仏教は釈尊の教えです。この基本に立ち返り、仏典を読んでみました。仏典と はお経のことですが、お経というと線香臭くて難しい呪文のようで、凡人には 近寄りがたい書物と思ってました。しかし、読んでみると、こんなおもしろい 書物は、他に見当たりません。もちろん漢訳の経典そのまま読める訳がありま せんので、初心者向けの仏典の解説書を読んだにすぎません。
仏典の中で、一番印象に残ったのは譬喩経です。譬喩経の中の話と感想、及び 代表的な大乗仏典の簡単なコメントを書いて見ました。
1.仏説譬喩経の中の話
一人の旅人が山道を歩いていました。後ろに異様な物音がするので振り返って みると、岩陰から一頭の狂象が襲いかかってきました。「こりぁ、たいへん」 と必死に走って逃げているうちに古井戸を見つけました。傍らの樹に巻きつい ている藤蔓が古井戸中に伸びているました。「これは天の恵み、ありがたい」 と、その藤蔓を伝わって古井戸の中腹に降り、一瞬の差で狂象の餌食にならな くてすみました。「ああ助かったと」と思った途端、藤蔓を握っている手が、 体の重みに耐えきれなくなっているのに気付きました。「降りよう」と思って 下を見ると、涸れかけた水の中に一匹の大蛇がどくろを巻き、口をあけて旅人 が降りてくるのを待っています。「こりゃいかん」と近くに足場を探すと、古 井戸の壁の四隅には四匹の毒蛇が、近寄れば噛み付かんぞとばかり、赤い舌を ペロペロ出しています。ゾッとして上を見上げると、命の綱と頼む藤蔓を黒と 白の二匹のネズミがガリガリとがじっています。あまりの恐ろしさに放心した ようになって、旅人は口を開けたまま古井戸の上の空を見上げました。そのと き、口の中にポタリと一滴の露が落ちてきました。「甘い!」彼は思わず叫び ました。それは、古井戸の傍らの樹にある蜜蜂の巣から落ちてきた蜜でした。 旅人は、狂象、毒蛇、ネズミなどの恐怖をすっかり忘れてしまい、口を開け、 思いをこらして次の蜜が落ちてくるのを待ちました。
[感想] とてもよくできた物語ですね。狂象、大蛇、四匹の毒蛇、白と黒のネズミは、 それぞれ人々に課せられた苦を表していると思います。蜜蜂は人が持っている 五欲のことなのでしょう。人には五欲があるから、苦に耐えて生きていけるの ではないでしょうか?しかし、誰もが直面しているこの絶望の苦の現実に譬喩 経はどう対処せよといっているのでしょうか?
『座禅用心記』 諸仏一大事因縁のために世に出現す。直に衆生をして仏の知見に開示悟入せし めんとなり、而して寂静無漏の妙術あり、是を禅という.....(螢山禅師)
2.大乗経典のコメント
(1)般若心経 最も有名なお経です。何度も読み繰り返し聴きました。今では自然に口に出る ようになりました。智慧によって彼岸に渡る、智慧の完成のお経です。 「空」の思想を徹底し説いています。「五蘊皆空」に続き、法も「空」と説き ます。諸法空相です。仏教思想の原点になる非常に重要なお経だと思います。
(2)金剛般若経 スプーティ(須菩提)を相手に釈尊が「空思想の実践」の心がけを教えます。 「空」という言葉を陽に使っていませんが、「空」の境地の教えが、以下のよ うに説かれるます。「それでは、どのように説いて聞かせるのであろうか、説 いて聞かせないようにすればいいのだ。それだからこそ<説いて聞かせる。とい うのだ。」何か矛盾しているようで戸惑ってしまいます。この経典の中にある 「応無処住而生其心」は有名です。禅宗を確立された六祖、慧能禅師が、薪木 を町に売りにいったときに、偶然、この言葉を耳にして心を打たれて、出家し て禅僧になったそうです。
(3) 阿闍世王経 インドに阿闍世王という王がいました。彼は父を殺して王位についたため、後 悔の念に苦しみ仏に救いを求めました。このお経の主役は、文殊菩薩です。阿 難が聞き役です。文殊菩薩が化仏を出したり、神通力を使ったりして劇的な展 開で空の思想が説かれます。文殊菩薩の態度がデカイなと思いながら読んでい たら、前世で釈尊に菩提心を起こさせてくれた師匠だったのです。最終的には 、釈尊が阿闍世王の成仏を予言して終わるのですが、釈尊は脇役で、文殊菩薩 の教えの偉大さが説かれています。
(4)維摩経 この経典は維摩詰が主役です。彼はインドの大富豪で博学な人格者です。ある とき、維摩詰が病気になったため、釈尊は弟子に見舞いを命じます。ところが 、みんなしり込みをします。過去に維摩詰にさんざんやり込められたためです。 菩薩も同様です。結局は、文殊菩薩に白羽の矢が立ち、皆が従って見舞に行く のですが、見舞いの場でも、維摩の説法が光ります。有名な不二の法門の説法 で維摩詰は、無言の回答を示すのです。このお経では、シャリプトラ(舎利佛) が散々こけにされています。
