本気で在野に戻るというなら、今ここでお前を拘束する」

     ノルデンフェルトも、また足を止めた。肩越しにこちらを振り向いて、その顔に映っていたのは――嘲笑だった。

    「おやおや、本性が出たなあC−LAWS。今まで散々貢献してきた相手に対してその扱いは酷いのではないかい? ワタシがどれだけこの組織に尽くしてきたか、キミが知らないということもないだろう?」
    「だが、明日の敵を今ここで見逃すことはできない」
    「明日の敵。敵。敵か。在野は全て敵。C−LAWSに属さないレイヴンは一人残らず敵。そうかそうか。いや実に素晴らしい……」
    「!? 何が可笑しいっ!」

     キリーの叫びに対して、ノルデンフェルトは反応らしい反応も見せない。ただ独りごちながら時間と共に含み笑いを強くし、嘲笑はあと一歩で哄笑にまで変化しそうなほど大きくなっている。片手で顔を覆ってうつむき、笑いを堪えるように肩を震わせて。

    「矮小だ、お前は」

     傍目から判るほどに、キリーの時間が止まった。
     浴びせられた侮辱を彼が理解するまでにはもう少し時間がかかりそうだったが、ノルデンフェルトは言葉を止めない。容赦なく、聞き流せない相手にとっては本当に堪忍袋を切るような暴言を叩き込んでいく。

    「その理論では、キサマの仲間はここにしかいないのだろうな。C−LAWS、C−LAWSか……本当に笑かせてくれるよ。企業の尖兵、保身や金の為に集まっただけの烏合の衆に、一体どんな誇りがあるというのだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある」
    「貴様っ――!」
    「何を怒る? こんな場所で本気で理想に燃えているのは、お前ぐらいしかいないだろうに。他に誰がいるというんだ?」
    「それは――」

     反論しようと口を開きかけて、だが不意にキリーの声が途切れた。それを予期していたのだろう、ノルデンフェルトが声高に自身の言葉を繋ぐ。

    「何人出てきた? C−LAWSの、トリニティの掲げる『争いの無い安定した社会の再興』を本気で信じて、ここに籍を置いている奴が。一人でもいるか? いやしないさ。右にも左にも、己のことばかりを省みる連中ばかり。仲間の為に信念の為にと詠う奴らは多いかもしれないが、そいつらがこの部隊の志の為に何をした? 何もしていない。ケイジがあった頃と同じように、ただ黙々と依頼をこなしているだけではないか。ワタシはね、もう愛想が尽きたんだよ。そんな屑の群にね」
    「屑……屑だとっ!」

     言葉尻にだけ反応するのは、この青年がまだ若いからか。他人事にそんなことを思いながら、スカルボーンは彼らから数歩距離を置いて、傍観者を決め込んでいた。口喧嘩はまだまだ続きそうだったが、止めてやる義理もない上に見世物としても悪くない。
     とはいえ炎上しているのは片方だけで、罵倒の嵐というわけでもない。それに追い詰められているのは、烈火の如く燃え上がっている側の男である。その様相に違わず、キリーが張り裂けんばかりの怒声を響かせた。

    「撤回しろ、今すぐだ!」
    「どうして。ワタシの言葉に、修正するべき虚言は無かったと思うがね」
    「少なくとも、俺はこの部隊で戦うことを誇りと思っている! 誰もいないわけじゃない!」
    「何を言っている。お前は隊長殿の犬じゃないか」
    「てめえっ!」

     罵声の後には、鈍い音が続く。
     キリーの振り上げた拳は、かなりあっけなくノルデンフェルトの顔面を捉えた。吹き飛ばされはせずともそれなりによろめいて、ノルデンフェルトが数歩後退する。

    (……勝負あったな)

     舌戦というものは、基本的に先に手を出した側の負けである。本人は決して認めないだろうが、人が口喧嘩の中で暴力を持ち出す瞬間というのは、大抵反論の術を完全に失った瞬間だ。
     そしてノルデンフェルトも、怒りで我を忘れるほど青くはないらしい。腫れ上がった頬を指で一擦りすると、反撃の素振りすら見せずに腕を組んだ。一度だけ侮蔑の笑みを作ると、冷淡な、というよりは明らかに見下したような表情でキリーに告げる。

    「さて、もういいかな? ワタシも色々と準備があるのでね」
    「……待てよ」

     キリーの声は震えている。悔しさか、怒りか、或いはもっと別の何かか。どれにせよ、ノルデンフェルトはもう興味がないようだった。踵を返し、後ろ手を振りながら告げてくる。

    「ああ、拘束の件は勘弁してくれ。除隊届けはちゃんと出してある。隊長サマにも受理されたよ。信じられないなら確認してみればいい。ワタシはACを持ち出さなければならない、もう暫くはここにいるからな」

     キリーはもう言葉すら出ないのか、恨みがましい視線を相手の背中に注いでいる。
     喧嘩の勝敗は完全に決した。終わってしまえば、疑問の提示で見世物が途絶えることもない。抱いていた疑問が、自然と音に変じて放射される。

    「……あれだけ忠誠を誓っていた人間が、随分と豹変したものだな」

     ノルデンフェルトは何の反応も見せない。遠ざかっていく彼に、スカルボーンは構わず続けた。

    「叩きのめされて、何か変な真理でも見つけたか?」
    「そうだな、真理といえば真理だ」

     距離の変化が終わる。肩越しに振り返って、ノルデンフェルトは微苦笑を浮かべてみせた。その顔に悪意はない。少なくとも表層上は。それこそ爽やかとまで言えそうなほど、口端の歪みに裏は感じ取れない。
     だがその清清しさは、明らかに狂気を孕んでいた。それこそがきっと、戦場で踊る時の彼の姿なのだろう。

    「気付いたんだよ。ワタシの正義はもうココにはないと。いや、最初からなかったのだろうな。ただワタシが、それに気付けないほど狭い視野しか持っていなかっただけで。……遅かれ早かれ、ワタシはこういう行動に出たと思うよ。あの相手との戦いは、きっかけでしかない」

     やれやれといった様子でかぶりを振り、ノルデンフェルトは嘆息した。あまり力のない瞳でキリーを一瞥し、スカルボーンを一眺めすると、くるりと踵を返す。

    「そしてともすれば、何処にもないのかもしれないな。ワタシの望むモノは」

     言い残した言葉はそれだけで、ノルデンフェルトの姿はすぐに通路の曲がり角へと消えた。それを見送りほどなくして、キリーがぼそりと呟いてくる。

    「なんなんだよ、いきなり……どうしたっていうんだ、あいつは」
    「人の心は移ろいやすい、と言うからな。きっかけさえあれば、その意思は簡単に捻じ曲がる。崇高な目的が瓦解するのは刹那の時間で十分なのだよ。寂しい話だが」

     不意の闖入者に、キリーが背筋を凍らせる。彼は細長い双眸を限界まで見開くと、勢いよく振り返った。そして突然乱入した何者かを見つけると、また新しい驚きで声を大きくする。

    「……クレイムエッジ!? どうしてここに。いつからいたんだ?」
    「おや、別に不思議はないだろう? わしも一応は、ここに子飼いされているレイヴンだからな。あと、わしが見ていたのは途中からだ」

     それも、片手を挙げてスカルボーンに挨拶などしながらやってきた。その存在に気付いていなかったのは、ずっとこの老人に背を向けていたキリーだけだ。

    「……その『子飼い』っていう表現、やめてくれないか」

     クレイムエッジの言葉が気にでも障ったか、キリーが陰鬱に声を落とす。既に散々ノルデンフェルトに言い負かされたからというのもあるだろう。クレイムエッジは顎鬚を撫でつつ微笑するだけで、回答はしなかったが。次に出てきた言葉も、キリーへの返事ではなかった。

    「まぁ何にせよ、奴はもう戻ってはこないだろうな。説得なんぞした所で意味もあるまい。ここは一応、来る者拒まずの姿勢のようだが……去る者に対しては、どうするのかね?」
    「……隊長の決めた事に、俺が口を出す理由は」
    「あれは嘘だぞ?」

     含み笑いを一層強めて、クレイムエッジはあっさりと言い放った。驚愕に満ち満ちた表情で、キリーは大口を開けている。

    「ここを出れば、わしらはその時点で賞金首だ。そんな意思表示をすれば即刻捕らえられるに決まっておろう。本気で除隊するつもりなら、それをわざわざ言いふらしたりはしないだろうな」
    「……つまり、コイツはからかわれただけという事か?」

     スカルボーンの指摘に、やはりクレイムエッジはすぐに答えてはこなかった。老人が無造作に伸びた口髭に指を這わせている間に、キリーが唐突に踵を返す。
     声をかける暇もない。憤怒の篭った瞳を一瞬だけ見せて、あっという間に走り去ってしまう。
     その背中を見送って、スカルボーンは溜息をついた。

    「あの男、平坦な声音ではあったが、随分と息巻いていたように見えたのだがね……除隊する気などない、唯の芝居か。拍子抜けだな」
    「おや、ノルデンフェルトは本気だぞ? 本当にここを辞める気でいる」
    「ほぅ」

     改めて老人へと顔を向け、スカルボーンは腕を一対組み合わせた。クレイムエッジは彫りの深い顔に、更に皺を作って微笑する。

    「除隊届け云々というのは、間違いなく嘘だろうがな。心情云々といった部分に関してなら、奴は本気だと思うぞ。どうやってここから抜け出すつもりなのかは……案外、すぐに分かるような気もするがね。その辺り、少し考えれば判りそうなものだが」
    「成る程。お前があの小僧をからかったわけだ。暇潰しにはなったか?」
    「青い奴で遊ぶのも悪くはないがな。但し今のは、ちゃんとした目的があっての事なんだよ、これが」
    「青二才を弄って果たせる目的か。つまらんものなのだろうな」
    「お前さんに、少しばかり用事があるんだよ。スカルボーン」

     きょとんとして――クレイムエッジはそれに気付きもしなかったが――スカルボーンは感覚だけ目をしばたたかせた。老人は特に何かを訝ったということもなく、勝手に自分の話を進めていく。

    「ちょいと小耳に挟んだんだが、どうやら随分な厄介ごとに首を突っ込んでるようじゃないか。その件で少しな」
    「そんな特殊なことをした覚えは無いな。儂の日常を狂わすほどのものか……やはり記憶に無いのう」
    「おいおい、本当か? となるとワシの聞き違いかもしれんなぁ。歳は取りたくないもんだ」

     言葉とは裏腹に、クレイムエッジの瞳には何かを確信しているような色が映っている。スカルボーンは腕を組んだまま別の腕を腰に当て、軽く老人を促した。

    「知らんものは知らん。まぁ聞けば思い出すかもしれんな――何の話だ?」
    「ドッペルイクス――黒衣に会わなかったか? ここ最近で」

     呑む唾も止める息もないが、それでも呼吸が詰まる。

1542/ #3 ハーフムーン・アライアンス(鴉の本質)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/16(Mon) 18:12:06

    「さてな」

     返事は簡素なものだった。鉄仮面でしかない表情から、何かを読み取られることはない。
     だが数秒と続かなかった筈の沈黙だけで、この老獪は全てを理解したのかもしれない。口髭を撫でる指をぴたりと静止させ、瞼を伏せる。

    「そうか。まぁ知らんなら知らんでいい。そのほうがいいだろう。だが折角だ……一つ話をしてやろうと思ってね」
    「話?」
    「老人の短い昔話だ。尤も、お前さんにしてみれば退屈なだけかもしれん。嫌なら聞く必要はないが」

     いつもであれば、『くだらんな』と一蹴しただろう。しかしあの黒衣の名を出されては、そうもいかなかった。気になる相手ではあったが、まだ本格的に調べたわけではない。差し出される情報があるのなら、今はまだ実用性は二の次で構わず、聞いておいて損はない。
     こちらに動く気がないと判断したか、クレイムエッジが語りだした。目は閉じたまま、僅かに俯き壁に背を預けた姿勢で滔々と。

    「ワシがまだ現役だった頃だ。ケイジが残っていて、まだアリーナも盛んだった頃。レイヴンが失踪したという噂が流れた。間を置いて何度かな」

     失踪。記憶というデータバンクに、引っかかるものがあった。

    「その話なら儂も知っている。二十年以上は前の話だな」
    「それは、おそらく終盤の頃だ。始まりは更に昔のことになる。だが知っていたとはな、話が早い」

     クレイムエッジは片目だけを開くと、感嘆の声をあげた。だが記憶に関しては、さして褒められることでもない。脳だけはまだ有機物かもしれないが、電脳麻薬に侵されきったそれは、最早生身の人間のそれとは別物と化している。その過程で気がつけば、記憶という名のデータの長期保存が可能になっていたという、ただそれだけの話だ。

    「儂がレイヴンを始めて、まだ間もない頃だったからな。当時は少しばかり気にかけたものだ。結局ただの噂でしかなかった、というのまで憶えているよ」
    「そう……だったな。結局噂で終わってしまった」
    「ふむ。裏有りか」

     納得できなくもない。その噂を聞いたのは、スカルボーンがまだ義体を手に入れる前の頃だ。当時の自分には目立った情報集積能力も無く、情報屋などへのつてもなかった。何処で何が起こっていたとしても、それを気に留める余裕すら。

    「まぁそういうことだ。ところで少し話は変わるが、わしらは一体、どうやって依頼主に当人であると判別されると思う?」
    「ふぅむ……そもそも、個人の識別などされておらんと思うのだがな。よほどの有名人でない限りは、十把一絡げと同様。ACの所有者という括りでしか見られていないものだと判断するが」
    「ほぉ、いきなり核心を突いてくれる」

     眉を跳ね上げて、クレイムエッジが再び驚嘆を漏らす。しかし別に誉められるほどのことでもなく、スカルボーンは無感動を覚えながら適当に辺りを見回した。指し示すべきものが、それで見つかるというわけでもなかったが。

    「そも、儂らの仕事は結局のところACの操縦だ。それが戦闘行為に発展するかどうかを含めてもな。あえて依頼者に自分の顔を見せる必要のある場面というのが、果たしてどれだけあるものやら」
    「そう、そこだ!」

     正鵠でも射たように、クレイムエッジの声が跳ねる。ただでさえ耳障りな銅鑼声が反響によって更に煩わしく、スカルボーンは頭を抱えた。

    「……喧しいな」
    「おっと、すまんすまん。だが問題になるのはそこなんだよ」

     さして悪びれた様子もなく、クレイムエッジは尚も調子よく続けてくる。

    「いいか。嘗てはケイジが発行していたレイヴンライセンス。ワシらの存在を証明するものは、このプラスチックのカード一枚しかない。ケイジ消滅後のレイヴンは、これすら持っていないのも多いそうだ。在野など、殆ど名乗った者勝ちの状態らしい」
    「C−LAWSの奴らには一応、似たようなものが回されただろう」
    「確かにな。だが全員ではない。その姿を公には一切見せずに、C−LAWSに参加しているレイヴンも存在する。リデンプションやインフォモチーフ……そういえば、我らの隊長殿もその顔を見た記憶がないな。まぁ隊長殿は兎も角、そういった奴らが企業発行の顔写真つきのカードを持っているかどうかとなるとかなり怪しいもんだ。そうは思わんかい?」
    「確かに、その通りかもしれんが……」

     軽く首を傾げて、スカルボーンは虚空を見上げた。つまるところクレイムエッジが言っているのは、今現在のレイヴンは、自身が本当にレイヴンであるという証明が機体以外に存在しないということだ。確かに現状では、或いは今までずっと、その通りなのかもしれない。そして。

    「つまり……依頼主は中身の人間が入れ替わっていたとしても、それに気がつくことはない。ということか?」
    「ご明察。そして噂というのは、まさにそれさ。レイヴンは実際に消えていた。殺されていた、と言い換えるべきか。だがそれに気付く者はいなかった。何故なら犯人は、自らが殺したレイヴンに成り代わり、そのレイヴンとして活動を続けていたからだ」

     得意げに。知識をひけらかすかの如く得意げに、クレイムエッジは語る。しかしそれをそのまま聞き終えてしまうほど、スカルボーンの思慮は浅くなかった。腑に落ちず、問い質す。

    「そんなことをして、一体何の得がある?」
    「得の為にやったのではない。損をしない為にやっていたのさ」
    「どういう意味だ」
    「頂いた立場でどれだけ卑劣な真似をして、どれほど疎んじられようとも、その嫌悪を向けられるのは既に死した、機体の本当の持ち主だ。悪行を行っている者ではない。貶めるのをよしとするなら、なんでも出来るのさ。人の姿を借りていれば」
    「カモフラージュか。だが成り代わるのであれば、そいつは誰かを偽る際に対象のACを使うのだろう? 何機ものACを一人で保有するなど、早々可能なものではない。しかも嘘を継続させるには、殺されたレイヴンがそれまで通りの活動を行っていなければならん。複数のレイヴンの活動を全て一人で受け持つなど、不可能ではないか」

     レイヴンの活動域は、世界全土と言っても過言ではない。加えて依頼は常に突然訪れる。暇な時は徹底して暇だが、一部地区の騒乱が激化すれば提示される依頼の量は桁外れに増加し、多数のレイヴンが駆り出される。そんな時期は、二人分の活動を一人で行うことすら無謀だ。三人四人となれば、最早世間知らずの戯言でしかない。
     が、クレイムエッジはこちらの問いをあっさりと一蹴した。

    「これは当時の話だが、奴が一人で活動しているのかどうかすらも、最後まで誰一人突き止められなかった。それにワシは二十余年ほど前、確かに奴を仕留めた。倒したと思ったのだがね…………そういうわけでだ、嘗ての黒衣と今の黒衣。手口から何から全て同じだが、同一人物ではないという可能性も捨て切れん。顔も声も隠しているしな。他にも……」
    「模倣犯」
    「ああ、そうだな。模倣犯。偽者使いの偽者なんていう、滑稽な俗物という可能性もある」

     頷いて、クレイムエッジは考え込むように手の甲を顎に当てた。眉間にしわを寄せ、口端をきつく引き締める。
     暫しの間を置いて、老獪は唾棄するような溜息と共に口を開いた。

    「まぁ本物の正体すらもわからんかった以上、そいつを確かめる方法など皆無だがな。結局ワシらは、奴のことをなんもわかっとらん。言えるのは奴が、黒衣を纏った仮面の……男……だろうな、多分。それすらも、はっきりとしとらんのだ。あと奴は自分のことを『XX(ドッペルイクス)』と読んだ。ともすれば、これは組織の呼び名なのかもしれんが」
     ドッペルイクス。表記すればXXだろうか。

    (成る程。だから×の字、か)

     つまり、スクワラルはあれの呼称まで知っていたということになる。この間の一件の際に吐いたもの以外にも、何か情報を握っているかもしれない。次に会う機会があれば、全て吐かせておいたほうがいいだろう。
     それが凄まじく骨の折れそうな作業になりそうだという予感もあったが、今だけはそれを記憶回路の端の端に寄せておく。考えるべきは黒衣のことだ。

    (XX、か。随分な名称だが……裏切り者、或いは偽者? 未知の存在? わからん)

     その言葉一つでは、推測の幅は数多まで伸びる。
     XX。それがダブルクロスを指すのであるなら、裏切り者や二重スパイといった意味に直結する。ドッペルイクスの意味は、ダブルクロスをラテン語に読み直しただけのもの、と取るのが一番単純にして明快だろう。
     近い言葉、ドッペルゲンガーは分身だ。己の影。その語源となった国では、死を告げる者として怖れられていた。ドッペルゲンガーそのものに関しては、幽霊の一種というのが一般的な認知だ。それは今も昔も変わらない。科学の進歩や国の概念の崩壊、企業体の半神格化やそれ以外の宗教の形骸化によって、古い神や幽霊、その他人外のものを含めた幻想への造詣が深い者の絶対数は、これでもかというほどに少なくなったが。
     実際敵の行動を鑑みれば、あれはドッペルゲンガーと呼んだ方が相応しいようにも思える。しかし、あれは別の名で名乗りを上げた。果たしてそこに意味はあるのか。
     XXXはユダのしるし、裏切りの印とされる。太古に実在したらしい神を裏切った男の得た報酬。それがXXXになる。関連する話としては吸血鬼絡みのものになるが、それに関してはここではどうでもいい。寧ろ吸血鬼などといった明確に想像しやすいものであるほうが、相手をするならまだ楽だ。

    (そんなところか……?)

     X単体の意味は未知。試作機の型番などにも用いられる。それが二つというのはただの誇張表現か、もっと別の何かか。『ドッペル』には『もう一つの』という意味がある。Xの片方がそれならば、ドッペルイクスの意味は『二つの未知なるもの』。二つという部分が気にかかるが、現状ではこれが一番あれの雰囲気に適合しているかもしれない。
     尤もその全てが、今考えても仕方のないことなのだろう。憶測に現実味を付与するには、何もかもが不足しすぎている。

    「……他には何かないのか?」
    「他ねぇ……ああそうだ。こいつを忘れちゃあいかんかったな。必ずというわけではないだろうが、奴がドッペルイクスとして現れる場合は、こちらと全く同じ機体を使ってくる。わしの時もそうだった」
    「まさにドッペルゲンガー、だな」
    「ワシもそう言ってやったさ。奴はこう返してきた。『その名は機体にくれてやった。私がドッペルイクスである意味は、もっと遠い所にある』とな」
    「遠い所……ね。随分な表現だ」
    「思い出せるのはそのぐらいか。参考にはなったかね?」
    「さてな」

     耄碌は、ただ口髭を撫でるだけ。
     スカルボーンはその場を立ち去ろうとして――数歩進んだだけで足を止めた。振り返れば、変わらぬ様子でこちらを見送ろうとするクレイムエッジの姿がある。
     肩越しに片目だけを向け、スカルボーンは静かに口を開いた。

    「一つだけ、聞かせてくれるか」
    「ん? 構わんよ」
    「何故儂が、そのXXとやらに関わっていると思ったのだ?」
    「なに。順番からしてそうだろうなとよ」

     さして躊躇もなく、クレイムエッジは答えてきた。
     身体こそ動かさないが詰め寄るように、スカルボーンは更に問い質す。

    「……順番だと? 一連のことに、何か法則性でもあったというのか」
    「そうだな。理由は一つだ……奴は無差別にレイヴンを襲い回っているように見えて、殺戮者や悪名の高い者、活動暦の長いレイヴンなどを真の標的としている節があった。そしてノルデンフェルトは常に前線を駆け抜け、数多くの依頼を忠実にこなしてきた。やり過ぎるくらいにな。そんな奴の次となれば、ここの中では――」
    「成る程。色々な奴を貶めた末に、ついに儂にもお鉢が回ってきたということか」
    「レイヴンをやっていれば、いつかは出会う運命にある相手さ。牙を剥くか否かは運次第……盲腸みたいなもんだ。微妙な喩えだが」

     人差し指を伸ばし、手首の回転で虚空に円を書きながら、クレイムエッジは明後日の方向を見上げつつ続けていく。

    「奴は手強いぞ。ACの使い手としてだけではなく、もっと別の意味でもだ。お前さんの手には余ると思うが」
    「なめてくれるな。貴様でも勝てたのだろう? 何の問題もない」
    「そいつは頼もしいねぇ。威勢だけで終わらんよう、ワシも切に願っておくよ」

     聞き終えるよりも早く、スカルボーンは背を向けていた。それ以上話を聞きたくなかったのでも、相手に喧嘩を売りたかったのでもない。必要なものを手に入れたから去る。それだけのことでしかない。
     既に数多の人間を手にかけた者が、今になってたった一人の人間を不快にさせたところで何が変わろう。

     感じたものは、予感でしかなかったが。
     ふと振り向けば、クレイムエッジの姿などとうになく。
     誰の気配すら響かぬ場所で、スカルボーンは再び無機な足音を響かせる。


1578/ #3.2 パントミミック(不自由な世界)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/09/30(Sun) 19:19:08

    「さて、あなたはどうするつもりなのかな?」

     驚いたのは声をかけられたからではなく、いきなり眼前に顔が迫ってきたからだった。人通りは少ないが大通りのど真ん中である。そんなところで普通に歩いていて、いきなり目の前に女の顔が逆さまに現れては、平静でいろというほうが無理な話だ。

    「な、なんですかいきなりあなたどこから!?」

     自分でも何を言っているのか解らなかったが、そもそもが悲鳴をあげず腰も抜かさなかっただけで大したものだという精神状態で発したものだ。口の動きに理性がついていっていない。

    「あんまり油断していると、突然現れた黒衣に腹掻っ捌かれて爆弾とか詰め込まれるわよ?」
    「怖いこと言わないでくださいよ!」

     ひとしきり叫んでから、アレンははっとして辺りを見回した。いつの間にか何人かが立ち止まって、こちらに奇異の視線を向けている。こんな往来であれだけの絶叫を響かせた上に、逆さ吊りの女と向かい合っていることの状況を考えれば、注目されないほうがおかしいというものだが。

    「っていうか、どうやって逆さに……?」
    「種も仕掛けもあるわよ。魔法じゃあるまいし」

     そう言って、女は自分の足元――アレンから見れば真上――を指差した。示された通り見上げてみれば、1メートルほどの頭上を鉄心が通っていた。相手はそれに足を引っ掛けて、逆さ吊りになっているのだ。
     恐らくは何かを対面の建物に橋渡しする為のものなのだろうが……少しはなれた場所に、一枚の札がぶら下げられてあった。『建築断念。残念無念。また来週』と書かれた札が。
     見なかったことにしておく。

    「……で。何の用ですか」

     一歩ずつ、少しずつ後ずさりしながら、アレンは憮然とした態度で問いかけた。逆さになって髪の毛も総毛だっているように垂れ下がっていて判り辛いが、間違いない。この間の女である。あの変な黒い何かと一緒にいた。

    「君がレイヴンになった理由とか聞きたくてね?」
    「そっ、こっ、こんな所で話せるわけないじゃないですか!」
    「あんまり騒ぐと、また注目を集めるわよ」
    「誰のせいだと……っ!」

     胸ぐらを掴んでやりたかったが、相手が逆さではどこをどう握ればいいのかよく分からず、伸ばした腕は拳を形作るに留まった。それに気付いてか関係無しにか、女が軽く身体を揺すった。器用に空中で一回転して、アレンの正面に着地する。

    「それで、どうする? ここでもいいし、何か食べながらでも構わない。それとも裏路地外辺りがいいかしら? でもあの辺は、最近白い義体出るって噂もあるからあんまりお勧めできないけど」
    「だからぁ!」

     三度目の絶叫と共に訪れたのは、唐突な眩暈だった。足元の感覚が失せて、身体の平衡も狂わされる。支えを失くしては去来する浮遊感に抗う術もなく――

    「おっと」

     声は耳元から聞こえてきた。どうやら前のめりに倒れたらしい。自分はきっと、女の身体にもたれかかっているのだろう。ぼやけた視界に映った色は、相手の髪の色と同じだった。

    「軽い、ね……病院にする?」
    「ほっといてください」

     相手の腕を振りほどき―――それだけでもかなりの気力を必要としたが、アレンはふらつく足を両手で押さえ息を整えた。頭の重さ、ぐらついた平衡感覚、時間と共に全てが正常へと戻っていく。
     最後に一度大きく深呼吸して、アレンは上体を起こした。
     途端に突き飛ばされて尻餅をついた。

    「……どうしてですか?」
    「いや、とてもなんとなく」

     倒れたままで尋ねると、女はそれ以上答えようもないというような表情で頬を掻いてみせた。自然と引き攣る頬の筋肉をなだめながら、なんとか一人で身体を起こす。
     擦り傷などがないかを確認してから、アレンははっきりと皮肉を口に出した。

    「病人を突き飛ばそうっていう、その感性が理解できませんね」
    「人の胸なんか触ったりするから」
    「はあ!?」
    「あら、感触なかったかしら? あんまり大きくないからねぇ」

     そう言いながら自分の胸に軽く触れたその女は、本気とも冗談ともつかない曖昧な笑みを浮かべている。
     顔が紅潮するよりも先に、胸の奥で重く広がったのはこの相手に対する呆れと、苛立ちと。そして不快感だった。頭を抱え、奥歯を擦り合わせてうめく。
    「結局、あなたはなんなんですか?」
     総括すればそこに行き着く。名も知らない相手、一度だけ異質な邂逅を果たしただけの見ず知らずの女。そんなものにまとわりつかれる理由というのは、何一つとして考え付かなかった。

    「私は、少し興味が湧いただけ。ドクターストップというレイヴンに。君が本心から、自分の目的を達しようと意気込んでいるのかどうかにね」

     それがただの世間話でしかないとでもいうように、淀みも力もなく告げられて。アレンは意図してではないが、息を呑んだ。
     ドクターストップ。その名で呼ばれた経験は殆どない。元々大して名が通っているわけでもないうえ、まだそれほど足を踏み入れた回数も多くもない仕事の場では、依頼主からの呼称は専らが『レイヴン』であった。

    「……そんなことを聞いて、一体どうするつもりですか」
    「言ったでしょう? 私は興味を持っただけ。ただの好奇心に、どんな説明をつけろというのかしら」
    「あの黒衣に頼まれて、ですか」

     そう言葉に出して、アレンは身震いした。声などというものに実体はないが、それでも単なる音でしかない筈のそれが、すぐ背後で現実に影響する形を持つかもしれない。あれは、そういった存在だった。

    (恐怖、か)

     呼び起こされた言葉もあった。記憶が呼び覚まされる度に、お前はその恐れを抱く。確かに口に出すだけでこれだけ背筋を凍らすのであれば、あれの語った話は真実と言える可能性を秘めているのかもしれない。
     女の答えは簡素なものだった。

    「そう思いたければご自由に」

     短い返答だけでは、相手の真意を測ることなど到底出来るものではない。小さく歯噛みして、アレンは自分の記憶を探った。黒い巨体と、この女。一度だけ交わした会話の内容を記憶の底から引き摺り出そうと試みる。
     その努力の間に。女はアレンの肩に触れ、そのまま通り過ぎていった。
     不意打ちでも受けたように気を逸らせて、アレンはすぐさま振り向いた。過去の探索などとうに中断してしまっている。女は歩みこそゆったりしているものの、それでも動きは止めないまま肩越しに目をこちらへ向けている。

    「往来での立ち話は、誰もが思っている以上に目立つわよ? 歩くだけでも随分違う」
    「あなたに話すことは何もない」
    「それでも構わないけど。私を遠ざけてしまえば、君はあの黒衣の情報を手に入れる術を見失ってしまうわね」
    「……脅迫ですか?」
    「勿論、逆についてきたとしても、私がぽろりと致命的な話を漏らすかどうかはわからない。全ては可能性の話。そんなものは脅迫にはなり得ない。でも、選択し決断するのは常にあなただ」

     既に女とは、手を伸ばしても届かない程度まで離れている。このまま見送れば、本当に去っていきそうな足取りではあった。試されているのか、遊ばれているのか、それとも本当に興味を持たれただけだというのか。

    (可能性だって?)

     選択はいつだって自由だ。訪れる結果を見ないのであれば。先を見通す知恵すら無いのであれば。

    (他にどうしろっていうんだ!)

     気がつけば自分の指が、鉤のように捻じ曲がっていた。だが実際にはそれは鉤などではなく、その指先は何を引き裂く力も持っていない。指先を折っただけの人の腕でしかないそれは、掌に爪を立てる程度の役にしか立ちはしない。
     アレンは歩き出した。女の背中はもう遠い。急ぐ必要がある。

1579/ #3.4 ブリードブラッド(指で触れる)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/09/30(Sun) 19:20:20

    「右手はそれほど大した傷じゃなかったわ。口径が小さかったのと、弾が貫通していたからかしらね。でも、左は腱が切られていたから。一応繋ぎはしたけど、五指が全部動くようになるのは当分先になる」
    「ん……」

     耳には入っていたが、大半は聞き流していた。返事とも呼べない呟きが、掠れた息と一緒に吐き出される。自分部屋、自分のベッドに腰掛ける姿勢で、見下ろしていたのは自分の両手だった。包帯を巻いた右手と、まだ巻いていない左手。そこにある傷に視線を落として、ただ呆然としている。
     あれから何日経ったのか、はっきりとは憶えていなかった。断片的な記憶はその大半が両手の痛苦ばかりで、人の形に繋がるものをまともに思い出せない。声。顔。触れられる感触や食事を取った、或いは栄養剤か何かを飲んだ憶えも。だが両手の出血が収まっているのを鑑みれば、少なくとも丸一日以上は経っているだろう。治療が済んでいるのならもっと長い。それでもこの女が自分の部屋の場所を知っているわけがなかったのだから、恐らくは無意識の内に喋ってしまったのだろう。自分の意思と関係なく。まるで止め処なく溢れる黒い衝動のように。
     治療。自分で思いついたその単語に、リンは自問するように問いを漏らした。

    「……神経縫合なんて、それこそ医者でなきゃできないよね」
    「そうね」
    「あなたがやったの?」
    「さぁ。どうだったかしら」

     言葉だけでなく表情も曖昧にして、その女はリンの左手に包帯を巻いていった。その何か余裕ぶったような態度がどうにも癪に障り、リンは毒づくような声をあげた。

    「一人で出来るよ」
    「子供が強がるもんじゃないわよ」
    「だから、子供じゃないって」

     手を振り払い、零れ落ちた包帯の束を拾い上げる。強情だと言いたげに目を細めている相手に背を向けて、リンは自分の手に包帯を巻いていった。隠すように。口と、何とか動く親指だけを使って、何重にも回転を重ねていく。傷の痛みは疼くような鈍痛程度のもので、我慢できないものではない。それが一応それなりに癒えてきている証拠なのか、何かしらの鎮痛剤の効果なのかは判別のつけようもないが。
     それでもある程度巻いた辺りで、女がはこちらの手際を覗き込んできた。そして、感心したような声を漏らす。

    「へぇ、上手じゃない」
    「ずっと一人だった。これぐらいは慣れてる」

     手馴れていた理由は別なところにあったが、そこまでは口にせずリンは作業に集中した。両手が完全に剥き出しになっていて、自分の見窄らしい傷痕を完全に曝け出している格好になっている。
     その傷を隠すように包帯を重ねながら、リンはなおも言葉を繋いだ。

    「それにあなたは、あの男の人の、その……メイドさん? なんでしょう。こんなところで油を売っていちゃいけないんじゃないの」

     黒衣に襲われたあの夜も、確か彼女は同じ格好だった。しかしその時は異常な状況による動転と失血による意識の混濁で、全く気にも留めていなかったのだ。今になって初めて、その格好が窮めて異質であることを認められる。白のエプロンドレス、その下には袖のない黒の長衣。腰に縛ってあるのはベルトではなくリボンか何かだったのだろうが、擦り切れてしまっていて単なる赤いぼろ布以外の何物でもない。
     それだけではない。身体の部位の幾つかに、板金のようなものが張り付いている。
     そんな自分の格好を見下ろすようにして――実際に彼女が目を向けていたのはリンだったが――相手は別に、何を気にしたということもなく答えてくる。こちらの問いが遠回しな退室願いであるのに気付いた様子もない。

    「許しは貰ってるわよ? どの道あの人は私の手伝いなんてなくたって、大抵のことは自分でやってしまう。あなたは両手が塞がって、これから暫くは生活するだけでも大変でしょう? 自分の拾いものをそんな状態でほっぽっておくのは、後味が悪いじゃない」
    「拾いもの……」

     別にわざとやっているのではないのだろうが、それ故に逆に神経を逆撫でされる。リンは最後に歯で咥えながら包帯を縛り止めると、唸るような小声で吐き捨てた。

    「……私は、暇潰しの道具ってことか」
    「生憎、私は無為に過ごしていい時間なんてものには、もう持ち合わせがないの。それに、怪我人が偉そうな口を叩くもんじゃないわ」

     聞こえてしまったらしい。女はこちらの額を指で軽く弾くと、気楽そうに笑ってみせた。
    「強がったところで、腕の傷が塞がるわけでもない。心や意識なんてものは、結局のところ物理に作用しない空虚なもの。胸の内でどれだけ鋭い牙を研いでいたとしても、そんなものじゃあ振り下ろされるナイフ一本防げやしない。形のないものを支えにしても役には立たないわ。死ぬだけよ」

     それまでと変わらない深みのない口調で、だがその内容が唐突に薄暗いものとなった。相手の表情に変化はない。とても自然に、世間話の如く酷薄で虚ろな言葉を紡いでいく。
     その内容を理解できたわけではない。だが相手の言葉を反芻するよりも先に、彼女はくるりと背を向けた。

    「? どうしたの」
    「適当に食事も作ってくるわ。何か食べたいものでもある?」
    「冷蔵庫は何も入ってないよ」
    「知ってる。だから聞いてるんじゃない。どんなリクエストでも答えられるのは、買出しに出るときだけよ」
    「……なんでもいいよ、別に」
    「つまらない子ねぇ。だからそんなにちっさいのよ」
    「それは関係ない!」

     物を投げる腕が使えないせいで、罵声しか浴びせることができなかった。相手は聞き流すように軽く頭を振ると、そのまま部屋を出て行ってしまう。
     最後に、ドアをロックする音が聞こえた。部屋の鍵まで持っていかれたらしい。これでは締め出すことも叶わない。

    「まったく……なんなのよ」

     多少は動く右腕で頭を抱え、リンは小さく毒づいた。
     何処かで聞いているのではないか。そんな危惧を抱いて、リンは辺りを見回した。無論あの女が見つかるわけもなく、意識に染み入ったのは別の違和感だった。

    (こんなに……広かったっけ?)

