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| 1597/
老架橋者の手記 |
・投稿者/ ルーディーン(神父)
・投稿日/ 2007/11/17(Sat) 23:22:38
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かつて辿った架け橋を いつか再び行くために
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07/11/17 投稿開始
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| 1598/
8000マイルのジグソー・パズル |
・投稿者/ ルーディーン(神父)
・投稿日/ 2007/11/17(Sat) 23:23:35
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《大接合》は何もかもを変えた―――地球、人類、イデオロギーのすべてを。 《大接合》は何も変えなかった―――太陽は輝き、人々は暮らし、生まれては死んでゆく。
―――アドルフ・シュパンダウ博士による特別講義(C.C.0050 ガーデン)
はあ、おらの村がお天道様に食われちまっただ。
―――《大接合》直後、ティンパー・フレネル村長(C.C.0000 ボネヴィル)
火と知の神話は共に滅んだ。
―――とある人工知能の言 (年代不詳)
――――――――――――
私の妻は“あなた”という古風な呼び方をする、性格は控えめながら素晴らしい美人だった。
「あなた、戸締りを忘れないでくださいね」 「ああ、寝室の方を確認してくるよ」
わかっている、妻はもう十年も前に他界したのだ。 これはお決まりの悪い夢に決まっている。
「おっと、窓が開いてるな。やれやれ、確認しておいてよかった」
こんなものは何度も繰り返して見るパニック映画と同じだ。 それでも夢の中の私は―――私は―――
リビングが爆発した。
戸棚から飛んできた何かに両足を叩き潰され、私はそのまま壁まで弾き飛ばされた。 私は激痛に悲鳴を上げ、先程まで妻がいた場所を、妻の姿を確かめようと必死に身体をひねっていた。
「マリアン……マリー! どこにいるんだ……おおい!」
私は次に目にするものを、幾度となく見た光景を締め出そうと顔を背けようと努力したが、夢の奇怪な論理が、そして妻を必死に探そうとする夢の中の私が許さなかった。
「マリー! おい―――」
リビングの中央には、何か、ねばつく液体が溜まっていて―――硝煙に混じって錆のようなにおいが―――何かの塊が散乱して―――
ようやく目が覚めた。目覚まし時計の設定より一時間早い。どうせならもう十分早ければあの夢も回避できたに相違ないと愚痴り、私はベッドの上に起き上がって今日の予定を確認した。午前中は簡単な会議があるが、午後は墓参できるように開けてある。
妻と、妻が身篭っていた双子が他界して……そう、ちょうど十年が経ったのだ。 荷物にまぎれていたあの爆弾が《世界の子ら》というカルト教団の狂信者によるものだと知ってから二年間は、血眼になって犯人を捜した。もちろん、手ずから復讐するためだ。だが犯人を突き止めた時、そいつはすでに死んでいた。強盗に失敗して射殺されたらしい。それから三年間は《子ら》そのものに報復するためあれこれと手を回していた。しかし、彼らはあまりに多く、あまりに……根深く、世間にはびこっていた。
そして、私は戦う事を放棄した。 復讐しても死んだ者は還らないし喜びもしない、という陳腐な常套句を盾にして逃げたのだ。 私の心には大きな穴が開き、私は手をつかねて流れ出す血をぼんやりと眺めている。今までずっと、そして恐らく、これからもずっと。
今の惨めな私を妻が見たら、果たしてなんと言うのだろうか。
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| 1599/
初対面と再会 |
・投稿者/ ルーディーン(神父)
・投稿日/ 2007/11/17(Sat) 23:24:28
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……今回の暴動の鎮圧に際して、改造《アンドロギア》の投入が非常に有効であった事は否定しない。 しかしながら彼……我々のもとに配備されたDVE4型の判断力は我々人間より明らかに劣り、常に監督していなければ罪のない民間人に対しても暴力を振るいうる事が判明した。事の詳細は資料として添付するが、我々部隊員の意見としては《アンドロギア》を武装して戦線に投入するのには大きなリスクを伴うという事で一致した。 音声、発光信号、及びボディランゲージに依存せざるをえない現在の通信状況では、多数の《アンドロギア》を少数の兵士のみで監督する事は困難であり、陸戦部隊の無人化は現状では不可能と思われる。 また、本来は介護・業務用である《アンドロギア》を改造・武装する事自体に問題があるのではないかとも考えられ……
―――マゼラノ王国陸軍のある部隊からの報告(C.C.0044 ダラムハイスト)
我が社の純正《アンドロギア》が人間を殺す事があるか、と聞かれたら答えはノーだ。 ところで聞くが、人間は人間を殺す事があるのかね?
―――“魔女の鉄槌”殺人事件について、ミシェル・モンフォール社長(C.C.0047 レネンカンプ、U.K.ロボティクス本社)
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……私はここの支社長に就任してから十年間、秘書というものをつけられた事がなかった。
いや、もちろん、ガーデン支社は決して悪い職場ではないのだが、要するに企業というものは暇人にはサービスなどしないという事だ。しかし一月ほど前に、秘書とボディガードをつけてくれるという話がやぶから棒にやってきたのだ。当然私は罠の可能性を大いに疑ったし、減給の可能性すら脳裏を掠めたのだが、聞いてみるとどうやら違う。なんでも、王立兵器廠経由のコネでなんとかいう研究所の小銭稼ぎを手伝わされる事になったらしいのだ。 要するに不正取引である。 私のあずかり知らぬところで、まとまった金額の袖の下が移動したのだろう。あまり気分のいいものではないが、たとえ告発されたところで私には関係のない事だ。不正があった事を都市憲兵隊に通報しても構わないが、これといったメリットはない。 手に入れたものはありがたく使わせてもらうのが定年間近の人間のやり方というものだろう。
「おっと、ジム、……もとい、カットルブリンク支社長、件の秘書が到着したそうですぞ。今警備部で待たせております」
副支社長のディクシー・グッドウィンターが、マッチ棒のような身体(ハイスクールの頃から6フィート5インチある……私と同じ56歳になる今でも縮んでいない)を折り曲げるようにして社長室の戸口に顔を出した。
「ディク、別にかしこまる事はないだろう。どうせ誰も聞いちゃいないし、聞いたところで我々には失う面子なんてないんだから」 「ふーむ、そういうものですか。まぁ、とにかく来てください。なんでもその秘書とやら、見るからにすごそうな奴だそうで」 「見るからにすごそうなって……戦車と取っ組み合いができるような感じかい?」 「いや、まだ見てませんので、私も知らないのですが」 「筋肉だるまの暑苦しい男とかいうのは勘弁してもらいたいが。とりあえず、見に行こうか」
私は本革のふかふかした椅子(閑職でもそれなりに見返りはあるものだ)から立ち上がり、背骨がきしむ痛みに思わず呻いた。
「やれやれ、いまいましい背骨め、私を差し置いて先に歳を取るとはけしからん奴だ」
ディクシーも背筋を伸ばし直し、ほとんど同時に唸った。
「ううむ、いけませんな。私も車椅子に蹴込まれるまでそう長くはなさそうで」 「そう憂鬱になるもんじゃない。病は気からって言うじゃないか」 「と、いう事は、健康でいるためには四六時中気を張ってなければいかんと。……げっそりしますな」 「……死にたくなる前に、考えるのをやめた方がよさそうだなあ」
――――――――――――
人だかりができていたので、その秘書がやってきた場所は聞かずとも容易にわかった。警備部長のライモンド・ブレンテンは珍しくいらついた様子で、さらに珍しい事に爪を噛んですらいた。私とディクシーが肩で息をしながら階段を下りてくると、彼は横目でじろりと見た。
「支社長、副支社長、エレベータくらい使ったらどうなんです?」 「ああ、確かに、健康に気を遣ったつもりが逆効果だった……ふう」
ライモンドはやれやれと筋肉質な首を振り、浅黒い眉間にしわを寄せた。エレベータを使えば何分節約できたか暗算しているに違いない。……実務主義はいいが、少々徹底しすぎだろう。
「それで、見るからにすごそうな秘書とやらはどこにいるんだね? もう一人の方はまた後日だと聞いたが」 「今、身体検査をしてます。ほら、そこに―――」
彼が手を振った先に、その秘書がいた。こちらに背を向け、婦人警備員によるボディチェックを受けている。 ディクシーがぽんと手を叩いて言った。
「……なるほど、確かにこれは“見るからにすごそう”ですな。少なくとも、敵に回したくなるタイプとは言えません」
私の秘書だというその女性は、豊満なボディライン(“コークボトル・グラマー”……死語か)をスーツに包み、肘と膝をプロテクターで覆っていた。両脚にはそれぞれ小型の武器がバンドで留めてある。 そして何より目に付いたのが、武骨な両手―――我が社のカタログで見た事のあるデザインだ―――と、左耳にそびえるブレードセンサだった。 しかしあの後姿、どこかで見たような気がする。特にあの、ウェーブのかかった見事なブロンド。
「驚いたな、彼女は……ロボットか?」 「ええ、本社の方からセント・クリフォード研にアンドロギアを無償提供したそうで。しかし、あまり近付かない方が……」 「何故だね? 近付けないのでは仕事にならないだろう」 「まだ身体検査が終わってません……それにあの両手。あんな武装をしたロボットを見るのは軍施設以来です」 「まあ、ただのボディガードにしては少しばかり入念に過ぎるかも知れないが。仕事をさせてから判断しよう」 「支社長がそうおっしゃるのでしたら、結構ですが」
婦人警備員が合図をし、ボディチェックが終了した事を知らせた。どうやら、仕様以外の何かが取り付けられているわけではないようだ。 彼女がこちらを向いた。
「マリー……?」
私は愕然として腰を抜かしかけた。 私の秘書だというそのアンドロギアは、センサー・アレイと重武装を除けばかつての妻にそっくりだった。無論、妻が生きているはずもなければ(幸か不幸か、私は現実逃避をするタイプではなかった)、クローンでもあるまい。 アンドロギアを発注する際に、妻の事を知っていた誰かがデータを漏らしたに相違ない。私はディクシーを睨みつけた。一番怪しいのはこの男だ。
「……ディク、きみか? こんな悪趣味な真似をしたのは」 「何が悪趣味なのか存じませんが、私はこの―――」
一瞬、彼の目が空を泳いだ。“機械”とか“道具”と言うには少々人間的に過ぎる彼女をなんと表現するか悩んだらしい。 しかし結局、無難な表現に落ち着いた。
「―――アンドロギアに関しては何も知らされておりませんでした。いったい何が気になって……」
不意にディクシーの声が途切れた。彼女の顔を真正面から見て、ようやっと思い出したらしい。
「きみも、彼女の事は覚えているだろう?」 「それは、もちろん……ううむ、まさに生き写しですな」 「……生きているかどうかは微妙な線だが」
我々の会話を聞いて、妻によく似たアンドロギアが小首を傾げた。動作の一つ一つが頭にくるほど妻によく似ている。
「私はマリーではなく、セントリーという名称が与えられています。名称を変更しますか?」
私はもう一度仰天した……声質もそっくりだったからだ。とはいえ口調は平板そのものである。
「いや、このままでいい」 「わかりました、私の名前は“いや、このまま”ですね?」 「違う、“セントリー”でいい、と言ったんだ」 「…………あっ。…………了解しました」
なんとも不安にさせられるタイムラグがあり、彼女―――《Sentry》、つまり歩哨である―――は返事をした。 私は思わず顔をしかめてしまった。雇用開始から三分たたずにこの有様では……周囲の様子を伺うと、皆一様に怪訝そうな表情をしていた。無理もない。
「ここで立ち話をするのも具合が悪い。とりあえずきみは社長室まで来てくれ……おい、みんな、興味津々なのはわかるがね、仕事をしてもらわないと困るんだ。彼女と個人的に知り合うのは後日にしてくれないかね」
集まっていた男性社員がぶつくさと文句を言いつつ名残惜しそうに退場し、それに続いて女性社員があからさまな嫉妬の視線を投げつけながらぞろぞろと出て行った。野次馬が去ると、一部始終を眺めていたディクシーがぼそりと呟いた。
「相変わらずの人気ぶりですな」
……妻に今の私を見られたら、果たして何を言われたものだろう。
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社としての威信を保つため、社長室はそれなりに広いし内装も豪華だ。少なくとも広くて豪華に見える。 扉越しにある隣の控え室は書類やらなんやらで恐ろしく散らかっているのだが、来客には実情を見せない方が何かと好ましい。
「さて、ここが社長室だ。何か飲み物でも―――」
と言いかけたところで、セントリーが来客ではなく私の秘書だという事を思い出した。しかしここの支社長になってからずっとコーヒーは自分で淹れてきたのだ。今更変えるというのも……
「コーヒーでしたら私が淹れますわ、社長。場所の指示をお願いします」 「ああ、そこの控え室の奥に―――あ」
遅かった。 彼女は即断即決タイプらしく、迷う事なく控え室のドアを開け、棚から落ちてきた書類ケースの痛打を見舞われた。 私は思わず眼を覆った。
「……」
ありがたい事に、私の頼もしい秘書は表情ひとつ変える事なく奥へと進んでいった。さすがはアンドロギアといったところか。……しかし彼女が怒っていないとは限らない。
「濃さはどの程度がよろしいのですか?」
少なくとも、彼女は顔に表れるほど怒ってはいないらしい。
「ああ、そうだな、アメリカンで頼む。あまり濃いのを飲む気分じゃあないんだ」
実は“アメリカン”というのが何を指すのか、よく知らない。 大接合以前の国名に由来する形容詞だそうだが、今でもいくつかの衣服や音楽などに名前が残っているところを見ると、それなりに大きな国家だったのだろう。他にも、ターキー、ヴェトナム、アイリッシュ、ダッチというのも国名に由来するらしい。今のところ大接合以降に発明された飲み方はない……この世界の歴史の浅さを再認識させられる。 ……などと取り留めのない考えにふけっていると、いつの間にかセントリーがコーヒーマグを手にして突っ立っていた。
「おお、ありがとう―――どうしたんだその格好は」 「申し訳ありません。味を見ようとした時にこぼしてしまいまして」
彼女のシャツは見事な茶褐色に染まっていた。……どう見ても少しではない。だいたいテイスティングでこぼすとはいったいどういう飲み方をしたのか。
「……」 「……」 「……正直に言いたまえ」 「すみませんおいしそうだったのでつい」
私は頭を抱えた。これで日々の業務が楽になって、ついでに目も多少潤うなどと考えた私が浅はかだった。あろう事か私はとんでもない欠陥品をつかまされ、しかも返品も訴訟もまかりならぬ立場に立たされたのだ。 うめきたくなるのをこらえていると、今度はみぞおちの辺りが痛くなってきた。
「……胃が痛い……」 「そうですか? ではコーヒーはよくないですね」
そんな露骨に嬉しそうな顔をされると腹が立つのを通り越して悲しくなってくる。それにしても、ロボットと毎日毎日コーヒーの奪い合いをするなんて想像するだに恐ろしい。
「わかった、わかったからそんな目で見るな。コーヒーは好きなだけ飲んでいいから」 「はい、ではお言葉に甘えまして」
ぐいと一息で飲み干し、彼女はけぷっと小さな音を立てておくびを漏らした……行儀の悪い事だ。そういえば、妻も二人きりの時にはあまり行儀を気にしなかったものだ。 私は満足げな顔をしている彼女に質問した。
「ああ、そうだ。ひとつ聞きたい事があるんだが」 「何でしょうか?」 「きみは―――というか、きみのデザインはいつ決定されたんだ? 私の……そのう、よく知っている、いや、よく知っていた人物に似ているものだから」
改めて見てみると、セントリーは驚くほど妻に似ていた。言うまでもないが、両手とセンサ、それと眼鏡は除いて……ついでに言うと、私の記憶にある最後の姿よりはいくらか若い。しかし目鼻立ちから何から本当にそっくりで、私は静かに知性をたたえている(ように見える)ブルーの瞳を見つめながら妻との思い出にふけりかけてしまった。
「そんなに熱心に見つめられると本気にしてしまいます」 「きみが何を考えているのか知らんが、あまり想像を飛躍させるんじゃない」
いつの間にやら頬を染めて妙な目つきをしていた彼女は真顔に戻り、しばらく私とにらみ合った後、午後の情事くらい社交辞令の一環でしょうに、などとぶつぶつ呟いた。……一体どこの社交辞令だろう。
「それで、きみのデザインはいつ決定されたのかを聞いていたんだが……」 「あら、すみません。実際のところ、セント・クリフォード研究所に譲渡されたアンドロギアは―――つまり私の事ですが―――中古品で、以前の用途などのデータははすべて情報規制下にあるんです。無論、私のメモリからも完全に削除されていますので」 「中古品? いやまったく、クリフォード研とやらはよほど金に困っているらしいな」 「閲覧可能な記録によると、デザインのカスタマイズも行われなかったようです。それに……このような事を指摘するのは越権行為かもしれませんが、MMGのアンドロギアの在庫管理も完全とは言えませんから」 「ふうむ、なるほど」 「他にご質問は?」
先程彼女が汚したシャツを思い出し、私は目顔で注意した。 すると、セントリーはいきなり服をはだけ始めた。
「……おい、何をやっているんだ」 「すみません、この手では服を脱ぐのに時間がかかるんです。少々お待ちを―――」 「違う、そうじゃない! いきなり服を脱いで何をするつもりなんだ、きみは?」 「何って……そんな事を女の口から言わせるだなんて、あなたも相当―――」 「おい、そんな目で私を見るな、それと手を止めなさい、今すぐ!」
彼女はすでに上着とシャツのボタンを外し終えており、今にも素肌を晒そうとしていた。
「失礼、ジム、さっきの秘書の受け入れ確認書にサイン―――」
ひょっこりとディクシーが戸口の下に顔を出した。と同時に顔をはっきりと引きつらせ、彼は右肩を戸口に激突させた。
「ジム、そのう、奥さんが亡くなられてから……てっきり女性に興味がなくなったとばかり……いや、これはいい事なのか……曲がりなりにも……いやしかし法が……ああ、私は否定するわけではありませんよ、ですが……」
声をかける前に、彼は書類を持ったまま回れ右をして出て行ってしまった。 結構な勢いでぶつけたであろう肩にも注意が回っていないようだ。
「あああ……なんてこった、ディクが誤解してしまった」 「いったい、何を誤解したというんですか?」 「彼は、私がきみを手篭めにしようとしたと思い込んで―――いや、だから脱ぐなと言ったはずなんだが」 「あら社長、半脱ぎでなさる方がお好みですか?」
私の耳に“自制”が目を回してぶっ倒れる音が聞こえた。私は腕を振り回し、声を裏返して叫んだ。
「違う、全然違う! 私はその汚したシャツをどうにかしろと言いたかったんだ! 何も全部脱げなんて―――」 「では、今日は上着のみを着用して勤務します」
言うが早いかセントリーは上着を脱いでデスクに置き、シャツに手をかけた。 開けっ放しのドアの前を通りかかったアルバイトの女学生が黄色い悲鳴を上げるのが聞こえた。
終わりだ、何もかも。この秘書が来てから三十分も経っていないのに、私はどうしようもない泥沼に足を突っ込んでしまった。がっくりとうなだれると、急速に意識が遠のいていった。 意識が途切れる直前、最後に聞こえた言葉は、「あら、いけませんわ、社長のお名前を聞いていませんでした」だった。
あんまりだ。
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| 1600/
記憶の氷海 |
・投稿者/ ルーディーン(神父)
・投稿日/ 2007/11/17(Sat) 23:25:23
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……ここに同封致しましたのは、ヘンリー・ダリル氏の最後の潜水後に遺品の中から発見された記録ディスクの完全な再生です。 なお、マゼラノ・タイムズ紙のジョー・ホプキンス氏からは、多くの点でご協力を受けております。 ご記憶の事と思いますが、ダリル氏からの判別可能な最後の連絡はホプキンス氏へ宛てたものであり、次のような内容でした。「ジョー! メルヴィルの話は本当だ! 奴は、恐ろしくでかい……」
―――マゼラノ王立セント・クリフォード海洋研究所長、レヴ・キーツから産業相への書簡(C.C.0073 セント・クリフォード)
次の丘の向こうを見たいという欲求が、人類を衝き動かしてきた。 我々は、万難を排して戦い続ける開拓者なのだ。
―――ボストージア海軍大佐、スタニスワフ・ラディンスキー(C.C.0038 ジェスターランド)
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例の、文字通りネジの外れた秘書がやってきてから一ヶ月が経った。 不幸中の幸いか、初日の誤解はどうにか解く事に成功していた(しかしセントリーはディクシーに我々の関係を問われ、あろう事か“ただならぬ関係”と言ってのけた―――無料ではない事は確かだが)が、相変わらずセントリーは何かにつけてアンドロギアらしからぬ言動にいそしんでいた。 しかしながら仕事だけはしっかりとこなしていたため、あからさまに文句をつける事はできない。私は慢性化した胃痛に顔をしかめつつ、音声認識のメールボックスを開いた。
「ボックス展開」
【重要なメールが1件あります】 【重要でないメールが4件あります】 【迷惑メールが30件あります。削除しますか?[Y/N]】 【犯罪的なメールが2件あります。憲兵隊に提出しますか?[Y/N]】
「迷惑メールは削除。犯罪予告は憲兵隊に。重要なメールのみ展開」
【セント・クリフォード海洋研究所より】
「……海洋研から?」 「あら、社長、そのメールなら私がチェックいたしましたわ」
不意に、横合いからひょいと顔を突き出してセントリーが言った。 その発言に私はショックを受けた。
「私に許可もなく?」 「ご心配なさらずとも、私はプライヴァシーを侵害したりはしませんわ」 「……」
間抜け面をさらす私をよそ目に、彼女は平然と言ってのけた。 確かに、アンドロギアが情報漏洩の原因になったという話は聞いた事がない。しかし落ち着かない事も確かだ。 私は肩をすくめ、セントリーにメールの内容を聞いた。
「それで、どんな内容だったのかね」 「限定公開の深海探査を行うので、来賓として招待したいそうです」 「なぜ私を? 本社のミスター・リュミエールを呼べとは言わんが、セント・クリフォードにも支社はあるだろう」 「あの研究所ではガーデンの卒業生を大勢受け入れてますわ」 「……なるほど」
厳密に言えば私はガーデンの人間ではないが、彼らと交流があるのも確かだ。 MMGとしても、ACSやMTの有力な顧客として海洋研をないがしろにするわけにはいかないだろう。 私はスケジュール表を呼び出そうとして思いとどまり、こういう時ばかりは便利なセントリーに聞く事にした。
「セントリー、予定は空いてるかね?」 「そうおっしゃると予想して、先に空けておきましたわ」 「ああ……そうか。それと、セント・クリフォードに行くにあたって何か他の用件はあるかな」 「そうですね、せっかくですからおいしい海産物をたくさん―――……あら社長、それとも食欲より性欲ですか?」 「きみの目は節穴だな。その眼鏡は飾りかね」 「そんな事言って、実は内心……」 「いいから話を続けよう。娯楽以外の用件はあるかね?」
一瞬、セントリーはむすっとした表情を作ったが、すぐに平静を取り戻して自分の眼鏡の前で砲金の指を一本立てた。
「王立兵器廠セント・クリフォード研……海洋研ではない方で私のメンテナンスを前倒しで行うというのは」 「ああ、なるほど。それでは挨拶も兼ねて行くとしよう。他には?」 「社長は最近働きすぎですわ。身体を休めるのも仕事のうちです」
私はむっとして彼女の顔を見たが、言われてみれば確かにその通りなのだ。仕事の効率が上がったおかげでついついノルマを増やしてしまい、いつの間にか定時を過ぎている事も多かった。……それに、セントリーは有能だが、私の胃を痛めつける事にかけても右に出る者はいないのだ。
「……きみに言われるのは不条理な気もするが、まあ、そうするとしよう。留守の間、仕事を誰かに代わってもらわないとな」
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結局、“視察”と称した小旅行に行くのは私とセントリーだけという事に決まった。 留守中の仕事は主にディクシーに任せる事とし、エリアス・リュミエールにも補佐を頼む事になった。彼女はガーデンの生徒副会長であり、事務仕事には堪能なのだ。無論、リュミエール家の嫡子だけあって、事務だけではなく学問や武芸にも秀でている。
「カットルブリンク社長、お久しぶりです」 「ああ、本社の方にもしばらく顔を出していなかったね。エリアス君、お父上は元気かい」 「ええ、相変わらず……好き放題やってます」
私は思わず顔をしかめた。 彼女の父親、エトワール・リュミエールはMMG本社の社長であり、そして……なんと言うべきか、少々特殊な趣味の持ち主でもあるのだ。好き放題やっているとなれば、私にこの秘書を送りつけてきたのが彼だという可能性も否定できない。
「あー、エリアス君、この―――」
私は横に控えているセントリーを身振りで示した。
「彼女についてなんだが、お父上が何か話していなかったかね?」 「? いえ、父は特に何も……ああ、しかし、会う機会があったらじっくり鑑賞したいとかなんとか……」 「……」 「どうしました?」 「いや、なんでもないよ」
エトワールとセントリーはこの上なく趣味が合う事だろう。きっとひどい事になる。 どうにかして彼女を本社から―――というかエトワール本社長から―――遠ざけておかなければならない。 しかし“好き放題”という単語を聞いてセントリーの目の色が変わったところを見ると、それは困難な仕事になるはずだった。
私は半ば無意識に上着の懐を探り、警報器がそこにある事を確認した。 コロナリー・アラーム―――冠動脈警報器―――通称《コラム》が首から下がっている。これはメディカル・レッドのプラスティックで成型されたマッチ箱(こんな骨董品を知っている者がどれだけいるだろうか?)ほどの機械で、スピーカとセンサがついている。セントリーが私の心臓の具合があまり良くないという事を知り、是非にと言ってつけさせたのだ。 まったく、心痛の片棒を担いでいるのは彼女自身だというのに、いい気なものだ。……それと胃痛もだ。 私が胸板に貼り付けた電極へ繋がっているコードを探っていると、セントリーが何食わぬ顔で言った。
「社長、心臓が気になるのですか?」 「気になるとも。不摂生をした覚えはないが、きみが毎日毎日どっきり企画を敢行してくれるものだからこっちは命がけだ」 「楽しんでいただけて幸いです」
私は大きくため息をつき、同意を求めるようにエリアスを見た。彼女は口をへの字に曲げてセントリーを眺めていたが、しばらくしてから静かに言った。
「……心中、お察しします」 「ありがとう」
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ガーデンMMGのオフィスからセント・クリフォード海洋研究所まで六時間。 本来ならば半日はかかるところだが、社長待遇の一環として支給されたミラージュ・パワーズ製の高級車―――《カルフーン》をセントリーが制限オーバーの速度で駆ったおかげで、私はまたも肝を冷やすはめになった。 海洋研究所の駐車場に車が止まるや否や私は転がるように車外へ出て、まだ地面に立てる事を確認した。
「……なあ、セントリー、そんなに急ぐ必要はなかったと思うんだが」 「善は急げと申しましてですね、」 「そんなに私を心不全で殺したいのかね」
一瞬、彼女は驚いたような表情になり、すぐに目を伏せた。
「……申し訳ありません。その、余興のつもりだったのですが」
その表情が、妻が泣き出す直前のものにあまりにもよく似ていたために、私はひどく動転してしまった。 私は運転席のドアを開け、ハンドルを握ったまま俯いているセントリーの肩に手を置いた。
「私は、ただ……」 「あー、すまない。私も言い過ぎたようだ」
彼女は顔を上げ、わずかに微笑んだ。肩に置いた私の手を指して言う。
「……ようやっと、自分から私に触れてくださったんですね」 「なんだって?」 「だって、今まで私の手にすら触れようとしなかったじゃありませんか」
確かに、言われてみればそうかもしれない。 もともと私はあまりべたべたとしたスキンシップを好む性質ではないし、妻が亡くなってからはなおさらだった。 ……と、いつの間にか彼女の微笑みは危険なものに変わっていた。
「当然、肩の次は腰ですよね? 社長と秘書のいけない関係―――」 「そうなる前に私かきみか、どちらかが確実に馘首にされるな」 「―――まったく、つれない人ですこと」 「そんな事より、海洋研の所長に挨拶へ……いや、多少早いから、この辺りを見て回ろう―――ん?」
地図か何かがポケットになかったかと上着を探ると、カード状のものが転がり出てきた。 黒く、ある種の直立石を連想させる表面には《MMG R&D. Y16》、その裏には《LOT.SAL.9000 P.H.》とある。 裏につけられた付箋紙には“アンロックコード→デフォルト”と書き殴ってあった。
「社長、それは?」 「おそらく、本社がよこした試作品だと思うが……ああ、思い出した、SADだ」 「サド? まあ、社長がそんな趣味の持ち主だったなんて思いもよりませ―――」 「わかったわかった。どうせならもう少しひねりの聞いたジョークを飛ばしなさい」
セントリーはむすっと黙り込み、横目でデバイスをにらんだが、私はそれに構わずにざっと検分を済ませた。 SAD―――ストレージ・アーム・デバイスは、ミラージュMGが対ACS用に研究している武器の一種である。 ACSのスピンオフとも言える性質を持ち、製品化されれば最安価のACSと最高の歩兵装備との間を埋める予定だ。 私はデフォルトのアンロックコード(これはいくらなんでも無用心だ)を口頭入力し、SADを起動した。
『ハロー、マスター。私はYWH16HRパイソン・ハンター、SAL9000です。お名前とご命令をどうぞ』
《パイソン・ハンター》は特に支障もなく起動し、閃光と共にずっしりと手に重い電磁リボルバーになった。 今時、会話型のAIは珍しくもない。ただし、このSADはレネンカンプで作られたのか、かすかなドイツ語訛りがあった。
「ジェイムズ・マーリン・カットルブリンクだ。所在履歴を出してくれ」 『申し訳ありません、マスター。私には所在履歴の記録は不可能です』 「そうか……この形態を見ると攻撃用SADに見えるが、仕様は?」 『私は対ACS及びMTS攻撃用SADです。現在の残弾数は6、装填済み』 「よし、それにしても重いな―――“格納”」 『格納』
《ハンター》は手の中で閃光を放ち、元のモノリス型に戻った。ACSの生みの親、カール・H・ユキザキ博士には敬意を表すべきだろう。彼がいなければ、今頃私はこの銃の形をしたダンベルを引きずるはめに陥っているところだ。 SADが上着のポケットにあった理由はわからないが、恐らくクリーニングか何かの際に紛れ込んだのだろう。少なくとも、そこにあるはずの貴重品がいつの間にかなくなっていた、などという事態よりはずっとましだ。 と、それを興味もなさそうに眺めていたセントリーが口を挟んだ。
「社長、そろそろ時間ですわ」 「あ、いかん、ぼんやりしすぎたようだ」
私は《ハンター》をポケットへと戻し、研究所へと向かった。
――――――――――――
私のあらゆる予想に反して、レヴ・キーツ所長は非常に快活で体格のよい黒人だった。 きまり悪くもその事を言うと、彼はにんまりと大きな顔に裂けんばかりの笑顔を浮かべ、「そりゃもう、みなさん揃いも揃ってそうおっしゃいますともね」と塩辛い声で笑った。 私は彼の事が一目で気に入ったが、何があっても3フィート以内には近付くまいと内心で決めた。彼が話をするというのは、白衣がぴっちりと張り付いた筋骨隆々たる腕で勢いよく身振りを加えながら会話するという危険行為だったし、それに、彼は所長にもかかわらず頻繁に海へ出るらしく、白衣にきつい潮のにおいが染み付いていたのだ。 彼は施設の説明をしながら、自らコーヒーをいれてくれた。
「いやはや、我らが王立兵器廠はけち臭い事にかけては大陸一ですからな! まったく、秘書の一人もつけやしないとは」 「いや、秘書は……どうかと思うんだが。特にこのとんちきな―――」
私が横に座っているセントリーを指すより早く、彼女は私の足を踏みつけた。私はぎゃっと叫んで飛び上がり、コーヒーカップを放り出した。
「……どうしたんです、カットルブリンク社長?」 「社長なら心配ありませんわ」
瞬時にカップを捕捉したセントリーがにこやかに答える。 私は歯軋りをしながら彼女を睨みつけ、呪詛の言葉が口から漏れ出さないように唸った。
「うう―――キーツ所長、私の事はジェイムズで構わない」 「それでは、私の事もレヴと呼んでください」 「ああ、それと彼女の事は“このポンコツ”でもなんでも、」
セントリーの眼鏡がぎらりと光を反射し、私は彼女からカップを取り返そうと出した手を引っ込めた。
「……いや、冗談だよ、もちろん」 「わかっておりますわ」
彼女は当然のように答え、カップを返してくれた。しかし目の底にどす黒い光が見えたのは気のせいか。 ……いずれ開発者に聞いてみなければなるまい。
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セント・クリフォード港からハイドロフォイルで約二時間。 海底基地はかなり極地点に近い場所に建設されているらしく、乗員の面々は分厚いコートに身を包んでいた。 私もそのコートを借りたのだが、サイズを選ぶ時にいつの間にやら腹が突き出している事に気がついてしまい、乗船している間ずっと憂鬱に海を眺めていた。 セントリーはというと、しきりに私の腹を見ながら「だめですよ、ダイエットしませんと」などと喋っていた。なるほど確かに彼女は完璧なスタイルの持ち主だが、アンドロギアであれば当然の事だろう。いい気なものだ……いささか野暮ったい防寒コートを着る必要もなく、甲板上で彼女だけが華やかさを演出している事を考えれば当然かもしれないが。
改めて甲板を見渡すと、乗員や研究員に混じって、我々と同じように招待された人々がちらほらと見えた。 社交パーティで見かけた顔を見たと思ったら、なんとクリンゲンショーエンの御曹司までいるではないか。今年でちょうど三十歳になるオットー・K・クリンゲンショーエンは社交界でも有名な(悪名高いとも言う)女たらしで、浮名を流した女優や芸能人は数知れない。こんな場所に魅力的な女性がいるとでも思ったのだろうか。
「社長、そろそろ到着のようです」 「え? ああ、存外に早いな」
セントリーが唐突にお喋りをやめて事務口調に戻った。いつもの事だが、このスイッチには馴染めそうにもない。 私は寄りかかっていた手すりを離れ、下船すべく歩きだした。
――――――――――――
「ようこそ、我らがマゼラノ連合王国の最前線、《北洋計画》本部基地へ。土地柄ゆえ、さしたるおもてなしはできませんが……ごゆっくりお楽しみくださ、あ痛っ!」
レヴが芝居がかった仕草で歓迎のポーズを取ろうとした途端、長い腕が災いして指先を壁際の計器にぶつけた。
「おお、いってえ、まったく狭苦しくて困りますな」 「大丈夫かね?」 「ご心配なく、幸か不幸か慣れておりますのでね」
彼は指先をさすりながら片目をつぶってみせ、我々一行に奥へついてくるようにと言った。 我々―――私とセントリー、先程見かけたクリンゲンショーエンの御曹司と彼に口説かれたらしい招待客の女性、マゼラノ海軍の関係者らしき男性……それにもう一人、乗船している間は気がつかなかったのだが、ボストージア人らしい少女が一人。……しかし、保護者もなしに子供をこんな場所に放り出すような者がいるだろうか? 私はレヴに招待客について詳しく聞こうと思ったのだが、彼は既に先へと行ってしまっており、結局話を聞く事は出来なかった。
――――――――――――
我々を鋼鉄製の扉の前へ連れてくると、レヴはいかにも広報慣れした人間らしく適度な愛嬌を振りまきながら彼らの施設を説明し始めた。
「……この高速エレベータで300mほど下りますと、二重外殻で守られた《フロントライン》へ到着します。我々のちっぽけなシリンダーの寄せ集めがここよりさらに狭苦しいであろう事は、まあ、皆様も予想しておられるでしょう。しかし海底の風景は他では絶対に見られないものですし、スペース以外の快適さは我々全員が保証いたします」 「二重外殻? それってつまり、海底が危ないって事かい?」
と、オットー・クリンゲンショーエンが口を挟んだ。レヴがひょいと眉を持ち上げて応じると、彼は続けた。
「そんな危ないなんて話、僕らは聞いてないけどなあ」 「……そりゃあもちろんです、危なくなんかないんですから。確かにエアロックの外側の海中は三十気圧の地獄ですがね」
オットーは、げっ、と呻いて顔色を変えた。彼に肩を抱かれていた女性もひどく心配そうな顔をしている。 しかしレヴは自慢げな笑みを浮かべて太鼓判を押してみせた。
「皆様、どうかご心配なきよう! この施設は海底火山の噴火も含めたあらゆる事故を想定した上、充分な安全率を見込んで設計・建造されております。先日もちょっとした地震に見舞われましたが、我々の《フロントライン》には傷ひとつつけられませんでした」 「そうか、それは頼もしいな。それで、早く実物を見たいのだが」
海軍将校が会話に割り込んだ。先程からじりじりしていた様子で私も気になっていたのだが、痺れを切らしたようだ。
「やや、これは失礼しました。それでは皆様、少々手狭ではありますがこのエレベータに乗り込んでください……」
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| 1601/
不可知領域 |
・投稿者/ ルーディーン(神父)
・投稿日/ 2007/11/17(Sat) 23:27:59
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《大接合》が我々に教訓を与えたとすれば、それは我々がいかに矮小な存在かを思い知らせたという事だ。
―――思想家、尉 守仁(C.C.0071 新船山、沿岸シナ特別区)
科学者も魔術師も、全ての事象は理解可能だという前提に立って仕事をするものだ。
―――レオニード・ゲーゼ学園長(C.C.0075 ガーデン)
自然を侮ってはいけない。
―――物理学者、リチャード・フィリップス・ファインマン(大接合以前 不詳)
――――――――――――
絶え間なくごろごろと音を立てるエレベータで数分間下り、我々は《フロントライン》に到着した。 エレベータが到着したのはメイン・シリンダーの中央で、ドーナツ状の壁面にはモニタや計器が並んでいる。
「思ったより広いじゃないか」 「そうですね、もっと社長と密着できるかと思ったのですが」 「……」
私は嘆息し、隙あらば絡み付こうとするセントリーの腕をほどいた。 後ろからは「ふーん」とか「へえ」といった声が聞こえる。 レヴは中のシリンダー群を一通り案内し、それが終わると閉鎖されているエアロックのひとつへ皆を連れてきた。
「只今より新しいシリンダーの接続を行います―――まあ、ちょっとした余興だと思ってください」
エアロックの横には二重構造になった円形の舷窓があり、我々は海底に下ろされたシリンダーを見る事ができた。シリンダーの横にはウェットスーツのようなものを着込んだ作業員の姿が見える。将校が尋ねた。
「あれは?」 「ミラージュから提供された海底作業用の耐圧MTSです。とても扱いやすいシステムですよ」 「ああ、思い出した、グラツィア湖の方でも何機か使っていたな。名前は確か……マーマンだったと思うが」 「社長、ご存知なんですか?」 「それはまあ、自社製品だからなあ。一応名前と見た目、用途くらいは一通り知っておかないと」
確かに、武骨な耐圧スーツや潜水艇と比べると格段に扱いやすいのも頷ける。身体の自由度を妨げないのだ。 我々が舷窓を通して見守る内、彼らはシリンダーの横について接続口をこちらに向け始めた。 再び例の将校が口を開いた。
「あれは与圧したまま沈めているのか?」 「いえ、海水は入るに任せてあります……浮力の関係で沈めにくくなりますから」 「ふむ。水抜きの方式は?」 「スチーム式です」 「ウォータークラップか。あれを経験した事のない人間はさぞかし驚くだろうな」 「ウォータークラップ?」
私が耳慣れない単語に口を挟むと、レヴはすぐさま説明してくれた。
「《フロントライン》には、付近で採掘されたマジックストーンを熱源とした動力炉が備えられています。この熱でシリンダー内部の海水を沸騰させ、蒸気圧で排水を行います。そして二重外殻の外層まで完全に蒸気で満たされたらエアロックを密閉し、蒸気を冷却して水に戻してやります」 「そうすると水が残るのでは?」 「体積比にして1700倍ですから、簡単に取り除ける量ですよ。ちょっとした水溜りができるかどうかといったところです。そして……ほとんど真空になったシリンダー内部に空気を入れてやります」 「なるほど。気圧を不必要に上げずに空気を注入できるというわけか」 「あー、しかし、この後にもうひとつやる事がありましてね」 「?」
レヴはこめかみをぽりぽりとかきながら呟いた。
「外側の隔壁に過度の負荷がかかるのを避けるため、エアロック内部に外側の半分の水圧をかけるんです」 「……どういう事かね?」 「一旦排水した部分にもう一度水を入れ直すんですよ。確実に排水するためにはこうするしかないんですがね。そういう事でこの瞬間に大量の水が一気に隔壁の間に流れ込み、衝撃音を発するわけです」 「そのような衝撃を与えても大丈夫なように作ってあるんだろうね?」 「もちろん」 「それならいいが、しかし―――」 「あ、来ますよ、社長」
何が、とセントリーを振り返ると、彼女は舷窓を指差していた。シリンダーのあちこちからきらめく泡が筋になって立ち上るのが見える。泡がほんの数十cm程度で消えているところを見ると、あれが水蒸気なのだろう。 マーマンを着込んだ作業員たちの行動は迅速だった。瞬く間に均圧弁を閉鎖し、私にはわからない合図を出す。
途端、重い衝撃が《フロントライン》に響き渡った。 情けない事に、私は先に知らされていたにもかかわらず派手に飛び上がり、口ひげを逆立てた。
『心臓に負担を与えないよう注意し、五分ほどお休みください』
と、《コラム》のスピーカから気遣わしげな女性の声が流れ、その場にいた全員が一斉に私の方を振り向いた。
「……あー、失礼、先に言っておくべきだったかな。少々心臓を患っているものでね、まあ大した事はないんだが」 「いやはや、最寄りの心臓外科医は最低でも300m上ですよ」 「やはり軽率だったかね」
レヴは肩をすくめて見せた。
「まあ、このツアーで心臓によくないシーンはこれっきりですからね。それほど心配なさらずとも大丈夫でしょう」 「そう、残念だったね」 「なに?」
どこからともなく、子供の声が聞こえた。幼く舌足らずな調子にもかかわらず、その音程には私の口ひげを震わせるような冷ややかな響きがあった。
「皆、皆廻る―――“災厄の時”」
何事かと問い返す間もなく眩い閃光がほとばしり、我々を鞭打つような一撃が襲った。
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| 1602/
不可知領域(承前) |
・投稿者/ ルーディーン(神父)
・投稿日/ 2007/11/17(Sat) 23:28:23
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気がつけば、状況は一変していた。 口々に何事かを叫びたてる人々の声と……あろう事か銃声が聞こえる。 私はいつの間にか寝かされていた事に気付き、もがきながら起き上がろうとしてやわらかいものに顔から突っ込んだ。
「あら、社長、寝起きですのに積極的な事」 「……うん?」
どうやらセントリーの胸に下から顔を押し込んでしまったらしい。いささか狼狽しつつ起き上がると、彼女は「むふ」と一声だけ笑った。……まあ態度はともかく、何分か、あるいは何時間か、膝枕をしていてくれたのはありがたい。この歳になると些細な事で関節が痛んでしまう。
「さて、特に外傷はありませんしヴァイタルも正常ですが、頭を打った可能性があります。何か自覚症状はありませんか?」 「え? いや、特にはないが……一体、何が起こったんだね?」 「テロです」
セントリーの台詞に呼応するように、一際大きな爆発音が響いた。 見当識がきちんと戻ってきていない状態では、今どこにいるのかもよくわからない。
「なんでまたこんな辺鄙な海底で」 「私に聞かれましても……とにかく、急いでここから脱出しましょう。騒がしいのはお好みではないでしょうから」 「わかってるじゃないか。それで、脱出ルートはあるのかね?」 「テロリストが塞いでいますわ」
私は二重になった鋼鉄の向こう、300m彼方の空を仰いで嘆息した。 もはや死んだも同然ではないか。
「それで、どうするつもりだね」 「どうする、と言われましても……通路を確保して海上まで社長をお連れする以外に何か選択肢でも?」
彼女は喋りながらユニバーサルコネクタを取り出し、手近な端末に接続した。
「具体的な方法だよ。きみの火力では突破できまい」 「それは今から考えます。作戦立案に必要な情報を集めますので、少々お待ちを。…コネクト」
セントリーがローカルネットワークに没入している間、私は周囲の様子を把握する事にした。 まず我々の居場所は……どこかのシリンダーとしか言いようがない。周囲には誰もいないが、隣接して接続されたシリンダーから叫び声と銃声が聞こえてくるおかげで騒音には事欠かない。 セントリーの言うとおり、隣のシリンダーにいるのはテロリストらしい。こちら側から施錠したエアロックを破壊しようと、執拗に攻撃している音が派手に響くのだ。「人質」だの「残り一人」だの「見せしめ」だのといった単語が漏れ聞こえる事を考えると、彼らにつかまれば最後、殺されるかあるいは死ぬほど恐ろしい目にあわされる事は間違いあるまい。そして、私の心臓はそんな事に耐えられるほど丈夫ではない。 それにしても―――と、いつになく真剣な面持ちでサーチを続けるセントリーを見て私は考えた。彼女はあくまで護衛用の装備しか施されてはいない。私を守りながらテロリストの群れを突っ切る(そうでなければ殲滅する)事など望むべくもなく、仕様書からもそれは明らかだ。
潮時だろうか。 この戦争時代にあって、私は人並みよりは幸福な人生を享受する事ができた。 避けられない最期ならば、無意味に抵抗せず、静かに受け入れるべきなのかもしれない。
「…ディスコネクト。社長、《フロントライン》内部の見取り図は手に入りました。これでルートを―――社長?」 「なあ、セントリー、きみはここを出られると思うか?」 「なんとしても脱出しますわ。何故そのような事を?」 「つまり……きみはあくまで護衛用であって、大勢の敵と戦えるようにはできていないし、私に関しては言うまでもない。心臓を患った人間を背負ってこんな海底から逃げ出せるわけがないだろう?」 「蓋然性の問題としてならば、確かにそうですけれど」 「こんな賭けに命を張るなんて馬鹿げているとは思わないか」 「社長、あなたは……」 「しかしきみだけなら脱出する事も可能だ。私一人のために高価なリース品を沈めたなんて事になったら大変な損害が―――」
言い終わるより先に、私は頬を張り飛ばされてひっくり返った。 あまりの衝撃に、一瞬何が起こったのか理解するのが遅れたほどだ。
「ジェイムズ・マーリン・カットルブリンク」
彼女は、私を張り飛ばした右の手首の震えを左手で押さえつけ、私の名を呼んだ。 天井の照明で逆光になったシルエットに、瞳だけが星のように青く燃えていた。
「私には、あなた方人間のその諦めの良さが我慢できません」 「セントリー……」 「可能性が低いからなんだって言うんですか? どうして最後までベストを尽くさないんですか?」 「私はもう疲れたんだよ」 「死んだら何もかも終わりなんですよ!」 「私の人生だ。私に好きにさせてくれないか」 「それは絶対にできません。あなたがいなければ私が存在する意味もありません」 「そんなものは後から修正できるじゃないか。リース先が変われば護衛対象も変わる」 「たとえそうでも、今はあなたを守ります」 「もっと先の事を考えたまえ。きみには未来がある」
彼女は首を振り、私の両肩をしっかりと掴んだ。あくまで強靭な指先が、私の老いた魂を揺さぶった。
「あなたにも明日があります。だから、立ってください。私が最後まで支えますから」 「私は―――」
セントリーの言葉に答えようとした矢先、今まで持ちこたえていたエアロックがとうとう破壊された。 彼女は素早く私の身体を床に押し付け、覆いかぶさるようにしながらスモーク弾を放り投げた。
「お願いです、どうか……」
白煙の向こうから我々に銃撃が浴びせられ、セントリーの背中にその数発が命中した。 私の耳元で小さくうめく声が聞こえた。
「セントリー!」 「この程度、何の事もありませんわ。私の事より、今は」
さらに苛烈な銃撃が彼女を襲った。だが、肩越しにはっきりと衝撃が伝わるほどの着弾にも彼女は動じなかった。 青い瞳が、もう一度私の心を捉えた。はぜる銃撃が映り込む美しい双眸に、私は状況も忘れて見入っていた。 あの瞳、写真では決して表現しきれない深遠を湛えた瞳、さながら星空を映す海のような瞳。
それは私の、妻の瞳だった。
私は彼女がこれ以上傷つく事など我慢できなかった。 私の中で、かろうじて閉ざされていた記憶の掛け金が、音を立てて弾け飛んだ。 あの忌まわしい事件の後、私はトラウマ治療セラピーを受けたが……妻の無残な死は忘れたくとも、愛らしい妻の事は忘れたくないという無理のある要求のせいで、大した効果は上がらなかった。そして、いまや私は心の底から後悔していた―――死んだ妻の事は完全に忘れるべきだったのだ!
