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391/ 英語では何というのですか?
・投稿者/ 中川リキ
・投稿日/ 2005/05/18(Wed) 13:44:19
・IP/ 221.170.145.44


    フィンランドに住む友人から聞かれて困っています。
    「大日経」、「菩提心論」、「釈摩訶衍論」を英語ではどのように
    いうのかご存知の方、教えてください。
    よろしくお願いします。  中川



392/ 私ならば
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/05/19(Thu) 15:06:11
・URL/ http://members13.tsukaeru.net/qookaku/index2.html
・IP/ 210.197.211.65

    中川リキ様、はじめまして。
    有意義な書き込みありがとうございます。

    さて、『大日経』、『発菩提心論』、『釈摩訶衍論』の英語表記についてですが、今は手元に資料や辞典などのない状態なので確認ができないのですが、私ならばまず『大日経』はサンスクリット語名(mahAvairocanAbhisambodhivikurvitAdhisthAnavaipulya-sUtrendrarAja-nAma-dharmaparyAya、あるいは便宜上省略してmahAvairocana sUtraとか)および必要に応じて括弧などで括った形でチベット語名と日本語名のローマ字をそれぞれTb.、Jpn.などと冠した上で併記し、後二者はそれぞれ日本語読みのローマ字に括弧で括って英語意訳を添えます。例えば『発菩提心論』は"Hotsu-bodaishin-ron (Philosophy of Bodhi-citta)"、『釈摩訶衍論』は"Shaku-makaen-ron (Interpretation of the Philosophy of MahAyAna)"といった具合にですね。

    お役に立てれば幸いです。

393/ Re[2]: 私ならば
・投稿者/ 中川リキ
・投稿日/ 2005/05/19(Thu) 18:09:05
・IP/ 221.170.145.44

    空殻様

    大変に説得力のある返信、ありがとうございます。
    仏教知識のほとんどない外国の友人に、わかりやすく
    伝えることができることを大変うれしく思います。
    感謝しています。 中川



348/ 本来本法性、天然自性身
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/11(Tue) 16:03:19
・IP/ 4.27.3.43

    義仙さまの記事[No.347]は、こちらへ移動させて移動させていただきます。


    □投稿者/ 義仙
    □投稿日/ 2005/01/10(Mon) 19:47:25
    □IP/ 218.47.202.237

    ちょっと目を離した隙にもの凄い展開になってきている。ある程度予想してたことではありますが((^_^ )
    過去、日本の僧侶の中にも本覚思想に直感的に疑問を持った人はいたのではないのでしょうか?
    有名なところでは曹洞宗の開祖、道元でしょうか?
    「本来本法性、天然自性身(中略)ならば諸仏なんとしてかさらに発心し三菩提を修業するや」
    この疑問に当時、道元が所属していた延暦寺の僧は誰も応えられず彼は建仁寺を尋ねるわけですね。通説では。
    宗派仏教、祖師仏教と形容される日本の仏教も宗祖のカリスマをもってしても本覚思想に流れてしまう。日本人にとって仏教を信仰する上で必須な思想だったにかもしれません。



357/ 大疑団神話説
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/12(Wed) 16:11:29
・IP/ 4.27.3.43

    □投稿者/ 大閑道人
    □投稿日/ 2005/01/12(Wed) 15:39:53
    □IP/ 220.109.172.87

    20年以上も前のことだが、駒澤大学の山内舜雄先は、天台学をご専攻。
    その知識を基に講義でおっしゃったことは、

    >「本来本法性、天然自性身(中略)ならば諸仏なんとしてかさらに発心し三菩提を修業するや」

    で知られている(いわゆる)「大疑団」は、後世の曹洞宗の「神話」である、と切って落とされた。

    むしろ
    「本来本法性、天然自性身」だからこそ、「諸仏は発心し三菩提を修業する」ことが出来る、と理解されていた、
    とおっしゃっていた。


    つまり、当時の常識としては、「生まれながらに仏だから、仏の修行が出来る」ということだったから、道元禅師の「大疑団」はあり得ない、ということだった。


358/ 『大乗起信論』に見られる「本覚」
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/12(Wed) 17:07:47
・IP/ 4.27.3.43