     自分の部屋。それほど長く住んでいるわけでもないが、それでも大体の間取りは把握している。その部屋が、やけに広大なものに感じられる。リンは一度目を閉じて深呼吸してから、ぐるりと首を廻して己の部屋を端から端まで見渡した。
     落ち着いてみれば、それが錯覚であることはすぐに知れた。壁までの距離。天井の高さ。家具の位置。どれも変わらない。
     だが違うものもあった。尤もそうでなければ、違和感など感じまい。部屋の三割ほどを占拠していたペットボトルの群れが、綺麗に片付けられている。それ以外に散乱していた癇癪の後も。全て整頓されていた。
     その変容を眺めている内に記憶の端に引っかかるものを感じ、リンは自分の左腕、手首の辺りに指を当てた。いつもはリストバンドを巻いているその場所には、今は白い包帯が分厚く覆い被さっている。自分でも気付かない内に、無駄にきつく締めてしまったのだろう……簡単には外れそうもない。
     リンは大きめの嘆息を零すと、ベッドの上に仰向けに転がった。人の気配が失せて静寂ばかりが犇いている部屋の空気に安堵を覚え、それに重なるようにして眠りへの誘いが身体の奥から手を伸ばしてくる。臓器を鷲掴みにして引き込もうとする圧倒的に逃げ場もない誘惑は、刃向かおうという気概が表れようとするよりも早く意識の塊を現実から剥ぎ取っていく。
     心が霧散する一瞬前に、視界の中に浮かんだ姿があった。それはともすれば夢の中で映ったものだったのかもしれない。だがそれを確かめる術もなかった。自分だけ、他に誰も見ていない現象に。確かなものなど何も無い。
     声を聞いたとしても錯覚なのだろう。それを見たという事実すら虚ろであるならば、信じるほどの価値もない。

    『――おやおや。こっちは随分と気楽なことで――』

     気楽そうなその声は、だがあの女のものではない。
     判ったのはそれだけで。目が醒めた時には声の質も言葉の内容も、記憶からは抜け落ちていた――


1543/ #4 ブラインドスィリーズ(誰かの傀儡)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/16(Mon) 18:18:07

    「ろくな仕事もないか……」

     普通は一々基地まできて確認するようなものではないと思われるが、ここからでなら、まだ配信されていない最新の依頼を請けられる事が稀にある。まぁ本当に、極稀にだが。実際今確認してきて、目新しい仕事は一つもなかった。
     所詮はついでである。最初から大した期待はしていない。己にそう言い聞かせながら、スカルボーンは出口へと向かっていた。彼のような人外の容姿と非道な人格を持っている人間にも、帰るべき家というものはある。賃貸業者というものは結局、相応の金銭さえ掴めるのならば相手が犬畜生であろうと部屋を差し出すのだ。全ては金である。何をするにしても金が要り、また金さえ有れば世の大半は思い通りに動かす事が出来る。
     そんな話にいい顔をする人間は少ないだろうが、これは一つの真理の形である。世界を構築するシステムの一端として確定してしまっている事象に対し、汚い、卑怯だなどという罵りは通用しない。例えどれだけの非難が降り注がれようとも、最も実用的且つ妥当であると判断されたものは善悪を超越して永劫に流れ続ける。その流動を遮り、破壊するには、世界を変えるしかない。
     警報が鳴り響いたのは、そんなどうでもいい現実の形を虚に思い描いていた時のことだった。普通の人間であれば耳鳴りを起こすような、強烈な雑音。
     館内放送が流れるより先に、スカルボーンは頭部内の端末を起動させた。基地内の端末に無線で繋ぎ、認証コードを通しアクセス認可を受けると、情報は探すまでもなくむこうから飛び込んでくる。基地内のあらゆる端末に向けて発信されているそれを途中で掴み取り、彼は内容を確認した。

    「ノルデンフェルト、本当に逃げたか」

     在野レイヴンの手引きを受け、ACを強奪し脱走――
     そんな情報が数多の通信回線を駆け巡って、各所のC−LAWS面子へと報じられていく。即刻追撃が言い渡されるだろう。だが一時間どころか三十分も猶予を与えれば、ACなどたちまち彼方へと飛び去ってしまう。今この時分、即座にあれを追えるのは――

    「……行くか」

     C−LAWSに所属するレイヴンと他のレイヴンとの違いの一つに、依頼の拒否権が無いというものがある。それはC−LAWSというレイヴンの集まりが便宜上に過ぎないとはいえ『部隊』と称されているように、こちらに渡される仕事も『依頼』というよりは『命令』としての側面が強いからだった。上辺だけの意味しか持たぬ言葉に踊らされ、この状況が当然であると思うようになれば、それはトリニティへ完全に服従したも同じである。
     そんな状況を心地いいとは思わない。だが生きていくには金が要る。スカルボーンの場合、それが他の人々よりも少しばかり高額だ。
     ノルデンフェルトの、在野レイヴンの賞金はいくらになるだろう。
     それ以上思いを馳せるものもなく、スカルボーンは格納庫へとその足を向けた。



    「ノルデンフェルトが逃げた。ACを持ち出してだ」
    「ああ、知っているよ」

     格納庫にキリーがいたことには、さして驚きもしなかった。警報が鳴ってからまだ数分、その間にここまで辿り着ける者など限られている。
     別にそれ以上会話の必要も感じず、手を振って適当に青年をあしらうと、スカルボーンは自分のACへと近づいてコクピットハッチを解放する。
     見慣れたコクピットの中央には、肩幅のやけに広い不恰好なシートが鎮座してある。常人用のシートでは体が収まらない為、こういった特注のものが必要となった。乗り込み、体を固定し、幾つかの操縦補助用端子を腕や頭に接続した後に機体を起動させる。ハッチが閉じて世界が一瞬暗闇に包まれるが、次の瞬間にはモニターとコンソールの発する光によって暗室に朝が訪れる。
     そして全てのシステムの作動を確認し、スカルボーンは開口一番、愚痴を漏らした。

    「まったく、ここの警備はどこまでもずさんだな」
    『妨害があったんだ! 在野のレイヴンだ。畜生、あの野郎、いつの間にこんな下準備までっ!』
    「当り散らすなら他でやれ。鬱陶しいだけだ」

     独り言にも律儀に言い返してくるキリーの相手は適当に、スカルボーンは自分の機体を昇降口まで移動させた。やや遅れて、キリーの《ブラムブラスト》が隣に並ぶ。

    『ノルデンフェルトは、自分の通った出口を潰してクーロンシティ郊外を北上中だ。多分、アーカバレル辺りに逃げ込むんだろう。それを追う』
    「貴様如きに命令される筋合いは――」
    『逃がしてしまったら、元も子もないだろう!』
    「やれやれ。仕方がないな」

     肩を竦め、スカルボーンは苦笑した。血気盛んなのは悪いことではないが、行き過ぎればそれは焦燥と何ら変わりない。焦りは時に致命傷となり、それまでの優位をも容易く破壊する。
     結局は、実力があろうともその中身はただの小僧でしかないということだ。まぁ会敵までには落ち着くだろう。二十四時間体制で待機している輸送機に機体を搭乗したまま積み込むと、数分とせずに離陸する。
     暫くは会話もなく、相手方に追いつくのを待つだけだった。だが十分ほどを過ぎた辺りで、不意にキリーが通信を送ってくる。

    『けどあいつは……本当に、どうやって在野の協力なんか取り付けたんだ……?』
    「……ノルデンフェルトが目覚めたのは、いつだったんだ?」
    『確か……今日だ。昨日の晩かもしれないが、どちらにしても……くそっ、いつの間にこんな用意をしたっていうんだ! C−LAWSの基地に奇襲だなんて、一日二日で準備できるものじゃないだろうに!』
    「その辺の事情は、直接聞いたほうが早いようだ」

     パイロットから通信が入るよりも先に、輸送機の後部ハッチが開かれる。渦巻く気流の嵐にACの各部位が軋む音がするが、それで壊れるほどやわでもない。

    『目標物の上空に到達。レイヴン、よろしく頼む』
    『了解した!』

     威勢よく飛び出していった《ブラムブラスト》を追う形で、スカルボーンもまた輸送機を後にした。輸送機の慣性に更にOBによる加速を加え、遠方に映る移動物体目掛けて突撃する。
     輸送機などというデカブツを使った以上、敵にはとっくに補足されているだろう。それを証明するかのように、牽制の光条がこちらへと向かってくる。
     目見当撃ちだったのか、レーザーは回避するまでもなく逸れた。それでも突貫は中断してOBを停止し、ノルデンフェルト――《シャルフリート》からは幾許か離れた場所に着地する。

    『ACを『ブラック・サン』と確認した。あいつが在野のAC、本部のほうを襲った奴だ』

     言われて、スカルボーンはそのACを観察した。特に目を引く構成ではない。両腕のレーザー火器を主力とした、ごく標準的な中量2脚である。無理に注目できる場所を挙げるとすれば、機体に施された塗装ぐらいか。左腕だけを烈火に染め上げ、それ以外の全身を黒一色で覆っている。

    (……4万コーム、か。そこそこの額だな)

     在野レイヴンとしては、およそ平均的な額である。つまりはその能力も平均的ということだ。もう一つ言うなれば、狩り易く儲けもでかい、素人以上玄人未満な標的だ。
     スカルボーンにとって、そこにいるレイヴンはそれ以上の何者でもない。黒を纏ったACは両腕の火器を構えたまま、こちらの様子を伺っている。そして。

    『ノルデンフェルト!』

     《ブラック・サン》の背後、《シャルフリート》もまた足を止めていた。それへと無鉄砲に突撃しながら、キリーが憤りの声をあげている。

    『改めて聞く、在野に戻るのか!?』
    『さあね。先のことなど誰にも分からない……』
    『……お前をここで排除する。これからのC−LAWSにとって障害となるものを、みすみす逃すわけにはいかないっ!』
    『残念だがそれは無理だ』

     ノルデンフェルトの嘲りに呼応するようにして、《ブラック・サン》が動きを見せた。両手に携えた火器から三条の光線を吐き出し《ブラムブラスト》の足を止めると、《シャルフリート》との間に立ちはだかる。

    『こいつっ……邪魔をするなぁ!』

     《ブラムブラスト》から放たれたアサルトライフルによる猛射から《ブラック・サン》が一目散に逃げる。キリーはどうやら完全に頭に血が上っているようで、敵の誘導に簡単に引っかかっていった。反撃のレーザーを小刻みに放ちながら《シャルフリート》との距離を離す《ブラック・サン》へと、容赦なく銃弾の嵐を荒れ狂わせている。
     キリーが一人でノルデンフェルトを追っていたのであれば、相手の術中に嵌ったこの時点で目的は達せられまい。しかしこの場所には、まだスカルボーンが残っている。

    「ふむ。しかし儂一人で貴様の相手か。こいつは少々荷が重いな」

    『本気でそう思っているわけでもあるまい? だが安心してくれ、今日のワタシは戦うつもりなど欠片もない。行くべきところがある』
    「アーカバレルなどに向かったところで、誰に受け入れて貰う気だ?」
    『そんな場所に用は無い』
    「だろうな」

     ノルデンフェルトがキリーの予測を一蹴したことに関しては、驚くほどでもない。アーカバレルシティはガーランド社の御膝元であり、そのガーランドはC−LAWSを担う最大手企業の一つだ。C−LAWSに見切りをつけたこの男が、そんな都市に逃げ込む道理が無い。

    『絶対の正義が何処にも無いのなら、ワタシの為すべきことは――』
    「正義だと?」

     今度は答えず、《シャルフリート》がその背中にOBの火を入れる。即座にスカルボーンも己のACにOBをスタンバイさせるが、この加速装置の推力は爆発的なものだ。一瞬起動が遅いだけでも、相当の距離を離されてしまう。
    (だが追いつける――OBならこちらに分があり、か)
     通常のブースト速度は《シャルフリート》が優勢だが、OB速度なら《スカルクラッシャー》の側に軍配が上がる。それで少なくとも、逃げられることはあるまい……

    「――っ!」

     高を括った時に限って、予想外の敵が現れる。
     OBの作動を緊急停止させた直後には、眼前を弾丸が薙ぎ払っていった。マシンガンだろう。この程度の攻撃ならば警戒せずに追うべきだったかと、スカルボーンは失策に瞳を歪めるが――挟み撃ちにあうよりはマシだったかもしれない。

    『おお、見事見事。流石はC−LAWSさんですねえ』

     通信に入ってきたのは、やけに明るい声だった。声だけでなく、軽い手拍子も添えられている。軽くかぶりを振ってから、スカルボーンはそれに向かって毒づいた。

    「ちっ、もう1機いたか。用意周到な奴め」
    『ま、これで打ち止めってわけでもないんだけど』
    「ほぅ、それは盛大だな。レーダーには他に機影など無いが」
    『言っておけば、少しは警戒してくれるかも、ってね。真偽の判断はご自分でどうぞ』

     そういった撹乱は、十中八九でただのハッタリだ。増援の可能性を早々に切り捨て、スカルボーンは丘陵の上からこちらを見下ろすACを注視した。軽量二脚、マシンガンにブレード、そしてミサイル。極めて当たり障りの無い構成で武装を施された純白の軽量機体。
     手堅い組み合わせだが、それは逆に特化型のACを扱うにとっては、いいカモに成り下がりやすいということでもある。《スカルクラッシャー》は純粋に近距離での戦闘能力を重視した特化型のACだ。こちらの領域に持ち込めば、落とすのは容易い。
     そこまで思考した頃に、ACのCPUが敵の詳細を把握した。レイヴンネームがリン、ACネームが《ニードレス》。賞金額が――

    「懸賞額二万コーム……ハッ、雑魚か。いいだろう。ノルデンフェルトを逃した以上、少しぐらいは稼いでおかんとな」

     そも、この仕事に報酬があるのかどうかすら定かではない。修理費弾薬費ぐらいは請求できるであろうが、こちらは赤字でなければそれでいいとはいかない身分だ。
     そして《シャルフリート》の姿もとうに失せている。この仕事の最大の目玉が消えてしまった。これではACの1機でも叩き壊さねば、収まりががつかないというものだ。

    「狩らせて貰うぞ、雑兵」
    『さて、そううまくいくやら……ねっ!』

     意気に乗せて放たれた弾丸の帯を、造作もなく躱す。そしてマシンガンのリロードを見計らい、スカルボーンは一気に攻勢へと転じた。連動つきのデュアルミサイルを展開し、《ニードレス》がその対処に追われている間に必要なだけの距離を詰める。
     あっさりと近接武器の射程内に相手を捉え、スカルボーンは嘲りの声を漏らした。

    「雑魚は雑魚らしく、な。喚くならあの世で騒ぎ倒せ!」
    『そんなのお断りだ!』

     通信機越しの甲高い叫びは、そのまま《ニードレス》の軌道へ結びついた。横薙ぎに滑らせたレーザーブレードの一閃が、すんでのところで回避される。こんな雑兵に、有り得ないことであったが。

    「チッ、往生際の悪い!」
    『悪くて当然! こっちだって命張ってるんだ。それなりにしぶとく生きないとねえっ!』

     女は絶叫を針の如く拡散させて、現実の形を持って迫り寄るのはミサイルの大群である。スカルボーンは咄嗟に距離を置こうと機体を後退させるが、至近距離から吐き出された大量の誘導弾を全て避けることは流石に叶わなかった。
     着弾の爆発が辺りを覆い尽くす。しかし一瞬後にはその粉塵を突き破り、数箇所に弾痕を刻み込んだ《スカルクラッシャー》が怒涛のように《ニードレス》へ殺到した。

    「小娘ぇぇえっ!」
    『へへん、機体や懸賞金だけで相手を判断しちゃあいけないよ。いい勉強になったじゃないか』
    「偶然と幸運を、自分の実力と勘違いしないことだな!」

     勢いのままに行った再度の突撃は、すぐさま見返りを与えてくれた。ブレードの斬撃は相手の右腕を切り落とし、パイルバンカーが背部のレーダーごとコアの一部を刺し貫く。流石にそれ以上の追撃は許してくれなかったが、与えたダメージは十分なものだった。OBで離脱した《ニードレス》ではあるが、不安定な軌跡を描いた後にすぐ移動を中断する。

    『うぐ…………』
    「形勢逆転、だな。所詮貴様はその程度よ。懸賞金の額とはつまり、周囲が見た貴様の実力そのものだからな」

     相手は答えない。嬲るように、スカルボーンは更に続ける。

    「それとも貴様に、周りの目をだまくらかせる程の見事な芝居を打つ余裕があったとでも?」
    『……そんなバカなこと言っちゃいけないよ。リンってレイヴンは、生きていくだけで精一杯さ。けど』

     そこでリンは一度言葉を切った。含み笑いでもしたかのような、僅かな間。

    『私までもがそうとは限らない、ってね。どういう意味か、わかるかなぁ?』



1544/ #4 ブラインドスィリーズ(誰かの傀儡)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/16(Mon) 18:18:31

     急に調子を戻したリンの声に、スカルボーンは訝った。追い詰められた得物の発する声音にしては、随分と不自然である。

    「……何の話だ?」
    『私達はこうして、機体を介して言葉を交わす。私の目に貴方は映らず、貴方の目にも私が映ることはない。私の姿は見つからない。つまり私は誰でもいい……』

     それがこちらの問いに対する返答なのかどうかは甚だ疑問であったが、それはそれとして変化があった。
     相手の動きに、何があったというわけでもない。それは言うなれば空気の変化だった。汚泥の如く重く、体に纏わりついてくる。

    (なんだ……?)

     空気が変わる。それはつまり、己が悪寒や寒気といった何かを感じたということだ。眼前の相手に、何かしらの危機感を抱いたという証明だ。
     だが今は。対峙する敵に一体何を感じたのか、それがまだ判っていない。
     その事実に対し得体の知れない嫌悪感を抱きながら、それでも腕を、意思を止めることは出来ない。右に左に機体を揺さぶり、放たれるマシンガンの銃弾を避けていく。《ニードレス》は散発的に弾丸をばら撒きながら、時折ミサイルを織り交ぜた攪乱戦術(らしきもの)を取りながら、一定の距離を維持しようとしている。しかしこちらの動きを完璧に把握している様子もなく、特に前後の動きに対しては明らかに反応が追いついていない。
     恐れる相手ではない。小型ミサイルとデュアルミサイルを混ぜるように展開し、《ニードレス》の動きを止める。OBの起動は既に開始され、標的への距離と到達時刻は予測済み。
     突貫の成功を確信し、スカルボーンは一気に踏み込んだ。ミサイルを避け、マシンガンは回避に手間取りそうな数発はあえて着弾させる。その対価として一瞬の内に距離を詰め、《スカルクラッシャー》は《ニードレス》の眼前まで迫った。そこまで状況を進展させれば後は流れ作業でしかない。敵ACの懐を狙って、右腕のパイルバンカーを打ち込む。
     手応えが無い。

    (――なんだと!?)

     有り得なかった。計算は完璧である。予測も九割九分的中していた。今スカルボーンの目の前に広がる光景は、コアを打ち抜かれて機能停止した、白砂の如き色を曇らせて機能を停止するACでなければならない。
     しかし現実として、《ニードレス》の姿はスカルボーンの視界から消え失せていた。レーダーからもその反応が消失して――いない。

    『そこに本当は誰がいるのか。私は本当に私なのか』

     背後。そこにACの反応がある。振り返る暇もない。

    『鋼鉄の鎧は、そこにいる『人』を完全な形で覆い尽くす。その内側に誰がいるのか。その内側に誰かがいるのか。その答えはもう、外側からは判らない』

     声の調子と共に、声の質も変化していく。ブレードによる唐竹割りで背部を割かれるのは甘んじて受け入れ、スカルボーンは可能な限り素早く反転した。その勢いと共にレーザーブレードを水平に一閃するが、手応えはない。

    『私は誰か。私は幻覚のような人である。虚像の如き存在である。そこに居るは悪霊、そこに在るは純然たる殺戮者。全てを絶望へと誘う――』
    「貴様――あの黒衣か!」
    『それは少し違う。だが、概ね正答だ。私は黒衣でもある。人の姿でもある。誰の隣にもいる。今はそう、主立って鴉の隣にな』

     男女の区別もつかない、ノイズ混じりでありながら亮かに聞こえてくるその不可思議な通信は、直接頭に届いてくるようでもあった。そんな異音が踊る中、唐突にACが《スカルクラッシャー》の正面に姿を現す。
     そこにいるのは、紛れも無く《ニードレス》だった。だが、その奥に存在しているのはリンではない。
     もっと別のものだ。

    「貴様は――」
    『刮目せよ。そしてその記憶に刻め。今この瞬間、ここにある私こそが、ドッペルイクスと呼ばれるものだ』

     声が踊り、ACも踊る。
     残像だけを残して、《ニードレス》が再び姿を消した。現れた時と同様、また忽然と。
     それは実際には、OBによる高速移動だったのだろう。だがそれを知覚できたところで、その先の予測が立てられなければ意味が無い。そして相手の行動を察知できないまま、予想外の場所から衝撃がくる。

    「――チィ!」

     攻撃の来た方角に機体を向けても既に遅く、次の衝撃はまた別の場所から来た。そちらを見やっても、やはり誰もいない。
     殆ど勘だけで、スカルボーンは機体を左に跳躍させた。そのすぐ脇を、光の塊が尾を引いて抜けていく。

    (読まれているというのか……この儂がっ!)

     《ニードレス》は恐らく、常に死角に回り込んできている。行動の予測とOBの瞬発力を利用した余剰移動でで、死角から死角へと飛び移っているに違いない。
     だがそれに気付いたところで、対応策が皆無であるというのもまた事実であった。断続的な高速移動によりレーダーは完全に撹乱され、ミサイルの微細な誘導が更に相手の位置を惑わせる。

    (だがこんな動きを続けていれば、何れ熱暴走を起こす)

     そう長く続けていられる戦法ではない。どれだけ優れた操縦技術と戦闘予測を持ち合わせていても、エネルギーの限界が来てしまえばACは止まらざるを得ない。

    (ならばその前に、トドメを刺す、か――!?)

     それは一瞬の閃きでしかなかったが、戦慄を覚えるには十分だった。反射的な動作だけで、最も危険を感じた方向へ機体を向ける。ある意味予想通り、そこには《ニードレス》の姿があった。但し至近距離、既に左腕のレーザーブレードを構えた姿勢で、一直線に突き進んできている。
     回避動作を取る余裕すらない。咄嗟の判断で、スカルボーンもまたブレードを振り上げた。《ニードレス》がブレードを振るう軌跡に片腕を割り込ませ、腕部同士を激突させて攻撃を逸らす。
     今の攻撃を防げたのは、単なる偶然に過ぎない。次は無いだろう。それほどまでにこの相手は強い。
     認めざるを得ない。敵は、己より強大である。
     だからこそ、気がかりな点があった。

    「人を真似る必要など――貴様にはないのではないのか?」

     ドッペルイクスの行動は、どんなにそれらしい理由を並べたところで『虎の威を借る狐』以外の何物でもない。その威光を、或いはその脆弱さを利用し、自己に対する相手の評価を狂わせる。誤った判断の下に戦闘を始めさせれば、その後の展開を優位に持っていくのはそれほど難しくはあるまい。
     ある程度の力を持つ者かあらすれば、そんなものは只の小細工だ。それほど重要視するものでもない。
     ドッペルイクスは即答してきた。

    『何時の日も、何処の時でも。私はただ、誰かが許せないものと戦っている。忌むべき対象を滅ぼす為には、この手段こそが最も望ましい形で機能する。それだけのことだ』
    「許せないもの?」
    『そう。そしてそれだけが、私の存在意義でもある』

     《ニードレス》が距離を置いた。追いはせずに、スカルボーンは問いかけを続ける。

    「何故儂に構う? まさかあの耄碌の言葉通り、本当に順番だとでも言うのではあるまいな?」
    『私が、お前の前に現れたのは――』

     エネルギーは十分回復したということなのか、再び《ニードレス》の姿が掻き消える。
     姿を失って、しかし通信は明瞭に届く。変わらぬ調子で、ドッペルイクスは唱えてくる。

    『呼び声が私に届いたからだ。お前への怨嗟が、彼方からな』
    「呼び声……だと?」
    『声は誰にでも向けられている。そして、誰もが聞こえないふりをしている。私はそれを届けるだけだ。順番など関係ない……まさか自分だけが特別に狙われているなどとは、欠片でも思わないで頂きたいな』

     ただ聞いただけではかなり意味不明な言い回しに、スカルボーンは胸中で頭を抱えた。それでも何とか、相手の言葉をそれまでの単語と照らし合わせて解読していく――

    (要するに、誰もが奴にとっての標的なのだということか?)

     あまり確信を持って言えるものでもないが、とりあえずスカルボーンは、概ねそういう内容なのだと納得しておいた。相変わらず姿は捉えられないが、まだ攻撃は行われていない。遊ばれているのか、それとも何か罠でもあるのか。
     考えても仕方がない。スカルボーンは、更に疑問を響かせた。

    「結局、ここがわからんな。貴様、一体何者だ?」
    『私は――』

     邪魔が入った。

    『スカルボーン、お前っ! どうしてそんな雑魚にモタモタしているっ!』
    (こいつが雑魚だと? 貴様は阿呆か)

     乱入したキリーからの通信に、スカルボーンは音声にはせずに毒づいた。確かに傍から見ただけでは、こちらの現状はこの小僧が思う通りのものに映るのかもしれない。
     だが説明するのは手間だった。納得させるのは更に手間取るだろう。ドッペルイクスも言葉を切ったまま、先を述べようとはしてこない。その動きも止まっていた。
     援軍は有難いのかもしれないが、余計なことをしてくれたという思いのほうが大きい。スカルボーンはうんざりとした口調で、逆に相手に質問を返した。

    「貴様の担当はどうした」
    『とっくに片付けた! ノルデンフェルトはどこにいる!?』
    『残念、もうここにはいないよ』

     《ニードレス》から放たれた言葉は既に、先程までの電子音声ではなくなっていた。少女の放つ澄んだ響きには、先程までの不気味さも肌の奥を粟立たせるような悪意もない。自分の仕事に従事する、ただそれだけのレイヴンの言葉。それ以上の意味も、感情もない。
     故に恐ろしい。この対象に対してスカルボーンは初めて、はっきりとそう感じた。そんな状況を、相手が誰であるかすらも露知らず、キリーは声を荒らげている。

    『クソッ、あいつめ……そこのお前! 念の為に聞いておくが、奴の行き先を知っているか!?』
    『さて、私だって仕事でここに来ているからね……そんな質問、答えられるわけないけれど。どうしようかなぁ』

     相手のからかうような仕草に、キリーは憤りを隠そうともしなかった。吼えるような怒声と共に、《ブラムブラスト》が《ニードレス》へと両手の銃を向ける。

    『子供の遊びじゃないんだよ! それに俺は、相手が女でも容赦はしない!』

     その姿を滑稽に感じてしまうのは、スカルボーンが《ニードレス》の中身を知っているからだった。それを意識せずとも、体の奥から苦笑がこみ上げてきている。相手は子供でも、そして恐らくは女でもない。そのふりをしているだけだ。

    『まったく……怖い人だ』
    (お前もな)

     胸の内だけで独りごちると、スカルボーンは改めて《ニードレス》と対峙した。ドッペルイクスがキリーに対して本来の実力を見せるつもりが無いのであれば、そこにいるのはスカルボーン一人でも問題なくあしらえる下級レイヴンでしかない。相手を挟み込む形で直立している《ブラムブラスト》も、AC1機を排除した後にしては目立った損傷も見当たらなかった。キリーが言葉通り、本当に容赦しないのであれば、《ニードレス》逃がすことも有り得まい。

    (さて、奴はどう出る?)

     こちらの警戒を他所に、《ニードレス》は動かなかった。微動だにしないまま、誰も予想しなかった場所から攻撃が来る。
     誰も反応できないままに、光槍が地面に突き立った。キリーとスカルボーン、どちらを狙ったとも知れない高熱の迸りは、直撃どころか掠めることすらなく大地を抉り弾け飛ぶ。

    『な……に?』

     呆然としたキリーの呟きが聞こえてくる中で、スカルボーンは光の飛来したほうへと視界を向けた。小高い丘陵が続くだけでACの姿など見当たらないその地平から、再び蒼白い光条が渦を纏って吐き出されてくる。

    (目見当撃ちか!?)

     ロックオンなどできようもない超遠距離からの攻撃。そんなものが直撃しよう筈もなく、回避動作を取るまでもなくレーザーは見当外れの方向へと過ぎ去っていった。暫しの、つまりはリロード分の間を置いて、三度目の光が大気を突き破る。
     まさか、当てるつもりの攻撃ではないだろう。強烈なエネルギーの塊は一見して、背部装備の大口径レーザーキャノンと知れた。破壊力に反比例して弾速は遅く、これほど離れていてはまず命中させられるようなものではない。そもそも、最も直撃させられる可能性があった初撃を外している時点で、そういった期待をしているとは考え難い。
     ではこの攻撃の目的は何か。理解と舌打ちはほぼ同時だった。振り返れば何時の間にやら、《ニードレス》の姿が消えている。

    「やはり囮か!」
    『囮!? ……そうか、クソッ!』

     こちらがうめいたことでようやっと感付いたか、キリーもまた声を荒らげた。但しそこからの行動は素早く、即座に《ニードレス》を追いかけていく。
     轟音を響かせて、レーザーキャノンの光弾が虚空を駆け抜けていくのが見えた。狙いは既に《ブラムブラスト》へと絞られている。
     当たるものではない。だが万一にも直撃すれば、その一発が生死に直結する可能性もあった。一撃一撃に一々警戒を働かせねばならず、結果として退去に専念している《ニードレス》との距離は開く一方だろう。追いつけはしまい。

    (なら儂は、あれの正体だけでも探っておくか)

     必殺の意思を持たない砲撃は未だ続いている。あれがAC、レイヴンのものであるならば、ある程度まで近づいてさえやれば機体のCPUが敵機を識別してくれる筈だった。ACの構成とある程度の塗装パターンが、星の数ほどの機体データが詰め込まれたリストから見分し、照合される。実際のプロセスは違うのかもしれないが、概ねそんな形だろう。
     尤も、在野レイヴンの中には未だその存在すら知られていないような輩も少なくない。そういった手合いであれば、ろくな情報は期待できない。
     それでも試さないよりはましだろうと、スカルボーンは機体を走らせた。豪槍は変わらずに《ブラムブラスト》を狙っている。こちらの行動を全く意に介していない。無視を突きつけられたのには腹の奥が熱く煮えたが、この場はそれを吐き出さず沸騰させるだけに留めておく。
     砲撃が止んだ。
     リロードの長い武器である。状況の変化に気付くのには、数秒の時を要した。砲撃の意味は援護と目晦まし、それが終了したとはつまり、目的を達したのか。《ニードレス》は、無事に撤退を完了したのだろう。レーダーにも映っていない手前、相手が移動してしまえば見つけ出すのは困難だった。
     追い続けるべきか。その逡巡に耽るのと、CPUが反応したのはほぼ同時。無機質な機会音声が、そこに居たのだろう相手の名を告げてくる。

    『敵ACを確認しました。ウィル・オ・ウィスプです』

     その名を知っていた。
     それが、とうの昔に息絶えた筈のレイヴンであると知っていた。

     理解出来る筈もなく、スカルボーンは機体の足を止めた。敵の姿は、もう何処にもない。


1580/ #4.2 リバースマーダー(無形の鴉)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/09/30(Sun) 19:20:56

    「それで、もっかい聞くけど。君は一体どうするの」

     まだ何分と歩いてはいない。それでも暫くの猶予を置いてから、女はそう切り出してきた。
     今度は驚きはしない。が、彼女が望んでいる回答とはどういったものなのか。それを図りかねて、アレンは自然と疑問を返していた。

    「どう、とは?」
    「ドクターストップの掲げる、全レイヴンの排除という目的。それを現実の形としてこの世に現す為に、あなたはどういう策を用意しているの?」

     遠慮も比喩も何もない、まさに直球の問いかけに、アレンは言葉を詰まらせた。閉じた口の中で広がる苦味を舌の上で控えめに転がしながら、なんとか言葉を返す。

    「聞きたいですか」
    「そりゃあね。私もレイヴンは嫌いだから」
    「どうして」
    「答えるほどでもないわよ。誰もがあれを忌み嫌う理由と同じ。そもそも、レイヴンが好きな人なんているのかしらね」

     女は顔を背けたが、瞳だけはまだこちらを捉えている。装飾の多い細い指を口元に触れさせ、何か物思いにでも耽るような様相ではある。
     ひょっとすれば彼女の言葉にはそれなりの含みがあったのかもしれなかったが、気付けなければそれはただの言葉でしかなく、表面上の意味だけで捉えるしかない。そして確かに、レイヴンを好きになれる人というものはアレンにも想像できるものではなかった。可能性があるとすれば、好色、憧憬、人柄、その程度か。どれもあんなものに好意を寄せる理由としては、余りに馬鹿馬鹿しいものに思えてならないが。

    「私の質問には答えてくれないの?」
    「あ、いや……」

     感情の見えない半眼を向けられて、アレンは逃げるように視線を逸らした。だがそもそも、これは最初から問われていたことである。ついてきてしまった以上、だんまりを決め込むのは不可能だろう。
     尤も、だからといってこの相手を感服させられそうな策があるわけでもない。自分の無計画さを少しだけのろいながら、結局アレンは今できることだけを口にする。

    「まず、少しでも体力をつけて長時間の操縦を……」
    「勢いだけでここまできたのね、あんた」

     当然ながら女は呆れたように嘆息してみせたが、その顔からは特に失望などの感情は表れていないようだった。どうせそんなものだろうとでも思っていたのかもしれない。重そうな長髪に指を引っ掛けて、それを弄りながら聞いてくる。

    「そもそもだ。君にとってレイヴンっていうのは、一体なんなの?」
    「……なんなの、とは?」
    「言葉通りの意味よ。あなたが持っているレイヴン像っていうのがどういうものなのか。まさか君が昔に、闇のあれで見たっていうAC戦。それだけで全部の印象決まったなんてことないでしょう?」
    「どうしてそんなこと知ってるんだ」
    「さあね。知っていたほうが、君を誘導しやすいからじゃないかな」

     肩を掴もうとしたこちらの手を簡単に払い除けて、女はその知識を手にしているのが当たり前のことであるかのように答えてくる。それまで同様に余裕のある仕草で、こちらの返答を待っている。
     自分のことばかりを一方的に知られている。それがどうにも癪に障った。思い返せば、自分はまだこの相手の名前すら知らないというのにだ。ひょっとすれば、こちらの返答も全て予測されているのかもしれない。
     誘導。その単語が頭の隅に引っ掛かる。彼女は自分に何かをさせたいのか。それとも何かの贄にでもしたいのか。
     アレンは当たり前すぎる答えを返した。

    「誰もが持っているような共通認識。それと同じですよ」
    「ACを使うものの総称、ねぇ。……ま、いいわ。それを滅ぼすって言うのはどういう意味か、わかってる?」
    「?」

     意味が分からず、アレンは首を傾げた。そんなこちらの態度に女は何故か頭を抱えると、額に触れさせていた腕を大きく振って辺りを指し示した。何か一つを指したわけではない。その指先を頭上にも向けて、続けてくる。

    「戦う相手が単体として存在していないもの、俗称や概念みたいなものであるなら、明確な何かを見つけるのはとても大事なことよ。それを理解していないと、自分が何をしたいのかもわからなくなってしまう」

    「説教ですか?」
    「いんや。でも自分が壊したいものが何なのかすら理解していないくせに、声高にそれを排除したいと訴えているだけなら。それはただの間抜けだ」

     きっぱりと言い切られ、アレンが次に吐き出そうとした言葉は喉に閊えた。一度止まった声は、そのまま女の瞳に射竦められたのか喉の奥で動こうとしない。
     こちらが二の句を次げない内に、女のほうが続けてきた。それまでと違う強い口調で。

    「闇雲な思いは目を曇らせる。今そうして、そこに立っている理由を考えるのね。何がしたいのか、何を倒したいのか。どれを許せなくて、誰を殺したいのか。そしてそれを成す為には、どういったことをすればいいのか。考えなきゃならないことは沢山ある。少し立ち止まって、今の自分を冷静に見てみなさいな。本当に目的に沿った道を歩んでいるのか、その方法で達成できるものなのか。割とすぐにわかる」

     先程からずっと、歩みを止めているわけではない。女が先行し、アレンがその後ろをついていく形もそのままだ。だが女がこちらに顔を向ける時は、毎回身体ごと振り返ってきている。その度に髪とアクセサリーを大きく揺らしながら、真っ直ぐに言葉を向けてくる。
     それはある意味で、逃げることを許さないと言われているようにも感じられる。視線に絡め取られることなど無いとしても。対面する相手が蛇ではないと思っていても。
     漸く出した声はとてもか細いものだった。病気のせいではない。さして冷たくもない眼差しにすら気後れしたのだ。それを認めて、うめく。

    「……要するにあなたは、僕が何も考えていないと。勢いだけの大馬鹿野郎だと言いたいんですか?」
    「否定はしないわ。無差別ほどの自爆はそうそうない。ただの死にたがりになりたくなければ、もう少し色々考えてみることね。小細工というのも、意外と馬鹿にならないものよ」

     一度後ろに飛んでから、女はくるりと踵を返した。一通りの話は終えたということだろう。彼女が次を思い出すまでは、話を振られることもない。
     だが気配でもあるのだろうか。女は足を止めると、すぐにこちらへ振り向いた。少ないが、人の往来が皆無というわけでもない。こちらの足音が途絶えたことになど、普通は気付きそうもないものだが。

    「どうかした? まさかこの程度言われたぐらいで、凹んでるなんて言わないでよ」
    「……僕の」
    「ん?」

     自分が何を言おうとしているのか。ちゃんと理解していたわけではなかったが、それでも口は自然に動いた。或いは、何処かで全てわかっていたからかもしれない。己が触れたくないものというのは、自ずと精一杯の知識を搾り出した上で導き出した結論の隣に、音もなく現れるものである。掻き混ぜられた思考の渦の中で、決して他と同化してくれないその一点。
     凹むまでもない。自分はそれを知っている。

    「僕の、力如きで。この身体で。頭を使えばどうにかなると思っているんですか? 本当に」

     ACに無理矢理輸血器具を積み込んで、出撃する度に生死の境を彷徨っている。そんな人間が戦いの場に赴くことが既にどうかしているのだ。
     普通に戦うことすらままならない人間が。自分のような最弱とも呼べる輩が労した小細工程度で、倒せる相手など本当にいるのだろうか。

    (ずっと、考えないようにしていた)

     数年前までは、レイヴン試験というものが存在していたらしい。自分がそれを受けたなら、間違いなく落第していただろう。敵としているのはその大半が、試験を乗り越えただけでなくその後も戦い続け生き延びている者達だ。
     勝てるのか。勝つ方法があるのか。彼らにはこちらの何もかも見透かされているのではないか――
     が。

    「そんなこと知らないわよ」

     女はあっさりとそう言い切った。
     アレンが反駁の声も出せないままいろんな衝撃のあまり口を開閉させていると、女はその回答がしごく当然のものであるかのように続けてくる。

    「だって私はあなたじゃないもの。適当なアドバイスぐらいなら出来ても、それを実際にどうこうっていう話になれば、後はもう君の努力と知恵と能力次第だ」
    「そんな、無責任な」
    「始めに言ったじゃない、私もレイヴンが嫌いだって。だから別に、私は君を助けたくてどうこうしろって言ってるんじゃないのよ。今すぐ死ねって言ってやってもいいのよ」
    「何を――っ!」

     激昂と憤激に任せて、アレンは相手に掴みかかろうと腕を伸ばした。しかし、それはやはり簡単に振り払われてしまう。だが今度はそれだけではない。
     そこで、彼女は始めて足を止めた。
     バランスを崩した体制でがら空きになったこちらの胸に、女の指が鋭く滑り込んできた。それが短剣であるなら、容易く肋骨の間をすり抜けて肺腑を捕らえ心臓を貫く。その鋭利さが触れるほどにまで近づいた瞬間、アレンは何かに身体を引き寄せられた。
     なんのことはない。女がアレンの襟首を掴んで、自分の側へ引っ張っただけである。

    「これだけは教えておく。絶対に忘れるな」

     低い。それまでとは明らかに違う圧倒的に低い声音で、女が耳元で囁いてくる。

    「レイヴンを名乗ったその日からずっと、私達にはもう敵しかいない。あんたと同じことを考えている奴なんてごまんといる。あんたが誰もを標的としたように、あんただってもう標的なんだ。あの腐れ黒衣だけじゃない。皆があんたを恨んでる。レイヴンという概念を怨んでいる。その怨嗟は、個人が抱くそれなんかよりもずっと強い。太刀打ちできるものじゃないんだ。絶対に」

     引き絞られた声に同調するように、こちらの首元を掴む腕にも力が籠められていく。女の膂力は、それほど強いものというわけではないらしい。震えるほどに力の入ったその拳は、抗いようがないというほどではないように感じられた。
     それでも刃向かえずに相手の叱責を受け続けたのは、単純に気圧されていたからだった。女の目には、逆らえばすぐにでも相手を食い殺しそうな獰猛な色が浮き出ている。
     その眼は、死の宣告を受けて発狂している病人のそれに近い。勿論、そんなものは錯覚だろうが。

    「わかるかな。私達は殺される。顔も知らない誰かに命を握られているのだから、それは当然の話なんだ。通りすがりに頭を撃ち抜かれるか、恨み辛みをぶちまけられた上で死ぬまで嬲りものにされるかは運次第だけど、それでも死ぬことに変わりはないの。ACに乗って戦いの中で殺されるのが、一番幸せな死に様なんだろうね。きっとさ。地獄を見ないで済む」

     そこまで口にして、彼女はこちらを軽く突き飛ばす形で手を離した。強い衝撃ではないが不意を突かれたことで、身体のバランスが簡単に崩れる。数歩ほどよろめいてバランスを取り戻すと、アレンは足元に向いていた視線を女のほうへと戻した。彼女に瞳に、もう獣の色はない。少なくとも肉食獣のものは。それでも相手は一度目を閉じて髪を掻きあげると、小動物のように丸く透き通った眼を見せた。数秒前まで見せていた苛烈さを何処かへと捨て、或いは隠し、余裕を――もしかすれば、それは最初から自嘲だったのかもしれないが――笑みの形にして、腕を組む。
    「だから、勝ち目が無いのは皆同じだ。君が怖れるように何も出来ないで死んだ馬鹿達を、私は沢山知っている。この数年で、本当に沢山の馬鹿が死んだ。五体満足の人間でもこれなんだ。身体がどうこうなんてのは言い訳にしかならない。甘えんじゃないわよ」
     アレンが即座に思いつけたのは罵倒だった。だが、それだけだった。反論と呼べるものを何も浮かべることができず、数秒の迷いの後に、アレンはうなだれるように頭を垂れた。

    「……すみません」
    「謝られるのも変な話ね」
    「でも」
    「何回目かは忘れたけど、最初に言ったわよね。私はレイヴンが大嫌い。だから君が死んでもどうってことない。けれども同じ死ぬのなら、他の鴉を道連れにしてくれればいいとも思う。君が掲げた目的の通りに」

     女が踵を返した。彼女の長髪もまた、その動きに従って流れていく。

    「それとも――」

     彼女が手首の動きだけで一回きり、小さく手を振ったのは、これで終わりという意味だろうか。その判別もつけられないうちに、

    「ここでやめるかい? それも構わない。選んだ結果が生死に関わるのはあなたで、私じゃない。だからこの選択も、決めるのはあなただ」

     誘導。彼女は確かにそう言っていた。
     ならばこの女は、自分をACから降ろしたいのだろうか。レイヴンをやめろということなのか。思い返せばそれまで語られた説教や恫喝には、レイヴンというもののマイナス面しか触れられていない。
     自分をACから引き離すことで、彼女のどんな目的が達成されるのか。それは想像がつかないし、あの黒衣にとっても得があるとは思えない。それでもひょっとすれば、自分には想像もできないような部分でそれは重要なことなのかもしれない。だが。

    (ただ生き永らえて、何になるっていうんだ?)