目の前の顔が二重写しになり、私の意識は混濁し始めた。 現実的な考えはすでに霧散し、私は転生も憑依も信じていないにもかかわらず、セントリーがマリアンの、何らかの形での再顕だと確信した。……胸ポケットにはあのSADがまだ入っているだろうか? あった。ちっぽけなカード型デバイスは幸運にも紛失してはいなかった。私はそれを強く握り締め、呟いた。
「今、ここにあれ」 『セット』
閃光が目を眩ませるにも構わず、私はセントリーの背中越しにレールガンを構え、銃爪を引いた。 肩が抜けるほどの衝撃が私を襲い、私は床に叩きつけられ―――実際、肩の関節は抜けていた。 フライド・チキンの軟骨をかじった時そっくりの音がはっきり聞こえたのだ。心臓が早鐘を打っている。
『警告! 片手撃ちは危険です! 絶対におやめください!』 「社長!? いきなり何を、」 「私のマリアンは誰にも渡さん」
私は力の抜けた右手から左手へとレールガンを持ち替え、もう一度銃爪を引いた。 再び衝撃と閃光が私の身体を打ち据え、手の中からは銃が消え失せていた。 心臓が肋骨の内側を乱打している。
『心拍数が上昇しています。端末の添付錠剤、指定Cを服用してください』 「失せろ、けだもの共! 私のマリーに触れるな!」 「社長、落ち着いてください、社長!」 「愛しい妻を二度も殺させてなるものか!」
私は吐き気を催すほど苦い記憶の乱流に意識をかき回され、わけのわからぬ事をわめき続けた。 しかし―――そうだ、私はマリアンを心の底から愛していたのだ。 彼女は今、私をその胸にしっかりとかき抱いていた。 やがて乱流は収まり、テロリストたちは嘘のように消え失せ、私は訪れた安楽の中へと意識を投げ出した。
――――――――――――
「……社長?」
セントリーがなんとも形容しがたい表情で顔を覗き込んだ。 情けない事に、私はこれほど短時間に二度までも失神して彼女の介抱を受けていたらしい。 彼女は上着を脱ぎ、私の身体にかけてくれていた。そして何故か、彼女のシャツの襟はひどく乱れていた。
「うん……? また膝枕をしていてくれたのかね、きみは」 「もちろんです―――あ、動いてはいけませんわ。両肩を脱臼してましたから」 「両肩を? そうか、私は……うう、確かにひどく痛むな」 「ここに備え付けられていた救急キットに鎮痛消炎剤がありましたので、失礼ながら眠っている間に……」 「ああ、それは助かる」 「《コラム》も警報を発していましたので、その分の薬剤も服用して頂きました」
服用? 私の頭に疑問がよぎった。こんな場所でまともに水が手に入るはずがない。 セントリーは私にどうやって薬を服用させたのか。 見ると、私の顔に疑念が浮かんでいたのを読み取ったか、彼女はかすかに頬を染めた。
「……」 「どうやったか、聞きたいですか?」 「いや、いい、言うな。決して私の耳に入れてくれるな。私以外にも喋るんじゃない」
どこのどいつがそんな機能をつけたのか、そもそもそんな機能自体の存在を私は認めたくなかった。 しかしそう考えれば、彼女の襟元が乱れている理由も、意識のない私が薬を飲み下せた理由もはっきりする。 意識を失っていたとはいえ、五十路も半ばを過ぎた男がそのような行為をさせられるとは、なんたる事か。私は瞬く間に自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「写真もありますが。記念に一枚いかがですか」 「消去しなさい、今すぐ。後生だから」 「まあそこまでおっしゃるなら……ええ、まあ」
言葉尻を濁すんじゃない!と叫んでやりたかったが、あいにく私の身体は言う事を聞いてくれる状態ではなかった。 私の両肩はさながらフットボール選手のごとく腫れ上がり、後頭部には大きなこぶができていた。全身にわたってあれやこれやの切り傷が散らばっている事は言うまでもない。もっとも、心臓の方はおとなしくしているようだった。
「……テロリストはどこへ消えたんだね?」 「先程、社長があれを撃ったおかげで退散したようです。それと、上の方で何かやっているらしくそちらへ」 「そうか」
マゼラノ海軍か、あるいは海兵隊か。どちらにせよ、援軍が来てくれたらしい。 ここで待っていれば大丈夫だろう。救援が到着するまで粘ればいいのだ。私は緊張を解いて彼女に話しかけた。
「先程は……見苦しいところを見せてしまったかね。気にしないでくれると助かるんだが」 「もちろんです」
セントリーは二つ返事で請け負ってくれたが、しばらく眺めてみると彼女の表情に物問いたげな色がある事に気がついた。よく見なければわからないくらいかすかな変化ではあったが、好むと好まざるとに関わらず毎日顔を突き合わせていればそのくらいは見分けられるようになるものだ。 時間もある事だ、ここで話してしまおう、と私は判断した。私の頭は疲労で自制心が働きづらくなっていたらしい。
「マリアンというのは……私の妻の名前でね」 「はい、グッドウィンター副社長から聞いておりますわ。しかし……」 「ああ、十年と少し前に亡くなった。爆弾小包を開けたんだ。私も両脚を交換する羽目になった」 「……」
セントリーはかすかに眉をひそめたが、何も言わずに目顔で先を促した。 こういう時、軽々しく「心中お察しします」などと言わないのはいいところだ。
「それ以来、女性との個人的な交渉は控えてきた。妻と同じくらい魅力的な女性がいなかったわけじゃない……ただ、またあんな事になるんじゃないかと不安だったんだ」 「あら、その割には女性との会食が多いようですけれど」 「この歳で茶飲み友達を求めてはいけないかね?」 「あなたにその気がなくとも、相手は惚れ込んでいるかもしれませんわ。いつか背中を刺されたり……」 「それはきみに守ってもらうしかないな」
私はつい肩をすくめようとしてしまい、痛みに呻いた。 セントリーが外れた関節を戻してくれたとはいえ、炎症はそう簡単には引かないものだ。
「腕を動かしてはいけませんよ、社長。取ってほしいものがあったら何でも言ってください」 「いや、大丈夫、気にしないでくれたまえ。……それでだ、妻が亡くなってからちょうど十年経って、きみがやってきた」 「私が?」 「そう。ディクシーは言わなかっただろうがね、率直に言って、きみはあまりにもマリアンにそっくりなんだ」
セントリーは、そこで合点がいったという顔をした。
「なるほど、道理で社長のデスクの中に撮影した記憶のない写真があると思いました」 「きみが他人のデスクの中を勝手に漁る趣味の持ち主だったとは思わなかったが」 「あら、他人じゃありませんわ、私の一番大切な人ですもの」
言葉をつごうと唾を飲み込みかけた私はそこで盛大にむせ返った。 セントリーが仰向けになった私の胸をさすってくれたが、あのマニピュレータではあまり効果があるとは言えまい。
「……う、む、おほん、念のため聞いておくが、それは護衛対象としてかね?」 「それ以上ではいけませんか?」 「質問を質問で―――いや、もはや何も言うまい。とにかく、きみがマリアンに瓜二つなせいで、私は事あるごとに大いに動揺させられるんだ」 「それは、つまり……私を返品して別のアンドロギアに交換するという事ですか」 「いや、そういうわけじゃない。きみの仕事ぶりは見事なものだし、多少癖はあるが返品を要請するほどひどくはない。私が言いたいのは……つまり……なんと言うのか……その、私が自制を失う事がたびたびあるだろうという事だ」 「あら、押し倒してくださるのならいつでも結構ですけれど」
セントリーは相変わらずの調子で茶化したが、実際のところ、その可能性は否定できない。 契約上私に自衛権の全てを依存しているため、彼女が私に抵抗する事は絶対にないのだ。 気のふれた私が彼女を滅茶苦茶にする様を想像してしまい、私の背筋は恐ろしさに震えた。 法律上で人権が認められていないからといって、我々を助け、励まし、その身を挺して命すら守ってくれるものを身勝手な理由で乱暴にしていいはずがない。それはけだものの所業だ。
「いや、そんな事は私のプライドが許さないだろう。あるいは気が狂ってそういう事をしでかしたとしたら、私は正気に戻った後自殺するかもしれない」 「それは困ります」 「だったら、私がおかしくなった時は私を止めると約束してくれないか―――もちろん、きみにできる範囲でいい」 「はい、もちろんです……この身にかけて、誓いますわ」 「ありがとう」
私は一息ついて、辛抱強く膝枕の姿勢を維持しているセントリーの脚の上から《フロントライン》の天井を眺めた。 私の身体は疲れ果て、怪我だらけで、しかもここはテロ真っ最中の海底施設だというのに、私はここ何年もの間忘れていた安らぎを感じていた。
「いやはや、視察旅行のはずがこんな事になるとは。これならきみが言っていた通り、多少の骨休めを入れて埋め合わせる必要がありそうだ」 「骨休めも何も、救助されたらすぐに病院送りですよ。ご自分ではおわかりでないかもしれませんが、本当にひどい状態なんですから」 「―――」
私は心配そうな様子のセントリーを相手に軽口でも叩いてやろうと口を開いたのだが、何故か言葉が出てこなくなってしまった。何事か、と首をめぐらそうとして私は胸の痛みに気がついた。例の《コラム》はさらに一拍遅かった。
『動いてはいけません。救急車を呼びました』
《コラム》の合成音声がシリンダーにうつろに響き、私は心の中で失笑した。 300mの海底にあってどうやって救急車など呼ぼうというのか。
「社長!? どうしたんですか、社長!」 「―――、―――」
照明が落ちたのだろうか、急に暗く狭まる視界にセントリーが大写しになった。 そんなに顔を近づけなくとも聞こえているのに。このくらいの痛みはいつもの事だ。 医務室に担ぎ込まれた事だって少なくない……セントリーが来てからでも……一回、いや二回……? 急に眠気を催した事に私は茫漠と疑問を感じたが、これほど疲れている時に睡魔に勝てる人間はそうはいない。 セントリーが私の肩を揺さぶっている。安眠の邪魔をするんじゃない。
どこか遠くで、何かを決意した顔で、私の―――私の大切な―――誰だっけ? 誰なのか思い出せなかったが―――彼女が、まるで誓約するように、「死なせるものですか」と言うのが聞こえた。 死が二人を別つまで、と言うならば、あるいは二人が死ななければ離別もあるまい……
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| 1660/
インタールード―――冬寂の子供たち |
・投稿者/ ルーディーン(神父)
・投稿日/ 2008/03/28(Fri) 23:30:59
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すべてを危険にさらさなければ、何も得られはしない。
―――《大接合戦争》開戦を受けて、ジェフリー・ド・シャルニ元帥 (C.C.0021 シャルバベッジ)
確かに、私の人生の九十パーセントはクズだ。 だがそれを言えば、この世すべての九十パーセントはクズなのだ。 まだ残りの十パーセントがある。
―――老作家、ナヴ・ハリ (C.C.0079 アナクレオン太守国連邦)
――――――――――――
目の前に、誰かの手が差し出されている それは冷たく、無機質で、血の通わない、金属の手だ 私はただぼんやりとそれを眺めている―――
…………
今からおよそ八十年前、未曾有の天変地異がこの世界を襲った。 いや、正確に言えば現在の世界の元となった二つの世界を襲ったのだが。 生物としてはまったく同等の存在でありながら、まったく異なる思考体系を持つ存在と対面した―――どちらから見てもそれは異様な出会いだったに違いない―――当時の人々の驚きと恐怖は計り知れないものがあっただろう。 そして不幸な事に、自らの理解の及ばないものに対していわれのない恐怖を抱く事に関しては、どちら側の人間も変わらなかった。 団結と称した排斥、自衛と称した殺人が横行し、ついに《大接合戦争》の戦端は開かれた。 戦争は長く、苦渋に満ち、災害の爪痕すら癒えぬ世界を破壊した。 その一方、手を差し出す事を躊躇わなかった一握りの(変わり者の)人々は、大きな犠牲を払いながらも戦争の惨禍を遁れ、変わり果てた世界で生き抜くために持てる技術を振り絞った。
かくして《冬寂》―――ウィンターミュートは最初のアンドロギアとして生み出された。 彼は現在のアンドロギアほど精巧に出来ていたわけでなく、また力も劣っていたが、それでも彼は人間たちに大いに尽くし、後に続くべきアンドロギアたちのための道を開いた。 《アンドロギア》という名前も、元々はウィンターミュートが男性の外観を模していた事に由来している。もっとも、今では女性型の方が多いようだが。
私にとって幸運な事に、私の両親や祖父母は変わり者の方に属していた。 両親は私を熱心に教育し、私は成人した年に《冬寂》の生みの親、すなわちU.K.ロボティクスに技術職として入社した。 入社してからの十年ほどはとても充実していた……しかし、ミラージュMGとの提携―――要するに吸収合併である―――の話が持ち上がると、ささやかな平和は打ち砕かれ、にわかに戦場じみた雰囲気が社内を支配するようになった。 私が《冬寂》と初めて会ったのはその頃の事だった。 彼の身は相当に老朽化していたが、それでも一般作業くらいは手伝える程度の能力は残されていた。 おかげで、倉庫勤務に回された私は物静かな彼の隣で仕事に明け暮れる事になったのだった。
「ウィンターミュート?」 「はい、なんでしょうか、ジェイムズ?」 「確かきみは製造されてから……ええと、」 「今年で三十一年目になります」
なかなか気の回るアンドロギアだ。外見はブリキ細工的ではあるが、中身はそうでもないらしい。
「そうか、とすると私と同い年という事になるな」 「はい」 「ふむ。きみはここで働いている事について何か思う事はないのかい?」 「思う事、ですか? そうですね、ここは少々埃っぽいので、出来ればイオン・エレメントを装備したいのですが……」 「あれは値が張るからなあ……って、そうじゃない、つまり……きみは世界初のアンドロギアだっていうのに、こんな辺境の倉庫で働かされて不満はないのか、って事だよ」 「何故不満に思わなければならないのですか?」
私は答えに詰まった。 当時の私は気力充分の働き盛りで、世界に対して挑みかかるような姿勢で仕事に臨んでいたのだ。 だが冷静に考えれば、形はどうあれ奉仕のために作られたアンドロギアがその待遇を不服とするはずもない。
「そうだな……そりゃあきみは不満じゃないだろうな。けどなあ、私はどうかと思うよ」 「何故ですか?」 「つまりだ、きみは世界初のアンドロギアとして、いわば歴史的な価値があるわけだよ。きれいに磨き上げられて博物館で悠々自適の暮らしをしてもいいくらいさ。それを上の連中は……こんな埃だらけの薄汚れた倉庫で働かせているときたもんだ。あんまりじゃないか」 「しかし私は博物館に入りたいとは思いません」
珍しくきっぱりとした物言いに、私はチェックの手を止めて彼を振り返った。
「それこそ、何故だい。今みたいに埃に悩まされる事もないし、燃料も、潤滑油も、不凍液だって最上級のが好きなように使えるのに」 「しかしそれは私が製造された理由に反します。私は奉仕される事を望みません」 「それじゃあ、周りの人間がそうする事を望んでも、きみは拒否するのかい?」 「命令であれば致し方ありません。しかし、私は人間がそのような状況を望まないという事を知っています」
私は作業に戻りかけていたが、ぎょっとしてもう一度彼を振り返った。
「それじゃ、今博物館に行った方がいいと言った私ですらそう望んでいないと言うのか、きみは」 「はい」 「何故。明らかに矛盾しているんじゃないか?」 「表面上はその通りです。しかし、人間は自らが生み出したものに奉仕する状況を否定する存在です。もし私が博物館に入り、あなたがそのメインテナンス業務に当たるような事になれば、あなたは不満を抱くでしょう」 「そんな事をどこで知ったんだ?」 「二十年も人間のそばに仕えていれば、自ずからわかる事です。中には機械に奉仕する事を嬉々として受け入れる人間もいるようですが、彼らは明らかに標準から逸脱した存在です」 「ふうむ。面白いな、それは。私よりずっと老成した考え方に思えるよ」 「そう―――」
ですか、と傾げようとした冬寂の首が何かを噛み込み、異音を発した。 私は慌ててチェックシートを放り出し、彼に横になるよう指示すると診断ユニットを取りに行こうとした。が、ふと思いついた事があって振り返り、彼に言った。
「……ところで、この状況は奉仕されているとは言わないのかい?」 「無論、この分は倍にしてお返しします。乞うご期待、といったところですか」 「まあ、楽しみにしているよ」
私は肩をすくめて倉庫を出た。―――彼は元気にしているだろうか? あの時の借りはまだ返してもらっていない…… いや、あの時知った彼の深慮こそが私の得たものだったのか……
…………
目の前に、誰かの手が差し出されている 冷たく、無機質で、血の通わない、金属の―――だが、確かに私に向かって差し出された手だった
私は冷え切った己の手を伸ばして―――
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| 1589/
只今より題○○回ガーデン学園祭を開催します |
・投稿者/ スペランカー
・投稿日/ 2007/11/01(Thu) 02:21:24
| ってタイトルですが、準備期間を投稿するのもOKですので、どしどし参加しちゃってください。 てか、一人だと物凄くイタいので…
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| 1590/
約一週間前の出来事 |
・投稿者/ スペランカー
・投稿日/ 2007/11/01(Thu) 02:48:40
| 「え?」
リゼル=プレサリスは聞き返す。
「いや、だからな…」
とジョン=ホークウッドは試作された学園祭のパンフレットに目を通しながらもう一度話す。
「毎年同じ審査員では公平性が保たれないという意見が多数出てな。それで今まで審査員をやってもらっていた君には今回ミスコンに出場してもらうことになった。」 「いや、でも、私は――」 「ちなみに君の出場は多数の生徒からの推薦でな。拒否はできないからそのつもりで。」
●
「あはははははは」
学生寮の一室に少女のような笑い声が響き渡る。
「そ、それで、あんたがミスコンに出場するって…わけか…あは、おか、おかし…あははは」 「ちょっと、笑い事じゃないわよ。」
腹を抱えて笑うセシルを見てリゼルは頬を膨らます。
「この歳でミスコンだなんて…もう最悪よ。」
そう言ってリゼルはカクテル缶を飲み干すと渡されたミスコンの資料をめくる。
「だいたい『ズボン、スパッツの着用禁止。ただしスパッツのみの着用ならOK』ってなによ。ただのセクハラじゃない。」
愚痴をこぼすリゼルを見ながらセシルはビールを呷り、にやにやと笑う。
「今さら抵抗したって無駄よ。大人しく恥じかいてきなさいな。」 「他人事みたいに…」 「だって他人事じゃん。あたしが被害を被るわけじゃないしね。」 「こいつは……」
リゼルはため息を吐き、新たな缶に指をかける―と、
にゃあ
と、愛猫のキッスが鳴き声をあげながらすり寄ってくる。
「あ、ご飯まだだったっけ…ごめんなさいね」
そう言って立ち上がり、キッチンの戸棚からキャットフードの缶詰を取り出し、食器の上に盛る。
「今日は缶詰で我慢してね。明日は美味しいもの作ってあげるから。」
そう言ってキッスの頭を撫でるリゼルを見てセシルがぼそりとつぶやく。
「ペット可愛がる女って結婚できないって言うよね…」 「……何か言った?」 「別に〜」
その後どれくらい飲んでいただろうか。ふと時計を見ると、時刻は既に夜の11時を回っていた。学園祭の準備期間とはいえ明日も用事はいろいろとある。もうそろそろ寝ておかないと朝がつらそうだ。
「ねえセシル。私そろそろ寝たいんだけど?」
時計を指差して言うとセシルは缶ビールを一気に呷り、「あ、そう」とだけつぶやく。
「いや、だからね、そろそろセシルにはお引き取りいただこうかと?」 「あたしは大丈夫。先に寝てていいよ。リゼルの寝相を肴に飲み続けるから。」 「ちょっと、何よそれ!」 「あー、もう。明日早いんでしょ? さっさと寝なさいよ。」 「だからセシルがさっさと帰りなさいよ。」 「めんどいから嫌。」 「ちょっと、勝手に冷蔵庫開けないでよ!」
そんなこんなで独身女達の夜は更けていった。
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| 1592/
before GAKUENSAI [Side:E] -1- |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/11/09(Fri) 01:30:08
| 「でさー、ホント先公は空気よめねーよな?」 「そうそう。あんだけ宿題だしてさぁ。できるわけがねえじゃん?」
ホームルームの時間、教師が来ないせいか退屈な時間が続く。 ”授業”と言う時間である以上、授業に集中しなければならない。 それは私の小さなケジメ。 私は護衛という任務は有るけれど留学生なのだから。 覚えの悪い私はこうやってマジメに受けないと成績なんて下がってしまう。 それだけは避けたい。避けなきゃいけない。 そうしないと不安だから。 だから私は教本に目を通す。 だけど………どうしても彼を意識してしまう。 彼の鼓動、息づかい、言葉、表情を思い出してしまう。 だけど顔に出してはいけない。 今は集中するべき、集中しないと……。
「よぉ、ティグ。なにエミリーのことじぃっと見つめてんだよ。」 「なっ、別にあいつのことなんか見て無いよ!」
何十秒後か、教本への関心は薄れ、後ろの会話を聞こうと必死になっている私が居た。 私がやっている事がいけないことだとは判ってる。 でも私はそれを止める事ができなかった。 気付かれないように体勢はそのままで。 何やってるんだろう私。
「エミリーは根が真面目なだけなんだよ! それに俺といるときは笑顔も見せてくれるし… エーニスみたいに能天気に笑ってる厚化粧女よりは断然にマシだね!」
その瞬間、後ろの空気が凍った。 そして響く罵声。 どう考えてもエーニスのもの。 声は凄いけど、夏に酷い事を体験したせいかなんともない。 ああ、怒ってるんだとしか感じ取れなかった。 どんどん殺気が強くなってきてる。 身体を抑える事ができなくなってくる。 想いとケジメが衝突する。 抑えはどんどん薄れていく。 どうしよう?このまま話に割り込む訳にも行かない…。
「おーい、何やってんだ。席に着けー」
担任の教師のお陰で私を押さえ込む事が出来た。 あのままだとどうなっていた事か……そう考えるとほっとする。 そう考えていると、教師の配布物がこちらに渡された。 気を散らす為に私はそれに目を通す。 配布物の表紙にはポップなキャラクター。 そして大きく学園祭と書いてあった。
「学園祭……?」
学園祭ってどんな行事なのかな? 学園生活自体がまだ一年も無い私にはわからない事だった。 後で誰かに訊く方が良いのかもしれない。
「あー、みんな知ってるとは思うけど、 来週の月曜日から学園祭があります。 それで学園祭のミスコン出場者をクラスから一名選出することになってるんだけど、 立候補するやつはいないか?」
ミスコンと言えばたしか女性の容姿の優越を競うもの。 と誰かに言われたような気がするけど……誰だったかな? 思い出せないけど瑣末な問題。 私は容姿では色々な問題で良いとは言えない。 詳しく言えば自信が無い。 何処か具体的には聞かないで。
「やっぱ立候補はいないか…じゃ、推薦用紙配るから適当な名前書いてくれよな。」
教師が用紙を配り始める。 誰にすれば良いの…? 悩んでいる時に思考を中断させる校内放送のチャイムが鳴った。
『機甲科高等部2年ティグリス=ユーフラテス、 本日中に第一生徒会室まで来てください。繰り返します。機甲科――』
彼は此処最近は一人呼び出されるような事はしていないはずだけど…… 私が呼ばれないと言う事は別の用件と見てもいいのかもしれない。 なんにしても、私も同行する事はできない。 なら、今目の前にある事をどうにかしなくちゃ… だけどまったく考えられない。 時間だけが経っていく。 集める少し前に、ある事を考えてしまってエーニスの企みに賛同してしまった。 ソレが彼に負担をかけるとも考えずに…。
それは的中した。 彼が黒板の文字を見るなり、私に視線を送る。 目が合った私はさっと本で顔を隠した。 それぐらい判っているはずだったのに……なんでかな? 考えてもわからない。 でも一週間後がとっても待ち遠しくなった。
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| 1593/
Hide and Seekers 前書き |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/11/09(Fri) 01:31:12
| 明るい学園祭の裏の教会特殊部隊の暗躍を描く話なので、回避したい人は回避してくだださいよー。 ちなみにキャラクターの殆どは即興キャラで書かれておりますので注意。 設定が欲しい場合はチャットで一声かけてください。
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| 1594/
Hide and Seekers 1[疑問を持つ戦士と未熟な女] |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/11/09(Fri) 01:36:33
| 硝煙の匂いが発散していく。 そして残るのは肉が焼けた匂い。 そこに”居た”のは異形の少年と少女。 そこに”居る”のは銀色の装甲を纏った騎士達と司書官。 本来殺されるはずではなかった馬鹿な少女は化物を庇って首を刎ねられ、 殺されるはずだった化物は火達磨になって無数の銃弾にその身を貫かれた。 騎士達はこんな現場を今更どうも思わない。ソレに加担したモノを人と見なさなくなった。 人ではない物を殺す事に恐怖など覚えない。 当然だろう。世の中には自分で育てたモノを殺して生計を立てるモノまで居るぐらいだから。 だけど、俺には理解ができなかった。 今の俺にあるのはどうしようもない胸糞悪い気分と少女への哀れみ。
「記録をとり給え。遺体の処理後、次の任務に移る。」 「はっ!」
少年の遺体を写真で撮り、司書官は何か書類を書き始める。 司書官と言ってもただの記録係のようなものだが。 組織構成上司書官と言うそうだ。 指揮官の言葉通りに何人かの男は少女の遺体をシートで包む。 無論その遺体は焼却処理されて明日には人知れず棄てられる。 俺は飛んだ少女の首を抱え、ガラにも無いような言葉を呟いた。
「すまない……すまない……。」
謝罪の言葉を呟いてももう少女はこの世に居ない。 つまり、どうやっても許される事はないのだ。 前もこのような事が有った。 先輩に話しても相手にされなかった事だけど。 後ろから肩を叩かれながら同僚が話しかけてくる。
「ったく、アッシュは優しすぎるんだよ。何れそいつは俺達に殺される運命だった。それが今だっただけじゃないか。」 「何の罪もない市民を殺してそれはないだろ!」 「罪は有るんだ。そら、俺達の任務を妨害した。それだけで殺すに足る理由さ。」 「だが…!」 「ほら、無駄口は良いから車に乗れ。次の任務の前に戻れとよ。」
マトモな精神を持っているとは思えない。 いや、麻痺しているだけなんだ。 そのはずだ。 ああ、そうに決まっている。 そう考えつつも少女の首を抱えて車へ乗った。
この俺、アッシュ=オーウェンは今の仕事に向いていない。 幼い頃だったか。異形に襲われた俺を助けてくれた銀色のヒーローに憧れて入隊した。 だが、憧れを抱いた俺を待っていたのは辛い現実。 その業務はヒーローではなく殺人マシーンだったのだ。 人知れず蠢く化物を噂になっている段階で処理するゴミ処理班。 人に似た何かを処分するだけの存在。 関わりを持った人間すらも処分する。 誇りにできる事などなく、意味の無く血と硝煙のにおいがこびり付く。 俺の手はいつの間にか血に濡れていた。
「ほら、着いたぞ。生首はそこにおいて行け。」
言われるままに首を置き、車から出た。 ここはカラッジーノ。信仰や愛国心で狂気に染まった人間達の都市。 唾棄すべき俺の故郷。そして始まりの場所。 任務を聞くのはいつもの一室。 クソッタレな32人もの男女がそこに居た。 全員が俺と同じ部署の……人間だ。
「ブリーフィングを始める。手元の書類を見ろ。」
書類には4名の人間の顔写真。 そして二つの異形の写真。 これが今回のターゲット。 存在を見つけられてしまった哀れな生き物。 どうやらいつも道理これらを殺害するのが任務。 されど、今までの任務とは違い、編成も時期も場所も特殊であった。
「領域はガーデン。今回は極秘作戦だ。よって装備はACS及びMTSとする。 そしてスリーワンセルかツーワンセルを基本とする。以上。」
本来異形相手には5人程度の人員を組ませる。 そうしなければ太刀打ちできない場合が有る。 例えば、バグの中にはACSに類似したモノを装備するモノも有るし、 未だに生存している個体によっては大型バグとつるんでいるものも有るからだ。 だが、今ガーデンは学園祭シーズンだ。 つまり、表立って軍事行動を起こす事ができないのだ。 だからなのだろうが、厳しすぎる。 だが、之が仕事なんだ。そう割り切ろう。それがいい筈だ。
そしてブリーフィングは終了し、急遽ガーデンへ向かう事となった。 どうも俺を含めた数組がまずガーデンで情報収集をするらしい。 ACS以外の装備を受け取り、俺は愛車へ向かった。 俺は自前のACSが有るからだ。無論自腹で買ったものではなく、遺品なのだが。
「遅かったですね。どうかなされましたか?」
駐車場に待っていたのは新人の司書官。 本来司書官は戦いに参加する事は皆無なのだが、彼女の希望によって俺と組む事になった。 名前はレジーナ。 生い立ちは……他人の過去を知ろうとする事は禁じられている。 それが俺達の暗黙の了解だ。 だが、どう考えても戦いに参加するような人間に見えない。 口調は柔らか目で、目つきも鋭くはない。 何より体つきだ。 体つきが戦う人のそれではない。
「補給部の連中が遅かっただけだ。それよりも、本当に良いのか?」 「え?何がですか?」 「俺について行く事だ。死ぬかもしれないんだぞ?」 「良いんです。貴方がさっき”私を護る”って言いましたから。」
微笑みながら 編成の時にポロッと言ってしまった事を俺は後悔している。 之で何か有ったらまた俺の頭が痛くなる事に。 お荷物を抱えて敵を探して撃つ…か。 思ったよりも厳しい任務になりそうだ。
「OK,んじゃ今後の事だが、敬語は避けろ。俺の事は呼び捨てでいい。」 「………え?なんでで…なんで?」
行き成り言い直しやがった。 普通に考えろよ。 わざとらしく溜息をつき、丁寧に説明する。
「いいか、かしこまった感じで学園祭に行く奴が何処に居る? ンな事してると回りから浮いて見えるぞ。何より怪しい。」 「は、はぁ……では試しに言ってみますね。ア、アッシュ。こここれでいいですか?」 「何故照れている。それともなれて居ないか?」 「ゴメンなさい。慣れて無いので…なのよ。」 「どうせ長い道のりになるんだ。現地へ着く前に慣れろ。あとお前、車は?」
訊かれた途端、レジーナの表情は固まった。 この反応を見る限り買う金が無いと言った所か。 いや、外見的な若さからしてもまだ免許を持っていないか?