    以下、中村元編『大乗仏典』所収、柏木弘雄訳『大乗起信論』より引用。

    • 現実のわれわれにおける心のあり方は、「不生不滅」と「生滅」とが和合して、しかも両者は一でもなければ異なるものでもないという関係にあると言わなければならない。われわれの現実におけるかかる心の構造をここに<アーラヤ識>と名づける。(三八一、上下)

    • <アーラヤ識>は「覚」(心の本性にたいする覚知)と「不覚」(心の本性にたいする迷妄)との二義を有し、現実における迷いの生存から最高の悟りに到達せる覚者の立場にいたる一切の衆生の心のあり方を包含し、また一切の心のあり方を生起させるものである。(三八一、下)

    • 本覚とは「始覚」(修行の力によって始めて開顕される覚知)にたいしていわれることであるが、始覚は本来、本学と同一のものであるからである。始覚という意味は、本覚があるからそれにもとづいて「不覚」(心の本性に対する迷妄)があり、その不覚の立場にもとづいて始覚の意味が語られるのである。(三八一、下)

    • もしも「覚性」(覚の本性)をまったく離れて論ずるならば、それに対して迷うということ(「不覚」)も成立しないのである。しかしながら、不覚による妄想の心がわれわれの心に描き出されていることによって、かえって迷いの世界に対する悟りの世界というものを推求し、その名と義とをわきまえて、「真覚」を説き示すことができるであろう。(三八四、上)

390/ 亀レスですいません。
・投稿者/ 義仙
・投稿日/ 2005/05/11(Wed) 23:22:17
・IP/ 60.41.106.210

    大道閑人さま、レスありがとうございます。
    ところで、道元にでていかれた方の天台宗は「大疑団」の真相についてどのように説明しているのでしょうか?



387/ 教えていただきたいのですが。
・投稿者/ サラ
・投稿日/ 2005/05/08(Sun) 23:57:37
・IP/ 218.41.90.166

    はじめまして、サラと申します。数ヶ月前から仏教の本を何冊も読み始めた初心者なのですが、何度も出てくるひとつの言葉の読み方、意味がその都度異なっており、困惑しております。どなた様か、おわかりの方にお教えいただければと思い、書き込みをさせていただきました。その語は、「同行(人)(者)」です。どうぞ宜しくお願い申し上げます。



    ---------------------------------------------
    はじめまして、サラ様。
    書き込みありがとうございます。

    >何度も出てくるひとつの言葉の読み方、意味がその都度異なっており

    具体的に、どの書籍でどのように説明されているかをまず教えていただけますか?
    答えてくれる方たちも、その方が対処しやすいと思います。

    よろしくお願いします。

    空殻



388/ 同行人の定義
・投稿者/ 不法逸
・投稿日/ 2005/05/09(Mon) 10:07:28
・IP/ 219.163.75.109

    管理者がまた詳細なレスをして下さると思いますが。。

    手元にある『岩波仏教辞典』(1989年)では、

    一緒に行く人の意。志を同じくして仏法を信受奉行する仲間。「同伴」「同朋」ともいう。単独では難しくても、同志が互いに励ましあえば行じうるところから成立するもので、結社念仏などその適例であろう。四国八十八箇所の巡礼者が、たとえ一人が巡拝する場合でも、いつも弘法大師が同道するという意味で、笹などに「同行人」と書くのを例とした。浄土真宗では門信徒を同行といい、禅宗ではこれを「どうあん」と読む。

    だそうです。




    -------------------------------------------
    不放逸様、こんばんは(^_^)
    いつもお世話になっております。
    辞書の引用ありがとうございました。
    今後もよろしくお願いいたします。

    空殻

389/ Re:禅宗ではこれを「どうあん」と読む。
・投稿者/ 大閑道人
・投稿日/ 2005/05/10(Tue) 18:38:14
・IP/ 220.109.173.160