     相手の顔を見る。
     頭だけをこちらに向け、女は片方の眼だけでこちらを見据えている。口端こそゆがんでいるものの、おの顔は冷笑とも嘲笑とも言い難く、笑っている様子ではない。

    「僕は」

     決然と、などと言えるものではない。挫折は明日かもしれず、いつ崩れ落ちるとも知れない。一瞬の決意などというものが長続きしないのは、己の経験からよくわかっていた。病気と闘おうというその意思が、一体何日保ったことか。
     それでも。

    「この道を行きます」
    「なら刃向かえ」

     女は即座に返してきた。止めていた掌を握り込み、たった一言だけ。そしてもう一言だけ。

    「己を殺そうという全てに」

     何が面白かったのか。予想もつかないが、今の女の顔には笑みがあった。彼女は握った拳を開くと、『じゃあ、またね』と簡素な離別を告げて遠ざかっていく。



     名前すら聞いていなかったことには、姿が見えなくなってから気がついた。


1581/ #4.4 ウェアーワンズ(隣人)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/09/30(Sun) 19:21:48

     少なくとも、自分がそれほど特別な人間であるという思いはリンにはなかった。レイヴンであるということは確かに特別なのだろうが、それは結局ACを降りてしまえば普通の人とさしたる違いはないということでもある。

    「ほら、口開けて」
    「…………うん」

     言われるがままに口を開くこの状況が、殊更にそれを意識させた。まるで病人のような扱いである。怪我人ではあるが。
     リンは小さな丸テーブルの前に座り、眼前の相手を見据えていた。いや睨んでいた。そこに座る女は。茜という名を振り翳したその赤髪の女は、屈託のない満面の笑みでポークソテーを一切れ刺したフォークをこちらの前にちらつかせている。
     明らかにこちらから咥え込むのを待っている。そんな楽しげな顔を一睨みしてから、リンは肉の切れ端に齧りついた。やはり味は悪くない。冷凍食品ばかりで食を繋いできた舌では、それ以上の感想など述べようもないのだが。
     あれから二週間ほど過ぎてとりあえず判ったのは、この相手が果てしなく変わり者なのだということだけだった。ただ人を小馬鹿にしているだけかと思えばこうやって世話を焼いてくれていて、安穏とした台詞の中にごく自然な形で血生臭く暗鬱な言葉を混ぜたりもする。その移り変わりがあまりにも普通すぎて、リンがその言動に異を覚えた時にはもう相手がいなくなっているということも度々あった。
     取り止めがなく、そして掴みどころもない。何とも形容し難い相手だった。それでもこの同居生活に致命的な亀裂が走らないのは、この相手がこちらの領域に踏み込んでこようとしないからである。自分の身の上を話したりしなければ、こちらにそれを問いかけることもしない。ひょっとしたら彼女は、既に自分の予想以上のことを知っているのかもしれないが、そんな素振りを一掴みすら見せずおくびにも出さないのであれば断定のしようもない。
     だがどれだけの時間を思索に費やしたとしても、結局のところ今の自分には、こうして餌を待つ雛鳥のような真似しかできないのだ。最初は恥ずかしいから嫌だと断っていたのだが、ベッドの隣に置かれた小テーブルの上に確かめるまでもなく相応の味を誇るのだろう(匂いがまず違ったのだ)料理の数々を並べられ、それが冷めるまで放置されるという所業が三日間ほど続いた辺りで、リンは自尊心の幾らかを紙飛行機にして窓から投げ飛ばした。暫く帰ってくる気配はない。



     一日中をベッドの周りで過ごすのも、流石に辛くなってきた。それ以前に五指が殆ど使えないのだから、何処に居ても何も出来ないのには変わりないのだが。辛苦の理由は別のところにある。

    (……どうにも)

     馴染めない。ここ暫く、ずっとそんな感覚が消えなかった。生活全てに感じる違和感、その原因など考えずとも判る。一人増えただけでこうも違うものか。
     いや。増えたというよりは、一人が二人になったからこその違いなのだろう。ドアのチャイムが鳴る度に感じていた面倒に、朝から晩まで満遍なく触れているような錯覚がある。頭が痛くなるほどの虚脱感とストレスとに支配されて、両手が潰れている今ではそれを解消する術もない。
     このままでは壊れてしまう。それが錯覚でも自分勝手な倒錯だとしても、培ってきたものが崩れゆく可能性という恐怖は身体の芯を冷えさせた。暗い場所、深い場所。それらは慣れていた筈の場所だった。その冷たさも知っていると、そう思っていた。だというのに、この寒さは知らない。

    「……ちょっと出かけてくる」

     動かない手を引き摺って外に出たところで、何ができるというものでもないのだが。それでもここでうなだれているよりはマシだろう。今は少しでも、一人でいられる時間が欲しい。
     が、二人しかいない部屋では何をしても響いてしまう。玄関に出たところで、茜が台所から顔を出した。

    「んん、何か用事でもあった? 買出しなら私が行くけど」
    「そうじゃないけど。こう毎日が食べて寝ての繰り返しばかりだといけないよ。運動しないと」
    「体重計ならいつでも使えるわよ」
    「うるさいなあ!」

     顔を紅潮させながら叫び返し、そのままドアノブに手を伸ばす。が、手は何にも触れなかった。そこにある筈のものがない。
     違和感を覚えた時には、もう致命的に身体が傾いていた。片足が床から離れ、もう片方の足も踵が浮いている。
     安定を失い、後は重力に魂でも引かれるように地面が迫ってくるだけである。そんな状況で頭に浮かんでいたのは、よく考えれば私ドアノブとか回せないよなぁというどうでもいいことだったのだが……
     地面に顔を打ちつける前に、何かがリンの身体を支えた。前から。
     目をぱちくりとさせてから、迫ってこない地面に暫し呆然と視線を落とし――数秒ほどして、リンは自分が誰かの腕に抱き抱えられているのだと悟った。腹の辺りも回された腕。丁度胸の辺りを押し付けるような状態になっている。
     悲鳴を上げてもよかったのだが、リンは割とすぐに思い止まった。こちらを抱えている腕が男のものであれば躊躇もなかったろうが、目に映ったそれは比較的細めだった。色白で毛が濃かったりするのでもない。ぱっと見では、それは女の腕に思えた。

    「なんだどーした、危ないな。最近の子供ってのはアクティブな奴しかおらんのかねぇ」

     そしてその声もまた、女のものに間違いなかった。顔を見るよりも先に、流れるような長髪が視界に入る。青い髪。だがあの問いかけてきた男のものとは全く違う。あれがくすんだ夜空のような色合いであれば、今眼前を流れているのは澄んだ青空の色に近い。
     子供扱いされたことに腹を立てるのも忘れ、リンは相手の顔を見やった。どこか尖った印象を受ける碧眼の双眸で見下ろしてきている、二十歳かそこらぐらいの顔立ちの女性。それはつまり自分とそれほど齢は変わらないということになるが、背丈は相手のほうが高い。

    「……誰?」

     他に思いつく言葉もなく、リンはとりあえずそう聞き返した。相手はこちらを抱えたままで少し眉根を寄せると、困ったように目を細めた。

    「いや、それはあたしの台詞でもあるんだけど……」
    「こら」

     脳天への一撃。それで相手の腕から力が抜けた。
     なんとかバランスを取って、よろめきながらも転倒だけは避ける。青髪の相手は凍ったように動きを止めて(白目も剥いていたような気がしたが)いて……
     突然に動き出したその女が、何故か背後にいた茜の胸倉を勢いよく掴み上げた。抵抗する素振りも見せずに捕まった相手を引き寄せて、そのまま獣も逃げ出しそうな唸り声をあげる。

    「なーにーをーすーるー」
    「人の家に入る時は、チャイムぐらい鳴らすのが礼儀でしょうに」
    「だからって殴るこたないんじゃないの殴るこたぁ!」
    「鉄拳制裁が遥か昔から廃れることなく存在し続けているのは、その圧倒的普遍な有効性によるもので〜」
    「義肢なんかでぶっ叩かれたら頭かち割れるわい! どっかの西瓜叩き割るCMじゃないんだぞ、妹殺す気かあんたは!」
    「いやねぇヨスガ。あなたがその程度でくたばるわけないじゃないの」
    「死ぬわバカ姉貴!」

     もうよくわからない罵倒だかなんだかを叫びながら、青髪の女が茜を振り回す。がくがくと揺さぶられながら平気で喋っている茜も大概だが。

    「……え、妹?」
    「そうよ」

     置いていかれる格好になって、なんとかその言葉尻だけは捕まえることができた。確かめるように呟くと、茜のほうだけが応じてくる。髪の青いほうは、まだ犬歯を見せて茜を睨みつけたままだ。
     暫し両者を見やって。リンは限りなく素直に、思ったままを口にした。

    「……え、何その設定。ギャグ?」
    「なんか素でそういう反応されるとムカつくなぁ」
    「似てないしね。しょうがないでしょ」

     ようやく反応を見せた妹(ヨスガとかいったか?)は半眼になっていたが、茜のほうは割と素直に同調してきた。リンも小さく頷いて、それぞれの頭を指し示す。
    「姉妹とか名乗る上で、その頭がまずありえないと思う」

    「だって。染めたら?」
    「いや染めるなら普通、姉さんのほうだろ。あたしは髪伸ばしてるし」

     少し怯えるように、妹のほうが自分の髪を撫でる。と、そこではたと何かに気付いたように目を白黒させた。髪を弄りながら、確かめるようにゆっくりとした声音で茜に問う。

    「それで、なんであたしは呼ばれたの?」
    「……どうしてかしら」
    「――ね・え・さ・ん?」
    「いや、特に理由はないんだけどね?」

     さして悪びれた様子もなく無表情で首を傾げる茜の両肩を、妹のほうががっしと掴んだ。錆びた機械を無理矢理回すような異音が聞こえそうな緩慢な動きで相手を引き寄せ、額が当たりそうなほどの近距離で声を荒らげる。

    「あのね! あたしも結構! 忙しいの! 色々と!」
    「やぁねえ、そんな強調しなくてもわかってるわよ」
    「だったらなんであたしを呼んだ……」
    「今回の筆者の目標に『なるべく多くのキャラを使いたいから』っていうのがあってね?」
    「知るか!」
    「あと私ら関係の話っていうのは、全部完成していたけどHDDぶち壊れた際に一つ残らずすっ飛んだりしたもんで、全く同じものは書けないっていうバックアップ取り忘れた阿呆の魂の叫びがね?」
    「尚更知るか! っていうか何処の誰の話だよそれ!?」
    「あとがきで使うような話。あっ」

     茜が吐息を漏らした時には、既にその身体が宙に舞っていた。堪えかねたのだろう、妹のほうが相手を掴んだまま、両腕を勢いよく振り被っているのだけが目に映る。
     茜は決してボケているのではなく、確信犯でやっているのだろうというのだけは判っていた。この数日で確信したことの一つである。この女は性格が悪い。相当悪い。

    (……あれ。ひょっとして私、まだまだストレス溜まるのかなぁ)

     考えただけで鬱になる。地響きにも近い轟音に身体を強張らせて、リンは胸中の嘆息をますます深くした。ここはつい先日まで自分の領域だった。だというのに、今ではこの部屋に自分の平穏がない。
     身体に、ちくりとした痛みが走る。一瞬のことで、それが何処に受けた痛みだったのかも判らなかった。胸か、頭か。傷ついた手か、足や肩、或いは左腕かもしれない。

    (……どうしてここに、私以外の誰かがいるの?)

     それを音にするほどの勇気はなく、言葉は無音の吐息となって唇を掠めていった。虚空に漂って、誰に届きもしないまま霧散する。

    「……どうかしたか?」
    「なんでもない」

     何かの感情が、表情に出てしまっていたのか。息を荒らげながら聞いてきた妹のほうに、リンはすぐさま首を振って応答した。なんでもない。そう、何も無い。誰かに語る本当の心など、一つとして持ち合わせていない。
     だから誰も要らない。だからこそ、誰も私を要ると言わない。
     そんな思いつきに、さしたる意味があったわけではない。唯の現状確認以上のものになりようもない自らというものへの考察は早々に記憶の屑篭に放り込み、リンは深く頭を抱えた。
     確実に、それこそ確実にわかっていることが一つだけある。
     自分の平穏――そう言えるほどのものなのかどうかは知らないが、平穏には違いない――は、当分帰ってこないだろうということだ。



1545/ #5 アンヒューマン(移し絵)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/07/16(Mon) 18:19:01

     スカルボーンが情報屋を利用する機会というのは、実は余り多いというほどのものではなかった。結局のところ情報屋というものは、一部を除き単なる噂好きとさして変わらない。見識の広さこそずば抜けているものの、それがことらが真に欲しているものにまで届いているかどうかというのは、極めて稀だ。
     無論、例外たるものが少ないわけではない。ハッキング技術に優れた者などは確かに正確な情報を提示してくれるが、そういった輩は報酬が一気に高騰する。危険な橋を渡っているのだから当然とも言えるし、だがそんなものを生業としている者は得てして用心深い。新たに関係を持とうと接触を図ろうにも、そう易々と発見できる場所にはいないのだ。レイヴンと同じである。
     その情報屋との接触方法を簡単に突き止められたのは、ひとえに隊内でこの相手に幾度も接触していた人物がいたからだった。アレスは結局、この女にいくら貢いだのか。払った金の大半はトリニティから必要経費としてせしめたものだったようだが。
     その男も、今では病室のベッドの上である。特に呼びかけるでもなく、スカルボーンは目的の相手に近づいていった。裏路地外からも離れた、本当に人気の少ない道路脇。小さな照明とのれんのぶら下がった古びた屋台は、控えめに見ても客入りなど期待できないように思える。それとも、わざわざ人の来ない場所を狙って開店しているのか。今も客は一人だけで、その女も今は何か注文するでもなく、口に運ぶ気もなさそうな手つきで皿の中身を割箸で掻き混ぜている。
     若いのは外見だけだということは知っていた。通常の人間の姿を模した全身義体。実際の年齢は、スカルボーンよりも更に一回り上のはずである。
     相手の視界に入るぐらいまで近づいたところで、その女が瞳だけをこちらに向ける。座れということなのだろうが、スカルボーンは席には着かず、カウンターに腕を一本置くだけに止めた。相手の唇が動く前に、素早く用件を口にする。

    「あるレイヴンの居場所を知りたい。今すぐにだ」
    「貴方が人探し? それは殺人の幇助になるのかしら」
    「さあな。会ってみないことには判らん。そいつには、問い質したいものが色々あってね」
    「そう。でも残念ながら、その取引には応じられないわ」
    「……なんだと?」

     拒絶が返ってくるとは思いもしなかった。ソフィアは肩を竦めると、溜息交じりに首を振る。今まで何度も同じ説明をしてきた、そんな様子で。

    「貴方のような頼み事をしてくる人って、実は結構多いのよ。誰々っていうレイヴンの居場所を教えてくれってね。大抵は恨み辛み、復讐や個人的な怨恨ね。レイヴンとして戦場に出ている時じゃあ勝ち目が無いから、それ以外――つまりは生身の時に襲ってやろうなんていう魂胆よ。確かにレイヴンとはいえ、ACを奪われれば唯の一般人と変わらないものね。一部を除いて」

     そこで言葉を切ると、ソフィアはスカルボーンの顔に瞳を向けた。彼女が何を言いたいのか、想像するまでもない。
     そしてスカルボーンもまた、似たような心地でソフィアを見下ろしていた。こちらの意図、当然彼女も理解しているだろう。溜息混じりに、続けてくる。

    「まぁこちらとしては、本当なら答えてあげてもいいんだけどね……そうされると、困る人たちがいるのよ。色々と」
    「ふん、情報屋まで篭絡されるとはな。」
    「在野レイヴンが企業との取引を全く行っていないなんて、まさか思っていないでしょう? 言うなればC−LAWSは公用、在野レイヴンは私用という、明確な役割分担が為されている。トリニティという組織にとっては、在野レイヴンは忌むべき存在かもしれない。けれども企業としては、在野がいなくなってしまっては困るのよ。それに私らとしても、依頼人同士で喰い合われると仕事がね――」

     無言で。
     スカルボーンはテーブルの上に、一枚のカードを叩き付けた。乾いた音を立てて跳ね上がり、裏表を逆にしたプラスチックの直方体には一文だけ、飾り気のない文字が印字されている。『クレジット』。

    「くれてやる」
    「……こりゃ驚いた。どういう風の吹き回し?」

     カードには、紙切れが一枚貼り付けられている。拾い上げたカードを、得体の知れないものでも見るような目つきで見やりながら……ソフィアは不可解そうな声をあげた。

    「この業界でも有数の守銭奴である貴方の行動とは、とても思えないわね」
    「貴様には関係のないことだ。どうせ十分な報酬さえあれば、何の問題も無いのだろう?」

     にべもなく言い放ち、スカルボーンは顔を背けようとした……が、意味がないことに気付いてそれを止めた。顔色などないのだから、どんな心境であれ頭を動かす必要は無い。
     何が面白かったのか、ソフィアは小さく口端を歪ませた。カードに張り付いたメモに視線を落としながら形のいい唇を少しだけ曲げ、次の瞬間には口を開いたためにその笑顔が崩れ去る。

    「……そうね、では特別に。けど一応言っておくけど、すぐに見つかる保障なんてどこにも無いわよ?」
    「見つけられるさ」

     自信ありげにそう返されるのは、予想外だったのだろう。ソフィアは面食らったような表情を見せた。
     ……そういえば、この女も全身義体だったか。
     ふと湧いた感傷を、スカルボーンは容易く握り潰した。ソフィアの姿、それははっきりと、人間という形への執着だった。フレームの表面に被せた人工の皮と肉。中身だけを挿げ替えたように見えて、実際はほぼ全てが入れ替わっている。自らの意思で捨てた筈の姿に、どうしようもない未練を残している。
     それはどう控えめに見ても、滑稽なものであった。元の姿、つまりは人間の骨格を完全に破棄したスカルボーンの目からすれば、尚更に。
     勿論、この女にそんな話をしても無意味であろう。与太話にしかならない。『何故人間の姿をやめなかった』などと、そこまで馬鹿馬鹿しい質問をする勇気はスカルボーンにはなかった。
     未練、執着、効率、世間体。回答のおおよその予測がついているならば、あえて口にする必要は欠片も無い。或いはひょっとすれば、この女であればそれ以外の答が返ってきたのかもしれないが――
     やはり聞く気にはならず、スカルボーンは胸中で嘆息した。心境に応じて頬の人工筋肉を弛緩させられるソフィアとは違い、こちらは気配さえ断てば外見的要素で何かを悟られたりはしない。

    「では、頼むぞ」
    「……本当に、このレイヴンでいいの?」
    「ああ」
    「…………この程度の情報で全部貰うのは、流石に気が引けるわね」
    「好きにしろ」

     別に、それが自分の全財産であるなどとは一言も言った憶えは無いのだが。踵を返したスカルボーンの背中に、ソフィアの声は追いかけるように走ってきた。

    「カードは処分しておくから、自分でまた新しいのを作って頂戴」
    「そうしよう」

     適当に答え、スカルボーンはその場を後にした。


1603/ #5.4 ハイドライフ(失意の塊)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/11/18(Sun) 19:18:42

    「う〜……」
    「何うなってるの?」

     リンが質問した相手は、だがいつもの赤髪の女ではなかった。部屋の中心辺りに置いた小さな丸テーブル――壁に立てかけてあったのをあの赤髪に勝手に引っ張り出されたものだ。その上に持ち込んだノート型PCを置いて、映し出された画面と睨めっこを続けていた青い髪の女にである。確か、ヨスガといったか。
     手の痛みが大分薄らいできたここ最近は、横になっている時間よりもベッドの上に座っている時間のほうが長くなってきていた。それでも殆ど身体を動かさないせいで身体中が強張ったように硬く、痛い。しかし揉み解そうにも肝心の両手が最大の致命傷を受けているのだからそれも敵わず、たまに腕や首を回すぐらいのことしかできない。ヨスガのほうを見る為に首を左に向けたが、それもかなりの重労働だった。
     聞かれたことで、ヨスガがモニターの向こうから顔を出してくる。モニターそのものはリンのほうからは背面しか見えず、そこに何が映っているのかは窺い知れない。ヨスガ当人はといえば、僅かに引き攣った頬を撫でつけながら疲れた声で答えてくる。

    「いやな。この間艦首に開けられたでかい穴の修繕費をどうしようかってね……」
    「艦首……船? 砂漠しかない、こんなところに?」

     それは、十分に驚愕に値することだった。リンらが住んでいる地下都市から一歩でも地上に出れば、そこにあるのは世界の果てまで延々と続く砂の廻廊である。実際には砂漠とその先にある山脈の幾つかを越えれば海岸線というものを拝むことができるという話もあるが、事実かどうかは疑わしいものだ。それが本当にあるのなら、もっと色んな話題が出てきていてもおかしくないのだから。
     ヨスガが小さくかぶりを振る。

    「ああ、あたしのバイト先は陸上艦だ。砂漠を走る船だよ。たぶん、ホバーか何かなんじゃないかな」
    「へぇ……でも戦艦ってことは、軍人さんなの? あなたは」
    「いんや、それも違う。個人の所有物なんだよ、あの船。どっかに属してるわけでもないから、軍とは言えないわな。そんな規模でもねぇし」
    「……冗談でしょ?」
    「残念ながら事実なんだわ、これが。ま、あたしも最初は耳を疑ったからねぇ」

     ヨスガの口ぶりは軽薄、というよりも諦めのような空気を漂わせていた。笑ってくれとでも言わんばかりの皮肉げな笑みを浮かべ、頭を掻く。

    「三年……四年か? そんぐらい経つけど、今でもわけがわからんよ。そもそもどういう収支で成り立ってるんだか。支出は殆ど無意味なものばっかだけれど、収入だって七割方が出所不明だ。そうやって考えると、あたしがこうして頭を悩ませる意味ってあんのかねえ」
    「私に聞かれても。それにそんな状態なら、人の家で考えるより戻ったほうが」
    「あんなところで仕事が出来るか。年から年中騒ぎと爆発の絶えない場所だ」
    「……ふーん」
    「だいたい、穴を開けたのは船の奴なんだからな」
    「なにそれ」
    「だから、そういう場所なんだよ。常識の範疇でものを考えてたら、切ないくらいに痛い目に遭う場所だ」

     よくよく考えれば、ここ最近はこうして素直な心地で誰かと話すことが多くなった。
     いや、そもそも人と話す機会そのものが、今までは並外れて少なかったのだろう。意図的に避けていた部分もある。それは誰に出会ったところで、自分の本心を吐き出すことなど有り得ないからだった。面を被る必要があるのならば、最初から近寄らないほうが手間が省ける。困る相手もいない。
     この相手ともそういう対話をするつもりだった。だから最初は敬語を使っていたのだが、『世話になってるのはこっちなんだからやめてくれ』と再三に渡り言われ続けた結果として、今のこの状況がある。尚、こちらから世話をした憶えというのは一度もない。
     本音としては、そんな友人関係のような会話の調子などお断り願いたいものなのだが。
     だがそれを相手に理解してもらおうというのは、とても困難なことにも思える。誰かに囁き聞かされたようにそんなことを感じ、最終的に妥協したのはこちらだった。しかし無念には思わない。意固地になって余計に話がこじれていくよりは、素直に諦めてしまうほうが何倍も楽なのだ。
     常にそうしてきた。プライドなど捨ててしまえばいい。そんなものを大事そうに懐に忍ばせていても、厄介事ばかりを呼び込んで抱え込む筥迫にしかならない。

    「……楽しそうに話すんだね」
    「んあ、何惚けたこと言ってんのさ? 楽しいわけがないって」
    「……まぁいいけど」

     だからなのか。彼女を少しだけ羨ましいと思う。そんな感情が腹の奥底に溜まるというだけでも、自分がついにどうにかなってしまったのかというほどにおかしなことではあったが。
     茜。あの女のせいであることは疑いようもない。だが変化を強要された憶えも殆どなかった。いいまでも心を許したつもりはない。
     なら原因は何か。答えは出せないまま、リンはヨスガを見やった。茜以上に見ず知らずの他人。気を許せるわけがない。
     彼女にとっては、いい感じに逃げ込める場所としてリンの家が使えるようになったというだけのことでしかない。だが自分にとっては、この状況は茜がいる時と然程変わらない。
     つまるところ彼女は、茜がいない時分における自分の監視役なのだ。馬鹿な真似をしないように、という。
     成る程と、それに気付いてもリンは納得しかできなかった。誰かがいる。人の目がある。そう意識するだけで、自分の行動が限りなく抑制されているのはここ暫くの日常で肌身に染みていた。
     一人ならどんなことも出来た。覚悟さえあれば、なんだって出来ると思える。指が動かないのなら、食い千切ればいいだけの話だ。なのに。
     誰かの気配を感じるだけで、途端にその自信は揺らいで崩れて消え失せた。あっけないほど簡単に。

    「そういえばその包帯、どうしたんだ?」
    「え……」

     唐突にそんなことを聞かれて、リンは思わず返答に窮した。
     だがすぐに、相手が気にしているのは自分の思っている部分ではないと気付いた。両掌に巻いた包帯。それなら答えられる。

    「撃たれた」
    「両方か? どんな状況だよ」

     相手の苦笑に、つられる形でリンも苦笑いを零した。確かに、そんな状況は普通考えられない。片方は撃たれたわけではないが、それでも似たようなものであることに変わりなかった。そして。

    「そう。相手はどうしてか私の名前を知っていて、ACを持っていかれたよ。盗まれたようなもんだよね。最初からそれが目的だったのかもしれないけど、盗むだけならわざわざ私の前に出てきた理由ってなんなんだろう」
    「単なる自己顕示欲じゃねえの? そういう大胆なことする奴ってのは大抵、相手に顔とか名前とか憶えられたかったりするんだよ。色んなとこで繰り返して、有名にでもなりたいんじゃないか?」
    「うん……やっぱりそうなのかなぁ」
    「納得できるところでしといたほうがいいさ。あまり変な奴に深入りすると、ろくなことにならない。……いやホント、これマジで」

     何か身に覚えでもあるような言い方に急変したのは気になったが、あえて質問はせずにリンは相手から目を逸らした。ACが奪われていたという事実を知ったのは、つい最近のことである。まあここ最近では外出すること自体が稀だった為、これだけ発見が遅れたとも言えるのだが。
     借りていたガレージはもぬけの殻だった。争った形跡もないのに、ACだけでなく整備員の一人すら見つけられなかったのだ。誰かに何かを聞くことすら叶わず、あっという間に手詰まりになって万事休すという状態だ。
     そもそも乗れもしないのにACの状態を確認しにいこうなどと思ったのは、ガレージのレンタル料が自分の口座から引き落とされていないことと、自分のIDカードが行方不明になっていることに気付いたからだった。レイヴンライセンス――今ではもう価値のないライセンスカードがである。レイヴンを統括していたケイジが各々に配分していた一枚のプラスチックカード。とはいえ、それを実際に使う場面というのに出会ったことは一度として無かったように思える。
     もしそれが奪われていたのだとしても、大して困りはしないもかもしれない。再発行は出来たのかもしれないが、放烏の日を経て機関そのものが消え失せてしまった今ではどうしようもない。
     記憶を手繰っていて、ヨスガへの注意が薄れていた。皮膚を割いて刃が血管の奥に滑り込んでくるように、致命的な問いが首筋の辺りを抜けていく。

    「左手だけ、少し巻きすぎな気もするけどね」

     気付かれた。
     反射的に、リンは自分の左腕に触れていた。手首の辺り。包帯越しで何か変わったところがあるわけでもない。だがその奥に触れたような気がして、背筋の辺りに冷えたものを感じ取る。
     痛みが走った気がして、触れていた場所から手が離れた。それが錯覚だと判るのにも数秒を必要として、だがもう一度指を乗せる気にはならず溜息をつく。
     なんにしろ、ヨスガはとうにこちらを見てもいなかった。耳の上にペンを載せ、頬杖ついてモニターの向こう側に唸り声を浴びせている。
     だがいつ又続きを聞いてくるかもわからない。いつの間にか、こちらのほうから問いかけていた。
    「姉さん、って言ってたけど。本当に姉妹なの?」
     ヨスガが軽く眉を跳ねさせてこちらを向く。彼女は顎に指を当てて暫く考え込むと、適当な言葉をやっと見つけたというような調子で答えてきた。

    「ああ。便宜上はな」
    「……どういう意味?」
    「実際のところを知ってただろう人は、一人も残さずにいなくなっちまった。だから本当のところはわからない」
    「……家族は?」
    「顔も知らないなぁ。そっちはどうなん?」

     捨てられたと。そう言おうとしたが、それは思い止まった。思えば自分がこの相手のことを殆ど知らないように、あちらもまた自分のことを知らないはずである。

    「同じだよ」

     何処まで本当のことを言っていいのか。それは判らないまでも、会話を途切れさせない程度に言葉を繋ぐぐらいはできた。ヨスガは特に何かを気にした様子もなく軽く頷いて、耳から落ちたペンを空中で掴み取る。

    「そか。まぁ、結構そんなもんなのかもな……それでだ。DNA鑑定でも受ければ答えは出るんだろうけど、そこまでして疑わなきゃいけないもんじゃないだろ。そこまでして知りたいもんでもないし」
    「でも」

     こちらが反駁の言葉を口にするより先に、ヨスガが首を振って制してきた。

    「血の繋がりなんて大した問題じゃない。髪の色だっておんなじだ。あの人はあたしの姉貴だよ。……どの道姉さんが死ねば、二度と調べることだって出来なくなる。そうなったら、後はもう信じるしかない。あたしは……それでいいかって、思うんだけどね」
    「……え?」

     それは、寝耳に水な単語であった。それこそ、他の全てを聞き流してしまうほどに。
     何かを心配するような相手ではない。それでも口は動いて、意志とは関係ないところでリンはヨスガに聞き返していた。譫言のように。

    「死ぬ? どういう、意味?」
    「どういうって……まさか聞いてなかったのか?」
    「どういう意味」

     問い詰めるような口調になっていたのには、自分でも驚いた。そもそもが、勝手に居着いただけのただの他人である。人が死ぬことも珍しくない。彼女がいなくなったところで、それを悲しいとも思わないだろう。
     よくわからない感情はとりあえず脇に置いて、リンはヨスガを見据えていた。彼女はばつが悪そうな顔でこちらから目を背けていたが、やがて溜息一つついて目を向けてきた。半眼で。

    「……本人に聞きな。あたしから教えるようなことじゃない」
    「そんな話、できるもんか」
    「できないなら聞かないこった。むこうが勝手に話してくるのを待つしかないな」
    「でも」
    「あたしは、姉さんとあんたがどんな関係なのかよく知らない。聞こうとも思わないけどな。だからあんたにとって姉さんが、逆に姉さんにとってあんたがどんな相手なのかってのも解らない。だから、あたしからこれ以上何かを言うことはできないよ」

     詭弁だ。
     そう吐き出しかけて、リンは歯を食い縛る形で口を閉ざした。単に自分が言葉にしたくないだけに違いない。口に出せばそれが真実であるとと思えるように、形にしないことでその事実を自分の中では有耶無耶にしてしまいだけなのだ。
     だがそれならば尚更、頑として教えてはくれないだろう。思索と躊躇に暫くの時間を要し、結果としてリンが口にしたのは別の言葉だった。

    「……私だって全然知らない。あの人のことも。あなたのことも」
    「まぁそうだよな。ちゃんと名乗ったわけでもないし」
    「あなたは平気なの? その……身内が、死ぬのに」
    「その質問は、もっと昔のあたしにするべきだったな」

     ヨスガは感情のない声で呟くと、指に挟んでいたペンをテーブルの上に放り投げた。頭の後ろで腕を組み、そのまま床に仰向けで転がってしまう。

    「まぁ、なんだ。時間は残酷だってあたりの話にでも帰結すんのかねぇ。あたしはバカだから、よーわからんよ」

     天井の電灯を隠すように掲げた自分の手を、握っては開く。そんな意味のない動作を何度か繰り返してから、ヨスガが唐突に跳ね起きた。腹筋の力だけで上体を起こしテーブルに勢いよく両手を叩きつける。

    「帰ってきたみたいだな」
    「は?」

     裏返った声でリンは聞き返した。前触れもなく大振りな動きを見せたヨスガに驚いていたので、相手の言葉の意味が理解できなかったのだ。ヨスガは親指で、肩越しに玄関のほうを指してみせる。ベッドの上からでは、そこは死角になっている場所だったが。
     少しの時間を経て、戸の鍵を開ける音が聞こえてくる。相当買い込んだのか、うんざりとした声も聞こえてきた。愚痴らしい。

    「聞いてみるか?」
    「……ううん」

     首を振ることもできず、その呟きがヨスガに届いたかどうかも疑わしい。唇を動かした感覚はなかったが、それでも喉の奥に溜まった空気の塊がすり抜けていったのは感じ取れた。

    (そうか……怖いんだ。私は)

     自分が誰かに立ち入られるのを恐れるのと、それは同じことだった。
     相手の素性を深く知ってしまえば、そこで絡んだ関わりは簡単にはほどききれない。誰かとの繋がりが今の自分の現状のようにまた新しい関係を生み出していく。その連鎖のどこか、自分の与り知らぬところで、何か予測もつかない事態に巻き込まれる可能性すら否定できない。
     誰にも立ち入られたくないのであれば、誰に立ち入ることも許されない。自分の世界を壊されたくないのであれば、誰かの世界に足を踏み入れるわけにはいかない。例えそれで、どうしようもない後悔を背負うことになるとしても。

     自分の本心は、一体どの世界を望んでいるのだろうか。
     答えを出せないまま、リンは膝を抱えて顔を伏せた。

1604/ #5.8 フューチャーワールド(一寸先の闇)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/11/18(Sun) 19:19:21

     意味も無く目が覚めるのは、別段珍しいことでもない。寧ろ彼女にとっては、当たり前のことだった。もう長い間、まともな睡眠は取っていない。最初は辛かったが、慣れてしまえばそう悪いものでもなかった。稀に頭痛が酷いのだけが問題だが。。
     夢を見ていたような気もするが、憶えていないのであれば見ていないのと何も変わらない。重い瞼を擦ったところで眠気が取れるわけがなく、力のない半眼のままで辺りを見回す。まだ暗い……が、最初に目を閉じた時とそれほど変わっていないようにも思える。せいぜいが十二時かそこらといった頃合だろう。あまり眠れてはいないようだ。
     痛む首を回して、茜は軽く息をついた。一人しか住んでおらず、来客を意識したこともないだろう部屋に泊まりこむとなれば、寝る場所を確保するだけでも一苦労だった。結局今は、部屋の一つしかないベッドに背中を預ける体勢で幾らかの睡眠をとっている。クッションを二重に敷いて毛布をかけただけの簡素なものだが、ソファーの一つも置いていないこざっぱりとした狭い室内では、他に背を預けられそうなものは壁ぐらいしかない。床に寝転がるつもりがないのであれば、これが一番マシな姿勢だといえた。
     ふと口の中に苦い味を覚えて、茜は顔を顰めた。吐いた記憶はなかったが、噎せた程度ならば眠っていれば気付かない。鉄の味などとよく表現されるそれを舌の上で転がして、茜は声には出さず毒づいた。

    (私は……あと、どれぐらい生きていられるの?)

     誰も教えてはくれない。明確な答えなど提示されれば、それはそれで恐怖だが。
     死というものを、本当に身近に感じるようになったのはいつからだろう。薄れ掛けた意識の中で己に問いかけるには、その議題はうってつけでもあった。まどろみの奥で夢の淵に落ちてしまえば、そんなことに思索を巡らせていた記憶も消えて無くなるだろう。憶えていたいものではない。
     恐らく、ここ数年のことなのだろう。二年、三年。その程度かもしれない。
     昔から幾度となく、肌に感じたことはあった。冷たいものに触れ、暖かいものを被り、鼓膜を揺らして、目に焼きつく。そんな場面に出くわす機会が、特別多かったわけではない。だがそれでも日常的に企業同士の抗争は続いていたし、治安などあってないようなものであった上に、時には街中を巨大な兵士が銃器を振り回しながら闊歩するこの世の中では、それは見慣れた光景と化していた。どこにでも死体が転がる。時には砕け散っている。
     始めは恐怖を感じていたのかもしれないが、その感覚が希薄になっていくのにはさして時間はかからなかった。日常というものに溶け込んでしまえば、犬の死骸も人の亡骸も大した違いはない。吹き抜ける硝煙の混じった風に重なった血と糞尿の臭いが、どんな生き物のものだったのかを知る方法が無いように。
     肌に染みついていた、そういった感覚と。内から来る血も凍るような悪寒は別物であった。それに気付いたのは何時頃だろうか。人を殺める前だったことは憶えている。それに恐怖したから、私は全力で人を殺したのだ。
     臓腑の奥底から湧いてくる容赦の無い冷たさには、純粋に怖れを感じた。目を閉じてその感覚に苛まれた時、開こうとしない瞼に戦慄を覚えた。やがては眠りに落ちること自体が畏怖の対象となり、それ以降まともな睡眠を取った記憶は無い。
     そういった生活の結果として。意識を失うことへ向けていた注意はそのまま、周囲への警戒という役割を果たすようにもなった。聞き慣れない物音一つで、瞬時に意識が覚醒する。
     覚えの無い音が、何度も耳に届いてきていた。この周辺ではついぞ聞いたことのない異音である。
     意識が鮮明であるのならば、瞳を閉じるのに怖れはない。音の間隔、音量、そして質。その三つさえ明確に聞き取れば、大体の見当はつけられた。およそ秒刻みで定期的に鳴り響くそれは、恐らくは人の足音だろう。途中から間隔が急に変化したが、それは階段を上ってきているものだとの予想がすぐにつけられた。だが、それだけではない。

    (これは……金属の擦れる音だ。けどそれにしては低音すぎる。そんなにも重い?)

     足音。金属。そして重荷。閃くものがあった。

    (――義体?)