「判った。何も言うな。無いなら俺の車にでも乗ってろ。」 「は、はい。」
言われるままにレジーナは助手席に腰掛ける。 その一瞬だっただろうか、不穏な言葉が聞こえたような気がする。 「これで、これで……」と。 追求するわけにも行かなかったし、空耳だと思って俺は車を発進させた。 行き先は学園都市。一癖有りそうなパートナーを連れてのんびりと。
「所で、周りからどう見えて…?」 「大方、カップルか兄妹かって所だろ。」
目に見えるぐらい頬を赤くされてもなぁ…。 まあいいか。久しぶりにからかい甲斐が有りそうだ。 泣かない程度に色々やってみるのも悪くはない。 ……まぁ、それができるのもターゲットに会うまでか。 今回のターゲットはヤバすぎる。どうにかできるか? いや、やるしかないんだ。そのための俺達だから。 おっと、その前にする事が有ったか。
「その前に……だ。その服は何だ。」 「……はい?」 「お前、現場に一度も行った事が無いだろう?」 「何故、判るので…ぁ……何故判るの?」
言い直しやがったな。 まあいい。説明しながら進路を変更。
「お前な、どこの世界にスーツで学祭に参加する一般客が居る? 表向きでは俺達はただの観光客だ。ビジネスをしに行く訳じゃあ無いんだぜ。 あと早く慣れろ。でないとあ周りから変な目で見られる羽目になるぞ。」
「へ、変な目って……!」
最初の目的地は郊外の怪しい服屋。 もちろんこいつの服云々ではなく、俺のACSを受け取りに行くのだが。 予想所要時間………30分。長いがこいつをいじりながら行く道のりならそう退屈ではないだろう。
「爺さん、生きてるか?ったく、ぜんっぜんかわんねえボロい店だな。」
ボロいドアを足で開けていつもの軽いジョークを言い放つ。 それに応えてボロいイスに座った生きた化石が返事を返す。 さっき後ろから小さい悲鳴が聞こえた事は聞かなかった事にしておこう。
「生きとるよ。まったく、躾がなってない坊やに誰が育てたんじゃ。」 「文句なら親父とヴァラスのオッサンにでも言ってくれ。」 「奴らと同じような無茶を言いよるわ。死人に文句ならいくつも言いたいわい。」 「ちげえねえ。」
親父は小さい頃にどっかで”哨戒任務をしている”事になって、 世話んなったヴァラスつー軍人は戦死している。 皆は英雄だとか言っていたが、身近に居た俺から見れば英雄とは呼べない人だった。 英雄と言うほど高潔でもなく、汚れ仕事をわざと請け負っては損をする。 とても人に威張って言える仕事じゃあない。だが…… 今の俺と同じ仕事をしている訳なんだが。
「あの……先ほどおっしゃってたヴァラスさんってもしかして…」 「コラ、口調が戻ってるぞ。串刺し司祭だのなんだの言われてたオッサンだ。 知ってるだろ?十年前の戦いで逝った奴さ。」
詳しく言えば、はらわた垂らしながら敵の首を掻っ切って敵を恐怖のどん底に落とし入れた張本人だが。
「ご、ごめんなさい。意外ね。ってあれ?」 「意外で悪かったなぁ?英雄の知り合いが高潔な人物とは限らないんだ。特に俺とかな。 で、爺さん。本題に入るが、例のブツはメンテ終わってるよな?」
化石のような爺さんはレジの下から腕輪を取り出す。 そう、これが俺のコアデバイスだ。 尤も、本来は俺の物じゃあないが。 だから刻み込んである名前も当時のままに。 されど中身は当時に忠実ながら何度も改良を重ねてきた。 本当にヤバい時しか使わない俺が持ち得る最高の得物。 それがこいつだ。
「それは…?」 「俺が持ち得る最高の装備だ。ちょいとカビ臭いけどよ。」 「ぷっ。」 「な、なんだってんだ。ちょいとジョークを言っただけじゃねえか。」 「そんな事を言う人に見えなかったからつい…ぷっ。」
どうした事かねえ。 流石にアレはやりすぎたか。 まあ、からかうネタは此処に有るんだが。
「で、爺さん。急遽入った注文だが…。」 「判っておる。そこの娘ッ子の服だろう?」 「………今何って言った?」 「お前の着替えを調達するって事だ。」 「え?私そんなものを貰うような………ぁぅぁぅ。」 「勘違いするな。このままじゃあ任務を続行できそうにないし、スーツ姿で野宿する気か?」 「野、野宿って……。」 「ガーデンまでの道のりじゃあ有り得る話だ。」
そう、それを見通して俺は車に色々な物を用意してある。 食料から衣服まで。 一週間程度かつ俺だけで逃亡生活をしろと言われれば簡単にやってみせる。 オフィサーな彼女はそんな事は考慮してなかったんだろうよ。 ブリーフケースしか持ってなかったし。
「まあ、安心しろ。幸い此処には一通りのものは揃っている。 適当に選んで選び終わったら俺に言え。できないなら問答無用で俺が選ぶぞ。 そん時はどうなっても言いっこなしな。」 「そ……そんなの困る!」 「なら早く選べ。」
十数分後、やっと彼女は決めたようだ。 俺なら5分も要らん。どうせ仕事のたびにボロボロになるんだ。 なら安い奴を選ぶだけだから。
「爺さん、御代はお前のツケでどうだ?」 「確かにわしのツケよりは安い額じゃのう。良いだろう。これでわしを頼るのは最後かもしれんからな。」 「へっ、ほざいとけ。あと20コームぐらいツケが有るがチャラにするなよ?」 「わかっておる。お前こそ、初めての任務みたいな事をするでないぞ。」 「……あんな事を繰り返すかっての。ほら、行くぞ。」
チッ、ショッパイ事を思い出させちまってよ。 あの爺、どうして空気を読まないかね。 まあいい。そうも言ってられねえからちゃっちゃと行くか。 中継地は音楽と美術の街。その前後は野宿かね。 ドアを蹴って外へ出る。怒号が聞こえるが知らないなぁ?
「あの……顔色悪いような……?」 「気にするな。胸糞悪い事を思い出しただけだ。」
買ったものを後部座席にぶち込んで車のエンジンを起動させる。 ターゲットがアレたぁ……何の因果なんだろうな。 あんなんとぶつかっちまったら俺は生きて帰れても他がくたばっちまう。 そのぐらいヤバいってのに……あんなメンツじゃあな。 どーやって多くを生かすかねえ。 こんな事しか考えられねえなんて俺もヤキがまわったなぁ。 しゃーないしゃーない。 ドライブしに行くと思って気軽に行くか。 道のりは長い。それまでに訊く事は聞いて置こう。 でないともしもの時がヤバイからよ。
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| 1650/
Hide and Seekers 2[テストバトル] |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2008/03/03(Mon) 03:53:07
| 「まったく、こんな場所とは思わなかった」 「こんな場所なんていわないで。一応これでも私の母校なんだよ。」 「あー、ならすまんかった。こんなちゃらんぽらんな場所だとは思わなかった。」 「もうそれでいいです…。」
ガーデンという場所はもうちょいキッチリしてるイメージが有ったんだがなぁ。 この雰囲気じゃあウチの戦力も自前で対処した方が良いと思うのだがねえ。 こんなガキどもに戦場行かせるなんて狂気の沙汰だ。 俺が指揮官なら帰れとでも言っている。 …馬鹿が生きていられる戦場など無いのだから。
「で、こんな所に来てどうするんだ?ゲームセンターなんざ半年振りだがね。」 「ここはゲームセンターじゃあ…」 「似たようなもんだ。そら、いくらら現実にみせようと現実じゃなけりゃあゲームだ。」
で、俺にとって娯楽の場所でしかない場所に立っているんだよな。 なんでも、これからタッグ対抗の選手権が有るらしい。 と言っても参加者は大勢。んで機械も沢山有るのだが… マシンパワーをフルに使って大人数でバトルロイアルだとよ。 なんとも映画じみた演出だろうよ。こんな映画無かったか?
「あの…タッグってもしかして私も…?」 「もうとっくにエントリーしただろうが。後な、普通ならこんな遊びにはノらねえ。 だが、今回は別だ。何せ、お前の力を見なきゃならないからな。」 「え…?」
俺の答えに驚かれてもなぁ。 見ると言ってもやる事は一つ。 生き延びられるかを見るだけだ。
「いいか、力を発揮してみせろ。俺の隣で戦うに相応しい力を。」
そう言って指定のカプセルの中に入り、コアデバイスを嵌める。 大会用タグも設定完了。ハーネスやグローブ、シューズも装着。 各設定完了。戦場データーは廃棄都市。 後は俺の秘めた言葉を発すれば馬鹿らしい戦場への扉が開く。 さて、ガーデン生徒の力を見せてもらおうか。
『Come On! Machine Of The War!』
瞬間、バイザー越しの景色が代わりそこはさながら荒廃した世界のように見えた。 技術の無駄使いと言った所か。レーダーにはちゃんとレジーナの反応が。 HMD越しに伝わった情報によると、彼女のアセンブリは重量万能機体。 ほおって置いても大丈夫だろう。ちゃんとした実力があれば。 入って一分ぐらいした後だろうか、ようやくカウントが画面にポップした。
「いいか、基本は散開しての個人戦闘だ。救援は早めに…な。」 『5、4、3、2、1、0!』
カウントゼロになった瞬間俺は走り始める。 目標はレーダーに真っ先に映ったマヌケ。 どうやら相手は気がついてないらしい。 そうと分かれば、攻め込むまでだ。 OBを展開すると、このACSの元々の持ち主が設定していた少女のAIの声がカウントし始めた。
『OBスタンバイ、4,3,2…』 「早くしろ。」 『ソーリーマイマスター、GO。』
瞬間、視界が急激に変わった。 人工知能に文句を言いつつ、俺はビルとビルの間を高速で疾走する。 そうして接近しつつもレーダーを確認。 まったく気がついている余地も無い。 マヌケどもが。 そして、ビルの間から踊り出て、マヌケな奴の頭にパイルバンカーを突き出した。
「なんなんだこいつはッ、うぉあ!」 「よし次ッ!」
綺麗にマヌケな奴は転び、もう一人の奴が発砲する前に俺は哀れな獲物を掴む。 その後は非常にオートマティック。意識するまでも無い。 そのタンク型ACSがガトリングガンを構え切る頃にはこちらの行動は終わっていた。 哀れな犠牲者を盾にし、ガトリングガンの掃射を受けきる。 そして当たり前のように俺はブレードを展開、そいつの背中に当ててやる。 さっきまでの猛攻が効いたのか、マヌケは一瞬で消滅した。
「ば、化物!」 「おいおい、これぐらいで化物とは心外だ。」
軽口を叩きつつ難なく弾幕を回避し始める。 2ndタイプの特性を考えたならばもう少し考えるべきだったな。 タンク型ACSに乗った少女はパニック状態になっているのだろう。 てんで当たらない。照準がズれすぎている。 こんな所でタンゴを踊っていたんじゃあ他の敵に遭遇しかねん。 ちゃっちゃと倒すに限る。
「悪いね、これ以上構ってられないからよ、行くぜ!」 「え…?!」
地面を蹴って空中へと飛ぶ。 予測できていないのか、弾幕が降ってくることも無い。 だが、銃声は鳴り止まない。 まったく、状況整理もできないとはな。 丁度少女の上空でスラスターを調節し、身を捻って着地する。 そしてそのままその露わになっている首筋を掴み、パイルバンカーを宛がう。
「ちょ、やぁ駄目っ。そこはぁ…!」 「ガマンしな。呪うなら未熟さでも呪ってろ。」 「……!」
そしてその未成熟な体に杭を打ち込む。 跳ねる体。だが、左腕がソレを許さない。 首筋に腕が食い込む。もがけど、銃口はこちらを向ける訳も無く。 また打ち込む。 もう一回。もう一回。
「もう、無理…」
そう言うと少女が衝撃によって目が虚ろになり、そしてそのままゲームから退場した。 残弾数は…まだまだ有るか。あともう1グループは仕留めてから補給ポイントへ行きたい所だ。 さて、どこからやってやろうか…。 広域探索レーダーは多数の反応を示し、そこには激しい戦闘を表すように沢山のミサイル反応が付いては消えていた。 この中に入ってみるのも悪くはない。 何故ならこの中で無茶やっても死ぬ事は無い。 むしろそのような状況で技量を測る事こそこれに参加した理由。 やらない選択肢などない。 さて、定時連絡といくかね。
「こちらエスコート。レディ、そっちの調子は?」 『な、なんなんですかそのコールサイン。まだ行けますからご自由にダンスでもしていてください。」 「あいよ、ではお言葉に甘えて…」
相方の方の心配も無し。 チャージし終わったOBを吹かし、次のダンスへと。 お次の相手は真っ向から撃ち合っている熱々な4人組。 片方は基本的な中2脚と近距離で殴りあう気マンマンの重2。 もう一方は軽2脚のボーイとタンクの1st。 ベリィクール。積載量があまりすぎてるぜ。 随分とミサイルが好みのようだが、そんなものは関係ない。 懐に潜り込んで終らせるだけだ。
『敵AC確認。4機です。』 「焦るなよ。」 『少しは焦ってください。』 「無理だな。OBカット。」
OBを切り、地面を蹴る。 そしてブースターを吹かしてタンク型1stへ跳ぶ。 やっと気がついたかのようにこちらの方に頭を向けるが、もう遅い。 ACのヘッドパーツをブレードで刎ね、そのままACの隣に有るビルを蹴って体勢を整える。
「おいおい、なんだありゃあ…?」 「嘘…だろ。あんな奴見たこと無いぞ!」 「見たこと無いならその目に焼き付けておきな坊やども!」
呆然としている4人を見ながらマルチブースターを点火。 誘導は上々。目標は動く気配など無い。後は深々とそのがら空きの腹にパイルをぶち込むだけ。
「うわっ!」 「おっと、一応少女だったか。」
まず一発。パイルの直撃を食らった軽2脚の坊やは軽く吹き飛んでビルに激突する。 機体も体も軽いんじゃあ仕方ないな。 まったく、高速機動中に顔の判別も付かないんじゃあ腕もなまったって所だ。 だが正直暴れすぎた。
「なんなんだよこいつはよぉ!」
レーダーで敵の動きを背中越しに感知。 マズい。ロックオン警報が鳴り響いてかつ敵が何もしてこないとなると…ミサイルだ。 ジャンプし、ロックを振り切ろうとするが難しいようだ。 まあ良い。この地形なら全て回避してみせよう。
「消えろ化物ッ!」 「そうはいきませんよ。まったく、どうしてこうも無茶な…」
見せ場の前にちょっと邪魔が入ったようだ。 急速旋回して正体を見れば…クール。 レーザーライフルを乱射しつつトリプルロケットを発射するレジーナの姿が。 攻撃的な火器を使いこなすその姿は確かに俺の相方に相応しい…とは言えそうだ。 さて、相方の猛攻でロックが外れた間にまた再接近するか。 …と思いきや。
『規定数消滅を確認。試合終了ー!』
いいところで終りやがった。 まあいい。本戦で叩き潰すだけだ。 これからが本番と言った所か。 まあ教師レベルが出てくるだろうしそれを計るのも悪くはない。 後の試合でも見ながら獲物を探すか。
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| 1596/
もう一人の男子 |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/11/15(Thu) 00:32:57
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いつもの学校。 ホームルームの時間、女子の話し合いが続いていた。 議題は「ミスコンの代表を誰にするか」。 所謂貧乏くじの押し付け合い。 汚い争いを繰り広げる女子達、男子達は意見を出せない。 何故なら出した瞬間、機関銃のような反論が待っているから。 だから僕は待つ。この醜い争いを愉しく見ながら。 話はループして行く。誰かが誰かを推薦するが、次の瞬間「あんたがやりなさいよ」の一言。 これじゃあ何時まで経っても決まりはしない。 本当に、なってない。 なりたくない それだけでここまで争えるのが凄い。 そろそろ終わる頃かな? そろそろ断りきれずに自己犠牲に走る奴が出そう。 いや、幾度と無く出てきた。 今度もそれで終わる。 つまらない。終わりはつまらない。
そう思っていると、誰かが何か呟いた。
「オーカー君にやってもらうのは?」
それは大きな効果を生み、次々に哀れな身代わりとして僕を推薦する。 それに賛同する男子達。話し合いも終盤。時間もあと少し。 面倒だが、断ると後が更に面倒だ。何よりこの状況では何をやっても無駄。 それに女装には抵抗は無い。どうせ今僕がやっていることも同じ。 演じる物を変えるだけ。このポジションも面白いしまだいい人を演じてみようかな。
「本当に良いんだね?僕男だよ?」
反応を楽しむだけに僕はそんな問いをしてみた。 応えは良い。と満場一致。 僕は笑いを心の中で堪える。 なんて馬鹿な奴らだ。 僕を代表に出すと言う事は「男に劣る」とアピールする事と同義に取られかねない。 それを良いと言ったんだ。 それならば引き受けよう。 引き受けて唖然とさせてみようか。
「いいよ。」
こうして僕はコンテストへ出る事になった。 準備と称してクラスメイトを呼んで赤面させてみたり悲しませてみたり、色々できる。 それに僕の事を甘く見てくれればシュミがやりやすくなる。 利点は沢山有る。恥なんて準備を抜かったときだけだ。そんな半端な事はしない。 さあて、これから面白くなるね。
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| 1619/
少年の買出し:手伝いで愉しむ |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/11/28(Wed) 01:44:00
| 「眠い…」
休みの日、早く起きるのってメンドクサイよね。 しかも学校絡みの用事だと更にメンドクサイ。 今正にそれ。 しかも衣装を買いに行くから途中で抜け出せない。 幸い先公は居ないようだけど……アドバイザーは居るから……。 公園の噴水にベンチに座って待つ。 待ち人はまだ来ず。 学校ではキッチリとした人間だと思われていたが、ここまでルーズだとは誰も知らない。 僕自身も知らなかった。 待ち人は来ず。 これで1時間だ。 そろそろ帰ろうと腰を上げた時、誰かが全速力で走ってきていた。 それはクラスで「委員長」と呼ばれ、美術部所属のポンコツ。 走ってきた委員長は思いっきり踏みとどまれずにベンチへ突進。 巻き込まれるのも癪なんでその勢いでそこらへんに投げてやった。 綺麗な軌道を描いて花壇に突入する委員長。 ああ、少しスッキリした。
「むぎゅ……」
なんかノビてるようなので花壇から引っこ抜く。 ヤローならここで顔面撃つ所だが今回は自重。 相手はただのポンコツだ。こんな事で殴っていたら10連コンボじゃ済まされない。
「…………」 「ぷはっ……ごめーん、待った?」
待った。凄く待った。ああ、1時間も待たせるな。 だが口に出したら後が怖いので言わないで置く。 その代わり態度で示すのが僕の流儀。
「ね、ねえ本当に怒ってない……?」 「うん。本当に怒ってないよ。」
不自然な笑みを浮かべる僕。 おかしいな?そんなに怯える事ないじゃないか。 たかだか眼が笑ってないだけで。
「で、何処へ行くんだったけ?」 「あの…その…」
上目遣いで僕を見てくる。 大体言いたい事は予測できるけども。 寮から徒歩で数分もしないのに1時間で遅刻。 そしてあの急ぎようだ。 つまり……
「あ。」
腹の虫が鳴っている。 僕ではない。 周りに誰も居ない。 前から鳴っている。 つまり音の主は委員長。 赤面する委員長。
「分かった。もうおなかが空いたの?意外と委員長って食いしん坊?」 「く、食いしん坊なんかじゃ……ないと思う」
図星って所だ。 本当に分かりやすいもんだ。 こういう奴っていじり甲斐有るよね。 ちょっといじってみようか。
「ふぅん…?この前、委員長が夜中にこそっとコンビニでお菓子買い込んでたの見たけど?」
まったくの嘘だ。 嘘でも人間って動揺するもんだよね。 特に有りそうな事なら。 委員長の顔がサーッと青ざめていく。 ここまで反応が楽しめる奴も委員長ぐらいだ。
「どうしたの?」 「だ、誰にも言わないよね?」 「…………さぁ?」 「お願いッ!誰にも言わないで。」
軽いジャブの積もりだったんだけどなぁ。 ここまで反応されるともっと苛めたくなる。 でもそろそろ人が来る時間帯だから退散して……他の場所でやるかな。
「委員長次第かな。」 「そんなぁ……」 「で、何処から行くのかな?」 「えーっと…その…」
この後いつまで続けるのかな?と思いつつも適当に遊んであげた。 あちらさんからすれば必死そうだったけど。 さて、買い物を始めますかね。 アドバイザーなんて必要ない。ただ弄ぶだけに連れてきたようなものだし。 秘密?そんなものは一番ダメージの大きい時に言うに決まってるじゃないか。 でなきゃ面白くない。人生愉しく行こう。
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| 1625/
少年の買出し:一時休憩 |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/12/31(Mon) 17:28:54
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「………たしか朝ガッツリ食べてたよね?」 「えー、そんなに食べてないはずだよ」
昼、どっこも行く所を考えていなかった僕たちはハンバーガーショップまで来ていた。 会計はワリカンだ。なんか損してる気がするけど。 アレだけ食べてかそんなに食べていない? どんな体の構造なんだ。 今委員長が持ってきた物はハンバーガーの中でも「メガ」と呼ばれるスペシャルな代物。 しかもナゲット付だ。ソースはマスタード。更にアップルパイまで有るとは予想外。 ちなみに僕はチーズバーガー二つ。2百ベルカで程よく腹が膨れる良いチョイスだ。 前まではチキンバーガーも有ったけど、ポークなる新製品に変わってしまった。 それにしても、これをワリカンと言うのは少し不公平じゃないかい?
「ふぇー?アルフ君はそれでいいのー?」 「腹八分目にしろって言われてるんだ。」 「ふーん。」
本当のことはそうせざるを得ないだけなんだけどね。 口を大きく開けてない上に話ながら食べているはずなのに、委員長の昼食は瞬く間に殲滅されて行く。 ナンナンダコイツハ。 物理法則か何かを無視していないか? 小柄な委員長の顔半分は有りそうなハンバーガーを大口開けずに難なく食べている。 これは何か悪い夢だろうか。 それとも女の子の秘密と言うものか。 どちらにしても信じがたい。 気になるが気にしたら負けだ。 後の為に休めるところでは休んでおこう。
『本日未明、男女二人組みが路地裏で治安維持部隊に射殺される事件が―』
誰かが持って来ていたラジオから不穏なニュースが流れる。 また誰かが面倒な事を起したのか。 それもこんな時期に。 残念だが、馬鹿としか言いようが無い。
「どうも嫌なニュースばっかりだし、嫌な世の中になったよね。」 「そうでもないんじゃない?こうやっておいしいご飯も食べられるし。」 「……やっぱり委員長って食いしん坊だよね。」
詳しくは物事の優先順位的に食事が上位にランクインしているのだろう。 でなきゃこんな言葉は出ない。 それにしても、たった一言でこれだけ表情を変えるのは委員長だけだ。 だからなのだろう。何か弄りたくなってくる。 面白いから眺めておくのも良いけれど、そんな事は時間が許さない。
「さてと。もう食べたし買い物の続きをしよっか。」 「うー、今日なんだかすっごくアルフ君が意地悪だよー。」
何を今更。 弄る為に連れて来たという事が分からないのか。
「気のせい気のせい。今日中に済ませるんでしょ?」
いつもの僕らしく無いなぁ。 こんなに優しいなんて。 まあいいや。どうせ今日も何か有るだろうし。 買い物の続きと行こう。まだ日は照っている。 日が落ちればこうもしていられないから。
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| 1626/
少年の買出し:路地裏での一件 |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/12/31(Mon) 17:32:30
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「日が暮れちゃったね。」 「だね。」
昼食を取って、直ぐに買い物を再開した。 だけど、あんまり衣装なんかも決定できなかった。 まあソレも仕方ない。 委員長が何回も僕の目の前でオーバーヒートしていたから。 僕の裸を見たぐらいオーバーヒートなんて初々しいね。 僕?どうって事無いけど。女の子の裸をみようが僕の裸を見られようが関係ない。 にしても、からかい過ぎたかな?面白かったから良いけれど。
「買い物終わってないけど……どうしよう?」 「明日またあの公園で待ち合わせと言うのはどうかな?夜歩きは危険だしね。」
そう、本当に危険だ。 特に委員長みたいな女の子にとっては危険すぎる。 委員長は何か落ち込んでいるみたいだ。 まあ、今日一日で済ませようと考えていたんだろうね。 どーせ委員長の事だから僕に迷惑云々をかけたくないだけんだろうけど。
「そうするしかないよね……ご免ね。私が悩んでばっかりで。」 「悩む事は悪い事じゃないよ。それに、まだ時間も有るから大丈夫。じゃ、帰ろう?」 「うん……」 「……あ。僕はちょっとやる事が有るから先に帰ってて。」
僕は本来の目的を果たそうとある場所へ急ぐ。 その前にコインロッカーで荷物を最小限にする。 でないとあそこは危険だから。 コインロッカーへ急ぐ途中、ある事に僕は気がついた。 つけられている。未熟だけど、身を隠す事だけは良い線行っている。 いつも遊んでやってる不良か、裏で遊んでやってる後輩か、趣味の餌食になった奴らか。 誰でも良いが上等だ。
「……遊んでやるか。」
ちょうど遊びたくなって来た頃合だ。 行く場所も丁度よい場所だし、遊んでやるのも悪くない。 形勢的にマズっても切り札は有る。 いや、その場所じゃないとキツいモノだ。 そうと決まれば直ぐ行くしか有るまい。
そうやって考えて目的地である路地裏へ着いた。 この路地裏、かなり治安が悪い場所でも有名でもあり、僕もここへ通い始めた当初はかなり襲われた。 だけど、今となっては僕に手を出すものは居ない。 ここの住民は賢明な者が多いから何度か痛い目を見れば自動的に学習するんだ。 まあ、時々阿呆も居るけど。 そこら辺の階段に隠れる。 ここの階段はかなりの死角になり、建物内や外の渡り廊下など様々な逃げ道にもなるからね。 なんでこんな事を知っているかって?ここは僕のテリトリーだから。 何者かが近づく気配を感じる。恐らくはあの追っ手だろう。
「あれ?何処へ行ったの?」
………拍子抜けだ。 まさか委員長がつけてくるとは。 もうちょっとゴツい奴等が来れば良かったんだけどなぁ……。 まあ、委員長にはちょっとキッツイお仕置きが必要みたいだね。 お仕置きの内容は……このまま放置が望ましいね。 年頃の顔も整った無防備な少女がこんなところに来たんだ。 すぐさま路上で何か始めるさ。 ほらね。
「へ、へへ。」
典型的な太いゴロツキが後ろから来ている事も知らずに、委員長は俺を探し続ける。 一歩一歩……距離は縮まっていく。バレバレな物音をたてているのに。 前からガリガリの男が現れ、委員長に話しかける。
「よぅ、嬢ちゃんこんなところで何やってるんだい?」 「え?私ですか?キャッ!」
あちゃー、タイミング早いっての。しかも動作速度も遅い。 この手口と言い、服装といい、余所者が喰らい付いちゃったか。 しかも一人は手馴れていないようだ。 テンポも遅けりゃ手際も悪い。襲撃前の物音も減点だ。 しかも猿轡の類も無い。 悲鳴という物はかなり響くから、ソレを垂れ流しにさせている時点でアホだ。 取り押さえるまでの時間は長く、場所は僕が居る階段の下へ。 委員長のものだと思われる泣き声が聞こえ、何かが引きちぎられる音がする。 そろそろ頃合だ。お仕置きにもなっただろうし。 敵は素人2名。真っ向からでも1分も要らない。 位置は真下、いや一人は見えている。 獲物は殴り合いに使ってるオープンフィンガーグローブと……バインディングバレットは過剰すぎるから必要なし。 敵を排除するには十分すぎる。 3,2,1,状況開始。 階段の上から彼女の下半身を弄ろうとしていたガリガリの男の真後ろへと跳躍。 丁度真下だ。
「あ?」
太いゴロツキが着地音に気がつくのと同じタイミングでガリガリの男の後頭部に蹴りを繰り出す。 蹴りはクリーンヒット、前のめりに倒れる男。 倒れた男の後頭部に踏み込みを見舞う。 男は一度ピクリとした後動かなくなっている。 次。 太いゴロツキは委員長を弄る事をやめ、丁度良く立ち上がってパンチを繰り出してくる。 それを懐へ潜り込んでかわしつつ……
「な、なんだお前グヒッ。」 「ご免、三流風情に名乗る名なんて無いんだ。次が有るのなら一流に学んで出直してきてくれないかな?」
アッパーを見舞いつつ答えてやる。 これで終わるほど僕は甘くはない。 仰け反った体に追撃を。 鳩尾に体重をかけた一撃、金的に蹴りを入れ、脳天に踵落としを。 そして止めにローリングソバットを後頭部にぶつけてやる。
「状況終了。寝ながら反省するといいよ。」
太いゴロツキは倒れ、ゴロツキどもは起き上がってくる気配も無い。 本当ならここで拘束しておきたいが、時間の無駄だしロープの無駄だ。 誰かが処理するだろうし、そこに放置してあげよう。 ボコしたゴミはポイ捨てを。それがここでのエチケットだ。 そんなゴミよりも、委員長だ。委員長は―。
「……」
放心状態だった。 にしても派手にやったなぁ。 ブラウスは派手に裂け、スカートも殆ど布切れのような状態。 なんとか下着の方は無事みたいだ。いや、無事じゃない。 何せ少し臭う水溜りができているから。 まあ、予想道理で良かった。ここがボロボロだと色々と面倒だからね。
「大丈夫?」
委員長はようやく我に返ったように僕を見る。 その目には涙が浮かんでいて、僕はソレを見て心の中でニヤリとした。 だけど、あんな下衆にやられた事が原因だしなぁ……それはそれで興醒めだ。
「まったく、こんなところに単身来るなんて……」 「だって……」 「だってじゃない。いけないなぁ。こんなところでおもらししちゃうなんて。」 「……!」
一気に顔を赤くする委員長。 そんな上目使いで見られたら、もっと弄ってやりたくなってしまう。 でも我慢我慢。
「え?キャッ、な、何をするつも―」 「いいから。ここに居たら危ないから場所を移すよ。」
こんな所に置いていては僕のお仲間にやられかねない。 と言うかやるだろうね。 委員長の抗議の声は無視して僕は委員長を抱え、目的の場所へ急ぐ。 階段を上って通路をまっすぐ行って4つ目のドアの先。 胡散臭いと評判のオッサンの所へ。
「よぉ、小僧。今日は何の用だ?」 「例のモノを持ってきたんだ。あと服も調達できるかな?」
このオッサンはこの裏路地の住人の中でも特に有力な男だ。 名前はアントニオ。何処かの組織で交渉役をやっているらしい。 このオッサンとはかなり前からの付き合いで、僕の師匠でもある。 彼が居なければ今の僕は無い。
「たしか……変装用の女性服なら有るが?」 「それでいい。着るのは僕じゃないからね。」 「ほぉ、んでそこのガキは何者だ?どーみても俺達にゃあ関係なさそうな奴だが。」
委員長が何か言おうとしているけれど、僕は口をふさぐ。 このオッサンを相手にするのは委員長だと力量不足だから。
「僕のクラスメイト。さっきそこで余所者に襲われてたから助けてあげたんだ。」 「はっはっはっ。そりゃジョークだろ?どーせお前が襲って―」 「余所者ならまだ階段の下でノビてる筈だから見てきたらどうかな?」 「と言う事はアレだ、お前もやっと人の子になったと言う事か?」 「さあ?最初から鬼かどうかも分からないし。」
今日は良い感じに話せている。 今日はいろんな意味で良い日だ。 だが今日は委員長が居るからここらへんで本題に。
「例のモノはここに置いておくよ。お礼は後でいいや。」 「あいよ。お前が行き成り本題に入るとは珍しい。そこの小娘に感謝するべきかもしれんな。」
もうどうとでも言え。 まあ、これで今日やるべき事は終わった。 後は委員長を寮へ帰して寝るだけかな。 あ、それだけじゃあ駄目だ。 ちゃんと後始末をしないと。
「ねえ……そろそろ降ろして。」 「はいはい」
案外、後始末は長引きそうだ。 面倒だなぁ。
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| 1618/
気になるあの娘は男の子!? |
・投稿者/ スペランカー
・投稿日/ 2007/11/28(Wed) 00:08:39
| 「ねぇ、本当にこの格好なの?」
リゼルは自分の姿を見て、不安げに訊ねる。
「大丈夫だいじょーぶ。シンプルイズベストって言うじゃないですか。変に凝った衣装よりも先生の場合はストレートにバストを活かしていきましょう!」 「や、そういうことじゃなくて…」 「その格好ならイチコロですよー」 「はぁ…何がイチコロなんだか……」 「ほら先生。いったいった!」
ここまで来たらもう腹を括るしかない。 リゼルは大きく深呼吸をしてステージへと歩き出す。派手な煙とライトアップの演出が起こり、カーテンが左右に開かれる。
『それではエントリーナンバー31番! リゼル=プレサリス! 職業はなんと魅惑の女教師だぁ!』
司会が興奮気味に紹介を終える前に男性客の雄叫びが爆音となって会場を包み込んだ。
『な、なんと! 普段は理知的なクールビューティーなリゼル先生がこんな衣装とは!』
司会の男は声を裏返しながら叫ぶ。 髪は普段通りのストレートだがその上には紺の二本の物体。そして体には網タイツに紺のレオタード。 それは紛うこと無きバニーガールだった。 バニー衣装はナイスなバディな人の為に作られており、当然女性特有の部位を強調するデザインになっている。しかもさらに困ったことに生徒の陰謀で衣装が少し小さいヤツを持ってきたようで、その、なんというか。 はちきれんばかり。 男性の雄叫びとともにカメラのフラッシュがたかれている。 ミスコンは学園祭でも特別な行事であり、学園の放送部やガーデンのテレビ局だけでなく、クィギエリやマックスボローのテレビ局も撮影しにきている。この痴態をヘロデト全域に流される思うと軽く絶望的な気持ちになる。
『さ、さぁそれでは自己PRです!』
と、司会がとんでもないことを口にした。じこぴーあーる? こんな格好で人前に出る事自体恥ずかしいことだが、それに更に自己PRとは。
(う…)
静まり返った会場の空気が痛い。早く何か言わねば。
「え、えと、リゼル=プレサリスです。ガーデンの主に高等部で教師をしています。」
うおぉぉ、という雄叫びが会場を満たす。
『き、休日は何して過ごすんですか?』 「休日? そうね…生徒に個別指導したりしてるわね。」 『こ、個別指導!?』
おおおおおおっ、という叫び声とともに、何を想像したのか鼻血をまき散らして倒れ込むものが見える。
「え…っと、以上で――っ!?」
観客席を見渡していたリゼルの目が見開かれる。 観客席の奥、入りきらなかった立ち見客や野次馬の中に意外な人物の顔が目に入った。 色素の薄い灰色の短髪と深い蒼色の瞳。鋭い眼光の長身痩躯の男性。名をロレンツォ=パウジーニと言う。
(な、なんで…ロンが…)
いつもの鋭い眼光に好奇の色を浮かべ、頬に力を入れて笑いを堪えながらリゼルの痴態を眺めている。やがて堪えきれなくなったのか目元を片手で覆って俯き、肩を奮わし始める。 途端にリゼルの血圧が上昇し、顔が赤くなるのを自覚する。
『? どうされました?』 「いえ…以上です」
(うぅ…最悪だわ…)
リゼルに当たっていたスポットライトが入場口の方へと移動する。次の出場者の入場だ。 派手な演出のスモークに小柄なシルエットが浮かび上がる。
『それでは続きまして、エントリーナンバー76…ぉおっと! 今度の出場者は男子生徒です!』
司会者の興奮した声が響き、観客席がざわめく。 参加者の性別は不問だったが、ミスコンである以上女性らしい衣装が義務づけられている為、男子生徒が出場するということはつまり女装して出るということだ。 好奇と冷やかしの視線が入場口に注がれる。 スモークが徐々に薄れてゆき、そして興奮の雄叫びと感嘆の声があがる。 ステージに現れたのは長い金髪を揺らした小柄な少女だった。小柄な少女の見た目に反して服装は、ブラウン系の色のチュニック風カットソーとローズ柄のフレアスカートと「ちょっと大人っぽい服装にしてみました」な感じ。ショート気味の髪と軽めの化粧が素の良さを物語っている。 どう見ても少女にしか見えない出場者に、観客達は司会が進行を間違えたのかとざわつき始めた。 司会者もそのまま続けるか迷ったが、出場者の少女がそのまま入場口から出てくるのを見て間違っていないのを確認する。
『っと、エントリーナンバー76…ティグリス=ユーフラテス!』 「「えええええぇぇぇぇぇッ!!?」」
司会者が名前を告げると共に観客席から驚きの声が津波のように押し寄せた。 ティグリスが中性的な顔立ちなのは知っていたが、化粧とエクステだけでここまで「女の子」になるとは誰が予想できただろう。観客のみならず他の出場者のみならず、普段は冷静なリゼルすらも驚いた表情のまま女装したティグリスを見ている。
『それでは自己アピールを!』
マイクを渡されたティグリスは頬を少し赤らめ、不機嫌な様子で自己紹介を始める。
「…機甲科高等部二年所属、ティグリス=ユーフラテスです。趣味も休日の過ごし方も教える気はありません。」
以上、と言って出場者の列に並んでしまう。 つっけどんな言い方だが、中性的な声と可愛らしい見た目とのギャップで逆に愛らしい印象だ。観客席のウケは男女ともに上々。男性客のウケが思いのほか多いのは見た目の印象と、一部のニーズ(変態)の為だろう。 少し呆気にとられていた司会者だったが、プロ根性(?)で進行を進める。
『さぁ、やっと折り返し地点にやって参りました! 続きましてエントリーナンバー――』
やっと半数が紹介し終えたことにリゼルはため息を漏らす。
(いつまでこの格好でいなきゃいけないのかしら…)
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| 1621/
黒い少女。正体は男の子 |
・投稿者/ 鉄
・投稿日/ 2007/11/28(Wed) 02:33:54
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会場がざわつく。 このとき、僕は勝ちに来ていた。 自前で購入した道具を駆使し、己の特性を把握して服を自前で選んだ。 無論予想されるであろう出場者についての情報も把握していた。 その上で望んだ戦いだ。 それでも、僕は自分の情報収集能力が甘かった事を思い知らされた。
『っと、エントリーナンバー76…ティグリス=ユーフラテス!』 「「えええええぇぇぇぇぇッ!!?」」 「「マジかよぉぉぉぉ!」」
予想外の事態が発生。 自分と同じ男が居た。しかもそいつも勝ちに来ているのか。 服装は、ブラウン系の色のチュニック風カットソーとローズ柄のフレアスカートと大人びた感じに仕上がっている。 当然会場からは驚きの声が上がる。 戦略は失敗かな? いや、それがどうしたと言うんだ。 僕は僕の力を出すのみ。 こんなにマジになったのは何ヶ月ぶりかな。 そんなことは忘れたけど、今は同じ女装をしてきた奴を負かしに行こう。 出番は直ぐに来る。 強敵は幾多。武器は皆無。 小柄と言う点では一番の強敵も持っている。 されど、女装は十分。
『続きましてエントリーナンバー44……またもや男子生徒です!』 「おい…なんだって?」
会場はまたもやざわめく。 舞台裏もざわついている。 舞台は整った。さあ、勝ちに行こう。 スモークの中へ慎ましく歩いていく。 服装は黒いゴスロリ。エクステは控えめに。 どちらかと言うと髪は長い方だから。 今は”何時もの人のいいアルフレッドではない”。 一人の少女として振舞うのみ。 スモークの中を進む。 周りからの好奇心と冷やかしを受け流して。 出来るだけ優雅に。背格好相応のモノのように。 ステージの中央で僕は芝居かかったお辞儀をする。 それは大接合以前の貴族のものを模倣した、取っておきのモノ。
『エントリーナンバー44…アルフレッド=オーカー!』
司会者が名前を言った時、再び群衆は驚いた。 僕はただ笑うだけ。元より人形だのなんだのとからかわれた僕だから。 コレぐらいは出来て当然なんだ。化粧も最小限だし。 コレはいけるかも知れない。 そして進行通りにマイクを渡される。 僕はそれを微笑んで受け取る。
『そ、それでは自己アピールを!』 「機甲科高等部の2年に所属しているアルフレッド=オーカーです。僕の趣味はお話かな?」
尋問だけどね。
『休日の過ごし方は何をして過ごしてる?』 「専らゲーセンか街をブラブラしてるよ。遊ぼうと呼ばれれば大抵駆けつけるけど。」
ゲーセン行ってやってる事はそうクリーンなモノじゃないけどね。
『他に何か有りますか?』 「男だなんて嘘だ、と思っている人も居るかもしれないけど、残念だけど僕は男なんだ。 でも意外とこういう格好も面白いね。………以上で。」
人を騙すって事が面白いよね。 こんな格好をするだけで騒然とするのだから。 やる事はやった。後は結果まで待つだけ。勿論それまで不快な表情など見せる気は無いけど。 さあて、結果はどうなるかな?