    >禅宗ではこれを「どうあん」と読む。

    禅宗では、そもそも「同行」という概念は(公式的には、or 歴史的には)存在しません。

    「どうあん」という発音は、「堂行」=堂司行者(どうす・あんじゃ)の略語として、法要の時にお経にあわせて木魚や鐘を打つ人のことを、即座に連想させます。




    ----------------------------------------
    大閑道人さん、こんばんは。
    書き込みありがとうございます。
    ご指摘、参考になります。
    ありがとうございました。
    今後もよろしくお願いします。

    空殻



325/ 教えて下さい。
・投稿者/ のび
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:28:24
・IP/ 4.27.3.43

    投稿日:2004/12/21(Tue) 13:03:41


    はじめまして。仏教素人です。
    「十二支縁起」を調べていて、こちらを見つけました。
    明治〜大正時代の工芸品(煙管筒)の意匠の意味を考えています。
    画像のURLを登録させて頂きますので、この図柄の意味などお気づきの点をご教示頂けませんでしょうか?

    「ひとつ目入道」が「僧(袈裟をしていないから普通の老人?)」を指差しています。その老人は、瞑想しているようですが、盲目かもしれません。座禅をしているのかと思いましたが、手の位置は高く、座禅ではないようです。「十二支の柄の衣」を纏っています。そして、この「ひとつ目入道」は「老人の後頭部」に接していて、この人物の想念が生み出した風景のようでもあります。

    十二支柄の衣は、十二支縁起を身に纏っている(身に付けている)ことを表しているのではないか。「一つ目」は、臨済(普化に「一つ目」と揶揄された?)を象徴するのか、「修行僧に対する戒めとして『ひとつ目』で描かれることのある慈忍」を表しているのではないか。などと考えているのですが。

    なお、この作品の作者は、加納鉄哉(1825-1924)で、若い時に10年近く、臨済宗の寺で修行し、23、4際で還俗、彫刻等で生計を立てた人物です。

    突然の不躾なご質問、非礼がございましたら申し訳ございません。
    掲示板の趣旨違いであれば削除して下さい。



326/ う〜む・・・
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:29:03
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/22(Wed) 16:36:05


    はじめまして、のび様。
    書き込みありがとうございます。

    画像についてですが、そうですね・・・。
    一つ目入道が盲目の老人を指差して哂っている。
    しかし、老人はそれにまったく動じていない。
    むしろにこやかに、泰然として佇んでいる。
    そんな感じでしょうか。

    この老人についてですが、すでにご指摘いただいた理由で、私も老人は僧侶ではなくて座頭なのだと思います。
    着物の十二支柄が十二支縁起にかけられているとするならば、仏教の代表的な教えが身に着いていることを象徴しているのかも知れないので、その場合はただの座頭ではないということになりますね。もしかすると妙好人のような存在なのかも知れない。

    一つ目入道が象徴するものは、構図からしてもやはり座頭の分身なのではないか(つまり、仰るように「この人物の想念が生み出した存在」なのではないか)とも思うのですが、これはもしかすると老人が十二支を身に着けていることの反動、副作用として現れているのかも知れませんね。
    丁度、ジキルとハイド、ピッコロと神様のような構図です。
    同じ生命を共有してはいるが、まったく別の人格を持つ存在というヤツです。

    私は、一つ目入道が老人の盲目を哂っているように見るのですが、この画を見ていると、どうも盲目の老人の方が強く見えてしまう。それはどういうことかというと、老人は盲目なのに無明ではないのではないか。それどころか、一つ目よりも多くが見えているのではないか、という思いにかられるんですね。
    そして作者はおそらく老人と自分を重ねている。
    自己投影型アーチストってヤツです(私もそうです)
    まあ単なる印象なんですけど。

    眼に関して象徴的に解釈することも可能で、一つ目=偏見、盲目=無明、盲信などとも取れると思います。ただ、老人の表情が澄んでいるので、私にはそのようには思えないんですね。やはり体のサイズが小さい老人の方に余裕を感じる。

    もう一つ、可能性としていえるのは、意匠自体には実はそれほど意味がなかったかも知れない、ということでしょうか。よく見てみると筒の木目が一つ目入道の瞳になっているようですし、もしかすると行き当たりばったりで作られたのかも知れないですね。