     毛布を跳ね上げて、茜は素早く扉まで駆け寄った。焦燥は下唇を噛むだけで済ませ、ドアの縁に耳を当てる。こんな辺鄙なアパートに用事のある義体の素性など、凡そ見当がつく。加えて、誰に用があるのかも。

    (……リン自身には、戦う力なんてない。かといって、私にだってそこまでのものは)

     こちらの身体も、幾つかの部位は義肢である。だが肉体全てを機械と挿げ替えた相手に挑むには、心持たないどころか無謀だろう。それは人間の限界だった。人間の、生物の、そして義体の限界。突き詰めていけば、やがてそれはACに行き着く。
     そこにある極限。異端。イレギュラー。それがあれば世界を滅ぼすことも、全ての人類を死滅させることすら容易いだろうと主は言っていたか。いつだったか、そんな凄いものでもないだろうと聞いたことがあった。彼はすぐにこう返してきた。化物の共食いに巻き込まれれば、世界など脆い。と。

    (……そんなことを考えている場合じゃないな)

     得体の知れない義体が近づいてきている。それを確信して、茜は扉から体を離した。今はこちらへの対処のほうが重要だ。
     義体は得てして、武器など必要とせずとも人を殺傷できるだけの身体能力を有している。立ち向かうにせよ逃げるにせよ、対応を間違えれば容易に殺されるのは間違いない。

    (私だけで逃げるのは簡単。これは間違いない)

     肺腑の奥に冷えたものが染み渡るのを感じながら、茜は声には出さず独りごちた。
     自分とて恨まれるに足ることはしでかしている。心当たりがないとは言えない。だが自分と、傍らで静かに寝息を立てている少女とを比べてみれば、義体の目的は彼女であるように思えた。結局のところ個人が刃物を振りかざして他人を薙ぎ払うのと、巨大な機械を操って騒乱の渦中で紅蓮を巻き起こすのとでは、圧倒的に後者のほうが疎まれる。本質は同じだとしても。
     そういったことを抜きにしても、生身での戦いというものに慣れていない彼女ではどう行動するにせよ足手まとい以上のものにはなれない。

    (……死なせるのは簡単、か)

     立てかけてあった直棒に手を伸ばし、梱包を取り払う。刃物が役に立つとは思えないが、それでも手に馴染んだ武器は無いよりはマシだろう。
     それ以外の装備を手早く拾い集め、足音は立てずに元の位置まで戻ってくると、茜は柄のほうでだらしない顔で寝ている少女の額に一撃をくれた。少女はか細い悲鳴をあげて一度昏倒すると、飛び跳ねるように体を起き上がらせた。頭を抱えて。

    「え、な、なに? なに? どうしたの? それに、どうして頭が凄く痛いの!?」
    「ねぇリン。ちょっと付き合ってくれる?」

     細かい説明は省いて、要点だけを手短に告げる。そもそも詳細を語れるほどの確証もない。
     そういえばこの相手の本名も知ってはいたが、彼女をその名で呼んだことはなかった。別に深い理由があるわけでもなく、それは結局のところ自分にとって、接している相手はレイヴンという職務に従事している、リンという鴉なのだというだけのことでしかない。その一線を越えて接してやれるほど、自分に時間が残っていないというのもある。
     それにレイヴンは他の業種と違い、一度でも仕事をこなせばもう取り返しはつかない。一度空に出れば飛び続けるしかないのだから、彼女を本名で呼ぶことこそ、最早何の意味も無いだろう。

    「つ、付き合うってどこに? え、しかもこんな時間!? 私ちょっと、そういう卑猥なことは……」
    「何をどう勘違いしたらそうなるのかしら。あんまり余裕もないの。有無は言わせないわよ」

    下手に説明して怯えられても困る。そこまでは伝えず会話を打ち切って、茜は玄関に立てかけてある刃を握り、逆の手で靴を取った。自分のと、リンの分と。
     二つの靴を指にかけて、頭の中で渦巻いたのは単純な不安だった。

    (リンが足手まといになるのは間違いない。相手が本当に義体なら、逃げ切れるものじゃない、か)

     本気でリンを助けようとする場合、自分が何者かの足止めをしなければならない状況も予想できる。だが、それが無謀な挑戦であることは容易に想像がついた。人間相手ならばなんとでもなるつもりではいるが、義体を相手にすることになるなれば話は全く違う。相応の準備というものが必要だが、mさかこの突然の来訪にそんな用意がある筈もない。いつもの薙刀と、小細工の利かせられる小物が幾つか。人外のものを相手にすると考えれば、どう考えても不足している。
     口中で自分の呟いた言葉を咀嚼し、もう一度状況を鑑みる。

    (私にも、お鉢が回ってきたということかしらね。こんな形で)

     身近に感じていた死ではない。それとは全く別の形で、触れるほど近い場所まで死を模った三日月が迫ってきている。

    (……臆病だね、私は)

     全てが徒労であるかもしれないというのに。というよりも、徒労であるならばこれほど恥ずかしいこともそうあるまい。
     だが世の中というものは、悪い予感ほどよく当たる。そして最悪の場面に陥った際に警戒と準備を怠っていれば、手の施しようもない。

    「……ねぇ、茜。どうしたの?」
    「靴は履いた?」
    「床、汚したくないんだけど」
    「そんな細かいことを気にしていると、命が幾つあっても足りないわよ」
    「なんで靴の泥で床を汚すのが、そんな危ない話に直結しちゃうのさ」
    「そういう世の中だから、かしらね」

     曖昧な返答は、リンを納得させるほどのものではなかったろうが、どうやら本当に問答している余裕もないようだった。振動はもう間近に来ていて、そして止まる。丁度部屋の扉の前。ここまでくれば、もう疑問を挟む余地はどこにもない。

    (私は大馬鹿だな)

     うだうだと悩みすぎた。本当に必要な場所で肝心な行動を起こせないのでは、こんな世の中で生き延びるどころか誰かを助けることすらできやしない。
     髪を掻きあげる仕草で、失策に歪んだ顔をリンの視界から隠す。少女は何を不思議がったのか眉を顰めたが、茜は特にそれを気にすることもせずに頭から指を離した。赤色の毛髪が数本指に絡まっていて、掌から出血しているように見えなくもない。

    「……あのさ、茜」
    「ん?」
    「私、なにがどうしてどうなってるのか、全然さっぱりわかんない」
    「今、あの扉の前に義体が来てる。普通に考えて、目当てはあなた」
    「……へ?」
    「まさか友達じゃないでしょう? だから逃げるのよ。異論は?」

     リンは眼をぱちくりとさせて――理解が追いついていないだけだろうが――秒刻みで顔色を変えていった。最終的に目つきが変わるほど頬を引き攣らせたところで、こちらの腕にしがみついてくる。

    「ない」
    「じゃあ決まりね」

     即断してきたリンに、茜は軽く笑みを投げた。取り乱されるのではないかとも思ったが、これぐらいには肝が据わっているのか、それとも思考が追いついていないだけか。なんにしろ、恐怖は決断を促す。こういう使い方ができるのであれば、悪くはない。
     茜はしがみついてきた少女をそのまま引き摺ってベランダまで歩いていくと、手早く鍵をはずして窓を開けた。砂漠の気温は昼こそうだるような暑さを撒き散らすが夜は涼しく、時には冷え込む。ガレルと、或いはシュガーという大砂漠に点在している以上、ターミナルの環境は何処も似たようなものだ。地下都市に関しては、その限りではないらしいが。
     吹き抜けた風に軽く髪を遊ばせてから、茜はまず薙刀を外に放り投げた。空いた片手で錆び付いた手摺を掴むと、一気に身体を乗り上げる。こちらの次の行動を察してか、リンが悲鳴じみた声を上げた。

    「ちょっと。ここ三階……!」
    「死にたくないなら、手段なんて選んでられないわよね。大丈夫よ、私も義体だ。飛び降りるぐらいならなんとかなる」
    「いや、そういう意味だけじゃ……」

     リンの抗議は無視して、茜は勢いよく手摺の向こうへ飛び出した。内蔵を持ち上げる落下感と足元を不安定にさせる浮遊感は似て非なるものだ。それぞれを別個に耐えなければ、身体の重心は簡単に傾いてしまう。頭や肩を下にして落ちては、軽業師でも着地はできない。
     耳元で響く悲鳴に紛れて、部屋の中から音がする。扉を蹴破られでもしたか。予感が的中したことについては喜ぶべきか嘆くべきか。

    (この子を助ける)

     そう決めた理由など無いに等しい。ほんの一ヶ月程度、寝食を共にしただけだ。命を賭けるには値しない。だが、どうせ老い先短い身体だ。理由を考えてうだうだするよりは、後悔なく隙にやらせてもらうほうが心残りがない。

    (それでも……構いませんよね? リデンプション)

     思えば、自分はあの人の本名すら知らなかった。思い返してみれば、リンを助けたあの状況は、自分が彼に救われた時に酷似している。相手が黒衣かバグかの違いぐらいしかない。
     彼がこの少女を助けようとした理由。もし時間があるのなら、聞いてみてもいいかもしれない。

     ここを生き残れれば。胸中で付け足しながら薙刀を拾い上げると、茜はリンを抱えたまま、誰も居ない闇に向けて走り出した。

1605/ #6 アナザーハーフ(人に近いもの)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/11/18(Sun) 19:22:02

     元々ターミナルというのは、クーロンシティから走る鉄道網の中継地点として建造された小規模な地上都市だった。その中でも頻繁に列車の移動がある場所には相応の設備が建造され、そして設備を継続的に動かせるだけの人員をターミナル内に確保すれば、その者達が生活していく為の日用品を扱う店と人間が必要になる。
     そういった参入と定住の連鎖を経て都市というものはできあがっていくわけだが、ここがそれに当て嵌まるかといえばそうでもなかった。ざわめきもなく、足音も遠く小さい。二輪や四輪の駆動音も響くどころか、その姿形さえ眼の届く範囲では確認できない。丁度深夜を過ぎたぐらいの時刻とはいえ、これだけの静寂を形作れる場所というのはそう無いだろう。
     ある意味、レイヴンが隠れ家とするならばうってつけといえる。

    (まずはリンだ)

     音にはせず独りごちて、スカルボーンは小さく頷いた。ドッペルイクスの正体を探るのであれば、それが一番だろう。余りに単純な予測ではあるが、最初から回りくどいことを考えていては先に進めなくなる。《ウィル・オ・ウィスプ》に関しては、恐らく考えるだけ無駄だ。
     ソフィアから手に入れた情報で、リンの居所は簡単に掴むことができた。あの程度の賞金しかかけられないレイヴンであれば当然だろう。
     無論、本物は既にドッペルイクスの手に係り、この世にいないという可能性とて低くない。しかし部屋の中に押し入るのは難しくない。何らかのヒントぐらいは見つけられるかもしれない。
     問題なのは――

    (相手が生きていたとして、何をどうすれば有用な情報を吐いてくれるのか、か)

     脅すしかないか。自分はそれしか知らない。首を捕らえ酸欠に喘がせてやれば、大抵の小者は洗いざらい暴露してくれるものだ。
     それほど物思いに耽るまでもなく、目的の場所には簡単に到着した。貧相なアパートの一室を見上げて、その周りごと軽く観察する。アパートそのものはさして古くは無い。だが電子錠を使っていないというだけで、建物自体が旧世代の遺物のようにも見える。壁の一部や階段に色濃く浮き出た錆の色が、その古めかしさを一層際立たせている。
     手抜き工事ということではあるまい。地上である以上は雨も降る。少なくとも地下都市などよりは格段に。その分腐食が早いのだろう。
     踏み抜いてしまわないように気をつけて鉄板の階段を渡る。一歩進む度に壊れそうなほど軋む足元に多少の不安を覚えつつ、なんとか目的の部屋の前まで辿り着く。

    (……さて)

     最初から脅すのであれば、扉を蹴破るのが筋というものだろう。しかしリンというレイヴンがどういった人間なのかを確かめてみるのならば、チャイムぐらいは鳴らしてみるべきか。まさかこんな男の来訪を予期している筈が無いことを考えてみれば、こちらと顔を合わせた瞬間の相手の表情で大体の予測はつけられる。
     少しだけ迷って、スカルボーンは扉の横にひっそりと備え付けられたチャイムに指を向けた。埃が積もって、ボタンの部分だけが綺麗でもなければ手垢がついているということもない。ここ暫くは、誰も使っていないということだろう。

    (……殺されたか?)

     その危惧を打ち消したのは、扉の奥から聞こえてきた物音だった。どうやら生きて入るらしい。軽い安堵を覚え、改めてチャイムに指を向ける。
     だがボタンを押す前に、別の危惧がスカルボーンの脳裏に響いた。その反響に重ねるように、司会を赤外線に切り替える。
     物音。それ自体はさして不思議ではない。何も知らない人間が普通に生活しているのなら、それはごく自然に存在する。が。
     生物の反応――ひとつではない、二つだ――が部屋の中から建物の向こう側へと抜けていったことに気付けば、流石に焦らざるを得ない。

    「チッ……やはりそうなるのか」

     予想していなかったわけではない。大多数の者が持っているスカルボーンの人物像を鑑みれば、こちらの目的を誤解されるのも当然と言えた。いや、誤解とはいえなくもないかもしれないが、何にしろここで逃せばただでさえ少ない手掛かりを更に失うことになる。
     取っ手を引けば扉は開く。それは嘘偽りのない真実だった。力を籠める、それだけで簡単に開く。鍵があろうと、引きちぎってしまえるのであればなんの問題もない。
     轟音がしたかもしれなかったが、聞こえなかった。元より認識する必要もない音である。扉の向こうにあった部屋は一見して、何処にでもある普通の部屋であるように思えた。一通りの家具と寝台、小物。女の部屋と考えればそれは簡素なようにも感じられ、レイヴンの部屋と見るならばやはり簡素である。
     ベランダに続くものだろう、部屋の一番奥にある窓が開いていた。恐らくはそこから逃げたのだろうが。

    (……女の足にしては、速いな)

     頭の中のレーダーに人の反応が映るように切り替える。どの反応が目的の相手なのか、見当をつけるのはそれほど難しくなかった。このターミナルは人の数がそれほど多い地域ではない。人の流れもまばらである。
     だが生体センサーの反応を追跡するなどといったところで、それは別に個人を特定して追いかけられるほど繊細なものではない。僅かといえど、人波に紛れられればその時点で無価値なものになる。それでなくとも映るのは人のものばかりではない。ACやMTが持つバグなどの大物を捕らえる為のレーダーと違い、人のように小さな相手を探すとなれば、同時に鳥や鼠といった別の生物の反応までもが映り込むものだ。相手がそれを見越しているかどうかは判らないが、それでも厄介なことに違いはない。
     躊躇なくベランダから飛び降りると、スカルボーンは離れていく反応に向けて体を疾らせた。夜も更けたこの時間帯には人気もなく、周囲はひっそりと静まり返っている。
     確かに相手は速い。が、追いつけない速度ではなかった。義体の性能をもってすれば、苦もなく捉えられる。直線を駆け、角を曲がる。数度の繰り返しを経て、距離は簡単に縮まっていった。あと一度角を越えれば、背中ぐらいは見つけられる。
     だが勢い込んで飛び込んだ横道の先で出逢ったのは背中でも、ましてや人でもない。灰色の壁だった。

    (道を違えたか? いや、これは――)

     よくよく見れば、それは壁ではなかった。眼前に広がるコンクリートの絶壁は、次第にスカルボーンとの距離を縮めてきている。崩れ落ちるように空間を侵食し湧き上がるように地面を食い漁るそれに、実体は無い。理解して、スカルボーンは胸中で罵声を上げた。

    (煙幕だと!)

     相手にそれほどの用意があったことがまず驚きだったが、それだけではない。人でいうならば眉間の辺りに衝撃を受けて、スカルボーンは頭を僅かに仰け反らせた。視界に火花が散ることも目頭が熱くなることもない。命中したものが何かを判別する余裕は十分にある。
     銃弾ではない。刃物だった。比較的大振りな投擲用のナイフ。
     そんな時代錯誤な代物が出てきたことに驚く暇もなく、次に振るわれたのは更に古めかしい刃だった。下段、窮めて低い位置から灰色の煙を引き裂いて、今度は金色の軌跡がこちらの首を狙ってきている。
     防ぐ必要は感じなかったが、それでもスカルボーンは反射的に刃の自分の首の間に腕を一本滑り込ませた。弾いた剣閃は硬質の音を奏で、反動で煙の奥に舞い戻っていく。その軌跡を追いかけて、スカルボーンは煙幕の中へと飛び込んだ。見当をつけた方向に腕を突き出すが、その攻撃は煙を引き裂いただけで終わる。
    (視覚の機能を変えるべきだったか)
     咄嗟のことで通常視認のまま攻撃に出たが、レーダーを使うなり赤外線に変更するなりすれば仕留められたかもしれない。
     だが後悔するほどの間もなく、スカルボーンは煙幕の範囲を乗り越えていた。体にまとわりついた白煙がそのままマントのように後ろへとなびいていく。幾らかは外套の中で絡みついて、その隙間から蒸気のように噴き出しているが。
     そして視界が晴れたことで、敵の姿も顕になった。槍のような武器を携えた髪の赤い女。足元には、スプレー缶の蓋のようなものが転がっている。
     路面の中央で剣呑な面持ちで立ち尽くしているその女は、明らかに友好的といった様子ではない。自分の身長と同程度はあるだろう長大な直棒を肩に担ぎ、夜闇の中に鋭い眼差しを光らせて、砂交じりの濁った風に赤色の髪を流している。女は感情の乏しい瞳を更に尖らせると、囁くような声音で呟いた。

    「……何の用?」

     短く、それだけを聞いてくる。つまりは、彼女が間違いなく逃亡者の一人だということか。逃げるのを諦めたか、或いはもう一人を逃がす時間稼ぎか。
     後者だろう。直感で、だが確信を持ってスカルボーンは断定した。義眼だけで辺りを探しながら、問いに答える。

    「人にいきなりそんな刃物を振るっておきながら、これは随分なご挨拶だな」
    「憶えのない義体なんかに追いかけられれば、身を守ろうとするのは当たり前だ。レイヴンは殊更にね。それで、何の用? それともただの辻斬り?」
    「生憎辻斬りは間に合っている。それに、質問をする前に殺してしまっては意味があるまい」
    「それは、答えてさえしまえば用済みになると受け取っていいのね」

     違うとは言えず、スカルボーンは言葉を詰まらせた。殺す殺さないは別としても、用済みになるという点に関しては間違いではない。
     結局返答は避けて、スカルボーンは本題を口にした。

    「人を探している。リンという名を知らないか」
    「リンというのがレイヴンネームなら、それは私だ」
    「たわけ。儂が用があるのは、貴様ではない」

     即座に否定し、スカルボーンは正面の相手を睨みやった。眼前に立つ女の声は、以前に偽者が発していた声と全く違う。
     それでも、彼女はあくまで空惚けるつもりのようだが。

    「だから、その名前は私のものだ。違うというのなら、完全な人違いよ。他を当たって」

     相手の言葉を信じる筈もなく、スカルボーンは足を前に出した。女の相貌に険しさが増し、警戒が敵意へと移り変わる。歩みは止めず、スカルボーンは腕を掲げた。告げる。

    「――その口を割らせるには、少々痛い目に遭わせなければならんようだな」

     外套を放り投げ、スカルボーンは四つの腕に内蔵されたレーザーブレードを一瞬だけ起動させた。青白い高熱の刀身が掌(と言えるかどうかは微妙だが)から放出され、完全な剣を形成する前に消え失せる。女は身構えこそしたものの、背中を見せて逃げ出したりはしなかった。
     威嚇は単なるはったりである。高出力のレーザーブレードは、人の肉体など触れただけでいとも容易くに溶解させてしまう。それでは駄目だった。殺しては意味がない。加えてこの女を傷つけることが、この先どう作用するかもわからなかった。交渉というものは、何が影響を与えるかわかったものではない。

    (取り押さえる、か……はて、うまくいくやら)

     そんなことをした例はなかった。今までは取り押さえる必要など有りはせず、また拘束するにしても、それは生きているだけで十分というものだった。首を刎ねるか両足を刎ねるか、それだけの違いでしかない。
     自然と、女が手にしている長物に目が行った。所有者の背丈と同等、或いはそれよりも長い槍。但し穂先は鋼の突起ではなく、曲刀のような形をした刃金である。確か、薙刀とかいったか。昔文献で見た程度でしか知らない、古い武器だ。
     このご時世で銃やナイフなら兎も角、剣や槍などの暗器にもならぬあからさまな代物を携えているのは珍しい。但し大抵は珍しいだけで、それ以上になることなど無いのだが。
     歩を進める度に、観察する場所を変えていく。まだ若い女だった。二十台の半ばかそこら、少なくとも三十台ではあるまい。肩にかかる髪は焔のように赤く、瞳の色もまた同じだった。背丈は標準的なものだろう。体格も特別変わったものではない。その姿から武器を除けば、特異な点は二つだけだ。
     まずその服装が、ついぞ見ないようなものだった。白と黒を下地に、各所に赤が鏤められたピナフォアドレスを身に纏っている。
     クロロフォワードの身内にでも紛れていそうな格好だったが、その面子とは決定的に違う部分もまた別にあった。それが、左手の甲に張り付いた鉄板である。
     鉄板は甲だけではなく、それ以外の全身にも点在していた。身体の内部にも、相応量の機械部品が埋め込まれている。彼女の服装には袖が無いが、右の二の腕にだけ巻かれた赤いバンダナのようなものも、鉄板を隠すためだろうか。実際外見から見つけられるのは手の甲と頬の左にある小さな鉄板の二つだけで、他のものは全て服の内側に隠れてしまっている。
     仮にこれが義体であるのだとすれば。彼女の体は、余りにも拙い。
     そして負けもしまい。手が届くまであと五メートルというところで、女が勢いよく地を蹴った。服装に見合わない素早さで距離を詰めてくると、スカルボーンから数歩ほど手前で、姿勢を低く保ちながら前方へと跳躍する。槍を横薙ぎの姿勢で振り被って。
     水平に薙ぎ払われた一閃を、スカルボーンは背後に飛び退いてやり過ごした。次いで放たれた一突きを腕一本で弾き返し、今度はこちらが相手の顔面に突きを入れる。
     スカルボーンの腕は、対象の頬を浅く裂いた。続けて二手目を繰り出そうとするが、腕を伸ばす前に相手のほうが距離を取る。
     そう見えた次の瞬間には、赤髪の女は再度突撃してきた。一呼吸と置かず、槍を両手で構え大きく踏み込んでくる。
     上段からの袈裟斬りを、スカルボーンは腕の一本で防御した。刃は義体の装甲に弾かれ、相手は即座に刃を引き戻す。そして今度は得物を片手に持ち替え、荒い突きを連打してきた。牽制だろう。
     それほど多い手数でもない。動きの質も低レベルだった。人の基準であれば割と高い位置にいるのかもしれないが、義体であると見るならば低レベルにも程がある。

    (戦闘用の義体ではない? どこまで旧式だというのだ、こいつの身体は)

     道具には用途がある。それは義体も同じだった。戦闘用、生活用、作業用。人型に固執したものから異形を形作る悪趣味なものまで、特注品も含めればその種類は数多にも上る。が、基本は二種類だった。戦闘用か、それ以外か。
     そして今の時代、義体の大半は戦闘用である。というよりは、日常生活を行う為の義体ですら、戦闘用と見て構わないほどに高性能なものとなった、としたほうが近いか。医療の現場で使われる義手や義足ですら、リミッターを調整してやれば人間など及びもしない腕力、脚力を生み出すことが出来る。その力は、下手な生身の兵士よりも圧倒的に強力だ。
     そして義体を扱う者は、基本的に四肢の一部位を丸ごと機械と取り替えるのだ。両腕、両足、或いは全身。機械の肉体が人体よりも強靭である以上、腕や足の一部だけを機械化する方法は、有り体に言って意味がない。今の医学は、程度が低ければ抉られようがこそぎ落とされようが回復できる。欠損した部位を完璧に復元することすら不可能ではない。
     改めて女に目を向ける。身体の鉄板はひょっとすれば飾りなのかとも訝ったが、スカルボーンはすぐに考えを改めた。視界をX線に切り替えて確認したところ、プレートのおくには精密な機械が密集し、肉と骨を繋いでいる。欠けた部分だけを機械で補っているのだろう。
     何故そういう身体にしたのか。理由は知れない。割とどうでもいいことではあったが。
     それに例え確かめるとしても、それは別に今この瞬間でなくともいい。
     敵の得物の刃が義体の高度を上回るものではないというのは、先程の攻防でわかっていた。武器の鋭さを恐れる必要がないならば、刃に対する警戒は不要である。スカルボーンは堂々と前進し、刃を掴んで相手を引き寄せようとした。しかし、むこうもそれぐらいは予測しているらしい。こちらの腕が薙刀を捕らえる前に、刃を退きながら後退していく。
     更に距離を詰めようとするが、再び打ち出された刃先に足を止められた。当てることに意味がないと気付いているのか、刃はスカルボーンの眼前で空を斬る。それが意図的なものであったと気付いたのは、数瞬の後だったが。その時点ではもう、女は後方に飛び退いている。
     反射神経というものを持ち合わせている以上は、例えその攻撃に危険がないと理解していても足を止めざるをえない。最初から覚悟でもしていれば別だろうが、予想の遥か彼方から飛来する影響力に対しては、自然と身体を固めてしまうのは生物としての習性である。
     敵はリーチの長さを活かし、退いては打ってを繰り返してくる。こちらが攻撃に出ようとすれば刃先で腕を払い、掴みかかろうとすれば懐を突いてその反動で更に距離を取ったり、左右に避けて死角からの一撃を狙ってくる。目立った速さがあるわけでもないが、的確だ。性能の差を技術と経験、そして五感で補っている。ACでなら兎も角、等身大でそれを行うタイプの相手はやはり極めて珍しい。

    (厄介だな……)

     スカルボーンの腕は四本ある。全てを自在に動かせるのであれば圧勝できるのだろうが、脳が人間のそれである以上は無理な話だった。義体化によって強化された部分や麻薬の補佐を含めても、三本目を両腕と同時になんとか操れる程度。四本の腕を同時に動かそうとすれば、まともな連携もとれはしない。
     結果としてメインの腕部以外は、脳の反応に直結して簡単な動作だけを行うようプログラムされている。取っ組み合いなどの状況ならば、下腕を固定したまま上腕に操作を切り替えることもあるが、詳細な動きを行えるのは常に一対だけだ。
     つまるところ現状、こちらの手数は余り有効な武器とは言い難い。相手の得物のリーチに勝る武器がない以上、手を焼くのはある意味必然だった。肉体的なスペックは全て上回っているとしても、だ。向こうもそれを理解して動いている以上、決定的なものにはなり得ない。
     斬れば一瞬で終わる。
     常に頭の片隅にあったその逡巡に、スカルボーンは無言で首を横に振った。だが思考は肯定を促している。今自分はお遊びに付き合っているのだ。真面目に遊んでやる理由が、何処にあろう。
     レーザーブレードで相手の槍を処理すれば、苦も無く勝てる筈だった。別にルールを気にする必要はない。捕らえて、首を締め上げれば、人という生物は簡単に隠し事を吐き出す。万一口を割らないとしても、その時はリンに同じことをすればいい。少なくとも眼前の相手などより、吐かせるのは容易いことのように思えた。

    (それでは、意味が――無いな)

     誘惑は再度頭の片隅に追いやって、スカルボーンは突撃した。細かい打撃は無視し、一直線に標的を目指す。そして相手が大きく飛び退いたのを見計らい、更に強い動力で地を蹴った。スカルボーンの巨躯が、更に一段階加速する。

    「お――っ、と」

     赤髪には、こちらの加速を止める術が無い。そして空中では、人体は自由を失う。
     軽い音がした。留め金を外すような、乾いた音。その正体を気にすることもなく、スカルボーンは腕を伸ばした。確実に捕らえられる、その確信があった。しかし目標は目の前から消え失せ、三本しかない指は何も掴めずに空を握る。

1606/ #6 アナザーハーフ(人に近いもの)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/11/18(Sun) 19:22:23


    (消えた?)

     そんな筈はない。いつもであれば思考は即座に、最も現実味のある可能性を探っていただろう。だが今回は、ここ最近の不条理が思い起こされていた。本当に相手が消えるという可能性。それを与太話として笑えなくなったのは、自分にとって案外と致命的なものだったのかもしれない。
     反応は遅れたが、間に合わないというほどのものではなかった。それに関しては、義体であることに感謝しなければならない。
     左右に動けるはずがない人間が視界から消えるには、上下の移動しかない。実際見上げれば、相手はスカルボーンの頭上にいた。恐らくは槍を柱代わりに、自分の身体を上空へと跳ね上げたのだ。そんな無茶な動作が実現出来るのは軽業師というより、部分単位での義体を扱っていることによる恩恵だろう。常人が持ち得ない腕力と、棒が折れない程度には軽い体重。二つの特性を十分に活かして、目を疑うような挙動を力押しで強行してくる。
     だがそんな姿勢でバランスを取るのは至難の業だ。ぐらついた棒を一撃し払い飛ばすと、スカルボーンは別の腕で赤髪を捕らえにかかった。空中で体を入れ替えるどこぞの小動物のような芸当は、人間にできるものではない。
     が、防御の為の動作ぐらいは行える。スカルボーンからすれば相当の勢いで棒を払い飛ばしたつもりだったのだが、女はそれでも武器を手放していなかったらしい。煽られた槍を無理矢理懐に引き寄せ、スカルボーンが伸ばした腕との間に割り込ませてきた。両腕でそれを突き出し、スカルボーンの腕にぶつけてくる。
     掴むタイミングを逸した鋼鉄と鋼鉄の激突は、空中で全く支えのない女のほうが吹き飛ぶ結果となった。数メートルほど距離を離して、女が殆ど衝突するようにして地面に転がる。その速度のまま、すぐに立ち上がって踏み止まったが。
     片手を地に置き、女はかなりの前傾姿勢でこちらを睨んでいる。口を閉じ顔色一つ変えず、冷厳な色をした双眸からは感情の波も見つけられない。
     が、そうでもないようだった。二度のまばたきの間に僅かに見せた鋭い眼光。相手を食い殺そうとする意思の垣間見えたその瞳は、獰猛な獣のそれに近い。
     やはり手練だ。偽者と遭っていなければ、彼女がレイヴン――リンだと言われても素直に信じていただろう。
     ふと見やれば、スカルボーンの足元に金色の刃が転がっている。それを拾い上げ改めて赤髪の武器に目を向ければ、先端の穂先がなくなっていた。先程の小さな音は、恐らくこれが外れた音か。
     手元の刃。見れば見るほどに時代を感じる。痛んだ刃先には何度も研磨した痕跡も見れた。適当にそれを弄びながら、スカルボーンは眼前の敵に片目を向けた。

    「随分古臭いものが出てくる。貴様、何時の時代の人間だ」
    「一撃必殺。自分より優れた相手への対抗策なんて、何時の時代でもこれだけよ。それができるのであれば、武器がどんな物だって構いやしない」
    「だが時代に則した武器というものはあるだろう。第一、貴様はこんなもので、どうやって儂に抗するつもりだ? 一撃で儂を殺せるようなものか?」

     言いながら、穂先を相手の足元に放ってやる。こんなものは脅威でもなんでもない。
     警戒の色を示しながらも、女は手早くそれを拾い上げた。棒の先に嵌め込んで、再び構えを取る。

    「わからん奴だな。それとも時間稼ぎのつもりか」
    「誰が誰の為に時間を稼ぐって? なんの話かしらね」
    「ふん」

     ならば手間はかけられない。判断と同時に、スカルボーンは相手に向けて突進した。相手の攻撃を怖れぬ全力の突撃である。牽制程度の打突では足止めにもならない。
     相手が仕掛けるか退くかの判断を迷った僅かな間でも、距離を詰めるには十分だった。赤髪が穂先を繰り出してきた時にはもう、槍が有効に働く間合いの内側にいる。長大な武器は懐に潜られてしまえば、扱い辛さと取り回しの悪さという短所が浮き彫りになる。手放すのが最も有効だが、武器を放すという行為にはどうしたところで躊躇いが出るのが人の性だ。
     幾らかの躊躇を挟んで女は何か別の手を打とうとしたようだったが、その前にスカルボーンの腕が女の首を捕まえた。衝撃に女の顔が歪み、槍を握る手から力が抜ける。地面に落ちた穂先を軽く踏みつけて、スカルボーンはゆっくりと囁いた。

    「動くなよ。儂は加減というものが下手だ、折ってしまうやもしれん」
    「いつも思うけど、脅しの意味って何なのかしらね。言葉にしてみたところで、折る奴は折る。折らない奴は折らない――」

     女の声は、絞められた影響でしわがれたものになっている。だがそれを気にした素振りもなく、女は嘲笑を浮かべながら片手を捻った。軽く手首を回して、次の瞬間には手品の如く手の中に何かが収まっている。スプレー缶を少しだけ小さくしたような、そんな器を。
     彼女が目を閉じて、それを僅かに放り投げた次の瞬間、閃光が爆裂した。
     反射的に顔を背ける。光に目が眩んだりはしないが、光量によってはアイセンサーを壊されるという可能性もあり得た。そして不意の反応は、女を捕らえていた指も開いてしまう。
     眩むことが無いのだから光の爆発さえ収まってしまえば後は何の問題もなく、視覚はすぐに取り戻せた。既に女の姿は眼前から消え失せている。視線を奥まで向ければ、スカートの裾が一番近い曲がり角の先に消えていったのだけが確認できた。スカルボーンの足元には、槍の穂先だけが残っている。
     胸中で舌打ちし、女が消えた角の先を覗き込む。先程は不用意に飛び込んで煙幕を浴びた。だが今度は誰も居ない。雑居ビルと塀が並ぶ横道のない直線を既に見えないほど遠ざかったとは考え難い。何処かに身を潜めたのだろう。
     辺りの小動物が騒ぎを感じ取り四散してしまい、レーダーはもう役に立たない。無差別に反応が動き回るレーダーには見切りをつけて、別の機能で相手を探しにかかった。人よりも優れた視覚と、聴覚と、本来人が持ち得ない数多の機能は、その大半が敵を探し、そして殺す為に備えられたものだ。相手が隠れたのならば炙り出せばいい。
     スカルボーンは周囲を警戒しつつ、横道を進んでいった。数十秒ほど歩いて、発見した水溜りの前で足を止める。
     地下都市で降水現象は殆ど行われない。だが地上でもここ暫くは、雨は降っていない筈である。触れてみて気付いたが、足元のそれはただの水ではなかった。

    (……血溜まり? 何故こんなところに)

     疑問は隙だった。顎を引いて下を見れば、自然と頭上が死角となる。物思いに耽っていては、瞬時の判断力もろくなものではない。
     だが時には一瞬の知覚だけで勝手に動作する機械の体は、直前に響いた微かな物音に鋭敏に反応した。己の意識を置き去りに、スカルボーンは反転し頭上を振り仰ぐ。そして即座に、視界を埋めて踊る影を一撃した。
     手応えが軽い。
     間を置いて初めて判る。スカルボーンの腕に触れたのは棒だけだった。落ちてきた本体は武器を振るいもしていない。大振りのナイフ――最初に投げつけられたのと同じものだ――を逆手に構え、既にスカルボーンの足元に着地している。
     狙いは明瞭だった。一直線にこちらの顔面へと突き出されてくる刃を、首の振りだけで何とか逃れる。刀剣の類というのはその鋭利さを威力の源として真価を発揮する武器だ。切断力が機能しないのであれば、そこらに転がる鉄パイプと大差は無い。
     であるならば、標的となる部分は限られている。義体に対して鉄の塊で破壊できる可能性のある場所。そんなものは、義眼や一部の関節ぐらいしかない。
     なおも突き出されてくる素早く正確な連撃に、スカルボーンも一歩後退する――それが失策だった。踏みつけた血溜まりに足を取られ、そのまま為す術なく転倒する。

    (ちぃ――!)

     流石にこの状態で、相手の難剣を避けるのは不可能に近かった。義眼を貫かれるだけならまだしも、仮にその刃が脳にでも達すれば、ただごとでは済まない。
     こうなった以上は、手加減をしている場合ではない。義眼を狙われるということは、その直前に相手の姿を確実に捉えられるということでもある。こちらの反応速度であれば、一撃を加えるのは十分に可能な筈だ。
     一瞬の反応に対し全力の一撃を放つ。相手の体の、どの部位に命中するかはまるで予測がつかない。人体部分に当たれば、まず間違いなく貫通するだろう。殺す確率が極めて高い。

    (儂は何をしにここへ来た……?)

     不意に浮かんだ疑問は棚に上げ、スカルボーンは己の義眼のみに注力した。次の瞬間には現れるであろう殺意の塊に、同種の力を叩きつけようと……
     三秒。待っても殺意は現れない。疑念を抱きつつも、スカルボーンは素早く身を起こした。女の姿は、変わらずにそこにある。短剣を構え、凶暴な敵意を惜しみなく撒き散らしている。いや。

    (……寧ろ、距離が開いていないか?)