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| 1627/
『内通者達のスーパーベースボールクラシック』 |
・投稿者/ ケツアゴ熊ちゃん
・投稿日/ 2008/01/01(Tue) 23:28:28
| 「早速だけど、ガーデンに潜伏してるBGB構成員の総数とツラグスクの工作員養成所について教えて貰いましょうか」 「お客様、ご注文は?」
折角一昨日地上波で観た映画の女スパイを気取ってみたにも関わらず、カウンター越しに相対するキリサキ君は笑顔で職務を全うしてきた。まぁ、本職はBGBから学園に送られた工作員である訳だし、この程度で冷静を欠くようではとっくに発覚して学園地下の拷問室送りだろう。そんな部屋あるか知らねーけど。 とは言え、改めて相手の剛胆さに舌を巻かされたのは事実であり。
何せ、ここは当の学園に設営された食堂なのだからして。
「じゃー、そーねー、ノンアルコールのドリンクを適当に頼むわ」 「申し訳ありません。昨今の原料の高騰の所為で今は水道水しか……」 「働け」 学園祭の最中であり、更に十時という中途半端な時間帯の為に閑古鳥で賑わう食堂で、私は他国の工作員と歓談していた。しかし、私達は、というかお互いの国同士がいがみ合う星の元に生まれた好敵手だから、歓ぶのも談話を求めるのも全部私の仕事である。
「さっきのは冗談なんだけどちょっとばかしキリサキ君に聞いときたい事があってさー」 「こちら、ノンアルコールの水道水になります」 「あ、ロックでお願い。でさー、ほら、先週第三校舎の裏手で二年の生徒が惨殺死体で見付かったって知ってる?」 「……」
さりげなく暴投をスルー。次いで言葉のキャッチボールは困難だと断じて、取りあえずデッドボールを放ってみた。 出塁させたげるから話に応じてくださいと平身低頭したつもり(でも無いん)だけど返ってきたのは視線の危険球。見送りの結果判定はボール。 「いやー、怖いわよね。キリサキ君もそう思うでしょ? うん?」 「ああ、何処かの変質者の仕業だって民放で言ってましたよね。全く怖いものですよ」 人当たりの良さそうな顔で、話を合わせてくれる何処かの変質者(民放曰わく)。 まだ反応が芳しくないし、もう一度デッドボールを放らないとね。大丈夫、目が濁った時が彼が本当にキれた合図だから。
「今のキリサキ君の顔の方がコエーわよ? そ――」
全てを言い終える前に、全身を潰されてバラバラに解体された。いや、ロックの事なんだけど。 着水前にはトングの間で生まれたままの姿をしていた氷が、今では変わり果てた姿となって虚しく水面を漂っている。というか、トングでゴルフボール大の氷砕くってどういう力の込め方してんのよコテツ。もといコイツ。 数秒、室内にフルカラーのトーキー映画が再現される。同時に、不覚ながらも生後数秒のロックの死霊に首筋の発汗を増進させられた。ファーが濡れて気持ち悪い。
「マジ切れ? ……じゃねーわよね、脅しよね?」
双眸はまだ濁っていない、筈だ。 コートとお揃いのカラーのニットの下から、卑屈に相手の顔を伺っておく。更にカウンターの下で、愛用の銃を握っておく事も忘れない。 まぁ、仮に前者だとしたらトングに圧殺されたのは氷ではなく私の頭だったろうけど、そこまで短慮な何処かの変質者(民放以下略)じゃないのは分かっている。あ、略しても短くなってない。 戯れ言は兎も角、過去に幾度と無くお目見えしている彼と私の間には友情を越えた何かがあるというのは流石に嘘だけど、越えてはいけないボーダーラインはお互いに把握している筈だ。もっとも、マイ脳味噌は面白半分で一線を踏み越える不良品なので油断はできないけど。
「いいですよ、僕に答えられる質問であれば何でもお答え致しますが」
縫い針の仕込まれたおはぎのように外面のみ柔らかい態度で、話に応じる姿勢になってくれた。 大人な態度を有り難く思いながら、私はやっぱりデッドボールを投げる。 但し、本命の。
「うん、じゃあさ、」 「現在ガーデンで開発が進められていると巷で噂の、次世代型ACについてお話ししましょうか」
……。 …………。 ………………って、呆けてる場合じゃない。 渾身の、ド真ん中ストレートの暴投が来た。 「何故かバッター側からね」 「は?」
あ、動揺で心が口から吐き出された。変質者(略)も訝しげな目になってるし。
「あ、いやいや。何、キリサキ君、アレ? 最近エスパーでも始めたの? バッグに詰め込まれたり下半身黒スパッツになったりする訳?」 「いえいえ、単なる山勘であって登場テーマがエレクトリカルパレードだったり激辛饅頭ニコニコ食いに挑戦したりはしませんよ」 「あ、そうなの」
嘘こけこの野郎。あいや、前者がね。 どうやら、というか確実にBGBの連中に最近の活動を監視されていたらしい。もっともそれはウチの組織も同じなので詮無い詮無い。 下手な動揺で余計な情報を漏らさないように心に蓋をしてタンスの奥にしまい込み、厳重に南京錠を掛けつつ口元をシニカルに歪ませた。
「話が早くて助かるわ。それで? 続きを聞かせて頂戴よ、キリ=サキ・クン」 「発音変ですけど誰かと間違えてます? ええと、それでですね」 「うんうん」 「ここから先は、そちらからも情報を頂いてからという事で」
本題どころか前置きすらすっ飛ばして前金を要求してくる図々しい笑顔に、こちらも懇切丁寧な笑顔を過剰包装で送付者に返送する。 まぁ、つまりは、そういう事。 BGBとMHGは表面上も裏面の下でも敵同士ではあるのだけれど、一構成員同士が個人的に啀み合う程凶暴でもなければ管理が行き届いている訳でもない。そういう訳で私達は度々組織の目を盗んではお互いの持ち得る情報を交換し合っているという訳だ(無論裏は取る)。そうすれば、少なくとも敵組織に情報量で負ける事は無くなる訳だ。勝つことも無くなる訳だけど。何より全部自分の功績になるから、組織内での評価も上がるし。 ま、いーんでないのー。情報の共有が勝利の秘訣だってポポフ先生も言ってたしね。 とは言え、廊下を行き来する生徒達の喧噪が遠くに聞こえ、懐かしき学生の日々が胸に去来する前に意地が負けたのは幸いだった。
「あー、っと。OTGって知ってる? 知ってるわよね。あのアリーナの、えーと」 「オレンジキッド」 「あ、そうそう、あいつがCMやってる運輸会社。あそこの配送記録パチったらオモロイもん見つけたわよ」 「捕獲された宇宙人が如月工業にでも運ばれましたか。それはUFOの所在が楽しみですね」 「やぁね、違うわよ。新種のバグなら運送記録あるけどね。答えは金よ。ご丁寧に口座じゃなくて、現ナマを陸送でね」 「ロマンの欠片もありませんね。で、徳川の埋蔵金は何処で発見されたんですか?」 「違うっつの。まぁ、何処かっつったら此処だけど」
コップを弄んでいた親指を足下に向ける。当然ながら将軍氏は死後の世界に資産を隠すほど守銭奴では無いと信じた訳ではないだろうが、変質者君の視線が親指の追尾を中断して真正面に帰投してくる。
「うん、そう。学園に運ばれてんのよ。更に突っ込んで調べたら、ここからある組織の口座に送金されました。チャラッチャッ! さて、その組織とは何処でしょう。ヒント・トラロック山地の景観が風光明媚です」 「マート融合開発技術機関」 ちょっとは考えるフリしろよ。 ま、いいけどさ。……いーけーどさー。
「そ、十中八九あそこでサードタイプが開発されてんのは間違いないわね。あ、金の出所はFTUよ。あの商業組合」 「成る程……有り難う御座いました。それでは、そちらがお飲み終わりましたらお引き取り下さい」 「待てや」
自然な流れに乗せられてお冷やを呷り、喉に刺さった氷の痛みに正気に返った。冷たい尖端を無理矢理嚥下しながらテイクとアンドの前にあるものを請求する。 「困るわねお客さ」 「ACの父と呼ばれ、晩年失踪したカール・H・ユキザキの嫡子を御存知ですか?」
こいつは人が喋ってる時には発言するなと鬼凶漢(あ、誤字。語感的には大正解だけど)に教わらなかったのだろうか。なんて非常識な変質者だろうとか思ったら私の方が痛い子なので思わない。 「シラネーヨ」 「でしょうね」 「…………」 「まだ未確認の情報なのですが、彼がサードタイプの開発に関わっているそうです。それも、相当中枢に近い部分に」 えーと。
「いやゴメン。無理。受信不能。お姉さんアンテナ立たないんだけど、如月に捕獲された宇宙人のお友達から仕入れた電波な訳? それは」 「いえ、前述の通り未確認な情報なので何とも。血縁を確かめようにも、失踪した相手からDNAを採る訳にもいきませんしね」 「ま、いいわ。で? そいつのお名前なんてーの?」 「名前はギィ・H・ラロック。今年で二十一になりますね。ガーデン小等部に特別奨学生として入学した経緯があり、常に成績優秀者だったようですが、性格に難があったらしく周囲との問題が絶えなかったそうです。猪木さんと同じですね」 「…………………………年齢しか接点ねーわよ」
とは言え、その名前には覚えがある。 確かな脳の主張に沿って先刻懐古を諦めた記憶を掘り起こしても埋蔵金は出てこないけれど、過去に突き立てたシャベルの尖端からは目当ての記憶の感触が伝わってきた。
「……今思い出した。三回飛び級したって奴でしょ」 「? そちらの情報網にも引っかかってるんですか」 「乙女には秘密の四次元情報ポケットが沢山あるのよ」 「ロボット相手でも恐喝は犯罪ですよ。しかもスペアまで巻き上げるなんて」 「乙女という方に突っ込んで欲しいわね」 自分でも何を言っているのか分からない妄言を吐き出す傍ら、自分の持ち得る記憶と今知り得た情報を静かに照合させ、照会させ、照明を当てて一つの大きな情報として組み上げてゆく。 暫くフリーズしながら数秒退屈な作業を続け、脳の不可限界で処理落ちする前に全ての作業を中断させた。ヘタレな自分を情けなく思う前に氷の遺体が消失マジックしたお冷やを一気に呷り完全犯罪を成立させる。 ……意外に残っていた冷水がちべたい。
「共犯者も楽じゃねーわね。ま、良いわ。今日はこれにてお開き。また来週。武器よさらばって事でいい?」 「ヘミングウェイですか。私達がそれを語っても違和感がありますけどね」 「そーね」
早めに会話を切り上げる為に適当な同意を示してから、据え付けのイスの上でクルリと尻を滑らせる。百八十度を僅かにオーバーして停止するのを待たずに慣性を利用して立ち上がる。 昼前には、恩師達へ挨拶に職員室に出向くと決めている。 それだけでもないんだけど、まぁ、お互いに感づかれたら困る野暮な事は一つや二つある訳で。 気付かれない内に退散と洒落込、
「ああ、そういえば猪木さん、何か良いことでも?」
人が独白してる時まで割り込むなや。ビビッたじゃねぇの。 「…………はい?」 「いえ、足が床から浮いているので、相当舞い上がってらっしゃるのかな、と」 「………………」
あー。 いやまぁ……。 あはは、やっぱバレてら。 私は無言で“足下に発現したフロート脚を見下ろしながら”、溜息を吐いて発動済みの拳銃型デバイスを懐から取り出す。もののついでにハンズリフトアップ。 感づかれたら困る事、一つ目ー。
「いつから?」 「私が氷を砕いたあたりから。発動から一部始終余す所無くですね」 「あっちゃー、カウンター席の影になってるから足見えないと思ったんだけど」 「ついでにテーブルの下もですか?」 「うわ、大当たり」
規則正しく並んだ六人掛けの長方形の影から、ハンドボール大の紡錘形がコロリと白い姿を晒す。一発も放たれていない自立兵器は、長時間の稼働によって結局エネルギーを失ったようで、それきり宙に浮かぶ事もなく床上のオブジェと化した。 再び暫しのトーキー映画上映開始。但し、今度は背中越しの濁った視線が痛い痛い。
「いやゴメンって。でもさだって変質者相手に年頃の女の子が徒手空拳で対談しろって危険じゃねーの? そう思うじゃねーの普通」 「そうですね」 全く心ない同意。 その返答が真実なら、獲物を求めてカチカチ言ってるトングの所以を教えて欲しい。
「それ、捨てといて下さいよ」
トングのソロパートが暫く続き、比例してコートの内側が湿り気を帯びて来た頃にようやく掛けられた言葉。実はソロではなく私の奥歯とユニゾンしていた気もするけれど、気付かなかった方針で。
「やー、昨日の邦画の主人公はもっと巧くやってたんだけどねー。猪木ちゃん大失敗」
「てへ」と笑いながら頭を小突き、金縛りからの解放を無料体験させて頂いたお礼に不法投棄された自立兵器を拾い上げる。 そのまま後ろを振り向く事無く、後方の屑籠入れにスリーポイントシュート。 そして放物線を描いた紡錘形は仕事に戻ろうとしていたキリサキの後頭部に吸い込まれ、見事四度目デッドボールと相成ってんじゃねぇわよおぉい!? 「あー……めんご」 自立兵器の代わりに賞味期限の切れた謝罪を不法投棄し、ペットボトルのお茶にはない濁りを帯びた視線に追い立てられて食堂を脱出する。脳内BGMは映画『大脱出』のEDがオーケストラバージョンで大放出。ええい、格好白いけど花嫁衣装じゃねーわよ。 ギロチン台もかくやという勢いで食堂の扉を閉め、助かった薄っぺらい命の味を噛み締める。 廊下に疎らに揺れる制服姿と生温い静寂に身を晒ている内に、三重奏目の心音が徐々に和らいでゆき、ただいまの衝突事故に思いを馳せる余裕も出てくる。 「あ」 そういや、押し出しでランナー帰還してる。 暴投試合の試合結果は、途中放棄の負け越しだった。 「ま、いーんでねーのー」
しがない敗北にさして落胆する事もなく、点在する仮設店舗や呼び込みの声を感覚から遮断し、無駄に大きく造られた窓の外に目を向ける。 十一月の日差しはとうに冷たさを孕んでいて、別にひだまりをスケッチしたくはならない。それ以前に涼風が湿りを帯びたコートに染み入り、蝉の声など想起できない程に本来寒さに強い筈の褐色肌を蝕む。 私に詩人の才能はねーみてーだわ。 あと、嘘つきの才能も。
「馬ー鹿でー、あんなやり方でしか誤魔化せねーのかよー」
お馬鹿な私への反省も込めて、もう一度さっきの会話を総復習する。 猪木さんと同じですね。そうですね。 年齢しか接点ねーわよ。うそですね。 「あー……なーんで、此処で出てくるかねー」
取りあえず神様、いなくてもいいから懺悔します。
「感づかれたら困ること、二つ目ー」
カール・H・ユキザキの嫡子。 ガーデン小等部の特別奨学生。 サードタイプの開発の中心人物。
今年で二十一のギィ・H・ラロック君は、中学時代の元カレでした。
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間章・『深夜の一人ミリオネア』 |
・投稿者/ ケツアゴ熊ちゃん
・投稿日/ 2008/01/02(Wed) 12:27:31
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時は、学園祭準備期間に遡る。
☆
はてさて、厄介な事になった。 足下に無造作に転がった遺体を目にして、最初に個人的な雑感が浮かぶ。 ハンドルの幾つか紛失した蛇口の並ぶ水飲み場には鼻を付くような死臭は充満してはいないけれど、代打の秋風が人々を刺殺せんとばかりに吹き荒んでいる。無論、見たところ死体の死因は刺殺ではない。 個人的な見解としては、外傷が殆ど見られない事から背後からの一撃で即死との鑑識結果を出したい所だが、それがファイナルアンサーだと賞金は十万コームが良いところだろう。秋雨ニモ秋風ニモ負ケズ遺体の制服に残留孤児している硝煙の香りは、それがAC同士の闘争の果てに生まれた死体であると確信させてくれる。 本来であればかような分析を脳が放棄して、騒ぎ立てて人を呼ぶべきなのだろう。だが、戦場や議員事務所で幾多の遺体を目撃し時には生産を担っている私にとってはさして動揺すべき事柄ではない。 だから、真にここで厄介な事項はここが戦場でも議員事務所でもなく、更に私自身が生産した遺体でもないという事だ。 自宅のベッドにでも倒れ込むように俯せになった遺体は、生物学上の男の子。脈や心音を聞くまでもなく、「あ、死体だ」と視覚的に分かる事柄が一つ。
「刺殺、かぁ」
白い息が僅かに視界を覆い隠すも、彼の背中に突き立った刃は裏返すまでもなく心臓あたりに刺さっている事が窺える。確か、ミセリコルデアとかキドニーダガーとか、そう呼ばれていたような気がする。瀕死の仲間を優しく殺してあげる道具な訳だが、本来通りの使われ方をしたのならば犯人は間違いなく顔見知りな訳だ。というかあんな骨董品、校長室に飾ってるのでも取ってきたのかな。 うん、名推理。そして浮かぶは新たな疑問。 「それはま、また今度という事で」
つーかわがんね。ギブ。スリータップ。ドロップアウト。 頭脳が大人でも無く名に懸けるじっちゃんもおらずニンザブローでもないただの第一発見者が事件を解決したら、番組成り立たないし抗議の電話が殺到だしね。というかこれが連続殺人事件だとしたら、次の被害者は大抵私か。
「うーむ」 沈思黙考。 先刻は厄介だと宣ったものの、実を言うとまだ、さして厄介という程の事でもない。 但し、ここで警察のお歴々に通報を行えば第一発見者と同時に第一被疑者の称号が授与されるし、通報せずにこの場に居れば発見者を飛び級して容疑者候補の第一人者としてテレビに映る事になるだろうし。 仮に前者を選んだとして、うーむ、いや、どちらにしろテレビに映る事には違いないか。 何せ、私の現職は指名手配犯なのだからして。 「うー、さび」 北の国から来訪した秋風の猛攻に耐えかねて、白い衣服を上から擦り挙げる。流石にマッチのように燃え上がる事は無いけれど、代わりに灯った情熱の炎が身体を暖めてくれる訳もない。いや、この際復讐の炎でも憎悪の炎でも暖を取れる訳が無いのであって。
「けーるべ」
ろす。とは続かない。 かーえろかえろ。風の寒さを言い訳にして、とっとと室内へ逃亡しましょう。第一発見者の名誉賞は、第二発見者に譲る事にして。 一人見学客が居なくなった所で、明日の朝にでもなれば、多くの人が君に注目してくれるでしょう。ついでにメディアが君の名前を全国に広めてくれるでしょう。 だから、とは言わないけれども。 夜が明けるまでは、冷たい寝床でご終身下さい。
「葬式ぐらいには出てやっからさー」
香典代は、懐具合によって平均株価並に下落するかも知れないけれど。 欠伸混じりに睡魔が鎌首をもたげ、誰かが来る前にさようなら。夢の世界と死後の世界は決定的な隔たりがあるけれども、この寒空の下で就寝すれば壁を乗り越えて世界をご一緒する事になるしね。 それじゃ、ばいびー。 ……。 …………。 ………………ぴんぽーん。頭の上に想像上の電球が灯る。 うむ。定職を持たない不良社会人の、香典代の捻出アイデアが閃いた。 不祝儀袋には入らないけれど、犯人の首なんて如何ですか。
なーんて。 死体君からは「正解」も、「残念」のお返事も無かった。
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| 1630/
GLOOMY DAYS |
・投稿者/ 覆面司令
・投稿日/ 2008/01/03(Thu) 21:26:25
| (ま た 事 件 か)
リノリウムの床にごく平凡な机と椅子、飾りっ気の無い陳腐な教室の一番右の後ろの席にいたスーゼは、朝のSHRでの教師からの知らせを聞いてそう思った、注意を教師から窓の外に向ける。 そこにはまるで灰色を塗りたくったような厚い雲に覆われた空。 余計気が暗くなる気がして、スーゼは溜息を一つついた。
――これで何件目になるだろうか、このマンモス学校と言うレベルを超越した一つの都市、ガーデンで起こった殺人は。 この前は集団で帰っていた生徒と教師が謎の襲撃に合い死亡、また行方不明になった女生徒が陵辱された状態で学園に送り付けられたり、男子生徒がバラバラの状態で広場に安置されていたり。 さらにそれに便乗する馬鹿まで出始めている始末、お陰で今のガーデンはかなりの物々しさに包まれている。
(それなのに生徒会とstudent'sはいつも通り仲良く戦争しちゃって、本当に大丈夫なのかしら? 学園祭どころじゃなくなっても知らないわよ?)
スーゼが所属する生徒会と、新興勢力student'sはガーデンにいる皆が周知している事だが、兎に角仲が悪い。 お互いに粗を見つけては指摘して貶そうとしたり、相手の活動を妨害しようとしたりもうそれは酷いものだ。 こういう時こそ手を組んで、見えぬ巨悪に立ち向かうべきなのだが――困ったことにそうは行かないのが世の中というもので。 おかげで彼女は「ストレス発散」も中々出来ない、実に不愉快だ。
「っと言うわけで、君たちも普段から不審者には気をつけ、出来るだけ人通りの多い道を通ったほうが言い、では日直、解散だ」
やる気の無い担任の事務的な言葉を聞き流すと席を立ち、適当に礼をする。 SHRが終わり、それぞれは一時間目の用意を始めている、一時間目は歴史、移動教室だ。 スーゼは机の中に置き勉しておいた歴史の教科書とノートを取り出し、さらにそれに筆箱を乗っけて脇に挟むと、教室を出た。 周りでは同じように教室を出たクラスメイト達があるものは楽しげに、もしくは殺人現場に押し寄せた野次馬のように話していた。
「知ってた? 今回の犠牲者って……」 「……本当に大丈夫なのかよこの学校……」 「全く、学園祭も近いってのに……」 「金払ってんのに学校はロクな動きを見せない……」 「student'sが余計なことをするから……」 「いや生徒会が……」
どいつもこいつもお気楽である、恐らくこの内の大半は自分は無関係だと思っているのだろう。 確かにこのガーデンにいる人口から考えれば(ここは学校だけで無く、取り囲むように大規模な街があるのだ)遠い出来事に過ぎない上、事件も毎日のように起こるわけでは無いからお目出度い考えを持ったとしても何ら不思議は無い。 スーゼはそんな彼等に心の中で悪態をつくが、羨ましくも思った。
彼女も一応風紀委員であり、治安維持の為に駆り出される事もある。 その中で、彼女は謎の敵の技術が並半端ではないことを悟った、便乗して騒ぐアホのソレとは比べようも無い。
さて、ACSに限った話では無いが余程実力が離れていない限り数の力はかなり重要なモノとなる。 例え二、三人の攻撃を避けれても、それが何倍と増えればどうなるか?(いやまぁど素人なら幾らいてもただの烏合の衆だが、この場合はある程度鍛錬を積んだ人間が相手と仮定する) 答えは無理だ、戦場を利用したりするならいざ知らず、人の体でそこまで避けれるのは文字通りの「化け物」しかいない。 検証を進めるうちに、その襲撃犯達の中にはそんな化け物が混じっていなければとても説明できないような事件もある事に、スーゼだけでなく生徒会の中で前線で頑張っているメンバーは気付いていた。 しかしさらに問題なことに――襲撃犯は化け物単独でなく、組織立って動き、そしてその動きは精錬されている可能性がある。
漫画やアニメで出て来そうな連中が、今自分達に刃を向けている! その現実は、激しい重圧感となってスーゼの心に圧し掛かっていた。 微妙に悲観的な彼女としては、ただでさえ憂鬱で灰色な毎日がさらに陰鬱になってしまいそうで――溜まった負の感情を押し出すべく、また彼女はこれで何度目になるか分らない溜息をついた。
幸せが逃げるから溜息をつくのか、それとも溜息をつくから幸せが逃げるのか。 何にせよ、彼女の気分はこの曇った空のように晴れることは無いようだ。
一方そのころ。
「聞いた? サウザンド、今朝の話、また誰かがSATSUGAIされたんだってさァ……うぉぉ背筋がァァァ」 「らしいですねバウマンさん……で、その、何やってるんですか?」 「ポージング練習」
一年生の教室で話す一組の男女、片方の少女はフレイヤ・エミリー・サウザンド、片方の少年はウルリッヒ・バウマン。 ウルリッヒはつま先立ちでふんぞり返ると言う人体の構造にチャレンジするようなポージングを取っている。 ちなみに苦笑しているサウザンドは席に座っており、その前にウルリッヒがいる構図だ。
「まぁ俺のポーズはどーでも良いから話を戻すけど……で、どう思うよサウザンド的には」 「……あまり愉快ではありませんでしたね」 「そうかい? まぁそうだろうねェ……フォォォォ」
今度は両腕を頭の後ろで組み、空気椅子のポーズ、本当大丈夫かお前の頭。
「俺としては愉快と不愉快が半々ってトコロかなァ?」 「でも、人が死んでるんですよ?」
不謹慎だ、と言わんばかりの目線。
「おっと、俺としたことが本音と建前を――でも、これが笑わずにいられるかい?」
しかしそんなモノ蛙の面に小便、人差し指をサウザンドの鼻に向けながら不敵に笑うウルリッヒ。
下々では見当違いの意見が錯綜し、上ではまるで意味の成さない責任の擦り付け合いが互いの足を引っ張り合う――。 悲劇も二度目は喜劇だが、ここまで来ると最早茶番だ、呆れ混じりの嘲笑をしないほうがおかしい。 しかし同時に、そんな事を許している学園と平和ボケした阿呆ども、そして最大の原因である凶悪犯が自分の大事な居場所と愛しい人を脅かしているのが非情に腹立たしく不愉快に感じているのもまた事実。
火事は対岸にあるからこそ面白く見れるというのに。
「……相変わらず良い趣味をしてますね」 「ヒドイなぁオイ、他人が無意識でやってる事を意識してやってるだけなんだけど」 「さて、一時間目の用意を」 「なんというスルー……」
ウルリッヒは道化じみた動きをしながらも肩をすくめ、自分の席に戻ろうとする。 が、その前に後ろを振り向き。
「そうそう、何かJ区画の南通りと東再開発地域にはイヤな臭いがムンムンしてるらしいから気をつけな――まぁお前の場合知っていたらかえってホイホイ入りそうな気もするけど、ネ」
かなり気味の悪いウインクと余計な一言を付け加えてウルリッヒは完全に席に戻っていった。 その際に、ウルリッヒの席の近くたむろしていたガラの悪いクラスメイト達がコソコソと別の場所へと移動していく。 彼等は数ヶ月前にウルリッヒに対して陰湿なイジメをしていたグループとサウザンドは学友から聞いている。 そう言えば一時期やたら教室の空気が重かった気がするが――実の所、サウザンドは真相を知らないし、なぜ今では立場が逆転しているのかは分らない。 ただ、サウザンドはウルリッヒに対してずっと普段通りに接していたのは覚えている。 慈悲などでは無い、ただ周りの空気に気付かなかっただけだ。 もしかしたらそのことに感謝しているのだろうか? 飄々としたウルリッヒの態度からは窺い知る事は出来ない。
(かなり腐った奴だけど、意外と人間らしい性格もあるのかもね……)
南通りと東第七再開発地域……具体的な話はプライバシーの問題で伏せられているのでどのエリアが危険かは大まかにしか伝えられていない。 だが、一応風紀委員を務める彼が言うからには、そこらは最も危険な場所なのだろう。
(ま、いいか)
サウザンドもウルリッヒも所詮は学生である。 教師が入ってくる音を聞き、非日常への思考を中断するとサウザンドは教科書を広げた。 今は見知らぬ殺人者よりこの難解な数式の山のほうが目下の敵なのだから。
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| 1631/
GLOOMY DAYS 2 |
・投稿者/ 覆面司令
・投稿日/ 2008/01/03(Thu) 21:31:56
| 学園祭。
世界広しと言えど、一つの町、いや下手したらどこかの小国の予算に匹敵する資金が動くのはこのガーデン以外にそうそうあるまい。 その膨大な金の流れは生徒会によって管轄され、その下準備を行う生徒会の各機関達が例年この時期には右往左往するものだ。 しかし今年は比較的マシなように見えるのは果たして気のせいか。
「ふむ、流石は副生徒会長……ここまで問題点を省き、抜本的な改革を行うとは――」
昼休み、仕事の為に速めに弁当を食い終え、生徒会室にて書記の仕事を勤めたジェイソン=ヒューズ――スネークアイと言う別名を持つ少年は感嘆していた。 爬虫類のような目のせいでなにやら悪役チックな人間と勘違いされそうな彼だが、その実は素直で温厚な人物だ。 他人を誉めるときは素直に誉めるし、大事だと思うことには耳が痛かろうがちゃんと耳を傾ける。
「顔や人望だけの人物では無いと思ったがここまで来ると……その内世界征服でも始めるんじゃないのか? まさかな」
書記の仕事は記録にある。 つまりは、学園祭の動きなども記録するのだが――見れば見るほど、副会長エリアス=リュミエールことフレデリックの手腕の異常なまでの俊逸ぶりを感じる事になる。
彼女の事を過小評価していた訳ではなかったが、それでも驚いてしまうものは驚く。 百聞は一見になんとやらとのどこかの島国の諺はまさにこの状態を表しているだろう。
書類に目を落す。 グレーゾーンであった部分は大いに省かれ、予算自体は例年とそこまで変わり無いもののより多くの資金が回るようになっている。 さらにタイムテーブルも改善されており無駄が大分省かれた形となっている、勿論ズレやトラブルが生じても何とかなように余裕もちゃんと用意しているときたものだ。 後は細かな点もあるが……まぁそう極端に多いわけではない、あったらいいな、程度のものがポツポツ増えているぐらいだ。 結果を見るだけなら到ってシンプルだし、言うだけなら簡単なこと。 だが保守的かつ複雑な構造を持つ生徒会でここまでの結果を残すのは常人では不可能である事をスネークアイは知っている。 だからこそ、この常識外れな結果に驚いているのだ。
まさ、さらにこれで改革をした本人がACS操作も顔も身のこなしも勉学もボディスタイルも抜群ときたものだ。 完璧超人との四文字がここまで似合う人間がいるだろうか、いやそうはいない。 確かに努力で人間は高みへ上れるが、彼女の場合は努力と才能と環境の三つに恵まれていたのだろう。 もっとも、それで彼女が幸せかどうかは知らないが。
「……おっと、見とれている暇はないんだった」
普通の人間だったら嫉妬してしまいそうだが、スネークアイはそんな性格とは程遠くまた真面目であった。 記録を続けるスネークアイ、キーボードがカタカタと無人の部屋に響く。
何て事は無い、日常の1コマである。
「……ふぅ」
烏龍茶の缶を片手に公園を歩きながら、スーゼは溜息をついた。 毎度毎度、群れなきゃ何も出来ない蛆虫の塊のような糞女どもを相手しなければならないのは疲れる。 周りに流されるような愚図が寄り添いあい、善意と言いながら勝手過ぎる都合を押し付けたり他人を貶めたり。 かといってそれが問題になれば醜く言い訳を始め、自分は悪くないと主張する――生ゴミ以下の豚が。 まぁ、孤独の少女気取って格好つけるアイタタタタな連中を讃えるわけではないのだがそれでも嫌なものは嫌だ。 メリハリのつけれない心身ブサイクな連中が、きゃっきゃと甲高い声で騒ぐ中にいるだけで、脳の血管がブチ切れそうになる。
しかしアイタタタな人間になれば人望が得られない、いやむしろ排斥される可能性もある。 だからと言って無理に力を使ってお山の大将を気取るのはスーゼの好みではないし、なによりただの学生にそこまでの力は無い。 大企業の御曹司やお嬢様なら話は別だろうが――スーゼは残念なことに、そんな事は無い一般ピープルだ。
ああ、残念。
「ぁー……気に食わないわね」
ハラワタで、マグマのように負の感情が煮えたぎるような感覚を覚えたスーゼは自然と右腕に握られた烏龍茶の缶を握り締めてしまう。 スチール缶が軋み変形しているのに気付き、怒っていても詮無い事だと諦めると立ち止まると、若干凹んだ缶のプルタブを開け、中身をチビチビと飲み始めた。 ぼうとつっ立っているのもアレなので隅にあった、公園の鉄棒に背中を預ける。 天気も悪く、また寒くなってきた季節のせいか公園に人気は無く、静かにブランコが風に揺れていた。
「営業とかコールセンターの従業員はこの何十倍の苛つきを我慢している訳か、ご苦労な事ね……ん?」
黄昏つつ自分にはまず向いてないな、付け加えた所でスーゼは気づいた。 視線の先、スーゼのいる場所と正反対の側にある茂みの中で白い何かが揺れ動くのを。 世話しなく動くそれは、何となくだが気になる。 スーゼは茶を飲み干すと、その茂みに向ってみる事にした。
ちなみに缶はゴミ箱がある辺りに投げたのだが外れた。
「うーん……」
茂みの中で探す白い影。 オの字の方々曰く「ツインテール」なる髪形をした白い髪に、真っ当な生物とは思えぬ白い肌。 ガーデンに存在する謎の一つ、ホムンクルスの《テルマ》に内包される二つの人格の一つ《エイム》は現在進行形で困っていた。 何せノートの一つが無くなったからだ、いや正確には隠された、が正しいのだが。 別に今日使用する訳ではないが、だからって無くて良い理由にはならない。
では何故テルマがこんな公園でノート等を探しているのかと言えば、少々時間は戻る。 テルマがノートが無くなっているのに気付き困っている時、ある同級生がこっそりと話したのだ。
ノートは××公園の茂みにある 悪いな
「悪いな」が何を意味するかはテルマは理解できた。 先ほど述べたように、テルマはホムンクルスであり、その風貌からしばしば差別を受ける。 その延長か、テルマに対して陰湿なイジメは確かに在った。 student'sに入り、心強い友に囲まれたお陰でなりは潜めているが、たまにこのような事も起こる。 勿論そんなのをするのは極一部の馬鹿だけだがそんな馬鹿に限って敵に回すには恐ろしい、馬鹿だけに煩わしいのだ。
だから、その生徒は保身に走った自分を恥ながらも話してくれたのだろう。
その事がエイムはとても嬉しい、昔ほどの悲惨な人間関係では無くなったと言う実感を感じれたからだ。 もっとも、片割れの人格《ミア》は「このチキン野郎が!」とご機嫌斜めなのだが。
まぁそんなこんなで先ほどから探しているのだが見付からない。 茂みを掻き分け、掘った跡もないかと探すが何の痕跡も見当たらない。 休み時間が15分を切り、そろそろ切り上げて次の授業の準備をしようと(ガーデンは広い為、移動に時間がかかる場合もあるのだ)思っていた所に。
「……お探し物かい?」
凛とした声が響いた。
エイムが振り向くと、そこには背の高い女性――スーゼがいた。 エイムはスーゼの登場に軽く驚きながらも簡単に会釈すると、言った。
「ええ、ちょっとノートを隠されまして」
スーゼはエイムの答えに目を丸くした。 答えにではない、そう言う目にあっておきながら淡々と言うエイムに対してだ。 普通ならどもったり、ノートを……の時点で口を閉じたりするものだが。
「暇な事をする奴もいるのね」 「全くです」
苦笑するスーゼに肯定するエイム。 ちょっと滑稽な会話であったが、スーゼは気を良くしたのか辺りをチョロチョロと見回し始めた。 それを一緒に探してくれると言う意思表示だと判断したのか、エイムももう少しばかり探す事にした。
少しばかりして、スーゼは口を開いた。
「ここにあるのは確かなのよね」 「はい……確証はありませんけど」 「じゃあちょっと左によって、左……そこ」 「?……はぁ、分りました」
エイムを手を振って移動させると、スーゼは茂みの傍に生えている木に向かう。 不可解な行動にエイムが首を傾けていると、スーゼは思いっきり蹴った。
「そぉい!」
見事な蹴りだった。 惚れ惚れするような蹴りだった。
ズドンと音を立てた蹴りが木を揺らし、ただでさえ少なくなってきた葉っぱがハラリハラリと舞い散る。 ゴミが目に入らないよう顔を手で覆ったエイムだったが、それは逆にスーゼの思い通りとなった。
コツン。
脳天を襲った急な衝撃にエイムはよろめいた。 同時に、その鼓膜が自分の足元にパサリ、と音を当てて落ちる何かを察知した。 間違いない、ノートだ、しかもこの鋭い痛みからきっと角のほうが当たったのだろう、正直かなり痛い。 成る程、いくら茂みを探しても見当たらないわけだ――木の枝に引っ掛けてあったのだから。
「ぅ……痛い」
ちょっとばかり出てしまった涙を拭きながら、エイムはノートを拾うとスーゼに文句を言おうとしたが――。 張本人は既に公園の出口に逃げており、さらにこちらを見て大笑いした後、手を上げて気持ちの篭っていない謝意を表すと脱兎の如く駆け出していった。 呆然とその光景を見た後、エイムは我に返ると
「……あ、そういえば名前聞いてなかった」
……微妙に天然なエイムだった。
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| 1632/
GLOOMY DAYS 3 |
・投稿者/ 覆面司令
・投稿日/ 2008/01/03(Thu) 21:39:36
| 「……という話があってね」 「そーなんですかー」
気の抜けた返事を返すウルリッヒ。 冬のお陰で日の入りが早く、斜陽が照らす時間であっても空は未だに薄暗い。 わずかに赤くなった西の空を窓越しに見ながら、スーゼとウルリッヒは廊下を歩いていた。 目指す先は風紀委員会の会議室、放課後になった途端に委員全員に召集がかかったのだ。 時間にはギリギリ間に合うように移動している二人。
「彼女ってアレでしょ? 確かstudent'sのテルマでしたよね、ホムンクルスの」 「らしいなー、で、あいつ何年生? どう見ても小学生ぐらいにしか……」 「いや三年らしいです」 「マジで?」 「Exactry!(その通りで御座います)」 「……いくらstudent'sでもそれなりの学力は必要じゃ……留年した奴涙目ってレベルじゃないわよ」 「まー深く考えたら負けです」 「負けか?」 「負けです」 「そうか」 「そうです」
会話に意味を求めるとしたら、それは単なる暇つぶしなのだろう。 スーゼは言いたい事を言い終えたのか黙り、ウルリッヒも彼にしては珍しく自分から話しかける事も無くただ欠伸を洩らすだけ。 たが、それでも気まずい雰囲気は微塵も感じられない気がするので――。
ドコッ。
何となくカッとなってスーゼはウルリッヒを小突いた。 沈黙すら気にならない仲は何とやらと言う奴を思いだしたからだろう。
「……痛いんですけど」 「……うるさい」
夕日の一つでも差してくれれば、この赤みを増した顔を誤魔化してくれるのだろうか――。 頭を振り、悶々とする思考を追い出すとスーゼは足を速めた。 ちなみにウルリッヒはしばらく悶絶していたが、一応時間には間に合ったようだった。 何だかんだいって肝心な所で要領の良い男である。
「諸君に集まってもらったのは他でもな――何だその『うわーどこの映画の悪役だよ、馬鹿じゃね?』って目線! 冗談が分らないな本当にもうッ……こらそこ、笑うな!」
開幕いきなりの取り乱した台詞をほざいたのは風紀委員長ことオリヴァー・ウェストウッド。 ツンツンした金髪に洒落な眼鏡、とても風紀に固そうなイメージこそ無いが、変人だらけのガーデンで真面目な連中が風紀委員長なんぞを勤めたら三ヶ月で胃が蜂の巣状態になってしまうだろうから、ある意味相応しいと言えないことも無い。 まぁそんなことは兎も角。 オリヴァーは髪を掻き毟ると机を二度三度大きく叩き、ようやく場に静寂が訪れた事を感じると口を開いた。
「さて、今日の急な召集については済まなかった、ちょいと連絡でゴタゴタがあってな、題名は――なんだっけ、副委員長」 「学園祭における教師陣合同の警備体制についての資料の配布、並びに今後の方針についてです」 「おーそうだったそうだった、じゃあ資料配布よろしく」
オリヴァーは手をヒラヒラ振りながら顎をしゃくり、何人かの委員に促す。 それに応じるように首を縦に振ると、何人かの委員達は手に持った書類を配り始めた。
「ああ、読んだら後でそれ返しといてね、絶対に――まぁ機密保持って奴だ」
さりげない雰囲気の変化に気付いた者は少数だった。 スーゼとウルリッヒはその言葉に含まれた剣呑な空気に眉を顰める、気付いた他の連中も似たような反応だった。 だが、多くの委員達は暢気なもので「ふーん」だの「へぇー、凝ってるねえぇ」等とほざいている。
(やはり、ガーデン内に裏切り者がいる説はマジだったのかしら……?)
