1903年にアメリカのライト兄弟が20万馬力の飛行機ではじめて空を飛んだが、この 飛行機は1910年ごろから軍用化し、第一次大戦の1914年にはドイツとイギリスの飛 行機が戦場に現れた。当時は操縦者がピストル片手に乗り込むという有様であった が、1916年には飛行機に機関銃が取り付けられ、空中戦時代となった。
1917年ごろから飛行機の生産競争が始まりドイツとフランスが競り合った。飛行機 は偵察と連絡だけでなく戦場で歩兵に協力した。爆撃機も開発されて爆弾投下が行 われ、夜間は都市を空襲して戦略爆撃になりかけたところで終戦となった。イギリ スはドイツの空襲を受けたが、ツェッペリン飛行船による空襲が53回、飛行機によ る空襲が63回もあった割にしては死傷5000人に過ぎなかった。
それは無防備の都市には爆撃しないということが尊重され、爆撃は都市を遠慮して 軍事目標だけに使用されていた。飛行機の速さは第一次世界大戦の初めごろは時速 100キロ程度だったが終わり頃には300キロまでになった。第二次大戦の初めごろに は戦闘機の速さはドイツのメッサーシュミットが560キロ、イギリスのスピットファ イヤーが590キロ、アメリカのロックヒードが650キロで時速800キロが目標とされて いた。
大戦の終わり頃にはジェット・エンジンが戦闘機に装備され、速力はぐんと速くな って970キロに進んで音速圏に近づいた。その後ジェット機による競争がはじまり、 次々に速さの記録が改められ、いまの最高記録はアメリカ機による時速1077・85キ ロ(650マイル)である。昔の速さは高度0度のときに72マイル時だが、35000フィー トの高度では664マイル時だから音速を突破している。
ジェット戦闘機の速度はアメリカのF86がすでに時速670マイルを出しているのでい までは700マイル以上が戦闘機の速力の目標とされている。速度を追う飛行機のこと だからやがてロケット機万能の時代が来るだろう。爆撃機の距離は第二次大戦直前 ではアメリカのボーイング重爆機が優秀とされていたが、今はB36がさらに距離を伸 ばしているといいます。最近、長距離爆撃機がアメリカで完成されたと噂されてい るが、完全に地球を一周できるといいます。
爆撃機は絶えず戦闘機から追いかけられている。ジェット戦闘機が現れた当初はこ の快速で攻撃されたのでは爆撃機もたまらないが、いつの間にか爆撃機もジェット 機並みになりました。双發のジェット軽爆機ができたかと思ったら、いまでは六發 のジェット重爆撃機がつくられている。爆撃機の速度はジェット・エンジンの装備 で速くなった。
そこでジェット爆撃機とジェット戦闘機との間でいま速さから高さの競争に移って いる。爆撃機は少しぐらい速力が遅くても、戦闘機が飛び上がって攻撃してこられ ないような成層圏の上層を飛ぶことができれば安全です。戦闘機が成層圏の上空を 飛ぶのは困難らしい。高さは第一次大戦の初めごろは6000メートルだったが、1920 年には10000メートルの成層圏に達し、第二次大戦がはじまる前年の1938年には成層 圏の上層17000メートルに達していた。いま高さの最高記録は、1948年にイギリス機 によってつくられた18133メートルである。
戦闘機も爆撃機もいまでは、成層圏上層まで上昇できる新型ジェット機が完成され たと言いますが、まだ公表はされてない。アメリカでは原子力を動力に利用する原 子力エンジンの研究が進められていたが、航空用の原子力エンジンも試作されると ころまで進んでいる。潜水艦用のエンジンはすでに完成した。航空機用のエンジン もあとひといきというところだろう。米空軍と原子力委員舎は「原子力を戦力とす る航空機製作に関する研究の第一段階が完成したと発表した。
また最近ヴァンデバーグ米空軍参謀長は「原子核推進飛行は、多くの人が考えてい るよりはるかに可能性がある」と語っている。この原子力航空機は、最初の原型で は非常に大型なものになるらしい。この原子力エンジンを装備した原子力航空機が 完成したら、航空科学と原子科学の統合はやがて、無着陸で世界をぐるぐる廻れる ような飛行機の出現となるでしょう。
米ソの空軍戦闘力はアメリカ32100機、ソ連25000機と言われているが、どちらも飛 行機の生産に全力をあげているのでこの数はもう古くなっているだろう。次つぎに 新兵器が生まれ、攻撃力と防御力とが同じ位の力で相對峠している限り、地上戦は いつまでたっても戦線の膠着状態から脱することはできそうもない。戦争の主力が 地上軍から空軍に移行したとき、戦線の膠着状態ははじめて打破され戦争の性質は 凄まじい決戦戦争になるでしょう。
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