(5)勝鬘経 王女勝鬘夫人の説法を釈尊が承認するという経典です。真実の教えとして人間 は、すべて平等に成仏する事ができると説きます。「一乗思想」を唱え、また 一切の衆生は煩悩にまとわれているが、本性は清浄無垢で如来の心を備えてい と言い、身・命・財を捨てることに仏の教えがあると説きます。菩薩になるた め「十大受三大願」を立てるなど、無量寿経と似ている点があります。聖徳太 子の作とされる三経義疏の一つとして、勝鬘経義疏等の注釈書も多いそうです。
(6)法華経 「経王」とも称され、大乗経典の中で特に重要なものとされています。 日蓮宗信徒の「南無妙法蓮華経」はよく耳にしますよね。「法華経」は、仏教 の種々の教説はみなそれぞれ、存在意義があることを力強く主張します。「シ ャ門」と「本門」に分かれています。シャ門では、三乗(声聞乗、縁覚乗、菩 薩乗)は一乗に帰すると説きます。 十如是を説く方便品第二が有名ですね。本門では、長者窮子の喩譬などで、仏 の偉大な慈悲を強調します。「如来寿量品第十六」が最も重要と言われます。 釈尊は自らの由来を明かします。百千万億名那由他、阿曽祇劫や無量阿曽阿祇 劫などの想像を絶する膨大な数字がでてきます。この間、方便を尽くして衆生 救済を行います。こうして私は、成仏してからこのかた久遠なのだと説きます。
(7)観音経 観音様のお経です。「法華経」の「観世音菩薩普門品第二十五」を、独立の経 典として扱ったものです。もろもろのお経の中で、一番広く読まれている経典 だそうです。私も何度か聴いたことがあります。観音様は七難から救ってくだ さるそうです。この七難とは、水、火、羅刹、刀杖、鬼、枷鎖、怨賊です。一 心に観世音菩薩の名号を称えましょう。「南無観世音菩薩」と称えるのです。 そうするとその災から逃れられるのです。このあと、今度は内面の話に入り、 三十三身を示して説法されています。
(8) 大無量寿経 「浄土思想」は、今を末世であると位置付け、現世が汚濁に満ちた穢土である と否定して、彼岸にある阿弥陀仏と極楽浄土のすばらしさを伝えて、そこに衆 生を導こうとしたのだと思います。大無量寿経は、過去世に宝蔵比丘という修 行者のころ「衆生済度の誓願」、五濁悪世に苦しむ衆生を救おうという誓いで ある「四十八願」をたてました。 この願すべてが達成できなければ、正覚をとらない、即ち仏にはならないと誓 い、五劫もの間修行して仏になり、阿弥陀仏(無量寿仏、無量光仏)と名乗り 、極楽浄土をつくられました。四十八願の内容は省略しますが、この中の第十 八願(自分を念ずるものを必ずこの浄土に生まれさせる)は有名ですよね。
(9) 阿弥陀経 阿弥陀仏の極楽浄土を、当時のインドの人々の感覚でとても素晴らしいとされ る世界に描いたのが「阿弥陀経」です。「阿弥陀経」は何度か聴いたことがあ りますが、ほれぼれするようなきれいなお経です。
(10)観無量寿経 本仏典はサスンスクリット原典がないそうです。おそらく、4〜5世紀頃中央ア ジアで成立したのではないかといわれています。「観」とは見るという意味で 、観無量寿とは阿弥陀仏や西方浄土を観想するところから名付けられたもので す。内容は、釈尊が霊鷲山にいたときのこと、韋堤希夫人が親子の争いに巻き 込まれ、そうした争いのない平和な世界に生まれるために釈尊に相談するとこ ろからはじまります。釈尊はこの経典のなかで、極楽浄土に往生するための16 の観想法を説き明かしたのです。
3.その他 仏典の解説は中村元先生を本を中心に、何冊か読みましたが、初心者向けには 以下がお勧めです。仏典に興味がある方は読んでみてはいかがでしょうか。
「仏典を読むシリーズ全4巻」中村元
仏典を読むシリーズは中村元先生がNHKラジオ放送で行われた二十六回にわた る連続講義「こころを読む/仏典」を活字化したものです。 当書の「はじめに」には以下のよう書かれています。多数の仏典のうちで、も っとも古いとされる『スッタニパータ」から、代表的な大乗経典である『般若 心経』『法華経』『浄土三部経』さらに密教経典『理趣経』にいたるまで、こ れほどひろくこれほどまたわかりやすいい経典の解説は、ほかには例がありま せん。
以上
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