スーゼはプリントに目を通しながらそう思った。 無援状態で、如何な謎の敵と言えどもここまでの行動を起こすのは効率が悪い、学園内に多数の支援者・もしくはスパイがいると見て違いないだろう。 ガーデン自体寄り合い所帯な所もあるし、割合自由な校風もあいまってある意味その手の警備はザルに近い。 かといって保守的な思考に陥り閉鎖的になれば――人材派遣等によって成り立つガーデンの家計は火の車になってしまうのだが。
(ほんと、教育機関としては優秀でも一つの軍事拠点としてはヘボいわねココ……要塞みたいな学園ってのもアレなんでしょうけど)
パラパラと書類をめくり、オリヴァーの説明を聞くスーゼを含めた委員達。 どうやら今回の警備体制は例年にないレベルで、委員のACSの装着許可申請の不要化、並びに動員人数の強化などを軸とした計画のようだった。 また、教師を含んだ警備陣の他に教会からの増援、果てにはガーデン上層部が用意した駒まで動くらしい。 話のスケールの大きさに、多くの委員達が目を見開いている、まるで軍事演習か何かのような厳重さに驚いているのだろう。 しかし、オリヴァーを始めとした現実的な思考の持ち主はこれでもまだ少ないのを知っているが――これが限界なのだ、色々な面で。
「――以上、質問は?」
オリヴァーは鋭い目線で委員達を睥睨する、成る程確かにその目線は委員の長を務めるだけの威圧感があった。 皆が緊張した面持ちの中、二、三人の勇気あるものが疑問をぶつけ、それにオリヴァーが的確な答えをもって返答しただけで会議は終了となり、委員達は複雑な心境を抱きながら会議室を後にした。 お遊びで彼等はも入ったわけではないが――突然の軍隊のような姿勢に動揺するのも無理は無いだろう。 一部の連中はかなりハードな人生を送っているが、大多数が平和を甘受した生活を送ってきたのだから。
その様子をオリヴァーは最後の一人が出て行くまで眺め――最後に自分だけが残った事を確認すると、部屋天井を仰ぎ。
「あーやだやだ、普通にお祭りを楽しみたいってのによぉ」
クソったれが、と毒づくと彼は残った資料の回収を始めるべく、立ち上がった。
暫くして
「ってなわけで、これはいよいよもって面倒な事になってきたわ」
喫茶店の壁側の席、灰色のコンクリートの冷涼とした雰囲気を感じながらスーゼはブラックコーヒーを飲み干した。 目の前にはアネット・バラガン。 (建前では)スーゼの数少ない友人である。 コーヒーの湯気が、フラリフラリと揺れる。
「大変ね、でもするのならどうしてもっと早くしなかったのかしら、そうしたら妹は……」 「……アネット」
アネットは一連の殺人騒動で妹を殺害されており、ただでさえ暗い雰囲気がより一層暗くなっている。 その内どんよりとした言霊でも浮き始めるんじゃないかと言わんばかりのオーラにスーゼは辟易としながら。
「私は貴方に同情して慰めるつもりも無いし、風紀委員――いや、生徒会の対応だけが悪かったと言うつもりも無いわ、失態の原因そのものはこのガーデンにあり、この根源もガーデンそのものの気質によるものなんだから……だからって強く生きろとか頑張れと無責任に言うつもりは無い――でもね、アンタが愚図愚図していたって何が始まるの? 腐ってても誰も(主に私が)幸せにならないわ」
冷たく突き放すようで、その実相手を思っているように思えなくも無い言葉。 スーゼは嘘は言っていない。 本音を言っていないだけだ。
「分ってる、妹が死んで、皆同情の声をかけてくれたけど、私はそれを拒絶して――でもちゃんと最後までそうやって語りかけてくれたスーゼの言いたいことは分るわ、でも……踏ん切りがつかないのよ、可愛がってた妹だから……死んだって、自覚したくないのよ」
(知るかバカ、ちゃっちゃと金よこせってのよ)
内心で唇を尖らせながらそれを表に出す事は無く、スーゼは神妙な顔で黙り込む。 会計課であるアネットに、ちょっとした細工――つまりは生徒会資金の横領を頼み込み得た小金で遊ぶのがスーゼの楽しみでもある。 額としてはそこまで多いわけではない、せいぜい小金持ちのドラ息子のお小遣い程度だ。 しかしそれでも他人の金を使う事に意味があるのだ。
理由は考えた事は無い。 そう言えば、何故彼女と上辺だけとは言え親交を持とうと思ったのか、他にも使いやすそうな連中はいた筈だが――。 何でだろうか――そこまで思考が迫った途端、スーゼの身におぞましい悪寒が襲った。 まるでその領域が禁忌だと言わんばかりに。
「……スーゼ?」
アネットが困惑に揺れた顔でこちらを見ている。 この悲嘆に暮れる少女までもが心配してしまうとは、自分がどんな情け無い顔をしているのかが分るという物だ。 スーゼは顔を振り、軋む顔の筋肉を笑顔の形に変え、大丈夫だと伝えた。 それでも、アネットは心配そうにこちらを見ていたが――。
その後適当に10分ほどだべると、スーゼは喫茶店を後にした。 もう、悪寒は無い。 理由は考えたくなかった。 to Be Continued...
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| 1629/
『金魚とミノタウロスの戯れ』 |
・投稿者/ ケツアゴ熊ちゃん
・投稿日/ 2008/01/03(Thu) 21:02:07
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ギィ・H・ラロックは中二の時の同級で、友人で、えーと、ぁー……以下、略。 たったこれだけの回想で羞恥と後悔が限界の極みに達するのだから、青春という悪魔の恐ろしさが垣間見えた。無論、この学校の異常性その他によってほろ苦さが割り増されている事実は否めないものの、仮に市内の普通校に通っていたとしても大して味付けが変わるわけでもない。まして何度思い出したとしても、苦みが消える訳でもないのだし。 そんな詩人気取りの中学生めいた思考に従って過去から頭を切り離し、気を紛らわせるべく今の状況を反芻するとしましょ。 私は今、心の裾を握る恩義と義務感に惑わされて無限回廊を彷徨い続けている。 職員室へ向かおうとして場所が分からずに迷っているという事を詩的に表現してみたけれど、やはり三文文士を素で演じる痛い少女と成り下がった感は否めない。一応自分の名誉の為に言っておくと、私の卒業後に旧棟の取り壊し、更に新棟の建立及び増設、それに伴う職員室の移転など高度経済成長も裸足で逃げ出す速度で学園は発展を遂げていた。 もはや変貌と言っても過言ではない母校の変遷に対し、既に異邦人と化していた自分はアリアドネの糸を持たないテセウスと同等の存在である。もっともこの場合だと、退治されるミノタウロスは恩師達になるのだけどと現実逃避に走ってみた。
「体格で言うならミノタウロスはポポちゃんよねー」
どこぞの幼児用玩具の名前を持ち出しながら、扉上の札に多目的教室と記された教室の脇を素通りする。その次は家庭科室。更に隣が第三理科室で、その先が家庭科準備室となっていた。ええい、家庭科室と準備室が別居してるとはどういう了見よ。 まぁ、どうでもいいか。この辺りって明らかに普段使われない棟だしね。事実廊下とか教室に全く人が見当たらないし。うん、別棟に行こうそうしよう。 準備室先の分岐点を直進しきる寸前で、ドリフトの効いた急カーブ。知らない場所だとしても、校舎というものは往々にして単純な造りが多いので大体の見当は付くのだ。結局目的地の場所が分からないので大して意味も無いのだけど。 「パンフの地図にも載ってねーしさぁ」 役立たずの紙片を懇切丁寧に畳み直し、紙飛行機にして不法投棄を試みる。メイド喫茶だのミスコンだの雀荘だの欲望に満ちた言葉を胴体にプリントされた飛行機は、不規則な軌道を描いてエンジントラブルで不時着した。 同時に、確信する。
尾行されてる。
如何せん紙飛行の軌跡から風を呼むとか漫画も吃驚な高等技術は持ち合わせていないのだけれど、先刻の急ターンで微かだが乱れた足音が鼓膜を揺らした。あえて慣れない場所で人気のなさそうな所へ赴いた甲斐があったというものだ。御陰で余計に迷ったけれど。 ……数は複数かな? ちょっと人数の特定は無理そう。でも、プロじゃなさそうよね。何人かいるならわざわざ人気のない所まで付いてこなくても、主要な出入り口をマークしておけばいい話だし。
「うーむ。猪木ちゃん大失敗」
危機感がちょっと薄口だったかしら。別に学祭で舞い上がってた訳じゃないけど。 でも、それも仕方がないかと自己弁護に走っておく。 今は学園祭の真っ最中であり、周辺の組織はガーデンと仲良くしておきたい都合上、何かあっても部隊や軍隊を差し向ける事ができないからだ。一般客の数もかなりに登るし、イベントにはTV中継も入るという事もあって敵対組織でさえ学祭中の襲撃は自粛する。不用意にドンパチを起こせば学園その他数々の組織をも敵に回す事になる為、事実上の不干渉が暗黙の了解となっているのだ。 だからこそ指名手配犯の私も普段通りの恰好で訪れているのだし、ガーデンの一部にはコネがあるので(自分のではなく、MHG自体のだけど)、万一通報でもされれば直ぐに連絡が来る筈だ。 それは兎も角、さてどうしましょう。 相変わらず付かず離れず付いてくる気配。動機が分からない以上、撒くわけにも先制攻撃を加える訳にもいかないし、動機があるとすれば心当たりが多すぎて困る。 そうこうしている内に人気のない建物を通り過ぎて、学生の喧噪に満ちた界隈へ足を踏み入れてしまった。同時に追跡者の気配も日常の空気に埋没して、表面上の平穏が僅かに危機感を和らげる。ま、いいか。流石にここまで人気の満ちあふれている場所で襲われる事は無いだろうし。 暫定の目的地を失った私は、再び当てのない散策に身を任せる。ひしめく学生服の波に、商店街を想起させる呼び込みの声。放送機から流れる午後のミスコンの宣伝が廊下にまではみ出た店舗の装飾と相まって雑多な世界を作り上げている。 そんな廊下に満ちる独特の熱気に当てられて、追跡者達の事など忘却の彼方に消え去った事にした。
「金魚のフンは、いずれ切れる運命だしねー」
但しこちらが金魚なのだとしたら、泳がされてるのは私の方なのだろうけど。 これがただの勘違いだったら、笑って済ませられるんだけどなぁ。
ま、もう暫くはリアル隠れんぼに付き合ってあげてもいいかもね。 少なくとも、職員室を見つけるまでは。
☆
「……で、早速見つけちまったじゃねーの」
幾ばくか落胆を含んだ独白を漏らした瞬間、レッドアイズの剛腕がエデン=アシュレイ=ゼクスフォードを捉えた。 いや、手近な机上のラジオから流れるアリーナ中継がそう伝えていただけなのだけれど、まぁ好都合だ。 随分な大音量に設定されているラジオに加え、やる気のないBGMに移行した校内放送や校庭のステージから響く有志バンドの雑音の所為で鼓膜が鈍痛を訴えている。しかし、平時より些か緩く感じられる職員室にはこれらの公害を気にする人間は皆無だ。戦地では銃声を子守歌に寝るのが常識となっている人種に、この程度の音響攻撃は小川のせせらぎに過ぎないからだ。 食堂や教室とはまた違った形で整列した机の上は、教職員が生徒に「整理整頓はきちんとしなさい」と注意するのが恥ずかしい程に書類と文具が混沌としている。銃器を扱っている都合上、生徒の外出に煩雑な手続きを要する学園側にとって、外出願いが一極集中するこのシーズンは地獄以外の何物でも無いからだ。 兵どもの夢の跡を一通り眺め回しながら、私は地獄絵図の中に馴染みの恩師達の姿を探す。ちなみにここが 先程の食堂からさして離れていなかったという事実が、ふくらはぎに溜まった乳酸の虚しさを一層引き立ててている。 爪先で床をぐりぐりとやって筋肉疲労を和らげていると、認可済みの書類の山嶺の隙間で視線を停止。A4用紙の隙間に見える、標高二メートルを超えるかという肉の山。間違える筈もない。 軽く名前を呼ぼうと思った所で、向こうが生徒専用出入り口に立つこちらの姿に気が付いた。 一応、先に挨拶するのが礼儀かしらね。
「や、ポポちゃん久しぶりー」 刹那、雑音の海にスタートダッシュが鳴り響いた。 容易く空気を引き裂いた影が弾丸と化し、ソニックブームに巻き上げられた書類の群が花道の軌跡を形造る。なんて言えば格好良いかも知れないが、現実は両手を広げた筋肉ダルマがこっちに向かって走ってくるだけ。室内で走るなよ以前に、何て言うか、その……ちょっと引く。 やれやれ。 勢いを緩めずに私を拘束しようと迫る両腕を横っ飛びに回避。その際に無人の傘立てにしこたま頭を打ったけれど、気にせず剛腕を空振りした巨体に向き直る。ラジオから、レッドアイズのラリアートを交わしたエデンを称賛する実況の声。 後は学生時代に幾度と無く繰り返した反復行為に従って、巨体の背中に飛びついた。一抹の懐かしさを覚えながらヘッドロック。そのままネック・ハンド・チョークに……と連係技が浮かんだ時点で始めてマッチョが声を上げた。
「ハラッショーッ!!」
……はいはい。 突然の大声の所為ではなく、頭が痛くなった。傘立てにぶつけたからに違いない。
「流石は我が教え子にして白衣の悪魔と謳われた殺し屋! 在学中から全く衰えておらぬその技はまさに猪木の名字に恥じ、」
聴覚遮断。
「我が輩涙が、」
遮断。
「感激っ、」
遮断ッ! 左右から頸動脈を締め付けたくなる衝動を堪え、大仰な口調で何やらを喚く巨漢を意識の外に追放する。 というか、形はどうあれ男性教員に抱きついている黒人女性を見て周囲は何も言わないのか。そう思いつつ室内に視線を巡らすと、職員室に点在する教師陣は優雅にホワイト・ラテを啜るなり手際よく書類に判子を押してゆくなりと、見事に不干渉を決め込んでいる。おいおい。ここが緊張状態の続く国境付近でないのだとしたら、職員室の札をコッソリ精神科に書き換えておいても違和感ないんじゃねーの? 密着した肉体から伝わる声帯の震動から、そろそろ落ち着いてきた頃合いかと思い巨漢の耳元に囁きかける。 「センセー、落ち着いた?」 「ダディと呼び賜え!」
あ、まだ駄目だ。 でも、ここで下手に放して頬ずりされたくねーしなぁ。ダディって剛毛だから、無精髭下ろし金みたいで痛てーし。 生温い溜息を血縁関係のないダディの後頭部に吐きかけた。初めて頬ずりの餌食になった記憶を思い出の屑籠に厳重保管する旨を心の美術館長に告げ、相手が落ち着くか落ちるまで、熱の籠もった首筋を優しく締め上げ続ける事にする。
已然白熱を続けるラジオの向こうでは、レッドアイズにパロ・スペシャルを受けたエデンの阿鼻叫喚が延々と響き続けていた。
☆
「いや、誠にすまぬな。我輩としたことが再会の喜びについ自制心を、」 「遮断」
意識を失う寸前でようやく理性の帰還したダディと、全自動絞殺人形を休業した私の最初の会話がそれだった。理性のタガがクリップ程度の拘束力しかないこの人とまともな付き合いをするには、まともに会話をしないに限る。つまりは関わらないのが理想型という訳だ。 聴覚遮断スキルを発動させたまま、適当なキャスター椅子を引っ張ってきて先生の対面に座る。 試合は、始終レッドアイズ優勢で最終ラウンドに進んでいた。 「ふむ、相変わらず他人との交流を拒む癖は直っていないのかね。それにしても久しいな、実に二年ぶりといった所か」
いや、別にアナタ以外とは普通に話しますよアチシ。それに二年じゃねーでしょ。
本当は、ついこないだも会った癖に。
ボリソヴィッチ・ポポフ。 銀髪をオールバックにしたカイゼル髭の不良教師で、歳は自己申告で私の在学当時四十前後。性格はやや問題なし。口調が大仰。ダディと呼ばないと怒る。 元軍人という噂があり、顔に走るバッテンの傷跡は敵兵もこの人が人間失格だと思って分かり易い目印を付けてくれたのだろうとまことしやかに囁かれている。組織の中で。 不良教師の烙印は伊達ではなく、ダディはマゼラノ陸軍と二足の草鞋を履いているという筋金入りだ。マゼラノでも陸軍は公務員扱いだから、ヘロデト・マゼラノ双方の公務員法に抵触している。 遺憾ながら私も当都市に潜伏している都合上ダディと接触する機会に恵まれており、先週も援助交際という大義名分の元密会を行ったばかりなのである。 仕事上関わらざるを得ない、理想型には程遠い自分の境遇を嘆きながら、表面上は教師と卒業生という役割を演じ続ける。観客は皆無に等しいので、この際役者不足でも構わない。
「宇宙歴に直すとアンドロメダ年ぶりですよ。ダディこそ、暫くお会いしない内に健忘症になられたみたいですね。記憶力は毛髪の濃度に密接な関わりがあるんでしょうか」 「お前こそ、その没個性のコートは在学中から買い替えていないのかね。生活でも苦しいのならマグロ漁船を紹介するのに吝かではないが」 「やですねダディ。何でダディに会うのにお洒落してこないといけないんですか。セクハラで訴えますよ」 「ふむ、どこぞの訴訟大国は黒人蔑視が風習と聞いたが。とうとう民族の誇りまで失ったかね」
いや、なんで二人で本性ちらつかせ合ってるんだろう。お互い馬鹿だと会話の舵取りに困るわね。 コートの内ポケットに手を伸ばしてぺしゃんこに潰れたウルトラバイオレットを取り出して、シガレットをダディの口に差し出した。そのまま跳躍し、相手に畳みかけるような連撃を浴びせるエデンの勇姿を実況が告げる。 「ダディ、どぞ。外出許可の山でストレス溜まってるみてーですね」 「ふむ、大儀である」
時代がかった台詞を吐きながら、既に銜えている四本の煙草に紫色の煙を混じらせる。というかどうやって喋ってるんだろうといつも疑問に思うけれど、先生だからという理由で納得しておいた。 先住民の白い煙達が紫色の新入りと打ち解けるのを見届けてから、ダディが屈強な背中を背もたれに預ける。安物の椅子が悲痛に啼いた。
「して、用向きは?」 「いえ、まぁ。強いて言うなら他の先生方どこにいるか教えて頂けます?」 「前向きに見当しよう。後日また来てくれ賜え」 「とっとと白状しねーとウチの若いモン寄越すぞ腐れダディ」 脅しに屈した訳ではないだろうが、カイゼル髭を弄くりながら訊ねてくるダディ。あ、触りすぎて癖っ毛になった。これぞレッドアイズの真骨頂と実況が叫ぶ。 「良かろう、望みを言い賜え。但し願い事は三つまでである」 ランプに閉じこめられて砂丘に去ねと世界の中心で叫びたくなった。
「えーと、フロート科で世話んなったリゼル先生と、あー、ネルソンはいいや。ピーターとオスカーには一応挨拶だけね。部活の後輩連中はもうみんな大学部ですよね?」 一息に言う。これも一重にダディの脳内年齢を確かめるためじゃないけれど。
「うむ、リゼル殿は午後のミスコンの件でホールの方に。ネルソン殿は生徒数人とミスコン更衣室の盗撮へ。ピーター氏とオスカー氏は昨年大学部へ異動されたそうだが、こちらから連絡を入れておこうか」
待て待て二人目。
「いえ、結構です。感動の再会を演出したいので」
面倒くさいので聞き流した。在学中だったら通報の一つもしただろうけど、既に卒業した世界の厄介事に首を突っ込む程お人好しじゃない。 ……あ、というか、寧ろ厄介事に巻き込まれてるのはこっちなんだった。巻き込まれてると言うべきかどうかは分からないけれど。 幸い祭りの騒音で周囲に音が聞こえない事を再確認し、声を潜めて身を乗り出す。
「あ、ダディ。ちょっと相談いいですか?」 「ふむ、二つ目の願いであるな」 「違うっつの。実はストーカーに狙われてるんです」 「それはお前の振り方に問題があったのではないか? もう一度よく話し合ってみるのが上策と思うが」 「元カレじゃねーです」
つーか、振られたのは、私。 ……。 …………いやいや。 ついメランコリックになってしまった。不覚。 再上映されかけた昔話を発禁処分。ついでに崩壊しきった会話の方向を、どうにか建設的にしようと真面目な表情を拵える。
「ここに来るまでに何人かの連中に尾行られました。在学中私は中立派でしたから、student'sと生徒会の啀み合いに巻き込まれてるとかじゃねーんですよ」 「ふむ……レイヴンならば知らぬ内に恨みを買っている事もあろう。正式な依頼での殺人ならば罪に問われる事は少ないとは言え、個人的な怨恨ばかりは法では縛れぬだろうしな」 真面目になった代わりに、実に突き放した答えが昼前のぬるまった空気を掻き混ぜる。元とは言え、もう少し生徒の相談には親身になって欲しい。代わりに受け身を取ったレッドアイズが反動を利用して蹴りを繰り出した。
「そりゃ分かってますけど、もし学園内のもめ事だとしたら心当たりあります? 私みたいな部外者が疑われて、狙われるような事とか……最近何か事件でもあったとか」 「ふむ、先週生徒の刺殺死体が見付かった事くらいであろうな」
いや、それ食堂の変質者の仕業ですから。
「生徒が惨殺死体で見付かるくらい、このガッコじゃ昔からじゃないですか」
昔から、変質者がいるものね。 私の反論にグゥの音も出ないのか、暫く指で額を叩き続けていたダディだったが、数秒の沈黙を経て動きを止める。さて、何か他に心当たりでも
「知るか! 目を食い縛れェぃ!!」
カッと目を見開き、脈絡無視の絶叫。 ダディが馬鹿に戻った。なんだこいつ。 そういや昔同じ事を言われて、「じゃあお前の目でな」と言ってダディの眼に食らい付こうとしたのは誰の元カレだったっけ(逃避中)。 ま、これ以上聞いても何も実らなそう、というより実が腐りそうだし生徒と教師の健全なスキンシップに戻るとしましょうか。 「回れ耳ー」
ダディお得意の無茶振りを口にし、キャスター椅子から立ち上がる。ホワイト四人とパープル一人の煙草レンジャーに服が触れないように気を付けながら、ダディの両耳を縦に捻る。冷え切った指先越しに熱が伝わり、うぉっとダディが呻きを上げる。
「わ、我輩耳は感じやす、」 「回れ回れ耳ー」 縦縦横横丸書いてねじ切れろ。
「つ、冷たい、指が冷たいッ!」 「痛みに悲鳴を上げろよ」 「は、ハラショっ!」 「くしゃみ?」
ドメスティックなふれあい広場に、流石に周囲から異様なモノを見る視線が集まり出す。 外でやれば視線だけでは済まないし、学園内では奇行の内にも入らないと無視される筈の行動。 だからだろうか。 普段は歓迎できないモノの筈なのに、何故か今は安心した。
ほんの僅かに静かになった職員室の中、ラジオから次の試合組が白々しく読み上げられる。 あ、試合結果聞き損ねた。 エデンに五万ベルカ、賭けてるんだけどなぁ。
現状を忘れて損得勘定をしていると、無造作に職員室の扉が開く。 直後に一人防災訓練をする羽目になるなどとは、欠片も予想していなかった。
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| 1633/
『代官は及第』 |
・投稿者/ ケツアゴ熊ちゃん
・投稿日/ 2008/01/04(Fri) 21:45:38
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「どもーっス。ネルソン先生いるっスかー?」
鼓膜が震えた。
鼓動が跳ね上がった。
脳味噌が停止した。
背骨が軋んだ。
全身の神経が、焼け付いた。
?! ? ?、!!? 、! ? !! ッ! ッ!! ッ!!!!!
停止した筈の脳の中で、ホワイトアウトとフラッシュバックが交互に交互にせめぎ合う。 全身の感覚が復旧しない。頭が処理能力を超えた事態にフリーズしているから。 そのまま永遠に立ち尽くしているものと錯覚したけれど、気付けば私の身体は狭く暗い机の下に滑り込んでいた。 指に、耳の熱さだけが残っている。
「うっわ。相っ変わらず学祭になると酷い有様っスねぇ、ココ」
僅かに遠くなった浮かれ声は、それでも全く遠ざかった気がしない。何故ならその半分は、半年前の記憶から聞こえているのだから。 向かい合った机の真ん中辺りに不格好に丸まったままで、喉がひりつ気配の意識がこちらに向き、耳障りな雑音が聞こえてくる。
「あ、ポポっさん久しぶりっスー」 おやっさんみてぇに言ってんじゃねぇ! じゃねぇ! じゃねーわよ! 何で?! ここに!? 何で! いやいやいやいや! 何でじゃないよ! だって学祭じゃねーの! 来てもおかしくねーわよ! ねーわよ! ねーのに何で私はこんなトコ来てんのよ! あーもう! 「う……うむ、久しぶりであるな、唐沢よ」 言わないで! 分かってたけど! 名前! 名字だけど!
「ん? 何か先生ノリ悪くねっスか? つか、髭乱れてんスけど。あと耳どうしたんスか?」 「あいや……」
先生がこっちに視線を向けてきたのが分かるほど、感覚が鋭敏になっている。火事場の馬鹿力というやつか。違う気がするけど。 間抜けな思考ができる事に、脳味噌がいつの間にか復旧している事に気付いた。次いで鼓膜が鼓動が骨が心が苛立つほど緩慢に動き始める。 首が妙な方向に曲がって痛い。それでもニートになっていた足を酷使して、やるべき事だけはしておかないと。 静かに左足を伸ばして、
「痛ッ?!」 「? センセー?」
ダディのアキレス腱をローファーで一撃。 こっち、見てんじゃねーわよ。 私の切なる願いが通じたかどうかは知らないけれど、視線が出入り口に戻るのを確認。やれやれだぜ。などと安心している場合じゃねー。どうする私。ウェブには続かない。ジ・エンド。……それじゃ駄目だ。 けれど状況に順応を始めたのは私だけではないようで、先生の足音がたどたどしく出入り口に向かっていく。酷く限られた視界から先生が消えた。
「や、やぁやぁ久しいな唐沢の者よ。我輩こそは……うむ? 違うな? やはりここはハラショーと叫ぶべきか?」 「あはは、相変わらず馬鹿なこと言ってるっスねぇ」
ダディの勇気ある行動に看過されて、こちらに視線を投げかけていた教員達も徐々に各々の作業に戻ってゆくのが辛うじて見える。有り難いことこの上ないけど、これって不干渉決め込まれただけよね? まぁ、いい。贅沢は言っていられない。けれど、ここから先は大根役者じゃいられない。 目の前を垂れるUSB配線の簾を眺めながら、打開策を考える。聴覚遮断を試みる。
「……」 「……」
何か話してる。でも聞こえない。聞こえないものは聞こえていない。十秒自分に言い聞かせ続ける。 よし、聞こえなくなった。 とはいえ狭い机の下に引きこもったまま、この状況を改善する手段は東大の倍率並に限られている。いろいろな意味で暗闇の中を、逃げ道を求めて状況を考察したいのだけれど、 状況を把握する。 対策を考える。 常に自主性を忌避する私にとっては、酷く造作のありすぎること。 「自習時間はいつも睡眠学習だったのですよ」
口の中だけで事実を呟きながら、今最も確実な情報を反芻する。 唐沢静香。 半年の事件で騙され合って、利用され合って、最後に殺し合った、馬鹿な女。 極東の親戚に身を寄せている筈だけれど、それ以上は知らない。知ろうともしなかった。知る必要が無い事を、大義名分にして。 ……閑話休題しねーと。
先刻「こんらん」の状態異常に陥っていた聴覚と脳を信じるならば、唐沢の最終目的地は職員室ではない、ということ。問題のホシは、今頃更衣室にカメラを設置し終えた頃合いだろうか。それとも早くも新たな犯罪に手を染めているのだろうか。如何せんニュースに出てくる元警視庁捜査一課ではない私に犯罪者の心理は理解できない。即ち私の心理も理解できない。 ……兎も角、よって選択肢は二つ。 唐沢が去るまで身を潜めるか、気付かれない内に職員室を抜け出すか。 個人的には前者を推したい所だけれど、もし職員室に他の恩師がいた場合は暫く居座る可能性もある。無論いない可能性もあるが、何せ馬鹿の心理は理解し難い。つまり私の心理も理解し難い。 全くこんな姿を見たら親が泣現れた急に足が世界に。
「いーっていーって! 呼び出しなんかしたらこっちが何されるか分からんねーっスもん」
密着する机の足に重い衝撃。続いて、ダディの足も視界の中に帰ってくるのが見えた。 黒い靴下を穿いた、白いふとももの間から。 ……。 教員机に座ってんじゃねぇ! と一喝できる訳もなく、天板を隔てて十数センチに存在する唐沢の存在に肝を瞬間粉砕冷凍されかける。眼球がぎちりと音を立て、呑み込んだ唾の音が漏れていないか不安と焦燥が二人三脚する。 そんな私を嘲笑うように、振り子時計のように揺れる焦げ茶のローファー。無邪気な仕草に揺れる紺のスカートの裾が見え、半年前と変わらない恰好が脳裏に疑似投影された。 聴覚遮断は、とっくに効果が切れていた。
「ふむ、確かに先日も借金の焦げ付いた生徒がマグロ漁船に送られたという噂もあるがな」 「あ、ネルソン先生はマグロじゃなくてカニ漁船っスよ? カニの漁期って時化ん時だから、マグロ漁よりヤバいんスよねー」 「トンネル掘りは無いのかね? 一昨日のスパイ映画の悪役の台詞では、マグロとトンネルの二択だったが」 「んー、坑道この辺に無いッスしねぇ。でも生徒会じゃ常識っスよ? マグロのフレディ・カニのネルソンって」
この学校には鉄爪の殺人鬼がいるのか。キリサキ君となら仲良くなれそう。 頭上から降ってくる馬鹿な会話を聞いて、不覚にも緊張感がほだされる。同時に、急に自分が酷く間抜けな事をしているのではないかという懸念が浮上してきた。 そもそも、私は隠れる必要があるのだろうか? 理由を三百字詰めの原稿用紙に纏めて提出するのは難しいけれど、やっぱり駄目だ、胃に風穴が空く。人類で初めて気まずさに殺された人になる。 何より、会えない、理由がある。 「ふむ、そういえばお前は生徒会の人間であったのだったか。今でも生徒会との繋がりはあるのか?」 「だったらポポっさんと普通に話してねっすよ」 「ダディと呼べと何度言えば……」 「裏じゃみんなMr.カイゼルとか呼んでるって知ってるっしょーが。あ、そういや珍しいっスね」 心底疑問符に埋め尽くされた軽い問い。
「人と話すときはもう少し脈絡を大事にし賜え。大体お前はいつも現国の考査となると……」 「スンマセン。でもだってさ、そのウルトラバイオレット、ポポっさんのじゃないっしょ?」
机の下限定で、空気が重くなったと錯覚した。 馬鹿は鋭い。本能が知能を凌駕しているから。 知っててこちらを嬲っているのかとも思ったが、そこまで腹芸のできる相手ではない筈だ。 ドキドキが止まらない。畜生、欠片もロマンチック要素がねーわよ。 沈黙したダディに、逆にまずい事を聞いたとでも思ったのだろう。実際相当にまずい事を聞かれた訳だが、取り繕うような声が上から降ってきた。
「あ、煙草、軽いのに変えたとかっスか? でも、煙草って軽いのでも重いのでも大して害が変わらないって保健体育で、」 「……」 ダディが限界近い。足が痙攣に近い貧乏揺すりしている。十六連打も真っ青だ。 「あー、その、自販機で間違って隣のボタン押したスか! じゃなくてお歳暮……は無いっスよね、ぁー」 こいつも限界近い。足の揺れ幅が増大している。振り子時計か。 会話が尻窄みに沈静化し、そして 「……は」 「……は?」 ……は?