    普化と臨済の逸話や天台宗の慈忍がモチーフになっているかどうかということに関しましては、私には分かりかねますね。特に慈忍説に対しては懐疑的です。修行者でもない者に対して慈忍和尚を持ち出してくるのは変でしょう。
    それから臨済をそのまま一つ目入道のモチーフとしたならば、加納鉄哉氏は臨済を揶揄したことになるわけで、まあもしそうならば彼の還俗と何等かの関係があったのかも知れないですね。
    作者はなぜ還俗したのでしょう。

327/ Re: 教えて下さい。
・投稿者/ のび
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:29:44
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/22(Wed) 18:26:17


    空殻さま、ありがとうございます。 不作法な文字色で書き込みまして失礼しました。

    座頭の方が小さいのに余裕がある、強く見える、そして作者が老人と自分を重ねているのではないか、という観点に、なるほど、と頷いております。

    加納鉄哉は、岐阜奉行所の御用達を務める名門旧家に生まれましたが、幕末の厳しい環境の中で家産が傾き、貧窮の生活の中で母が亡くなり、14歳の時、長良崇福寺の住職に引き取られたそうです。その後、19歳ぐらいの時、伊深(美濃加茂)の正眼寺に移ってさらに4年間の修行生活を送ったとあります。両寺とも、臨済宗妙心寺派だそうです。

    23歳で還俗したのは、履歴書では「時勢ニ感ジ法衣ヲ脱シテ髪ヲ蓄フ」となっていますが、伝えられている話によると、「若気の至りで何処かの娘と親しくなり、手を携えて寺を出奔した」とあります。鉄哉をモデルにしたと言われる志賀直哉の小説「蘭斎没後」では、「檀家の未亡人と駆け落ちしたため」とされています。

    その後、岡倉天心に認められて、奈良の古寺の財物調査に同行したり、東京美術学校の教員に就いたりしています。しかし教職は数ヶ月で辞し、創作活動のみに専心したようです。作品には、仏像の模写や羅漢、閻魔、あるいは達磨といったモチーフが多く残されています。また、歌舞伎や落語界の人々との交流が深かったことをベースとした作品も見られます。銘は「唯我独尊庵主 鉄哉」と記されることが多く、晩年、奈良に住んだ家は「最勝精舎」と名付けられています。

    たしかに他宗である天台宗の慈忍と結びつけるのは無理がありそうですね。しかし、鉄哉と臨済(宗)の関係は、いま手許にある資料からは、これ以上わかりません。

    「意匠自体には実はそれほど意味がなかったかも知れない」という可能性も捨てられませんね。黄楊木の節を見て「ひとつ目」を発想し、「目クソ鼻クソ」的に、盲目の座頭を配置したのかもしれません。

    素材の木の節から考えれば、「ひとつ目」が主役ですが、表情からすれば、小さい方の「座頭」の表情に力が込められている感じ。そこからは、「同一人物説」が有力かもしれません。

    空殻さまの言われる「十二支を身につけた反動、副作用かもしれない」という視点はまったくありませんでした。

    こうやって、後世の私どもに、あれこれ考えさせるところにネライがあったのなら「参りました」です。

    貴重なご教示に感謝申し上げます。

328/ なるほどそうですか・・・
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:30:17
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/24(Fri) 07:32:20


    なるほど駆け落ちですか・・・
    意匠のモチーフを臨済とするにはちょっと資料不足かも知れませんが、可能性を否定するわけではないですからね。
    この煙管筒は加納鉄哉氏が何歳のときに彫られたものなんですか?