     義眼の中に残っている数刻前の映像を呼び出し、見比べる。確かに女は、何故か知らないが数歩分後退していた。攻める為とも逃げる為とも取り辛い、微妙な距離である。
     更に注意深く観察すれば、その顔色も先程と比べて明らかに風采を欠いていた。頭を抱え苦虫を噛み潰したように険しいものへと変化している相貌と、その頬に浮かんだ幾筋もの脂汗が、スカルボーンの頭に一つの真実を導き出させる。

    「――ふん、爆弾持ちか。この血は、貴様のものだな」
    「さぁて、どうだろうね」

     唾棄しながら女が無愛想に答えてくるが、彼女が吐き出したのは血の塊だった。舌で唇を拭ってから、抵抗の意思を全く失わずに構えを取る。

    「貴様、一応は義体だろう。部品の交換ぐらいしてきてはどうだ」
    「ノーコメント。私の勝手だ」
    「死ぬぞ?」
    「でしょうね」

     澄ました笑顔とは裏腹に、女が喉の奥から絞り出したのは獣じみた声だった。というよりは、手負いの獣か。だが獰猛さは未だ失っていない。
     どちらにしても、友好的でないことに変わりはない。あからさまに挑発的な態度で、女は自分の言葉を繋いでくる。

    「なに、心配でもしてくれるのかしら? 別に結構よ。自分の身体のことなんてのは、自分が一番よく知っているもの」

     とてもそうは見えないが。
     口には出さず呟いて、スカルボーンは代わりに別の言葉を吐いた。

    「心配などしてはいないさ。ただ、今貴様に死なれると少しだけ儂が困る。それだけの話だ」
    「そんなにあの子に会いたいの?」
    「問いたいことがある。それだけなんだがね……まぁ、信じてはくれんようだな」
    「難しい話ね。だってそうでしょう? あなたのその姿に対して、何をどう信じろっていうの」

     普段であればそれを侮辱と取り、すぐにでもこの女を斬り殺しているだろう。
     瞼は無いが軽く目を伏せて、スカルボーンは口を噤んだ。知ってはいたことだった……この姿が、人と接するのに致命的に役に立たないというのは。
     だがレイヴンとしての活動は、そんなものを必要とはしなかった。情と媚ではなく、力と金で必要なものは全て手に入れられる。誰の上にも往かず、誰の下に就く必要も無い。それはC−LAWSに籍を移して以後も同じである。求められた忠誠も信心も、素直に従う必要など欠片も無かった。鴉は、鳥は常に一羽である。羽ばたく為の翼で支え合おうとすれば、共に落ちるだけだ。

    「いいじゃない。話ぐらいならしてあげるよ」

     女の声。但し、眼前の相手ではない。
     それが何処から発せられたものか。別の思考の真っ最中だったスカルボーンには判らなかったが、正面の相手が反応を見せていた。苦い顔で、肩越しに近場の建物の一つを見上げている。
     つられて頭上を振り仰げば、そこにもう一人女がいた。女といっても、眼前の赤髪より更に若い。少女に分類できるぐらいだろう。短髪の赤髪とは対照的に、腰には届かないまでもそれなりの長髪で色は黒。そして何故か寝巻きである。

    (本物、だな)

     偽者の声と合致する。彼女が立っているのは雑居ビルの外付け階段、その三階くらいか。手摺から少しだけ身を乗り出して、余り気のない様子でこちらを見下ろしている。それに向けて、毒づいたのは赤髪だった。頭を抱えて、力なく。

    「馬鹿ね……どうして出てきちゃうの。私の努力がパーじゃない」
    「これからずっと、わけもわからず追い回されろっていうの? その度に逃げて、隠れて、怯えて。冗談じゃないって思わないかな。少なくとも私は、そんなのは嫌だ」
    「死体になるよりはましよ」
    「……その通りだけど、ね。でも私はそう考えて、もうここにいるんだし」
    「全く、しょうがないわね……レイヴンってのは、全部が全部こんなに我侭なのかしら」

     仕方ないとでも言いたげに振ったリンの手には、何重にも包帯が巻かれている。赤髪は殆ど睨むようにしてその指先を見つめていたが、やがて吐き捨ててかぶりを振った。こちらに顔を向けると。憮然とした面持ちで指を一本突きつけてくる。

    「ねぇ、あなた。もう少し後ろに下がってくれる?」
    「? 何故だ」

     意味が解らず問い返せば、赤髪は即座に言い返してきた。口元を隠した、軽い笑みと共に。

    「心変わりがあっても、私が確実に割り込める位置まで間を取れってことよ。私はまだ、あなたの言葉を信じていないから」
    「やれやれ。そこまで信用が無いか、儂は」

     肩を竦め、スカルボーンは少女らに背中を向けた。幾らかの距離を開けて再び振り返ると、どっかとその場に腰を下ろす。
     改めて頭上の少女を見上げると、リンは片方の手で自分の胸に触れた。ゆっくりうと息を吸ってから、躊躇いがちに言ってくる。

    「さて、それじゃあ……もう判ってるんだろうけど、私がリンだ。そう呼ばれてる。それで、一体何が聞きたいの?」

     気付いていなかったわけではない。気丈に振舞ってはいるが、その少女は僅かに震えている。隠しているようで、本能的な部分はこちらに痛烈な恐怖を抱いている。
     それは喜びの筈だった。相手の恐怖を糧として殺戮に興ずる、その為の体であった。最初からそうだったろうか?
     逡巡は彼方へと遠く、けちな疑問はそのまま記憶に薄れて散華する。代わりに脳髄へ染み込むのは、敵の情報を欲する鴉としての純粋な敵愾心だった。
     裏切りの符丁。意味も知れぬその名前を、スカルボーンは口に出した。




    何処から取り出したのか。見上げた女の片手には、一振りの長剣が握られていた。そして次の瞬間には、彼女の携えた銀光が視界を縦に一閃する。
     響いた音は鈍かった。まぁどんな鋭利な刃物を持ってきたとしても、両断できなければその激突音は重低音なのだろうが。
     頭上で一組の腕を交差させて、スカルボーンは振り下ろされた一太刀を受け止めた。女の手にしている武器は既に槍ではなく、一振りの長剣と化している。但し鍔がなく、柄も飾りどころかきちんとした握り手すら無い。
     仕込み刀、というものだろう。先程の二つの音は、刃を外したものと刀を解放したものと見て間違いあるまい。


1607/ #7 ダウトフルネス(人でないもの)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/11/18(Sun) 19:22:53

    「ドッペル・イクス」

     その単語にリンがあからさまに態度を変えたのは、ある意味予想通りと言える。ひょっとすれば、予想ぐらいはしていたのかもしれない。偽者がいるということは、彼女自身もドッペルイクスと面識がある可能性は高い。そうでなければ困る。
     赤髪のほうは少しだけ眉を動かしたが、それ以上の反応は見せなかった。それが聞き慣れない単語に対するものなのか、聞き覚えのある言葉に対するものなのかまでは判別がつかない。人の内心如何程のものかなど、考えるだけ無駄であろうが。

    「あくまでも儂が聞きたいのは、奴のことについてだけだ。それ以上は何も言わんよ。……余りに情報が希薄なものでね、藁にでも縋りたいというのが本当のところだ」
    「それはC……ええと、在野を狩る連中としての総意なの?」

     口を挟んできたのは赤髪である。虚空を見上げ、そこに掻いてある疑問を確かめるように。その質問の意図はすぐに知れた。結局のところC−LAWSと在野が敵同士である以上、下手な情報の譲渡は在野狩りの余波に晒される危険が伴う。現状で活動しているリンが偽者であるならば、次に本物が探されるのは自然な流れだ。
     今考えれば赤髪が無闇に敵意を向けていたのには、そういった理由もあったのかもしれない。スカルボーンはかぶりを振った。

    「儂の個人的な事情によるものだ。これに答えることで企業側が貴様らの活動に対し、何らかの不利益になるような対策を講じるといった事態にはならん。今の時点ではな」
    「つまり、将来的にそういう流れに向かう可能性はある、と」
    「否定はせんが、どうだろうな。儂の知る限り、組織そのものは未だドッペルイクスという存在を認知できておらん。一部のレイヴンが偽者と化しているのにも気付いてはいまい。面子の中には奴を知っている者もいるようだが、あえてそれを上申するレイヴンもいない。あそこはそういう場所さ。大半の奴らには、その程度の忠誠しか持ち合わせておらんのよ」

     無論、儂もその一人だが。そう心の中で付け加え、スカルボーンは一度言葉を切った。相手の反応を待つ。
     赤髪は何かを考え込むように、口元に手を当てて俯いている。無意識だろう、背を預けている壁に棒の先端を一定のリズムで打ち付けながら。肝心のリンは話の全部を把握は出来なかったらしく、その表情に映る理解の色は薄い。こちらを見下ろす双眸を細め、眉間には皺が寄っていた。
     一分ほどは待ったか。ようやっと口を開いたのは、やはり赤髪の女だった。

    「……仮にあなたの話が本当だとして、私達に何のメリットがあるのかしら」
    「儂に殺されずに済む」

     瞬間。そう形容できるだけの僅かな間。女の身体が飛び出していた。
     壁を蹴って一気に距離を詰め、攻撃が届くか届かないかの際どい距離から突き込んでくる。リーチの長い武器はその長さだけ、仕掛けるタイミングにも変化を付けられる。その分威力が振れるが、それでも女が攻撃を仕掛けたのは、スカルボーンが予想していたタイミングよりも格段に早かった。狙いは首筋に向かっている。人間ならば頚動脈のある部位。確かにそこに僅かでも切れ込みを入れてやれば、十分な致命傷となるだろう。相手の予測より早く、ほんの些細な傷だけで相手を殺す。突き抜けるほどに明瞭な殺人術だ。尤も、今はそれを形作る上で一番大事な剣先が外れているが。
     それでも追えなくはない。眼前まで迫った長棒を受け止めて、スカルボーンは溜息交じりの言葉を漏らした。相手の瞳は、あからさますぎるほどの攻撃的な色に光っている。

    「冗談にまで突っかかってくるでない」
    「それはごめんなさい。本気にしか聞こえなかったものだから」
    「……別にいいんだけれどさ。喧嘩ばかりだと、話が全然進まないんじゃないのかな」

     指摘はリンのものだった。こちらを見下ろす目はいつの間にか呆れを含んだものに変わり、ある程度恐怖にも慣れたのか震えも止まっている。それでも、手摺を握る手に力が入って震えているのは見て取れたが。

    「ふん」

     鼻から息を吐いて、女は軽く棒を一振りした。位置的にリンとスカルボーンへ同時に眼を向けることはできない。だからなのか視線はこちらから離さず、できる限りリンのほうを向いた状態で、憮然とした調子で呟いてくる。

    「別に喧嘩してるわけじゃないのよ」
    「それを信じろというのは、かなり無理な話ではないかな」
    「こいつの一挙手一投足が怪しすぎるから悪いのよ。一度でも判断を誤れば、それだけでサックリ逝かされてしまうんだもの。敏感になって当然よ」
    「儂は最初に、争う気は無いと話した筈だが」
    「言葉一つ、一度の対話で信用できたら、嘘も方便なんて言葉は生まれないわ」
    「嘘から出た真という言葉もある」
    「それは墓穴じゃないの?」
    「だーかーらー」

     ゆっくりと臨戦態勢に突入しかけた赤髪に向けられたリンの声音には、呆れだけでなく一種の憐れみのようなものが混じっていた気もしたが。
    風の起こらない溜息をついて、スカルボーンは起こしかかっていた身体を元に戻した。赤髪はまだ警戒を解いてはいないが、彼女が何か言うよりも先に、リンが自分の言葉を継ぐ。

    「このまんま話がこじれ続けるようなら、いっそ聞かれたこと全部正直に答えて、さっさと帰ってもらったほうが色々とみんなの為なんじゃないかな。本当に。茜は違うの?」
    「話してしまって用済みになったら、こうされるんじゃないかと思うからずっと警戒してるんだけどね。私は」

     言って、赤髪は一度だけ首の手前で腕を振った。指を伸ばし、微かに爪を喉元に当てている。それが意味するところは切断か。

    「仮にそうなるとして、じゃあどうすればいいっていうの」
    「それはまぁ、日頃の鍛錬がものを言うんじゃないかしら」
    「私鍛錬なんてしてないよ」
    「努力目標は高く設定しておくのを薦めておくわ」
    「やれっていうの!?」
    「貴様ら」

     低く。可能な限り音域を落として発声し、スカルボーンは相手を睨みやった。既に腰は下ろしていない。立ち上がって、赤髪――リンは今、茜とか言ったか――の頭を掴んでいる。
    振れているのが相手の後頭部なのは、口論の時点で相手が既にこちらを見てもいなかったからだった。女の動きが、それこそ鼓動まで止まったかと訝めるほどに静止する。
     背後からなので表情は見えない。それでも大方の想像をつけ、スカルボーンは心静かに問いを投げた。

    「ひょっとしてと思うんだが、貴様ら儂のこと忘れてないか?」
    「いやーそんなことはありませんよ。はい。というか私もそろそろ本題に入るのが無難かなと思ったりそうでなかったり」
    「……態度って、そんなに簡単に変えれるものなんだ」
    「死にたくはないもの」

     そんな珍しくもない言葉一つで、リンが押し黙った理由など知る由も無いが。
     スカルボーンは赤髪の頭ではなく、それを掴んでいる自分の手を見やった。球型の掌に生えた三本の細長い指。物を持つという動作には少しばかり難のある形状をした手だが、掴むことに大した問題はない。ただ軽く力を入れているだけのつもりで、それでも相手の頭蓋からは骨が圧迫されて形を崩す前触れの音が聞こえてきている。
     指先の熱センサーは、髪の隙間から浮き出る冷汗の感触を伝えていた。

    「……腕の動きを自動にセットした。貴様が何か妙な動きを見せれば、儂の意思に関係なくこの腕がその頭を握り潰す」
    「さて、ドッペルイクスとかいう奴のことだったかしら――」
    「……まぁ、いいけどさぁ」

     リンの反応はよそに、スカルボーンは別のものを思い出していた。似たような反応を、以前にも見た記憶がある。
     尤もそれが、女という生物の一般的な反応なのか、それともこれとあれの二人が特殊だからなのか。それは判らない。余り判りたくもないが、後者の可能性を否定できそうな要素は見当たらなかった。ひょっとすれば、そちらの確率のほうが高いのではないか。
     その辺りのことを考えるのは放棄して、スカルボーンは頭の中にあったものとは全く別の言葉を口に出した。赤髪の頭を掴む腕はそのままに、もう少し実用的なことを頭上の相手に向けて聞く。

    「さて、この捕まえているほうを締め上げても、大して意味はなさそうだが…………貴様は何か」
    「いや……そうでもないと思うよ?」

     間を置いた隙に、リンがこちらの言葉に割り込んでくる。

    「……どういう意味だ?」
    「そのまんまの意味だけど」

     にやついた笑みを浮かべ、リンは頬杖などついてこちらを見下ろしている。その視線だけが横を向いて……
     赤髪が、悲鳴じみた声をあげた。

    「ちょっと! まさか厄介ごとを、全部私に押し付けるつもり!?」
    「だって、これが一番安全だよね? 厄介事はあなたに任せる。私は蚊帳の外。うん、きっと一番安全だ……ね、茜? 私はきっと、それが一番無難だと思う」
    「確かに……確かに、そうだけど」

     うんざりとした様子で頭を抱え、赤髪はやはりうんざりとした口調で呟いて。そしてはたと気付いたように、赤髪は顔をあげた。

    「そういえば、私の名前を呼んだのは初めてだったわね」
    「さっきも呼んだよ?」
    「……そうね。ま、しょうがないか」

     指の間に挟まった髪を手を叩き合わせて払い除けると、赤髪はおもむりにスカルボーンへと近づいてきた。
     そして前触れもなく、手にした得物を突きつけてくる。避けるまでもなく刃はスカルボーンの眼前で止まったが、いつ前に突き出されるとも分からない。女の声には、そんな覇気が籠められている。

    「私が怖いのは、あなたを無力化できないことだ。義体を拘束するのは簡単じゃない。体に仕込んであるのなら、武器を取り上げることもできやしない。銃を突きつけたって牽制にすらならないのなら、どうやって命の保障をすればいいの? リンの。私の。私の主の」

     棒の先端を一度地面に叩きつけて、跳ね返った勢いそのままに肩に担ぐ。その声にあるのは怒気ではない。寧ろ、不安に、恐怖に近いものだ。

    「私の主は変わり者だから、きっとあなたに会っても構わないと言う。それが怖い。ほんの一瞬の心の変化だけで、あなたは誰を殺すかもわからない。そんな相手に、どうして引き合わせられるっていうの」

     反論など出来るわけがない。それは完璧な正論だった。
     スカル・スカルボーンとは、まさしくそういう存在なのだ。人に会いては人を殺し、神に出会えば神を殺す。相当の誇張があったとしても、その表現に間違いはない。
     それが、長きに渡って人の恐怖を糧としてきた結果だった。自業自得とも言える。後悔などないが、不便を感じることは時折あった。
     そして。結局はこうするしかない。
     詰問にも似た口調で、スカルボーンは囁いた。信用を得られぬのであれば、こうするより他にないではないか。

    「誰だ? お前の主という者は」

     一度唇を噛んでから、答えようと口を開き。
     暫しの間、赤髪は言葉にするのを迷ったようだった。躊躇うように、僅かに目線が泳ぐ。
     だが軽く息をついてから放たれた言葉は、明瞭にスカルボーンの下まで届いた。

    「リデンプション。あなたなら知ってるんでしょう? 結構な有名人だったみたいだしね」

     ――その姿を一切見せずに、C−LAWSに参加しているレイヴンも存在する。
     老い耄れの言葉が、嫌に鮮やかに脳の裏で反響する。
     改めて語られたその名前に、スカルボーンは無い筈の奥歯を噛み締めた。


1677/ #7.4 フロウワーズ(譫言と逡巡と)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 15:12:01

     染みもついていない天井は、見上げたところでなんの面白みも与えてはくれない。
     それはリンがこの部屋を借りて、一番際始めに胸に感じたことだった。以前使っていた部屋は数える染みがあるだけまだ暇を潰せる有意義な天板と言えた。電灯を中心とした光と影の光沢は警報機の部分にだけ僅かな変化をつけるだけで、ただ無機質で規則的に絡み合うだけの白と黒の螺旋率は、あまり面白いものではない。だからといって染みが残るほどに使い古された部屋に移りたいかといえば、全くもってそんな気は起きないのだが。
     腹筋の力だけでベッドから身を起こす。話をしたい相手は、すぐ視界に飛び込んできた。

    「ねぇ」
    「んー、どうかした?」

     自分の槍を分解して手入れしながら、聞き返してくる茜の口調は軽かった。つい先程までは命を賭けて争っていたのだろう筈なのに、その余韻をおくびにも出さずいつも通りの彼女である。
     生来の楽天家なのか。少し前ならそう判断することも出来たかもしれない。慣れたことだからなのか……それも違うだろう。恐怖に対しては自分もそれなりに近しい場所に身を置いてきたつもりだった。だが何時の日もそれは長らく尾を引いた。思い出すだけで足が竦むような怖れと対峙すれば、丸一日とまでは言わなくとも数十分程度では足りない。
     だがその疑問については脇に置き、リンは最初に聞きたかったことだけを口にした。

    「どうして、わざわざ私を助けてくれたの?」
    「無粋なことを聞く子ねぇ」

     薄ら笑いを浮かべながら、彼女はそう言ってきた。
     そしてそのまま作業に戻った。暫く待っていても何も答えてはこない。そこで漸く、リンは相手に答える気がないのだろうと判断した。口早に、自分で言葉を繋ぐ。

    「思えば、最初に助けて貰った時だって。別に私のことなんて、放っておいてもよかったじゃない」
    「あの時は、私の主さんがそう言うだろうなと思ったからよ」
    「じゃあ今日は?」
    「大した理由じゃないわよ。ただね……知り合いが死ぬのを放っておくのは、好きじゃないの。そこまで無責任にはなれないってことかしら」
    「それは、あなたがもうすぐ死ぬからなの?」

     口を滑らせたということには、言葉を終えてから気付いた。慌てて唇を閉じても、吐き出された音は既に人へ伝播するまでに大きなものになっている。口を手で塞いでも、それは同じだった。
     茜は……そんなこちらの動向が可笑しかったのか、僅かに口端を歪ませた。リンの目には一見してそれは侮蔑の笑みに映ったが、そうではないこともすぐに理解できた。嘲笑とも違う、皮肉げな笑顔だった。槍を床に広げた布の上にそっと置くと、ゆったりとした動作で髪を掻きあげる。

    「そうかもね。……でもその辺りのことは、まだ話してなかったと思うんだけど。ヨスガにでも聞いた?」
    「……うん」
    「そう。あの子も口が軽いわね」

     溜息交じりの茜の言葉は、だがヨスガへの愚痴という意味ではないように思えた。小さくかぶりを振って、

    「私は、さ。同情されるのは嫌いなの。同情するのもね」

     そんなことを言ってくる。どう答えればいいか分からずに口を閉じていると、相手は構わずに続けてきた。

    「貴方とはまだ短い付き合いだし、実際短い付き合いになるわ。間違いなくね。だからこんな話をしたところで、お涙頂戴以上のものにはできない。だったら何も話さないで、あなたの傷が治ったら綺麗に別れたほうがいい――そう思ってたんだけどね。まぁ、ばれちゃったのならしょうがないか」
    「……ごめん」
    「謝るところじゃないわよ。まぁそれでも気になるっていうなら、今度ヨスガをはっ倒して済ませましょ。ね?」

     気楽にそう口にして、茜はまた作業に戻った。そんな相手の様子を見ていて、ふと気付いたことがあった。彼女はよく笑う。楽しい時だけではなく、それ以外の場合でも何かしらの形で笑みを見せる姿がよく目に留まる。
     それで会話は終わったと思ったのだが、それはこちらの勘違いだったらしい。槍の刃に布を当てながら、茜が語りかけてくる。顔は向けず言葉だけで。

    「どうしても聞きたいんなら、教えてあげても構わないけど。結構エグい話になるわよ?」
    「エグ……?」
    「どうして私が自分の身体に、こんな中途半端な形で機械を入れてると思っているのよ。そこまでは聞かなかったのかしら」

     自嘲気味にそう口にして、茜は刃を二の腕に軽く当ててみせた。コツンと、硬い音が小さな部屋に響く。

    「喰い散らかされたからねぇ……あの子が、死んだと勘違いするのも仕方ないか。全身義体にできなかったのは、それだけの時間も身体も差し迫っていたからだし、その結果としてこれ以上の手術は肉体が保たない。今生きているってだけでも、本当に有難いことなんでしょうね。きっと」

     やはり口を挟むことができずに、リンはじっと聞いていることしかできなかった。最初の一言だけでも、自分に創造など出来ないししたくもない域の話であるのは容易に想像がつく。
     だが聞きに徹していたことで、気付いた部分もあった。茜の口調はいつの間にか、こちらに聞かせるというよりは独り言に近いものになっている。譫言とも言えた。黙々と手を動かしながら、何処か焦点の合わない視線を手元に落として次々と言葉を繋いでいく。

    「そう、きっと大事なこと。死んでしまえば、そこにはもう何も無いもの。生きていれば、まだ何かがある。どんなものかはわからないけれど」

     そこまで語って、茜は不意にこちらに顔を向けた。先程までの虚ろがかった瞳ではなく、だが別に強い意思の光が灯っているということもない。彼女がごく当たり前に見せてきた、いつも通りの瞳の色で。

    「まぁ、そういうことだから。リンも、悲観することはないと思うわよ。色んなことを。希望なんてないかもしれないけど、だからって絶望しかないわけでもない。言葉に出来ない色んなものがある。それは、誰にだって見つけられる」
    「……あるのかな、そんなもの」
    「信じてみる価値はあるんじゃない? 少なくとも、そんなに悪いものじゃあない」

     そして彼女は、また笑顔を作る。目元には変化が出ない程度の小さなものだったが。そんな相手に対して、無責任なことを言う女だと思うのはいささかひねくれ過ぎなのだろうか。

    (何を信じろっていうんだろう)

     そんな疑問が湧くのは、自分が彼女の言うように無粋な人間だからなのかもしれない。だがそれでも、信じていいものなど見当もつかない。
     ずっと一人でいた。群衆の中で生きていたのは間違いない。だがそれでも一人だった。誰にも頼られたことなどなく、それは誰にも信じて貰えなかったということに等しい。それが自分の能力不足故のものであったとしても、年端も行かない少女が致命的なまでにコンプレックスを抱えるには十分な重圧だったろう。
     血の繋がった親にとっても役立たず以上のものになれなかった自分が、果たして何を見つけられるのか。
     茜の薄ら笑いを見やりながら、リンは答えの出ない問いを飲み下すことも出来ず、舌の上で転がし続けた。

1608/ #8 デスビリーヴァ(朱を崇める)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/11/18(Sun) 19:24:38

     小高い丘に建てられた、コテージ風の建物。地上という場所の環境を考えるなら、それは極めて異質なものと言えただろう。有害な太陽光線と致命的な水質汚染。地上のそんな劣悪な環境は、その興りから数十年、いや百年近く経った今でも改善される兆しすら見えない。

    (この辺りは、それがまだマシな状態にあるということかね)

     フィロットシティよりも更に西、その山岳地帯に点在する数少ないコロニーの一つ。そこから十数キロほど離れた場所である。大地が荒涼としているのに変わりはないが、それでも東、ガレル側の大地などよりは余程住み心地はいいのだろう。その景観には、僅かながら存在する緑の色彩が、吹き抜ける風に嬲られている。
     フィロットシティは数少ない、RACの主導の下に開発された都市だ。規模こそクーロン、アーカバレルなどとは比較にならないほど矮小なものだが、それでもRACが実験を握る地下都市の中では最大規模のものである。
     尤も、RACが他の二社を跳ね除けて主導権を握れたのはそれなりの理由もある。位置的な価値の低さと、立地条件の悪さ。主戦場であるガレル砂漠からは対極に位置する上、東と南をガレルと対を成す広大なシュガー砂漠に囲まれている。加えれば、建造計画の初期は当時は水源の確保すらままならない状態であったと聞く。それだけの悪条件が揃えば、企業があえてこの場所を手に入れようと目論む理由など無いだろう。実際、ガーランドもイージスもそういう判断を下した。
     それでもRACはその都市を開発し、今では立派に自社の重要拠点とした。それが繰り返す苦難の果ての結果であったのか、最初から目算していた通りだったのかは、スカルボーンには知る由もなかった。知りようもない。
     なんにしろ辺境である故に、大規模な戦闘が頻発することもない。地上にこんな建物を造れるのも、その辺りの事情からだろう。
     そしてこういう場所は、身を隠すのにもうってつけである。

    (リデンプション、か)

     その家屋に住んでいるとされる男の名を独りごち、黙する。
     リデンプション。ケイジ時代のアリーナランキング第十位。シングルナンバーというい肩書きこそ一度として持たなかったものの、その実力は化物とまで称された九人と比較してもそう劣るものではない筈だ。
     戦闘用としてではなく、虐殺用として組み上げられたACを扱ってその域まで達せられたというのは、つまりそういうことなのだろう。当時リデンプションの名が知られていたのも、その辺りの話を中心とした噂が多かったからだった。協議中に殺される、と。
     だが、それはあくまで操縦技術の話だ。今は関係がない。ランカー云々の部分すらもどうでもいい。意識に触れるのは……

    (変わり者ね)

     見やる。小屋の前。扉に背を預け、赤髪の女が立っていた。組んだ腕と身体の隙間に槍のような武器を差し込んで、その姿は内と外を隔絶するべく立ち塞がる門番のようにも見える。
     歩みは止めず、進んでいく。女は目を閉じていたが、スカルボーンが近づくにつれて片目を開き――両方の瞳を開けることはしないまま、スカルボーンは女の前まで辿り着いた。
     木製の階段を数度は踏み抜いてしまうことを覚悟していたが、木切れの板は義体の重量にもしっかりと耐え切ってみせた。恐らくは鉄心でも仕込んであるか、或いは木製なのは表面だけなのだろう。
    木板が軋む音を響かせながら立ち止まり、眼前の相手を無言で見下ろす。女もまた、無言でこちらを見返してきていた。気だるげで、剣呑でもあり、無感情でもある黒の瞳。その奥で色めく思考の変遷など、スカルボーンには知りようもないが。
     女は再びその双眸を閉じると、そのまま横に動いた。扉の前を開ける形で移動し、やはり一言一句口にはしない。
     入れということか。他に解釈のしようもなく、スカルボーンはノブに手をかけた。鍵はかかっていない。そのまま、押し開ける。
     扉そのものがスカルボーンの背丈よりも低い為、中に入るには身を屈めざるをえなかった。そして入った後も、身を起こそうとすれば梁に頭を打ちそうになる。頭上の構造をある程度頭に叩き込み……玄関を抜ければそこは吹き抜けになっていた。嘆息して、スカルボーンは姿勢を元に戻す。
     家屋の内側は、広くも狭くもない。一般的なアパートぐらいの面積はあるか。扉はスカルボーンが通ってきたもの以外で二つ。階段もあり、二階にも見える部分で扉が一つ。全ての部屋を合わせればそれなりに広いのかもしれない。少なくとも、一人二人が生活する分には何の問題もないだろう。
    家具、調度品の類は殆どが木製だった――そういったものは、鉄製のものより格段に高くつくはずだが。元ランカー故に金には困っていないのかもしれない。羨ましいことである。
     そして。

    「……お前が?」
    「それは、どう取るべきなのかな? あくまでただの確認なのか。それとも、こんな優男が巷で噂の狂人なのかという意味か。それとも……?」

     答えずに、スカルボーンはその男を観察した。だがその姿が、予想に反していたのも事実ではある。
     思い描いていた以上に若い。それが第一印象だった。少なくとも三十台ではあるまい。二十の後半のどれか、といったところか。つまりランカー時代は更に若かったということになる。その齢はスカルボーンの半分もあるまい。末恐ろしいものだ。
     顔は端整なほうだろう。深い藍色の髪の奥に、無闇に鋭すぎる瞳が除いている。だがその眼光に、刺々しさはない。あるのは途方もない鋭さだった。射竦めるのではなくそのまま両断する、ナイフのような鋭利さである。

    (牧師……ね)

     別に誰かがこの男を牧師と呼んだわけではないが。
     それでもスカルボーンの場合、救済だの贖罪だのとのたまう人間の大半は、そういった人種なのだと括っても問題はないと思っていた。実際、それでも構わないように思える。但し同時に、その言葉から連想するようなものはこの男に何一つ当て嵌まらない。そうも感じた。

    「さて」

     男は答えを待っていたのかもしれなかったが、さして期待してもいなかったらしい。促してくる。

    「C−LOWSでも屈指の有名人、スカルスカルボーン。それがこんな辺鄙なところまで、私如きに一体何用でお越しになられたものやら」

     微笑がそのまま冷笑に見えたが、別に意識的にそうしているわけではないのだろう。染み付いている得体の知れない何かが、自然と顔の形をその方向へと導いているのだ。この顔に表情が現れるのであれば、自分も似たようなものかもしれない。
     率直に。窮めて率直に、スカルボーンは問いを放った。

    「貴様は、C−LOWSに参加しているのか? こんな辺境に住みながら」
    「当たり前だろう。企業らが作った名簿に、私の名は確かに書き込まれているのだから。これで私が何もしていないとなれば、ゼカリア殿に粛清されてしまう」
    「あの名簿に名を連ねているリデンプションが貴様でないなら、何の問題もないのではないか?」

     指摘は――
     全く意味がなかったというわけではないようだった。リデンプションが、軽く口元を隠しながら笑ってみせる。失笑ではなく、何か面白いことでも見つけたように。

    「不思議なことを言う人だな。その根拠は?」
    「そんなものはないさ。ただ、お前の姿を直に見た奴がC−LOWSの中にいなかった。それだけだ」

     手近な椅子に腰掛けようとも思ったが、スカルボーンはすぐにその考えを放棄した。木製の椅子では、まず間違いなく義体の重量に耐え切れない。
     木壁に背を預けることにも不安があった為、スカルボーンは仁王立ちのまま腕を組んだ。リデンプションはこちらの推測が余程お気に召したのか、更に問いを重ねてくる。

    「捨て猫のようなものだな。私の関知しないところで、私を名乗る何者かが活動している、と。そんな滑稽なことが、本当にあると思うのか?」
    「一体誰が、お前が一切関係ないなどと言った?」
    「ほう、では放し飼いの猫か……偽者の存在を、私が黙認しているとでも?」
    「共犯という可能性もあるな。貴様が指示しているという見方も出来る」
    「成る程。それならば犬か。どうやら、相当の忠犬のようだ……」
    「馬鹿にしているのか?」

     犬だの猫だのと、一々どうでもいい喩えを出してくるリデンプションに、スカルボーンは反射的に言い放った。が、相手はその恫喝を気に留めた素振りすら見せない。淡々と――だが僅かな笑みは浮かべたまま、告げてくる。

    「正体の知れぬ相手のことを語ろうというのだ。それぐらいの比喩は必要だろう?」

     何がどう必要なのかは皆目見当もつかなかったが、それを問い質すよりも気に触れた部分があった。自然、口からはそちらの疑問が吐き出されていく。

    「……なんだ。貴様もあれの正体を知らんのか」
    「そもそも、あれが何者なのかを存じている人間などいるのだろうかね?」

     リデンプションの応答は、こちらの予想していたものではなかった。というより、どう取ればいいものか。この言葉はこちらの問いに対する肯定なのか否定なのか。もっと別の何かか、もしくは深い意味など無いのかもしれない。

    「……貴様は、何を何処まで知っているのだ?」
    「それがお前の探す黒衣についてのことならば、私は何も知らないに等しいよ。だが言えることであれば……そうだな。幾つかはあるか」
    「それはなんだ?」

     詰問になっている。自覚はしたがそれを直すつもりにもならず、スカルボーンは一歩だけ相手に詰め寄った。リデンプションは、暫し言葉にするのを迷ったようだったが……
     違う。逡巡があったように見えたのは錯覚だった。その目元が泳いだように見えたのは、彼がある物に視線を向けたからだった。机の上。そこに無造作に置いてある、一枚の板切れ。それを見やりながら、リデンプションが口を開く。

    「あれは、人の影だ」

     目尻に皺でも寄ったような感覚を頭に感じ、スカルボーンは頭を抱えた。鸚鵡返しに――馬鹿みたいに思えるのは解っていたが――尋ねる。

    「影?」
    「それが一番、正しい喩えであると思うがね。人と同じ姿をして、だがその形を如何様にでも変える。人に最も近く、だが決して人ではない。そんなものは、人の影しかない」
    「アンドロイド」

     影などよりも、その存在のほうが余程擬人としては明瞭なのではないか。そんな呟きだったが、リデンプションはすぐにかぶりをふった。

    「確かに人間ではないな。だが人はそれらの機械達をも人と呼ぶ。自分達と同じ呼称で呼ぶことも珍しくない。そして、アンドロイドにも影はある。人と同じ、人の形をした影だ」

     一息ついて、リデンプションは軽く手を振った。何かを払い除けるように一度だけ。その腕を引き戻しながら、付け加えてくる。

    「人間の影と、アンドロイドの影。どちらも人の影だ。見分けることは出来ない」
    「……それで。その影の話が、あの黒衣と一体どう関係するというのだ?」
    「さてな」

     ぶちのめしてやろうか。
     喉元まででかかったその言葉を押し戻すには全力を要した。動かぬ口と、震えぬ喉をもってしても、意思の力というものを押さえ込むのは難しい。

    (……儂という男自体が、交渉というものに向かんか)

     結局のところ、自分に出来るのは問い詰めること。欲しい答えだけを相手の口から搾り出すこと。つまりは脅迫しかないのだろう。
     十数年。或いはそれ以上、そんなことばかりを続けてきた。続けられるだけの力もあった。今更どうして、ただ一人の敵の為だけにそれが変えられようか。
    「要するに、貴様に聞いても無駄ということか」
     ぎりぎり、なんとか詰問にならない程度の口調で、スカルボーンは呟いた。リデンプションは面白げに眉を跳ね上げると、

    「そうかもしれんな。しかし、お前にも収穫はあったのではないかな?」
    「なんだと?」
    「私の偽者が確かに存在している。それだけで、貴方には十分な収穫だったのではないかと思うのだがね」

     私の偽者。その言葉を何度か咀嚼して、それが意味するところに辿り着くのはそれほど難しくなかった。相手を倒そうとする際に最も必要な情報は何か。相手の力量だ。
     敵は、眼前の男と同等の技術を持っている。嘗てのランキング十位。それと同等の。

    「真似るとは何か。それは相手を知り尽くし、相手の思考を読み、且つ相手と同等の技術を身に付けねばならない。もしドッペルイクスとやらが私だけでない、他にも多くのレイヴンの模倣を見事に演じ切っているのなら、それはともすれば私などよりも余程優れた技術を持っている」
    「…………」

     リデンプション。その名を聞いた瞬間から、危惧していたことだった。先日の《ニードレス》の変貌ぶりを目の当たりにした頃から、予想はしていたかもしれない。

    (こやつの偽者ならば、同程度の実力はあるかもしれぬとは考えていたが……それ以上、だと?)

     この男以上。それはそのまま、相手が嘗てのシングルナンバークラスの実力者という話に直結する。そんな相手に挑めというのは……正直、乗り気になれるものではない。
     現状で生存が確認されているシングルナンバーズは五人。C−LAWSの主催であるゼカリアに、その主要メンバーの一人であるグレイ・グリフィス。在野側の懸賞金最高額ブラックゴートに、元ランキング二位のデュエリスト。
     もう一人のシングルナンバーであるソフィアは、一応レイヴン家業は引退したと公言している。C−LAWSに二人、在野に二人。按配としては丁度いいのかもしれないが。

    (他でその域に届いていそうなのは……)

     『ラーの目』のカマラ。ガレルのリード・ガーハイド。忘れてはいけないのが眼前の男、リデンプション。それと。

    (いや、憶測は無駄だ)

     嘗てのトップランカーは死んだ。その筈だ。
     兎角。そういったものと戦えなどというのは冗談ではない。それらはともすれば、ACの二機や三機。或いはそれ以上の数を相手にしたとしても勝利を収めてしまうような化物連中である。言うなれば常人に対するスカルボーンのように、ACに対する圧倒的存在としてこの世に君臨している。

    「さて、お前はどうするつもりなのかな?」

     全てを見透かしたように。ぽつりと呟いてきたリデンプションを、スカルボーンは軽く睨みやった。尤もこの義体には、そんな微細な変化をみせてくれる度量は無いが。相手には殺意でも籠めて睨みつけたように見えただろう。それでも表情を崩す気配すら見せないのは、相応に度胸があるからなのか。それとも、とうにそういった感覚を壊してしまっているのか。この男であれば、後者の可能性も大いにあり得る。

1609/ #8 デスビリーヴァ(朱を崇める)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2007/11/18(Sun) 19:25:00


    「私の見立てでは、お前に勝機は無いように思えるのだが」
    「かもな」

     認めるのは癪であったが。それでもスカルボーンは、相手の言葉に小さく頷いた。
     敵が本当に、ケイジ時代のランキング十位が騒ぎ立てるようなものならば。それが嘗て、シングルナンバーと呼ばれた怪物に相当するものであるならば、己の技量など児戯にも等しい。勝てる相手ではないのだろう。
     しかしだからといって、襲われ、嬲られ、嘲られた上で殺されるのを甘受出来るほどまでに、悟りの境地に達した覚えはスカルボーンには無かった。つまるところ、滅ぼされる運命を甘んじて受け入れられないのであれば、刃向かう以外に術はないということか。立ち向かえる相手なのかどうか。それは関係ない。
     だがそれができないのも人である。恐怖し、震え、乞い、願い、泣き喚く。振るえるだけの力を持たず、また果敢に突貫するだけの度量も無い。事実そういった輩を、スカルボーンは数え切れぬほど通り過ぎてきた。

    (それと同じになるか? この儂が)

     それはそれで面白いものなのかもしれないが、だが断固としてそんな屈辱を受入れるわけにはいかない。

    「まったく。どうやら想像以上に、厄介な喧嘩を売られてしまったようだな」

     やれやれと肩を竦める。それでリデンプションが、何らかの新しい反応を見せるわけでもなかったが。かまわずに続ける。

    「だがな。儂はスカル・スカルボーンだ。これでも一通り、名の知れた狂人だ。レイヴンとしてではないが、な。狂者には狂者の驕りがある」
    「驕りか。誇りではなく。面白いことを言うな」
    「化物に価値観の共存などできるか。人と同じ価値観を持てぬのならば、そこにあるのは誇りではなく驕りだ。常に見下しているのだから。貴様とてそうではないか」

     恫喝にも聞こえようスカルボーンの言葉に、今度はリデンプションが肩を竦めた。動作だけで、言葉は返してこない。構わずに、スカルボーンは踵を返した。

    「儂は貴様とは違う。奴とは共存できない。ならばどうすればいいかなど、始めから決まっておったわ。相手が例え誰であっても」
    「茜と同じようなことを言うのだな。お前は」

     足を止める。
     さして気に留めるほどの言葉ではなかったのだが。一度止まった足をすぐに動かすというのも馬鹿らしく思えた。しかし暫く待ってみたが、リデンプションから口を開く気配はなかい。仕方なく、背を向けたままで促す。

    「……それは、名前か。確かあの女の」
    「ああ。似たようなことを言っていた」
    「何と言った」
    「共存できないものが迫ってくるのなら、抗うしかないと。それが無意味な抵抗でしかなくとも、逃げられないのなら確かにそれ以外に道はない。生きたいのならば、な」

     なんとなしに、スカルボーンは肩越しに振り向いた。そこで初めて、リデンプションが既にこちらを見ていないことに気付く。
     リデンプションは頬杖をついて、窓の向こうを眺めていた。別に憂いを秘めているなどといった顔ではない。ただ、外を見ている。それだけの顔で。

    「生きるとは即ち抗うことだ。抗するとは即ち傷つくということでもある。生きるだけで人は傷ついていく。磨り減っていく。ならばこの世界で、生きる理由とは何なのだ? それほどまでに、生きる価値などある場所だというのか、此処が。それだけの意味を持った場所なのか。……私にはそうは思えなくてね」

    「それが、お前の殺す理由か」
    「一つの理由だけで行為を続けられるほど、人は単純でもないがね」

     リデンプションが微笑する。いや、苦笑か。外見に映るのは小さな違いでしかないが。

    「儂は、無意味な抵抗などとは思っておらんよ」

     返す言葉はそれで尽きた。もう問うべきこともない。木板を軋ませて、その場から立ち去るのには何の苦労もなかった。
     扉を押し開けて。不意に目に入ったのは赤髪の姿だった。立ち居地は最後に見た時と変わっていない。姿勢だけが変わっている。彼女は組んだ腕に得物を挟んで、壁にもたれかかっていた。この間と同じように。瞼を閉じて静かに胸を上下させているところからすると、眠っているようにも見受けられるが。

    「……お話は済みましたか?」

     目も開けず聞いてきた女に頷くこともせず、立ち止まることもしない。ただ通り過ぎた後に、軽く手を振って応じる。そのまま去るつもりだった。
     にもかかわらず足を止めたのは、追いかけてきた声があったからだった。背後から。少しの間があったのは躊躇でもしていたからか。

    「貴方は、勝ち目のない戦にも躊躇無く出向ける人ですか?」
    「何故そんなことを聞く?」
    「別に、深い意味などありません」

     無意味な抵抗でしかなくとも。
     嘗てこの女が口にしたという言葉を記憶の縁から呼び寄せて、スカルボーンは形にせず嘆息した。確かに何かと戦う上で、そういった絶望的な状況に立たされる場面というのはままあるものだ。
    「生憎だが儂は、勝機の見えぬ戦いに喜んで身を投じるほど愚かではない」
     僅かに頭を傾けて、相手の顔を盗み見る。女はもう、瞳を開いてすらいない。だが腕の組み方が変わっていた。自分の身体を抱くように、肩を縮こまらせている。
     スカルボーンは構わず続けた。

    「だが戦が追い縋ってくるのであれば、刃向かわんとな。後ろに下がっても事態が好転しないのであれば、それは仕方あるまい」
    「怖くはないの?」
    「そも、恐怖とはどういった感情だったかな。人のものは手に取るように解るが、自分のものとなると、はて、もう憶えとらんな」

     虚空に指を這わせながら、スカルボーンは空漠と共に告げた。己自身が怖れを撒き散らす対象と化して、数えるのも億劫な年月が過ぎている。恐怖に対する感覚というものが、とうに麻痺しているのだろう。
     ドッペルイクスを、恐ろしいと感じたことはあった。だがそれは恐怖ではない。もっと別のものだ。