「ハラッショーッ!!」
もう駄目だこいつ。 溜息の代わりにゆっくり息を吸うと、溜まった埃が舞い上がって思わず咳き込みたい衝動に駆られた。 ついでに頭を抱えたくなったが、音を立てるのは避けたいのでもう一度聴覚を遮断する。もしこれで見付かった時は、脱兎の如く逃げ出すか爽やかな笑顔で「シズちゃん久しぶりー」と片手を挙げるか深遠な命題に耽る。 鋭敏になった四感に有給中の聴覚の仕事を押しつけ、後は見知らぬ何かに祈った。神様と自分の悪運には、ゴシップ記事ほどの信憑性も無いのだから。 床に飛び降りる黒靴下に、汗腺が強制労働に駆り出される。 また無茶振りでもしたのか、音のない声がコート越しに皮膚を張り飛ばした。 ひっくり返るラテの香り、床にロープレスバンジーしたウルトラバイオレットの煙。 認可済みの外出許可書がばらまかれ、僅かに許された視界を覆う。 乱れた歩調。叫び声。チラチラ遮られる光が苛立たしい。直ぐにでも机下から這い出してしまいたい。
あー。 あー。 あー。
こんな感覚、覚えがある。 小等部で初めて防災訓練をした時よりも、もっと昔に。 なんだっけ。本当は覚えているけれど、思い出したくない記憶。 あいつとの青春紀行もとい青春奇行とどっちがより嫌な思い出かな。かな? あー、鉈を片手に暴れたくなったら人として色々終わりだけれど、この際神隠しにでも会ってしまいたい。駄目だ、神様は信じてないんだった。 だったら私が神様になろう! なんて電波は受信料未払いで止められてあーもう閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話代休 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題 閑話休題閑話休題 閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題閑話休題……――
代官は及第、になった辺りで机の天板がノックされた。受信料でも取り立てに来たのだろうか。そう思って外に目をやると、床の上からは焦げ茶のローファーは消えていた。代わりにダディの足が鉄格子のように光を遮っている。 出ても良いのだろうか? 僅かな躊躇と共に、意を決する。 出る際片足が配線に引っかかってしまい、机上のノートパコソンが跳ねる。自分で驚きながら四つん這いに這い出ると、眩しさに瞳孔が収縮した。 散乱した書類の山間、幾分かずれた机の影、掃除用具入れの影、窓の外。先程よりも酷くなった景観のどこにも唐沢の姿は無い。安堵と共に聴覚が有給バカンスから戻り、内外の雑音が遅れて世界に戻ってきた。 もうすぐミスコンが始まるという放送の声。廊下側から漏れる喧噪。いつの間にか誰かがチューニングしたのか、ラジオからは昼のニュースが流れていた。 気道に詰まっていたCO2を吐いて地球温暖化に協力していると、肩で息をしているダディと目がかち合った。 訝しげに片眉を上げ、唐沢の消えたと思しき扉を指差して一言。 「……ストーカー?」 「……いえ、あれじゃないです」
確かに、半年前はガーデンの果てまで追いかけられたけど。 掃除用具入れの雑巾にも負けない程、吸水性の良いニット帽が湿りを帯びている。何よ、今日はチキン王決定戦でもやってんのかしら。私限定で。 乾燥した喉が貼り付いている。もう一度食堂で冷水を頂きたい衝動を抑え、差し当たって自販機を探すことに決めて出口へ向かって歩みを進める。 上着を脱ぎ捨てたい願望を抑える私の、蒸れた背中に声が掛かった。
「ふむ、そちらは窓しか無いが」 「そっちから出たらあいつと会うかも知れねーじゃない。それに、ここ二階でしょ?」
「へーきへーき」と適当に手を振って窓枠に足をかける。机の下とは比べものにならない程に広い青空と校庭が視界一杯に広がった。眼下の屋台から届く香ばしい香りと秋の匂いに、僅かに気分が和らいだ気がした。
「何も聞かねーの?」 私と唐沢の関係が、気にはならないのだろうか。 それとも、気を遣ってくれているのか。
「うむ?」 「いや、私とあいつの事」 「うむ、気にするでない」 返ってきたのは、微妙に見当外れな答え。それでもこちらに気を遣わせない飄々とした態度は、なんていうか、先生だった。 なんだよ。 吹き込んでくる風の心地よさを感じながら、外の景色に目を戻して自嘲する。
私が聞いて欲しかっただけかよ。
「また機会があれば援交しましょ、それじゃ」 跳ね板の要領で窓枠を蹴り飛ばし、身体を校舎から解放する。 先生の返事を後ろに取り残し、世界が安定を失った。青空が上にフェードして、校庭に広がる露店の数々が視界を極彩色に埋め尽くした。 刹那の浮遊感に身を委ねながら、考える。
なんだっつーのよ、もう。 懐かしいものに触れたくて帰ってきたのに。 擦れた心を癒す為に、ぬるま湯に浸ろうと思ったのに。
思い出したくないものに触れて、 訳の分からない奴等に尾けられて、 最も会いたくなかった女がそこにいて、
「」
言い訳は唇が紡ごうとしたのに、地面に着くまでには間に合わない。 それでも理解を拒んだ理性が、もう一度聴覚を遮断した。 全ての元凶は、この場所に戻ってきてしまった事だと分かっていたのに。
今にも目の前に地面が迫る。
頑張っても死にはしない高さなのに、 走馬燈が、浮かんだ。
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| 1636/
間章・『勇者の出会い』 |
・投稿者/ ケツアゴ熊ちゃん
・投稿日/ 2008/01/06(Sun) 22:10:00
| 彼と最初に言葉を交わしたのは、校内に長袖が目立ち始めた頃だった。 学園祭の準備に追われていた頃だったので特に記憶に残っている。放課の鐘が鳴って随分と経った、校舎裏の校門前だ。 丁度高い煉瓦壁と窓一つ無い白壁の板挟みになっているその場所は、開校以来イジメや告白、或いは告白から更に進んだナニとか、一昔前は番長同士の果たし合いetcetc代々生徒限定の催事場として利用されてきたブラックスポットだった。 一組の男女が向かい合う事もなく、裏庭の庭石に並んで座って斜光を浴びていた。
『――悪いけど』
王道の位置関係ではないけれども、予定調和極まりない彼の一言で大体の状況は噛んで含んで飲み込めた。 彼はそれ以上蛇足を付け足す事もせずに黙っていたけれど、あとは弱小演劇部の拙いお芝居のようにスムーズに進展していった。 比較的真面目そうな女子は申し訳なさそうに笑顔を形作ると、二、三言彼に何か言葉を掛けて背中を向ける。私のいる側と反対側に去ってゆく彼女の足取りは、不思議不可思議な程にしっかりとしていた。 私はその態度にいぶかしみながらも放っておく訳にも行かず、女子の背中が遙か先の角に消えた所でブラックスポットに踏み込んだ。 突然の闖入者に対し、軽く両眉を上げる比較的真面目そうでないけど真面目そうな彼。それ以上のリアクションが付随しない事に、逆にこちらが面食らってしまう。お互いに第一声の出荷が滞って黙視を続けていたけれど、生産ラインが復旧したのは相手の方が先だった。
『出歯亀? 良くないよ、そういうの』
罪悪感も気まずさも含まれていない台詞。無色透明の感情が、年不相応に乾いた声質で薄く味付けされている。それが彼に抱いた第一印象だった。
『探してたんだよ、行事実行委員』 あえて役職名で呼ぶことで、相手の良心に訴える高圧的な態度。僅かに足下の落ち葉を踏みしめ、わびさびのアクセントを付け加えて置いた。
『あ、見付かっちゃったか』 『そこは嘘でも「探させて悪いね」って言えよ。どいつもこいつも外出許可取るのに七転八倒してるってのに、何こんな所で痴話っぽい事してくれてんのさ』 『幽霊委員だから。休んだら勝手に推薦されてた』
「本当は風紀委員になりたかったんだよ」と妙に悔しそうに愚痴る彼。
『いや、今更だけど探させてごめん。でも君、俺のクラスの委員じゃないよね。確か瓶底眼鏡の背のちっちゃい子だったろ?』 『私、行事の副委員長なんだよ。あんただけだよ毎回出席してないの』 年に数回しか活動の無い有名無実の委員会では幽霊委員など珍しい事ではないが、学園祭シーズンでも幽霊を続ける行事実行委員などクラスで迫害の憂き目に合っても誇張表現ではない。他人事ながら心配になった私に姿勢を正し、彼は飄々と自分の疑問を投げかける。
『俺の事知ってるんだ?』 『あんた探してる時にクラスメイトに聞いた。色々教えてくれたよ。開票すると悪い噂と良い噂が七三分けって所だったけど』 『九一分けじゃなくて安心したよ』
あるならやってみろ、そんな髪型。 『で、噂通りに都合のいい女をとっかえひっかえですか。流石エリート奨学生は違うね』 『残念ながら、あれ生徒会のお誘い。ああやって毎学期来んの』 成る程、通りでさっきの女が堪えていなかった訳だ。
『いいの? あんたstudent'sの勧誘も断ってんでしょ?』 『……ストーカーは犯罪だよ? 通報しないから盗聴テープは返して欲しいな』 『名誉毀損も犯罪だっつの。聞いたっつったろ。聞けよ』 『悪魔の言葉に耳を貸すなって、親父の今際の際の遺言でね』 私はこの辺りで彼の言語センスに噺家の素質を見抜き、ほぼ間違いなく同類の香りを嗅ぎ取った。とはいえ同族に分類される変人はいなごの如く学園内に蔓延しているので嬉しくはない。 害虫仲間にサタン扱いされるも悪魔払いをされるほど毛嫌いされてはいないようだ。けれども、寧ろ好印象を抱けないのはこちらの方だ。 どちらでもいいか。既に内申稼ぎの肩書きの義務は終えているのだし。
『まぁいいや。眼鏡の子にばっか無理させんなよクリスチャン。それじゃ』 『ちょっと待って』
男前な捨て台詞を残して立ち去ろうと背向けた瞬間、「この人痴漢です!」とでも叫ばれそうな程に勢いよく腕を掴まれた。軽く後ろに引っ張られ、思わず翻ったスカートを気にしてしまう。 痴漢! とでも叫んでやろうか。そう思って振り返ると、体重が軽いのか私に引っ張られる形で半分腰を浮かした彼の姿があった。相対的に体重が重いという自己評価を甘受せざるを得ない。自然と口調が臍を曲げた。
『……何だよ』 『学園を出よう』
余所で使え、そんなRPGの主人公のような台詞。 『布の服は着てるけどひのきの棒が見当たらない。ちょっと次の街に辿り着く自信が無いな』 「伝説の勇者の末裔とは知らなかった」と苦笑を受領させられた私に、翻訳付きの草案が再度提出された。
『探させたお詫びにさ、外で何か奢るよ。君はもう仕事終わってるんだろ?』 『終わったけどさ、何が哀しくてここで外出許可もう一本出さないといけないんだよ。学園にある喫茶店でいいじゃない』 『行事の副委員長さんなら、外出許可の一つや二つ捏造できるでしょ?』 ほほぉ、犯行はこちらに任せると。 女子を遊びに誘う態度としては上出来すぎて血管が浮かびそうだ。 『……コアデバイス持ったままなんですけど』 『コアストーンは先生が管理してるんだろ? 俺もロッカーに入れてるから大丈夫』
ACスーツの価値を理解していない生徒が多いと先生が嘆いていたけれど、どうやら噂以上に酷いようだ。色々と。
『あのね君』 『失恋しました。慰めてください』 頭を下げて頼み込む彼に、枯渇しかけていた良心が疼いた。訳は無いけどそれ以上断る気概も沸かず、頭を上げてくれと頼み込むのは業腹だった。
『……まぁ、いいけどね』 『ぁあ、良かった! ちょっと行きたい店があるんだよ。ウチの構内には無いし』
それが目的ですか。 『ここの裏門、警報に引っかからずに出れる場所があってさ』 『……何度外出許可書誤魔化した?』 『あー、覚えてないけど眼鏡の子なら覚えてると思う』 『だから女に偽装させんなよ』 それでも、一度背徳感に後押しされた足は戻りがたく。 やっぱり色々と酷い彼。色々と酷い、私達。 その後強引にマンションの一室に連れ込まれ、そこが闇雀荘だと知らされたのは小一時間ほど後の事だった。彼は大人の社会見学中の私を余所に三回ほど大人相手に卓を囲み、二万ほど勝ってから部屋を出た。 陽の落ちた裏門前で「口止め料」と笑って差し出された一万ベルカ紙幣がどことなく虚しく感じられる、それが私達の初デートだった。
本当に、色々と酷かったのだ。 けれど、
再び私達を無断外出に誘ったのは、私の「麻雀教えて」の一言だった。
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| 1637/
とりあえず準備をしましょう〜〜♪ |
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2008/01/07(Mon) 02:29:57
| "ガーデン生徒会執行部室"と書かれたとても豪華な部屋の中心で、何人かの女をはべらかし相好を崩した美青年が言った。
『くくく、遂に俺様が待ちに待ったイベントが来たぞ』
吸い込まれそうなグレーの瞳とスラリと流れる金髪、実に女受けしそうなその男は、ソファの真ん中に座り両手に花どころか後ろにも女の子目の前にも女の子と見事に花に囲まれている。 男の人が見たら殺意とか嫉妬が湧くほどとても良い身分です。
「文化祭のお仕事もせず女をはべらしてサボっているのに何をそんなに笑っているんです、ボブ部長?」
美青年――の向かいに座ったクールな眼差しのにショッキとしている姿勢をしている。【秘書】さん(未だに名前は分かりません)が聞き返した。
「ん? もちろん学園祭のイベントに決まっている」
胸につけられたピンは、執行部の一員であることをあらわしている女子リーダー格を務めている【秘書】さんがもう一度聞いた。
「それはどの様なイベントなのでしょうか?」
「くっくっくっ」
美青年は笑いながら両隣に座った女性の足に手を伸ばそうとしたが笑顔でバチッ!と叩かれ断念。 かなり気まずい雰囲気と言いますかそのうち刺されるのではないかという空気です。
「…………」
無視された【秘書】さんは、クールな無表情を無理やり笑顔に変える。 とても、引きつっていますが気のせいとしておこう。
【秘書】さんはスラリとした足をボブの前でこれ見よがしに組んで聞いた。
「いったい、どんなイベントなんですか?」
「おっと あと少しだ」
目の前で足を組んだ少女に美青年の姿勢が不自然に悪くなった。具体的に言ってしまうと男のロマンを掻き立てる魅惑の布地を覗こうとしているわけである。 当然その男の行動に怒りゲージを貯めている【秘書】さん。 この色仕掛けは男の口を開かせるために行ったわけだが、しかし、かと言ってここまであからさまに覗きこまれるのはとても不愉快であった。
そういうわけで…… 「ど ん な イ ベ ン ト な ん で す ?」
【秘書】さんから発散されるのはどす黒いオーラ。 もう魔術師にしろレイヴンにしろ裸足で逃げだすって感じです。 実際、美青年の周りに群がっていた女の子たちが逃げ出しています。 そんな感じの【秘書】さんが、ものすごいヤバい雰囲気をかもし始めるに至って、ようやくボブはデスクに置いてあった書類を差し出した。
「しかたねえなぁ。…………これだよ」
「――――これはっ!?」
黒の短髪でどこにでもいそうな中肉中背の平凡っぽい青年と、伸びた金髪を後ろでくくった長身の美青年が各々の個性的な机で損害書類の作成中にしていた。
「なあ、ボブ、さぼってないで書類をやれよ」
「くっくっくっ、――なぜ俺様がそんな面倒な事をしなければならんのだ!?」
「……元はと言えばお前のせいじゃないか」
「あれはお前の歓迎の為にした俺様の善意だぞ?」
「そのせいで俺は転校初日に刀女にさんざん追い掛けられて打ち首寸前まで追い詰められて、何とか助かったは良いがこうして学校の損害分の資料作成ということをやらされているんだがな……」
「でも、お前の顔はガーデン中に覚えられたんだから良いじゃんか」
「…………やっぱり【秘書さん】にここに居るって言ってやろうか?」(ポツリ)
「――御免なさい、はい、俺様が悪かったから、言うな頼むっ!!」
「だったら、ほら、ここの所を頼む」
「……俺様が上司なんだぞ、この野郎っ!!」(ボソリ)
「何か言ったか?」
「なんでもございません!? はい」
正反対の印象を持つこの野郎二人は、【student's】の【赫乃 時流】さん、曰くろくな奴がいないというガーデン生徒会執行部、通称【執行部】の臨時男性行員。ケンジさん。 そして執行部の部長である【ボブ・マッケィ】さんの二人が職員室の隣にある部室でハードワークを行っていた。
一応説明しておくと、ガーデン生徒会執行部、通称【執行部】はヘロデトにあるガーデンに存在する生徒会の中間組織だ。 肥大化した生徒会の再編と生徒の安全をより早く守るためという一応の名目で設立された。 結成当初は過剰に暴力で黙らせるという過激派として名を馳せていたが、ボブが乗っ取りの成功を機に学生間の助け合いを促進し、より良い学園生活を送れるようにするという感じになった。 まあ、裏の目的はガーデンを愉快な感じに混沌とさせること、と中枢の乗っ取りだがそれはボブだけが思っていることなので割愛を。 活動内容は、助け合いの仲介斡旋。何か問題を抱えた生徒はここを訪れ、この組織の力を借りることにそれを解決する。 代わりに執行部(ボブ)に借りを作ることになり、その借りはいつか返さなければいけない。 執行部が必要とする時に(破ったら怖い人たちに連れて行かれるという噂もある……あくまで噂であるが)借りを能力労働情報で返すことなのだ。 要するに今の執行部は生徒達への貸しを貯め、その貸しを必要なときに有効に活用(もしくは利用)するので、無理矢理力ずくで生徒達を助け合わせるという、便利なのか不便なのかわからない中間組織なのだ。
「仮設アリーナの損壊費と練習用ACSの大破費、その他多数………」
ここの処……書類の作成という慣れない事をして目にくまを浮かばせている青年は、我らが不幸縁者 ケンジ・ロック・クロウ。 彼はようやく損害書類の作成が終わりそうだったのでボブに訪ねた。
「ところで、なんで【秘書さん】に追われてたんだ?」
「よくぞ、聞いてくれた。ケンジ、……文化祭があることぐらいはクラスで聞いただろ?」
「あぁ、なんでもクラスから一名選出なんだろ」
「でだ、執行部としてもミスコンでなんらかのイベントに参加しなければ成らない」
「……生徒会の手伝いはどうするんだ? さっき連絡きてたけど」
「無視だ、無視っ!、それより今からお前、執行部代表を決めるミスコンの選出スカウト係よろしく」
「…………へっ?」
「だから ミ ス コ ン の ス カ ウ ト 係 だ よ」
そう言いながらボブはケンジに一枚のポスターを渡した。
「……なになに、【ガーデンの女王は誰だ!? 第○○回ガーデン学園祭 ミスガーデンコンテストッ!! (男性も参加可ただし女装して下さい)】って…………なにこれ?」
ケンジは呆気にとられた顔でポスターを見つめながら尋ねた。
「見てわからんか? 学園祭のイベントでお前をミスコンのスカウト係に任命する」と豪華そうなソファに座った生徒会執行部部長のボブ・マッケィは大型端末を弄りながら呟いた。
「なんで俺がするんだ、やるにしても女性行員がいるだろう。【秘書さん】や風花って子とか……」
だいたいこの仕事は普通、女性がするべきだろう?とケンジは当然の疑問を口にした。
「そりゃあ、――――そうしたほうが面白そうだったし」
「……本音を言え」 (ガチャリ)
ケンジは背中に隠し持っていた黒い塊を手に掛けようとするのを見たボブは言い訳を始めた。
「まてっ、まてっ、まてっ! 是には深い訳が……」
「じゃあ、その深い訳ってなに?」
「い、いや、それは…………」
「詳しく話せ――いま直ぐにっ!!」
言いよどむボブだがケンジが再び背中の塊に触れようとすると喋りだした。
「実は………………ある人物と、とある賭けをしたんだ」
「ある人物って誰だよ」
「【student's】の【ボリソヴィッチ・ポポフ】だ」
「それと、どう関係する。だいいち、なんで【student's】が出てくる?」
「所属が敵対とはいえ、お互い同じ趣……いや、なんとなく気があってね ときどき意見交換をしていたんだが……」
「……要するに似たような趣味だったからそいつと遊びまくっていたんだな。」
「出会いは彼が生徒とホテルから出てきたところを俺様の目撃から始まった」
「しょうもない出会いだな」
ケンジは突っ込みを入れたがボブは話に集中しているのか聞いていなかった。 ボブは自己陶酔しながら更に話を進める。
「ここ最近は二人で男のロマ……部活動に精を出していたわけだ」
「……部活動と偽装しながら遊んでたわけか」
「――そう、俺様たちはお互いに道は違えども同じ理想を進んで歩んでいるはずだった」
「……」
とりあえず、オペラ風に歌っているボブ、見た目はカッコいいがその内容があまりにもくだらない。 クライマックスが近付いているが、何だが聞いててしょうもない話だなと思ってしまう。 そんなわけで話を聞きながし残りの書類だけをケンジは書きまとめる事にした。
「――――しかし、文化祭に成ってから彼は変わってしまったっ!!」
その間、話をかなり進ませていたボブは顔を真っ赤にしながら怒り始めたのでチラリと目を向け聞くことにした。
「奴は俺様に『やはり女子高生は若い方に限る』とそれを聞いた俺様は激怒した『いいや、女子高生は熟成した方に限る』と言い返してやった。
「…………」
単なる趣味の不一致じゃん。思いながらもそれを言葉にしない。 彼は一通り書き終わった書類を机にまとめて置く。
「それに執行部のアピールにもなる、もちろん、手伝ってくれたらお金は払うぞ?」
その言葉を聞いたケンジは数瞬考える仕草をしたあとボブに肝心な事を再度尋ねた。
「簡潔すると、美人を探してミスコンに出場させるのを手伝えと」
「そうだ、最低5人だ 」
「多いな」
「なんなら男でもいいぞ? …………奇麗なら」
「……それって男が言われて嬉しいことなのか?」
「何を言うっ!? もし俺様が女の子達に『ボブ様、女装して下さいっ!』と言われたら断固として参加してやる気概はあるぞっ!!」
「…………なら、お前が出ろ」(後ずさる)
「……ゴホンッ! とにかくだ俺様たちは生徒会の中から――いや外でもいいから『これだっ!』と思った人材を集めミスコンに出場させて、ポポフ教員の刺客を討ちはたすんだっ!」 (ガチャ)
「へえ、そうかい」 (ちょっと貴方達、うるさ……)
ボブはケンジに何やら候補者の名前がいっぱい書いてあるメモを渡す。
「とにかく候補はここに書いてあるからよろしくっ!なんなら、この際、桜花でも良いが……あぁ、俺様としてはリゼル先生にバニースーツかレオタードを着させるのが――」
ブチッブチッブチッ
何かがたくさん切れた音がした。 とたん部室の雰囲気とても重苦しいものとなった。 ボブは喋っていた口をパクパクさせながらケンジの後ろを凝視。 なんだか振り返りたく無くない。とは思いつつ、ケンジはゆっくりと後ろをふりむくと―――――なぜか目が据わったリゼル先生がいましたとさ。 突然起こったこの状況にケンジは数秒固まる。
(何故ここに……)
ふと、この場所は職員室の隣あったということを思い出す。 たしかにあんだけ騒げば注意ぐらい来るよな。 単にたまたま、リゼル先生が注意しに来ただけで、入ってきたその時にボブの言葉が耳に入ってこんな状況になったということか…………なんと、まあ、間の悪いことだ。
(いや、そんなことよりこのままでは、俺も巻き添えを喰らうんじゃないか?)
頭の中で警告が鳴り響く中、ケンジは目線をリゼル先生から真っ青になっているボブに移す。 両者ともに沈黙……
「貴方た――――」
ドォォォンッ!! 「きゃあっ!?」
「……」「く、く、く、装着ッ!」
リゼル先生の口から死刑宣告が開く瞬間、二人は間髪を入れずに生き残るための行動を起こす。 ケンジは懐から緊急離脱用のスタングレネードを床に叩きつけ爆発させ、ボブはその隙に正面突破から脱出しようACSを起動し戦闘状態に指示をだす。
「ケンジっ! お前はリゼル先生に突っ込め。 俺様は援護を――――――って! 何処いった!?」
既に彼の姿は無くボブの周りにはヤバいくらいに殺意を充満させたリゼル先生が「構築開始……」と自らのACSを起動させようとする姿だけである。
≪俺は巻き添えになるのは御免なんで先に脱出する。…………ことが済んだらすぐに保健室に運んでやる≫
ケンジはボブが装着している間に、二階の窓から飛び降りて着地したあと躊躇せず自分の教室まで一目散に走る。 ボブは窓からその後ろ姿を数秒眺めて叫んだ。
「…………………こっ!? こ の 裏 切 り 者 ォ ォ ォ ッ!! ぁっ ちょっ……リゼル先生、待っ!?」
一瞬の静寂
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ―――!!」という、長いとても長い断末魔と不気味な破壊音と共に部室は爆発し机やら書類やらボブやら何ともいろんな物が外へ飛んで行った。 空中に舞うボブとそれを追う、とても……とても凄絶な顔をしたリゼル先生と書類の紙吹雪を見ながらケンジはポツリと。
「受け止めても死にそうだし抵抗しても勝ち目がない、かと言って逃げ切れたとしても…………」
あの爆発の中まとめて机に置いてあった書類は部室の惨状をみるに吹き飛ばされたか粉々にされ飛び散ったかのどちらかだろうと思いながら。
「……また書類づくりに徹夜かな」
盛大な爆音と頭痛と共に溜息をついて教室に向かう、不幸縁者の【ケンジ・ロック・クロウ】であったとさ。
……学園祭まであと8日
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| 1659/
侍ガールと病弱な女の子!? |
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2008/03/09(Sun) 02:48:50
| 「何っ? お主は妾にみすこんなる如何わしいものに出よと申すのか!?」 この日【赫乃 時流】は文化祭の準備の為クラスで使う機材を運んでいる途中に、この青年に呼び止められ「ミスコンの出場してくれ」と頼まれた。 普段ならこのような無礼者はすぐさま叩き斬っているところだが、三ヶ月前の事件に負い目があるため怒鳴るだけに留めておく。
「こちらも仕事で、五人も揃えなくてはいけないんだ。……頼む」
隈を作った目でこちらを見る。 やけに平凡な幸薄い印象を持つこの青年は、とある事件で時流が散々追いかけ回した青年だ。
三ヶ月前、ひさしぶりに剣道部の朝練に出て汗を流した後、教室で着替えている時にいきなり黒のコートを着た男がはいって来た。 着替え途中で固まっている妾を見ると、男は「ふむ、髪と肌は奇麗だが胸がだめだ」と言ったので頭に血が昇った妾は当然この男を叩き斬ることにした。 男は何処から出したのかグレネードランチャーを出して教室を爆破するとグランドに逃げ出した。 当然、妾は追いかけた。
しかし、不覚にも途中で見失ってしまい、妾は男を切り殺すために必死で探した。 そのとき、偶々通りかかったこの青年とばったり会ったのである。 運悪くまたは故意か青年も黒いコートを着ていた。 あとは簡単、犯人と勘違いした妾が青年に日本刀で切りかかるのは当然の帰結であった。
…………あの事件は妾の生涯の恥となった。 時流はあの時の屈辱を噛みしめつつ言う。
「……クラスの手伝いをしなければならないのだ」
「どうしてもか」
「駄目だ」
「…………」
「それにサボると、えみりあ が拗ねるから」と時流は思う。 数秒沈黙して考えるしぐさをした後、青年は口を開く。
「そうか、それなら仕方がない」
しつこく来るのかと思えば青年はあっさりと引き下がる。 時流はやけにあっさりとしてると思いならがらもホッとする。 しかし……
「時流さんなら……ここで借りを返してくれる人と思ったんだけどな」
――痛いところを突かれた。
「それは……」
「いや、こちらも無理を言って悪かったな」
青年は頭を軽く下げ、後ろを向き廊下をゆったりと歩く。 青年の後姿を見ながら時流は悩んだ。 武士として、このままでいいのか?と時流は思い始める。
(確かにあの時のは勘違いであったしここは、武士道を重んじて……いや、しかし、みすこん という面妖なるもので借りを返すのと言うのも――)
時流は激しい葛藤の中、青年との距離は離れていく。 そして、青年の後姿が廊下の角で見えなるなった時、時流は口を開く。
「……待つが良い」
「はい」
あっさりと青年は振り返った。 なんだか罠に嵌められた気分になりつつ、時流は言いにくそうに口ごもる。
「その みすこん なる面妖なものににでてもいいが本当に妾でいいのか?」
「もちろん、なんたってアンタは、―――美人だからな」
臆面なく言うその青年の言葉に時流は顔を真っ赤にしたままうろたえる。 「な、なにを言って…………」と言おうとしたその時
「…………時流ちゃん?」
聞き覚えのある声なのに、時流は何故かとてつもない悪寒を感じた。 時流が振り返るとそこには…………
――ボブがリゼル先生にボコられた後。 なにやらストレス解消したような顔をしたリゼル先生が職員室に戻ったあとケンジは約束通り瀕死のボブを保健室へと運び、【秘書さん】に事情の説明、部室全壊を説明し生徒会から連絡されていた行事と処理を任せた。
事情を聞いた【秘書さん】は『セクハラ発言をする人は殺されて当然です』と冷酷に告げ、その意見に他の執行部の女子達も頷いていた。
(ボブよ……お前は女子達にモテているんじゃなかったのか?)
自慢していたボブの自慢話が実は誇張だったのではと疑問に思い始めつつ、とりあえず、ケンジは、ミスコンの候補者を探しにガーデン巡りを始めた。 ボブにはリゼル先生によって焼却処理された書類の修復の作成を押し付けとく。 起きたらたぶん【秘書さん】に白紙の山を渡され悲鳴を上げるだろう……自業自得である。
そんな些細なことはさておき、俺はミスコンの候補者探しに、風花にも手伝ってもらおうかと思い話したのだが「いやです」と一言で切り捨てられ、一人、渡されたリストを元に候補者をさがすことになった。
最初に時流さんを訪ねたのは理由がある。 たまたま、候補者の第一リストに時流さんの写真が載っていてデカデカと『最初にスカウトしに行けお前なら絶対落とせるから』とボブの筆跡が書かれてあった。 それを見たケンジは「……冗談だろ」と思いつつもガーデンでも数少ない知り合いの時流さんに(最悪の出会いであったが)『ミスコンに出て下さい』と言った次第である。
とまあ、そんなわけで、彼はようやく一人目の確保に成功したかと思ったとたん、状況は一人の少女によって状況が一変した。 いつもの様に、なにやら嫌な予感を抱きつつ、時流さんとそして突然現れたもう一人の少女を見た。
薄紫の肩甲骨までかかる程度の長さの髪に青いヘアバンドしているが不健康な青白い肌が目立っている。 ただし暗い輝きを放つ青い目は時流と俺の方をジッと観察するように見ている。 その威圧感は周囲の生徒達があわてて逃げ出すぐらいであった。
「え、えみりあ、これは……その」
「時流ちゃん ……何のお話をしてたの?」
エミリアと呼ばれた少女は時流に有無を言わせず尋ねる。
「それは……」
ちらりと時流さんがこちらに目を向ける「事情を話してよいか?」と目で合図していたので俺は頷こうとしたのだが……。 ぎらり、と異様な目でエミリアさんは、こちらに目を向け、近づいてきた。 そして至近距離まで接近すると何やポツリポツリと呟いている。
「んっ?」
ケンジは、耳を澄ませて聞いてみると。
「あなた私の時流ちゃんと何してたの? 私の時流ちゃんに何をしたの? どうしてあんなに私の時流ちゃんに近づいてたの? どうして時流ちゃんとあんなに親しげに話をしていたの? 時流ちゃんに触れていいのは私だけなの。時流ちゃんは私のモノで、私は時流ちゃんのモノなんだから。――聞いてるの私は……」
「…………ぅっ」
これは即急に解決しないとだめだ、この子に誤解を受けたままだと何がされるか分からん。
背中に冷や汗を感じながらケンジは思った。 というわけで彼は即座にエミリアに事情を説明する。 いわく、執行部の代表としてミスコンにでる人を探しているという事、そして時流をスカウトしにきた事を隠さず正直に、しかし説明を受けてもエミリアは納得しなかった。
「あなたそれを口実に時流ちゃんに近づきたかったんじゃないの? どうして時流ちゃんじゃないといけないの?」
「いや、それは美人だから……」
「ほら、やっぱり時流ちゃんを狙ってきたのねっ!? 時流ちゃんは私のモノなのっ!!」
激情しているエミリアには信用してもらえない。 ケンジは考える。この明らかにヤバいなエミリアさんをどうやって説得するか? ここは、ボブに助けを求めるか? ――いや、奴が来たらそれこそ、何が起こるやらわからん危険だ。
ならば状況が分かっていない時流さんに頼んで説得を…………だめだ、なぜだかエミリアさんがこちらを睨んで(ば ら し た ら 殺 す わ)と目で言っている。
ふとここで、『どうしようもない。現実は非情であるっ!』という何故だか説得力のある言葉が思い浮かんだが無視した。
(……どうする?)
「とにかく時流ちゃんは私と一緒にクラスの手伝いをしなくちゃいけませんのでっ!…………行こう 時流ちゃんっ!!」
「え、えみりあっ!?」
時流を引っ張っていくエミリアを見ながらケンジは思った。 折角一人目が見つかったというのに、ここに来て頓挫か!? ……だめだ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ 俺っ!! 困難には必ずどこかに解決策……いや打開策があるはずだ…………あるはずと信じたい。 …………まてよ?
「ちょっとまて」
空いていたエミリアの手を掴む、「何をするのよっ!」怒鳴る前にケンジは彼女の耳元でエミリアにとって魅力的な提案を彼女に提示した。
「時流さんのミスコン用の服づくりアンタやらないか?」
エミリアは息を止めて固まった。 どうやら効果があったらしい。 さらに彼は言う。
「ミスコンを理由に今まで時流さんに着せたかった物を着させることができるんじゃないか?」
「…………」
エミリアは動かない。 だが、何やら考えるようにも見える。 よし、あともう少しだ。 ケンジはエミリアから時流に視線を向け聞いてみた。
「なあ、時流さん」
「なんだ?」
「服装について何だがエミリアさんが作った服と他人が作った服どちらがいい?」
「――無論 えみりあ が作った服の方がいい」
時流のその言葉を聞いてエミリアの頬が一瞬赤くなっていたがそこは突っ込みを入れない。 つっこみなんて入れたら俺が呪い殺されそうだ。 彼はエミリアに、また小言で喋った。
「どうする? アンタが組むなら俺と握手を組まないなら俺から離れてさっさと行けば良い」
ケンジはエミリアに問い、彼女の目の前に手を差し出した。
「なんなら、エミリアさんも一緒にミスコンに出てくれ、その方が俺も楽だしアンタも安心だろ?」
ケンジはワザとエミリアを挑発する言動をとった。 案の定、エミリアは、ギンッ!っとこちらを親の仇のような眼でこちらを見る、しかし数秒後、彼女は口元を笑わせながら握手をしたのであった。
「時流ちゃんの為ならよろこんで作るわ」
エミリアの余裕の表情を見ていた彼は悪戯するように彼女の耳元で囁いた。
「……ところでアンタはミスコン参加してくれるのかな?」
「っ――――考えておきます!?」
こうして苦労して一人目と参加候補をスカウトする事に成功したケンジなのであった。
「一時はどうなる事かと思った」
ただし……代償は大きかった。 騒ぎを遠く見ていた野次馬達がひそひそと喋っている。
「なあ、これって……」
「三角関係って奴やなっ!」
「やるな」
「あの野郎、エミリア先輩に何言いやがったんだ!?」
どうやら、生徒達にひどく誤解をされてしまったらしい。 周りの生徒達に激しい誤解を受けたまま彼は彼女たちと別れ一人廊下を歩く。 ケンジのミスコンの候補者探しの道のりは続くのであった.