    お話を伺う限りでは、加納鉄哉氏は普段は妖怪画はされなかったようですね。秀逸な一目入道なので、妖怪が得意な方なのかと思ってました。

    >こうやって、後世の私どもに、あれこれ考えさせるところにネライがあったのなら「参りました」です。

    そうですね、禅の、特に公案的要素を多く含んだ作品は往々にして複義的なので見る人を混乱させますし、だからこそ解釈もまた人の心持によって様々に変化します。同じ人間が見ても、見るときの状況によってまったく別のものが見えてくる。
    ああかと思えば実はこうだったり、終点だと思ったら実は始発点だったり、まさに仏陀の掌の上で踊らされている感があります。それがまた、踊らされる方としても妙に楽しかったりするんですけどね(^_^)

329/ Re: 教えて下さい。
・投稿者/ のび
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:30:50
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/24(Fri) 18:21:36


    ありがとうございます。
    そうですね。天台宗の慈忍は当然、臨済というのも、鉄哉が臨済宗の寺で修行したことがある、というだけでは、可能性はあっても確定できないですね。

    この作品が、いつ作られたのかについては記録など資料がありません。漠然と「晩年に近いのではないか」と思っていますが、それも推測です。「唯我独尊庵主」の銘は、45歳で東京美術学校を辞した後から、らしいのですが、81歳で没するまで使っていた銘のようですので、その範囲でしか判りません。

    鍾馗や羅漢、達磨、伎楽面は多いですが、妖怪らしい妖怪は図録にも掲載がありませんね。大津絵の鬼程度でしょうか。それと、ちょこちょこ自画像が見られます。この作品の老人より若く、でっぷりと太り、髪は額が禿げ上がった感じで描かれています。晩年の写真は、少し痩せて、作品の老人に近いようにも思いますが。

    > ああかと思えば実はこうだったり、終点だと思ったら実は始発点だったり、

    はい、それをもう少し楽しもうと思います。
    空殻さま、ご教示感謝申し上げます。

330/ コノテーション
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:31:18
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/25(Sat) 06:27:40


    あまりお役に立てなかったようで恐縮してます。
    いろいろ考えてみたり本をめくってみたりしたんですが、適切な情報が見つけられずにいます。

    柳田國男、小松和彦などの著作を開いて妖怪関係も一応ざっと調べてみたんですが、どうも起源的なものばかりでコノテーションということについてはまったく触れられてない(一本ダタラがどうのとか、疫病神でミカワリ婆と関係がどうのだとか)。妖怪画の専門家でない加納鉄哉氏が、しかも妖怪系の民俗学もほとんどまともに確立されていなかったはずの時代に、一つ目入道を起源的な意味合いを持たせて暗示的に使ったというのは現実的ではないので、そういう可能性はきわめて低いと見てます(ちなみに私は柳田氏の民俗学が認められるは一九五〇年前後と認識しています)

    そういうわけで、やはり個人的な解釈になってしまいますが、私は同作品はある人間(おそらく作者自身)の「仏教によって覚った部分」と「そうでない部分(もしくは占め出された邪悪な意識)」との関係を、対比的に構図化したものなのではないかと考えてます。
    僧籍を退いた人が「唯我独尊庵主」「最勝精舎主」と自称するには、それだけ自分の覚りに対して自負心があったということなのでしょうから、もしかすると同作品はかなり無意識的に作られたものなのかも知れませんね。

    まあ今私にいえることはそれくらいでしょうか。
    何か他に分かったら、積極的にご報告するつもりです。

    楽しいお話ありがとうございました。
    今後もよろしくお願いいたします。

331/ Re: 教えて下さい。
・投稿者/ のび
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:31:57
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/25(Sat) 10:58:15


    なるほど。鉄哉の時代(明治から大正)の「ひとつ目」にどんな意味、というか起源があったのか、たしかに今の時代と情報の質と量が違いますよね。
    しかし、空殻さまが感じられる「ひとりの人間の、仏教によって覚った部分とそうでない部分の関係の対比」というのは私も漠然と、そんな感じを受けています。

    「唯我独尊庵主」を名乗ったり、自宅に「最勝精舎」と名付けるのは、やはり還俗してから長くても、何らかの想いがあったでしょうね。

    昨日、あるサイト(工芸関係)で、にこやかにですが言われてしまいました。

       「お前の目は節穴か!」  と。

    「ひとつ目」が木の節であることは最初から判っていたのに、この言葉に呆然としてしまいました。掲示板でのヤリトリでしたので、最初は「目が節なのは最初から判ってるよ」と思い、でも、「お前の目は節穴か!」という言葉が、その掲示板の発言者ではなく、作品から聞こえてきたような気がして、しばらく「オレの目が節穴だったか」と真剣に思ってしまいました。