    「そっ、か……羨ましいことです」
    「皮肉のつもりか?」
    「いえ、本当にそう思っただけですよ」

     女は相変わらず両目共に瞑っている為、こちらが顔を向けたことには気付いていないようだった。声に力はない。だがそう聞こえるのは、彼女がこちらへの警戒をほぼ解いているからだということに不意に気付く。確かにスカルボーンが赤髪の間者と関わる理由がこれで失せたと見れば、その態度はおかしくはないのだろうが。
     敵意という名の焦りや不安を取り除かれれば、その女は何処にでもいる普通の女に見えなくもない。殺気と怒気を纏めて叩きつけてきた時の面影が消えて、眠るようにゆったりと肺を上下させているその姿が初見であったならば、得物を抱えているのに違和感を覚えたかもしれない。
     死ぬのか。この女は。
     漠然とスカルボーンの胸に響いたのは、そんな言葉だった。元より喀血するほどまで肉体に異常をきたした人間が、そう長く生きていられる筈もないが。
     激しさと穏やかさの明瞭過ぎる剥離は、ある意味で死ぬ逝く者が一番陥りやすい躁鬱だった。生を望みながら死を享受するしかない者が開く悟りは、諦めようとしても諦めきれない見苦しい諦観に他ならない。
     だがそれでも、死にたくなければ抗うしかない。確かにその通りだ。そしてスカルボーンが今まで手にかけてきた者達とは違って、希うだけでそれを果たせるとは思っていない分、彼女も恐らく楽には死ねまい。逆らうとはそういうことだ。痛みに反抗すれば、それが道理だ。

    (……儂としたことが、珍しいな)

     他人の行く先に思考を傾けるなど。
     そもそも、スカルボーンにとっては幾度も顔を合わす相手というもののほうが珍しいというのに。誰が何処で朽ち果てようが関係ない。寧ろ、自分こそが枯らす側に立っている存在ではないか。恐怖と絶望を振り撒き、無様な請いと毒々しい鮮血を糧にこの荒廃した世界を生きてきた。数十年も。
     だが元より、この世の中は誰もが何時死ぬとも知れぬ境遇に怯えている。爆音に震え、激震に部屋隅で縮こまり、やがてその恐怖は現実のものとして、ACという形で無数の数多へと降り注ぐ。

    (……ふむ)

     人と同じ姿をして、だがその形を如何様にでも変える。人に最も近く、だが決して人ではない。
     それはACにも当て嵌まった。千変万化する機体の形。そしてその機構を自在に操るドッペルイクス。人を偽り、同じ姿を現世に映し出す鏡。影。
     思わず、スカルボーンは苦笑した。そんな結論に至って、一体何の意味が。価値があるというのか。こんなものが黒衣を倒す糸口になどなる筈がない。まったくもって、意味がない。
     立ち去るのには、きっかけなど要らなかった。もうなんの反応も示さない赤髪に改めて背を向けると、調達した移動用具が放置してある場所へ歩を進める。結局ここまで来て、状況としては手掛かりが失せたに等しい。
     これで振り出しに戻った。ならば後は……

    (小娘)

     スクワラル。確かあの馬鹿女が、何かを知っているような素振りを見せていた。今度という今度は、締め上げてでも全て吐かせなければならない。
     だがこちらから接触するにはどうすればいいのか。回る思考の中に答えなど見つけられず、風だけは未だ強く吹き続けている。
     草葉が揺れるざわめきというものを、初めて耳にしたような気がした。


1669/ #8.6 オータムレメニセンス(朱天)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:33:47

     その男の足音が聞こえなくなるまでには、酷く長い時間を必要としたように感じられた。
     茜はゆっくりと瞼を上げ、そして陽光の痛さに顔をしかめた。数秒、数十秒と時間を置いて視界を取り戻すと、その景色の中にはやはり誰の姿も無い。
     軽く息をついて、茜は風に弄られる髪に指を当てた。そのまま耳にも触れる。揺れた草葉が微かなざわめきを奏でたと思えば、舞い上がる砂塵がそれを掻き消していく。残響は小さく、無闇に重なり合ったそれは雑音とさして変わらない。だが不快ではない。
     礫に荒らされた疎らな草原は決して美しいものではないが、それでもそこにあるだけで何らかの意味があるのだろう。地下都市、コロニー、ターミナル。その何処であってもついぞ見ることのないこの存在。緑という色。今は季節柄、その中には鮮紅色も混じっている。

    (地下都市や砂漠じゃあ、季節なんていうものも関係ないか)

     桜が散り、向日葵が大輪を咲かせ、紅葉が積もり椿が芽吹く。誰の手も必要とせず、気がついた時にはそれらの植物は咲いていた……木はいつの間にかそこにあった。何処から種が流れてきたかも全く知れない。だが時期が来ると、それらは常に不意を突くように姿を見せた。年々種類は増えているがそれほど群生してもいない為、どれもが草原の草に紛れてひっそりと隠れ咲いている。
     少し前までは、鳳仙花が咲いていた。もうじき彼岸花が散れば、山茶花の季節が訪れ、そして沈丁花が顔を見せる。それらを見れるのは、茜が知る限りではここと、それよりも西の側だけだった。東にはシュガー砂漠、更に進んでガレル砂漠。チンハイ湖の周辺は企業の警備が厳重過ぎて、とても立ち入れるような場所ではない。

    「彼は行ったのかね?」
    「……ええ」

     呼びかけに応じて、茜はゆっくりと振り向いた。扉を開く音は聞こえなかったが、その男が窓から顔を覗かせているのではなく、自分の背後で腰に手を当てているのだろうということには確信があった。
     茜が暇を貰う前と比べて、幾らかその男の格好は乱雑さが増したように思えた。しかし前髪の裏に半分ほど隠れた切れ長の瞳から判断するならば、寧ろその風体こそが男本来の姿であるとも言える。不遜な瞳。人を見下しているわけではないが、それでも何かを卑下されているように見える、そんな双眸。

    「私のいない間に、随分と口調もお変わりになられたようで」
    「『威厳に欠ける』だの『神父っぽくもないしやめたほうがいい』だの散々こけにしてくれたのはお前だろう? これでも努力はしたつもりなのだが」
    「努力……ですか? 貴方が?」
    「笑うのは、流石に失礼だと思うがね」
    「そう言われましても」

     堪えきれず、茜は目端に涙を滲ませて肩を震わせた。確かに以前、そんな話をしたことがある。だが真に受けられるとは予想もしなかった。

    「あなた様が努力ですか。なんだか可愛らしいですねぇ」
    「言うな」
    「いや、悪いとは思ってるんですよ? 本当に。でも人にはどうやったって、我慢の限界っていうものが」
    「お前が私をどう見ていたのかよく解ったよ」
    「いや、それは勘違いというものですよ。今貴方様の頭にあるようなやましい気持ちなんて、ほんともうちょこっとだけで――」

     前触れは何もなかった。だがそもそも、発作とはそういうものだろう。
     足から力が抜けた。

    「…………あ?」

     気付いた時には遅い。片足といわず、下半身全ての感覚が急激に失せる。直線的に落ちていく視界の流れは、そのまま地表を飛び越えて暗い冥い深遠まで続いていくのかもしれない。堕ちるべき場所は決まっている。天国が空にあるというなら、地面を越えて存在するのは一つしかない。
     止まった。
     景色の流れの急停止、だが身体は痛みも衝撃もなかった。感覚の麻痺は、どうやら上半身にまで回っていたらしい。動かない頭に軽く舌打ちして眼球だけで周囲を探ると、自分の主の顔が驚くほど近くにあった。そこでやっと、自分が彼に抱きかかえられているのだと理解する。

    「そろそろ引退時かもしれないな。お前も」
    「まだ、結構若いんですけどねぇ……」

     苦笑して、頬を掻こうとしたが腕が動かない。仕方なく茜は、僅かに頭を振っただけでそれを収めた。暫くは動けないだろう。視界の明瞭さと舌の感覚が残っているのだけがせめてもの救いか。
     ここまでくれば、まばたくことにすら恐怖が滲む。だが眼球が乾いて視界が霞めば同じことだった。交互に片目を閉じる動作を繰り返しながら、身体の回復を待つ。数分も経てば感覚は戻ってくる――この程度は慣れたことだった。これが吐血と重なれば後が酷いが。

    「血を流して、痛みがなかったらとても怖い、か」
    「ん?」
    「いや、ね。妹が、言ってたんですよ。と言っても、血は繋がってないんですけどね。でも、同じ場所に連れられて同じ目に遭った。そえだけで十分だと思ったんですよ、あの時は……きっと、家族と呼べるだけ親しい相手が欲しかったんでしょうね。その場限りであったとしても。それで、私のほうが背が高かったから私が姉になった。けど、もう会うこともないんでしょね……壊れてしまった、そうだから」

     それを聞いたのはいつだったか。十年以上は前になるだろう。それほどまでに昔のことは、もう曖昧な断片でしか記憶には残っていないが。
     記憶にあるのは二つの光景。薄暗い部屋の片隅で断頭台に立つのを待った寒い日々と、瞼を焼くほどの光の奔流に晒されながら自分の身体に冷たい刃が喰い込むのを見るしか出来なかったあの一瞬と。

    「いいや、あの頃にはもう壊れていたのかも。薄暗い部屋で血が出るまで壁を引っ掻いて、それを私が何度も止めて。寒い場所、冷たい場所。壁に指を擦り付けても、その温かみはすぐに消える。それでもあの子が、指の肉が剥がれ落ちて骨が見えるまでコンクリを掻き毟った理由。あの時には解らなかったけど、今なら少しだけ解る気もする」

     神様なんていない。こうも言っていた。
     彼女は、神を見つけられたのだろうか。
     それとも、やはりそんなものはいなかったのか。だとすれば、彼女に救いはあったのか。
     今はもう、確かめる術もない。

    「……何を話してるんでしょうね、私は」

     彼には意味が解らないだろう。いや、恐らくは誰が聞いても理解はできまい。だから誰にも話さなかった。
     意識ははっきりしているようで、実は既に錯乱しているのかもしれない。自覚すれば、まだ制御できる。軽く瞼を落として、頭を抱えたかったがそれは叶わず、茜は溜息混じりに自嘲を浮かべた。本当に、不便な身体になったものだと思う。それでも。

    「私は恵まれてるほうですよ……なんのかのでここまでこれた。割と長く、生きてこれたんじゃないですかね。こんな世の中では」

     身体の半分をあの怪物に喰われた時点で、未来など望めはしなかった。街中を無数のバグが闊歩する中で、ヨスガを逃がせただけでも僥倖だったろう。
     その先に予想もしなかった数年があったのは、偏にこの相手に出会ったからだった。
     何故助けてくれたのか。一度だけそれを問う機会があったが、結局答えてはくれなかった。今でも解らず、恐らくはもう知ることもない。

    「……もう、大丈夫ですので」

     押しのけるつもりで、リデンプションから身体を離す。腕にまともに力が入っていないのは隠すことすら出来なかったが、相手は特に何も言わず身を引いた。
     地に足をつけて、その感触が足裏から伝わってこない。全身の触覚が崩壊してしまっている世界を平衡感覚だけで安定させて、茜は軽く息をついた。軽く視界が傾いているが、それは気にしないでおくことにする。

    「しかしこの調子では……戻る前に、少し養生が必要ですかねぇ」
    「ああ、また戻るつもりなのか。あの子供の所に。何がそんなに気になるんだ?」

     その言葉を聞けばリンは怒るだろう。彼女は子供扱いされるのを相当嫌がる。見かけがアレでは仕方ないだろうが。
     軽く噴き出して、茜は口元を隠しながら言葉を返した。感覚は相変わらず失せているが、それでも指は動く。自分の思う通りに。

    「いえ、気になるから、ですかね。色々と思い当たる節があるもので」

     妹と呼んでいたものに、僅かばかり近いものを感じたからか。もし同じ何かがあるのなら、彼女も何れ壊れるのだろう。それは誰かに止められるものではない。失意と絶望を矯正できる幸福などありはしないし、闇を照らす光など無慈悲に眼球を灼く天からの制裁に他ならない。
     無駄に広い縦穴を揺り籠としてきた今の人間には、それは素晴らしい皮肉ともとれる。見上げた空に映るもの。機械仕掛けの青い空か、大気を汚された光輝く白い空か。それを眺めて未来など感じられるものなのか。そうは思えない。
     朱い空。
     そんなものは存在しない。ただの幻覚だ。が。

    「……嫌なものばかりが見える世界では、どうやって生きていくのがいいんでしょうね」
    「どうもこうもない。賢明な者は死を選ぶだろう。残るのは世の怖ろしさに気付かぬ愚鈍な者と、自らの首に手をかける勇気のない弱者だけだ」

     答を用意していたかのようにすらすらと告げてきた主に、茜は少しだけ眉根を寄せた。彼のい言葉も間違ってはいないのだろう。しかし、

    「それでも生きていたいと思うのは、いけないことなのでしょうか」
    「ここにそれだけの価値があるなら、私は何も言わんさ。私はまぁ、あるかどうかも分からない来世とやらに期待したほうがマシだと思うがね」

     やれやれといった素振りで肩を竦める相手にこれ以上の反論は無意味だろうと判断して、茜は逆に肩を落とした。彼と話していると、感覚の部分で思い知らされる。

    (……酷い世の中だ)

     そんな場所で生きていく。
     安らぐ場所など何処にもない。ここに居る限りは永遠に。
     もし五感を全て失ったとして、そうやって世界から切り離されることは、きっと幸せなことなのだろう。
     そして寂しくもあるに違いない。目を閉じた暗闇の奥にその寂寞を夢想して、茜は静かに溜息をついた。



1670/ #8.8 インターミッション(比較的どうでもいい話)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:34:54

    「およ?」

     素っ頓狂な声のしたほうへ、ヨスガは特に意識もせず顔を向けた。声の主――スクワラルはアップルジュースの入ったカップを両手で抱えたままで、何か珍しいものでも見つけたのか、大通りの雑踏を凝視している。

    「……どうかしたか」

     服装さえ普通のものに取り替えてしまえば、その少女の印象はがらりと変わった。左右に分けた長髪も解けば、日頃の彼女しか知らぬ相手ならばその正体まで行き着けないかもしれない。
     まぁそれは、それだけ通常の状態が俗人離れしているという意味でもあるのだが。

    「うん。どうやら、ってかどう見ても私に用があるっぽい人の頭が見えた」
    「どこの誰だよ。お前に用事なんて、今度はどこの変人だ?」
    「なんかまるで、私が変人だって言ってるように聞こえたんだけど」
    「いや、そのつもりだったんだけど。っていうか自覚なかったのか?」

     頬杖つきながらそう言い捨てて、ヨスガは最後のナゲットの一つを口の中に放り込んだ。歯を立てたところで冷めて硬くなってしまっているのに気付いたが、もうどうにもならないのでそのまま噛み砕く。
     昼も過ぎて、昼食をとる時間としては少し遅い。その為か店内の客こそ少ないものの、ストリートは仕事に戻る者と昼を仕事に費やして遅めの昼食をとる場所を探す人でごった返している。もう暫くはここで時間を潰すのが無難だろう。
     そう思っていた矢先に、これである。

    「こんな可愛い娘をつかまえて変態だなんて。酷いことを言う人がいたものだねぇ……死ねばいいのに」

     芝居がかった口調と動きで、テーブルの上にうなだれ泣き崩れるこリスを、ヨスガはナゲットと同程度には冷めた視線で眺めやった。とりあえず無言のままでいてやると、暫くしてこリスの動きが止まる。そしてゆっくりと身体を元の姿勢に正すと、軽く咳払いなどしてみせた。

    「まぁ、人の感性はそれぞれだよね。ってなわけでちょっと行ってくるよ」
    「まだ買出しの途中だろうが。逃げんなよ」
    「任せた」

     後生の言葉じみた声でこリスは答え、即座に背を向けて走り出そうとした……が、ヨスガはそれよりも早く小さな背中に手を伸ばした。素早く襟首捕まえると、そのまま力任せに引き摺り倒す。仰向けになった少女の片腕を踏んで押さえつけながら、ヨスガはぺしぺしと彼女の頬を叩きつつゆっくりと口を開いた。

    「……人手が足りないからって、連絡手段全部切ってた筈のあたしを無理っくり連れ出してきたのは何処の誰だ」
    「わ、私ですぅ……」

     襟首を捻り上げ首を絞めている為か、こリスの声は少々低い。だがそんなことは構わずに、ヨスガは襟を掴む指に力を込めた。頭を引き上げて、自分の顔の隣まで持ってくる。

    「……あたしさ。そっちを出て行く前に一回病院行ったんだよね。鳩尾の辺りに剣山でも叩きつけられたような痛みがあってさ。なんて言われたと思う?」
    「さ、さぁ〜……」

     ばつが悪そうに視線を逸らすこリスの顔を、時間をかけてじっくりと見続ける。少女の額に滲み出した冷汗の数が増えてきた――ついでに顔色も悪くなってきたところで、ヨスガは一字一字をかみ締めて磨り潰すように、重々しく口を開いた。

    「……日頃のストレスを原因とした悪性の急性胃炎だそうだ」
    「…………そ、それは大変ですね。心中お察し申し上げます……」

     しどろもどろに答えてくるこリスに、ヨスガはにっこりと笑いかけた。土気色を呈していた相手の顔色がさっと青ざめたのを確認して、笑顔のままで目の色を変える。

    「お察しも何も、毎日毎日てめぇらが飽きもせずにくだらない問題ばっか起こしてくれたせいだろうが! しかも後始末はいっつもあたしに押し付けやがって! 少しは反省しろってんだこぉのたわけ栗鼠があっ!」
    「きゃーだってだってヨスガったら、いつだって率先して後始末やってたじゃない! だからひょっとして、そーいうの好きなのかなーとね! 思ってね! そしたらなんとかそういう場面を増やしてやりたいって思うのが友達としての痛い痛い痛い痛い!」
    「断じて違う! それにあたしが率先して動いてたんじゃ無くて、いつだってお前らが本当に最後の最後までギャラリーに徹して動かなかっただけだ! っていうか壊れても全く気にしてねぇだろお前ら、誰が維持費の一切を管理運営してたと思ってんだ!」
    「だってだって誰かがほっといてもやってくれるなら、全部丸投げしたほうがいっぱいいっぱい楽じゃない!」

    「そんなにあたしの胃にバカでかい穴を開けたいかお前は! お前らは! どーも一回本気で決着つける必要がありそうだな!」
    「魔界への扉とかなら幾らでも開きたいけど。ヨスガの胃に穴が開いたら繋がったりしいぃいいあああああ!」

     がっちりと関節技を極めて、ヨスガは掴んだ腕を勢いよく捻り上げながら相手の耳元で声を大きくした。こリスはもう片方の手でしきりに地面を叩いてギブの意思表示をしているが、残念ながらレフリーはここにはいない。ノーサイド無視。
     そのまま絶叫が途絶えるまで絞め抜いてもよかったのだが、はたと思い止まってヨスガは力を抜いた。尤も関節技は外していないので、こリスはばたばたともがくだけしか出来ないのだが。
     頭は動かさないままで、もう一人へと尋ねる。
    「……そういや、今のあそこの財政状況ってのはどうなってるの?」
    「管理する人がいなくなって、赤字まっしぐら」
    「少しは反省しろ貴様らあっ!」
    「私は金を貰うほうの立場だっ……たっ、あっ、ちょ、それ以上は折れる! 折れるから! ボキッていって赤いのと白いのとグロいのが色々一括で噴き出るからちょっとタンマ!」

     制止は無視して、ヨスガは割と本気で力を籠めた。折れてもいいかという冷めた感情に後押しされたわけではないが、それでもやっぱり折ってもいいかという情動はあったような気がする。
     なんにしろ力を入れた瞬間に、相手の姿はなくなっていた。取り押さえていた姿勢のまま短い距離を落下して、それでも地面へとしたたかに額を打つ。転移したのだろう。今更珍しくも何ともないが、口惜しいのは否定できない。
     ちかちかとぐらつく視界に慣れる時間も含めてゆっくりと身体を起こし、ヨスガは鈍く痛む頭をさすった。脳髄が揺れるような吐き気を催す感覚が癪に障る。

    「……逃げやがった。あんにゃろうめ」

     身体中についた埃を払い落としながら、忌々しく下唇を噛む。彼女が生来のものであると謳っている魔法使いとしての能力。たまにはもう少しマシなことに使えと言いたくなる。
     立ち上がることに不安を覚える程度には、まだ脳震盪は続いていた。仕方なくヨスガは地面に腰を下ろしたまま、肩肘だけを丸椅子の上に載せてそこに体重を預けると、苛立たしく口を尖らせた。

    「ったく。お前もなんか言ってやってくれよなー。ちゃんと手伝う気ないんなら、せめて仕事する奴を押さえつけておくネタぐらい用意してくれよ」

     残った一人に、見上げる形で顔を向ける。その先には店に入ってから(注文を除いて)今の所一言しか発せず、こちらの騒ぎなどまるで耳に入っていないように、ただ黙々とフライドポテトの空箱の山を築き上げているミデンの姿があった。
     あえて縦に積み上げる理由はあるのだろうか。不自然なほど整然とした赤い柱は、そろそろ隣に座る少女の頭長を超えそうではある。

    「なぁ……それ、何箱目だ?」
    「確か二十箱目」
    「……他のも、頼めよ」
    「菜食主義者なもんで」
    「サラダとか野菜ジュースとか、ベーコンレタスとか」
    「生野菜嫌い」
    「とんだベジタリアンだなてめぇ」
    「褒め言葉と受け取っておくよ」

     会話の最中も、彼女が食を進めるペースは全く変わらなかった。指で一本一本つまむのではなく、直接箱に口を当てるようにして食べているからか尚速い。ついでにマナーも悪い。もう勝手にしてくれ。
     大きく溜息をついてから、ヨスガはとりあえず椅子に座り直した。ぐったりと背凭れに身体を預ける。こんなことは慣れている。慣れている……が、だからといって疲労を覚えないわけでもない。だが今のいざこざで覚えた疲労感は、日頃のものよりも深いものに感じられた。少しの間離れていたこともあって、彼女らの理不尽さを幾許かは忘れていたのかもしれない。
     軽く頭を抱えて空を見上げる。日は高い。指先から漏れる陽光でさえ、眼球を灼くほどの眩さで視界を奪う。
     外の世界。地上。ターミナルは砂漠の中にあって、それでも地下都市の一般区画と同程度には穏やかな気候を維持していた。砂の大海が運ぶ熱と黄砂を、どういった技術で遮断しているのかは知らないが。
     姉とは地下都市で暮らしていた。彼女が死んで、外に出た。

    「ねぇ」
    「ん?」

     短い呟きは、だがはっきりと耳に届いて、ヨスガはすぐに視線を落とした。呼び声の主は目を離す前と変わらない。別にこちらを見ているわけでもなければ、鼠のような動きで揚げ芋を齧る速度が変わることもない。そしてそのまま、続けてくる。

    「ヨの字はまだ帰らない?」
    「ヨの字ゆーな。まぁ、そうだな。もう暫くはあっちにいるよ。気になることもあるし」
    「? 気になるって、なにが」
    「いや、大したことじゃないんだけどな」
    「ふーん。お姉さんのこととかか」

     ドリンクに口をつけた直後に図星を突かれ、ヨスガは噎せた。勢よく。暫く呼吸困難と喉の痛み、暗転するようにゆれる目の中の世界と格闘してから、なんとかミデンへの問いを絞り出す。目を丸くして頬も引き攣っていたかもしれないが、そんなことおを気にしていられない。

    「あ、な、ななななんで? え? どゆこと? なんでおみゃーがんなこと知ってますのん?」

     日本語がおかしい。っていうか日本って何処だ。
     なんにしろ姉に関しては、艦の面子は知らない筈だった。そもそも知っているわけがない。彼ら彼女らには自分の家族は全て死んだと話しているし(まぁあの艦の人員は、ほぼ全て似たようなものだが)、実際姉は戸籍上もう生きてはいない。まさかミデンと茜に、個人的な繋がりがあるとも思えない。

    「いやだって。知り合いだし」

     あっさりと、本当にあっさりとミデンは単純明快な答えを告げてきた。くそっ、なんて時代だ。お前の交友関係はマジでどうなっている。一度でいいから小一時間程度、じっくりと説明してもらいたい。
     だがそんなことは今の時点においてどうでもよく、それが事実であるならヨスガにとっては致命的な問題だった。
     ……今までの自分の素行、全部筒抜けデスカ?

    「お前さぁ……いっつもヴィーズハルトと一緒に艦に篭ってる癖にさぁ……」
    「ああ、そういえば確かヴィーとも」
    「冗談、冗談! やめてくれ、いやこれマジで。そんな恐ろしい話聞きたくないの」

     芝居でもなんでもなく、ヨスガは両耳を塞いでテーブルの上に突っ伏した。そんな事実は知りたくない。艦のゴタゴタは艦の中とその関係者の周りだけで済ませて欲しいというのが本音だ。それより何より、万一茜があっちに行ったら化学反応が起こって自分の胃に穴が空くのが確定する。それはもう、蜂の巣の如くボコボコと。その最悪の光景を思い浮かべるだけで内臓が軋むような鈍痛を訴えてくるが、気のせいだろう。多分。そうであってくれないと困る。

    「まー信じる信じないはヨスガの勝手だしねぇ。希望を持つのはいいんじゃない?」
    「お前、それで冗談でしたとか言ったら流石に怒るぞ……」
    「本当のほうがいいの?」
    「…………嫌」
    「ではここで当の本人にご登場していただきましょう!」
    「はあぁ!?」
    「まぁ来ないんだけどね」
    「楽しいか!? そんなにあたしをおちょくって楽しいか!? 今あたしはかなり全力で逃げ出す寸前だったぞ畜生!」
    「実はお電話が」
    「うすらやかましいわダアホ!」

     声を荒らげながらヨスガは、そっと差し出された携帯端末をはたき落とした。ミデンは流石にもう箱を咥えたりはしていないものの、空箱は未だに一定ペースで増え続けているように見える。堆く積み上がった赤い山脈が、端末をテーブルに叩きつけた衝撃でぐらりと揺れた。危なげに傾いたそれを支えながら、ミデンがぽつりと付け足してくる。

    「……中継が繋がったようです」
    「繋がってたまるか! 大体あのねーちゃんの性格と性根と意地の悪さは千羽鶴が幾らでも作れるぐらいの折り紙つきだぞ!? こんな流れで出てこられたら、どんなヤバい昔話を捏造されるか!」
    『……あら。そんな熱心にせがまれちゃしょうがないわね。ここは一つ、あなたの初体験の話でもしてあげようかしら?』
    「きゃあああああああっ!?」

     背筋が凍る――というよりは、背中に氷を入れられたような冷たい声音に、思わず悲鳴を上げて後ずさる。恐怖に固まった身体は、どうしようもなく安定感のない姿勢を何故か暫く維持できたその危ういバランスが崩れかけたところで、ミデンが端末を拾ってボタンを押す。

    「実は今のは録音でしたー」
    「こんな台詞どうやって録らせたってんだお前はあああっ!」
    「では改めてお電話のほうが――」

     問答無用で放った右フックは、かなりあっさりと避けられた。そのまま、今度こそ動きの止まったミデンを睨みやって……

     営業妨害で店長にこっぴどくお叱りを受けている間、ヨスガは本気でこの小娘に殺意を覚えたとかなんとか。
     それはまぁ、ただそれだけの話。

1671/ #9 アウターウィッシュ(遠く望む)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:37:51

     地下都市ほどの利便さはないが、地下都市ほど不便ではない。
     とりあえず誰もが――正確には地下都市とターミナルの両方を訪れた者が抱くターミナルの印象というものは、概ねそんなものだった。実質問題としてターミナルがクーロンシティの居住区に勝っているところなど一つもない。それでもこうしてクーロンシティから離れターミナルに身を置く人間が多いのは出稼ぎだけではなく……空。その存在に尽きる。結局人は、穴倉の閉塞感を無制限に許容できるほど大らかではないということなのだろう。
     大通りの雑踏から人気のない脇道に入り込んで、スカルボーンは軽く息をついた。実際に肺から空気を搾り出せるわけでもなく、あくまでも感覚だけでだが。昼も過ぎてもう少し人波も収まっているだろうと判断してこの時間を狙ったのだが、どうやらあてが外れたらしい。
     日はまだ高い。陽光は地下都市の照明などよりも数段強く、人の顔など容易に判別できるほどの明るさが降り注がれている。今日は外套の布で顔も覆っているとはいえ、その背丈と相俟って往来では自分はどうしたところで不審者扱いを免れられない。人を探すには昼間の明るい時間帯が最も望ましいが、こちらはその時間に出歩くことで余計な者達に目を付けられる恐れが出てくる。

    (こうも不便なものとはな……)

     適当な壁に背を預け、物思いに耽る。情報屋を使って、あの小娘の所属する地上艦の動向を調べることは出来た。現在はこのターミナルの近辺に停泊している。目的は恐らく艦の修繕だろう。ああいった独立勢力は企業に目を付けられる為に地下都市にこそ近寄れないものの、ターミナルの近隣でなら問題なく停泊できる場合が多い。
     そもそもターミナルというものは、ガレル砂漠を有する地図の東側には存在しないと言ってもいいものだった。基本的には大型の地下都市を幾つも有している地図の西側にばかり点在している。クーロンシティを基点とし、アーカバレル、フィロット……オールド・バル。そういった地下都市へ物資を搬入し、逆に物資を輸送して貰う。そういった目的にそぐう重要拠点が、ガレル砂漠には存在しないというのも理由ではあるが。
     だがそれ以上に、『ターミナルが列車の中継基地である』という部分が最大の理由であり問題点だった。クーロンシティとガレル砂漠はチンハイ湖とレッドキャニオンによって現在では完全に分断されており、ガレル砂漠に線路を通すには相当な大回りを強いられる。加えてトリニティ、というよりもイージス社はガレル砂漠同盟とは明確な敵対関係にあり、その本拠地とも言えるガレル砂漠に列車など通せば、それこそ『襲ってくれ』と言わんばかりの格好の獲物となってしまうのだ。猛獣の住処に新鮮な肉を満載した荷馬車を送り込むのに等しい。結果として、ガレル砂漠側への物資輸送は空輸が殆どとなった。
     なんにしろ、相応に発展したターミナルにはそういった事情から来る企業の横流し品も多い。ガレルで手に入らないパーツも、ここでなら比較的容易に入手できるだろう。だからこそターミナルは独立武装勢力の活動の温床になり、各勢力の非常用補給基地としても機能する。

    (さて、どうしたものか)

     小娘の居場所は突き止めた。が、肝心の相手を引きずり出す方法が無い。幾つかは手を回した――依頼を回したり、そういった役回りの者に取り次いで貰おうとしたり――が、どれも効果を発揮してはくれなかった。何かの妨害に遭っているのかすら判然としないまま、今日現在に至る。

    「しかし、どうするかね……」
    「何がだい?」

     一瞬前までは、確かに周囲には誰もいなかった。それは間違いない。
     だがこういった理不尽を行える相手には心当たりがあった。そして、今回に限っては一番有難い流れでもある。偶然にしては出来すぎな気がしなくもないが――そこは考えないことにした。
     頭だけを声の方向に向ける。彼女の服装がいつもの奇抜なものではなく、平素なものになっていたのには少しばかり驚いたが、それも大したことではない。少し驚いたが。

    「貴様、あの格好しかできないのではないのか?」
    「……なんかどいつもこいつも、私を変質者か何かと勘違いしてるような節があるんだけど」
    「事実その通りではないか」
    「なんか、最近皆優しくないなぁ……」

     ぶつぶつと口の中で恨み言でも言っていたようだが、それは気にしないでおく。なんにしろ、この状況は好都合だった。爪を噛みながら唸っているスクワラルへと、言葉を突きつける。

    「貴様がキャーキャー楽しく騒いでる間に、こちらはもう一度あれに会ったよ」
    「あれって? 何かあったっけ」
     本気で忘れているらしい。目をぱちくりさせながら素っ頓狂に聞き返してくるスクワラルに、スカルボーンは溜息混じりに単語を一つだけ放り投げた。
    「黒衣」
    「…………ああ」

     小娘はすぐに理解したようだった。嘆息交じりで薄い息を吐き出して肺を萎ませながら、その感情も冷えさせていく。少女の目がある程度据わったところで、スカルボーンは二の句を次いだ。

    「あれはなんだ?」
    「魔法使いの天敵だよ。こリスちゃんは昔、あれに殺されかけたことがありましてねぇ」
    「ほう、そこまでの猛者とは思えなかったが……あれも義体だったな。日頃の儂への威勢は唯の強がりだったか」

     嬲るような口調で問い、だがスクワラルの顔に大した変化は現れなかった。首の裏など掻きながら、気楽な様子で応じてくる。
     無論スカルボーン自身が、あれを雑魚と思っているなどということは断じてない。単にこの少女の反応をみたかっただけだ。

    「私はあくまで人間だもの。義体やそれ以上には追いつけない。わかってるんだけどねぇ……こう、熱く燃え滾る正義の心を抑えきれないっていうかなんというか。倒すべき敵を前にして激しく撤退するのはやはりどうかと」
    「その結果が今の体たらくなんだろうが。馬鹿も大概にしろ」
    「んー? それはひょっとして、心配してくれてるのかな?」
    「冗談も休み休み言え。そんな発想が出てくるのは脳が腐り始めてる証拠だ」
    「あーあ、つれないねぇ」
    「で、あれは何者なのだ?」

     やれやれと肩を竦めた少女へと、もう一度問い質す。一度目よりも声の調子を低く、圧迫感を覚えるような声音で。脅しに使う口調だったが、それがこの娘に通じるかといえば否だろう。いつもの癖で出した声だった。

    「悪いものだよ。悪人さ」
    「あれは――何だ?」

     三度目の質問は更にトーンが落ち、自然と怒気が強まったものになった。苛立ちとも言えるかもしれない。しかしスクワラルは怯えることもない、困ったように頬を掻いていた。適当な虚空を見上げ、自分でも何かを再確認するようにゆっくりと口を開く。

    「だから……悪いものだよ。こリスちゃんが知る限りで、この世で一番悪いと思ったもの。一番始末が悪くて、どうしようもなく手に負えない。そんな相手」
    「儂は奴の素性に関することを聞いておるのだ。概念的なものはいらん」
    「ふぅん、じゃあ私が言えることを話そうか……これは聞いたことある? ドッペル・イクスという言葉」
    「…………?」

     偏頭痛のようなものを感じて頭を抱えていた所に不意を突かれて、スカルボーンは動きを止めた。義眼を動かしてスクワラルを見やれば、彼女はこちらには顔を向けておらず、瞳も閉じている。ただ両手を合わせ、口元を指で隠している。
     笑っているのか、いないのか。指に隠されてその判断はつけられなかった。目尻からは笑みの表所が感じられる。だが瞳のほうはどうか。違うのではないか。

    「……貴様は、どういう意味でその単語を知っている?」
    「あの黒衣の名前としてかなあ――いや、違うかな。あれに名前なんてない。便宜上そう呼ぶってだけで、あれは個人というものを持ってない。だから誰も知らない。だから未知。それ故のXX(ドッペルイクス)、ってね。うまいこと言ったもんだと思うよ」

     風が薄汚い外套と、小娘の髪を流していく。片目だけを開けて、スクワラルは透き通った声を返してきた。歌うような声音で、珍しくこちらの問いに真面目な回答を寄せてくる。

    「そうだね。ここから話したほうがいいかな……人を殺す為に人を殺す。目的と手段が一体化してしまったような奴も、たまにいる。私はそういうのに、優先的に喧嘩吹っかけているんだけど……」
    「成る程。それで、儂の所に来たわけか」
    「そうだね。貴方も、片足突っ込んでるし」
    「何を言う。儂はとうの昔に、そんな場所に沈んでおる。貴様が生まれるよりも、ずっと前にな」
    「片足だよ。貴方は」

     きっぱりと小娘は断言してきた。眉根を寄せる心地で相手の顔を見ると、彼女は至って真面目な面持ちでこちらに顔を向けている。

    「何故断言できた?」
    「何故って……その通りでしょ? 実際。どー考えたって間違いないよ。うん」
    「…………」

     それだけの確信を持てる理由が聞きたかったのだが、はぐらかされたのか素だったのか。おそらく後者だろうと判断して、スカルボーンは軽く肩を落とした。小娘はさしてこだわりもせず先を進めていく。

    「なんにしろ、さっき言った、人を殺す為に人を殺す。あれはそれよりももっと酷い。根こそぎ奪っていくの。奪い尽くした上で、最後に残った命も貰う。そういう存在。何もかも攫いきって、泣き叫ばせた後にその首も刎ねる。怨みの結晶みたいなものだから。ただ殺すだけじゃ、怨みは晴らせないものね」
    「成る程、目的は怨恨か……しかし貴様は何故、そこまでの事を知っている?」

     C-LOWS内で手に入るどの情報よりも詳しい。あの無能どもは未だ、敵の正体どころかドッペルイクスという呼称すら見つけていない筈だ。
     が、スクワラルは飄々と答えてきた。

    「正義の味方には、不思議な情報網が沢山あるのだよ。貴方らには、決して役に立たないようなものばかりが集まる情報網が、ね。その中にたまたま零れていたものを私がしっかり拾い上げていた。それだけだよ」
    「情報網?」
    「一例としては掲示板の古い古い過去ログとか、都市伝説の一節とか。企業なんてものは、根も葉もない誰かさんの確証も無い言葉一つに、まともに取り合ったりはしないでしょう? 記録もしない。けど私はちゃんと足を使うからね。そういった膨大な欠片を積み重ねて組み合わせていけば、ちゃんとした形になったりする場合もたまにある。その最果てに――こリスちゃんが見つけたもの。魔法少女が打ち倒す敵に相応しい巨悪。それがあれなんだな」

     青空の一点。雲ひとつない空を見上げて、最後の言葉は消え入りそうなほど小さかった。
     ふと気になったのは、この小娘がどうやって地上と地下を行き来しているのだろうということだった。だがそれを問い質したところで、納得できるだけの回答は得られまい。

    「挑んだのか?」
    「もしそうだったら、どうなってたと思う?」
     それが本当に、この小娘の言うような存在であるならば。本気で挑んでいたとすれば、両者が現存しているのはおかしい。つまりはまだ、決着を付けてはいないということなのだろう。そして挑んだのならば……
    「貴様では勝てんな」
    「そうかもねぇ」

     あっさりと、相手は同意してみせた。身振り手振りを交えぱたぱたとせわしなぐ動き回りながら、軽く首肯し、それでも口端を歪めてみせる。

    「それでも、悪い奴がいるなら倒されないと。一度こっぴどい目に遭わせれば、ひょっとすれば何か変わるかもしれない。変わらないようなら――殺す、のも、視野に入れないとなんないけどさ」

     薄い笑みを浮かべたまま一瞬だけ、スクワラルは僅かに言葉を切った。詰まらせたような調子ではあったが、それは芝居だ。自然と、スカルボーンは読み取った。
     その意味する所は、考えるまでもない。

    (どうした所で、儂もこいつも人殺しか)

     少なくともこの少女は、殺人というものにいい印象は抱いていないのだろう。だが自分の正義を形にしようとするならば、己がそれを犯さなければならない。加えてレイヴンである以上、例え自己防衛の為であったとしても殺人は必須事項に当たる。それはスカルボーンも、ついこの間目撃していた。彼女はMTを撃破している。
     そして、自分は。
     空漠としたものを腹の奥に抱えつつも、スカルボーンはスクワラルを見下ろす目を逸らさなかった。逸らす必要などない……こちらの表情が読み取られることなどありえない。そんなものは無いのだから。一枚板の鉄の仮面は、どんなことがあってもその形を崩すことはない。
     XX。それと同等程度には、自分が彼女にとって忌むべき対象として存在しているのは疑いようもない。脳が機械との完全な接続を拒む拒絶反応から来る激痛、それを紛らわす為に八つ当たりに他ならない殺人行為。それが快楽を孕むようになって久しく、人の命を貪るのが趣味の域にまで達してしまったスカル・スカルボーンという存在。
     自称正義の味方にとって、これほど滅するに適した悪役は早々いまい。事実この娘との最初の邂逅は、まさに『喧嘩を売りにきた』としか言いようのないものだった。
     あれから暫くこの馬鹿娘と付き合って、自分が変わったとは思っていない。この腕が人を切り刻まなくなったわけでもなく、今でも『彼女から見る罪』は着々と増えている。
     そんなこちらの思考を読み取っていた筈もないが、スクワラルが口を開いた。冷涼な声には、感情を押し殺した冷たさが確かに籠もっている。

    「まーそんな奴だよ。どうやって人のACをパクったりしてるかまでは言えないけど、予想はつくでしょ。そしてそいつがやってる事が正しいと言えるのかどうか。それぐらいなら私にだって分かる。人道的とか、良識とか、そういう観点でだけどね。貴方には鼻で笑われるかもしれないけど、そういうものって大事だよ。本当は、凄く、ね」