「……絶対に泣かん」
そんなこんなで、いろいろと複雑な心境である、今日この頃の【ケンジ・ロック・クロウ】であった。
学園祭まであと七日
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| 1647/
学園祭最終日-1- |
・投稿者/ スペランカー
・投稿日/ 2008/02/19(Tue) 03:43:00
| 『さぁ、とうとう残りはあと七問! 勝者には今期ミスコン優勝者からの熱いkissが贈られます!!』
クイズ大会の司会者が観客の視線を誘導すると同時に待機させられていた今期ミスコンの優勝者にスポットライトが当てられる。
「な!? まて、俺は何も聞いてない――てか、そんなことするか!」
ティグリス=ユーフラテスの顔が大画面に映し出される。そう、今回の優勝者はなんと男だったのである。 もともと中性的――というより少し少女っぽかった顔は僅かな化粧で完全な女の子になっていた。
「お前ら! 放せ!」
その場を逃げようとするティグリスを学園祭警備のスタッフががっちりと拘束する。 その様子をガーデンの各所に設置された大型ディスプレイで見ながらロレンツォ=パウジーニは苦笑する。
「ミスコンで男に負けるとはな…」 「別に…優勝なんかしたらそれこそ私があんな風になってたんだから。」
隣に座るリゼル=プレサリスは嘆息する。
「しかしまさかバニー姿とはな…久々に泣いたよ。」 「な、だってあれは生徒達が無理矢理――」
と言うがロレンツォが思い出し笑いをするのを見て、頬を膨らます。
「もうっ………で、用件は?」 「あ?」 「学園祭のためにガーデンに来た訳じゃないでしょう?」 「まぁ…な。だがもう用事は済んだんだ。」
と地面を見ながら続ける。
「下に……開発局の方に、な。例のモノの開発具合を。」 「そういえば、セシルが『ロレンツォのやつ、無茶な要求しやがって!』とか愚痴ってたわね。」 「無茶は承知だがやってもらわねば…な。」 「……」
リゼルはロレンツォの横顔を見つめる。 時折見せるどこか遠くを見つめるような表情は昔のままだ。
「ねぇ」
リゼルは立ち上がりロレンツォに向き直る。
「この後は?」 「いや、用件は思いのほか早く済んだからこの後は特に決めてないが?」 「それなら――」
そう言ってリゼルはロレンツォに手を伸ばす。
「この後、食事でもどう?」 「俺の奢りでか?」 「それはもちろん。男性の特権だから。」
ふ、と微笑み、ロレンツォはリゼルの手を取り、立ち上がる。
「ま、それもいいだろう。」
大型ディスプレイには警備員に顔を押さえられて無理矢理力づくで優勝者の頬にキスさせられるティグリスが映し出されていた。
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| 1648/
学園祭最終日-2- |
・投稿者/ スペランカー
・投稿日/ 2008/02/19(Tue) 03:43:55
| 「私はモンブランセットAをお願い。」
リゼルはウェイターに告げるとメニューを閉じる。 リゼルとロレンツォ。二人がいるのは学園近くのショッピングモールにある喫茶店である。 内装は彩度の低いブラウン系で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「……」 「あの…そちらのお客様は…」
メニューを開いたまましかめっ面で停止しているロレンツォにウェイターが注文を訊ねるが返事はない。
「…………エスプレッソを。」
数分後、それだけぽつりと注文しメニューを閉じる。ウェイターは特に気にした風もなく注文をとり立ち去る。 ふう、とロレンツォはため息をついて背もたれに体を預けると、目の前に座るリゼルと目が合った。
「相変わらずね、ロン」 「?」 「simeonの長がこんな優柔不断なんて知ったら皆驚くでしょうね。」
くすくすと笑いながらテーブル備え付けのナプキンで遊ぶ。
「教会ではコーヒーと言ったら、間髪入れずに出てくる直火焼きローストくらいしかないからな。こんなにメニューがあることを忘れていたよ。」
自嘲的に笑い、ロレンツォは窓から通りを見下ろす。 行き交う人々は笑顔で友人や恋人と話し、まるで今がどういう状況下など全く分かってはいないのだろう、とロレンツォは思う。
「平和なものだな…」 「こんな時だから…今のうちに遊んでおきたいんじゃない?」
ロレンツォの考えていることを読んでリゼルも同じように通りを見下ろす。
「…そういえばな…この前襲撃したツラギ山脈の不明施設、やはりボストージアのものだったよ。」 「まぁ、位置的に考えればボストージア以外は考えられないでしょうね。」 「それで、だ。施設内でガーデンの市民ID証が見つかったよ。年齢的にガーデンの生徒だろうが学生証の方は登録抹消済み。持ち主と思われる者の遺体も発見した。そしてガーデンの部外秘資料もな。」 「じゃあ、やっぱり――」
言いかけたところへウェイターが注文した品を運んできた。
「以上でよろしかったでしょうか?」 「ええ、ありがとう。」
魅力的な笑顔でウェイターを追い返し、本題に戻る。
「やっぱり…落第した生徒や退学処分者を?」 「ああ。スパイ――というより駒として情報収集させてたのだろうな。落第する程度の力量では大した情報は入手できないだろうが、ヘマしてもボストージアの連中にはダメージは無いからな。」
一般教養の他にあらゆる技術を教え込む学園は実力競争の世界であり、意欲の無い者や規定の成績を得られない者は容赦なく切り捨てられる。完全な実力社会であるガーデンで彼らが職を得ることは難しく、一時期ボストージアがそうして落第した生徒や退学処分者に報酬と引き換えにガーデンの情報を手に入れているという噂が流れたのだ。 学園のデータバンクに侵入しようとして憲兵隊に逮捕された元生徒からの情報では、接触してきた人物の言葉にボストージア訛りがあったらしい。それだけでは証拠にならなかったのだが今回はボストージアの軍事施設にガーデンの市民IDと遺体、そしてガーデンの部外秘データ。これだけ揃っていれば上手く扱えばヘロデト内の外勢力排斥の流れをごり押せる。強硬な手段に出なくてもボストージアやマゼラノの動きを封じることも出来るかもしれない。 ロレンツォはデータディスクをリゼルに渡す。
「これは?」 「施設で入手したデータのコピーだ。」 「いいの?」 「信用できる人間に見せることくらい問題は無いよ。それに数日後にはメディアに流れる情報だ。」
そう言ってエスプレッソをすする。
「なら、貰っておくわ。」
リゼルはモンブランにフォークを入れる。 電子音が鳴った。面白みの無いデフォルトの着信音。ロレンツォは「すまない」と断って携帯端末を開く。
「私だ……エルヴィラか…」
リゼルの耳がぴくりと動く。エルヴィラ…女性の名前だ。 モンブランを食べながら会話の内容が気になっている自分に気付く。
「ああ、わかった。そこは君が仕切ってくれ。」
口調は事務的だが、リゼルに対しても事務的な口調なので会話からは相手がどんな相手なのかはあまり分からない。
「大丈夫だ。信頼しているよ。」
再びリゼルの耳がぴくりと動く。相手を褒める言葉など滅多に言わない男に「信頼している」と言わせる女性がどんな相手なのか。
「ああ、それじゃあ。」
端末を切り、エスプレッソを一口含む。
「今の電話、誰から?」
いろいろと言葉を考えていたが、口にしたのは身もフタもない言葉だった。 その言葉に一瞬ロレンツォは怪訝そうな顔をし、そして言葉の意味を悟ったかのように口の端をわずかにつり上げる。
「気になるのか?」
からかう口調でにやりと笑う。 リゼルはその言葉にはっとし、モンブランを口にする。
「べ、別に気になんかならないわよ。ただなんとなく聞いてみただけ。」
それに合意の上で断ち切った関係だし別にロンが誰と会話しようと―― 言葉尻になるにつれて声が小さくなってゆき、ぼそぼそとつぶやく。
「私の部下だよ。私のやり方に賛成してくれている者の一人だ。」 「ふーん」
リゼルは適当に相づちをうつが内心ではかなり聞き入っていた。 しばらくしてロレンツォは席を立ち、二人分の代金をテーブルに置いた。
「すまないが、さっきの電話は急用でな。教会に戻るよ。」 「…そう。」
と少し寂しそうに応えるがすぐに、
「わかった、それじゃ貴方も頑張ってね。」
と笑顔で告げ、そしてロレンツォは言葉の意味を理解し、薄く笑う。
「ああ。君も昔の約束、忘れるなよ。」
そう言ってロレンツォは立ち去った。 しばらく窓の外を見つめてナプキンで遊んでいるとリゼルの携帯端末が音を立てた。相手はスオウ リョウゴ。
「もしもし、リョウゴ?」 『あー、リゼルせんせー、どこにいるんですか! 学園中探しまわってたんですよー! 主に男子が!』
いきなり声の高い女の子の声が響き、リゼルは耳を離す。
「ピ、ピアチェーレ?」 『アイアイサーです。パチェですよー。あ、「アイアイサー」って「I , I , Sir」つまり「俺、俺、騎士」ですよねつまりオレオレ詐欺の一種なn――』 『ちょ、ピアチェーレ、返せよ!』
ピアチェーレが意味不明なことを言っている後ろでリョウゴが自分の携帯端末を取り返そうとしている様子が聞こえ、その後ろからも声が聞こえる。結構大人数のようだ。
「えっと、あの、どうしたの?」 『あ、そうそう。早く学園に戻ってきてくださいよー!』
切羽詰まったような声でピアチェーレが懇願する。
「え、どうして? 何かあったっけ?」 『何かじゃなくてもうすぐ花火始まっちゃいますよ!』
そうだ。今日は学園祭最終日。閉めに大花火大会が行われるのだ。 ガーデン学園祭最終日に行われる大花火大会は有名で各国からそれだけを見に来る人も多い。クライマックスの、「玉」の内部に大量の「星」を詰め込み、緩やかに上昇したあとで超大型の花火を散らす通称「核」はグラツィア湖の湖上基地から撃ち上げられ、夜空とグラツィア湖のに浮かぶ二つの花火は美しく、学園祭の最後を飾るに相応しいものである。
「え、私も行くの?」 『そうですよー、どうせ独り身なんですから皆で寂しさを紛らわせましょう!』 「…そういうことね…」
彼氏or彼女のいない連中で集まって「カップル死ね」などと騒ぎ合うつもりなのだろう。
『だから早くせんせーも来てくださいねー!』 『だから返せって!』 『いやですよー』 『あ、ばか、そっち川――』 『あ』
ザザ、というノイズと共に電話が途切れた。 リゼルは「ふぅ」とため息を吐く。
「ま、私はアイツらでいっか。」
ロレンツォが置いて行った代金と伝票を手に取り、席を立った。
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| 1651/
Glorious Wing's |
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:24:38
| 『Glorious Wing's』
これは、『鳥達の弔歌』Scene6とScene7のあいだにあった物語。 SceneExとは違い、≪アレクサンドライト≫の視点ではありません。いわばスピンオフ。 色々なものの影響を受けまくっていますが、寛大な心と生暖かい視線でお読みください。
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| 1652/
Valiant Sparrow's |
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:25:32
| 『――判ってますよ。俺達がやらなきゃいけない、ってことは』 -First Lieutenant Shawn=Buchanan-
Scene1.≪Valiant Sparrow's≫
対地高度三百フィート。砂色の荒野と霞んだ青空の合間を縫って、鈍色の鳥が群れをなして駆け抜けていった。 地上戦艦≪崑崙≫を発した、十二機の連雀。積載重量限界ギリギリまでに爆装した、亜音速の雀たちである。
「――長、隊長」
レシーバーから流れる自らを呼ぶ声。編隊の先頭を飛ぶ中隊長マーク=ハリス少佐は、飛行に集中していた意識の一部を割いて、口を開いた。
「どうした、ブキャナン。……トラブルか?」
超低空での地形追随飛行の最中である。オート・パイロットによる制御はほぼ完璧とはいえ、僅かな故障や電子機器の狂いが墜落に繋がりかねない。ましてや、補修部品も不足しがちな中、乏しい機材を掻き集めての出撃である。モスボールされていた機体やヤミ市場から仕入れた中古機などはまだ良い方だ。噂では、墜落機から使える部品を引き剥がして組み立てたフランケン・連雀もあるという。
「ああ、いえ、機体は快調です――いえ、ちょっと」
第一小隊三番機のショーン=ブキャナン中尉の声に、深刻さはなかった。微かに強張ってこそいたが、彼らの飛ぶ理由を思えば、その程度は許容されて然るべき範囲だった。高度な訓練を受け、幾つかの戦場を越えた精鋭とはいえ、場数の少ない若者たちに、先の紛争とバグの大氾濫という二つの地獄を経験した兵のような、炭素繊維製の神経を求めるのは酷というものだ。
「その、たった一個中隊で、本当に≪天山≫をやるんですか?」 「それが命令だ」
ハリスは、即座に答えた。そう答える以外になかったからだ。
「この、卵を抱えてヨタヨタ飛ぶしかない、太っちょ雀で?」 「いま上からかぶられたら、七面鳥より簡単に丸焼きにされちまいますよ」
横合いから、第三小隊長のヘルベルト=ナジブ大尉が割って入る。本来なら軽快な運動性と加速性能を持つ連雀も、爆弾を目一杯に搭載した状態では碌な機動も行えない。交戦時には増槽を切り離すにしても、敵の迎撃機に対しては全くの無力だ。
「墜ちるなら、その大事に抱えてるプレゼントを連中に渡してしてからにしてくれ。そのあとなら、自由に墜ちて構わんぞ」
ハリスの言葉に、中隊のあちこちから笑い声が上がった。ナジブとブキャナンの二人が、揃って溜息を吐いた。
「俺は思うんですがね、隊長。こういう任務には、ヴァルテインが必要じゃないかと思うんですが」
そう思っているものが、中隊の中にどれだけいるだろうか。少なくとも、ブキャナンとハリス自身の二人はいることになる。
「≪崑崙≫の防空にこそ必要なんだよ、ヴァルテインは。機体の数が絶望的に足りないんだ」 「ちぇっ。まあ、そりゃあ、帰るところがなくなったら困りますけどね」
トリニティ側の戦力は圧倒的である。何十機墜とそうが、無尽蔵とも思える物量で直ぐに戦力を回復してしまう。離反する前は当然とも思っていたことだが、敵に回ってみればこれほど恐ろしいことはない。≪崑崙≫の防衛には多くのACやMTも当たっているとはいえ、直掩機がなしでは陸上兵力への損害も馬鹿にならない。
「それに」少し考えてみてから、ハリスは続けた。「≪天山≫を沈める必要はない。ただ、甲板を暫く使えないようにするだけでいいんだ」
攻撃隊の発進阻止と、輸送機による補給の妨害。そのための攻撃が、ハリス達の任務だった。
「それだって、相当に難しいですよ。低空侵入ったって、結局、対空砲火のなかに突っ込むんですからね」
ブキャナンの言葉は、正しい。レーダーに探知されないよう低空侵入すれば、敵機の迎撃は避けられるにしても、ある程度まで接近してしまえば発見され、SAMと対空砲の豪雨のなかを突破しなければならない。それは、危険極まりないことだった。
「文句を言うな。誰かがやらなければならんのだ」
ハリスは任務の難しさを承知していたが、それを口に出すようなことはしなかった。ブキャナンが、溜息を吐いた。
「――判ってますよ。俺達がやらなきゃいけない、ってことは」
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| 1653/
The Honest Blue |
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:26:13
| 『――私は、信じるもののために飛びたい』 -Second Lieutenant Yui=Hamanaka-
Scene2.≪The Honest Blue≫
中隊の全員が、緊張していた。彼らのレーダーは、前方から接近する一つの機影を捉えていた。ハリスは、内心で舌を打った。レーダーは、その反応がヴァルテインであることを示していた。たった一機とはいえ、爆装して動きの鈍い、それも超低空飛行中の中隊にとっては恐るべき脅威だった。
「……隊長、どうしますか」
第二小隊長のローズマリー=コークリー大尉が、極度の緊張を隠せぬ声を上げた。ハリスは、僅かに考えてから答えた。
「爆弾を棄てるわけにはいかん。アフターバーナーを使って、全速ですり抜けるしかない」
コークリーが息を呑む気配が、通信機を通してハリスにも伝わった。
「……三分の一は確実に喰われますよ」
それは、ハリスが胸中で試算した数字よりも少なかった。回避機動もままならない超低空では、攻撃を避ける術など無い。中隊の半数は墜ちるだろう。
「空中戦を挑んだところで、二十ミリだけでは、ヴァルテインは落とせない。それとも、ローズ、何か名案はあるか?」 「いえ……ありません」
あるとすれば、その半数に自分が入らないことを祈るくらいか。そして、それは中隊の全員が祈っているだろう。もしも神がいるのならば、信仰の篤い者から順に残るのだろうか。もっとも、先頭を飛ぶハリスは真っ先に餌食になるはずだった。
「増槽はそのままでいい。帰投出来なくなるからな」 「ヴァルテインが相手じゃ、増槽があろうがなかろうが、一発でアウトですもんね」
ナジブが混ぜっ返すと、引き攣った笑いが幾人かから漏れた。対空ミサイルにせよ、レールガンにせよ、ヴァルテインの攻撃を前に連雀の装甲など無きに等しい。増槽を切り離して引火爆発を防いだところで、何程のことがあろうか。それよりは、無事に任務を果たしたあとに帰投するための燃料を残しておくほうが重要だった。
「よし。全員、覚悟を決めろ。隊列は崩すなよ」 「やれやれ……こんなことになるんじゃないかって、思ってたんですよ」
ブキャナンが、中隊全員を代表して溜息を吐いた。このような状況でも、その声には奇妙な明るさが残っている。絶望して自棄を起こすよりは、余程に好ましいことだった。
しかし、直後に入った通信は、彼らにとって全く予想外のものだった。
「――……ない。繰り返す、攻撃の必要はない。こちらは敵ではない」
しかし、正面から味方が現れるはずがなかった。中隊の進行方向には、≪天山≫を中心とした企業部隊以外は存在しないのだ。こちらを油断させるための罠か、それとも。ハリスが逡巡するうち、不明機からの新たな通信が響いた。
「元RAC第129航空MT小隊所属ユイ=ハマナカ少尉、貴編隊に合流する許可を求めます」 「……と、いうと。脱走兵か」
乾いた唇で、ハリスが誰何する。もっとも、C−LAWSに企業部隊からの脱走兵が合流することは珍しいことではない。最近は落ち着いたとはいえ、C−LAWSが離反した直後には、各地から≪ゼカリア≫に賛同する兵が集ったものだった。彼らの中隊にしたところで、その大半はC−LAWSに乗っ取られた≪崑崙≫所属の搭乗員が、そのまま≪ゼカリア≫の説得に応じたものである。
「……私は、ガレルの空で仲間を失った。レイヴンと戦って……大切な、家族も同然の友人でした」
ハマナカが、静かに口を開いた。その声は、どこか遠くへと向いていた。
「それでも、争いをなくすためならばと信じて、飛び続けてきた」
ハリスがアフターバーナーを切る。中隊の全員が、それに従った。前方からは、ヴァルテインの機影が青い点となって近づいていた。
「けれど、あなたたちのボスの演説を聞いて、判らなくなった」
たちまち大きくなったヴァルテインの機影が、ゆっくりと旋回する。その機首は、中隊の全ての機体と同じ方向を向いていた。
「平和と秩序を謳いながら、裏では足を引っ張り合う企業……彼らは、そんなもののために死んだのかと」
先頭を飛ぶハリス機が、高度を上げた。ヴァルテインに並んだハリス機が、機体を左右に二度バンクさせる。答えるように、ハマナカもまた、ヴァルテインの大柄な機体を左右に揺らした。
「レイヴンは嫌いです、だけど……」
ハマナカは、微かに俯いて瞳を閉じた。そして、小さく呟いた。
「――私は、自分の信じるもののために飛びたい」
小さい、しかし、強い意志の籠った言葉。同時に、怒号のような歓声がハマナカの鼓膜を揺るがした。ヴァルテインは、十二機の連雀に前後左右を囲まれていた。レシーバーを埋める歓声を代表するように、ハリスの落ちついた声がヴァルテインのコクピットに染み渡った。
「合流を許可する――ようこそ。我々は、新たな意志を歓迎するよ」
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| 1654/
Guardian of Sky in Garrel |
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:26:53
| 『――ガレルの未来を守るため、協力させてもらうよ』 -Callsign "PEAR.1"-
Scene3.≪Guardian of Sky in Garrel≫
連雀のなかに、一機だけヴァルテインが混じった奇妙な編隊が、高度五百フィートの低空を疾る。大型ゆえに安定性の悪いヴァルテインにとっては、下手な機動をとれば失速しかねない高度である。無論、爆装した連雀にとってもそれは同様である。 オート・パイロットの支援があったとしても、決して気の抜けない低空飛行を続けるなか、つい先刻に合流したハマナカが静かに声を上げた。
「レーダーに反応。後方より、機数十四」
途端、レシーバーを通じて緊張が広がった。ヴァルテインのレーダーレンジは、連雀のそれを遙かに上回っている。中隊の眼となったハマナカは、コンソールを素早く操作して新たな情報を得る。ハマナカの視線の先で、後方から接近する一群の輝点はグリーンに変化した。
「IFFに応答あり。友軍です」
心なしか、ハマナカの声が和らぐ。が、パイロット達の緊張は解けていなかった。
「それは確かなの?」 「俺ら以外に、こんな無茶をやらされる可哀相な連中がいるとは聞いてないぜ」
コークリーとナジブが口を揃えて、増援を否定する。ハマナカはIFFを再チェックするが、機材にも設定にも問題はなかった。
「機材の故障ではないようです。IFFの応答は、この部隊と全く同じ信号を発しています」
ハマナカが、困惑したように答えた。だが、困惑したのは中隊の面々も同じだった。彼らは、非常に危険で英雄的な作戦を、たった一個中隊で敢行するという無謀を課せられたはずだった。仮に増援を用意していたのならば、作戦参謀に部隊全員が嫌われているのでもない限り、それを事前に知らせないということは考え難かった。
「仕方ないな」ハリスが、小さく溜息を吐いて、大きく吸った。「――接近中の編隊へ告ぐ!」
ハマナカのヴァルテインが合流したとはいえ、奇襲以外では彼らの任務は果たせない。接近中の編隊に到達するのに必要なだけに出力を絞って、ハリスは声を張り上げた。随分と雑音が混じるだろうが、強力な通信波をばら撒いて≪天山≫に接近を察知されるわけにはいかなかった。
「こちらは、C−LAWS所属航空隊マーク=ハリス少佐だ。この空域に友軍が存在するという連絡は受けていない。直ちに所属と飛行目的を述べよ!」
僅かの間を置いて、応答があった。雑音だらけの、聞き取りづらい声だった。
「――……ちらは、ガレ……軍事会……スモーキングジャッカルス連隊……中隊!」
スモーキングジャッカル連隊。ガレル軍事会議の抱える、旧ガレル同盟軍のトップエースを集めた凄腕集団である。安堵の溜息が、幾つか漏れる。C−LAWSとガレル軍事会議の関係は良好といっていい。もっとも、≪崑崙≫所属機と同じIFF信号を発している理由が判らない限り、油断は禁物だった。 ハリスらが速度を落とすと、瞬く間にSJRの飛行中隊が追い付いてくる。サンド迷彩の連雀だけで構成された、十四機の編隊。そのいずれもが、多くの修羅場を潜り抜けたエースだけが発する独特の雰囲気を纏っていた。
「一体……SJRがこんなところで何をしている?」
ひどく楽しそうに、SJRの一人が答える。
「いや、なに。大した用事じゃない――≪天山≫までのピクニックに、我々も混ぜて欲しくてね」 「ちゃんと、お弁当も持ってきたんだぜ」
ハリスの右についていた連雀が、垂直に近いほどの急角度でバンクして、腹に抱えた幾つもの大型爆弾を自慢げにひけらかした。むしろ、ハリスは急角度でバンクしたまま水平飛行を続ける操縦技術に目を奪われていたが、気を取り直して、訊かねばならないことを尋ねた。
「だが……何故、我々の位置が判った?」 「≪ゼカリア≫から、上の方に作戦の連絡が事前にあってね。あの御仁は人をノセるのが上手いらしい。御蔭で、我々が出張ってくる羽目になったというわけだ」
その口調は、やはり、あくまで楽しげだった。ともすれば、含み笑いすら混じりかねない。あまりの大胆さに、呆れ半分驚愕半分の溜息を漏らしながら、ハリスは問い掛けた。
「……それで。君のことは、何と呼べばいい」
共同作戦を行うのに、名無しの権兵衛では連携にも困る。SJRのパイロットは、幾らか考えてみせてから答えた。
「さて、そうだな……それでは、"ペア1"とでも呼んでくれ」 「梨……?」 「そう、梨さ。ここには来ていないが、我々の守護神は梨が大好きらしいのでね。ちょっとした、縁起担ぎさ」
どうやら、ペア1は自ら生み出した即興のコールサインを随分と気に入ったようだった。梨が好きな守護神とはなんだろうかと、ハリスは首を捻った。しかし、ハリスの乏しい知識のなかに、梨を好む神の登場する神話や宗教はなかった。
「しかし、ガレル会議がよくもまあ、貴重な航空戦力を……」 「それは、簡単なことだよ。そう。君たちが敗れれば、我々も危ない」
確かに、最大規模の戦力を抱えるC−LAWSが掃討されるようなことになれば、残る武装勢力の運命は決まったようなものだ。
「――ガレルの未来を守るため、協力させてもらうよ」
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| 1655/
Pride of Sandbrown |
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:27:45
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『――我々にも誇りがある。これが最後の全力出撃だ』 -Colonel Otmar=Hafner-
Scene4.≪Pride of Sandbrown≫
三十機近い連雀の編隊が、陽炎揺らめく砂漠の空を切り裂いていく。荒々しく連なった岩山に沿って飛ぶ彼らを上空からみれば、その編隊のなかに一機、振り仰ぐよりも遥か高い空の色が混じっていることに気付くだろう。
「どうやら……新しいお客さんのようだよ、ミスタ・ハリス」
どういうことか。ハリスが口にするより早く、しゃがれた声が響いた。
「カルナーウェンの連中だけに、大きい顔はさせんぞ。我々も参戦する」
と、同時に各機のレーダーが幾つかの機影を捉えた。ほぼ直上、約五百フィートの上空に突如として出現した反応に、隊の半数は瞬間的なパニックに襲われた。連雀のレンジ外だったわけではない。ただ、レーダー波が巨大な岩山に遮られていただけだ。驚くべきは、肉眼で相手を発見したペア1の視力と注意力だろう。同高度まで降下してきた編隊を目にして、ハリスは胸を撫で下ろした。
「これはまた……懐かしいエンブレムだ」
と、ペア1。感嘆の吐息を漏らしながら、ペア1の機体が大きく翼を振った。それを切欠に、SJRの編隊と新たに現れた編隊は互いにバンクを送り合った。
「我々は、旧同盟軍独立混成ウィーピングボア旅団だ」
ハリスにとっては、知らない名前だった。旧ガレル同盟軍は、元々が無数のコロニーによって構成されていた組織だ。その全軍の構成を把握している者など、旧ガレル同盟の軍人でもいるかどうか。ましてや、元企業側のハリスたちであれば尚更である。
「積めるだけのミサイルを積んできた、制空戦闘は任せてくれ」
連雀ではない、見慣れぬ戦闘機が九機。細く小さな機体に、小型の主翼と双発のエンジン。連雀よりも更に旧式の機種であることは間違いない。しかし、ハマナカのヴァルテイン以外の機が対空戦闘能力を持っていない現状では、旧式の軽戦闘機であっても、喉から手が出るほど欲しい戦力だった。そのほかに、初等ジェット練習機の改造と思しき爆装したCOIN機が四機。しかし、こちらは戦力としては期待出来ないだろう。
「こちらは、C−LAWS所属航空隊のマーク=ハリス少佐。我々は目一杯爆装していて、敵機には手が出ない。そのときは宜しく頼む」 「うむ。私は、オットマール=ハフナー。旧同盟軍大佐、ウィーピングボアの旅団長だ」
驚愕の呻きが、幾つも上がった。大佐などという階級の人間が、最前線、それも危険な戦場に出てくるなどと。
「そうだ、SJRの諸君。シガーは元気かな?」 「ええ。しかし……ハフナー大佐。今になって、何故?」
ペア1の言葉には、僅かな疑惑の色があった。SJRとハフナーの部下のあいだに、ある種の緊張感が漂った。なんらかの確執のあるらしい二人の会話に、ハリスら≪崑崙≫組は静かに耳を傾けるしかなかった。
「ああ――アサドなどに言わせれば、私は臆病者なのだろうがね。使うべきときに使うために、私は戦力を温存してきたのだよ」
ハフナーが、どこか寂しげに自嘲する。アサドという名前ならば、ハリスも知っていた。旧ガレル同盟系の武装勢力、ボイリングブル師団を統率するのがアスワル=アサド大佐である。ボイリングブル師団とは、突撃、突撃、また突撃という旧同盟軍内部でも激しい損耗率を誇った特殊な部隊だったという。その指揮官にしてみれば、戦力の温存などは確かに臆病に映るかもしれない。だが、二人の会話を聞く限りではそれだけではなさそうだった。
「……今が、そのときだと?」 「そのとおり。今こそ、最後の戦力を使い潰すときだ」
柔和な、だが、真摯な口調。ゆっくりと、自ら噛み締めるように、彼は戦いの理由を口にした。
「そう――ガレルとは無関係の、地下都市の住人たちが我らのために戦うというのだからね」
「――我々にも誇りがある。これが最後の全力出撃だ」
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| 1656/
Crazy Wing's |
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:28:43
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『――■■■■■■!!』 -Unknown-
Scene5.≪Crazy Wing's≫
矢のような勢いで飛翔するのは、四十機の編隊。機種は不統一、カラーリングもバラバラの混成集団ではあったが、彼らは共通の目的を胸に抱いて飛んでいた。≪天山≫を無力化するために。ひいては、企業による弱者の支配と搾取を防ぐために。 かつては敵対していたもの同士が、共に翼を並べていた。ハリスは確かな手応えを感じていた。≪ゼカリア≫の言葉に賭けた自分の理想は、間違っていなかったのだと。満ち足りた想いで操縦桿を握るハリスは、淡々としたハマナカの通信を危うく聞き逃すところだった。
「レーダーに反応。前方十四マイルに小規模な友軍部隊。反応数は九。車両ないしMTと思われます」
明らかに異常な報告だった。ガレルの勢力圏の端も端、≪天山≫を中心としたトリニティ部隊が進出してきている現在、情勢に関わりのない武装組織やコロニーを渡り歩くキャラバンであればいざ知らず、C−LAWSの陸上部隊が前線で行動しているはずもない。考えられるとすれば、トリニティの前哨部隊だ。しかし、IFFはその部隊を味方だと判別しているという。
「……ペア1、君たちの部隊か?」 「いや、こんな遠方に陸上部隊を投入するという話は聞いていない」 「ハフナー大佐?」 「私の旅団には、歩兵と幾らかのAPC、あとは対空車両しか残ってはいないよ」
頭を悩ませている間にも、謎の部隊との距離は縮まっていく。そして、地平線から九つの黒点が現れた。編隊が接近しても、対空砲火が上がることはなかった。
「隊長、あれは……なんですかね。戦車にしては、妙でしたが」
速度を落として上空を航過したとき、ハリスも謎の部隊を視認していた。本体から長く伸びた主砲。それは間違いない。だが、戦車にしてはやけに車高が低い。それならば、まだ、自走砲や駆逐戦車という可能性もあった。しかし、本体から両脇に伸びる板はなんだったのだろうか。ブキャナンの質問に、なんと答えるべきか。ハリスが頭を悩ませていた時だった。
「友軍部隊、急激に加速……こちらを追っています!」
ハマナカの声は、驚愕に満ちていた。何が起きたのか。ハリスはレーダーを確認して、そして叫んだ。
「馬鹿な……六百、八百、千ノットを軽く超えている!?」
航空機に陸上兵器が追い付くはずがない、それが常識だ。IFFが友軍と告げてはいても、得体の知れぬ存在に対する本能的な怖れまでは拭えはしない。つい数秒前にフライパスしたばかりの地上部隊が、戦闘機も顔負けの高速を発揮して追い縋っていた。 そして、炎の尾をひいた"それら"は編隊の下方を全速で追い越していき、そして上昇した。唖然として言葉も出ない一同を前に、彼らは叫んだ。
「我ら日の出帝國軍第一飛行戦車試験中隊、全九両! 総帥の命により義勇兵として参陣する!」 「我が試製十式飛行戦車の前に、地上兵器など木っ葉も同様よ! 大船に乗った気でいるがいい!」
「日の出帝國軍の科学力は世界一ィィィ!!」
------------------------------------------- 試製十式飛行戦車 ヒイ
スペック 乗員 2名 全長 18.11m(主砲砲身長を含む) 翼端 17.50m 全高 5.34m(無限軌道および旋回機銃を含む) 空虚重量 41,809kg 最大離陸重量 63,427kg(離陸には専用のロケットブースタが必要) 最大速度 459km/h(AB使用時528km/h) 巡航速度 397km/h 航続距離 2,319km(フェリー) 3,833km(増槽) 上昇限度 2,700m
固定武装 110mm滑空砲*1 30mm対地機関砲*2 12.7mm旋回機銃*1 他 対地ミサイル・無誘導爆弾・ロケット弾など装備可能
備考 日の出帝國軍総帥≪霧島 狂助≫のふとした思いつきが、≪不破 雷童≫の熱意および総帥への愛と≪エリオット=ワーズワース≫を初めとする帝國軍技術陣の世界一ィィィ! な科学力によって実現した飛行戦車。 あまりの重武装と重装甲のため、離陸時にはロケットブースタを必要とする。(非武装時ならば自力離陸が可能) ただし、航続性能が悪いため、輸送機からの降下による発進が基本的な運用。無限軌道の装備は、この輸送機への搭乗および降下時の利便性を考慮したものであって、「キャタピラのない戦車なんて戦車じゃない!!」という声が開発陣から上がったためではない。輸送機による移動を考慮し、主翼は折り畳める構造になっている。 対空ミサイルは電子機器の関係で装備不可能なため、上部の12.7mm旋回機銃が唯一の対空火力。旋回機銃座には強化プラスチックによる風防が存在する。尚、計画段階ではガンナーがハッチから上半身を乗り出して射撃するというものだった。
開発秘話 「空から少佐の支援があると、AC相手の戦闘がとても楽でな……で、思い付いたんだが。空飛ぶ戦車というのはどうだろう、ヒノハラ」 「総帥。無駄な思考をする暇があれば、仕事をしてください」 (あぁっ! 総帥が自分を褒めてくぁwせdrftgyふじこlp;@……)
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| 1657/
あとがき |
・投稿者/ 前条
・投稿日/ 2008/03/07(Fri) 22:45:25
| ああっ、蹴らないで。
別のACをプレイする機会があって、ちょっと書きたくなりまして。 気晴らし程度のつもりが、本編のアレク視点から解放され、好き勝手絶頂。 昨晩の三時くらいから書き続けて、一気に終えるというお馬鹿加減。 こんなものに十時間オーバーかとかは云わないお約束。
話のノリ的には、むしろ、九龍都を救うときな感じではあるんですが。 まあ、たまにはこういうお約束的な(内容とオチの二重な意味で)ものもいいですよね。うん。 SJRの中隊編成がHDと共にトんだので、ノイズで誤魔化す私。さいてー。
……しかし、わざわざ飛行戦車の設定までなにやってるんだ私は。 "ヒイ"は、飛行の"ヒ"に一番目なのでイロハの"イ"です。これは帝国陸軍の命名法。 一部で大人気の九七式中戦車チハは中戦車("チ")として三番目(イロハの"ハ")に開発されたので"チハ"です。
どうでもいいオマケ。
C−LAWSが落とせない
気が付いたら 敵機体ばかり見える そしていつも 同じ場所で死ぬ 諦めずに 逃げる奴らに挑戦するけど すぐに撃破されるよ
* デルタの力があれば 楽に崑崙のとこに着くけど 何回やっても何回やっても C−LAWSが落とせないよ あの化け物 何機がかりでも落とせない 後ろに回って 撃ち続けても いずれは弾が尽きてくる ミサの連打も試してみたけど ランカー相手じゃ意味がない! だから次は絶対勝つために 僕はとっつきだけは最後までとっておく *
気が付いたら 部隊ももう少ししかない そしていつも そこでレイヴン頼る 諦めずに 崑崙にまで辿り着くけど すぐに奴が出てくる
核弾頭さえあれば 楽に崑崙沈むけど 何回やっても何回やっても ゼカリアが落とせないよ AMANEな奴は 何回殺っても落とせない 後ろに下がって 時間経ったら いずれは成仏するかな コクピットへ直撃させても AMANEが相手じゃ意味がない! だから次は絶対勝つために 僕は殲轟だけは最後までとっておく
*繰り返し
(落とせないよ……)
どうでもいいオマケ2(ここで挫折した。
シンファクシが沈まない
気が付いたら同じ面ばかりプレイ そしていつも すぐにミサイル尽きる 諦めずに 上陸艦隊銃撃するけど すぐに海に落ちるよ
ミサイル連打をすれば 楽に揚陸艦は沈むけど 何回やっても何回やっても シンファクシが沈まないよ あの散弾 何回やっても避けれない お空に上がって高度とっても いずれは敵に落とされる 攻撃指示も試してみたけど ルーキー達には意味がない だから次は絶対勝つために 僕はラプターだけは二周目にとっておく
気が付いたら ミサイルもう少ししかない そしていつも そこで無線が来るよ (台詞:ミサイルが空っケツか、ブービー?) 諦めずに 機銃掃射に挑戦するけど すぐにSAMを喰らうよ
仲間の援護があれば 楽に敵の護衛機落ちるけど 何回やっても何回やっても シンファクシが沈まないよ 落とす爆弾何回やっても当たらない 速度も落として高度下げても 今度はGUNに墜とされる 垂直降下も試してみたけど 引き起こせなけりゃ意味がない だから次は絶対勝つために 僕はファルケンだけは二周目にとっておく
これだけプレイをすれば 楽にアップデートまでいくけど 何回やっても何回やっても シンファクシが沈まないよ あのデカブツ 何発当てても沈まない 華麗に旋回って 撃ち続けても いずれは弾が尽きてくる アークバードも試してみたけど トドメを刺せなきゃ意味がない だから次は絶対勝つために 僕はAC違い最後までとっておく
(沈まないよ…)
AWACS Thunderhead: これはエースコンバットだ。 アーマードコアへの搭乗は許可できない。
はい いいえ はい いいえ←
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| 1624/
レイヴンの食卓:シイナさんの場合 |
・投稿者/ ate
・投稿日/ 2007/12/27(Thu) 01:03:10
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戦闘開始の時刻から、既に2時間が過ぎていた。住人達はとっくに退去した後らしい、無人の民家の居間のソファにどっかりと腰を下ろして、シイナは長く嘆息する。今は装甲にもAPフィールドにも覆われていない黒髪は血と汗にべったり濡れ、彼女のコアデバイスであるフォークストラップが、疲労を示して細かく痙攣する左手に揺れていた。
「あーあ……面倒なことになっちまったわね」
一人ごちながらほとんど無意識にテレビのリモコンを探しかけて、すぐに止める。時刻は夜で、周囲の民家はおそらく完璧な無人だ。この建物に侵入する際、明かりをつけようとも思わなかった理由を、彼女はぎりぎりのところで思い出したのだった。スーツからPDAを取り出すと、モニタの電源を入れてペンライト代わりにする。午後11時を告げる置時計を見、べとつく髪を手櫛で乱暴にかき上げた。
「……う」
粘つくような戦闘の残滓の感触は、決して心地よいものではない。が、シイナが呻いたのは慣れ親しんだその不快感のせいではなく、髪の中に負った傷と、長時間甲衣兵器を使い続けた間接の痛みによるものだった。電源をオフにしたPDAとコアデバイスとをテーブルに投げ出し、あろうことか他人の家のソファでごしごしと手を拭く。一応は肌の色を取り戻した右手で体中を揉みほぐしながら、シーナは興味深そうに不法侵入したその場所を見回した。生成り色のモヘア地のテーブルクロスにフローリング、ソファの両サイドにきちんと納まったクッション。部屋の隅に立てかけられた掃除機と姿見。化粧箪笥には上品な小物と化粧品の類が整然と並んでいる。どうやら部屋の主はシイナと違って、整頓が苦にならない性格らしかった。 一向に彼氏の見つからないレイヴンは、上半身の柔軟をしながら微妙な顔で笑った。
「……ま、この部屋の人なら、すこしくらい散らかしてもすぐに片付けられるでしょ。重畳重畳」
言いながら立ち上がり、踵をほぐしたり膝を曲げたりしながら窓際に立つ。ベージュと赤の格子柄のカーテンの隙間から大通りを見下ろすと、ちらちらと赤青に明滅するシティガードの部隊が見えた。人海戦術で都市部の捜索を行なうのならば散開するところを、部隊は道なりに真直ぐに進んでいく。脱出経路の基点となるポイントに、重点的に兵力を配備する形のようだった。
「……あれだけ引っ掻き回されもすれば、そりゃ多少の知恵もつくでしょうね」
呟いて、静かに窓際から離れる。匿名希望の依頼人から、この都市のハト派の議員を『派手に』始末するように指定されたのは一週間前のことだ。オーダー通り、シイナは標的が議会終了後の記者会見の場から走り去るところを強襲した。対物規格の射突ブレードは黒塗りの乗用車の外壁をやすやすと貫いてターゲットの頭部を吹き飛ばし、半分弱しか残らなかった議員の残骸はばっちり有線放送のカメラに収められた。
「ちょろい仕事だと思ったんだけどなぁ……」
まだ痛む肩を回し、腰を押さえる。何よりも予想外だったのはシティガードの対応の早さだ。シイナが現場から退去するのに先んじて、MT小隊が瞬く間に展開した。一機一機の装備は貧弱だが、数が数で、しかも次々に応援が到着する。正面戦闘を諦めたシイナが適当にあしらいつつ逃げようとしても、まるで予めこちらのルートを理解しているかのように執拗に追い縋ってくる。はじめは優秀な指揮官がいるのだと思ったが、その割には戦術単位の動きがあまりにも拙かった。押せば慌てて後退する。引けば不用意に寄せてくる。次々に増大する兵力をうまく使えていない。流石の彼女も勘付いた。匿名希望の依頼人。 勝手の知らない他人の家の中を手探りで進むシイナの頬に、気だるげだが酷薄な笑みが浮かぶ。
「めどいけど、上等じゃない。このジーナ……じゃなくてニーナ……じゃなくてシイナさんを転がそう、なんてね」
通り抜けざま、テーブルの上から指で絡め取る様にして手に取ったコアデバイスが、かちゃりと音を立てた。周囲の暗闇に縁取られた彼女の虹彩は、一際美しいエメラルドに見える。唇に舌が這って、青白いほどの肌が映えた。豊かな胸元にコアデバイスを押し抱いて、シイナは言った。
「まずは、そう……ふふ」
その目が見据えるのは、甘美な復讐――
「……腹が減ってはいくさはできぬ、よ」
――ではなくて、ひとんちの冷蔵庫であった。
∽
その日マックスボロー近辺の中規模都市に発生した武力テロは、その始点となったとあるハト派議員の殺害から、収束するまで実にまるまる一夜を要することとなった。2ndACを駆るテロリスト(現在捜査中)は、あろうことか衆目の面前で議員を殺害した後、シティガードの猛追を振り切って逃走。一度は完全に姿を消したかと思われたが、同日午後12時頃に再度出現。都市の主要交通路を警備中のシティガードをゲリラ的に強襲し、事実上の全滅に追い込んだ。事件当日、たまたまガードに同行して取材を行なっていた地域紙の記者が語るところによると、二度の交戦においてテロリストの目的は明らかに異なっているように見えたという。特に二度目の戦闘では、テロリストはシティガードの現場指揮官をコアブレイクさせ捕縛。生身の彼に銃口を突きつけたまま、何かを尋問しているようだったとのことである。都市執行部ではこれを受け、該当する指揮官から事情を聞く方針。しかし二日後に議員殺害事件(こちらは被害者の自宅にて犯行が行なわれた)が再度発生した関係で、捜査の先行きは以前不透明である。 なお、以上の事件とは全く別途に処理された案件として、同都市にて23歳の女性より留守中に家宅侵入されたとの通報があった。侵入者は女性の部屋のソファに血のようなものを塗りたくり、また冷蔵庫の中身を物色するなどした。女性は「野菜室ばかり荒らされていて、気味が悪い。家に帰って、台所に直接齧りつくされたレタスを見つけたときは、本当に気が遠くなるほど怖かった」と話している。非常に悪質な悪戯であり、また傷害事件に発展しうるストーカーの線も十分考えられるとして、こちらも現在厳重な捜査が行なわれている。
(了)
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| 1610/
Misfortune boy (前書き) |
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2007/11/25(Sun) 23:00:35
| こんにちは(?)ケインズです。
小説を書くうえで拙い部分もあるかと思いますが、宜しくお願いします。 それと、読み終わったらどしどし指摘して結構ですよ。 とりあえず、最後までご愛読お願いします。 それでは始まります。
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| 1611/
Misfortune boy プロローグ [災難は些細なことから始まる] |
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2007/11/25(Sun) 23:14:40
| マックスボローの下層地区にある荒事屋にて電話が鳴り響いていた。 その音で床の上で寝ていた俺は目を覚ます。 ここに電話が来るのはとても珍しい。
pilllllll
「……………ッ」
目を覚ますと痛みがくる。 緊張性の頭痛とは種類の違う、頭の奥を容赦なく叩き続けられる鋭い痛みだ。 頬を触ると、朝メルカッツの爺さんに殴られた所が腫れている。 起きた途端に不愉快になるが、仕方がないと割り切って電話の方に向かう。 歩きながら、ちらりと窓の方を見ると、もう夕方のようだった。 天気は良好、雲が少ない。 夕焼けに照らされて瞼を擦りながら考える。
(―――こんな時間に誰だ?)