    「節が目になってる(目が節)」という最初から判っていたことが、ぐるっと一周まわって来て、単なる洒落を通り越して、ズシっ、と重く感じられた次第です。

    空殻さま、突然にお邪魔したにもかかわらず、丁寧にお答え戴けましたことに、あらためて御礼申し上げます。仏教、禅、日本人として、もう少し勉強したくなりました。私には専門掲示板は難解すぎるようですが、またお邪魔させて戴きます。ありがとうございました。

332/ 節穴!
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:32:29
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/25(Sat) 12:44:44


    そいつはスゴイ。
    見事にかかってます。

    抜け節の瞳を持つ一目入道が、見える目を持たない座頭の盲目を罵り哂っている。
    しかし、一目入道はものが見えているようでいて、その実、目が節穴である。
    十二支の衣を纏う座頭はその罵倒と嘲笑に動じず泰然としている。
    彼は見えていないようでいて、本当はすべてをお見通しだからだ。
    しかし、彼を哂う一目入道(に象徴されるモノ)は彼自身の身心から生じている。
    おそらく、座頭はそれもまた承知の上なのかも知れない。
    だからこそ彼は泰然としているのかも知れない。

    お話を伺って、そんなシーンが浮び上がってきました。
    面白いですねえ。

333/ Re: 教えて下さい。
・投稿者/ のび
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:32:59
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/27(Mon) 18:03:19


    空殻さまに、ここまでお付き合い戴けたことに感謝致します。
    あれこれ資料を探し、助言を求め、頭で考え、「理解」しようとしてきましたが、その後で受け取った他の方の"素直"な言葉に何かが響きました。これが「無分別」だったのかな?なんて、また頭で考えてしまいそうですが。
    「お気に入り」に記憶しましたので、また、遊びに来ます。
    ありがとうございました。

334/ 分別智
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:33:29
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/27(Mon) 20:17:45


    こんばんは、のび様(^_^)
    貴重な書き込みありがとうございます。

    無分別智を得る、あるいは心に響くものを得るといったことは、同作品の製作意図を探るという目的とはまた別の次元なので、作品に対するアプローチ自体が変わってくるべきだと思います。
    (少なくともその辺は「分別」が必要になります)
    「眼が節穴」にしてもつまるところは可能性以外の何者でもないので、それとは異なる可能性が依然残っております。
    この点にしても他の点に関しても、ほとんどまったくお役に立てなかったのが心残りなのですが・・・

    いずれにせよ、のび様が納得できる結果が出てほんとうに良かったです(^_^)

    ただ、私自身興味がありますので、ことあるごとに関連の情報に触れてみたいと考えております。それでもし何かお役に立てる情報などございましたら積極的にご報告するつもりです。


    ところで、今『蒐集 百物語』という二次サイトで怪談奇談を集めております。
    お心当たりなどございましたらぜひご協力ください(^_^)

335/ 山父
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/01/02(Sun) 12:34:04
・IP/ 4.27.3.43

    2004/12/30(Thu) 17:57:28


    こんばんは、のび様。

    貴殿の掲示板に「煙管筒に彫られているのは「一つ目」と「新兵衛」です」という記事を見つけたのでお邪魔しましたが、こちらにもほぼ同じ内容を記しておきます。


    角川書店『異界談義』所収、常光徹氏の『妖怪絵巻と民間説話――「土佐お化け草子」の民族的背景』を読む限りでは、『土佐お化け草子』から引かれる妖物は「一つ目」ではなく「山父」といいます(『寺川郷談』には山ぢいといい、『南路志続編稿本』には山爺と書いてやまちちと読ませてます)。基本的にヤマチチ、ヤマジイと呼ばれることと一眼一足巨躯の化物であるというコンセンサスがあるようですが、『土佐お化け草紙』の絵を見ると一本足ではなく、二本の脚で立っています。しかもどうやら背が低いらしい。