     罪は増えている。それを咎められ、時には力技を含めた静止を受ける事が最近では多々あった。神出鬼没なこの小娘を煙に巻く方法は未だに全く思いつかない。
     恐らくは、殺すしかないのだろう。この女を。それはもしかすると並大抵の事ではないのかもしれないが、それでもスクワラルは人間だ。一応はそう宣言している。全身義体と対面する場合、その脆さは致命的だ。

    (勝てるだろう。十中八九)

     そんな結論に達した逡巡。それ自体が空虚なものである事には気付いていた。自分にその気があったのなら、この少女は既にこの世にいない。
     それには情報を聞き出すという目的じみたものが介在していたとしても。事実は事実だった。己が起こした事実であれば、決して捻じ曲がりはしない。

    「けど、事実はいつだって残酷なもんだ。使い古された定型句だけど、皆そう思うから、いつまでも言われるんだろうね」

     本当に、心を見透かしているのではないかと思う。
     相手の口から急に飛び出てきたその単語に、スカルボーンは小さく息を呑んだ。人の形すら真似ていないこの身体では、その行動は決して表に出るものではないが。
     声が上擦ることもない。制御できる。そも、こんな小娘に揺さぶられるほど弱くはない。
     言葉を発する。

    「何がどう残酷だと?」
    「貴方は人殺し。それを許したくないこリスちゃんも、もう何人も殺めてきた。人数が違うだけで、結局は彼女も貴方も人括りに纏められてしまう立場にある。それが事実。決して曲げようのないモノ。確定し刻まれた事象――刻印にも似ている、不可視の絶対。誰かさんならこう言うんじゃないかなぁ。あ、貴方は知らない人だろうけど」

     ずっと顔を背けていたので、彼女の表情を窺う事は出来なかった。聞こえてきた軽い嘆息に少女を見下ろせば、その瞳の色は既に冷淡ではなく、寂寞としたものになっている。
     自嘲を含んでいる。そう思わせる声音だった。

    「そしてだからこそ、こリスちゃんはこうやって正義を振り翳したのさ。そうやって振る舞わないと、自分が壊れてしまうだろうから。周りが見えなくなるぐらいに、全力を投じて進んでいくだけ。後悔するなら、全部終わった後で死にたくなるほどすればいい。それで死んでしまったのなら、きっと納得できたんじゃないかな。途中で折れるよりはずっとよかっただろうから」
    「健気な事だ」

     そう唱えるのは語弊があったのかもしれないが、語呂は然程重要な部分ではない。
     スクワラルは――笑ってみせた。自嘲ではない。何度も見てきた、殴りたくなる笑みと共に。

    「これでも結構、デリケートな精神してるんだよ? つつけば砕ける硝子の心。硝化してるほど鋭くはないけど、結構脆いの。なんたってそれは乙女心」
    「一人で言っていろ」

     その口調がいつもの調子に戻れば、呆れるより他にない。それまで見せた幾つもの感情を全て否定するかの如く、その様子はスカルボーンにも見慣れた、気楽な様子に戻っている。

    (見慣れた、か)

     そう長く見ることもない。いつまでも付き纏うのであれば、何れ斬るのは確実だろう。それは数週間か、数ヶ月か。一年というのは有り得まい。

1672/ #9 アウターウィッシュ(遠く望む)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:38:39

    「貴方とスクワラルの付き合いは、きっとそんなに長くないよ」
    「……貴様は、人の心でも読めるのか?」
    「私、義体には心って無いと思うんだぁ。人に心が何処にあるかを尋ねれば、大抵は心臓の辺りを示してみせる。でも、義体の心臓ってのは本当にただの作り物なんだよね。本来あったものを捨てて、別のものに挿げ替えた。もし心が本当にここにあったのなら、義体は身体だけじゃない、心も捨てたってことになるんじゃないかな」
    「アンドロイド」
    「機械人形なんかに心があってたまるか。そんな、ノウハウさえあれば幾らでも量産できるものに人と、皆と同じ価値があるのなら、私が人を助ようとする意味がない」

     吐き捨てながら無造作に小娘が掲げた手の中に、ぼっと小さな火球が灯る。それが次の瞬間には凍り付いて、炎の形そのままで掌に落ちた。
     逆の手で、同じように氷の塊を作り出す。その二つを照らし合わせるように見比べて……
     小娘の言いたいことは、スカルボーンにも理解できた。二つの形が全く違う。同一の手順で作り出した同じもの。スクワラルはそれを、つまらなさそうに後ろに放る。ガラスが砕けるような音がした。

    「同じ人間なんていない。クローンだって、きっとオリジナルとは違う筈。私達は一人しかいない。だから私は、その素晴らしいものを一瞬で、容赦なく奪っていくお前達を許せない」

     小さな動きで、スクワラルが構えを取った。大仰なものではないが、こちらに対して攻撃の意思を示す程度の意味はある。
     だがあえて警戒する必要性も感じず、スカルボーンは姿勢を変えぬまま小娘と目を合わせていた。そして大した時間も置かず、小娘は構えを解いて恭しく一礼をしてみせる。

    「以上が私が教えられるあれの情報と、私がこうして戦う理由。そして真面目な話はこれで御仕舞。私のガラじゃないからねぇ」
    「ガラどころか、貴様にもちゃんとした脳味噌が備わっていたんだと感心したわ」
    「ひどいなぁ。私はいつだって本当に色んなことを考えながら生きているってのに」

     気楽げに、スクワラルが片目を閉じた。ウインクかなにかのつもりだろうが、殆ど子供の茶目っ気としか言いようがない。してなども出しているからか、尚更にその幼さが際立って見える。
     ご大層な理屈を掲げていても、やはり彼女は子供でしかない。それを実感させられる。

    「――例えば?」
    「…………今日のご飯どうしようとかー、録画予約とかしてなかったから最近のいざこざで見れなかったV−MAXレッドパワーのアレどうしようとか、そういえばこの間買った俺、参上まだ開けれてないやとか、他にも色々。意外と時間って足りないもんだねぇ」
    「なんというか貧相だな。とても貧相だ」
    「うるさいなー。仕方ないじゃないか。電子音声の魅力ってのはこの世界でも有数の素晴らしく心地よい響き。心も身体も目頭も熱くもなれて一石三鳥ぐらいの素晴らしさなんだから」
    「ACのコクピットにでもこもっていろ」
    「必殺技とか決め台詞とか言わないじゃないのさ、ACのCPUって」
    「当たり前だ。貴様は馬鹿か?」
    「むー。馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ……はぁ、まあいいや。それに、どうやらバトンタッチのようだし」
    「なに?」
    「貴方が私に用事があったように、貴方に用事のある人がいるみたいってことだよ。人気者だね貴方」

     頭を抱えながら嘆息する小娘が見ているのは、既に自分ではない。それが気になって、スカルボーンは振り向いた。スクワラルの視線を追って、彼女の言葉の意味を探す。
     存外、それは苦もなく見つけられた。と言うよりも、視線を向け先に立っていたのが一人であれば。そしてそれが知っている顔であれば。人を見つけるのに、然程苦労は必要ない。

    「ノルデンフェルト」

     その名を口にして。何か明確な変化があったということもない。
     ノルデンフェルトは、ただそこに立っていた。最後に見た時と然程変わらない。特別な気配もなく、雑踏に紛れていれば気付きもしなかったろう。そも、どんな狂人であれ外観に特殊なものがなければ、誰であれそんなものなのかもしれないが。

    「そいじゃ、私はこの辺で。ミデっち待たせたままなんだ」
    「……なんだ、まだいたのか」
    「酷っ! うう、そんな人にはまた何かあっても今度は教えてあげないんだからね? まぁ、後はご勝手にしてくれなさい。私は失礼するよ」
    「ああ」

     一応の返事を返すが、その時にはもうスクワラルの姿はなかった。どう姿を眩ましたのかは、考えるだけ無駄なことだ。
     ノルデンフェルトが自分から動く気配を一向に見せない為、仕方なくスカルボーンは自分から出向いた。とはいえ、それは数歩分の距離でしかない。相手の正面に立ち、その男を見下ろす形で、スカルボーンは形には出来ずとも息をついた。

    「貴様の首には、賞金がかけられている」

     そんな言葉を口にしたのは、それがこのすかした表情に亀裂を与えられそうなものだったからという以外に理由はない。僅かに相手の眉がぐらつくのを見て、スカルボーンは更に続けた。

    「五万四千コーム。中の上、といったところか。それをそのままトリニティのお前への評価と見ることも出来るが……裏切り者ということで見せしめの為に、金額を上げているのやもしれんな」

     この男なら、すぐにでも猛り狂うのではないか。そんな予想は、見事に裏切られた。ノルデンフェルトは涼しい顔を崩しもせず、僅かに口端を歪めた程度の微笑を浮かべ続けている。
    その口が一際歪んだ。言葉が出る。

    「好きにさせればいい」
    「……ほう?」
    「勝手に賞金でも何でも賭けていればいい。トリニティの考えることなど、今となってはもうどうでもいいことだ」
    「裏切り者の言葉としては、随分と大胆だな」
     嘲笑を、だがノルデンフェルトはいとも容易く受け流した。涼しい顔で、かぶりを振る。
    「ワタシは別に、なにも裏切ったつもりはないさ」
    「誰が見ても、貴様のやったことはトリニティへの背徳行為だ。まさか、それを理解していないわけではあるまい?」
    「一体誰が、いつトリニティに忠誠を誓った? なぁ、スカルボーン?」

     問われて、スカルボーンは閉口した。ノルデンフェルトは片手を額に当て、指の隙間からこちらを覗き込んでいる。楽しむようであり、嬲るようでもあり、だがともすれば全くの無感情とも感じられる口調でまくし立てていく。

    「騎士は主君とするものに剣を捧げる。トリニティという組織は結局のところ、企業体という群れを無理矢理一つの形に纏めあげただけに過ぎない。その証拠に、未だイージス、ガーランド、RACという三大企業はは既存の形で残っているではないか。そして今でも、お互いを憎みあっている。そんないつ瓦解するとも知れぬ組織に、一体どうして忠誠を誓えるというのだ?」
    「それはこの間までの貴様に聞け。もしくは、ゼカリアの信者とかにな」
    「ゼカリア様の為に、か? 馬鹿馬鹿しい。反吐が出るな」
    「それで、貴様はまさかそんな愚痴を零す為だけに儂の前に出てきたのか? 言っておくが、儂はこの場で貴様を取り押さえることなど造作もない。懸賞金もまぁ悪くない値段ではあるからな」

     ノルデンフェルトがより一層愉悦の表情を強くしたことにスカルボーンは訝ったが、その正体への考察に入るより先にノルデンフェルトが動いた。額に当てていた指を、そのままの形でこちらぬ向ける。

    「どうしても、お前に聞きたいことがあった」
    「儂に?」
    「――ワタシは、正義に見えたか?」
     余りにも抽象的過ぎる質問に、スカルボーンは閉口した。暫し、次ぐべき言葉を捜して――結局、問いに問いを返す。
    「何故、そんな質問を儂にする?」
    「ワタシが知る限りで、お前が最大の悪だからだ」

     言い澱む隙すらなく、ノルデンフェルトは即座に答えてきた。
     殴り飛ばすことも出来ただろう。そのまま頭蓋を粉砕してやることも出来た筈だ。それをしなかったのは、昼下がりの往来でそんな解り易い殺人を行うのがどれだけ愚考であるかを理解しているからだった。理解して、自制が衝動に勝った結果である。
     以前なら、衝動が勝っていた可能性が高い。
     この変化は、異常現象を恒常的に見続けた副作用とも言えた。衝動的な攻撃が見事に通じない相手に対し、せめて表面だけでも理解しようと――そうしなければいざという場面で相手を打ち倒す術が無い――していた行動が、別の形で働いている。ある意味で余計、ある意味で邪魔な。だがある意味では価値がある可能性も否定できない副作用だ。
     考えて、動く。その価値は。意味は。

    「……貴様、何を考えている?」
    「ワタシはただ、質問をしたに過ぎない。それだけだ。これだけのことに、どんな他意を含めろというのだ」
     ノルデンフェルトの顔は真剣そのものだ。少なくとも、巫山戯た答えを期待している様子ではない。だが真面目に答えるとしても、こんな阿呆らしい質問への返答などどうしろというのか。
    「貴様が、正義か」
    「ああ」

     答えを迷ったのは、相手を気遣ったからではない……それは断言できる。この男がどんな落胆の色を見せようと、自分の知ったことではない。だが激昂し、襲い掛かってくる可能性というものがあった。
     結局思ったままを口にすることにしたのは、仮にこの男に襲われたとしても、それがさして脅威ではないという判断からだった。もしこれを音にも垂れていつかACで襲われることになるとしても、それは今考慮できる問題ではないだろう。どの道自分に、気遣いなど不可能だ。

    「そうは見えなかったな」
    「そうか」

     激昂どころか、落胆すらない。ノルデンフェルトは、その表情をほんの少し緩めただけだった。スカルボーンへの侮蔑も、なんとなれば嘆きでもよかったが、何も無い。たったそれだけ。

    「手間を取らせたな」

     一言だけを残し、ノルデンフェルトは踵を返した。そこから数歩も進めば、人波の中に紛れて見えなくなる。ともすれば、もう会うことも無いだろう。
     口をついて出た言葉に、意味など何も無いのだが。

    「……お前は、何がしたかったのだ?」

     その問い掛けに、ノルデンフェルトは答えなかった。振り向きもしない。だが、一度だけ立ち止まった。
     表情でも見れば、彼が何を考えたのか、欠片ぐらいは解ったかもしれない。だがノルデンフェルトは何も言わず、そのまま雑踏の中に消えていった。


1673/ #10 クラフティゲンガーズ(影色の声)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:39:51

     待つのは好きではない。
     基地の味気ない一室で無駄に右往左往しながら、キリーは時が満ちるのを待っていた。予定の時間まではまだ大分あるが、備え付けのパイス椅子に腰を下ろしていてもどうにも落ち着かない。
     元々自分は、そこまで堪え性のない性格ではなかった筈だった。受動的であることに堪えられなくなったのは、正式にC−LOWSの主要メンバーとして迎えられてからである。
     その中の誰よりも、自分が格下であるのに気付くのに時間はかからなかった。焦るなというほうが無理であったろう。その焦燥は今でも消えてはいない。
     扉を二度叩かれて、キリーは小さく息を呑んだ。中断された思考がそのまま霧散し、現実の問題をゆらりと浮かび上がらせる。
     こちらが指図するよりも先に、あっけないほど容易くドアが開いた。顔を出したのは呼び出した相手ではなくクレイムエッジだったが。

    「連れてきたぞ」
    「……ああ」

     頷いて、埃だけが乗ったテーブルに指を落とす。クレイムエッジに続いて顔を出したのは少年だった。少なくとも見かけだけならば、そう表現しても間違いではない。
     機体を撃破されて、それでも五体満足で帰ってきたレイヴン。それも、ここ最近での。

    (……ノルデンフェルトは三人目だった)

     二人目は既に行方が知れない。残ったのは、最初の一人。

    「アレス」
    「復帰早々に呼び出しとはね。俺、なんかやったっけか?」

     空惚けているが、思い当たる節はあるのだろう。腕を組んで口端を吊ったその顔は、外見年齢からはおよそかけ離れた歪さを覗かせている。

    「随分、時間がかかったみたいだな。復帰してくるまで」
    「撃破されてから、どうも義体の調子が悪くってねぇ。メンテやらなにやらで随分搾り取られたさ。一ヶ月以上も休業しちまったしな」

     投げやりに言いながら、アレスは自分の肩を掴んで数度腕を回した。逆の腕でも同じことをしてから、控えめに肩を竦めるように両手を広げた。

    「で、俺がそんなことになってる間に、俺と同じ目に遭った奴が二人も出たというわけだ。まったく随分なお話だよ」
    「流石に情報収集はきっちりやっていたみたいだな」
    「いんや、さっきこの爺さんから聞いたんだぜ。ノルデンフェルトも、殄戮の奴もどっか行っちまったんだってな。お前が気にしてるのは、俺もそうゆう行動に出るんじゃないかってことだろ」

     キリーは即座にクレイムエッジへと視線を向けたが、扉の傍らで壁に背中を預けている老人は軽く首を傾げただけだった。そこに微笑が加わっていなければ、ついにボケたかという判断も出来たのだろうが。
     溜息はつかず、キリーはゆっくりと首を振った。

    「それもある。けど、それだけじゃない」
    「分かってるさ。俺を蹴散らしてくれたのが誰だってことだろう?」
    「……ああ。そうだよ」
    「その分だと、今現在敵の素性に関してはパサラってことか。意外とここの情報網も抜けてんだねぇ」

     軽薄にそう口ずさむアレスの態度に、憤りを覚えなかったわけではない。口元を掌で拭ってほほの引き攣りを消すと、感情のない至って事務的な口調で――そうあってくれればいいが――続ける。

    「お前は見ている筈だな? 自分を倒したACを。それを教えて欲しい。機体構成だけでも判れば、ある程度の目星ぐらいは付けられる」

     レイヴンズ・ケイジという傭兵支援組織が消滅して、レイヴン達はACパーツの購入すら自分の「つて」を頼らざるを得ない状態となった。企業体の後ろ盾を持つC−LAWSは兎も角、在野レイヴン達の多くはパーツの補充もままならないのが現状である。
     ならば細部の違いこそあれ、大まかなパーツ構成さえ把握できれば、現在判明している在野レイヴンのアセンブルと照合し何らかの関係性を見つけることができるかもしれない。
     だがそんなこちらの読みに対して、アレスは小ばかにしているような笑みを見せるだけだった。少年のような外見から感じられるのは他愛もない憎たらしさだが、その男は自分よりも年上の筈だった。その事実を鑑みれば、可愛げなど感じられるものではない。

    「何がおかしい」
    「いや、そりゃ可笑しいさ。なぁ?」

     そう言ってアレスは同意でも求めるように、ドアの隣に背を預けて傍聴していたクレイムエッジのほうに顔を向けた。突然会話の矛先を向けられた老人は意外そうに眉を顰めるも、肩を竦めただけで言葉は発さない。
     アレスはそんな相手の反応に不満そうだったが、やれやれといった様子で首を振った。そしてこちらに向き直る。

    「さて、んじゃはっきり言うぜ。俺はな、俺の機体にやられた」
    「…………なに?」

     意味が理解できず、キリーは呆けた声を漏らすしかできなかった。アレスは親指を立てて自分の顎の辺りを指し示すと、まくしたてるように口調を早めた。

    「だから、俺の機体さ。ウィクトリアだ。あれと全く同じACが出てきた。んで、そいつにやられた。OK?」
    「アセンブルがか?」
    「いんや、カラーリングからエンブレムまで。頭のてっぺんから足のつま先まで見事に再現された紛れもない俺のウィクトリアだよ。まるっとコピーされたわけだな。内装まで、ね。どっから漏れたか知らんけどよ」
    「情報の管理は徹底されている」
    「だがそうでなけりゃ、内装の一切まで正確にコピるのは容易なことじゃないだろ? 俺には分かるね、自分の機体だ。アレはチューニングだって同じパターンでやってるぜ。或いは、誰かが流したのかもしれねぇなぁ。メンバーにゃ他人のアセンぐらい、簡単に閲覧させてくれるようになってるし」
    「裏切り者なんてここには――」
    「いたじゃねぇか、既に一人」

     ぎしりという異音が、キリーの耳に確かに届いた。それは恐らく、自分の身体が響かせた軋みなのだろう。身体の中から湧き出た耳障りな音。それは現実として存在するモノではないのだろうが、アレスは話を切り替えた。何かが顔にでも出ていたか。

    「まぁ、なんだ。昔の怪談で言うドッペルゲンガーとか、そういったものが出たってことなのかねぇ。なんとも、現実味のない話だけどよ」
    「ドッペルゲンガー?」
    「なんだ、知らないのか。割かしポピュラーなもんだと思ってたんだけどさ」
    「それが――」

     まったく予想外とでもいうような呆れ顔を返され、キリーは無意識の内に眉を顰めた。そのまま何かを言い返そうとして――思いついた言葉がどれを取っても文句以外の何物でもないことに気付き、やはり反射的に口を噤む。
     一度言葉を呑み込んでしまうと、そのまま返すべき言葉も見失ってしまう。キリーが二の句を踏んでいる間に、割って入ったのはクレイムエッジだった。

    「ドッペルゲンガーとは、自分と瓜二つの姿をした別人そのもの、或いはそういった現象のことだよ。一つの霊現象とも言われておる」
    「霊現象?」
    「自分自身のドッペルゲンガーを見た者には、近い内に死が訪れるという逸話があるのだよ。嘗ての国家時代の大統領がこの現象に出会った暫し後に暗殺されたという例もある。他にも幾つかな。そういった実例があった故に、一部の人の記憶には鮮明に残っているというわけだが」
    「なんだ、オカルトか」
    「基本的にはな。だが脳障害の一つという見解もあり、実際腫瘍の切除でこの現象が起こらなくなったという事例もある。まぁこれに関しては、今回の件とは関係ないだろうが」

     説明を続けながら、クレイムエッジは丁度キリーとアレスの中間にあたる位置まで歩を進めていった。その場所で机に手をつき体重を預けると、もう片方の手を軽く振り上げる。

    「なんにしろ、敵の呼称すらないのは不便だろう。折角よい通し名が見つかったのだ。これからはそれを使えばいい」
    「ん……ああ…………そうだな」

     クレイムエッジの話を聞いていなかったわけではないが、それでも彼の振りに対する反応が僅かに遅れた。別に大した理由でもない、相手がそんな怪現象を模しているだけの愉快犯であるならば――怪奇現象を模っての行動など、愉快犯以外の何物でもなかろうが――今現在の自分の苦労はなんなのかと。そんな逡巡が浮かんでいただけだ。
     クレイムエッジはこちらの反応を疑問に思ったようだったが、追求はしてこなかった。その代わりもう一度腕を振ると、肩越しにアレスへ視線を送る。

    「まぁ、おぬしもそういった逸話通りにならなければいいがな」
    「生憎、俺はまだ死ねないぜ? 告白すらできてねぇってのによ」
    「そいつは死亡フラグというやつだ」
    「知るかよ、そんなこと」

     既にただの掛け合いへと変じた彼らの会話への興味は容易に失せて、キリーは唇を引き締めて腕を組んだ。相手のやり口は掴めた……が、それだけである。素性も目的も分からず仕舞いだ。
     この先は自分の頭で補うしかない。

    (同一犯として、毎回機体を総入れ替えできるだけの財力の持ち主、か)

     その前提であれば、自ずと相手は限られてくる。撃退したACのパーツを自分のものとして再利用しているラーの眼のカマラ、嘗てシングルナンバーと呼ばれた二人の在野。有力なのはこの辺りか。アレスや、或いはノルデンフェルトの機体の完全なコピーを作ったという前提で判断するのならば、C−LAWSのメンバーも疑わざるを得ない。企業専属メンバーであればパーツの入手も容易だろう。イージス社の御曹司然り、ガーランドの実験AI然り。ひょっとすれば外装を偽装したACで、新型の内装パーツの性能実験を行っているのかもしれない。企業体の性質を鑑み、件の二人が敗北したことを含めれば、その可能性はおおいに考えられる。尤も、それが効率のいい方法とはどうやっても思えないが。

    「なぁ、もういいか?」

     呼びかけられて、キリーは思考を中断した。
     いつの間にか俯いていた顔をあげれば、頬杖をついたアレスの顔と、とっくに移動してドアノブに手をかけているクレイムエッジの姿が見えた。自覚していた以上に黙考していたのか、それとも彼らの機微がこいらの予想よりも早かっただけか。
     なんにせよアレスは既に腰を半ばまで浮かせており、机に肘をつくにはいささか無茶な体勢であるように見えた。それが一種の催促なのかどうかは判別しかねたものの、こちらが首肯すると相手はすぐに椅子を蹴って踵を返した。

    「悪いね。情報屋にも、久しぶりに顔を出さないといけないからさ」
    「……人の好みをとやかく言う趣味はないが、情報屋通いの費用をこちらの経費で賄おうとするのはやめてくれないか」
    「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちるぜ?」

     後ろ手を振り、悪びれもせずそうのたまう少年姿の先達は、そのまま通路の向こうへと姿を消した。目配せすると、クレイムエッジもそのまま退室する。
     部屋に一人残されて、改めてキリーは熟考に耽った。いや、耽ろうとした。その次の瞬間に、それを聞いた。

    「――嘘は言ってないわねぇ。けど、口にしていないことも多い」
    「!?」

     突然の呼びかけに戦慄する。
     アレス達が立ち去り、この近辺には誰の姿も無かった。それは間違いない。焦燥と共に振り返るが、やはりそこには誰もいなかった。
     聞き違いかと胸を撫で下ろし、だがやはり声の主は近くに潜んでいるらしかった。次の句を告げてくる。

    「どうも貴方の周りには、隠し事の多い人たちが集まるようね。知らないことが幸か不幸かは、私には判断しかねるけれど」
    「誰だっ!?」

     声を張り上げるが返答は無い。だが人の気配はする。何度も辺りを見回して、その中で長い髪が尾を引くように目端に触れるのにも気付いていた。
     だがそれをなびかせる当人が、いつまで経っても視界に収められない。女の声だった。聞き覚えは無い。しかし澄んではいる。

    「私は貴方をよく知らない。だから、伝言だけを置いていくことにする」
    「伝言?」
    「ノルデンフェルトが、貴方に向けた最後になるだろう言葉。きっと貴方は、もう彼に遭うこともない。だからこれが最後になる」
    「ノル――なん、だって?」
    「黙って聞きなさい。いい? 『誰かがくれたものではない、自分の意思を信じる。それが出来なければこの問題、キサマ如きではどうにもならないだろうな』だそうよ。案外、頼りにはされていないようね」
    「アイツは最後まで嫌がらせしか出来ないのか!?」

     激情に任せて振り向いたが、やはりそこには誰の姿もなかった。振り被った拳も向ける相手がいなければ意味がない。どの道相手が女であるなら、殴打などもっての他だが。
     声の主は消えてはいない。不定期に合成樹脂の床を叩く軽い足音だけが、それを確信させてくれる。気配などというものは、所詮勘でしかない。
     そしてやはり背後から、呆れや落胆、そういったものを含んだ声音で相対する何者かは言ってきた。

    「……本当に何も知らないのね」
    「勝手に呆れられても困る」
    「確かに、そうかもしれないけど」
    「ああ、確かに何も知らないさ。教えてくれなんて甘えたことは言わないとしても、俺にはまだ何もわからない。ノルデンフェルトが裏切った理由、殄戮の奴が何処に消えたのか、お前が言うアレスの隠し事。そして俺が今、何と戦っているのかすら。全部、全部だ」

     自棄を起こしている。
     それを自覚して尚、噴き出した毒は止まらなかった。一度漏れた憤りは濁流となって、口を噤むことすら忘れ意思の赴くままに狭い一室を席巻する。

    「俺はC−LAWSだ。企業の狗だ、保身に走った愚か者だと散々罵られているとしても、俺はそのことに誇りを持っている。ノルデンフェルトはそれを嘲笑うのか? スカルボーンには、最初から忠誠なんてないことぐらい分かってる。クレイムエッジは全部余興だとほざきやがった。どいつもこいつも勝手な奴ばかりで……これじゃあ、俺が馬鹿みたいじゃないか」

     最後は愚痴でしかなかった。日頃から堆く積層していった自らの鬱憤を撒き散らしているに過ぎない。
     頭を抱えた腕を振り上げても、叩きつけるべき壁はあまりに遠かった。拳は空を切って、虚しい音を響かせる。
     暫く、返答は返ってこなかった。居なくなったのかと訝った頃に、さえずるような小さな嘆息が耳に届く。

    「……成る程。コケにされるわけだ」
    「なんとでも言え……!」

     奥歯を軋ませて、キリーは唸り声をあげた。声の主は嘲笑うわけでもない、ただ静かに聞いてくる。
     本気で答を問うているような口調ではないように感じられたが。

    「誇りなんて持っていても、いいことなんて何も無い。どうしてあなたは、そんなものを大事にしているの?」
    「それは……なんでそんなことを、お前に教えなきゃならないんだ」
    「答えたくないならそれでもいいけど、果たしてそれでいいのかしら。私はきっと、そちらさんが欲しいものを沢山手にしている。邪険にはしないほうがいいかもしれないねぇ」
    「……取引か?」
    「そういう形になるかは、私の気分次第ってやつかな」
    (ふざけるな!)

     声には出さず歯噛みして、キリーは苛立ちと共に毒づいた。そも、何故自分がこんな意味不明な状況に立たされているのか。誰とも知れぬ女とこんな会話を交わすことに意味を感じろというのは、どう控えめに考えても理不尽だろう。それとも、こんなくだらない言葉の交換の中に作為的な部分を探せとでもいうのか。
     もしそれが発見できるなら、一つの取引の形として相応の台詞を選べるだろう。相手が望む反応を。それが単にこちらが屈辱に打ち震える姿であったとしても、必要であるというのなら甘んじて受入れることぐらいは出来る。その程度までには、自分もプライドを捨てられる。
     だが愚鈍な犬に成り下がる覚悟を後押しするだけの確信を、キリーはまだこの応対の中に見つけていなかった。相手が提示しているものの詳細も分からず、またこちらが愚か者になるのを望んでいるかどうかも判然としない。
     何を欲しているのか。暫し黙考して、最終的に口をついた言葉は、プライドを引き摺っていた。

    「……そんなもの、説明できることかよ」
    「そうだねぇ。言葉にされたほうが胡散臭い」
    「何が言いたいんだ、さっきから! 巫山戯るのも大概に――」

     罵声は、途中で口蓋の奥に逃げ込んだ。それは頭を振り回そうとして、後頭部に硬質のものが触れているのに気付いたからだった。こういう場面、こういう状況。突きつけられたのがどういったものか、大方の予想はつく。
    「ほら、煽るなんてこんなにも簡単なのに。結局は人間なのだから。……にも関わらず、レイヴンが最強の存在だなんて。一体誰が言い出したんだろう」

    「…………何の話だよ」
    「ACは、この世界で何よりも強い力だ。それは理解できる。だからそれを操るレイヴンが最強の存在だとされるのも、理屈では解る。だけれどね。こんなあっさり自我を曝け出すような連中が、最強である筈がないじゃないか。それとも、最強というのはその言葉通り、唯一無二のたった一人を指すものなのかな。あの頃、ランキングという解り易い指針があったあの頃。アンゴルモアがその域に達していなかったというのなら、一体誰をそう呼べるんだろう。カマラ? 黒山羊? デュエリスト? 或いはひょっとして、そんなものは存在しないの?」

     焦燥に渇いた喉には、粘度の高い唾を呑み込むだけでも少々の苦労を必要とした。この状況下で相手の語りから意識を外すのは危険だと承知しているのだが、如何せん内容までが脳に届いてこない。下唇に歯を立てて、キリーは眼球だけで辺りを探った。この硬直を好転させられるようなものは残念ながら見つからなかったが、それぐらいのことをしなければ危機に瀕した中で心の安定を保つのは難しい。肋骨の奥で響く動悸は、時間と共に確実に速度を速めている。
     だがそんな胸中とは別に頭は何故かよく動く。言葉が入ってこない代わりに、それ以外への情報へと思考が流れていくのははっきりと自覚できた。銃口を押し当てられているのは首筋から10センチほど上の辺り、突き上げるようにして向けられている。相手の背は、自分よりも幾らか低いのだろう。体格を予想して、腕の位置と立ち位置を計算する。自分の置かれている状況を正確に把握し、予測と予想を確信まで加速させていけば、後は行動に移すのみだ。確かこれは、スカルボーンが何処かで話していたことを立ち聞きしたものだったような記憶がある。
     相手の言葉はまだ続いていた。タイミングを見計らう。

    「イレギュラーは、もう本当に存在しないの? 同じAC。同じ信念。同じ……人間。そういったものが幾らでも存在できるこの世の中で、全てを覆すだろうそれがもう何処にもいないのなら、あれを滅ぼすことはもう誰にも出来ない。ドッペルイクス。私が見つけた、世界の終焉。私達が――」

     何かが、弾けた。
     軽い音ではあった、が、それが何の音であるかはキリーにも即座に判別がついた。爆発音。それとほぼ同時に、銃がキリーの頭から離れる。
     余りに予想外の出来事に一瞬躊躇うも、心臓を跳ね上がらせながらキリーは上半身ごと背後を振り返った。やはり誰もいない。誰もいないが……いた痕跡は残っていた。散逸した血痕と、衣服の欠片なのだろう黒い布と。

    「私達が――望んだ、最悪の可能性。あんたらがあくせく働くまでもない。鴉の時代は、その可能性を以て終わりを告げる。ざまぁないね…………全部、巻き込んでいくのだとしても」

     それを最後に、今度こそ気配は消えた。念入りに周囲を探しても、やはり足音一つ聞こえない。

    「……ドッペルイクス? ドッペルゲンガーでなく?」

     それが何を意味する単語なのか。
     彼にはまだ知る由もない。


1674/ #10.6 ナイトライト(眼下の残滓)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:41:48

     正義とは何か。
     それは極めて単純なものだった。悪を挫く存在。それこそが正義である。
     では悪とは何か。それもまた単純で、人を不快にし、不利益を齎す者を指す。ここで言う不利益は、個人を対象とはしない。言うなればそれは、『世界というものにとっての不利益』である。
     故に、やがて誰もが認めてくれるであろう行いというものを正義と呼ばれる。
     つまり正義とは、誰かの益になるものの総称である。それも、無償の益が望ましい。そして悪とは、誰かの利を害する存在である。悪であるが故に敵なのだ。
     だが、それは総じて一つの観点から見た上での結論であり、己の敷いた道から少しでも横に逸れれば、全ての善悪は容易に裏返る。結局のところ純粋な正義と悪などありはしないのだ。誰もが持つ二面性は、観念的なものに対しても例外ではない。正義と大義が別物であるように、支持と反感が善悪で成り立つわけではないように。正義が一つではないように悪もまた個に非ず、一つの正義が三つの悪に。一つの悪が無数の正義として機能することとて珍しくない。
     結局は。
     絶対と信じられる正義など。己の掲げたものしか存在しないのだ。

    (わかっていたことだ)

     理解はしていた。だが認めたくなかった。自分が信じるだけではない、それを確たるものとして証明してくれる何かがあることを夢見ていた。自分の抱いていたものを『これが正義だ』と証明できるのなら、本当の意味で己が描き続けたものに手が届く気がした。
     そして現れた。トリニティ。C−LAWS。
     ゼカリア。
     ふと、背後に人の気配を覚えて、ノルデンフェルトは振り返った。
     先程までは確かに誰も居なかった筈のその場所には、確かに人の姿があった。荒涼とした大地は地平線まで見渡せる。
     峡谷――クーロンシティの南側一帯に広がるレッドキャニオン。こことチンハイ湖の二つの大自然が、クーロンシティとガレル砂漠を両断し隔てている。重要な水源であるチンハイ湖はその両極にガレル同盟とイージス社の部隊が展開し、その領有権をかけて幾度も争いを起こしているが、その余波がこの山岳地帯まで届くことは殆どない。地上から超えるには険しすぎる山の連なり、山脈地帯とその周囲の峡谷を抜けたところで湖近辺は盆地のような地形を呈しているのがその理由だった。急襲に使えない山岳を越える意味はない。自然とレッドキャニオンは見向きもされなくなった。
     ノルデンフェルトがいるのはそんな場所の、クーロンシティ側の峡谷だった。そこの端。ここより先は盆地になっていて、高台の上にACを傾がせれば下段からはまず見つからず、偵察用のヘリもここの空域は通らない。それは事前にC−LAWSの施設で調べておいたことでもあるし、そもそもここに飛ばす余裕があるならチンハイ湖の哨戒に回すだろう。
     人の隠れるスペースは無い。誰かが近づいてきていたのであれば、もっと早く気付きそうなものだが……その辺りのことはさして気にも留めず、ノルデンフェルトはこちらへ歩いてくる女に視線を送った。女だ。目つきはあまりよくないが顔色も悪い。その理由はすぐに知れた――女は肩を抱いていた。力なく垂れ下がった腕には、赤い線が幾重にも絡み合いながら伸びている。線は指先で一つになり、雫と化して零れ落ちていた。血液。

    「……いや、余計なことはするもんじゃあないね。何処で見られているか、わかったものじゃない」

     声が届くほどまで近くによってから、女はそう告げてきた。見た目だけではなく、声音にも生彩はない。それは恐らく、傷の痛みや出血による意識の混濁によるものではあるまい。
     彼女の瞳が今にも泣き出しそうなほど震えているのに気付いたからではないが、ノルデフェルトはかぶりを振った。ゆっくりと。一度だけではなく、何回も。

    「……悪かったな」
    「勝手やったのは私。謝られる筋合いはないよ」
    「……そうか」

     ゆっくりと首を振っていたからか、見つけたものがあった。ひょっとすればそれも、突然に現れたのかもしれないが。
     遠い。遥か遠くとまではなくとも、普通の移動手段なら暫くは時間がかかるだろう。そこにあったのが人間であれば米粒にも満たない、そんな距離。だが人の形をしたそれを発見できたのは、別に偶然でも幸運でもなかった。こちらを向いて立ち尽くしているのが十メートルを超える巨人であれば、発見は容易だ。
     AC、それも見覚えのある機体だった。否、忘れられるわけがない。そのACとは今まで幾度となく死地を共にしてきた。《シャルフリート》。それが遠く手の届かない場所で、本来そのある字である筈のノルデンフェルトへと無骨なカメラアイを向けている。
     誰が見ても《シャルフリート》である。だが自分の機体ではないことも判っていた。ノルデンフェルト自身の《シャルフリート》は、今も彼の傍らで膝をついている。
     笑うしかなかった。それが何かを、そしてどういう意味かを理解すれば、他にどうしようもない。

    「ワタシ自身が、敵として現れるのか。成る程。悪趣味な奴め」
    「でも、あれは」
    「ああ、わざわざ全く同じ機体で挑もうなどとは、正気の沙汰ではない。余程自信があるのだろう。ワタシよりも、自分が圧倒的に上回っているという、な」

     それが事実であることは、既に身をもって経験している。あの時は別の機体――嘗て自分が倒したレイヴンの機体を使って現れたが、以前苦もなく倒したACに惨敗したというのは、つまりそういう意味だ。

    「あれがワタシの死神か。情けないな。まだ自分の正義を証明することも出来ず、その足がかりさえ見つけていなというのに」
    「夢を叶えてしまった奴を殺してもしょうがないじゃない。だからその前にやってくる。何も達せられない歯痒さと、嬲られるだけしかできない悔しさと、他にも沢山。それを与える為ならなんだってするよ、あれは。失意とか、絶望とか、後悔とか、そういったものを刻み込んでくる」
    「懺悔でも欲しいのかね、そいつは」
    「さぁ。でもね、謝ろうと意地を張ろうと、殺されることに変わりはない。殺しても殺し足りないっていうぐらいの悪意を持ってやってくるんだから、行き着くところがそれなのは当たり前だけど」

     語りながら彼女は、ノルデンフェルトの隣で膝をついた。力を失くしたように崩れ落ち、隙間なく朱に染まった指で土を掴む。

    「復讐みたいなものなんだろうと思うよ。だからどんなに逃げようとも追いかけてくる。しかもあれは、ただ逆らうだけじゃ殺してもくれないからね。完璧に用が無くなって初めて、叩きのめされるだけ叩きのめされてから、ゴミのように扱われて殺される。今の私は……そんな最後を待つしかできない」
    「それでも自決せずに、ワタシの頼みまで聞いてくれたのは、まだ諦めていないからだろう? 死ぬのは簡単だ。生かされている身でもな」
    「どう、かな……殆どを諦めて、ただ一矢報いたいだけなのかも。せめて、何かしたいんだよ。きっとさ。だから貴方の頼みにも頷いたのかも」
    「その気概があれば十分だ。きっとな」

     瞳だけを動かし、女の様子を伺う。というよりは彼女の右腕の怪我を。傷口は服の裏に隠れて見えない上、彼女の衣自体がほぼ黒一色という色調だったこともあり、傷の深さや染みの色による時間の経過も判らない。だが出血量は相当なものであると考えると、あまり放っておいていいものではないだろう。手当てをするような道具には持ち合わせがない。
     手を差し伸べてすらやれないのならば、言葉を紡ぐより他にない。女からの返答はなかったため、自然と自分の言葉を引き継ぐことになる。