俺はそう思いながらも、鳴り響く電話の様子を見る。 だが、やがて俺はその電話の受話器を取り、俺と電話の主との会話が始まった。
pi
「………もしもし?」
『―――ケンジ、俺様だ。』
この偉そうな声はボブか――いつも突然出てくるよな) と思いながら、ボブに文句を言う。
「何か用があるなら携帯端末の方にかけろ、電話切るがいいよな?」
さっさと電話を切ろうとする彼を無視してボブは言った。
『早速で悪いが、前々から頼んでる件うけてくれ』
今度のは絶対頭痛だ、鈍痛に耐えつつ俺はボブに「俺は嫌だと何度言わせるんだ?」と返事をすると。
『まぁ、俺様だって、それは十分に承知してる。しかしなぁ、どうしてもお前の力が必要なんだよ』
「……」
『俺様とお前の仲だろ? 頼む』
まあ、いつもの事だが粘るな。と頭痛薬を引出しから取り出しつつ俺は反論した。
「……あのなぁ、俺が学生なんて無理。 だいたい入学手続きは一体どうするつもりだ?」
『それは、俺様と桜花がなんとかする』
「あの、桜花が協力したのか!?」と驚きを露にした、驚くのは当然だ。 何故なら、いつも顔を合わせるとケンカを始めるあの天敵同士が協力するなんて、何か天変地異が起こっているんじゃないか?と思う俺であった。
『ああ、事情を懇切丁寧に説明してやったら快く協力してくれたぞ』
その懇切丁寧ってのが怪しい。と頭の中で浮かんだが黙っといた。 俺は正直な気持ちをそのまま言葉に出す。
「よく説得できたな」
『それは色々と策をねったんだよ』
こいつがいかに悪魔のような策をつかうのかも、それから逃れるのが困難ということも俺は身をもって知っているので黙っていた。 ボブは、仕事が忙しいのか肝心の用件を話し始めた。
『まぁ、それとは別におまえに調べてくれと頼まれた情報が見つかったぞ』
そのボブの言葉を聞いた俺はちゃぶ台の方に置いてある『学校に行ってきます。ブリジットより』と書いてある紙をチラリと見てからボブに尋ねる。
「見つかったのか?」
『あぁ、俺様の手に掛かればこれくらい朝飯前さ』
「じゃあ、そっちを先に教え――」
彼が言いきる前にボブは我儘な子供の様に言う。
『だけど、おまえが『ガーデンに入学する』と言ってくれないと教えてやんない』
「……脅しか?」
『俺様としては、おまえが良い返事をしてくれないと困るんだ』
「……お前は、俺をなんだと思ってるのかな。俺はお前のヘルパーじゃないんぞ?」
「くくく、違うな、おまえは俺様の一番の配下だ」
「だれが配下だ!?」
「そういうわけで、また今度電話するか良い返事を俺様は期待しているぞ」
「ちょっとまっ――」
慌てて俺はボブを呼びとめようとしたが……
pi
「……………………」
非情にも切られてしまった。 ツーツーツーという音が鳴り続ける端末を呆然と見つめたが数秒後、俺は溜息を一回した後、端末を止めた。 そして呟く。
「……仕事しに行こう」
仕切り直しのため外に出る準備を始めた。 仕事しに行く前に日用品と弾薬のストックを買う必要があった。 準備と言っても携帯端末と財布、銃と小刀を身につけるだけだからたいして時間もかからない。 銃は、中折れ式の回転弾倉で装弾数は6発。 ダブルアクション式のリボルバー。 中折れ式の強度を補うために引き金が重いのが欠点だが手に馴染めば何とかなった。 服装は黒のレザーパンツにブーツ、そして、ホルスターと鞘。左脇に拳銃。反対側には閃光弾が二つにクイックローダが三つ。 上は黒のボタンシャツとトレンチコート。トレンチコートのベルトの後ろに繋がっていた鞘に小刀を入れる。
出かける前に一応鏡を覗いた。 毎回見る度に思うが、もう少しかっこいい顔に生まれたかったと心底思う。 なんというか平凡だ。 誰に聞いたところで、返ってくるのは「平凡」の二言だった。それは自他ともに認めるところではあるが、俺だって望んでこういう顔をしているわけではない。 たぶん、両親の半分ずつを継いだらこうなっただけだと思う。 両親のことを全く知らないのだが、それでも両親のどちらから継いだ、この髪と瞳だけは気に入っていた。
とりあえず、準備を終えた俺は、「まあ、ボブの返事はどうせ断るし放っておこう」と気楽に考え忘れることにする。 しかし、この時、俺は楽観的に考えていたがこの選択が後々の災厄の切っ掛けになり後悔することになったのは数日後になるのであった。
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| 1612/
Misfortune boy −1− [無法者たちの舞台] |
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2007/11/25(Sun) 23:34:12
| 荒事屋という稼業は、裏社会に生きる人間から見れば、どうにも中途半端な存在である。 別に生活上のトラブル全般を引き受けるというものではない。 そうではなく、表沙汰にしづらい仕事を押し付ける先――いわば彼らは、裏社会の雑用係、といったところか。 レイヴンみたいにACを駆り派手にやるわけではない、兵士みたいに命令を忠実にやるわけでもない言わば半端者。 だが、このマックスボローでは、その半端者に過ぎない筈の荒事屋の発言力が、日を追うごとに強まっている。 押し付けられた仕事だけをこなすのではなく、一人前に仲介屋や情報屋を通して、自分のやりたいことを選ぶスタイルが定着しつつある。 それだけ気骨あふれる者たちが増えたという事も原因の一つだが、独自の考えを曲げないケンジの存在が大きかった。 彼がこのマックスボローで仕事を始めて五年になる。 他人に媚びず、へつわらず、自分が決めた仕事に手をつけるというやり方は、もちろんベテランの同業者達から猛反発を受けた。 だがケンジは、それらの恫喝と暴力に屈するどころか、逆に返り討ちにしてしまった。 この騒動の中で古株のマフィアが三つほど消滅し、名の売れた荒事屋たちも病院送り又は行方不明となっている。 ここ最近では人身売買の組織を潰したという噂もある。 そして現在、ケンジに続けとばかりに数多くの荒事屋たちが集まり、緩やかながらも一種のギルドのような形にまとまりつつあった。 そんな荒事屋たちの、いわば職業安定所ともいうべき場所が、【ヴィンの酒場】である。
彼らは夜毎ここに集い、日々の糧を得るべく仕事の口を探すのであった。 そして今夜も……
『さぁさ、今日は10000Cの仕事から競るぜ。興味のある奴はこっちに来てくれ』
『とにかく、暴れたくてたまらない奴、こっちだぞ』
『【13K】から賞金首の襲撃依頼だ。腕に覚えのある奴は乗ったほうが徳だ。かなり儲けられるぞ』 『ACスーツかMTスーツを持っていれば問題ないって条件だ。さぁどうだ?』
『危険手当つきで28000Cだ!命知らずは集まった集まった!』
『今この賞金首を捕まえると倍の懸賞金がもらえるぞ!』
『この中でACスーツを使える奴いるか? 高く雇う!』
『【ウルビーノファミリー】から護衛の依頼だ。1ヶ月、対象を守り抜けば100100C出すそうだ』
日暮と共に開いた仲介屋と情報屋たちであり、彼らの元へ集まっていく荒事屋の連中である。 そうして集まった中から、仲介屋が任意に選んで、あるいは荒事屋同士で話し合い――文字通りの意味の場合もあるし、そうではなく、 拳で語る場合も少なくない……を持った上で、誰が仕事を請けるか決めていく。 もちろん、条件のよい仕事は競争率も高く、単に条件だけでなく、仕事の内容によっても競争率は激変する。 名の売れた荒事屋であれば、黙っていても仲介屋と情報屋の方から仕事を持ってくる場合もある。 昔からこの稼業で食べてきた者たちはいい顔をしないが、実力のある人間だけ成り上がれるという、明快この上ない構図であった。
「今日も盛況だな。いやはや、不況知らずで結構な事だ」
張りのある太鼓腹を打ち震わせながら、この酒場の主であるヴィンは呟く。 大きくせり出した腹が重力に負けて垂れ下がり、エプロンのように見える。
「オレっちは働いても働いても貧乏が抜けないってのによ、うらやましいこって」
「……ヴィンさんは稼いだぶんだけ食べているからじゃないか?」
その呟きを返すのはケンジである。 黒ずくめの格好だ。 仕事を求める輪には加わらずカウンターの席に座ったまま、憮然とした表情で店長を見た。 そんな彼の前には、酒【カルーア・ミルキー】が置かれている。
「そういうセリフは、その酒を飲めるていどになってからにするこった」
「うぅっ……しかたないだろう。すぐに酔う体質なんだから……というか勝手に出すな。 その……酒以外にしてくれ」
「酒場で酒以外に何があるって言うんだ?」
「ぐぅっ」
彼は何も言い返せず相変わらず憮然とした表情でヴィンを見ていた。 ヴィンはニヤニヤと笑っている。
「酒は戻せよ……紅茶を一杯な」
「やれやれ、あいよ」
荒っぽい男達の怒鳴り声の中、その光景はまた、ずいぶんと浮いていた。 周りの連中がみると、本人はボケーとしている風にしか見えず、とても荒々しい職業をやっているとは思えなかった。 ヴィンが紅茶を作っているあいだ、ケンジは、先ほどのボブの件をどうするか考え始めていた。
どうやって断ろうかな? 断ると頼んだ情報も手に入らない、かと言ってボブの条件を受けると俺は学生にならなくちゃいけない。 学生か――いまさらどうしろって言うんだろうな? あの誘いを断って、もう二年たっている。 桜花にも、あの時、散々殴られたが、俺には学生なんてやれないと思ったから断った。 それを強引に……まったく、迷惑極まりない奴だ。
「……ふぅ」
「相変わらずだな、何を不景気な顔をしているんだ? ケンジ」
いきなり隣に男が腰掛けてくる。 ものすごく背が高い。 ケンジの肩が届かないほどの大男だ。
「この薄汚い酒場でそんなもの飲むやつなんてオマエが最初で最後じゃないのか。きっと」
「……さあ? そんなこと考えたことないしな」
大男はにんまりと口の両端を吊り上げて笑う。 ――この大男は、ボブの知り合いで彼がガーデンに行ってる間、ここの界隈を任されている斡旋屋の一人である。 まあ、ケンジにとってはどうでもいい人物である。
「何か用か?」
「とびっきりのネタを持ってきてやったんだ。一杯奢りな」
「……ヴィンさん、この人にも同じ物をやってください」
ぼそっとケンジが言うが早いか、大男の目の前には紅茶が一杯出現していた。
「バ、バカヤロウっ!! 誰が紅茶を奢ってくれなんて言ったか! 酒を奢れっていったんだよ!」
「それは、すまんな。 奢るお金が手もとにないので諦めてくれ」
「なっ!」
「それにさ、酒を奢るなんて俺は一言も言ってないぞ?」
大男は顔を赤くなったり青くなったりとしていたが、やがて。
「とにかく、これを見ろ!」
少し頬がヒクヒクとした顔のまま大男はカバンから数枚の書類を取り出し彼の前に叩き込むように置く。 ケンジは面倒臭そうに書類を手に取って見ている。 大男は話を続けた。
「……」
「この話はなオマエのご氏名で貰ってきてるんだ。 報酬が破格なのも、オマエの腕を十分に買っている証拠だ」
「そうか、で、内容はなに?」
大男は別の書類を取り出し、ケンジの前に置いた。
「この間、自警団に踏み込まれて取り潰された、【ウルビーノファミリー】の支部幹部が依頼人だ。 自分も尻尾を掴まれちまう前に逃げ出したいから、手を貸せだとよ」
「ただ逃がすだけ、って訳じゃないだろ?」
「当たり前だ! この幹部様ってのがまた、腹黒いやつでな。 組織で扱っていた薬の横流しで、相当に溜め込んでたらしい。 それを狙って……」
「レイヴンや賞金稼ぎたちが集まってくるから、蹴散らせ、ってこと?」
「そうだ、ちなみにこのおれが依頼を請けてやったんだから取りぶんは七割だぞ。 もちろん、拒否権もないから……」
大男が言い切る前に、彼はめんどくさい顔になり。
「……じゃあ、他を当たってくれ」
「拒否権がないって言ってるだろうがっ!」
「知らないよ」
急にやる気を失ったように、彼は手にしていた書類をテーブルの上に放り出した。 ケンジは、テーブルに100C置いて大男を無視してヴィンの方に顔をむける。
「あ、ヴィンさん、ここに紅茶の代金置いとくから」
「ぉ、おい、クロウ! なんだよ、気に入らないのか!?」
「……勝手に依頼を請け負って働かせて、しかも取りぶん七割よこせ、と言われてやる気になるか?」
「ぐっ!!」
ケンジはもっともな正論を言う。 大男は言葉に詰まる。 さらに彼はさらに言った。
「それに別の仕事があって忙しい、だからもう帰る」
たしかに200000Cは魅力的だが、だからと言って依頼をあまり重複することは出来ない、信用の問題である。 この男はそれが分かっているのか? とケンジは大男の方を見たが相手は分かっていないようだった。 だいたい、無理やりやらせるこの男のやり方が気に入らない。
「ク、クロウ、よく考えろ、なぁ、おい。 書類に書いてある通り、200000Cだぜ、200000C! 危険な仕事はオマエの専売特許だろうがオレの面子ってもんがあるんだぜ!」
「アンタの面子なんて知らないよ」
「そんなショボイ依頼は、ほっとけよ」
「依頼は自分で決める。 それに…名指しってのが、どうも妙だ」
トン、書類を指で叩く。そこに印刷されている写真の男を、ケンジは覚えていた。 彼は首をかしげた。
「えーと、確か前に俺が痛い目に遭わせた連中の一人だったと思うのだけど?」
「罠だ、ってか? いいじゃねぇか、罠でもよ。 金額を考えれば目じゃねえだろうが」
「……はぁ」
そりゃあ、アンタがやるわけじゃないし気楽だろう。 実際に仕事するのは俺なんだから。 それ以前に、ここまでしつこく迫るということは、すでに少なくない額の手付金を相手から受け取っているのだろう。
「気が進まない、この依頼は」
「プロがそんな弱気でどうするんだよ。 やるんだよ、ケンジ。やっちまうんだよ!」
かえって、火に油を注いでしまった。 こうなったらこの大男は、色好い返事が返ってくるまで延々と、それこそ寝る暇を与えずにつきまとってくるのは目に見えた。 大男は自慢げに胸を張って言う。
「【ウルビーノファミリー】に恩が売れるチャンスなんだ。このオレの顔も上がるってもんだ」
あぁ、本音はそれか……別に勝手に恩を売るのはいいが、他を当たってほしいな。とケンジは思うがそれを口にはしない。
【ウルビーノファミリー】とは、ここ、マックスボローに本拠を置くヘロデト最大の勢力を誇る犯罪組織で、【ヴィンの酒場】でも依頼の注文が多い組織だ。 確かに依頼の自体は非常に難しいがその分、依頼料は高い。特に最近では【13k】と抗争が激化しているというもっぱらな噂もある。 ブラットアリーナに出ていると、幹部の人やらとよく顔を合わせたりする。 けど、それ以外では関わりたくない、関わると骨の髄までこき使われそうだからだ。 どう断ろうか……と考えているケンジに大男は脅すように言った。
「それとだ! オレの信用を潰すってことは、ボブの信用も潰す事になるんだぞ、それでもいいのか?」
「へえ……」
その言葉を聞いたケンジは大男を観察するようにジッと見ながら考えた。 ボブの信用を落とすということは、アンタ自身も失脚するという事が判ってるのかな?
「どうだ、断れまい」
だめだ、判っていない。 まあ、意固地に断って下手に出られるよりマシだし請けるしかないのか。 早く終らせないと、他の請け負っている依頼にさしつかえる。
「はぁ……」
あくまで、ボブの信用が落とさない為であってアンタのために働くわけじゃないけど。 さて、あっちの方はまだ動き出しそうにないし……今日中にこの依頼を終わらせなければ、まったく面倒な事になってしまった。
「分かった、依頼を受ける」
依頼を承諾する返事をするケンジ、それを訊いて大男は喜びをあらわにしている。 大男は気分を良くしたまま、最後にとんでもない事を言い放った。
「いやー!良かった、実はもう既に外に出迎えの連中が車で待っているちなみにACも積み込みは済んでるぞ」
思わずケンジは大男に聞き返す。
「……なんだって?」
「ああ、だからオマエのACは、このオレが直々に、オマエの所の爺に電話して既に依頼人のトラックに積んであるからオレに感謝しろよ」
「…………」
あのクソ爺め、かってに俺のACをトラックに積むなよ。とケンジは内心怒りつつ、それを表情に出すこと無くただ黙っていた。
「オレは用事があるんであと宜しく、入り口にはもう依頼人の車が居るからなそれに乗ってけ」
大男は一方的に押し付けてさっさとさっさ行ってしまう。 ヴィンは哀れみの目でこちらを向き、そしてケンジの肩をポンッ! と軽く叩いた。
「まぁ、その……災難だったな」
「……」
そのヴィンの言葉にケンジは返事を返せず酒場の天井を仰ぐ。 好まざる仕事を受けなければならなくなった時に言う。 お決まりの言葉。
「……不幸だ」
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| 1620/
Misfortune boy −2− [無法者と女王様] |
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2007/11/28(Wed) 02:25:07
| ケンジは、酒場を出るとすぐに高級車に乗せられ依頼人の元に連れて行かれている。 【ヴィンの酒場】から強制的に乗せられたケンジは、流れ行く夜の街を車の窓から黙って見ている。 しばらく外を見続けているとケンジのコートから音が鳴り響いた。 どうやら携帯端末から鳴っているようだった。
pilllllll
(今度は誰だ?)
ケンジはそう思いながらも、運転手に防音窓をしてくれと頼み、鳴り響く携帯端末を取って操作して彼は電話に出た。
pi
「……もしもし?」
『ケンジ、私ですわ。』
今度は桜花か、珍しいな、電話してくるなんてっと疑問に思いながらもとりあえず返事をした。
『貴方に頼みたいことがあって電話したのよ』
「悪いけど今、仕事中―――」
『どうせまた、厄介ごとで嫌々やらされているのでしょう?』
桜花のその言葉を聞いてケンジは、なにも言い返せないなかった。
「…………」
沈黙しているケンジに構わず、さらに桜花は言う。
『そんなことより、貴方、ガーデンに入学してくれないかしら?』
「……さっき、ボブも同じことを言われたけど。 俺が学生など出来ないと思うのだが?」
とりあえず夕方ボブにも喋った言い訳を言っておく。
『大丈夫ですわ。 この私とボブが手を組めば大抵の事は出来ますわよ』
「い、いやまて、俺は荒事屋を――」
『そんなの辞めてしまいなさい!』
「………」
『まったく、わたくしは二年前も貴方には荒事屋はむいていなからお辞めなさいと何度も言ったでしょう?』
「それは……」
言いよどむ俺に桜花はため息を吐くと。
『ふぅ……まぁ、今日のところはこれぐらいにしておきますわ』
「そ、そうか」
俺がほっとしたのも束の間、桜花はとんでもないことを言い放つ。
『そうですわ、先ほどの件ですけれど、もし、よい返事をしなければ……』
「……返事をしなければなんだ?」
『――今度会ったとき自分で死ぬか私に撲殺されるかを考える必要がありますわよ』
「撲殺って、こっちも脅しか!? いったい何の権利があって……」
『当然ですわ、貴方は私の 下 僕 ですのよ。 ……では、よい返事を期待してます』
「ま、待て、桜花っ!?」
pi
「…………」
ツーツーツーという音を聞きながら絶句するケンジであったが。 懐に携帯端末をしまうとボソボソと「……二人とも我がままだ」と呟く。 しかし、言葉に出しても解決すること筈もなく。 ケンジは、どうやって、この難しい問題を解決するか、ずっと頭を抱え悩んでいるあいだ高級車は黙々と依頼人のもとへと走っていったのであった。
まったく、今日は本当に頭が痛くなる日だ。
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| 1622/
Misfortune boy −3− [鮮血と硝煙に染まる道] |
・投稿者/ ケインズ
・投稿日/ 2007/11/28(Wed) 03:00:06
| 空にかかる月は、満月である。 その輝きに包まれて、深夜の道路を粛々と走り抜ける車の列。 中心には頑丈そうな高級乗用車が位置し、その周囲を固めるように、数台のトラックが走っている。 乗用車の窓にはすべて黒く塗りつぶされ、中に乗っている人の顔が見えない。 そして脇を固めるトラックの荷台には、剣呑な不意気をまとった人影や武装化されたMT、MTSなどがいくつも見て取れる。
「ふぅ……なんだってこんな事になったんだろうな」
列のしんがりを走るトラックの荷台でそんな独り言が響く。 ケンジである。 彼は何故こんな面倒な事になったのかともう一度考え直した。
今回はボブの顔を立ててやるために、こんな苦労しなくちゃならないなんて。 まぁ、この際はしかたがないか。 今はこの依頼をどうするかを考えるかな?
「…………それにしても寒い。」
ただ広い荷台には他の同乗者がいない。 在るのはケンジと彼のACだけである。 吹き付ける夜風は、鋭い刃物のように、彼の身体へと突き刺さる。 【ヴィンの酒場】を出てすぐに、彼は仕事の依頼主に引き合わされ、気が付けばこうしてトラックの荷台に揺られていた。 他のトラックにはもっと大勢の人間がひしめき合うようにして乗っている。 彼が乗っているトラックに人気がないのは、ひとえに【死にたくない】という、身勝手だがもっともな心理が有効に働いたからに相違ない。 こうして集団で動く際、もっとも危険なのが集団の最後尾だというのは、古今東西をとわずセオリーとして知られている。
「しかし、意外だったよな。」
寒さに白く煙る吐息と共に、ケンジが呟いた。 トラックに乗せられる直前に引き合わされた依頼人は、彼に前金として100000Cの小切手を渡すと、何も言わずに自分の車の中へ消えていった。 代わって現れた彼の腹心らしき男が、「なにとぞボスを護ってやってくれ」と涙ながらにケンジの手を握りしめ、懇願してきた。 荒事屋稼業の中で、元敵だった奴らに泣きながら依頼されたことなど、ケンジにはあまり経験がない。
(てっきり、やりあうことになるとばかり思って身構えていたけど――まさか逆に泣いて助けを乞われるとは思わなかった)
まあ、事情を聞けばもっともな話だった。 なにしろ――
ケンジはトラックの行く手に目を向ける。 漆黒の海に向かって開く港の姿があった。 ここはグラツィア湖の西岸港。
記憶に間違えがなければ、ここ一帯は【13K】の組織が牛耳っているんだっけ、……厄介な事にならなければ良いんだがな。っとAC起動の準備をしながらケンジの頭は回転していた。
たしか【13K】は港湾都市イェレットに本拠を置く犯罪組織で、ここのところこのマックスボローに本格的な進出を始め【ウルビーノファミリー】の小競り合いが日に日に増しているんだな。 そのおかげでここ最近では多くの荒事屋達はいろんな組織に借り出されて忙しいである。
「連中はここを突っ切って一気に港に向かう気なのかな?」
だとしたら正気の沙汰ではない。 しかもその中心にいる男はしかるべき組織や自警団にでも引き渡せば、高額の資金がもらえること間違いなし、という札付きなのだ。 事情を知る人間にしてみれば、彼らはまさしく『獲物』に等しい。
ACも万全じゃないし、前金で全部貰っているのならともかく、手付けしかうけとってない。 先程、懇願してきた腹心には悪いが「100000C分の義理を果たしたら、さっさと消える事にしよう」と彼は思った。
「できれば、本格的に攻勢が始まる前あたりで、こっそり抜けられたらいいな」
もちろんその気になれば、AC一機で多数の相手と互角以上に渡り合う事も難しくない。 だがこの一帯は既に彼とは異なる価値観を持った連中の縄張りである。 いかに腕自慢であっても対策も無しに自分以外は全て敵という状況では、どう考えても分が悪すぎる。 夜風に吹かれる中、ケンジはAC【ブルー・ブレイカー】に乗ると【AICS】に話しかけた。
「【B・B】、いつでも起動できるように準備してくれ」
≪はい≫
中性的な声がAC内に響き渡ると同時にケンジはコクピットに背を預け。
「さて、あとは逃げる時期をどうするか計るだけかな?」
そうしてケンジは押し黙り、時期を待つ。車の群れはやがて街中を出て港まであと一歩というところまで来ていた。 ここまで来ても襲撃がなかったので依頼人たちは希望をいだく。
――しかし希望を打ち砕く襲撃の轟音と前方のMTが爆散する音を聞いたのは、それからわずか四分後のことだった。 何処からか情報が漏れたか、あるいはそれと予想していたのか。 依頼人の行く手を阻むべく、港の倉庫から忽然と出現したのは、総勢50機近くからなる戦闘集団であった。
ケンジは、すぐには動かずACのメインカメラアイを使い、その機影たちをゆっくり確認していく。
≪機影確認……【SO-20U-Zuzana/U】【CR-MT80S:サモエド】【MT12CDAT-BF】です≫
「それにしても待ち伏せとは手際がいいな、しかも数が半端なく多い……」
やはり【13k】……いや、それにしては数が多すぎる。っとケンジが思案している間も状況は瞬く間に進んでいく。 同時に両方の側面と後方を突くべく、既に前方には大型トラックが道を塞ぎその中からさらに別部隊がとびだしてくる。 敗走の集団に過ぎない依頼人たちは、たちまちパニックに陥っていた。 いい手際だ。とケンジは感心する。
依頼人には悪いけど、これは役者が違うかな? だけど、そう簡単に終わってしまうのも困る。 さて……
ケンジはACの操縦桿を握る。
「前金の分くらいは返しに行くか……【B・B】AC起動」
【メインシステム 戦闘モード 起動します】
ケンジは慌てた風もなく、【ブルー・ブレイカー】起動させトラックの荷台から降り辺りを確認する。
「【B・B】指揮官機を優先的に索敵しつつ敵に向け回線を開け」
≪はい、回線を開きます≫
月夜とはいえ、灯りが少ない港道である。 少しでも冷静を失ったが最後、同士討ちだけで自滅する危険性があり、それを十分注意した上で敵を混乱させる行動を開始した。
「……殺るか」
【ブルー・ブレイカー】のブースタをふかして敵指揮官が居そうな処へ向かいならが彼は襲撃者達を脅す。
「……明日の朝日を拝む気のない奴以外はさっさと退いて去りなッ!!」
警告を出しながら、行く手を阻む者に対しては容赦なくEOを起動して反撃しながら進んでいく。 しかし、なお阻んでくる者には――
「それでも去らない奴はそっ首引いて並べてやるっ!!」
「ぬかせごッ――――ぎゃぁ!?」
ケンジがブレードを一閃。収縮されたブレードが行く手を遮っていた【MT12CDAT-BF】の胴体を横薙ぎに叩き斬る。
「ACだと? そんな情報は聞かせれてないぞっ!」
「相手はたった一機だ、迎撃しろ」
≪指揮官らしき機影を発見≫
「分かった」
【MT12CDAT-BF】を切り伏せ終わると、すぐさまリニアライフルで、指揮官機らしきMTSを集中的に当て混乱させてから依頼人の下へ突き進んだ。 MTSを着た襲撃者の一人が、恐怖におののいた表情でこちらを見る。 尋常ならざる速さで相手を破壊していく蒼いACの姿はまさに悪夢のように思えたことだろう。
「あんた等ら、こんな場所で命を賭ける覚悟があるかい?」
【ブルー・ブレイカー】は、さらにオートビットキャノンを起動させ周りに居た敵を撃墜していく、それにより襲撃者たちの被害が増大する。 そのあまりの凄まじさに、襲撃者の攻勢が一時ゆるんだ。
『おいっ、テメエ、さっさとあの蒼いACを片付けちまえよ!』
『お前がやれよ!オレは嫌だ、奴は危険だ。危険すぎる!』
『死ぬ、オレは間違いなく、アレに殺される』
『おいおい、聞いてねえぞ!? 誰だ簡単な仕事だって言った奴は、こんなのが居るなんて!!』
そんな言葉にならない恐怖が、【ブルー・ブレイカー】の姿を目にした襲撃者たちに伝播するまで、さほど時間は掛からなかった。 それにより包囲網に小さな穴ができたのを依頼人は見逃さなかった。
「今だっ! 奴らの動きが止まったぞ!! 野郎ども、突き進め!!!」
ここぞとばかりに依頼人の檄が飛ぶ。
『オウ!』
その声に我を取り戻した依頼人の兵隊たちは、魔法から解き放たれたかのように反撃を開始する。 襲撃者側の兵隊たちがそれぞれ武器を構え迎えうった。
静寂な深夜の港道は一変して悲鳴と怒号、銃声と爆音と金属音とが高らかに響き渡る。 そしてコンクリートの地面を覆いつくすかのように大量のオイルと赤い血と薬莢が流されていく。 夜の地獄を突き進んでると【B・B】が警告を出す。
≪残り弾数わずかです≫
「わかった。」
その報告を聞いたケンジは脱出する為の行動を起こす。 近くに居た敵の脚部を狙いながら進み、目的の場所まで来るとケンジはACを止め、慎重に辺りを確認する。 敵が居ないか確認している間にも状況は悪化していく。
≪後方より複数の機影を発見……タイプACS≫
「そうか……」
そろそろ頃合だな。
ケンジは、いつの間にか襲撃者達が少ない場所にいた。 あとはこの凄惨な抗争から抜けるだけである。 しかしケンジは後ろを振り返り抗争をモニター越しに数秒見ていたが……
「抜けよう」
そう呟き。 そして、凄惨な抗争の場から、ケンジの駆る【ブルー・ブレイカー】は忽然とその姿を消した。
静寂が戻ったのはそれからたっぷり二時間後は後の事である。 結果はあえて語るまでもない。 いかにケンジの働きによって反撃の機会を得たとはいえ、依頼人は結局、敗残の者達に他ならない。 善戦はしたものの、圧倒的な人数の差と後から来た援軍に押し切られ、彼と彼の兵隊たちは全滅させられていた。 この都市の裏では見慣れた光景だ。
「見慣れているけど、悲惨だ」
屍と鉄の残骸だけが累々と横たわる暗い港道に目をやりながら、ケンジは呟いた。 その言葉にはなんの感傷も、感情もない。 その視線は、こと切れた依頼人の亡骸に向けられている。 両脇には対AC用の重機関銃を抱え、最後の瞬間まで戦い抜いたらしい彼の亡骸は、焼きこげた車の残骸の上に仁王立ちになっている。 だがその首は切り取られて、残っていたのは赤黒く焼き焦げた首から下だけだった。
「……」
抗争が激化するその直前に身を引いた彼は、そのまま戦場を離脱し、今の今までことの成り行きを遠く離れた場所から眺めていた。 その行為を、逃げただの卑怯だというのは簡単であろう。 だが、彼は荒事屋である。 誇り高いレイヴンやプロ意識のある兵隊でもない。 善悪などなくただ日々を生きぬく者でしかないのだ。 受け取った金に見合う働きはしても、負けるとわかった戦いに、理由も無しに命を懸ける義理などない。 何もできない何もしてやれない荒事屋。 それでも――この理不尽な世界で生きていくしかないのである。
「……悪いな」
ぽつりと言うと、ケンジは体を反転させ凄惨な現場に背を向ける。 彼はもう凄惨な現場を振り返らず暗い港道を歩いていく。
…………こうして荒事屋の日々は過ぎていくのであった。
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