    また、「新兵衛」という人物については、彼の塩を盗りまた馬を食らった化物である山父を計略にかけて釜で炒り殺したという機知に富んだ人で、同著者が七五年から九二年にかけて四万十川流域を調査した際に採取した昔語には「新平(新兵衛に通じる)という人は商人(あるいは牛方か馬方)だった」ということです。どうもこれだと座頭、僧職者の類に変換可能とは思えません。

    お役に立てれば幸いです。

336/ Re: 教えて下さい。
・投稿者/ のび
・投稿日/ 2005/01/04(Tue) 15:54:13
・IP/ 4.27.3.43

    2005/01/04(Tue) 13:15:27


    空殻さま あけましておめでとうございます。
    昨年末は、大変お世話になりました。また、私どもの掲示板にもご来訪戴きましてまことにありがとうございました。

    さて、「お前の目は節穴か!」で、決着がついた気になりかけて、でも空殻さまの「製作意図を探るのは、無分別智とは別のレベル」との言葉が気になっている時に、別の方から「あの意匠は土佐お化け草紙の『ひとつ目』と『新兵衛』だよ」というアドバイスを戴き、これで答えが出たかと思えば、まだ・・・・。

    いましばらく楽しめそうですね。

    しかし、空殻さまが、『異界談義』、『妖怪絵巻と民間説話――「土佐お化け草子」の民族的背景』といった専門書!にお詳しいのに驚きました。(ぬえさんの所でのコメントも拝見しました。)

    あの「ひとつ目と座頭」、いましばらく皆様のお力を借りて探求したいと思いますので、今後とも宜しくお願い致します。



384/ 南無阿弥陀仏
・投稿者/ 開宗意識のない開祖
・投稿日/ 2005/03/10(Thu) 04:55:12
・IP/ 61.113.235.33

    南無阿弥陀仏
    「お浄土をもってござる仏さまの、必ずたすけるといわれるおおせにしたがうよりほかに手はないではないか」(讃岐の庄松)

    私が小さい頃、なぜ南無阿弥陀仏とお念仏するのか疑問に思い、とりあえず側にいた母親に「南無阿弥陀仏ってどういう意味なん?」と聞きました。ところが、「今、忙しい。後にしぃ」といわれました。そこで、今度はおばあさんに同じように聞いてみると、今度は「難しくて、よぉわからんわ。お父さんに聞き」といわれました。
    そこで、父の帰りを待って、また同じように聞いてみると、父は紙になにやら文字を書いて私に見せて、「読んでみぃ」と言いました。
    そこには、「まかせよ、すくう、いまここで、われを、たのみとせよ」と書かれてありました。
    読めても意味がわからないので、「どういうこと?」とたずねると、父は「南無阿弥陀仏というのは、こんな風にお前を今ここで救うぞ、という呼び声なんだよ」。
    そこで、「じゃあ、なんで僕らが南無阿弥陀仏っていうのん?」と私は聞きました。
    「それはなぁ、その阿弥陀さんの呼び声に対して、私らがありがとうって言ってるんだよ」と教えてくれました。

    私たちが救われるのは、自分がお念仏するからではなく、阿弥陀さまにすべてをおまかせするからなのです。庄松さんが言うように「おまかせするよりほかに手はない」のです。
    ですから、これからも、共に報恩感謝のお念仏を喜ばせていただきましょう。




385/ 宣伝は禁止です(^_^;)
・投稿者/ 空殻
・投稿日/ 2005/03/11(Fri) 19:26:14
・IP/ 4.27.3.43


    開宗意識のない開祖さま、はじめまして。

    せっかく熱心に書き込みいただいて恐縮なのですが。
    こちらの掲示板では特定の宗派や宗教の宣伝は禁止しております。
    あくまでも学術的情報の開示・交換のみに限らせていただいておるのです。

    つまり、こちらに書き込みいただく以上、
    「信仰者としての自我」をすっぱりと捨て去って
    「無我」になっていただくことになります(笑)

    どうかご理解のほど、よろしくお願いいたします。







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掲示板管理者:空殻
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