    「……ワタシとて諦めたわけではないさ。勝てるだの勝てないだの騒ぐのは勝手だ。だがそれで立ち向かうべき時に尻込みしていては、それこそ本当の意味での敗北だ。ワタシはそう思うね」
    「私達は、とっくに負けてる。負けたから、今のこの状況がある」
    「だがまだ死んではいない。再戦の機会が与えられている。絶望と倦怠の渦に呑まれ、それすらも無為にするのならば、まさに奴が望んだとおりの泣き叫ぶばかりの木偶にしかなれない」

     今まで、何人のレイヴンがそういった目に遭わされてきたのか。尋ねなかったのは怖かったからというよりも、知ったところでどうにもならないという寂寞としたものを感じたからだった。累積された死体の数がどうであれ、相手の実力を既に知っているならその情報は何の役にも立たない。
     そして自分は、犠牲者の為に戦えるほどおこがましくはない。自分と、自分の信じたものの為に戦ってきた。それが崩れ去ろうとしている。

    「――それが嫌だから、お前も諦めていないんだろう?」
    「……そうなのかな」
    「ワタシに聞くな。自分の胸にでも聞け」

     ノルデンフェルトは冷たく言い放ったが、それは感情を向けた相手が別にいたからだった。自分自身。自分の胸に聞いて、明確な答えが跳ね返ってくるわけでもない。
     或いは、もう崩れ去ってしまっているのか。
     その危険な発想を払拭しようと、ノルデンフェルトは目を閉じた。視界の端に立つ紛い物の《シャルフリート》。その情報を遮断しようとするが、見慣れたACは否応なしに暗闇の中でもその姿を浮かび上がらせた。自分の相棒であり、手足であり、身体の一部とも呼べるその機体が牙を剥き襲い掛かってくるというのは、この上なく恐ろしいことなのだと実感させられる。
     その危うい暗闇の中に、女の声が響いてくる。傍らにいるのだからとても近い。だがある意味で、それは遠くから聞こえてきているのかもしれにが。

    「ここであれを倒せる……殺せる。壊せるなのかな。わからないけれど。でも消せるのなら、それで終われる。いろんな人が苦しめられた悪夢……悪魔。それが消える。でも、それには今まで誰も勝てなかった。そして皆死んでいった。貴方にそれを超えられる?」
    「不可能ではないさ」

     例えその可能性が、万に一つも無いとしても。
     だがそれは言わずとも伝わっていたようだった。瞼を開き見下ろせば、彼女の表情は翳ったまま、一瞬ですら希望に光り輝くこともない。ほぞを噛むように、傷口を押さえる腕に力を籠めただけだった。既に失血で麻痺してきているのか、痛苦で顔を歪めもしない。

    「……貴方は、背水に立ったからそんなことが言える。どちらに転んでもここで地獄は終わる、だからそんなことが言える!」
    「諦めたわけではないと言っただろう」
    「けれど!」
    「ここでワタシが死ぬのであれば、所詮それまでの男だったということだ。夢を追う資格も理想を証明する価値も無い。奴から見える私の犯した罪に対して、相応の報いを受けた上で、惨たらしく死ぬ。あれの望みの通りにな」

     死ぬ。自分が。
     少し前ならば鼻で笑っただろう。それだけの脅威が眼前に迫っていたとしても、自らの勝利を疑わなかった筈だ。正義が勝つなどというジンクスを信じるわけではないが、それでも確信していられることができた。今はそれが無い。
     ノルデンフェルトはゆっくりと、自分の手を見下ろした。そんな場所に答えなど何も書いていない。視線を落としたそこにあるのは、ごくごく普遍的な掌だった。なんの代わり映えもなく、血で汚れてもいない。握り締めそして開いてみても、僅かに爪の痕が残るだけで変化もない。
     汗が滲んだだけの、意志で動く肉と骨の塊。特別なものなど何も無い。

    (これが私の正義、か)

     それは自分の言葉ではない。あの日、ドッペルイクスを名乗った者に聞かされた言葉だった。
     正義を語る者が正義に敗れたのなら、負けた側が掲げていたものは悪であったということだ。自分の正義が敗北しそれを悪と定められたのなら、自分にとっての本当の正義とはなんだったのか。どんなものであったというのか。

    (なくなってしまった)

     自分の行動。自信。誇り……その全ての根底にあったものは、易々と揺らぎを見せた。皹の入った信念が瓦解するのにさして時間はかからず、拾い集めるべき破片すら見失っては取り繕うことすら叶わない。

    (なくなってしまった)

     口には出さず、だが譫言のように繰り返す。そもそも自分自身が己の行いを本心から正義と認めていたのか。それすらも今では疑わしい。
     自分に正義があると信じていた。いや、信じなければどうにもならなかった。銃を持つこと、ACに乗ること、レイヴンとして生きること……それら全ての行為に、正義という免罪符を必要としていたのだ。もう遠い昔に思えるあの日、始めて人を撃ち殺したあの日。その時の感触を、今でもまだ憶えている。

    (いや、憶えていたのか)

     ずっと忘れていた。
     いつからだろうか。当たり前のように人に銃口を向け、当然の如く連日に渡ってACを操り、戦場に赴くことが必然であるかのような気になっていたのは。自分を奮い立たせる為の方便でしかなかった正義という名の免罪符が不定形な外殻を作り出し、それに呑まれてしまっていた。
     皮肉なものである。自分が信じていたものを否定するのが他の誰でもない、自分自身であるというのは。そしてそれに気付いた――気付かされた時にはもう、目の届くところに死神の影がある。自分は死刑囚ではない。が、断頭台が自ら手足を持って迫ってくるのであれば同じようなものだ。
     それでも、自分は死刑囚ではない。拘束され監禁され、抗う術も意気も失ったまだ動くだけの屍とは違う。

    「納得できるものか」

     その言葉を声に出したのは、意図してのことではない。だが呆けた様子で俯いていた女が反応を示した為、ノルデンフェルトは自然と続けた。

    「甘受できるわけがないだろう。例え報いを受けるだけのことをしていたとしても、奴のあれは単純で一方的な、ただの悪意だ。悪意をぶつけられるのは慣れている」
    「でも」
    「逃げられないのなら立ち向かうしかない。いつだってワタシはそうしてきた。これからもそうする。ワタシはレイヴンだ。行く道を邪魔する奴がいるなら蹴散らしていくまでだ」

     言葉とは裏腹に、身体の芯が確実に冷えていくのには気付いていた。頬も引き攣るように震えているのが肌で感じられる。だがそれをおくびにも出さず――出していないつもりで――ノルデンフェルトは拳を作った。爪が食い込むほどに強く握り、それを自分の胸に当てる。動悸は早まっていたが、冷静を失うほど致命的なものではない。緊張は敵にも味方にもなり得る。
     恐怖も同様に。震える度に意識を侵食し集中を乱し、怖れるほど抗う気概と諦念による怯えを払拭させる。戦いという中心に立つ上で、どれがどう発現し影響するかなどは神にでも尋ねるしかない。時の運とはよく言ったものだ。
     恐れは力になる。自分はまだ戦える。
     正義など、最初からなかったと理解しても。

    「――貴方は、強いなぁ」

     何かを羨ましがるような、そんな少しだけ上擦った声で、彼女は小さく呟いた。それに対して真っ先に浮かんだのは皮肉だったが、ノルデンフェルトはそれを呑み込んで別の言葉を口にした。嘲笑うように。その対象は他の誰でもない。

    「女性の前で少しばかりいい格好をしたところで、罰は当たるまい」
    「余裕があるね」
    「騎士の嗜みというやつだな」

     口をついて出た言葉は、己を苦笑させるには十分なものだった。騎士。それが意味するところは虐殺である。前線に立つことのない主君に代わり、義と徳をもっては向かう相手を須らく皆殺しにするのが騎士の務めだ。誰よりも血に塗れ、死体の山を踏み荒らしながら邁進する。
     今なら解る。レイヴンは騎士と変わらない。その印象が高尚か汚らわしいかというだけで、その本質は同じものだ。
     笑みを消して、ノルデンフェルトは眼下を見下ろした。鏡に映りこんだ虚像のように遜色のない偽物は、だが幻とは違い現実に通用する破壊力を持っている。何かを壊し、誰かを殺せるだけの威力を備えている。

    「では、始めるとするよ」
    「そう。じゃあ…………また、ね」
    「ああ」

     返事をし、軽く後ろ手を振ってから――首を回した時にはもう、女の姿は何処にもなかった。自分以外のたった一人が消え、風の音だけが地面を撫で空に向かい吹き荒ぶようになってから、不意に気付く。

    「またね、か」

     その言葉の意味を理解して、ノルデンフェルトは苦笑した。たった二言。だが、また会う約束をした。それが名も知らぬ相手だったとしても、約束とは果たされる為に在る。
     ならば死ぬわけにはいかない。

    (まるで呪い(まじない)だな)

     だが鼻で笑う気はなれず、ノルデンフェルトは改めて遠くの『敵』を見やった。そこに在る自分自身と言ってもいい存在は、どうしてか自分を容易に一蹴できる技術を持っている。天性か、改造か、強化か、もしくはどれにも当て嵌まらない異能であるか。
     だがどれであっても、大した違いはない。これから自分がやることも変わらない。至極単純で、とても無慈悲だ。

    「ドッペルイクス」

     それの素性は、先程の女にある程度教えて貰った。あの場所に立っているのがどの相手かも。だが正体を知ったところで、戦う上での有用な情報が手に入るわけでもなかった。そもそもAC戦における弱点とは搭乗者よりも機体に拠る部分が大きい。そしてACに関する事柄ならば、それは既に自分が知り尽くしている。
     そして相手も。そうなれば条件は五分であり、その上での対戦は彼の惨敗という結果に終わった。対抗策もなければ特別な訓練をしたわけでもない。普通に考えれば同様の結末が訪れることが確約されている。
     だが、それがなんだというのか。

    「貴様のような餓鬼が、全て思い通りになど出来るものか」

     それを思い知らせてやらねばならない。
     平手に拳を当てれば、風の響きに渇いた音が混じって消えた。敵はもう、すぐそこに控えている。


1675/ #11 ラストダンサー(白と剣と黒い太陽)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:57:07

     レッドキャニオンと呼ばれる山岳地帯。そこは近くて遠い場所だった。クーロンシティのふもとにありながら、チンハイ湖と比較してその重要性は極めて薄い。誰しもが求めているのは膨大な水源であり、山脈が蓄える僅かな河川などに重要性を感じなかったのが最大の理由だろう。コロニーやターミナルの一つや二つならば兎も角、クーロンシティという最大級の大都市を維持するのに必要な水源は、およそ現状ではチンハイ湖以外に考えられない。

    「こんなところで戦闘があったというのは、本当なのか?」

     その事実はにわかには信じ難く、キリーは後続する相手に質問を投げた。肩越しにではなく、通信機越しに。大した間もおかず、しわがれたようで何故か比較的聞き取り易い銅鑼声が返ってくる。

    『大型の熱源を確認したのは間違いないそうだ。恐らくはAC、数は二つ。在野同士の小競り合いというのが大方の見方だ』
    「戦闘の状況は?」
    『現在時刻からおよそ45分前に反応が消失。両方だ。撃破されたのか機能を停止させただけかは判らん。なんにしろ予想外な場所でのドンパチだ。確認は確かに必要だろうな。だからワシらが駆り出されたわけだが』
    「それはわかってるんだが……」

     頭を掻き毟ってから、キリーは憤懣をぶつけるようにクレイムエッジへと毒づいた。殆ど八つ当たりであったが、他に言葉を向けられる相手もいないのだから仕方がない。

    「だからって、なんで俺がわざわざ状況の確認なんか。戦闘が終わっているなら、お前一人でも十分じゃないか」
    『文句はお偉いさんに言うんだな。ああ、小僧。そういえばお前もお偉いさんだったかな?』
    「小僧はやめてくれ」
    『どいつも小僧さ、ワシから見ればな。さて……何かいるな』
    「なに……反応はないぞ?」
    『目を使えよ、小僧。レーダーにばかり頼っていては大事なものを見落とすぞ?』
    「だから…………くそっ。説教ジジィめ」

     最後の毒づきは通信機を切ってから。目の上のこぶのように、クレイムエッジの言葉は反論が許されない。いや、反論を思いつけないといったほうが正しいか。どうした所で歳も経験も相手のほうが上なのだから、それは仕方ないことなのかもしれないが、それでも癪に障る。

    (アレスから得た情報、整理する時間も貰えないのかよ)

     それと、あの声だけの女の話も。記憶しておくだけでは、言葉などすぐに色褪せる。そうなれば、正確な意味を掴み取るのは難しい。
     だが元々、C−LAWS自体はこの一連の件への関心が薄い。戦力を割かれるのは痛手ではあれ、そもそもが烏合の衆とされるこの部隊には、人員の損耗に対する警戒心が薄いのかもしれない。頭から末端までが全てレイヴンであることを鑑みれば、それは当然と呼べるのかもしれないが。

    (……それでも、な)

     舌打ち一つで嫉妬にも近い感情は打ち止めて、キリーはモニターに目を凝らした。確かに、遠くのほうに何かが見える。コンソールを弄り指定位置の画像を拡大、一回目で戦闘メカの類であるのは判別できた。二回目で黒い機体だと予測し、三回目でそれが間違いだと気付く。破壊されて黒煙に塗れているだけで、機体色は寧ろ白に近い。両膝をつき頭を垂れて、今にも崩れ落ちそうなほど損傷した、AC。

    「…………シャル、フリート?」

     もう彼に遭うこともない。
     操縦桿を握り直し、大破した機体へと向かう。肩を落とし膝をついたその機体、灰がかった白に黄金色を散らした細身のAC。頭部や片腕を失い、火花を走らせて黒ずんだ煙をあげているが間違いない。ノルデンフェルトのAC『シャルフリート』である。

    『ほぉ。こいつが倒されるとはな』
    「……裏切り者には、相応しい末路ってやつだよ」

     それは本心だった筈だが、口にしてみたところで心の奥に蟠った寂寞としたものが消えることもなかった。ノルデンフェルト。C−LAWS内では相応の実力者でありながら、その歯止めの利かない戦いぶりから激戦区にばかり送られ続けた不遇の男。当人がそれを嘆いていたとは思わないが。或いはそれを、自身に対する企業の信頼の証と受け止めていたのかもしれない
     キリーも隊内の主要メンバーとして、規模の大きな戦闘には幾度となく参加した。この男と肩を並べて戦ったこともある。だからといって彼の無差別に近い戦闘スタイルを認める気になったことなどないが。
     レイヴン相手に何かを咎めるというのが馬鹿らしいことなのだというのは、第二次紛争中それなりに肌で理解してきた。仮にノルデンフェルトという男に何かを言っていたとしても、それを聞くような相手とは間違いなく言えなかったと記憶の中のこのレイヴンの姿から判断できる。

    「……あっけないものだな」

     撃破された嘗ての仲間を見下ろして、キリーはぽつりと呟いた。彼は実力者だった。だが大規模な戦場で雄雄しく戦い果てるでもなく、こんな誰が気に留めるでもない山脈の片隅でいつの間にか朽ちている。

    『だが、別に珍しいものでもあるまい』

     クレイムエッジの言葉に棘は無い。だが老獪のしわがれた声は淡々としているというただそれだけで、経験に裏打ちされた古めかしい文句であるかのように耳に届く。

    『こんなものは運次第だ。わしのようにこの齢まで生き永らえる者もいれば、こいつのように若輩のうちにくたばる奴も少なくない。実力など当てにはならん。どんな力であってもそれが絶対ではない以上、敗北の可能性に押し潰される日が来るか否かは神のみが知ることよ』
    「だがそれでも、弱い奴は生き残れない」
    『果たして、そうかな?』
    「……当然のことだろう?」

     聞き返すが、クレイムエッジは答えてはこなかった。その代わりとでもいうように無言で機体を進める。
     自然と老人のAC《ランページ》は、立ち止まっていたキリーの《ブラムブラスト》よりも前へと出る。くず折れた《シャルフリート》の横も通り過ぎて、何を考えているのか天高く携えたアサルトライフルを掲げてみせた。その先端が、何かを探すようにちらちらと揺れている。

    『頭が弱い者は力を振るう。力を持たない者は知恵をつける。どちらももたない奴は勘と発想で全てを覆す。そして何も持たない者は……足掻く。最後のが最も恐ろしいが、それ以外は得手不得手であるな。結局どんな強い者も、その強さを活かしきれない相手と戦えば敗北は必至。さてここで問題だ。ACのような圧倒的な単機を相手とする場合、極めて手軽であり且つ有効と思われる方法は何だ?』
    「おい、いきなり何を言って――」
    『これは答えの一つでしかないが、とても簡単な方法だ。少人数が相手ならば誘い込むのは容易、餌を撒いておけばな。つまりは罠を張る、ということだが……小僧よ。お前は少し勘と予測を磨いたほうがよさそうだな!』

     唐突に声量を跳ね上げて、クレイムエッジが吼えた。同時に《ランページ》がアサルトライフルを弾く。吐き出された数発の弾丸は絶壁の端を掠め、岩肌を幾らか弾いた。
     だが、それだけである。

    「……なにをしたんだ?」
    『すぐに判る』

     あくまでも冷静に――そう思わせるような声音で――クレイムエッジが答えてくる。キリーは釈然としないものを抱えながらもとりあえずは黙し……実際、すぐに理解した。ACのレーダーに赤い光点が映る。一つや二つではない。

    「な……に……っ!?」
    『ほぉ。思った以上に、頭数は揃えていたようだな』
    「おい、これはどういうことだよ!」
    『見ての通りだが』
    「見て解らないから聞いてるんだろう!」
    『敵が隠れていたということだ。まぁ派手に行こうではないか』
    「だから――っ!」

     しかしクレイムエッジは、これ以上こちらの相手をしようとはしなかった。オーバードブーストを展開し、嬉々とした様子で敵の只中へと突っ込んでいく。そういえばこの耄碌は元々、闘争本能だけで戦場に出ている猪のような男だったか。最近は大人しかったのと平時に会話ばかりしていたからか、そのことを失念していた。

    「くそっ」

     毒づいたところで現状に変化が起こるわけでもないが、それでも舌打ちして周囲を見やる。敵の行動は極めて俊敏だった。反応はその全てが目まぐるしく立ち位置を変え、既に数機のMTによって《ブラムブラスト》が包囲されている。まだまだ増えるだろう。

    (数が多い。何処の勢力だ……?)

     違う。
     レーダーからモニターに視線を移して、キリーは即座にそれまでの状況予測を捨てた。数は多い。それは事実だが、その殆どが鉄騎である。およそ三十年前に開発された初期のMTは度重なる改修を受けて現在に至るまで運用されているが、その性能は語るまでもない。

    (この数はただのハッタリだ)

     最も安価なMTで数だけを並べ戦力を誤認させる。そして相手が混乱している間に一気呵成に決めてしまおうというのだろう。だが見破りさえすれば、アーマードコアという兵器は超旧式のMT如きに遅れを取ることは有り得ない。

    (クレイムエッジはそこまで考えていたのか? それならまだいいが……)

     これが無心の突撃であるなら、付き合う側は命が幾つあっても足りはしない。だがレイヴンという存在の多くが自信過剰な奴ばかりであることを鑑みれば、その線も捨てきれないのだが。
     だがとりあえずは、この戦場を抜ける必要がある。思索はその後でもいい。
     《ブラムブラスト》が両腕のアサルトライフルを、祭の花火のように撒き散らす。幸いにして相手は脆い。《ブラムブラスト》の最大の欠点はその火力の乏しさだが、相手がこれならば幾らでも対処できる。軍と同等規模の物量で挑んでくることは流石にあるまい。
     標的を見定め、幾度と無く引き金を引く。その中で、聞こえてくる声がある。

    『ったく、若いのが先走ったみたいさねぇ。まぁ爺さんみたいなのに煽られちゃあ、流石にブルッちまっても仕方ないってもんなのかね!?』
    『そいつは過大評価ってやつだ。だがわしみたいな老い耄れをそんな目で見てくれるたぁ嬉しいことよ。礼でも言うべきかな?』
    『そんな洒落た心意気があるなら……いい加減ここで私に倒されてくれな、隠居ジジィ! そろそろあんたも目障りだ!』
    『残念ながらそれは無理だ』

     雑魚相手とはいえ、流石に蚊帳外の会話に集中して耳を傾けるほどの余裕はない。だが味方の状態を確認するのは戦いの中で必要なことだった。クレイムエッジの立ち回りの状況から、彼の会話の相手が交戦中の敵なのだろうと予測をつける。そして、恐らくはAC。

    (……知り合いなのか?)

     そういった仲の会話に聞こえる。まぁクレイムエッジのようなベテランであれば、それなりに多くの知り合いがいても不思議ではないのだが。
     鉄騎の数を減らすのは然程苦ではない。だが近接してくるMTに、だんだんと他の機体が混じり始めた。神盾、鎌風、殲撃。どうやらこの勢力は、戦力をイージス社製のMTで固めているらしい。神盾がミサイルポッドから大量の白筒を吐き出し、迎撃ミサイルがそれを打ち落とす。相殺がもたらす爆発の向こうからナパーム弾やロケット弾が雨霰と降り注げば、こちらとて流石に後退せざるを得ない。火力の低い《ブラムブラスト》では神盾のような耐久力に秀でる機体を、数の暴力を正面から薙ぎ倒すことは難しくなる。

    「いい気になりやがって……!」
    『おぅ、小僧。まだ生きてるか?』

     唐突なクレイムエッジからの通信に、キリーは息を詰まらせた。驚いたからではない。今の呟きがこの男からしてみれば、こちらが弱気になったと取られるのではないかと思ったからだった。
     無論そんなことはない。殆ど怒鳴り返すように、キリーは声を荒らげた。

    「当たり前だっ! お前こそ、敵を減らしているようには見えないぞ!?」
    『そう簡単にACは落ちんさ。だが頭を潰せばケリもつく。雑魚にかまってはいられんさ』
    「頭だって?」
    『在野のセルエナ。ACシュテームトラスト。つまりここの奴らはイミネンターということになるな』

     セルエナ。その名前には聞き覚えがあった。イミネンターという響きにも。両腕のアームパンチを構えて突進してくる神盾をやり過ごしながら、通信機に大声を叩きつける。

    「テロ組織の頭目……在野の頭の一つが出てきてるってのか!?」
    『そう言ったつもりだったが、まぁそういうことだ。元々こいつらは彼女のACを頼みにしているところがあったからな、珍しくはないが』
    「なら、そいつを潰せば……」
    『今わしがやっている。それとも小僧、お前が代わるか?』

     随分余裕そうだな。
     殆ど罵声になりかけたその言葉は、だが口蓋の奥で押し止められた。相手の状況は知れない。だがACと真っ向勝負をしながら横槍を入れてくるのは自信の表れか、或いはセルエナとやらがそれほどまでに脆弱なのか。彼らが目の届かない場所で戦いを繰り広げている以上、その判断はつけようもない。

    「お前の手に余るっていうなら、出張ってやってもいい」
    『強気だねぇ』
    『けれどもねぇ、世の中そう上手くはいかないものなんだよ?』

     割り込んできたのは女の――セルエナの嬌声だった。先程までのクレイムエッジへの罵倒じみた声とは違う、極めて女らしい声。
     そして唐突に、《ブラムブラスト》がが弾き飛ばされた。何の前触れもない。予想の範疇にない突飛な出来事に対しては、予測の付けようもない。

    「くっ!?」

     それでもなんとか体勢だけは崩さずに、キリーは辺りを見回した。神盾ではない。それは直前の周囲の状況からして確実だ。他のMTでもない。だがそうなると、一体何が起こったのか皆目見当がつかなくなる、。
     視界の端で、鴉が踊った。赤い瞳と、同じように朱に染まった嘴と。
     勘に頼ってその場を離れる。直前まで《ブラムブラスト》の立っていた場所を三条の光線が貫いていった。
     敵の姿は即座に発見できた。AC。見覚えのある機体。目を見張り、驚愕に声を震わせる。

    「――どうして、貴様がここにいる!」

     恐らくはそれまで、機能を完全に停止していたのだろう。群がるMTとその残骸に紛れて、機会を窺っていたに違いない。左腕だけを紅に染めた黒のAC。
     《ブラック・サン》は答えず、両腕のエネルギー兵器を構え直した。弾速の速い二つの銃器を相手に中距離戦は、命中率の面で分が悪い。立て直しを図る為に、ひとまずは距離を取る。戦術的な意味でも、精神的な意味でもだ。混乱したままでは勝てる相手にもその結果が当然のものであったかのような敗北を喫する。

    (死んでいなかったのか? くそっ、しつこい奴め!)

     ACを撃破したからといって、パイロットの死亡確認をするのは難しい。爆散したコアから死体を引き上げようとすれば、そこにある炭が人体のものかパイロットシートのものかを見分けなければならない。体の一部でも落ちていれば容易に判別できるのだろうが、そもそもあえてそんなものを探そうとする物好きは余りいない。
     しかし仮に命を永らえていたとしてもACを失えば、後ろ盾のない在野レイヴンが活動を再開するにはそれなりの期間を必要とする。キリーが以前この相手を倒してから、まだ一ヶ月も経っていない。
     思索はそれまでに、キリーは機体を後ろに退かせた。《ブラック・サン》を駆るレイヴン『サイレント』は確か、言葉を発しないことで有名な女レイヴンだった。自分自身、以前の戦闘で相手の声を聞いた憶えはない。いくら空想を広げたところで、明答が得られないのであればその行為は愚かとしか言えない。
     偶然生きていた相手を再度叩きのめす。単純な部分だけを理解して自分を納得させ、キリーは《ブラムブラスト》のアサルトライフルを掃射した。有効射程からはかなり遠いが、牽制としては十二分に機能する。攻勢に転じる機会を窺う必要があった。
     気がつけばMTの軍勢は、遠巻きにこちらを警戒するだけになっている。その意図は知れないが、それはこちらにとっても有難い。ACも含めたこの雲霞を一人で相手取るのは、自分の実力でも荷が勝る。

    (今は、こいつに集中させてもらう!)

     そう自らを鼓舞し、意気を吐き出したその直後に。

    『お前の正義は確約足り得るものか?』

     その声に、身体が固まった。女の声ではない。ましてや人間の発声できる音ですらない。
     操縦を意識から切り離された結果として、《ブラムブラスト》は三本のレーザーの直撃を受けることになった。両腕――アサルトライフルを握る五指への直撃。手元で光が弾け、武器が弾き飛ばされる。
     反動を受けたわけではない。脆い箇所へ高熱量の一撃を加えられたことによる機械トラブルだろう。だがもしそこまで狙っていたのであれば、これはもう人間業ではない。

1676/ #11 ラストダンサー(白と剣と黒い太陽)
・投稿者/ vixen
・投稿日/ 2008/06/30(Mon) 00:57:48

    『キリー。ゼカリアという虚構に忠誠を誓う愚弄の一翼。お前の正義は『真実』として、唯一無二であることを証明できるものか?』
    「何を言っている、貴様」
    『お前の中にある絶対的な存在。それは確約としてこの世界を納得させられるものなのか。必要とされるのは証明だ。示してみせろ、レイヴン。近しい最果てを否定する可能性を』

     御託に返す言葉もなく、キリーは装備を格納兵器に切り替えた。両腕にハンドガン――アサルトライフルを失ったことで先刻までとりも機動性は向上したが、武器の射程は更に減じられた。機体の速度を活かし、相手の隙を作り出して懐に潜り込む必要がある。
     その為には、相手より伎倆で勝らなければならない。

    (一度倒した相手だぞ!?)

     その時の力量から判断すれば、先程の両腕への一撃は偶然と幸運の産物として考えるのが妥当だ。恐れるほどのものはない。
     だがその僅かの葛藤の間に、《ブラック・サン》は行動を起こしていた。赤く染められた左腕がつまらないものでも放るような軌道を描き、それに倣ったかの如くデュアルレーザーライフルが除装される。
     流れるような動作で、敵はそのまま特攻してきた。オーバードブーストによる急激な速度上昇を伴った突撃。

    (嘘だろ!?)

     射程距離による圧倒的優位を捨てる理由がない。除装前提ならば兎も角、そうでない場合で残弾を持った武器を投棄する必要性など皆無だ。そしてわざわざ、あえてこちらの攻撃の有効範囲内に突撃してくる意味などどんなものがあろうか。
     すっかり混乱して、だが今度はトリガーを引くのは忘れなかった。飛礫のように細かい弾丸で、《ブラック・サン》の進路を覆う。
     構わずに突撃してきたのか、それとも反応が間に合わずに避けられなかったのか。どちらにせよ、敵は真っ直ぐに突撃してきた。馬鹿正直な直進を真っ向から相手にするほど愚かではない。キリーは軽く沿う縦貫を弾いて、《ブラムブラスト》を横に跳ばした。《ブラック・サン》がすぐ脇を、音速で駆け抜けていく――
     即頭部への痛烈な一撃。それと同等の感触は、真横からの強烈な衝撃で受けたものだった。軽量機である《ブラムブラスト》ではそれに逆らえる道理もなく、爆圧に弄ばれて吹き飛ばされる。

    (何をされた!?)

     見当もつかず、キリーは歯を食い縛った。不安定ながらも機体を立て直せたのは操縦技術ではなく、バランサーが機能したからである。振り回され巡る視界の中で見つけた《ブラック・サン》には片足がない。右肩の辺りも、抉れたように吹き飛んでいる。
     それで限界だった。《ブラック・サン》の特攻、覆い被さるように黒の機体がモニターを埋め尽くし、そのまま成す術もなく押し倒される。
     機体が仰向けに転倒する直前、《ブラック・サン》の後方に脚が見えた。折れた脚。もげたと言うべきか。改めて眼前の黒赤の機体に目を向ければ、無理な荷重をかけられたのだろう、右脚が膝の関節から引き千切られている。
     無論、片脚で直立できるほどACは器用ではない。《ブラムブラスト》の下腹部に押し当てられたレーザーライフル、それを支えに姿勢を保っている。
     無論、レーザーライフル一本でACの重量を支えるのは無理がある。鉄骨が軋む歪な音を立てて変形していくレーザーライフルにはもう武器としての価値はないだろうが、それでもこの状態では容易にレーザーブレードの餌食とされてしまうだろう。《ブラムブラスト》にそれを止めるだけの火力はなく、オーバードブーストはチャージに一拍以上んぽ時間がかかる。
     詰んだか。
    (この間は、手加減でもしたっていうのかよ……?)
     恐怖よりも先に屈辱を覚えたのは、自尊心が自分で思っているよりも高かったからなのか。眼前に聳える黒のACを見据えて、苦虫を噛み潰すように歯を食い縛る。
     敵は動かない。だがレーザーライフルがひしゃげていくにしたがって、その躯体を傾かせ近づいてくる。背筋に冷たいものを走らせる圧迫感が、ちらちらと発光する無機質で細長いカメラアイが近づくにつれて強くなっていくのは気のせいではないだろう。
     ふと、キリーはその状況に違和感を覚えた。疑問はそのまま口をつく。

    「何故とどめを刺さない」
    『私が求めるものは、勝利ではないからだ。私が欲するものは証明だ。お前達が私を超える存在であるという事実の証明だ。お前がここで倒れたことに意味はない』
    「……馬鹿にしているのか!?」
    『力は、それ自体に意味を持たない。それは善でも悪でも何物でもない、強さを象徴するものでしかないからだ。そして強さとは、信念を伴ったものだ。確固たる意思に随伴するものだ。お前の意思を見せろ。それが不可侵の存在であれば、その強さもまた絶対のものとなる。私を倒すことも造作ないだろう。求められるのは強さではない。それを付随させるものだ』
    「何を言って――」
    『答えてみせろ、レイヴン。お前達が最強と呼ばれる者ならば、その力は一体何に依存し形作られたものなのか。力という現物を発現させる形無いものは果たして何か。それを持っているのは人間の筈だ。そうでなければならない』

     何を語っているのか。理解は出来ない。出来る気配もない。が、こちらがそれ以上言うよりも先に状況が変化した。《ブラック・サン》のむこうで、爆発が起こる。
     ACの丁度真裏に位置する場所で光が膨れ上がった為に、何があったのかはわからない。しかし距離を置いてこちらの様子を窺っていたMTの幾つかを薙ぎ倒して、何かが接近してきていることだけは判別できた。緑色の閃光。その中に、赤い残像が疾る。
     《ブラック・サン》の上半身が吹き飛んだ。
     少なくともキリーにはそう見えた。実際には次の瞬間、脚部のほうも《ブラムブラスト》の迎撃装置を蹴り壊しながら上半身に追随していったので、もげたというわけではないのだろうが。
     最早何が起きているのか一切理解が追いつかない状態で、それでも混乱した頭で体勢を立て直すことを思いつけたのは、我ながら賞賛に値するものだと思えた。ブースターを吹かして機体を空中に持ち上げ、後に足裏がきちんと接地するかは機械任せになる。どこまでが自動で、どこまでが手動か。それを把握しておくのもACパイロットとしての勤めの一つだろうとキリーは思っていたが、周囲にはそういった認識は殆ど無いらしい。性能ではない機能的な部分での限界を見定めておくのも、決して悪くはないことの筈なのだが。
     再度の爆発音に、思考は否応もなしに中断された。
     轟音の発信源を探そうと機体を反転させ――その過程で視界に混ざったのは、状況を静観していたMT達の姿だった。その距離が、先程までよりも明らかに離れている。 
     興味は引いたが、今は《ブラック・サン》のほうが気にかかる。レーダーに目を向ければ、黒のACはすぐに発見することが出来た。そも、《ブラムブラスト》の周囲にはもう反応が二つしかない。重なった二つの赤い点。黒と白の機体。
     《シャルフリート》。それがそこにいた。もぎ取ったらしい《ブラック・サン》の頭を掴んだ左手を振り回し、レーザーブレードで狂ったように黒のACを切り刻んでいく。
     《ブラック・サン》は成すがままだった。というより、片脚とレーザーライフルを失ってもうまともに戦えないといった風体で弄ばれている。しかし白のACもそちらはそちらで、頭と右腕を失くして全身から火花を散らしたその姿は動いているのが不思議に感じられるほどの損傷を帯びている。コアの背部からは黒煙が噴き出しており、制御を失ったオーバードブーストの光が断続的、そして部分的に噴出していた。それが《シャルフリート》そのものを振り回し、無軌道な軌跡が《ブラック・サン》を尚更に引き裂いていく。

    『無意味だ』

     それは、今まさに破壊されようとしているACのパイロットが放つ言葉としては、余りにも平静すぎた。合成音声だとしても、そう聞こえた。

    『こんな形で、私を倒したところで意味はない。お前は既に敗北し、その正義は確約足り得ないことが証明された。故にこの行為に価値はない。お前は敗れたのだから』

     蹂躙されているのは《ブラック・サン》だが、ろくに抵抗しないその姿と声の調子が相俟って、追い詰められているのはむしろ《シャルフリート》の、ノルデンフェルトの側ではないかと錯覚させられる。

    『億千万の正義。無限にある意思。現在より悠久に至るまでのあらゆる心。その中に存在する唯一の確約を、お前は持ち得ていなかった。容易に覆される自尊と信念、お前にあったのはその程度のものでしかない。そんなものは確約と呼べない――必要とされるのは移ろいゆくものではないのだから』
    『だとしても』

     それは確かに、ノルデンフェルトの声だった。
     誰が聞いたとしても自信に満ちている、満ち過ぎて狂気すら感じられる。そんな、あの男特有の傲慢な調子の。

    『これがワタシの信じた、たった一つのワタシの正義だ。奴が、キサマが、なんと言おうと。それだけは確かなことだ』
    『しかしそれは、私の望んだものではない。お前には失望した。もう期待はしない。そして二度と会うこともない。さらばだ愚かなる者よ』

     《シャルフリート》のレーザーブレードが、《ブラック・サン》のコアを直撃する。赤い刃がコクピットのあるだろう部分を貫通し、黒のACはそのまま爆ぜた。至近距離での爆発と燃え盛る躯体に包まれて、《シャルフリート》もまた炎の中に倒れこむ。

    「!? ノルデン――!」
    『ワタシが最後に信じたのは、ワタシ自身の妄信だった』

     それは譫言なのだろうと、最初は思った。
     だがすぐに、そうでないことにも気がついた。それは呼びかけ――姿を眩ましてから最初で指し語の野、この男からの。

    『キサマが最後まで信じられるものは、本当にC−LAWSなのか? キリー。ゼカリアは他人だ……どんなカリスマであっても。キサマはそれを、最後まで信じていられるのか……?』

     ほどなくして、白のACもまた焔の中で爆散した。後には燻りだけが残る。

    「――ノルデン、フェルト」

     通信を送った理由は自分でも解らなかったが、なんにせよ答えが返ってくる筈もない。通信機の向こうからは砂嵐を想起させる無機質なノイズが響くばかりで、その先にはもう誰もいないのだという事実を告げている。

    (……裏切り者が勝手に死ぬのを、ただ見ていただけってことなのか、俺は)

     それの何が悪いのか。寧ろ喜ばしいことではないか。トリニティに敵対する有力者が減じることは、誰にとっても笑うべき事柄のはずだ。
     或いは、どういった状況に合ったにせよ助けられたこと。そしてその相手がそのまま逝ってしまったこと。それが血流の中に異物でも混ざったような居心地の悪さの原因なのか。

    『チッ、役に立たないねぇ』

     セルエナの侮蔑で我に返る。
     MTの軍勢はまだ残っている。それらに攻撃を受けなかったのは幸いだったが、よくよく見ればMT達は既に撤退の進路を取っている。数機がこちらを警戒し、それ以外は完全に《ブラムブラスト》に対して背を向けていた。

    『まぁ目的のほうは果たしたからねぇ。AC2機相手は分が悪いってもんだわね。ここいらでお暇させて貰うよ』
    『なんと言ったところで負け惜しみだがな。女のプライドはやはりお高いものだ』
    『うるっさいね! あんたも次は殺す、覚えときな!』
    『やれやれ、怖いねぇ』

     老人と女の、ともすれば痴話喧嘩に聞こえなくもないような通信機越しのやり取りを余所に、キリーは撤退していくMT部隊に視線を送った。《ブラック・サン》が盾のような扱代わりになっていたとはいえ、ACと対峙した彼らの機体にははっきりと損傷の兆候を窺うことができた。幾つかは損傷した仲間にアンカーなどを打ち込んで引き摺っている。陸軍兵の撤退そのものだ。
     追うことはできる――が、今は何故かそこまでする必要を感じなかった。だがどの道、一人で掃討しようとすれば機体の火力が全く足りないだろう。
     キリーは軽く頭を振った。どうかしている。ノルデンフェルトであればここで突撃することに躊躇はしなかったろう。それでなくとも、倒せる敵を倒さないことに何の意味があろうか。
     再度頭を振って、キリーは堂々巡りする思考を中断させた。代わりに、今まで何をやっていたのか知れない老獪へと通信を送る。

    「……クレイムエッジ。無事なのか?」
    『ああ。だが仕留め損なったよ。少々火力が足りなかった。まぁあれぐらいまで虐め倒せば、暫くは大人しくしてるだろうな……お前さんのほうはどうだ?』
    「倒したよ。……ノルデンフェルトがな」
    『そうか。あの男も、最後に一花咲かせたということなのかもな』
    「……そうなのか?」
    『戦火に身を投じるとは、つまりそういうことだ』
    「…………」

     その言葉の意味を想像することはできる。だが一つに絞ることは、キリーにはできなかった。相手にその真意を問おうと口を開きかけ、先にクレイムエッジのほうが二の句を次いでくる。

    『セルエナの奴、目的は果たしたなどという捨て台詞を吐きおった。あの女は少々抜けていてな、よくこうやって余計なことを口走る。何かがある筈だ』
    「何かって……一体なんだよ?」
    『さぁて、なんだろうな。時間稼ぎか、厄介払いか。何れにせよワシらが誘き出されたのだと仮定すれば、戻るべきは出てきた基地だ。とりあえずは、急いだほうがよさそうだ』
    「……ああ。そうだな」

     キリーが頷く頃には、クレイムエッジ――《ランページ》の反応もレーダーに映るところまで近づいていた。何時の間にやら、それだけ離れていたということなのだろう。

     基地の方位へと進む上で、ACの残骸を通り過ぎる。
     焼かれて炭色に化けた屑鉄の塊は、元がどちらの機体のものであったのかを判別することすら叶わない。
     誰のものとも判らなくなった残骸に背を向けて、声が聞こえるわけでもない。
     得体の知れない、悔しさだけが胸に残る。




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掲示板管理者:RR
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